私とマーチは迷いなく、コアソウルへ走り出す。
「ハッピー、それは?」
「《プリンセスフォーム》。”前の世界”のパワーアップした姿だよ」
「へ━━」
ソウルフルパクトで変身する姿は、スマイルパクトと大きく変わっている。《プリンセスフォーム》は、もともとの衣装に皓るドレスを纏った姿だ。今私が来ているものも同じように、ソウルフルパクトで変身するコートにさらに覆う形で纏っていることになる。どうして、本来の姿と異なるものになるのか。それは二つのパクトで衣装が変わることに寄りそうだ。
それよりも、どうしてもともと《プリンセスフォーム》に変身するために必要な《プリンセスキャンドル》が無くてもこの姿になれたのか━━━━。
いくらかの疑問を置いておいて、倒れるコアソウルに向けて走る。
森の奥でコアソウルが起き上がってこちらを睨んでいる。
パァン! パァン!
警察官のコアソウルたる金太郎は自分の拳銃を持って射撃してくる。
だけど、今の私にはあたることは無かった。
右へ左へかわし、確実にコアソウルとの距離を詰める。
マーチも当たり前のようにかわす。彼女の足の速さにコアソウルは対応できていない。そのまま彼女はすこし回り道をしてコアソウルに横から近づことしている。あの動きは、《プリンセスフォーム》になっていないのにさすがだ。
ところで、”この世界”のマーチたちも《プリンセスフォーム》になることはできるのだろうか。
そう思ったところで、コアソウルが次の手に移るのが見えた。
まさかりと警棒の二刀流。彼を崩すビューティはいないから、と踏んだのだろう。たしかに、《プリンセスフォーム》に変身前の私とマーチなら、彼と打ち合う技術も、それを気にしないほどのパワーもなく、手を焼いたかもしれない。
コアソウルは左右を交互に出してくるが、それを交わし、胸に拳を叩きこんだ。
コアソウルが吹き飛ぶ瞬間、まさかりが右手から離れる。途端に拳銃を私に向ける。
「危ない!」
マーチが叫ぶ。
一瞬虚をつかれ、すこし足が固まったが大丈夫だ。私は地を蹴り避ける。
ガチャリ。
金属が触れある音がした。
そして今のは手錠の音。私の手元に目を向け、捕まったのが私ではないことを確認する。
すると。
「しま━━━━」
マーチが困惑した声がする。
彼女のほうをみると、手に手錠がついていて、手錠の鎖には通信機が付いている。
━━今の銃はマーチを捕まえるのが狙いだったの!
想定外だった。まさかこんなことを吹き飛ばされている間にするなんて。
「うわあああああ」
状況を理解した瞬間にはすでに、マーチは飛ばされるコアソウルに引っ張られるように跳んでいた。このままではマーチも捕まってしまう!
そう思い、走り始めようとするがさすがにもう届かない。
コアソウルは地面に倒れると同時にマーチを見つめる。数秒と経たずに、マーチはコアソウルに近づき━━━━。
「どりゃああああああああ!」
だが、マーチは叫び声をあげ、その勢いのままコアソウルを蹴った。
顔面を思い切り蹴られたコアソウルはさらに吹き飛び、近くの木にぶつかった。マーチは引きづられ層になるも手で耐える。距離が近い位置だったので、通信機についているばねがあまり伸びきることにならないことが、マーチもつられて吹き飛ばない原因になったみたいだ。
コアソウルは木にぶつかった衝撃で動けそうにない。今の動きは結構無茶をしていたのかもしれない。
マーチは手錠に絡まった通信機を外す。
「それと、これ邪魔だからね」
そう言ってマーチは手についてない手錠の輪を、今自分をまいている左腕にもう一つつけた。
「よし、これで大丈夫だ」
マーチはコアソウルを向く。
拳銃と通信機を持つために、まさかりと警棒を両方とも手から離していた。結果として、コアソウルはほとんど無防備な状態に陥った
ここで決める━━そう心に誓った私は、隣に立つマーチに視線を送った。彼女もまた真剣な目つきで私を見返す。互いにうなずき合う。
「行くよ、マーチ!」
私の声にマーチは応え、彼女の体が素早く宙に舞う。そのタイミングを見計らい、私は躊躇することなく彼女の足に飛び乗った。ふわりとした浮遊感が一瞬だけ体を包み込むが、次にはマーチの力強い蹴りがそれを吹き飛ばした。
「やあああああ!」
彼女の叫び声とともに、私は前方に放り出される。宙を切り裂くような勢いで突き進む私の体には、強烈な風の渦巻が巻き起こり、それが竜巻のような形状を作り出していた。
視界の先には、目標であるコアソウルの姿がある。
「「《プリキュア・スターフォール・テンペスト》!」」
私とマーチの声が、まるで響き合うように空間に広がる。掛け声と同時に、私の頭突きはコアソウルの中心に命中した。衝撃が体中に広がり、瞬間的に閃光が周囲を包み込む。視界が白く染まり、次に気付いた時には、コアソウルが砕け散っていた。
その中から現れたのは、淡い紫色の霊魂のような存在だった。それはしばらくの間漂うように空中に浮かんでいたが、やがて静かに消えていった。
その場に立ち尽くす私たちは、達成感と同時に奇妙な静けさを感じていた。この一撃で終わったのだと理解するまでに、数秒の時間が必要だった。
「ふう」
ついに終わった。
森には静けさが戻ってきた。
私は捕まったみんなのところへ戻ろうと、まずは変身を解き━━━━。
その途端━━。
バキッ!
鋭い音が公園中に響き渡った。思わず振り返ると、私の目の前で何かが割れ始めている。それは地面でも建物でもない。
空気や空間そのものがひび割れていた。
「何……これ……?」
呟く声は震えていた。目を凝らすと、ひびの奥から黒い液体がじわじわと溢れ出している。濃密で不吉なその液体は、世界を蝕むかのように広がっていった。その瞬間、直感的に理解した。
《虚空の泥》だ━━。
なぜそう分かったのかは分からない。ただ、確信が胸に湧き上がった。まるでこの現象が私にとって既知のものかのように感じられたが、その理由を考えている暇はなかった。
黒い液体は、空間のひび割れからあふれ出し、公園全体へと広がり始めていた。周囲を見渡すと、あちこちで空気の裂け目が生じ、そこからも同じ液体が滴り落ちている。滴るどころか、今や川のように流れ込んできていた。
足元にも━━黒い泥が押し寄せている。
「これって……」
地面に目を向けると、芝生が泥に侵され、溶けていくように消えていく。見慣れた公園の景色が、どんどん異形のものへと変わっていく光景に、寒気が背中を駆け抜けた。
「みんな!」
声を張り上げて辺りを見回すと、サニー、ピース、ビューティの3人がこちらへ走り寄ってきているのが見えた。彼女たちは先ほどまで手錠に捕らえられていたはずなのに、今はその枷が消え、自由の身となっている。おそらく、コアソウルを倒したことで解放されたのだろう。
「大丈夫?」
マーチが彼女たちに駆け寄る。
3人は息を切らしながらも頷き合い、無事を確認している。手錠が外れ、今は5人全員が一箇所に集まることができた。しかし、状況は一向に安心できるものではない。
周囲はすでに黒い泥が覆いつくしつつあり、公園そのものがゆっくりと飲み込まれていく。足元に広がる泥は、私たちのすぐ近くまで迫っている。
「ひとまず……」
私たちは一瞬視線を交わし、全員が同じ思いを抱いていることを理解した。
とにかく逃げるしかない。
「走るよ!」
私は声を上げ、みんなを引き連れて走り出した。背後から聞こえる、泥が芝生を飲み込み、空間を歪ませる音が耳を突き刺す。世界そのものが崩壊していくような音。心臓が嫌でも高鳴る。
「急いで!」
泥の広がりが加速している。振り返ると、虚空の裂け目がさらに大きくなり、溢れ出す液体が勢いを増していた。まるでこの世界そのものが、黒い泥に飲み込まれてしまうかのようだった。
全員で駆け抜ける。息が切れるのも気にせずに、ただ前へ━━。
総合公園の入り口にたどり着いた私たち5人。ようやく一息つける場所に逃げ込めた。振り返ると、いつの間にか公園全体を覆っていた黒い泥の流れは止まっている。中心部に広がっていた不気味な静けさが、今はまるで嵐の後のようにしんと静まり返っている。
「いや……捕まったときはどうなるかと思ったけど……」
サニーが肩で息をしながら呟いた。
「ハッピーとマーチが何とかしてくれたね。本当に助かったよ」
ピースが息を整えつつ、私に向けて微笑む。けれど、その表情にはまだ少し混乱が残っているようだ。
そういえば、二人とも私が見てないところで捕まっていたけど━━━━。
「もしかして……、二人とも、化けたキツネさんとタヌキさんに騙されてたの?」
「そうやねん……。うちのとこのに偽物のピースが来て、まんまと引っかかってしもたわ。ウチも、ピースも」
サニーが悔しそうに拳を握りしめる。
「私もだよ。私も……あの時現れたハッピーが偽物だったなんて……」
私とマーチの前に現れたのはサニーとビューティーに化けていた狐さんとたぬきさんだったので、マーチ以外の4人には化けていたということになる。
ビューティがふと思い出したように私を見て問いかけた。
「それにしても、ハッピー。あの白いドレスの姿……あれは一体なんでしょうか?」
「あれ……言ってなかったっけ?」
「ええ、見たのは初めてです。あの美しい姿に何か特別な意味があるのかと思って」
「うん、あれはね……《プリンセスフォーム》って言うの。ちょっと衣装は違ってはいるんだけどね。前の世界で使っていた強化形態の姿」
「そうだったんだ……だから、あのコアソウルを一気にうちらから引きはがしたんや!」
サニーが感心したように大きく頷く。
「でも……」
ピースが少し心配そうな顔をして言った。
「あの時、もしも私たちに蛇が隠れていたって気づかなかったら、ちょっと危なかったよね?」
「あれは、さすがに予想外だったなぁ……あのヘビ。あのタイミングで出てくるなんて、ほんまにたち悪いわ」
ビューティが頷きながら、冷静に補足する。
「ヘビに噛まれると、ただの毒では済まない場合もあります。特にあの黒い泥が絡んでいたとすれば……あの場にいた全員に影響が出ていたかもしれません」
「ほんまや。あの泥、めっちゃ不気味やったしな……」
サニーが思い出すように言った。
「でも、マーチがすぐに反応してくれたおかげで、何も起こらずに済んだ。本当に助かったよ」
私は感謝の気持ちを込めてマーチに微笑んだ。
その時だった。これまで黙っていたマーチが、急に顔を伏せると、深々と頭を下げた。
「ごめん……みんな。私、取り乱してた。こんなに危険な状況なのに……自分のことでいっぱいいっぱいになってたんだ」
彼女が顔を上げ、真っ直ぐにこちらを見つめる。
マーチの言葉はひとつひとつ丁寧で、それが余計に重く感じられる。私は聞いたのはこれが2回目で、1回目のときのような涙をみせることは無かった。これまで”ずっと”抱えていた彼女の苦悩が、私たちにも痛いほど伝わってきた。
言い終わって、すこし空気が固まる。
そんななか、始めに口を開いたのはサニーだった。
「マーチ…………。なんで早く言ってくれなかったんや!」
「え……」
サニーは本気で心配をしてくれていた。
次に口を開いたのはビューティだった。
「私たちは、『隠し事をしない』という約束だったわ」
そうだ。私が”前の世界”のことを打ち明けた時に約束をしたものだ。胸に秘めた苦しみは、必ず共有しようと。
「ハッピーが”別世界”のことを隠していた時に一番隠していたのは誰だったかな━━━━?」
ピースが追撃をした。
「う…………」
マーチは少し照れて、お腹の前で軽く指を組ませそっぽを向く。
私もこの流れに乗ることにしよう。
少し意地悪な笑みを見せて、追い打ちをかける。
「そういえば言わなかったときの罰ゲーム、マーチが決めた気がするんだけど━━━━なんだったっけ?」
緑川家では、なおちゃんのお母さんとお父さんがすでに帰ってきていたようだ。当然娘息子たちがいないことに非常に動揺していて、警察に届け出るあと一歩ということで、けいた君たちが帰ってきたということになった。
私は本当は今日止まる予定ではあったものの、ちょっと今日はやめておいて、星空家に帰ることになった。いろいろなおちゃんの御両親に状況説明をしていくことになって、後にした。
さらに数日後、ある休日、私たち5人は緑川家に集まった。
それは「隠し事をしない」を破った罰ゲーム、「みんなに御馳走をする」を実行してもらうために。
私、あかねちゃん、やよいちゃん、れいかちゃんは緑川家の机の前に集まり、ご飯がくる瞬間を楽しみにする。
「それで、なおのヤツ高校の推薦決まっているのに? そっから取り消せる理由をつけるために弟たちの家事のできなさを指摘していたわけか。推薦きまってるのにか」
「そうらしいですね…………」
胡坐をかくあかねちゃんに、れいかちゃんが頷く。
そしてやよいちゃんが確認するように、この前マーチが打ち明けたことを確認する。
「それで、れいかちゃんだったら、自分が弟たちへの接し方が違うってバレるから、この前はみゆきちゃんを呼んだっていうことだよね」
「はい。確かにこの中ではなおの家に訪れる機会は私が多いでしょうからね」
「そんなことを隠したかったのか。素直じゃないね━━━━」
口を尖らせ、すこし文句を言う。ここで終わると陰口で終わる気もするので、今キッチンで料理をしているなおちゃんに言ってあげないと。
そんなことを考えている中、私に対してあかねちゃんが口を出した。
「”なお”だけにってか…………」
「……………………」
私沈黙。
「……………………」
やよいちゃん沈黙。
「……………………」
あかねちゃんも沈黙。
「……………………え、あかねさん今のはどういう━━━━」
ドン!
「はい、私からの《罰ゲームご飯》、鍋焼きうどんで━━す」
なおちゃんが銀色のお鍋を、あらかじめ机上にあった鍋敷きの上に豪快に置く。凍り付いた空気が一気にあったまる。
「「おお━━━━━━」」
その匂いや見た目も魅力的で、私とやよいちゃんは思わず感動の声を漏らす。
「いや━━━━。今のはなおが来ることを見越したウチのファインプレーとちゃう?」
「絶対そんなことは無いと思う」
やよいちゃんはあかねちゃんを細目で見つめる。
「あの━━。あかねさん、今のはどういう━━━━」
「あ━━れいかちゃん。私が後で教えてあげるから今は一旦黙っておいたほうが……………………」
そうして、これも用意してあったどんぶりにうどんを入れていき、いただきますをした。
今日はなおちゃん以外の緑川家はお出かけをしているらしい。
今春から小学生になる子もいるので、そのための用具を買いに行っているとのことだ。なおちゃんによれば、今日は夕方まで帰ってこないらしい。
だからこそ、私たちはこの前の戦いについて話し合う。もちろん、うどんを食べながら。
「それで、ズルッ、あいつらの目的は、ズルッ、みゆきちゃんにあるんでしょ」
「間違いないと思う。この前の戦い、ジラはずっと私のことを観察しているようだった」
うどんをすするなおちゃんの言葉を肯定する。
「それで、具体的にはみゆきちゃんの力だよね」
やよいちゃんの確認に、れいかちゃんが頷く。
「はい。きっとプリキュアになる力が目的だと思われます。そして、その力を成長させるために、この世界に”別世界”のみゆきさんを”この世界”に閉じ込めた」
「でもどうしてや? なんでわざわざ”うちらの世界”で?」
あかねちゃんは、自分のどんぶりに七味を入れながら疑問を口に出す。
私ははっとする。この前の夏、おばあちゃん家に行くときの前、れいかちゃんに夏休みの宿題を手伝ってもらった時のこと。
「もしかして、二つの世界で時間が流れるスピードが違うから?」
「はい」
れいかちゃんとの考えと同じだったようだ。
つまり、私の力をいち早く覚醒させるために、時間の流れが速いこの世界に入れられたということ。
そしてそれは━━━━。
「”この世界”と、”みゆきさんがいた世界”との時間の流れの比は分かりませんが、みゆきさんが”元の世界”では2年は経っていないかと」
「だったら、私が”前の世界”のみんなと学校生活を送れると━━━━」
「そういうことになるね、ズルッ」
なおちゃんも同意してくれた。うどんに半分夢中になりながらも。
「なお」
「あ、うん」
あかねちゃんの言葉に、食いしん坊のなおちゃんがどんぶりと箸を置く。そして、あかねちゃんも、やよいちゃんも、れいかちゃんも、私を除くみんなが全員どんぶりと箸を置く。
「え━━━━」
急に何を、と机上から前に向きなおすと、全員が私に向いて真剣な表情だった。
4人を代表するようにあかねちゃんが告げる。
「みゆき。言ったやろ。うちらは隠し事はしないって」
「うん」
「だから、うちらの思いを聞いてほしいんや」
あかねちゃんは一度目を瞑り、一つ深呼吸をする。そして━━━━。
「うちらは━━━━、みゆきにこの世界に残ってほしいんや」
真剣に、真っ直ぐに告げられたみんなの胸中は、私の心に刺さった。
私は混乱した。あんなに、元の世界に戻りたいという私の言葉を否定することは無かったみんなが━━━━どうして━━━━。
理由を聞こう。話さなければ、何も分からない。
「なんで━━━━」
私の問いに、あかねちゃんは話始める。
「うちらにとっての”星空みゆき”は、あんたや。うちらの友達は、”別の世界”から来た、あんたなんや。うちらは、今うちらの目の前におるみゆきと未来に進みたい。あんたと一緒に、先にいきたいんや」
あかねちゃんの言葉に、きっと嘘は無いだろう。本心だという自覚のようなものがあった。
だったら、私は何をすればいい━━━━? 何を答えればいい━━━━?
そうだ。私も隠してはならない。それがどんなことになっても、それが私たちを、”私の力”以上に強くつなげているものだからだ。
「━━それでも私は、帰りたい」
「━━━━そうか」
あかねちゃんは微笑んだ。だけど、その中には寂しさが溢れている。
本当に申し訳ない。私は、”この世界”のあかねちゃんたちとの時間のほうが過ごした時間は長い。だけど━━━━。
「”あの世界”のみんなと”この世界”のみんなは違う。それは、最初は”あの世界”と同じようにプリキュアを再現しようとした私が、”この世界”のみんなと仲良くなってそう思うようになった。だからこそ、”あの世界”は私にとっての故郷なの。絵本で埋めつくされた部屋も、《怠け玉》の中で共に抗ったみんなも、キャンディやポップたちメルヘンランドの友達も、あの世界にしかいない。私がいた”あの世界”に帰りたい━━━━」
最後の言葉は小さくなった。罪悪感で、私は下を向く。
私は身勝手な人間なんだ━━━━。
「みゆきちゃん、前を向いて」
やよいちゃんの言葉が耳に入り、私は顔を上げる。
そこには、寂しそうで、残念そうで、それでも確かに決意のこもった表情をしていた。
「みんな━━━━」
私の呟きに、やよいちゃんは涙ぐみながら反応した。
「それが聞けただけでも十分だよ。それに私たちは、住む世界が別になっても離れない。繋がっているんだよ」
「それは━━━━、私の力━━━━?」
私の返答に、なおちゃんがかぶりを振った。
「ううん。違うよ」
そう言って、右手を右胸に置いた。
「みゆきちゃんが言ったじゃないか。人の心は離れないって。あたしたちとの時間は、思い出は、決して消えないんだ」
「うん。そうだよね」
私も同じように、胸に手を置いた。
人の心はなんとも身勝手で、言葉で取り繕おうとも、寂しいという思いは消えないだろう。
それでも、私たちの心はつながっている。
私は今、”この世界”にいた私の体を使っている。それは身長からして、”前の世界”から”この世界”に渡るにつれて、体も異世界転移をしてないと考えられたからだ。でも、私は”前の世界”の思い出を知っている。それは、”前の世界”のみんなと一緒に時を過ごした思い出が、私の魂に刻まれているからだ。それはきっと、逆でも同じだ。
「みゆきさん。あなたを”別世界”の私のところに送るのは不本意ではありますが、あなたの願いとあれば、尽力します」
「れいかちゃん━━━━」
次第にみんなの顔がぼやけてくる。それを袖で拭い、私が持ちうる最高のスマイルを見せた。
「みんなありが━━━━」
「姉ちゃんただいま━━━━━━━━」
「「うわああああああああああああああ」」
突然、ドアが開き、けいた君が帰ってきた。その拍子に全員が叫ぶ。
「け、けいた━━━━」
「買い物がめっちゃ早く終わっちゃって━━━━、てあれ、みゆきさんとやよいさん、なんで泣いてるの?」
「え!」
「えっと━━━━それは━━━━?」
向き合いいい感じの嘘を考える私とやよいちゃん。
そんな中、あかねちゃんが機転を利かしてくれた━━━━んだろう。
「いや━━━━。実はうちらわけあって辛さ耐久しててな━━━━。それであまりにも辛さに二人が泣いてしもうて」
近くにあった七味の蓋を外し、中身を
「だああああああああ!」
なおちゃんが目ん玉が飛び出るよう勢いでおどろき、あかねに詰め寄り、胸ぐらをつかみ揺さぶった。
「何をやっているんだああああああああああ」
そんな中、れいかちゃんは好奇心か七味だらけのうどんをどんぶりにつぎ、食べる。
「がっふぉ!」
というらしからぬ咳を立てた。その辛さがいかにすさまじいかを物語っている。
え、これ食べなきゃなんないの?
私が戦慄している中、私のところに小さな男の子が来る。ひとし君だ。
さすがにこの場から離させるべきと感じて、私はひとし君を抱きかかえる。
最近1歳になったばかりの小さな子だ。
「すいません」
すると、なおちゃんのお母さんが私に謝ってくる。
「大丈夫ですよ」
”前の世界”のなおちゃんは、ゆいちゃんという妹だった。この世界にはこの世界だけの命がある。唯一無二で、替えの利かない、魂を一つずつ持っている。この子は、そのことを思い出させてくれる。
”前の世界”から来た私を愛してくれているみんなのためにも、この世界のために戦おう。
私はそう決意せずにはいられなかった。
次は1章最終話です