地面に埋まった頭を出した。
あたりを見ると、木々があるわけでは無かった。そして私は地面が手入れされた草原であることに荷が付いた。
━━ここってお祭りに行った広場だ。
けっこう飛ばされたなということを確認た。まずはみんなを探さないと。
私は、私から出すエネルギーの流れを感じる。すると4本の線はほぼ同じ方向に伸びていた。なんとなくだけど、一番近いのはマーチということも分かった。
とりあえず、そこに向かおうとする。
森に入る。木の根に躓いて転がりそうになりながらも進んでいく。
少したって、風が後方に流れているのを感じた。木の葉が舞い、ついつい手を盾にして目を守る。そして手をどかすと、彼女の姿が見えた。
「マーチ!」
「ハッピー」
マーチはこちらを振り向く。近づいていくと、彼女の表情が見え、疑問を浮かべているのがわかった。
「な、なんでその方向から…………」
たしかに、私がこっちからくるのは疑問に思われても仕方ないか。
「えっとね…………。ちょっと待って、戦闘中必死で…………」
「いいよいいよ。あたしも(サッカーの)試合中の状況なかなか思い出せないこともあるし」
そう言ってくれるとありがたい。
私がどうして飛ばされたのか…………。
「そうだ。ビューティが手錠に捕まってしまったの。あの場で戦えるのは多分サニーだけ!」
「本当! じゃあ助けに行かないと!」
「うん。でも、けいた君たちは…………」
すると、マーチの近くにいる人影が目に入る。マーチの弟たちが寝ていた。
そこにマーチは座り込むと、淡いグリーンの光に包まれ、変身を解いた。
長男であるけいた君の頬を軽く叩いた。
あまりプリキュアのことは知られたくはないので、私も変身を一旦解こうと━━━━。
「ハッピーはそのままでいいよ」
「あ、そう」
私は変身を解かず、なおちゃんから少し離れて、近くの木に背を預けた。
「ん…………」
けいた君はゆっくりと目を開ける。そうして目を開き、さらに大きく開いた。
「ね、姉ちゃん!」
「ここで何があったの…………」
「えっと…………」
けいた君は頭を押さえて考える。きっと気絶する直前のことだろうからうまく思い出せないのだろう。それでも十秒ほど経ってぽつり、ぽつりと話始める。
「えっと…………、逃げて居たら…………突然。…………真っ黒い動物たちにおそわれたんだ。多分総合公園のほうだったはず」
予想通りのことが起きていた。
「わかった。じゃあ、もう大丈夫だから家に帰りなさい。きっとお母さんやお父さんも帰ってるよ」
「え、そうなの?」
「うん。このお姉さんが助けてくれたんだ」
そしてなおちゃんがこちらを向いた。
どうやら、弟たちに大丈夫だということを伝えるために、私を変身したままにしておいたのだろう。
「だ、誰…………?」
「え! えっと…………、《通りすがりのスーパーヒーロー》です」
両手でピースをして、ごまかすように笑った。
”前の世界”でビューティが初めて変身した時だったかな。ピースが正体を隠すために言った言葉だ。すでにプリキュアに勧誘した後だったからバレバレだったんだけど。
もうあれも私の感覚で3年近く前か、という感傷は一旦履けて、けいた君を安心させることに意識を向ける。
けいた君は目を細めて疑うような視線でこちらを見ている。もしかしたら、上手いこと伝えられなかったかな…………?
「まあ、姉ちゃんが言うなら」
危ない。なおちゃんがプリキュアのままだったら多分信用してもらえなかった。
「あっちいったら、総合公園の広場につくから。あんたたちを監視していたやつもいない」
あの鳥はもう倒したのだろう。
けいた君は自分の弟妹を起こし、去っていった。
そして姿が完全に見えなくなってから、再びなおちゃんはキュアマーチへと変身した。
「まったく、人ごみのほうに逃げたほうがいいって」
「まあ。身を隠しやすいみたいな感じで、考えなしではないと思うよ」
と、私が少し弟たちを擁護した。
ともあれ、これで後はコアソウルを倒すだけだ。そうしてなおちゃんにサニーたちがいる場所を伝えようとする。
しかし、私はマーチの顔が泥を飲んだような表情をしているのが見えた。
「ねえ…………ハッピー」
「なに?」
「”これ”。いつまで続くんだろうね」
これの意味は、きっと私たちのプリキュアとしての戦いのことだろう。私たちはいつまで戦わされ続けるのか。
「…………苦しいよ」
どさり、と崩れ落ちるように膝をついた。
私はマーチが珍しく吐いた泣き言に胸が痛んだ。
私たちがプリキュアとして戦う以上、ずっと自分の家族が危険に遭わせられることを意味している。その理由はきっと━━━━。
そんななか、マーチは自分のことを話し始める。
「あたしね。サッカーで推薦をもらったんだ」
推薦か。今朝、あかねちゃんが話していたことだ。スポーツで実力が認められるものに与えてもらうものだと。なおちゃんのサッカーの実力は誰が見ても素晴らしいものを持っている。推薦をもらってもおかしくなないだろう。
私はしゃがみ込み、マーチと視線が合いやすいようにした。
捕まったビューティの姿が頭にちらつく。正直心配だ。でも、ビューティも、サニーもピースも今日はマーチのことを一番に考えて行動してくれている。きっと大丈夫だと思い込むようにする。
「うん」
「そのときはとにかくがんばるぞって思って(推薦を)もらって、入学も決まったんだ。家族はみんな遠くで寮生活してもいいって言ってくれて、それもあってね、行くことになったの。でも、今ごろになって思ったの。離れたくないって」
離れたくない。ここにいたい。
私がそう思ったのは、《怠け玉》のときだろうか。でも、あの時とは違う。ただ与えられた幸せのみを享受することがハッピーエンドだと思わなかった。
辛くても、苦しくても一緒に進んで掴んだものこそに本当の価値があると信じたからだ。
私はマーチに、何を言ってあげることができるのだろうか。
ありきたりなことは何も言えない。
目の前で苦しむ少女は、心の底から救いを求めていて、模範解答に沿って言ってだけでは心まで伝わらないだろう。
私は自分が持っている答えを伝えた。
「でも、家族が離れ離れになっても、心までは離れない。だからきっと、大丈夫だよ」
「わかってる。わかってるよ…………」
マーチの声は涙ぐんでいた。
私が行ったことは”前の世界”のマーチが言ったことだ。だから、”この世界”の彼女が同じ答えを持っていることは不思議なことではない。
「でも、あたしはざみしいーーーーーー!」
感情とともにあふれた涙を流し、マーチは私を抱きしめてきた。
「うん。そうなんだね…………」
私はただ、薄暗い森を見つめながら、抱き返す。
たとえ、私は彼女のことを理解できなくても、努力はできる。
「私はマーチじゃないから、マーチの思いを完全に理解するのはできないかもしれない。でも少なくとも私は、何があってもマーチの味方だよ。だから悲しみを少しでも私に分けてほしい。それで少しでも、前を向いてほしい。そうするのがきっと、友達なんだ」
理屈ではなんとでも言える。だけど、それで心が変わるなら苦労はしない。
宿題をすべきと分かっていてもできないときだってあるし。倫理や法で禁じられていても人を殴りたくなることだってあるだろう。
でも間違った方向に進みそうなとき、深い苦しみで前を向けないとき、その人の力になることができるのも人の心だ。
私の言葉が、私の努力が、一人の心を少しでも軽くすることができるのであれば、私が”この世界”に来た意味になるはずだ。
どれくらい経っていただろうか。これだけ戦闘がつづいてことはしばらくなかったことを思い出す。
マーチも少しは落ち着いたようだ。
「……ごめん。取り乱していた」
「いいよ。大丈夫」
自分にとって、かけがえないもの命なんだ。
マーチは私の胸から離れ、立ち上がる。彼女の方向は、おそらくサニーたちが戦っている場所を見ていた。
よし、遅れた分、二人ですぐに追いついて加勢を━━━━。
気合を入れたところでふと何かが見えた。
橙色のお団子と、アイスブルーのロング。私はその姿がサニーとビューティ━━━━のはずだ。
「二人とも……」
マーチは二人に笑顔を見せて、近づこうとする。
━━けど、ビューティは金太郎のコアソウルによってピンチになっていたような━━━━。いや、サニーがなんとかしてくれたことも考えられる。それでも、私は多大な違和感を脱ぎ払うことができなかった。
「待って」
私は腕をマーチの前を遮るように伸ばす。
「え……」
ふとマーチは理由の分からないのにもかかわらず、私を信じて立ち止まってくれた。
もう一度走ってくるふたりを見る。二人は私たちに笑顔を向けてくるけど、ずっと見てきた、微妙な仕草、例えば走るときの足の動かし方、体重移動、手の動かし方。仕草は違う気もする。そしてその表情も、どこかぎこちなきように感じた。
そして決定的なものがあった。私がこの公園に来るために感じたエネルギーのライン。確かに、私から延びる二色の線は二人の方向に伸びているが、伸びる先はもっと”先”だった。
この二人は、私が知る二人じゃない━━━━。
そう確信をした瞬間、私は跳びだしていた。
「やああああああ!」
私は二人の一方、ビューティに向かって蹴りを入れた。彼女は私が攻撃を仕掛けた瞬間、くちをあんぐりあけて驚いていた。私とのラインが繋がっているビューティは、こんな素っ頓狂な顔はしないはずだ。私の右足によて吹き飛ばされた《ビューティに似せたなにか》。
すると、もう一人《サニーに似せたなにか》は私に向かって、パンチを一発出してくる。
それをパシン、と私は右掌で受け止めた。
サニーの拳はこんなものじゃない。今のように対応したら、もう一度遠くへ吹き飛ばされてしまうだろう。私はそのまま右手を握りしめる。
私は今度は左手のひらを《サニーに似せたなにか》に向けて、小さなハートを描く。
「《プリキュア・ハッピーシャワー》!」
桃色の光線が放たれる。《サニーに似せたなにか》は、光包まれ吹き飛んでいく。そして、人型がキツネ型の陰に代わり、消えていった。
━━キツネ。私は納得した。たしかに、キツネさんなら化けられる。つまり、さっき蹴り飛ばした《ビューティに似せたなにか》も━━━━。
私はそこに視線を飛ばすと、マーチが走りこんでいるのが見えた。
「ハッピー! 倒していいでしょ!?」
「うん!」
二人が偽物だということに気が付いてくれたマーチは、もう一方も倒しにいく。
マーチは空に飛び、横に回転する。そして生まれる渦巻く風。それは竜巻のように見えるし、もしかすると、銀河のように見えているのかもしれなかった。マーチは、右足を伸ばし、直線的にコアソウルへ蹴りを入れた。
《プリキュア・ガラクシア・トルナード》!
《ビューティに似せたなにか》に深く蹴りが入った瞬間、人型はタヌキの陰になり、消えていった。
私とマーチはすぐにサニーたちがいる場所へ向かった。
その間に、私はマーチにコアソウルの情報を伝えておいた。
だけど、タヌキキツネの二体がまさか化けてくるなんて━━━━。
私が、みんなとつながるエネルギーを感じ取れていなければ、さっきのが偽物であることの確証がないまま怒っていただろう。
そのまま私たちは森を駆け抜ける。いつのまにか、サニーたちの場所は移動していて、ついには森を抜け、桜並木の場所にまで抜けた。
私はそこで、今の危機的状況を認識した。
「ハッピー!」
アスファルトの上。手錠に捕まったピースが、こちらに気が付き叫んだ。
その隣では、同じように手錠に捕まり身動きの取れないサニーとビューティがいた。3人は足にも手錠をかけられてミノムシ状態にされていた。
そして3人の近くには、まさかりを担いだ金太郎のコアソウルが立っていた。
私たちに気が付いたビューティがすぐさま大声を出した。
「このコアソウル! 通信機のコードを使って遠くから手錠を投げてきます! だから━━━━」
すぐさま情報交換をしようとしてくれていた。
それを、敵は見逃さなかった。
コアソウルはまさかりをおろし、ビューティの”前”を叩きつけた。アスファルトの上には鋭い切込みが走る。捕まった3人の運命が、コアソウルの掌のなかにあることを示すのには十分だった。
私たちはもう一度人質を助け出す戦いをしなければならない。
ふと視線の端で、遠くで浮かぶ人影が見えた。ジラがこの戦いをじっと見つめているのだろう。
これ以上彼の隙にさせてはだめだ。
「すこし待って…………」
「どうした?」
「みんなを助けるために、思い切り力を使いたい」
それを聞いたマーチは頷いた。
「分かった」
私は一つ息を吸った。
マーチの話を聞いてみると、けいた君たちがつかまっていた木にたどり着くのは案外簡単だったらしい。さっき倒したキツネさん、タヌキさんたちが門番となっていたからとのこと。だけど、今はきっとコアソウル一体だけしかいない━━━━はず。だからこそ、ビューティの言葉にいち早く反応してまさかりを使って脅しをいれたわけだ。
その理由はジラが私の力を見たいからだろう。だから見せてあげるとはならないが、ここは私の力を存分に発揮しなければコアソウルを倒せないと感じたのでやる。
ピースの提案で私とみんなのエネルギーのラインが見えるようになった。私は、私が持つ力にはもっと先がある気がした。私のプリキュアの力の源はどこからきているのか分からない。だけど、この力が誰かを救えることができるのならば使いたい。
今の場は膠着している。一見だれも動いていないように見えるだろう。
ソウルフルパクトに意識を集中する。深呼吸をし、体の芯から湧き上がるエネルギーに意識を向ける。空気が変わるのを感じる。周囲に満ちる見えない力が、私を中心にして波紋のように広がっていくのが分かる。
目を閉じると、心の中でそのエネルギーの色や温度までもが鮮明に浮かんでくる。温かく、それでいて凛とした強さを持つエネルギー。この力こそが、私をプリキュアに変える源だ。だけどもっと強く、もっと確かな力が必要だ。仲間を助け出し、この状況を打開するために。
私は、私が持っているものを信じる。頼りにする。
そう心の中で呟き、決意を固める。その瞬間、意識がさらに深くソウルフルパクトと繋がった感覚がした。身体が軽くなり、足元からふわりと浮かび上がるような感覚に包まれる。
━━あの姿なら。
ソウルフルパクトの感触が指先に強く伝わる。同時に、身体中が銀色の光で包まれていくのを感じた。眩い光が四方へ広がり、まるで自分の全てを浄化していくようだ。
足元から煌めきが広がり、透明なハイヒールが身を包む。
桃色のコートがゆっくりと形を変え始める。生地が伸び、スカートの裾が大きく広がる。銀と白の光が織りなす布が、美しく舞うようにして足元を覆う。腰元から純白のフリルが幾重にも重なり、まるで花が咲くように体を包み込む。
胸元にあるシンボルが光を放ち、頭の上には自然に黄金のティアラが現れる。最後に、そして、光が収束し、私の姿が完成する。
これが《プリンセスフォーム》。
幾たびの戦いを超えてきた力を為した。
私はどうしてか、この力の使い方を理解できていた。
だけど、その疑問を考える時間は無かった。コアソウルをすぐさま体を動かす。
コアソウルは鋭い目つきでサニーたちを見下ろしていた。手錠に囚われ動けない彼女たちは、今や完全に無防備な状態だ。その冷徹な表情の中に、容赦のない決意が宿っているのがはっきりとわかる。
右手にはまさかりを持つ。その巨大な武器を振り上げるたび、周囲の空気が重く揺れる。コアソウルは手早く状況を終わらせるつもりだ。まずは一撃でサニーを消し去ろうと、その視線を固定する。
振り上げたまさかりが、ぎらりとした光を放つ。刃先がゆっくりと振り下ろされる軌道を描き始める。
そうはさせない。両手を広げる。私が纏うエネルギーを胸の前に一瞬で出す。
「《プリキュア・シンデレラ・ハッピー・シャワー・シャイニング!》」
響いた声と共に、眩い光がコアソウルを直撃した。
強烈なエネルギーの嵐が、コアソウルの体を飲み込もうとする。コアソウルはなんとか体を動かす。私の光線の掠められた瞬間、体が大きく回転しながら空を飛ぶ。
私が放った光線は、向こうのほうで、おおきな爆発を起こした。
「サニー、ピース、ビューティ、大丈夫!」
3人は安堵の顔よりも驚きの表情のほうが大きかった。
私は全員のために近づく。
しかし、その瞬間。
シャアアアアアアアア。
近くの地面から一匹のなにかが飛び出た。
━━ヘビ!
反応が遅れた。そう思ったとたん、私の隣から風が舞う。
「やああああああ」
マーチが飛び出し、ヘビを蹴りつけた。
そのままヘビは黒い影となり消えていった。
「危なかったーー」
サニーが冷や汗をかく。
あとはあのコアソウルを倒すだけだ。