スマイルプリキュアS   作:友だち

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(12) 決して忘れない(一章最終話)⑥

 サニーには、すいが語った内容がすべて理解できていなかった。

 その理由が、自分の理解力の低さから来ているのか、それとも━━もっと別の何かが原因なのか。

 一瞬、自分の胸に問いかけたが、すぐに視線を横に滑らせる。

 

 ビューティが、空に浮かぶすいをじっと見つめていた。

 唇はかすかに動いていたが、声は出ていない。

 あの聡明な彼女ですら、完全には呑み込めていないように見えた。

 

 それも無理はない、とサニーは思った。

 自分たちがこれまで信じてきたすべての前提が、音を立てて崩れていく━━それは単なる知識の問題ではなく、「世界の常識」が壊れていく感覚だった。

 

 ドサリ━━。

 

 視界の端で、桃色の影が崩れ落ちた。

「ハッピー……」

 

 彼女はもう立っていられなかった。

 全身から力が抜け、膝と腰を落とし、肩を震わせながら俯いていた。

 今の話が本当だとしたら、ハッピーが信じてきたすべてが、彼女の中で否定されてしまう。

 世界を守るための戦いが、世界を壊すための仕組みだっただなんて……。

 

「ねえ、結局どういうことなの?」

 

 マーチの声に、サニーも我に返った。

 その問いは、誰もが心の奥で同じように感じていた混乱の言語化だった。

 そして、言葉を返したのはビューティだった。

 

「おそらく……すいさんは、ハッピーの力を“最大限に発揮させる”ために、この世界を設計したのです。人工的に、段階的に敵を配置し、危機を演出し、彼女が力を発露するように導いた……」

 

 ビューティの言葉は冷静だったが、その表情は硬い。

 理性で保とうとするあまり、逆にその内側で渦巻いているものが、滲み出ていた。

 

「それって……私たち、全部……仕組まれてたってこと?」

 ピースが恐るおそる口にする。

 

「ええ……あなたたちの存在も、場所も、時間の流れも、全てはその“仕組み”の用意された環境」

 

「えっと……じゃあつまり、……この世界が壊れていくのは、ただあいつらがコアソウルを召喚して世界をむちゃくちゃにしようとした結果とかじゃなく……」

 

 サニーが顔を上げる。

 ビューティの言葉に、かすかな緊張が走った。

 

「はい。そのコアソウルを対抗しようと、ハッピーが《ルーメンダスト》を使った結果です」

 

 そのときだった。

 虚空の泥がうねり、まるでそれを肯定するように、すぐ近くで爆発的に盛り上がった。

 

「ハッ……!」

 

 ピースが小さく叫んだ。

 泥の中から、一筋の黒い閃光が飛び出し、屋根の上を直撃した。

 すいの手のひらから放たれた黒いエネルギー。

 それは容赦なく彼女たちの足場を破壊し、爆風とともに四人を吹き飛ばした。

 

「しまっ……!」

 

 サニーは反射的に空中で体勢を整えようとしたが、重力が泥の圧に逆らえない。

 地面……いや、泥の海に吸い込まれていく感覚が背筋を冷やす。

 

「はああああッ!」

 

 すかさず、ビューティが冷気を放った。

 泥の一部が凍りつき、氷の床ができる。

 かろうじて、その上に着地。冷たい感触が足裏に伝わる。

 

 が、その氷すらも、泥に飲まれ始める。

 下からの圧に、わずかな着地ももたない。

 四人はすぐさま、近くに浮いていた家の屋根へ飛び移った。

 

「っ……助かった……けど……!」

 

 四人の注目は座り込むハッピー。

 彼女はちょうどヒオリのカップラーメンの容器で守られていた。

 

 彼女にすいが近寄っていく。

 

 回収のタイミング。

 育てた力を収穫するための、最終段階。

 

 サニーはそれを、ただ見ていることしかできなかった。

 自分が動こうとしても、足が、腕が重い。

 すいが放った真実と、それに付随する“重さ”が、全身を縛りつけている。

 

「いでよ、《コアソウル》」

 

 その言葉は静かだった。静かだからこそ、異様だった。

 すいが右手をゆっくりと上げ、指を鳴らす。

 まるで指揮者が合図を送るように。

 次の瞬間だった。

 

 地鳴りが走った。泥の海が、脈動するように波打つ。

 

「コアソウル……だって……?」

 

 マーチが、息を詰まらせながら呟いた。

 その言葉を最後に、場の空気が凍りつく。

 

 ━━ドボォン。

 

 世界が呻くような音を立てて、泥の海が七か所、同時に噴き上がった。

 それはまるで巨大な噴水。濁流が天を突く勢いで巻き上がり、ねじれながら渦を巻く。

 

 そのすべてが━━中央に膝をついた、キュアハッピーへと向かっていく。

 

「ハッピー!!」

 

 サニーが叫ぶ。しかし、その声は届かない。

 泥の噴流は、あらゆる光を飲み込みながら収束し、ハッピーの体を中心に集まり始めた。

 

 ズズ……ッ!

 

 泥が、彼女の身体に触れるたび、まるで傷口に冷水を注ぐように、彼女の体がぴくりと痙攣した。

 背中から肩へ、腕へ、そして胸元へ━━黒が這い、染み込み、彼女の本来の色彩を上書きしていく。

 

「やめて……やめてよ……!」

 

 ピースが叫んだが、もう止まらない。

 

 ハッピーの身体が、急速に変わっていく。

 

 衣装が膨張する。スカートの裾が裂け、逆に膨らむように変形する。桃色だった布地は黒紫に染まり、まるで毒々しい花のように開いていく。

 

 体格が、どんどん大きくなる。

 

 身長が、三メートルを超え━━四メートルへ。

 

「グオオオオオ……ッ!」

 

 濁った叫び声が響いた。

 それはハッピーの声ではない。けれど、確かに、彼女の喉から発せられている。

 

 ━━巨大な黒い影。それが、完成した。

 

 サニーたちが二年間戦い続けてきた、あの怪物たち。

 何度も立ち向かい、撃退してきた《コアソウル》の姿。

 

 けれど、今そこに立っているのはキュアハッピーをベースに構成された《コアソウル》。

 その顔には仮面のような微笑みが貼りついていた。瞳は空虚で、まるで何も見ていない。

 

「コア……ソウル……。核に、魂……」

 

 ビューティが震える声で呟いた。

「核」とは、人間の魂。

 その魂を覆う殻が、虚空の泥と絵本のイメージから構成されている。

 

「じゃあ、あれは……“ハッピーそのもの”やんか……! 何か、絵本とかの要素は無いんか?」

 

 マーチが声を荒げる。

 だが誰も否定できなかった。

 

 ふと、ピースが震える声で呟く。

 

「ねぇ、あの姿……私たちが来ているコートじゃないよ。あんなふりふりのスカート履いていないよ……それに……胸元のリボン……ネックレス……あれって……」

 

 サニーの目が見開かれる。

 

「まさか……《最高のスマイル》……?」

 

 その言葉に、皆の表情が一斉に凍りつく。

 

 《最高のスマイル》━━それは、キュアハッピーが《もともといた世界》で戦った物語。彼女が、自らの記憶を絵本として描いたもの。

 

 すいが言っていた。《コアソウル》には“絵本に登場するものの性質”が必要だと。

 つまりあの姿は、“絵本の中に描かれていたハッピー”……本来の世界の彼女。

 

 だからこそ、あまりにも美しく、そして……異様だった。

 

 その隣に、静かに浮かぶすいが、指を前に向ける。

 

「やりなさい……コアソウル」

 

 黒きハッピーが静かに顔を上げた。

 

 彼女は空気にハートを書く。そしてエネルギーが集まっていく。

 

 ハートの形をした軌跡が空間に描かれ、その中に、周囲の泥が吸い寄せられていく。

 

 それは、見慣れた技だった。

 

 ハッピー・シャワー。

 

 かつて、何度も見たあの浄化の技。それは人々を救うために放たれてきた。けれど今、それは破壊のために構えられている。

 

 桃色の光が、黒に染まりながら収束する。

 

 次の瞬間━━

 

「来ます!」

 

 ビューティが叫んだが、間に合わなかった。

 

 放たれた光が、巨大な渦と共に炸裂する。

 その爆風は、街全体を薙ぎ払い、サニーたちを巻き込んでいった。

 

「がっ……!」

 

 視界が真っ暗になる。

 世界が引き剥がされるような衝撃。

 地面も、空も、自分の存在も、すべてが流される。

 

 ドボン、と水音がして、泥の中へ沈んでいった。

 

 ***

 

 ピースが、ゆっくりと目を開けた。

 

 最初に思ったのは、「暗い」という、あまりにも素朴な感想だった。

 目の前に広がっているのは、まるで月も星も吸い込まれた夜の底。光という光がすべて、誰かに奪われてしまったかのような、完璧な闇。

 

 ━━ここ……どこ?

 

 思考が動くより前に、体の痛覚が先に現れる。

 鋭くないが、どこか軋むような鈍痛。肘と背中に、冷たい鉄の感触があった。

 重力が斜めに感じられるのは、自分が地面ではなく━━傾いた何かの上に倒れているからだ。

 

 ピースはうっすらと見えてきた構造物の輪郭に目を凝らす。

 

 ━━これ……電車の……壁?

 

 そう気づいたとき、ぞっと背筋が冷えた。

 まるで世界ごと、横倒しにされたようだった。いや、それどころか……。

 

「……あれ……?」

 

 ピースは身を起こし、ふらつく足取りで崩れた床を這い、外を覗き込む。

 

 目に飛び込んできたのは、現実とは思えない光景だった。

 

 空も地面もない。上下の概念すら失われていた。

 瓦礫、家屋、電柱、自動車、破片となった都市の名残が、重力を失ったまま空中を漂っている。

 

 自分はいま、世界の“終わりかけ”を目撃している。

 

「……皆っ!」

 

 ほとんど祈るような叫びが口から漏れた。

 自分ひとりではないことを、誰かがまだここにいることを、ただ確認したかった。

 

 視線を走らせると━━いた。

 

 倒れていた電車の周囲。

 サニーは黒い大木の幹にしがみつくように身を預け、マーチは階段状の石に打ちつけられたように倒れている。

 ビューティは砕けたガラス板に背中を預け、動かないまま目を閉じていた。

 

「……ん……誰……ピース……?」

 

 先に声を上げたのはマーチだった。

 うっすらと目を開け、額を押さえながら身体を起こす。

 

「……ここ……どこなんだ……」

 

 サニーも唸るような声を漏らしながら、足元の瓦礫を蹴って姿勢を整える。

 ビューティは無言のまま立ち上がったが、彼女の指先が細かく震えていた。

 

 皆、重力を完全には取り戻せていない。足を踏み出すたびに、身体がふわりと浮き、ぽーんと跳ねてから、また静かに落ちる━━まるで月面を歩いているかのようだった。

 

 やがて四人は電車の側面━━今や“床”となったそこに集まり、互いの無事を確かめ合った。

 だが、誰も笑わなかった。誰一人、冗談も言わなかった。

 

 ━━十数秒の、沈黙。

 

「なあ……ここって……」

 

 サニーがぽつりと口を開いた。

 

「“あたしたちの世界”……だった場所……だろうね」

 

 マーチが、まるで誰かの代わりに答えるように言った。

 四人は今ようやく“絶望”を共有した。

 

「……ハッピーは?」

 

 ピースが、恐る恐るその名を口にした。

 言った瞬間、場の空気が重く、張りつめたように変わる。

 

 ビューティが黙って指差す。

 その指の先、遥か遠く。漆黒に沈む宙の中━━巨大な岩塊の上に、それは“いた”。

 

 異様な存在。巨大で、禍々しく、そしてどこか“作り物めいた”影。

 

 ━━キュアハッピーのコアソウル。

 

 まるで人形のように整った姿。けれど瞳は空虚で、そこにはもう彼女の“心”はなかった。

 

 誰も、怒りを覚えなかった。

 その代わりに襲ってきたのは、圧倒的な喪失感だった。

 全員の胸が、何かを“失った”感覚でいっぱいだった。

 

「守れなかった……」

 

 マーチがその場に、力なく座り込んだ。

 膝が崩れたのではない。ただ━━心が、もう立っていられなかった。

 

「でも……まだ……まだ、できることあるやろ……。このまま……終われへんやん……」

 

 サニーの声は震えていた。自分でも信じきれない言葉を、それでも吐き出そうとするように。

 

「何をです……?」

 

 ビューティが聞き返す。

 

「もとに戻せるはずや! 世界が壊せるんなら、もとに戻す方法立ってあるはずや!」

 

「それは……お爺さまが天国から戻ってくる方法があるとでも?」

 

 ビューティの声は冷たかった。

 けれどそれは、希望を信じることへの恐怖の裏返しだった。

 

「それにサニー、手を良く見てよ……」

 

「なんや……!」

 

 マーチの言葉に、サニーは、そしてピースも自分の手を見る。

 これといって手に異常は……。

 

「うわあ!」

 

 サニーは恐怖が滲むような叫び声を上げた。

 

「そんな……」

 

 ピースも気がついてしまった。自分の体が透け始めていることに。よくよく見てみたら、電車も過ごし透けているようだ。

 

「……私たちは、精一杯戦いました。もう、この運命を……受け入れましょう」

 

 ビューティがそう言った時の声は、凍った湖面のように静かだった。

 響きの奥に、“諦め”の音があった。

 

「そもそも、あたしたちの周りは全部……消えるんだ。もうあたし以外誰も残っていない。守るものなんて、何も……残ってないよ……」

 

 マーチが言葉を絞り出した。彼女の顔に浮かんでいたのは、完全な虚無だった。

 

 世界の滅亡が運命ならば、受け入れるしか無い。

 例え自分たちがプリキュアに変身して………………。

 

 途端に、ピースの頭に電撃が走った。

 

「……ハッピーだよ」

 

 ピースが、力なく、けれどしっかりとした声で言った。

 

「ハッピーなら……まだ私たちの手で、救えるかもしれない……」

 

 その言葉に、三人の視線が、再びあの黒い怪物━━《コアソウル》へと向けられる。

 

「……私たち、まだ変身が解けてない。ってことは、まだ……力が残ってる。そう思わない……?」

 

 言われてみれば━━そうだった。

 四人は確かに、まだプリキュアの姿のままだ。プリンセスの姿では無いものの、二年間身に纏っていたコートを来ている。

 

「つながり……ですね。まだ、完全には断ち切られていないですね……」

 

 ビューティが目を伏せながら、静かに肯定する。

 

 サニーは必死に考えた理論を唱える。

 

「相手は……ハッピーの魂が欲しいんやろ? せやから《コアソウル》にしたんやと考えることもできる。つまり、もしウチらがハッピーの魂を取り戻せたら……できなくてもコアソウルを浄化することができたら……」

 

「少なくとも、相手にとっては……それは不都合になるだかもですね」

 

 ビューティの顔に、微かに光が戻る。

 その瞳の奥に、もう一度、“戦う理由”が宿り始める。

 

「……じゃあ、託そう」

 

 マーチが呟いた。彼女の表情に罪悪感があった。

 

「ハッピーに私たちの運命をってこと?」

 

 ビューティの問いに、マーチが頷く。

 

「託すしかないんや。うちらがこのまま消えるか……それとも戻ってくるか……全部、ハッピーと、“ハッピーがいた世界”のウチらに……かかっとる」

 

 沈黙の中で、ピースが、ぽつりとつぶやいた。

 

「……信じよう。信じるしか、ないよ……私たちが、ハッピーを信じなきゃ……」

 

 四人は、壊れた空を見上げた。

 月も、星も、何ひとつ残っていない。

 けれど、彼女たちはそこに━━まだ見ぬ光を、探し続けていた。

 

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