スマイルプリキュアS   作:友だち

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 段落の間を適度に開けてみることにしました


(11) 離れる ①

 “この世界”に来てから、もう気づけば約2年が経っていた。

 

 ━━━━2年!

 

 “前の世界”で、私は七色ヶ丘に転校して、キャンディと出会い、プリキュアに変身して仲間たちと出会って━━バッドエンド王国との戦いに身を投じた。仲間と一緒に立ち向かい、たくさんの困難を乗り越え、勇気を分け合いながら走り抜けた。あの戦いはたったの1年も経たずに終わったけれど、その時が私にとってどれだけ大切な時間だったか……あれからもう2倍以上の時間が過ぎているだなんて、なんだか信じられない気持ちだ。

 

 そして“この世界”にいる私は、中学3年生で、もうすぐ卒業式。

 私たちが夢中で追いかけたあの日々も、卒業式と共に少しずつ思い出の中に沈んでいくようで、少しだけ切ない気持ちになる。

 

 受験もすべて終わったばかりで、今は試験の合否を待つだけだ。数学と国語にすがりにすがって答案を書き上げ、何とか県立高校を受験した。結果発表は卒業式の数日後。もしここで落ちたら滑り止めの私立へ行くことになるけれど、やれるだけのことはやった。だから今はただ、祈りながら待つしかない。

 

 そんな卒業秒読み状態の中私は登校する。まだ受験を残す生徒がいるので、私だけ休めるとは思えない。というか”高校に向けて”という名目でまだ授業あるし。卒業式の練習が来たら楽なんだろうなーーと思いたいけど、正直基本的に式中で私たちのすることは少ない。卒業証書を卒業生代表としてもらいに行く1組の出席番号1番の人、そして門出の言葉を言うれいかちゃん以外は、立って礼して座って、あとは歌うくらいだけなので、正直長い時間をかけた練習は必要ないのが現実だ。虚しい。

 

 私の席の前には、いつも通りあかねちゃんがいた。

 

「おはよう、みゆき」

「おはよう。私受験終わったよ」

「ついに自由の身か」

「まあね」

 

 私は、カバンを机に置いて会話をした。

 

「でも、あかねちゃんってスポーツ推薦だったじゃん。絶対受験楽だったでしょ」

「んなわけあるか。うちが推薦もらったところ、全部試験に━━━━英語あったからな」

 英語から始まる部分で苦笑いを見せたあかねちゃん。それだけで、受験時の心労が想像できてしまった。

「それは災難だったね」

「でもうちらには、この春日本最難関の高校に入学する青木軍曹様がいたからな」

 スパルタ教育をしてくるれいかちゃん=軍曹というのはもう定着してしまっている。もちろん本人にもそのことは知られている。

「この前やよいちゃんがね。『れいかちゃんは、私たちに対して机の前限定で《金縛り》を使える』って」

「うちもバッチリ喰らったわ、その金縛り。やけど、あれがなかったら、今の高校に内定もらえてなかったと思うで。推薦貰うには、バレー以外にさすがにテストの成績とかも加味されるしな」

 

 私たちはお互いに目を合わせて、ふっと笑った。れいかちゃんの指導の厳しさは、勉強嫌いな私たちにとってはまさに鬼だったけど、それでも彼女の力があったからこそ、こうして合格を勝ち取ることができたのだ。

 

 もしかしたら私はハローワーク行きだったかもしれないし。

 

「ほんと、私たちみんなでれいかちゃんに感謝の土下座でもしないとだよね」

 

 冗談めかして言ったけど、れいかちゃんのおかげで受験に打ち勝ったのは事実で、あかねちゃんも深くうなずいていた。

 

 バレー部は県大会まで勝ち進み、そこであかねちゃんのバレーの能力が評価されて、全国の高校から声をかけてもらうことになった。それで練習に参加したりして、見事推薦を勝ち取ったのだ。

 しかし、要求される学力もそれなりにあて、結局あかねちゃんは受験勉強に勤しむ必要に駆られたのだ。

 だけど苦労の末、見事入学を勝ち取ることに成功した。今では放課後は2年生たちと一緒に練習、土日は入学する高校に練習参加させてもらっているらしい。

 私は一回でもいいから高校での練習を見に来たいなと思っているけど、私も受験だったのと、なにより高校に行くのに時間がかかるらしいからできていない。

 

「それにしても、あかねちゃんって高校に何分くらいかけていくの?」

「えっとなあ。2時間はーーーー掛からんな。ざっと1時間45分とか?」

 

 少し悩んで出した答えに、私は思わず声を上げた。

 

「え、そんなに! 来年もそんな時間かけて学校行くの?」

「いやいや。うちは来年寮生活するんや」

「あ、寮かあ」

 

 私は納得した。朝練もあるだろうに、そんな時間をかけないと登校できない学校に通うのは大変に違いない。

 

「寮生活に対して準備とかしてるの?」

「まあな。高校の卒業式のほうが中学のより早いやん。だからうちらの卒業式終わったときにはもう、(高校側の)卒業生はもう全員退寮しとるからな。だから中学の卒業式終わったらすぐ入寮だって」

「じゃあもう数週間しかないじゃん」

「まあそうやな」

 

 教室の壁には、卒業式までのカウントダウンカレンダーが貼られている。あれが終われば、私たちの学校生活は終わり、それぞれの道に進んでいく。あかねちゃんのように、すぐに七色ヶ丘を離れる人だっているのだ。

 

「寂しくなるね…………」

「まあな。やけどみゆき」

「どうしたの」

「みゆきは”あんたの世界”に戻るんやろ。それに比べたら、遠くで暮らすくらい余裕や」

 

 あかねちゃんは私の気持ちを晴らすように、笑顔で言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 受験勉強に追われた数ヶ月が終わり、久しぶりにほっとして自室のベッドに寝転んだ。目を閉じると、受験勉強に励んだ日々の思い出がじんわりとよみがえってくる。

 

 ━━色んな場所で勉強したなぁ……。

 私の家やれいかちゃんの家、学校の自習室や図書室。七色ヶ丘のカフェや図書館にもよく通った。

 “前の世界”のフシギ図書館が恋しくなったこともあった。あの図書館は私たちの秘密の集い場所で、世界中の本棚同士を繋げ、様々な場所に飛ぶこともできた。加えてその図書館自体が私たちの秘密基地だった。確かに”この世界”ではああいう特別な場所を見つけることはできなかった。

 けど、たくさんの場所で勉強したことが新しい世界での私の日常になっただけだ。

 

 それにしても、あとどれくらい“この世界”での日々が続くのだろうか━━━━。

 ふとそう考えてしまう。そろそろ、というよりも”もう”私は“この世界の私”としての人生を2年間も過ごしてしまったということになる。この2年がどんな意味を持っているのか、きっと私だけじゃなくて、コアソウルを操るヒオリたちも知っているのかもしれない。春休みになって、もしまたヒオリたちにが来るのであれば、このことについて率直に聞いてみたい。

 どうして私はここにいるのか、この2年間は私にとってどんな意味を持つのか……。

 

 このことはまたれいかちゃんに相談してみようかな。冷静に話を聞いてくれるだろうし、何か新しい視点をくれるかもしれない。受験を終えた今、勉強を強いてくるのもないだろうし、今がチャンスだ。

 

 そんなことをぼんやりと考えていると、突然部屋のドアが勢いよく開いた。

 

「みゆきーー!」

 

 そこにはお母さんが立っていて、なんだか少し慌てたような表情を浮かべている。

 

「どうしたの?」

 

「なおちゃんから電話だって」

 

 

 

 

「ごめんねーー。みゆきちゃんも受験終わったしで手伝ってほしいことがあって。今日は泊まっていいからさ」

 

 緑川家の前で私に謝るなおちゃん。

 

「大丈夫だよ。ちょうど暇してたところだし。それで、家事の手伝いしてほしいって」

「そうなんだよ。今日は両親がいないし、ちょっとあたしひとりじゃ厳しいかなって」

「りょーかい。とりあえず、子どもたちと遊べばいいのかな」

「いや実は━━━━」

 

 するとなおちゃんは、一枚の小さな紙を私の前に出した。

 

「まずはお使い行ってくれるかな━━━━?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 商店街に足を踏み入れ、なおちゃんから渡された買い物籠と紙切れを握りしめながら、私は商店街の通りを見渡した。冬の冷たい風が頬を刺し、ひんやりとした空気が街に漂っている。そろそろ春の訪れが待ち遠しい時期だけど、まだこの寒さが続くのだろうか。手が冷えないように籠の取っ手をしっかりと握り直しながら、私は商店街を歩き始めた。

 

 私が向かうのは”この世界”にとって非常に思い入れのある場所だ。

 ”この世界”で初めて変身した時のことだ。

 ある八百屋のおばあさんが私を励ましてくれたのだ。

 その直後、ヒオリが現れ、ここの商店街がめちゃくちゃになり、そこで私はキュアハッピーに変身した。

 

「こんにちは」

「いらっしゃい、みゆきちゃん」

 

 私が挨拶すると、八百屋のおばあさんが笑顔で迎えてくれた。お母さんが何度もこの店を訪れているし、私もお使いで来たりしていたので、すっかり顔を覚えられてしまっているのだ。

 

「みゆきちゃん、久しぶりじゃない? いつぶりだい?」

「えっと……多分、5か月ぶりくらいですかね」

 そう言いながらも、久しぶりの八百屋の空気とおばあさんの懐かしい笑顔に少し心がほっとする。なおちゃんから渡されたリストを手に、籠に大根やニンジンを入れていくと、おばあさんがぽつりと言った。

 

「最近、見ないけど受験勉強だったのよね」

「あ、はい」

「それはそれは、大変だったでしょう。勉強、苦手だって言ってたものね」

 

 しみじみ言うおばあさんに、私は小さく笑いながら頷く。

 買い物を済ませ、受け取ったお駄賃をおばあさんに手渡すと、おばあさんはにこにこしながらじっと私の顔を見つめて、少し首を傾げるように言った。

 

「みゆきちゃん、この2年で変わったねぇ」

「え、そうですか?」

 

 思わぬ言葉に驚いて、思わず尋ね返す。自分では内面がそんなに変わったとは思えないし、服装や外見も特段大きな変化があったわけじゃない。でも、おばあさんの目には何かが映っているのだろうか?

 

「背はまあ伸びましたけど」

 

 自信なく事得る私に対して、おばあさんは柔らかい笑顔のままかぶりを振った。

 

「私が言いたいのはね、雰囲気よ。立ち振る舞いが変わったというか……こう、大人っぽくなったって感じがするんだよ」

「雰囲気……大人、ですか……」

 

 私は少し考え込んでしまった。

 確かに、この2年で私はいろんなことを経験した。受験勉強もそうだし、“この世界”での生活や、友だちとのかけがえのない思い出も、全てが私に影響を与えている。でも、たった2年でそんなに変わったように見えるなんて……。

 

「そうそう。何も意識しなくてもね、人にはその人の生きてきた時間が、無意識のうちに染み出てくるものなのよ」

「そ、そうなんですね」

 

 私の精神年齢は16歳だ。だけど、目の前のおばあさんはそんな私よりもっともっと長い時間を生きている。

 

「そうよ。この街の雰囲気だって、この街で生きてきた人たちが作り出しているのよ」

 

 私は後ろを向いた。

 通りには、地元の人たちが立ち寄る小さなお店が並び、いくつかの店先からは活気のある声が聞こえてきた。冬の平日でも、地元の常連さんや買い物帰りの家族がちらほら歩いているのを見て、少しホッとした。商店街の人たちは皆顔なじみらしく、立ち話をしたり、手を振り合ったりと穏やかな雰囲気が漂っている。

 

「…………そうですね」

 

 自然と笑みがこぼれ、実感のこもった相打ちをうつ。

 

「それでも昔と比べれたらいくらか寂しく感じてしまうけどね」

 

 おばあさんの虚しい声が耳に入った。

 

 確かに、通りの大きさに対して一通りの数が少ない━━━━気もする。私は”この世界”のこの街に2年間しかいないから実際に見たわけじゃない。おばあさんの言葉につられてそう思っているだけかもしれない。

 

 それでも、おばあさんが口にした虚しさが嘘だとは思えないし、おばあさんの感覚が間違っているとは思えなかった。

 昔はもっと賑わっていたんだろう。少子高齢化に人口の一極集中だっけ? この街で生まれた子どもたちが進学就職などで一気に都市部にいってそのまま永住するからか、数十年前はもっと人がいたのだろう。それでも、こうして商店街が変わらず存在し、地元の人たちに愛され続けているのは素敵なことだなと思う。

 

 何か私にできることは無いのだろうか。

 

 そう思っても、私は”この世界”が居場所じゃない。”あの世界”の七色ヶ丘でも同様な問題が起こっていたとして、そこで私が何か革命的な解決をしたとしても、”この世界”に影響なんてない。ここで何かをしても、私は”もとの世界”に戻る。

 だから私が何かをしても意味は無いのかもしれない。

 

 だけど私は、あると信じたい。

 そんな気持ちに私は気が付いた。

 今できることと言えば、このおばあさんのくすんだ笑顔に、少しでも彩を戻してあげることだ。

 私はおばあさんに微笑みかける。

 

「また来ますよ。高校は電車通になるので来る機会はもっと減るかもしれませんが、私は来年もここにいます」

 

 

 

 

 

 

 豚肉も買った。

 

 買い物を済ませ、少し冷えた空気の中を家に向かって歩く。ここ数ヶ月は、日が落ちるのが早くて、学校が終わって家に着くころにはもう真っ暗だった。でも今日は少しだけ明るい。それでも、暗いことには代わりは無いので、町の灯りを頼りに路地を歩き、家に入った。

 

 引き戸を開け、中に入る。

 

「お邪魔しまーす…………」

 

 電気はついておらず、廊下を歩いて少し先の居間から漏れる光だけが差している。薄暗い雰囲気になんだか気落ちしてしまったので、挨拶も小さくなってしまった。大家族故に、玄関土間は靴でいっぱいだった。なんとか空いたスペースに私のスニーカーを置く。籠をもったまま、歩く。靴下を履いているので自分の足音は聞こえなかった。

 

 光が差すほうへ歩いていくと、次第に私の耳に会話の音が聞こえるようになってきた。

 内容は分からなったたが声色から、話しているのがなおちゃん━━━━、それともう一人は長男のけいた君だろうか。

 

 最初は気にならなかったが、けいた君の声には怒気が含まれていることが分かった。

 

 居間への扉が閉まっていることに、少しだけ安堵しながら、私はおそるおそる扉の前に近づき、立ち止まって耳を傾けた。

 

「言ったでしょ。あたしだけじゃ、あんたたち6人の面倒見切れないって」

「なんで俺も面倒みられる側なんだよ!」

「当たり前でしょ」

「当たり前じゃねえ! 俺も中学生なんだ! 弟たちの面倒は俺も見れるって」

 

 弟の反発に、なおちゃんがあしらうように受け流す。

 

 この会話の内容で、私は状況がある程度推測できた。

 

 なおちゃんは家事や家族の面倒を手伝ってほしいと、私を家に誘った。だけど、弟のけいた君は、そのことを不満に思っていた。それは、自分が面倒を見られる側にカウントされていたからだ。

 けいた君は来年で中2だっけ。なおちゃんはその時点で、今のように弟たちの面倒をみたり、料理したりしていた。だからけいた君もできると思っていたのだろう。

 

「じゃあ、けいたは料理できるの? 家事をこなせる? 弟たちが泣いたときにあやせる? 離乳食は作れるの?」

「それは━━━━」

 

 けいた君は口を止めた。

 

 それは流石に求めすぎでは? という考えも、それくらい必要なのかも? という考えの両方が浮かぶ。

 なにか言ってあげたいとも感じた。だけど私は緑川家のことを知らないし、そもそも他の家族のことだし、口出しできるとは思えなかった。私はただ、この場所で二人の喧嘩を見ることくらいしかできない。

 

 できるとすれば、私が何も知らないふりをして部屋の中に入ること。さすがに他人に家族同士の喧嘩は見せられないということで、二人の口喧嘩はとまるだろう。部屋の中は見えないが、喧嘩を二人の弟や妹たちも見ているはずだし、ヒートアップして何か取り返しのつかないことになりかねないし。

 

 意を決して、おそろおそるドアに手を伸ばした。

 

 その時。

 

 けたたましい音が鳴り響いた。

 

「うわああああ」

 

 私の驚きの声も、家の外から聞こえる轟音、そして居間の中から聞こえる悲鳴にかき消された。

 

 間違いないだろう。この音はコアソウルだ。私が”この世界”に来て数週間、今のように私が緑川家にお邪魔していた時、コアソウルが現れた。

 しかも、コアソウルは緑川家に毒ガスをばらまき、家族を救うためには、自分を1時間以内に倒す必要があるようにした。

 

 あの時、半ば、いや完全に諦めていたマーチの変身が起きなければ、コアソウルは倒せなかっただろう。

 

 この家の人たちが心配だ。

 

 私はすぐさま駆け出し、緑川家の外に走る。

 

 ***

 

 なおは言い争いをしている中、家の外から大きな音がするのが聞こえることで口を止めた。

 

 間違いない。ジラたち、コアソウルを操るものたちだ。

 

 また━━━━来たのか。

 

 途端に、今さっきまで居間にいた弟妹たちが叫び、泣き始める。ぎゃああああという悲鳴が家の中を覆う。怖いだろう、辛いだろう。まだ話すことに慣れていない子だっている。去年生まれた、新しい家族の「ひとし」なんて、まだ泣くことでしか気持ちを表現できないときもある。

 

 なおはすぐさま、泣き叫ぶひとしに近づき、抱きかかえる。

 

 轟音はいまだ鳴り響く。音は断続的に鳴り響く。そのたびに、家族の恐怖が増していくようだった。他の弟妹も叫んだり、震えたりしている。

 

 なおはけいたに叫んだ。

 

「けいた! 今すぐ家から逃げなさい!」

 

 今起きてることが”やばい”ということにはさすがに気が付いているようだが、自分の言葉には懐疑的だった。

 

「なんでだ!? 家の中にいたほうが安全じゃないのか?」

 

 音の正体なんて、けいたたちには分からないだろう。普通に考えれば、家で待機するほうが安全かもしれない。

 だけど、”あの煙”がまた家に入ってきたら━━━━。

 

「けいた」

 

「何だよ━━━━姉ちゃ━━━━━━━━」

 

 突然のことに驚きを見せたけいただったが、なおの顔を見て、表情がこわばった。今、自分たちは命の危険があるということを理解したのだろうか。

 

「いい。みんなには未来があるの。だから逃げて。どれだけ苦しくても、怖くても、必ず逃げて」

 

「でも、姉ちゃんは━━━━」

 

 なおは微笑み、語りかけた。

 

「けいたは長男でしょ」

 

 家族を任せる。

 

 さっきまで自分はけいたのことを信頼していないような口ぶりだった。もちろん、なお自身に自覚はある。自分がさっきとは矛盾したことを言っていることに。でも、そうでもしなきゃけいたは言うことを聞いてくれないと思った。

 

 そうして、腕に抱く生命(いのち)を、けいたに預ける。

 

 ひとしはまだ泣き叫んでいた。

 

 なおの弟は、自分の弟を見た。そうして、決意をきめたような表情を見せた。

 

「わかった。姉ちゃんも無事でいて」

 

「うん」

 

 そうしてなおは家の玄関に向かう前に、電話でれいかの住む青木家に繋いだ。彼女に、あかねとやよいを呼ぶ旨を伝えた。

 

 自分が電話をかけている最中、弟たちが音のでる方向とは逆のほうへ逃げていくのを見た。けいたが必死に、弟や妹を連れて行こうとしている。自分の家の中にあるものを取り出そうとしている子どももいた。だけど、けいたはそれを止める。まず最初に安全な場所に逃げるようにしている。

 

 そうしてなおは弟たちの無事を願い、家の外に向かう。

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