スマイルプリキュアS   作:友だち

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(12) 決して忘れない(一章最終話)⑧

 自分から泥が消えていく感覚がした。それと同時に、自分の前からぱっと光が差し込んでいく。泥がはがれ、取れ、体がふわっと浮き自由になった。

 

 私は尻もちをついて下に落ちる。

 

 臀部の痛みを気にする余裕はなかった。

 

 光と共に現れたのは、真っ暗な空間。空に夜空のように点々と光る灯り。

 

 そして━━。

 泥が自分から離れて、そして逃げる、いや違う。新たな核を求めて生きた水のように飛んでいくのだ。その核とは、浮かぶ4人の少女。

 

 サニー、ピース、マーチ、ビューティ。

 全員がボロボロの体で、目を閉じ、眠るように━━力尽きているのが分かる。体が透け、存在そのものが消えかかっているのも感覚的に分かる。

 

 さらに私は理解した。4人がコアソウルになっていくことを。

 

 私が━━経験者だからだ。

 

 泥は4人の体をまとわりつくように覆う。

 私はその様子を見ていることしかできない。何もやる気が起きない。泥でない何かがが私に纏わりつき、セメントのように体を固めている。

 

 4人各々の体を完全に覆いつくし、巨大化して、形作る。

 魂が色づけるように、完成された。

 

 グオオオオオオオオオオオ。

 

 轟く咆哮が、空間の深層を揺るがした。

 

 4体の──かつて“仲間”だった──コアソウルが、一斉にその眼を見開いた。

 だけど、私はその奥に、彼女たちの魂がまだどこかにあることを知っている。……いや、信じたいだけかもしれない。

 

 その姿は、絵本の要素は、私が書いた絵本。《最高のスマイル》に出てくるプリキュア。

 キュアサニー。キュアピース。キュアマーチ。キュアビューティ。

 

 敵意が、一斉に私へと突き刺さる。

 

 視線だけで、息が詰まりそうだった。

 怒り、悲しみ、憎しみ……それだけじゃない。

 そこには、「無念」も、「痛み」も、「祈り」すらも滲んでいた。

 

 ──ごめん……。

 

 私はまた、何も言えないまま、ただ立ち尽くしていた。

 

 次の瞬間、一斉に放たれたのは怒涛の攻撃。

 炎流、雷撃、激風、吹雪。

 間違いない。《サニー・ファイヤ》、《ピース・サンダー》、《マーチ・シュート》、《ビューティ・ブリザード》の4つの技。”私が来た世界”のみんなが最も愛用していたもの。

 

 その力は、私が立っていた地面を破壊した。

 重力なんて残っているのかは分かっているかなんてわからないが、私は落ちていく。

 

 もう、何もする気が起きなかった。

 

 私が壊したこの世界。

 私が失わせたみんなの命。

 私の存在そのものが招いた悲劇。

 このまま、静かに……いっそ……消えてしまいたい。

 

 過ちを、消えて償えるなら。

 

 ……でも、それでどうなるの?

 

 この世界が──元に戻るとでも?

 そんなの、ありえない。

 時間も、命も、笑顔も、もう壊れてしまった。

 私が消えたところで、誰の救いになるっていうの?

 

 ──それでも。

 

 せめて。

 せめて、消えていった人たちが報われるのなら……。

 

 報われる?

 

 ……何も知らずに消えていった人たちが?

 

 そんなの、ただの自己満足だ。

 

 ズンッ!

 重たい衝撃が、身体に、心に、のしかかる。

 

 私は地面に打ち付けられ、うつ伏せに倒れた。

 顔に感じる土の感触が、あまりにも懐かしくて、胸が痛んだ。

 

 ……これは……七色ヶ丘中学の運動場……?

 

 この地面も、すぐに消える。

 そして──私も。

 

 手をついた。

 指先が、透けている。

 

 まるで、存在がじわじわと削られていくみたいだ。

 

 ……いや。私だけは、違う。

 私の魂はきっと、すいたちに再利用される。

 すいは、私をコアソウルにした理由を、きっとそこに置いていた。

 

 ━━じゃあ、今の現実はどうだ。私は少なくとも、いまだ肉体を持って地面に倒れていて、サニーたちがコアソウルに囚われとぃる。このままだと、利用されるのは私だけでなく、4人だ。

 

 自分の存在すら懸けて、私を戻そうとしてくれた。

 

 それなのに。

 

 それなのに私は──いま、倒れて、諦めて……

 

 ……何一つ、返してあげられていない。

 

 「……許せない……」

 

 歯を食いしばる。

 

 許せないのは、自分だ。

 誰よりも、弱かった自分。

 誰よりも、無力だった自分。

 それを誰かのせいにして逃げようとしていた、自分自身。

 

 このまま終わるなら、私は本当の意味で“最低”になる。

 

 だから、私は手を伸ばした。

 震えながら、それでも地面をぐっと掴み──私は唱える。

 どんな状況でも私を奮い立たせる魔法の言葉。

「気合いだ………」

 

 ***

 

 すいは、じっとその姿を見つめていた。

 

 地平の果て、崩れかけた足場の上に、一人の少女が立ち上がる。

 ボロボロの衣装。傷ついた体。涙に濡れた頬。それでも、その目は揺らいでいなかった。

 

 ハッピーが、叫んだ。

「気合いだーーーっ!!」

 

 その声は、ただの気合いではなかった。

 痛みと怒り、悲しみと祈り、全てを混ぜ込んだような咆哮だった。

 無限の闇の中で一人きりで叫ぶような、そんな――虚しさすら漂う声だった。

 

 けれど、彼女の言葉は止まらなかった。

 

「みんなは……! みんなしかない記憶を持ってて、信念があって、魂があるの!」

 声が震えていた。嗚咽のようだった。

「誰かのコピーだからとか、そんなの関係ない! たとえ作られた存在だったとしても……! だから……それを……」

 そして叫んだ。

 「消すなんて――許せないんだからーーーーっ!!」

 

 ハッピーが、走り出す。

 泥に汚れた足が地を蹴る。

 

 4体のコアソウルが、それに応じるように動いた。

 

 「うっ……!」

 

 ハッピーは顔をしかめながら手を掲げる。

 その手には、眩い光が集中していく。

 

──空間が、煌めいた。

 

「《プリキュア・スターダスト・ライト!》」

 

 咆哮とともに、ハッピーは右腕を力強く前へと突き出す。

 その手の先から放たれた光は、瞬時に空間を満たし、数えきれない星々となって弾けた。

 

 流星だった。

 一つひとつが小さな命のように脈動し、宙を舞い、回転し、加速しながら軌跡を描く。

 それは十、二十……いや、百を超えていた。

 冷たく、興味だけでできたような目。

 だがその瞳が、初めてわずかに揺れた。

 

 光の塵は、一つ一つがコアソウルに当たる。そのたびに、コアソウルは弾けるように飛んでいく。

 次第に4体のコアソウルは一転に集中した。

 

 ハッピーは百メートルほど離れた距離から、その光景を見つめていた。

 四体のコアソウルたちが、もはや戦意も形も失いかけた姿で空中に漂う。

 彼女の表情に安堵はなかった。あったのは、限界を超えて擦り切れた心を必死で支えている、“気力”だけだった。

 

 それでも、彼女は動く。

 

 両手をゆっくりと横に伸ばす。

 その小さな胸の奥に、今の自分に残されたすべてを押し込めるように──。その瞬間、彼女の体が光りだした。

「《プリキュア・ハッピー・シャワー・シャイニング》!!」

 

 全身から光を集め、掲げた両手から溢れる力。

 放たれた一条の光は、まるで天の川のように煌きながら、渦を巻き、四体のコアソウルは一斉に浴びる。

 

 瞬間、四体のコアソウルの身体が、音もなく崩れ始める。

 表面を覆っていた《虚空の泥》が、霧のように溶けていく。

 そして、泥の奥から──4つの魂が現れた。

 

 橙、黄、緑、青。

 

 光の中で静かに漂うそれぞれの魂は、まるで眠っているかのようだった。

 当然だ。こんな世界では、肉体を維持することもできはしない。ハッピーの力で何とか維持していただけだ。

 

 その4つの魂から、それぞれ対応する色の塵のような光がふわふわと零れていった。

 それらはまるで月の環のように、やがて桃色の光を放つ──ハッピーの魂のまわりに集まり、寄り添うように浮かんだ。

 おそらく、ハッピーと繋がりを見せていたプリキュアの力だろう。

 

 ハッピーはというと、彼女も体が無くなり、消えていき、魂だけの存在になった。そして、桃色に輝く魂の周りに、月のように魂の周りに浮かぶ同色の光の粒。

 

 ”この世界”のコピーされた彼女たちの魂は上のほうへ昇っていく。きっと下がっていくことは無い。

 星空みゆきの魂を漂う5つの光。彼女とともに、この世界を旅立つ。

 はるか彼方へ、向かっていった。

 

 一章 完

 

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