異空間に浮かぶ城の最深部には玉座がある。
重苦しく大きな扉を開けると、真っ白な大理石の床の上に、赤く伸びる絨毯が伸び、王座がある━━らしい。
扉の前に立つのはマリだ。金髪の少女は、震えてしまうような緊張感のまま扉の前に立った。
━━私に何が起きるの。
マリは今朝、自分の”脳内”にある命令が下された。
この城の王座に来い、というものだ。
マリ含め、ヒオリもジラも王室を見たことは無い。中にだれがいるのかも、見たことが無い。ふと興味本位で扉に耳を当ててみた時に聞こえたものは、重苦しい時計の針が回っている音だ。絶望の未来に時を刻んでいるような不吉な音だったのを覚えている。
だが、今はどうやら聞こえないようだ。
それより気にするのは、自分の身に何が起きるのか、ということだ。
最近自分の調子は最悪で、プリキュアに自由を与え続けていた。それゆえに、マリは上からお叱りか罰をうけるのではないのかと恐怖をしていた。
マリは上がどういう存在なのかは知らない。もちろんマリだけでなく、ヒオリもジラもだ。自分たちはただ、上司の顔も存在も分からず命令に従っているのだ。自分たちはそれに対して疑問を抱いたことはないし、不思議に思う感覚にもならなかった。
だが、マリはこの扉の奥にあるものお見たことが無いはずなのに、知っている気がした。
扉の取っ手に手を置くと、体中がこわばった。もしかして、体が恐怖をしているのか?
そんなことを考えながら、マリは扉を開いた。
ギイイイイと甲高い音が響き渡り、マリは知らないはずの場所へまた足を踏み入れた。
今日はついに文化祭の日だ。”前の世界”に戻ったとしても、また文化祭ができるかは分からないので、これが中学最後の文化祭になるかもしれない。
だから今日は全力で楽しもう。
私はこういう時、楽しみすぎて寝れない、からの翌日寝坊が板についている。しかも今日は土曜日だ。休日はほぼ確定でいつもより起きる時間が遅い。
だけど今日は予定通り起きることができた。
学校につくや、すぐに開会に向けて準備を進める。
例えば、家庭科室に持ってきたジュースなどを教室に持ってくることだったり、前日まで続いた授業に使った生徒の椅子を撤去することだったり。
意外と力作業が多かった。
しかも机の撤去に関しては、他のクラスは基本的にテラスに移動させる。しかし、自分のクラスは、テラスをカフェの机を置いておいたりと使用するので、わざわざ遠い他の空き教室に撤去させる必要があったのだ。
とはいえ、これが終われば後は楽しい時間だ。
午前9時半開会となった文化祭は、体育館での開会式が終わるとすぐに賑わいを見せた。
私たちは当然交代で、カフェ運用のためにシフトを組む必要がある。だから、できる限り中のいいメンバーで固まるようにしてもらった。だから私たちプリキュア5人が全員開くような時間も、とってもらうことができた。
「よし。とりあえず5人でいろいろ見に行くか」
あかねちゃんがうきうきしながら言葉を見せた。
まずシフトを外れた私たち5人は、全員で学校を見て回ることになった。
3年2組の教室に、七色ヶ丘の生徒やその両親たちが入っていくのを見ながら、どこに行くかを話し合う。
「せっかくだし、体育館に行って劇を見に行こうよ」
私は提案した。
やよいちゃんは持っていたパンフレットを広げる。
「でも、今はまだ吹奏楽の時間だね」
「たしかにそうですね」
スケジュールを全部把握しているれいかちゃんが頷く。
吹奏楽は開会式で演奏をしてくれていた。楽器などの時間を考慮して、そのまま吹奏楽だけの演奏になっている。
「みゆきちゃんが見たい劇じゃないけど、そのまま体育館に行く?」
なおちゃんの言葉に、私はかぶりをふった。
「うーーーん。ここで体育館に行っちゃうと学校回る時間がねーー」
4人は確かに、という顔をした。
「じゃあみんなは行きたいところってある?」
私の問いに、思い思いに希望を言い始める。
「あたしは他のクラスのカフェかな。他には、家庭科室。調理部がお菓子を用意してくれてるらしいしーー」
相変わらずの食いしん坊ぶりを発揮するなおちゃん。
「でも、今行っちゃうと私絶対お弁当が入らなくなるよ」
やよいちゃんが反論する。
「午後も自由時間あるし、そこでいいんとちゃう?」
「そうか……」
やよいちゃん、あかねちゃんの言葉に、なおちゃんは納得した。
「私は、科学部の実験コーナーに行ってみたいです」
れいかちゃんが、次に希望を言った。
「悪くは無いけどなあ」
あかねちゃんが難儀な表情をする。
「ではあかねさんは何かありますか?」
「…………すまん。うち今なんもないわ」
二人の会話の後、やよいちゃんが口を開いた。
「じゃあ私、美術部の展示を見にいきたい」
「美術部?」
私は聞き返すと、やよいちゃんは雅やかな笑顔を見せた。
「いい機会だしだし、展示品を見たいの」
「確かにいいかも」
私も絵を描くことがあるからか、上手な人の絵を見たいというやよいちゃんに同調した。
しかし、あかねちゃんが一つ看過できないことがあるようだ。
「でも、《ポスコン》の時の美術部のやつら、いるんとちゃうか」
一年以上前、ポスターコンテストの時、やよいちゃんの絵を馬鹿にした人たちのもとに向かうことをあかねちゃんは危惧している。
「あの時のことか…………」
この中でもっとも事情を知らないなおちゃんも、あの時のことを覚えているらしい。
確かに、思い返すと心配ではある。当時の部長は卒業はしているものの、また変なことを言われないだろうか。
「大丈夫だよ」
だけど、やよいちゃんは表情を一つも崩さず答えた。
私は美術室が見えてきた。お目当ての部員の描いた絵は壁に貼られていた。
「七色ヶ丘の風景ですね」
れいかちゃんが絵の具で描かれた湖の写真を見ながらつぶやく。
「いやーー。それにしても綺麗な水やなーー」
あかねちゃんが感心するような声を出した。
ただ青色の絵の具を塗るだけじゃなく、塗る方向だったり、わずかに白を加えた色を使ったりしている。これで、水面がきらきらと輝いているように見える。
「あ、このキャラクター見たことある」
なおちゃんが指さした絵には、キャラクターが描かれ塗られている。闇夜のように黒いロングコートと右手の剣、左手には勿忘草色の剣が握られていた。どうやら私はこのキャラのことを知らないようだ。
「でもなおちゃんがアニメ? とかのキャラクター知っているの以外」
両世界通じてテレビの電源を付けることもできないのに。
「まあ弟たちがね」
「そっか」
するとやよいちゃんもこの絵を見ていた。
「やよいちゃんもこのキャラ知っているの?」
「うん。有名なライトノベルのキャラクターだし」
「へーー。アニメとか見たの?」
「ううん。本だけ。この作品のイラストが気になってね」
まえにやよいちゃんは私に、剣を握って振っているキャラクターを描く練習をしていて、私に手伝いをしたことがある。
私はよく知らないけど、剣を持っているし、剣で戦う話だというのは容易に想像つく。剣で戦うイラストなどの勉強のために買ったんだろうか。
「うわ」
ふと横から誰かの声が聞こえ、私は振り向いた。
美術部のドアから出てきた男の子。
一年と少し前、やよいちゃんの絵を馬鹿にした男子が一人、気まずそうな表情で立っていた。
「なんや、『うわ』って!」
あかねちゃんは、男子を睨みつける。
男子は気まずそうに答えた。
「いや、ここに来るとは思わなくて━━━━」
美術部側も、やよいちゃんがここに来ることは予想外だったようだ。
「去年は来れてなかったからね」
男子に向かって、やよいちゃんが声をかけた。
「━━━━そうか」
男子はやよいちゃんの絵を見るや、少し気まずそうにしながら頷いた。
「まあ、せっかく来たんだしゆっくり見ていってくれ。美術室の中は絵は無いけど、彫刻とか髪粘土細工もあるからよかったらそっちも。…………他の部員のやつだし…………」
私たち5人だけに聞こえる声で言った後、彼は美術部のほうへ戻ろうとした。
「待って」
やよいちゃんが手を伸ばし呼び止めた。
「な、なんだ…………」
「聞きたいことがあって」
男子は足を止めて、やよいちゃんの話を聞いた。
「この絵、だれが描いたの?」
「はあ!」
男子は驚く声を出した。
「確かに、だれが描いたのかわかりませんね」
れいかちゃんは、絵の周りにネームプレートが無いか調べる。
私もやよいちゃんと男子から視線を少しだけ移す。たしかに、これじゃあ誰の作品か分からない。
「━━━━れだ」
男子のかすかな声が聞こえたので私は視線を戻す。
「聞こえないよーー」
なおちゃんの指摘に、男子は顔を紅くした。そしてなんとか聞こえる声で言い放った。
「俺だよ…………! 悪いか!」
少し場が静まり返った。
「そうなんだ。このキャラが好きなのね」
やよいちゃんは沈黙を破った。
「変か…………?」
「ううん。好きなことは好きって言えばいいのに」
かぶりをふるやよいちゃんを見る。初めて会った時は自分の絵を見せることにあれだけ戸惑っていたのに。思えば、学園祭の準備で、自分の絵を使うことになんら抵抗を見せなかった。やよいちゃんの変化に感無量になった。
「ですが、恥ずかしいなら描かなければいいのでは?」
「れいか…………」
訝しむれいかちゃんに、あかねちゃんが苦笑いをした。
「きっと、好きだからだよ」
そこにやよいちゃんの声が響く。
「恥ずかしいって気持ちはあるけど、それでも描きたかったんだよ。自分の大好きな何かをみんなに見てもらいたいって」
やよいちゃんは黒服の男キャラが描かれた絵を見る。
「ほら、この絵、絵の具で直接描かれているから、この絵の本気度が分かるんだよ。細かいところに絵の具がはみ出たりとかしていない。しかも、服や剣の色にまでこだわってるってのがわかるよ」
「そ、そう。あたし、コートも右手の剣もただの黒に見えるんだけど…………」
私も最初はなおちゃんの言う通り全部同じ黒に見えた。だけど、よく見たら違う。
「ううん違うよ。例えばこの右手の剣。使った絵の具が学校で共通で使っている絵の具セットだとしたら、多分黒に赤と青が入っていると思う」
「確かに、すこし紫っぽくあるようなないような…………」
なおちゃんは目を凝らす。私も絵の具を使う経験が人並み以上にはあるはずだからこそ、なおちゃんより早く気が付くことができただけだ。
もう一度男子のほうに視線を移せば、彼は顔を真っ赤にしていた。
やよいちゃんの言った通り、恥ずかしいよね。
だけど彼は、やよいちゃんに「ありがとな」と呟いた。その感謝は、誰かに見せたいという気持ちを裏付けしていた。
「ううん。大丈夫だよ」
やよいちゃんは首を横に振った。
「まあ。俺の推しの絵をほめてくれた礼だ。なにか、ジュースとかでも」
「それじゃあ」
やよいちゃんは微笑み、彼にあるお願いをしに近づいていく。その内容は、私には聞こえなかった。
私たちは自由を時間を終えて、教室に戻ってくる。
そして着替えをするために空き教室に一旦移動をした。
金髪の三つ編みツインテールの女の子。頭にはスズランでできたカチューシャ。若草色のペプラムに、桃色と白のフレアスカート。靴は白銀のハイヒール。
ハイヒールだけは学校の白シューズだった。
着替え用に空き教室に置かれた立ち鑑のまえに立つ。服を整え、あかねちゃんたちがなんとか作り出したカチューシャを頭にのせる。
「妖精さんだね……」
ふと私は呟いた。
「何
隣であかねちゃんが口を出す。
「そうだけど…………」
周りを見れば、全員が着替え終わっている。
私たち4人は自然の中で過ごす妖精だ。妖精さんたちは、森の中にやってきたみんなを出迎える。人間だけじゃない。熊さんも鳥さんも。種族を超えて、一つ屋根の下で笑顔で語り合う。そんな妖精でありたい。
「いらっしゃいませーー」
私たちは、まず教室にやってきた後輩女子二人を教室に出迎えた。一人は茶髪のボブ。もう一人は黒髪のポニーテール。
「緑川先輩!」
「お久しぶりですう」
「久しぶり。最近部活来れなくてごめんね」
「大丈夫ですよお もう少しで新人戦なので見に来てくださいね」
「うん。そうするよ」
どうやら、彼女たちは女子サッカー部の後輩らしい。
「それじゃあ座って」
「「はーい」」
後輩二人は白い花が描かれたテーブルクロスが引かれた机の前に座った。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
妖精姿のれいかちゃんが後輩二人に語り掛ける。
「あ、そうですねーー」
机に置かれたメニュー表を見る。
「じゃあ私、カフェオレで!」
「では私は、ミルクティーを頼みますう」
ポニーテールの子、ボブの子と注文をする。
「よっしゃあ。みゆきやるで!」
「うん!」
私とあかねちゃんがキッチンスタッフ。やよいちゃんとあかねちゃんがホールスタッフ。れいかちゃんは生徒会長の急な仕事が入るのを危惧してフリーだ。
「じゃあ私カフェオレ作る」
「オッケー。ミルクティーのほうが時間なさそうだし、うちがコップ用意するわ」
「分かった」
私たちの
紙コップに予めこしておいたブラックコーヒーを入れる。そこにコーヒーフレッシュと砂糖を適量。
「砂糖と塩、間違えないようにしないと……」
「塩どこや」
紅茶を紙コップに注ぐあかねちゃんの突っ込みが入る。
向こうでなおちゃんと後輩二人の会話が聞こえる。
「先輩! その衣装似合ってますね!」
「もしかしてえ。先輩が縫ったんですかあ?」
「いや。あたしは衣装班じゃなかったからね」
「えーー! 以外です!」
「なんでしなかったんですかあ?」
「単純に衣装班が人気で、あたし以外にも裁縫ができる人もいたし、それでくじで決めたんだよ」
「「へえええええ」」
確かに、裁縫が得意ななおちゃんが衣装作りに参加しなかったことは他の人にとっては意外なことだと思う。
「それにしてもお。この衣装かわいいですねえ」
「そうそう! 特にカチューシャ!」
ふと二人は私たちが作った衣装をほめだした。まず私が衣装の原案を作り、あかねちゃん主導のもと作成したのだ。
「勝ったね。あかねちゃん」
「ああ。勝ったな」
私たちは不敵な笑顔で互いの目を合わせた。
「二人とも、私がみゆきちゃんの言った衣装をを描いたこと、忘れてない?」
隣で、苦笑いをしながらやよいちゃんが横から入ってくる。
「まあ、そうやな」
「確かに」
「もう二人ともーー」
少し拗ねたような表情をみせるやよ━━━━━。
「二人とも…………」
空間が冷えたような気がした。
前を向けば、注文を伺ったれいかちゃんが《笑顔》でドリンクが出来上がるのを待っていた。
「「す、すいませーーーーん!」」
「すいません。急用ができてしまって」
生徒会所属の先生に呼ばれたれいかちゃんは抜け出すことになった。
「えっどうして」
私の問いに、れいかちゃんは申し訳なさそうに説明した。
「テレビの人が来て、取材させてほしいと。それで生徒会長の私に━━━━」
「取材突然すぎでしょ?」
予め取材させてもらうようにお願いしておくべき。そんななおちゃんの指摘に私は納得しつつも、ここで抜け出すことを回避することは難しいとも感じた。
「まあ仕方ないね」
「そうやな」
やよいちゃんとあかねちゃんが顔を合わせる。
その後れいかちゃんは去っていく。
クラスには4人だけとなり、キッチンスタッフとホールスタッフを2人ずつに分かれて営業を進めていく。お客さんは今教室に6人ほど。これくらいの人数がしばらく続いている。まばらに置かれたテーブルに、女子グループだったり、男の子の集まりだったり、はたまたはカップルだったり。
そんななか、廊下から一際大きく騒がし足音が聞こえた。
ガララとこれまた音を立てて開く。すると5人ほどの男子がぞろぞろと入ってくるのを見て、私は衝撃を受けた。
「あなたは━━━━」
天然パーマにつり目の男。私服姿の元美術部部長蘇我先輩だった。彼はもう高校生で、この学校は卒業している。だけど今日は土曜日なので、来ることは別におかしいことではない
「大丈夫か━━━━」
一年半前、弥生ちゃんをバカにした人たちだ。
あかねちゃんのように不審がるような目を向けた。彼らが何か嫌がらせを企んでいるのではないかと疑っているに違いない。私は彼らのことを信じてあげたいが、やよいちゃんの身を案じている時点で私もあかねちゃんと同じだ。
「すいません。レモンティーとブラックコーヒーをください」
席に座っている女子生徒二人から注文が入った。本当はホールスタッフが注文を聞いてくるシステムにしているのだが、ここが教室なので、キッチンに直接声をかけて注文しても問題ないことが多い。これでキッチンスタッフの私達が少しの間だけど手があかないことになった。
「まずい。レモンティーがない!」
「えっ。本当に?」
「うち補充しに家庭科室行ってくるわ!」
「あっうん」
あかねちゃんは、今レモンティーがないことを女子生徒二人に告げ教室から消えた。
ここに残ったのは私となおちゃんに、やよいちゃんだけ。
そうだ。なおちゃんは?
なおちゃんは今テラスにいるようで、おじいさんとおばあさんに対して接客を行っているようだ。
「コーヒーはホットかアイスどっちがいいですか」
「ばあさんどうする?」
「そうじゃなあ。ちょっと一息つきたいからホットにしましょうかな」
「でもばあさんばあさん。少し熱い気がするのう」
「そうだなじゃあ。アイスを」
「でもばあさんばあさんばあさん。でもコーヒーの香りがいいと思ったのう」
「そうじゃなあじゃあホットを」
「でもばあさんばあさんばあさんばあさん━━━━」
それを見て私は前を向きなおす。なんだか長くなりそう。
5人は私がテラスに気を取られている最中に、すでにテーブル席に座っていた。やおいちゃんは椅子をひとつ、ほかのテーブルから持ってきてくれてる。机一つに対して置いている椅子は四つまでしか無いからだ。
私に背を向けるやよいちゃんは今どんな気分で、どんな表情なのだろうか。
冷や汗一つたらした瞬間、私の親友は口を開いた。
「来てくれたんだね」
それは彼らの到着を待っているかのような口ぶりだった。
私はあっけに取られたまま、5人とやお茶の会話を聞く。
「さっきの約束だろ」
約束?
「あっ」
思わず声に出した。よく見れば5人の中にさっき美術室の前にいた男子が蘇我先輩に気を取られて気がつかなかった。そして彼はやよいちゃんと何かを話していた。つまりやよいちゃんと交わした約束は、ここの3年2組の妖精カフェに来ることだったのだ。
「な、なに?」
「ごめん。なんでも。とりあえず注文聞いてきて」
「うん」
やよいちゃんを大丈夫だと信じて、私はキッチンの仕事をしよう。
するとテラスからなおちゃんがやってくる。みゆきちゃん《アイスとホットとも言えるような絶妙な温度のコーヒー》ってつくれる?
「な、何それ!? まあ、塩と砂糖間違えないように頑張ってみるよ……。塩無いけど」
「えっ塩切れてるの?」
「切れてるっていうか……そもそも用意されてないんじゃないの?」
「レモンティーに使うでしょ!」
「いやでも必須じゃないし……」
「じゃあ私にとってくる」
「ええ!?」
なおちゃんは教室を飛び出して行った。私が静止する暇もなかった。教室に居るスタッフは私と弥生ちゃんだけ。
そうしているうちに、ホールスタッフのやおいちゃんから5人の注文が入ってきた。
「みゆきちゃんコーヒ5」
「コーヒー5つね」
「えっとコーヒー5杯なんだけど、ブラック一つ、ミルク入り砂糖なし一つ、砂糖のみのブラック一つ、ミルク二杯砂糖一つ、ミルクいっぱい砂糖入り少し温めのコーヒー一つで」
「ちょっと待ってよ!」
ややこしい注文に、私は頭が混乱し始めた。
「頑張ってみるよメモ帳ちょうだい」
「はい」
やよいちゃんからメモをもらう。計六つの注文に頭が混乱しそうになりながらも一つ一つ作っていく。正直手伝ってもらいたいが全部コーヒーなんで自分ひとりでやることにした。コーヒーをドリップしながらお話を聞く。
「この絵って誰が作ったんだ?」
先ほど美術部で話した男子がやよいちゃんに質問した。
この絵とは、3年2組の壁に貼られた絵のことだ。森の妖精が運営するカフェをテーマにしているので、木々や動物たちが描かれている。
「えっとね。線は私だけど色塗りは基本的にクラスのみんながやってくれていたよ」
男子5人は全員絵に目を向けた。
「男子が多かったのか?」
「うん。女子は衣装作りに人がたくさんいっちゃってね」
「まああの花とか遠目から見ても絵具がはみ出てるもんな」
「そ、そうだね……」
すみませんね。雑で。
その後少し沈黙が流れていた。
数秒経ってパタッとドアが開いた。
「みゆき! レモンティー持ってきたぞ! あかねちゃんがレモンティーが入ったペットボトルを持ってきた」
「あかねちゃん! 私レモンティー作ってるからこれ、テラスのおじいちゃんおばあちゃんに持ってって」
私は一杯のコーヒーをトレイと一緒に渡した。
「了解。コーヒーやな」
「えっとね。正確には《アイスとホットとも言えるような絶妙な温度のコーヒー》だよ」
「なんやそれ!?」
「なおちゃんに聞いて」
私の苦笑いに察してくれたあかねちゃんは「分かった」どだけ言って、テラスの方に向かっていった。その後、やよいちゃんにレモンティーを渡しに行ってもらう。
そうして私は、残りのコーヒーを仕上げに入った━━━━。
「すまなかった」
「えっ」
蘇我先輩は、突然立ち上がり、やよいちゃんに頭を下げた。
謝られた本人は、ぽかんとした。
「去年、俺は君に対してとてもひどいことをした。謝るまで時間はかかった。君が俺を許してなくても仕方がない」
「ああ......」
やよいちゃんは少し考えこんでいた。
「もういいです。私は別に誰かを憎みたいなんて思ってませんし。今こうして私が関わったカフェに、コーヒーを飲みにきただけで十分です」
コーヒーを出しに行っていたあかねちゃんは、やよいちゃんたちを見た。
「あれでええんか?」
「被害者のやよいちゃんがいいっていうんなら、私たちに介入する義務はないよ」
コーヒーを作り終えた。
「持っていこか」
「いいよ、ややこしいし」
私はトレイにコーヒー5杯を入れて、持っていった。
ややこしすぎる注文を一つずつ丁寧においていく。
「それと、黄瀬さん」
蘇我先輩は、もう一つやよいに何か言いたいことがあるようだった。
「何ですか?」
「来年ぜひ、うちの高校の美術部に入ってくれないか」
まあまあ図々しいような気がしないわけでもないけど、私が口出しすることじゃないか。
「はあ」
「全国優勝を狙い、全部員が日々切磋琢磨している。ぜひそんな環境に身を置いてみないか。絵の具や画用紙に困ることは無い。全部部費で出ているし、どうだ」
やよいちゃんは少し悩んでいたが、少し頭を下げた。
「ごめんなさい」
「そ、そうか。なら仕方ない......。俺がいる部活は嫌だったのかな......」
するとやよいちゃんは自身のタブレットを取り出した。
「あ、そういうわけじゃなく......、私すでにデジタルに移行しているので」
一瞬、場が沈黙した。
美術部たちの目が、なんか、なんか━━━━。
「「う、裏切り者━━━━!」」
5人の男子から一斉に怒りと失望の声が入った。
「え、えええええええええええ」
男子生徒になんら恐怖などをわかず接してきたやよいちゃんが、驚きの表情を見せ、一歩後ろに後ずさった。
「アナログから逃げるなーーーーーー!」
「え、だって......」
「自分がせっせと汗水たらして描いて、世界にたったひとつだけのコピー不可能の絵!」
「お前その価値を侮辱する気かーーーーーー!」
やよいちゃんは、男子たちから猛抗議を食らっていた。
レモンティを飲んでいる女子生徒を見る。しっかりうるさくて仕方ない顔をしている。
さすがにこれはご退出願いかな、と思う。こういうときに役立ってくれそうな緑川番長も青木軍曹もいない。
ここが私が行くしかないと考えていたところだった。
「うるさいな」
扉が開く音がして、誰かが入ってきた。男子生徒ではあったが、男子用に作られた妖精の衣装。クラスメイトだ。
「豊島君!」
そういえば、この時間豊島君はシフトだったことを思い出した。後ろでは、仲のいい男子が、ニヤニヤしながら豊島君を見つめている。どうしてだろうか。