お待たせしました
頭にするどい雨が容赦なく降り注ぐ。その冷たさが肌を刺す。空気にはひんやりとした湿気が漂い、重苦しい圧迫感が胸を覆う。
「ん…………」
意識がかすかに戻り、顔が横を向いていることに気づいた。恐る恐る目を開けると、視界に飛び込んできたのは、ひび割れた灰色のコンクリートの壁。瓦礫が目の前に迫り、その無機質な存在感に息を飲んだ。
「な、なにこれ━━━━」
驚きと恐怖が胸を締め付ける中、慌てて倒れていた体を起こす。周囲を見渡すと、目に映るのは信じがたい光景だった。
広がるのは、瓦礫の海。それも、ただの廃墟ではない。豪雨が音を立てて降り注ぐ中、崩れた建物の残骸が山のように積み重なり、もはや街の面影すらない。アスファルトの道は無残に裂け、鉄筋がむき出しになっている。電線は切れ、空中でたわむように揺れていた。その一切が、荒廃と絶望を物語っていた。
「…………あ…………、あ…………」
声にならない言葉が喉から漏れる。頭が真っ白になった。
━━なにが起きたの━━━━。
雨音が耳を叩き続ける。その音はまるで、ここから逃げられないと言わんばかりに強く、冷酷だった。胸の奥に不安と恐怖が膨れ上がる。
見上げれば、遠くで黒い太陽が光っていた。黒く、まるで穴が開いているかのような、不自然な存在感を放っている。
思い出した。
あの太陽から、まるで世界そのものを切り裂くように鋭く、容赦のない光線が、すべてを破壊し尽くしていった。建物、木々、道路、人々の生活━━すべてが一瞬でその光に飲み込まれ、存在を奪われた。その光の余韻は今も空間に染みつき、周囲に漂う黒い霧が不気味に揺れている。
つまり、この惨状は━━あの太陽の仕業。
立ち尽くす私の心に重い現実がのしかかる。この世界は、あの黒い太陽によって破壊され、奪われた。
「ハッピー」
ふと、背後から声がした。
振り返ると、そこには仲間の姿があった。
「サニー……」
彼女は、崩れ落ちた瓦礫の山からよろよろと姿を現した。数トンはありそうなコンクリートの塊を乗り越えてくる彼女の体はずぶ濡れで、黄土色の砂泥に覆われていた。不安の表情だけでいった。
「これ、あいつらを倒したらもとに戻るんやろか……」
「どうだろう……」
言葉を濁す私。虚空の泥に飲み込まれたものは二度と戻らないと、理性では分かっている。それでも、あの黒い太陽の力の正体が「コアソウル」に由来するものなら、わずかでも救いの可能性があるかもしれない。
「みんな……!」
声を上げるサニーの視線を追うと、さらに人影が瓦礫の向こうから現れた。
ピース、マーチ、ビューティ。
三人とも、ずぶ濡れになりながらも懸命にこちらに向かってくる。ピースとマーチは肩を寄せ合い、互いを支えながら進んでいる。その背後を追うビューティは、以前の冷静な表情が消え、疲労と痛みに耐えているようだった。雨が容赦なく降り続け、彼女たちの体をさらに重くしている。
全員の体はボロボロだ。変身しているとはいえ、その防御すら限界に近い。服は泥に染まり、髪は乱れ、立っているのもやっとという状態だった。
それ以上に、みんなの心が心配だった。
自分たちが命を懸けて守ろうとしたこの街、この世界が━━見るも無残な姿に変わり果てている。それを目の当たりにしたショックは、きっと言葉では言い表せない。
「……私たち、これで……終わりなのかな」
ピースがか細い声で呟く。その言葉には、これまで戦い続けてきた者の決意と、それでも拭えない恐怖が混じっていた。
「わからない……よ」
私は、力なく呟いた。雨の音が私の声をかき消す。それでも、私は言葉を続けた。この声が届くべき場所は、すぐ近くにいる仲間たちの心だと信じながら。
「そんなの、分かるわけがない。だって、私たちはまだコアソウルを倒していないんだから━━!」
雨粒が頬を打つ。分からない。それが正直な気持ちだ。でも、それだけじゃない。自分の中には、今もなお消えない希望がある。その微かな光に頼ってでも、私は進まなければならない。
初めてこの世界に来て、心が押し潰されそうだったあの日のことを思い出す。
「私は“この世界”に来て、何も分からなかった。ただ、気づいたらここにいて、どうして来たのかも分からないまま……。ここがどんな世界で、どうしてここに来たのかも、何をしたらいいのかも、全部が分からなくて──怖かったよ」
━━━━でも。
私は自分が自然と笑顔ができているのが分かった。
「でも、みんなと出会って、ぶつかったりもしたけど友達になって、少しずつ分かるようになっていったの。この世界のことも、みんなのことも、そして自分の気持ちも」
私が放つ言葉は、自分自身に言い聞かせているようでもあった。かけがえのない思い出、忘れたくない思い出が私に希望も持たせてくれる。
「“この世界”は、私が来た世界とは違う場所なんだって。私の知っている場所じゃない、唯一無二の場所だって」
雨は容赦なく降り続ける。その中で、私は立ち尽くし、拳を握りしめた。
「今、私たちにできることを全部やろう。不安はあるよ。失敗したらどうしようって、怖くないって言ったら嘘になる。でも……ここで立ち止まることが、一番やっちゃダメなことだよ!」
さっきで来ていたはずの笑顔も消えていくようだった。私の中にある不安や恐怖は今も自分の取り込もうとまとわりつくようだ。それでも、ぐっと体に力を入れて笑ってみせる。
その時、私の言葉に応えるように、一歩近づいてくる人影があった。
「ハッピー……」
ピースだった。雨に濡れながら、震える声で彼女は言った。
「怖いよ……これで本当に全部元に戻るのかなんて、私にも分からない。でも、ハッピーの言葉を聞いたら……少しだけ勇気が湧いてきた気がするの」
いつのまにか、少しだけ頬が緩んでいたピースの言葉に、私は頷いた。彼女の中にある小さな勇気。それが私の心を温める。
雨に濡れた仲間たちの姿はボロボロで、疲労も隠せない。それでも、その目に宿る光は失われていない。
「でも、何か勝算はあるんか…………? なんとかなるって言うだけじゃなんも変わらんで━━━━」
これを使えば勝てる。そんな確信があるものが一つだけある。
「《プリンセスフォーム》を使おう」
「プリンセスフォームか…………」
マーチがまず反応した。これまで戦いから、プリンセスフォームになった私の近くにいたことから強力な力についての実感があるからだろう。
「この前自分が変身した時に思ったことがあったんだ。みんなにも、変身させることはできないかって」
「だったら…………」
方法があるのならば、試さない手はない。マーチはそう言わんばかりに反応した。
しかしビューティは対称的だ。苦虫を嚙み潰したような表情を見せている。
「ビューティ……」
「大丈夫てす……私たちはあなたをもとに世界に戻します。それが私のしたいことですから……」
平行世界の自分に対して分かりやすく敵意を向けているビューティ。
私が言ったところで、彼女の気持ちが変化する可能性は低いと思った。そして、もう一人の自分に対する不快感は私にだって感じた。
そして、ここにいるみんなが平行世界の自分にとっての嫌悪感がを少なからず持っている。
だからこそ、今自分ができること、しなければならないことを理解して、決断したことを尊重したい。
「分かった」
私はやるよ。
私たちは、数キロの距離をプリキュアの力で駆け抜けた。
瓦礫と化した世界の隙間を縫うように、5人全員が俊敏な動きで飛び跳ね、崩れた建物の間をすり抜けていく。そして、全員の身体が光に包まれた瞬間━━私たちはプリンセスフォームへと変身を遂げた。
みなぎる力。雨で冷え切った体も、燃え上がるような闘志に突き動かされていた。
「太陽が……光った!」
ピースが叫ぶように指を差した先、遠くの空で黒い太陽が怪しく輝きを増していた。その光はさらに大きく広がっていく。私は、かつてこの街をめちゃくちゃにした、あの光線がもう一度放たれる瞬間を想像した。もしもまた真下に降り注ぐのなら━━。
だが、違った。
黒い太陽は、斜めの方向に光線を放ったのだ。
「んな!」
驚きの声を上げたのはサニーだった。
光線は、私たちのすぐ前方に激しく落下し、さらに前へと滑るように伸びていった。その衝撃で地面が激しく抉れ、深く長い傷跡が生まれる。土煙と瓦礫が一斉に舞い上がり、視界を奪った。
私は咄嗟に左へと跳び、光線とそれによって崩れる家屋の瓦礫を何度も回避した。だが、その混乱の中で、5人は二手に分断されてしまった。
私、ピース、ビューティー。そして、サニーとマーチ。
互いに数十メートルの距離を隔てられ、濛々と立ち上る砂煙の向こう側で、サニーとマーチの姿がぼんやりと揺れている。
「大丈夫!?」
私は大声で叫ぶ。
「うん、私たちは平気だよ!」
サニーの声が、多少の息切れを含みながらも力強く返ってきた。その声を聞いて、私は少し安心する。
だが、私たちを挟むように生まれた光線の痕跡は、ただの溝ではなかった。地面には、まるで人の手では掘ることのできないであろう巨大な半直線状の裂け目だった。
私は息を飲む。
━━ううん。今は、全員が無事であることに感謝しよう。
「合流しよう!」
私たちは、半直線の起点で再び落ち合うべく、それぞれの方向から走り出す。
「もう一度……来るかな?」
前髪が濡れて肌に張り付いていた。それをかき分けながら、ピースが真剣な顔で言う。
「分かりません……ですが、さっきの光線で戦況が一気に変わったことを考えると、あれが敵の切り札の可能性は高いです。そして、あの攻撃を放つには時間がかかる……それを知っている以上、次の発射までのスパンがあるはずです」
「なるほど……」
その時、再び黒い太陽が光を強める。私はまた光線が放たれるのかと身構えた。だが━━違った。
今度は、光線の放たれた半直線の付近に、光が収束し始めているのだ。
「北風と太陽……」
私は呟いた。本来なら、この二つの存在は相対するものとして語られるはずだ。だが、今目の前で起こっている現象は、まるで二つの力が協力しているかのようだった。
きっと、それはコアソウルの力。
あの占い師のような存在には、戦う力はほとんどない。だが、だからこそ、彼が生み出すものは極めて強力なものなのだ━━。
それを象徴するように、黒い渦巻きから"炎の化身"が現れた。
私は思わず顔をしかめる。
「ハッピー!」
遠くからサニーの声が聞こえた。
「うちらに任せ!」
サニーとマーチが、こちらに向かって確かな自信を持った笑顔を向ける。私は一瞬迷ったが、その表情を見て決意した。
「……わかった!」
私は炎の化身の脇をすり抜けようとする。だが、それは決して許されるものではなかった。
炎の化身は右手を振りかぶり、手のひらを私たちに向けた。その瞬間、激しい熱風が巻き起こり、私たちの動きを封じるように広がった。
「くっ……!」
私、ピース、ビューティーの3人はすぐに構えを取る。そして、ほぼ同時に攻撃を放った。
ピースは稲光のように空を駆け、相手を翻弄するように蹴りを繰り出す。
ビューティーは三本の氷の矢を精密に放つ。
私はシャイニングシャワーを放ち、渦巻く炎の化身を打ち払おうとした。
だが━━
「届かない!?」
ピースの蹴りは空を切り、ビューティーの矢もすり抜けてしまう。
私の攻撃も、コアソウルの身体には一切の影響を与えなかった。
「やはり……効きませんか……」
ビューティーが悔しげに呟く。
この相手に、私たちの攻撃は通じないのか━━?
その直後、轟くような声が届いた。
「じゃあ、これはどうや!」
「うおおおおおっ!!」
サニーとマーチの炎と風が、一気に炎の化身を襲う。
紅蓮の炎が渦巻き、横向きの竜巻がそれを勢いよく運んだ。
炎の化身は、一瞬にして動揺する。
風によって煽られ、燃え上がる炎のごとく形を変えながら揺らぐ。その姿は、明らかにダメージを受けていた。
「……2人とも!」
私は頷き、迷わず太陽へと向かって走り出した。
灼熱の業火が、空気を歪ませながら立ち昇っていた。炎の化身はまるで生き物のように揺らめき、全身が赤黒い火に包まれている。まるでその身が火そのもの━━いや、炎そのものが意思を持ち、具現化したような存在だった。
「こいつ……ちょっとやそっとじゃ、倒せへんな……!」
サニーが歯を食いしばりながら拳を固める。その隣で、マーチが拳を構えた。
「でも、私たちなら……絶対に勝てるよね!」
「せや! ここで止まるわけにはいかへん!」
炎の化身が大きく手を振りかざす。その瞬間、周囲の炎が一斉に巻き上がり、無数の火球となって降り注いできた。
「くっ……!!」
マーチがすぐに動いた。自分の足を大きく振る。
彼女の周囲に緑の風が渦を巻き、降り注ぐ火球を弾き飛ばしていく。しかし、炎の化身の攻撃は止まらない。次々と灼熱の波動が放たれ、地面に焦げ跡を作りながら襲いかかってきた。
「サニー!!」
マーチが叫ぶ。その刹那、サニーは拳を燃え上がらせ、前へ飛び出した。
「うちの炎のほうが……ずっと熱いんやぁ!!」
彼女の拳が黄金色に燃え上がる。
「プリキュア・エレクトリュオネ・ノヴァ!!」
サニーが拳を突き出した瞬間、巨大な火柱が轟音を立てて突き抜けた。
その炎は化身を包み込み、完全に飲み込んでいく。化身は抵抗するようにのたうち回ったが、サニーの炎はその存在すらも焼き尽くすように燃え広がった。
「うおおおおおおおお!!!」
しかし、サニーの叫びは終わらない。炎は炎の化身の体を巻き込み、さらに大きな炎となる。そのまま向かう先は黒い太陽。
揺らめく球体へと到達し、紅い炎が、黒い炎を囲む。しかし、黒い炎か自分を囲む炎から漏れようとする。二色のプラズマが互いに主導権を握ろうとせめぎ合う。
「どりゃあああああ!!!」
サニーのひときわ強い叫びの後、眩いほどの光が世界を包み込む。
黒い太陽の光と、サニーの炎がぶつかり合う。だが━━すぐにその均衡は崩れた。
サニーの炎が、黒い太陽の闇を次々と焼き払い、ついにはその中心へと到達した。
「うちらの、太陽のほうが……ずっとずっと熱いんやあああああ!!!!」
そして━━
黒い太陽は、サニーの炎に焼き尽くされ、完全に消滅した。
***
世界の端が崩れていく。空が割れ、泥が滝のように降り注ぐその只中に、立ちはだかる一つの影があった。
占い師のコアソウル。
その腕に抱えられた巨大な水晶球は、脈動するように不気味な光を放ち、まるでこの世界そのものを見下ろしているようだ。
ローブは風もないのにゆらゆらと揺れ、足元からは霧のような気配が立ち上っている。
私たち──ハッピー、ピース、ビューティ──は三人、肩を並べて睨んだ。
「……行くよ」
「うん!」「了解!」
同時、水晶が鋭く光った。
バチィッ!
一瞬で空間がねじれ、私たちの周囲を囲むように空中に魔法陣が浮かぶ。
紫と黒の魔法文字がぐるぐると回転し、そこから水晶の刃が無数に射出された!
「うわっ……!」
私は横跳びでかわしながら、前へと距離を詰める。ピースはバク宙して避け、ビューティは氷のバリアを張って凌ぐ。
「こんな……!」
ピースが叫んだ。その表情には焦りと怒りが入り混じっていた。
「もはや占い師ではなく、魔術師ですね……」
「これじゃあ近づけないよ!」
ピースが困惑する。
その後ろでビューティが一つの案を提示した。
「回り込むのも一つの手かと━━━いやもうあれこれ考えても仕方ないのでやりましょう。姿の見えないヒオリたちが介入してくる可能性もあります。ピース、左に回り込んで! 私は右から!」
「私は正面?」
「はい。攻撃をある程度受けても大丈夫でしょうし」
私の頑丈さを頼りにして、去っていくビューティとピース。
私も二人を信じて走ろう━━とすると、ビューティがもう一度近づいてきた。
「どうしたの?」
「先回りされてます」
「え?」
彼女の進路には、すでに無数の光の槍が待ち構えていた。まるで、行動を読まれていたかのように。
「いくよっ!」
ピースが叫びながら空に人差し指を中指を突き上げると、雷が集まり彼女の腕に宿る。そして一気に放たれた雷撃は、占い師に向かって一直線に━━だが。
「消えた!?」
雷撃は水晶に触れる直前、空間ごとねじ曲がって霧散した。空間そのものが、雷を避けたようだった。
直後、水晶が再び明るく光る。
「来るよ!」
私が叫んだ瞬間、今度は地面から水柱が突き上がり、私たちの足元を弾き飛ばした。
私は辛うじてバランスを取り、ピースとビューティーと距離を取る。
「こうなったら……! 《プリキュア・スターダスト・ライト》!」
手のひらから放たれる光が、空気を自由に泳ぐように右往左往に動く。それでも次第に占い師へ。できる限り予測が難しくなるように、というイメージで。避けても、対応しにくい光の塵が当たりかねないように……。
━━しかし。
ヒュン! ヒュン!
ローブを揺らめかせ、流れるように全ての光線を避ける。
「うそ……私たちの動きが……見えてるの……?」
声が震える。目の前の占い師は、何も言わない。ただ、水晶を抱えて静かに浮かんでいるだけ。だがその沈黙こそ、何よりも恐ろしかった。
「おそらく、“読んでる”のでしょう。未来を」
ビューティーが眉を寄せて言う。
「私たちの動き、意志、心の揺れさえ。あの水晶で、すべて予測してるの。行く先も、攻撃の軌道も、避ける位置も、全部……」
だからこそ、避ければ罠。進めば先回りされる。動けば動くほど、あの水晶の中に“正解”を与えてしまうのだ。
まるで、未来が封じられているみたいに──私たちは“自由”を奪われていた。
「これじゃ、どう動いても……!」
「無駄に思えても、あきらめるわけにはいきません!」
ビューティーの瞳に、蒼い炎が灯る。
彼女は矢を構え、間髪入れずに三本の氷の矢を同時に放つ。
されど、ビューティが弓を構えた途端に水晶が光り、魔法陣が占い師の前に現れる。そこから飛び出たのは炎の矢。
おそらく、ビューティの矢の本数とも威力とも互角だった。
ビューティと占い師の中点付近でぶつかり、蒸発する音を立てて双方の矢が消える。
「まるで、矢が出る前に“終わり”を見てるみたいですね……!」
私たちのすべての攻撃が見透かされている。
それを突きつけられるたびに、心が少しずつすり減っていくのを感じた。
「どうすれば……どうすれば届くの……!」
叫ぶように、私は足を止めて天を仰ぐ。けれど、答えは空にはなかった。
ただ、胸の奥のずっと奥、熱くて、信じたくて、あきらめたくない想いが、静かに声を上げていた。
──予測されても、避けられないと考える。
敵は未来を読む。次の行動、攻撃、回避。すべて見て、対応してくる。
だったら、避ける必要なんて最初からなくて──。
「私が……全部受け止めればいいんだ……!」
その言葉が喉から零れた時、胸が熱くなった。
戦いの中で自分の身体が盾になることを選ぶなんて、本当は怖い。でも、やらなきゃ。今しかない。
「ピース、ビューティ! 私が隙を作る! 今だけ……信じて、任せて!!」
「ハッピー!? 」
「やめるなら今よ! あなたの体は……!」
ビューティの鋭い声も、ピースの不安な瞳も、今は全部、背中に預ける。
「だいじょうぶっ! 」
叫びと共に、一歩、そしてまた一歩。
全力のスピードで私はコアソウルへ向かって走った。
すぐに、水晶が妖しく輝いた。
読み取られた。予測された。占い師の目が、水晶の奥から冷たく輝く。
──ズドォン!!
最初の攻撃は、足元を爆ぜる魔力の杭。私は飛ばない。止まらない。
足に痺れが走る。でも、前へ進む。
──ビュウウウ!
次は風刃。横から刃のような風が襲いかかる。
肩が裂ける。視界が揺れる。けれど、私はまだ立ってる。
──ドゴオオ!
正面から光弾が飛来。腹に直撃した。苦しい。息が詰まる。
でも、私は──
「負けないって、言ったんだからああああああああああああっ!!」
叫びながら、私はさらに加速する。
敵は焦っていた。水晶がいつもより早く点滅している。読みの先を上回る何かを、私が超えてしまったから。
攻撃が乱雑になり、魔力の雨が無差別に空間を焼く。
でも、それでも──私は倒れなかった。
思い切り飛び上がる。
やっと目の前に、コアソウルの姿が見えた。
あの水晶──あれを壊せば。
「いっけえええええええええええええええええっっっっ!!」
全身の力を込めて、私は最後の一歩を踏み出す。
そして──私の額を、水晶に叩き込んだ。
ゴキィィィィィン!!
水晶が砕けた音が、空気を震わせた。
未来を操っていた力が、音を立てて消えていく。空間の歪みも、魔力の圧も、すべてが霧のように溶けていった。
「……まだ終わりじゃない……!」
身体中が痛んでいた。でも、今なら届く。
水晶を砕いて、彼女の“予測”はもうない。ただの魔術師──ただの悪意。
私は跳んだ。空を蹴り、占い師に向かって一直線に。
「ぜんっぶ……あなたの思い通りには、いかないんだからああああああっ!!」
空中で体をひねり、勢いをつけた回し蹴りが、彼女の腹部にクリーンヒットした。
そのまま彼女の身体は弾かれ、空を裂いて地面に向かって叩き落ちていく。
地に激突した瞬間、雨に濡れた土砂が激しく飛び散った。
ビューティが静かに前に出た。彼女の青い瞳が、まっすぐ占い師を見据えていた。表情には迷いがない。ただ、冷たく鋭い決意があった。
氷の魔力が彼女の掌に集まる。
空気が震える。周りの地面が凍り始め、風が止まる。
「はあ!」
彼女の足元から、鋭い氷の剣がいくつも生まれた。透き通るような美しさと、容赦のない鋭利さを併せ持つ刃。
それは地面を這い、占い師の足元へと次々に走る。
「……っ!」
占い師が気づいて逃げようとするも、間に合わなかった。
氷の剣が彼女の長いローブを貫き、地面に突き刺さる。
まるで大地に縫いつけるかのように、数本の氷の剣が、彼女の動きを完全に封じた。
占い師の身体が小刻みに震えた。
逃げ場はどこにもない。彼女の体を覆うローブの布が、氷に貫かれ、バリバリと音を立てて凍っていく。もう、どんな魔法も発動できない。どんな術式も、解放される余地はなかった。
「今だよ、ピース!!」
私が叫ぶより早く、雷の閃光が空を走った。
ピースの全身が金色に光る。優しさを宿した少女が、その時だけはまるで雷神のようだった。
「《プリキュア・アストラル・ド・ブリッツ!》
空を切り裂く雷が現れ、コアソウルの身体を貫いた。
そしてコアソウルの身体は黒く染まり霧散する。地面に落ちた黒い液体が蒸発する。紫色のふわふわした霊魂のようなものが現れ、姿を消した。