翌日、学級委員のれいかちゃんが黒板の前に立ちクラスの前で話し始めた。
「皆さん。ポスターコンテストですが、昨日やってくれる人がいました」
れいかちゃんと視線を合わせたやよいちゃんは立ち上がる。最前列の席に座ってたので、後ろを向いてクラスメートの方へ顔を向けた。
「なかなか立候補者のいなかったポスターコンテストですが、昨日黄瀬さんがクラスの代表者になると言ってくれました。実は黄瀬さんは絵がとても上手なので、必ず素晴らしいものを描いてくれると思います」
「あーれいかのやつ、擁護のつもりだろうけど、多分それやよいにプレッシャーかけてるで」
前の席であかねちゃんのつぶやきが聞こえる。それと同時に、クラスがざわついた。
「黄瀬さん絵かけたんだ」
「美術部でもないのに?」
「そもそも絵描けると言っても大丈夫なのか?」
反応のほとんどが困惑だった。
私の席は一番後ろだから、基本的に私の視界はクラスメイトの背中しか見えない。そんな私にクラスメイトの言葉が聞こえたんだから、クラスの人たちと相対するやよいちゃんよちゃんに届いてないわけがない。
「ちょっとみんな。じゃあ自分で出来るの」
クラス全体に声をかけたのはなおちゃんだった。先生が教室にいない分こんな声掛けを出してくれるあたり、《姉御肌》とあかねちゃんに形容されるだけのことはある。
でもこんな言い方上から目線では━━? と考えていると一旦教室の雰囲気は収まっていた。
だけど、一度掛けられた言葉は消えることはない。私はやよいちゃんの心を案じ、前に立つ彼女のほうへ視線を向けた。
━━あれ━━?
だけど、やよいちゃんの表情は動揺していなかった。そればかりか、私に「やりたい」と言った昨日の時と同じ表情をしていた。
前の世界のやよいちゃんと会った時は、泣き虫と言われていた分、最初は怖がりなんだな、と思っていた。だけど意外とそうじゃなくて、お化けに全然動じなかったし、一度漫画を描くって決めたら本当に描ききったし。
アカンベエに私とサニーがやられかけているとき、変身できないのに庇おうとした。それが、やよいちゃんがプリキュアになるきっかけになった。
本当は私なんかよりずっと強いんだ。もちろん、優しいところもやよいちゃんの魅力。どの世界でも変わらないんだ。
***
放課後。やよいは自分が代表者となったポスターコンテストに応募するために、教室で絵を描く。
そこに部活を終えたあかねが入ってくる。教室を見渡し、やよいを代表者になることを勧めた彼女を探す。
「みゆきは?」
「この前の社会のテストで赤点だったから、なおちゃんと一緒に社会の補修だって」
「はあ。あいつこの前『私はやったことあるから大丈夫』って言ってたから、てっきり勉強しまくったからかと━━」
「そうなんだ。まあ私も危なかったけど」
「うちもや」
互いに笑いあう。
「それで、どこまでできたんや」
「えっとね。線は昼休みにみゆきちゃんにモデルやってもらって描いたから、あとは色を塗るだけかな」
「どれどれ」
あかねはやよいが向かい合う絵を覗き込む。そのことにクラスの代表者は抵抗しなった。線は一つずつ丁寧に描かれていた。あかねは気づけば感嘆していた。
「おおーー。これ完成が楽しみだなぁ。うちに何ができるかわからんけど、やってほしいことがあったら言うてな」
「ありがとう」
すると教室のドアが開く。
「お、れいか」
二年二組の学級委員が二人の元へ歩いてくる。
「黄瀬さん。先ほどは擁護のつもりが、やよいさんにプレッシャーをかけてしまって、申し訳ございませんでした」
麗華はクラスの代表者へ頭を下げる。
「ううん。いいよ別に」
やよいは頭を横に振った後に、
「そうだね。れいかちゃん。私の絵、どこか気になるところがあったら言って」
自分が描いてるポスター見せようする。
「いえ、私は審査員の一人ですから。だからあらかじめ見るのは━━」
「そうか。勝負は生徒会と環境委員が審査して決まるんやったな」
「はい。やよいさんが誰もなかなか名乗り出なかったポスターコンテストにやるといってくれてありがとうございます」
律儀にもう一度お礼を入れた。
「そういや、なんでやるって言いだしたんや」
ふと、あかねは疑問に思う。
昨日の放課後はやよいの気持ちの変化に困惑するだけだった。改めて、考えて、どうして心変わりをしたのか。
「えっとね……」
「あ、私は」
立場が、と言いたくなったのだろう。自分が生徒会だから、と言いたくなったのか。
「クラスメイトとして聞いたらどうなん」
聞きたい、と気持ちももちろんある。だけど、自分は審査員という立場により聞くことにためらう。だがそれは生徒会として。しかし同時にクラスメイト、そのクラスの委員長だ。その立場で考えるなら、聞いておく必要はあるのかもしれない。
「そうですね……」
れいかの返答をきくや、やよいはふと笑う。塗りかけの絵を見ながら、語り始める。
「星空さんが、私の絵を褒めてくれたの。他の人に悪く言われても、私の絵はとってもかわいくてかっこいいんだって。だからね、そんな星空さんの期待に応えたいの。もちろん、少ししか見てないはずなのにそこまで褒めてくれるのには驚いたけどね」
誰かに認められるのではなく、自分を信じてくれる一人の友達のために。
***
教室の外その会話を偶然聞いた一人の少女がいた。
***
今日、やよいちゃんの運命が決まる。ポスターコンテストの結果発表の日。多くのポスターが結果とともに貼り出されているはず。どんな結果になっても、私は受け入れないとと思っていた。そう決意して眠ったのに、いや、だからなのか。
私は目が覚めた瞬間時計を見る。そして冷や汗をかき、歪んだ笑みを浮かべた。
思いきり寝坊しました。
***
七色ヶ丘の生徒が校門をくぐり校舎へ入っていく。その様子を玄関前であかねは見続ける。待ち合わせをした彼女を待つために。
「みゆきあいつ、寝坊したな」
下駄箱にもたれかかっていた体を起こす。自分だけで見に行くことにした。
ポスターコンテストの結果は、早朝、先生や生徒会などが賞とともに、廊下に張り出さているだろう。
発表場に向かうほどに人が多くなっている。あの角を曲がれば、左側に見えてくるはずだ。
その角も曲がる。
あかねは心臓は高鳴っていた。
もしやよいの結果が芳しくなかったら。
あの自己中心的な先輩や同級生たちになんといわれるか。やよいがその低劣なあざけりに耐えることができるのだろうか。
年度初めのクラス分け発表かと言わんばかりの人だかり。しかし、ひときわ目立つカナリア色の髪が一人。やよいだ。
あかねは周りの音も忘れ、やよいの表情を見た。唖然としている。結果が”どちら側”ともとれる表情だった。
覚悟を決めてやよいに話しかけた。
「やよい、結果は?」
「あ、あかねちゃん。えっと━━━━あっち」
やよいは指差した。あかねが振り向く。この首をひねりおえば、結果がわかる。
やよいの絵がなんなのかはすぐに分かった。実際に完成品を見たからだ。
その絵の下側に、「2年2組 黄瀬やよい」と書かれている。その下側には━━。
「銀賞━━━━」
ぽつり、と結果を呟いた。
そして息を吸い込み。
「やよい! やったやん!」
「う、うん自分でも驚いたよ」
やよいは少し嬉しそうな姿を見せる。すると、周りを見始める。
「星空さんは?」
「みゆきだったら多分━━」
寝坊と言いかけたとき。やよいにクラスメイトなど同級生の女の子が寄ってくる。
「黄瀬さん銀賞だって!」
「すごいじゃん」
「金じゃなくて惜しかったね」
男子だって。
「へえ。あいつめっちゃ絵上手いやん」
「知らなかったーー」
遠くにいるものの、やよいの功績へ注目していた。
「なんやお前ら! 単純やなほんまに!」
並み居る美術部達が集うコンテストの中で、堂々の二位。
やよいがクラスの代表者となった時の雰囲気を知っているだけあって、あかねは同級生の掌の返しように少し呆れた。しかし、どんな形であって、やよいの頑張りが結果として現れ、認められた。そのことが何よりもうれしかった。そのまま彼女たちと談笑を始めていった。
***
しかしやよいの視線はまだ安定しない。あかねの背面で、みゆきを探している。結果が分かり、人だかりが少なくなっていく。それでも見えないのは━━寝坊をしたのか、それとも風邪でも引いたのか。
やよいはあかねと似た結論を出した。
みゆきは今ここにはいない。そのことを残念に思いながら、教室に帰ろうとしたその時。
「あ━━」
ふと目に入った彼らのことを、半分忘れていた。
「どしたんや」
あかねが後ろの声に気が付き、やよいを向く。どこかを見ているので、自分もその方向へ視線を向けた。
十数メートル先で自分を睨む数人の姿が。
先日やよいのことを馬鹿にしていた、蘇我部長御一行の姿が。
睨むといっても、その眼に先日感じたような嫌な視線は感じられない。そればかりかこちらに見て気まずそうな、でも逃げれないような。
「あーーー」
察したあかねは壁側へ視線を向ける。
「ほら、やよい」
あかねは人差し指で指差し、やよいに何かを見せた。
銀賞を獲った彼女はある方向へ視線を向ける
蘇我という三年生の結果は━━努力賞。
そのことを周りにいた人も認識し始めた。
「ねえあの先輩って、この前黄瀬さんのことを悪く言ってたんだって」
「本当? それはちょっと━━」
「でも結果的に馬鹿にしたやつに負けてんじゃん」
誰かの噂話(実話ではある)に、この場にいる人が反応しだす。
努力賞は賞ではあるものの、実力を認められたとは言い難い賞だ。
美術部だけではない。自らを《美術部のエース》と形容し、他を馬鹿にする話も、同時に情報として入ってくる。
彼へ冷たい視線と言葉が飛ぶ。明確に馬鹿にし返す言葉は無いものの、彼に聞こえるであろう会話は、自尊心を崩壊させるには十分だったのであろう。
彼は何も言わず、肩を落としただこの場を離れていった。
「やよいちゃん。大丈夫だからね」
「そうだね……」
それと同時に勝者への慰めが生まれる。結果という明確な差が両者の扱いを変えた。
だけどやよいの視線は、自分を馬鹿にした彼らの背中を追っていた。
***
ハァハァ。時間ギリギリに校門が見えた。私はひとまず安堵した。とりあえずこれで遅刻を免れる。
「でもまずはやよいちゃんの━━」
あの時みたいに努力賞で落ち込んでるだろうか。
「堕落してますね」
ふと、少年の声が聞こえた。その方向を向いた。
校門の塀に男の子が据わっていた。背は私より小さい。服装は歴史の教科書で見たことがあるけれども、昔の平民の人が着ていたもの。山鳩色の麻の着物。今の時代とは全く異なる風貌であることから、中華風の服を着ていたヒオリと関連づけ、彼女の仲間であることを確信した。
「あなたは、君が星空みゆき、《キュアハッピー》ですか? 思ったよりも幼いですね」
と男の子は開いていた本を閉じる。塀の下へ軽々と飛び降りる。少しばかり見下ろすことで見えるようになった彼の表情は非常に幼い。クラスメイトの豊島君たちよりも、丸みを帯びた顔。
━━小学生?
と考えた。歳は10を超えているのかどうか。
しかしそんな思考を無視するかのように、彼は右胸に手を置いてお辞儀をした。
「申し遅れました、僕の名前は《ジラ》と言います。以後、お見知りおきを」
深々と頭をおろすその姿は大人びていた。
体は中2でも生きている年月は中3にほぼ等しい私なんかより、はるかに肉体年齢を超越した精神年齢の子だという印象を受けた。
だけど、この服装は現代のものから逸脱している。小学生なら、学校に登校しているはずだし、そうでなくてもこんなところに現れるとは考えにくい。
「ヒオリの仲間でしょ..........」
「なら話は早いですね」
パチリ。
そう指を鳴らした直後、ジラの横側の空間が渦巻くように歪む。
「いでよ。コアソウル」
掛け声と同時に渦巻きの中心の奥に赤色の光が見えた直後、覆いかぶさるように黒く粘度の高い液体が光を飲み込むように染み出ていく。バッドエンド王国と戦った私は、その黒い液体を絵の具のようだと自然に形容した。絵の具はこちらに染み出るように漏れ出し、形を成していく。歪みが消えた後、完全に形が固定された姿は間違いなくコアソウル。
このままなら、学校のみんなが危険になる。
私はカバンからソウルフルパクトを取り出し叫んだ。
プリキュアスマイルチャージ!
桃色の光に包まれ、変身する。
キラキラ輝く未来の光! キュアハッピー!
変身し、コアソウルの姿を観察する。
長髪の女の人。服装は中華風というより、多分日本よりの衣装。
━━かぐや姫。
もちろん絵本では、日本昔話でかぐや姫以外にお姫様が出ているのはたくさんあるんだけど、同じ題名絵本のたくさんあってお姫様にはさまざまな衣装を着ている。その中であの服はかぐや姫が着ている服に一番似ていると思った。
かぐや姫は竹の中から心優しいおじいさんとおばあさんに拾われて育てられるのだけど、かぐや姫は月の世界のお嬢様らしくて、いつか月に帰らないといけないの。おじいさんはおばあさんを止めようとするんだけど、結果に乗って帰ってしまう。
と、いうのがかぐや姫のストーリーだ。しかし、コアソウルは絵本の登場人物をなぞるだけの力を持たされるわけじゃない。野球やめんこなど、現代の人たちが比較的慣れ親しんでいる要素も合わさっている。
━━それでも私は目を疑った。前にいるかぐや姫は確かに車に乗っているだけど、私が知るかぐや姫が乗る一人しか入れないような箱を台の上に乗せて牛に牽かれる、牛車と呼ばれるものではない。
どうしてかぐや姫は《バイク》に乗ってるのか?
かぐや姫はアクセル全開! と言わんばかりに右手を手前に盛大に回した。
ブロロロロロロロロロ。
エンジン音がした。
マフラーなんて知らないかのごとく、けたたましい音を響かる。
排気口からは環境に悪影響しかなさそうな黒い煙が。
タイヤが回り、そのままかぐや姫は学校の中へ入っていった…………。
一秒。ぽかんとし、はっとする。
「え、あ、ちょ、ちょっと待ってーーーーーー!」
私は駆け出し、校舎へ走りこんでいく暴走族と化したかぐや姫を追いかけ始めた。
***
コアソウルは瞬く間に校舎へと入って行く。キュアハッピーの追跡などものともせず、学校の中を突き進む。玄関の靴箱を壊し、廊下へ。
「きゃあああ!」
「うわあああああ!」
生徒の悲鳴が学校中を埋めていく。廊下を、教室を、蹂躙していく。その動きに目的地は無い。無鉄砲に暴れまわるその姿に、生徒たちの恐怖は加速する。先生らは生徒を避難させるのに手いっぱいで、コアソウルをどうこうするという選択肢を持つ余裕などなかった。
コアソウルは校舎内を数周し、何回目かの一階の廊下を通り過ぎようとした。これまではただ逃げ惑う人しか目に入らなかったが、今回は違った。
「待て!」
自分と相対する人間がいる。
「ぐぐ……」
コアソウルは乗り回すバイクにブレーキをかけた。鮮やかな橙色の髪、お団子でまとめられている。キュアサニーだ。
***
サニーはコアソウルを見る。バイクに乗っていることから、ライダーなのは一目瞭然だ。
「いや乗り姿がアンバランスすぎる━━」
数百年前の女性が、バイクに乗っているのか。自分の常識とあまりにもかけ外れた姿にサニーは言葉を零す。
コアソウルは目の前にいる”敵”を認識したのか。アクセルを回し、マフラーを全く無視した騒音を響かせる。
「うるさっ」
あまりにものうるささに、サニーは耳をふさぎそうになる。
だが、この手なくして、自分は何ができようものか。側頭部まで上げようとした手を、胸元で止める。自分の手を見る。群青のフィンガーレスグローブ。付け根には鮮やかな橙色のリボン。
握りしめる。
「とにかく来い! うちが受け止めたるわ!」
力の限り叫ぶ。
サニーの言葉は、コアソウルに煽りと捉えられたのか、サニーめがけて、アクセル全開で走り出す。
普通のバイクとは比べ物にならない、この世ならざる加速度で速度を上げ、瞬く間に両者の差は縮まる。あと数瞬で
サニーは避けずに、足に力を入れる。目の前に突っ込んでくる怪物でも、自分のパワーなら止めることができると自負した。
━━するとバイクは急ブレーキをした。減速具合もあり得ない。
「な━━」
サニーが反応した時には遅かった。そればかりか、驚きのあまり途端に体の力が抜けていた。
コアソウルは前に身を倒し、後輪を浮かせた。さらに前輪を中心にして回転した。マシンのボディが、サニーの横から飛んできた。
為すすべなく、体は吹き飛ぶ。
教室のドアを突き破り、机や椅子を散らし、窓下の壁に激突した。
今しがた起きたことを言語化することは難しい。とにかく一瞬で、なにがどうなったのか確証が持てなかった。
とにかく立ち上がる。
体のダメージは少ないが、じゃああの怪物を倒せるかは直感的に難しいと感じた。
実戦としては3度目。しかし、1人で戦うのは初めてだ。その分不安があった。その途端、ドカン! とコアソウルが教室と廊下を阻む壁を破壊して飛び出てくる。
「やば」
先ほど自分が言い切れる事実は、自分があのバイクを受けれなかったこと。そのことが頭に残る。
サニーは必死に体を動かす。床を押して立ち上がり、下を蹴って横に飛ぶ。勢いあまり、教室の黒板に顔をぶつけ、後ろに倒れた。
大きい破壊音が聞こえる。机や椅子、またはその残骸が教室内で飛び散っているのが感覚的に分かった。机が天井にぶつかり、仰向けになっているサニーの頭のすぐ隣で落ちる。
もし当たったら、いや自分は今プリキュアだから大丈夫か。そんな思考をしながら、重くなった体を起こす。
やはりバイクは、そのまま外の壁や窓を突き破ったようだ。教室には直径4メートルほどの大穴が開き、教室の中へ風が吹き込む。穴の向こうからエンジン音が聞こえる。よろよろと窓の方へ向かう。
運動場が見えた。そこではバイクを乗り回すコアソウル。生徒らしき人影は、コアソウルの近くには見えなかった。避難し終わったのか。
しかし、逃げるどころか、逆にコアソウルを追い回す姿が一人。
遠くからでもわかる桃色の馬鹿でかいツインテール。
それを見た瞬間思わずサニーは穴から飛び出し、彼女を呼ぶ。
「ハッピー!」
「あ、サニー」
どうやらコアソウルには逃げられてしまったようで、膝に手をつき息を切らしていた。それでも相棒との合流に笑顔で応える。
「来とったんやな」
「まあ学校あるしね。とにかく今はあの学校のかぐや姫を止めないと」
ハッピーはコアソウルが走っていった方向を見つめ、今度は校舎内へ視線を向ける。表情には焦りが生まれているのが、サニーにはわかる。
「ああ。やけどバイクの機動力が高い、しかも逃げるからなあいつ。どうしようか……」
今回のコアソウルの厄介さは、先ほど少し相手をしただけでわかる。
だが、今の自分たちにはまず追いかけることしかできない。
***
3メートル近くある大きな女の人がバイクに乗って学校で暴れ回るという、摩訶不思議な事態が発生した。生徒たちは当然混乱し、恐怖し、逃げ惑う。やよいもその事態に混乱し、逃げていた。
だけど彼女は周りと比べて少し落ち着いていて、彼女もそのことを認識していた。
その理由はまず、数日前学校の屋上に怪物が出現した。多分、そのときの怪物と同じ種類にカテゴライズされる存在だろう。だから一回自分はあの怪物に被害に遭いかけているから。そして、あの怪物と戦う少女がいたことを知っているから。
一人は最近この七色ヶ丘中学に転校してきた星空みゆき、もう一人はクラスメイトの日野あかね。ふたりは《プリキュア》と呼ばれる戦士の姿になり、戦った。
その経験が、やよいの精神を安定させた。
多分、前回コアソウルという怪物が出てきたときの自分と、今学校の生徒たちの精神状態は同じだ。未経験の非常事態に、訳も分からずただ混乱している状況だろう。
廊下を進みながらそんなことを考えていた。
━━だけど、今の自分はあまりにも落ち着いていないか。
やよいはそんな疑問が浮かび上がった。
最初にコアソウルが学校に入ってきてその姿を現した時、隣にいた日野あかねがトイレのほうへ走りこんでいた。それはもちろん、人に見られること無く、プリキュアに変身するためだろう。
その姿を見たから今落ち着いているのか、最初から落ち着いていたからその姿を見れたのか。
非常口が見えてきた。扉は開けっ放しで、生徒たちが必死に校舎の外へ逃げる姿が目に浮かぶようだ。
自分の疑問に答えは出せぬまま、下履きのまま外へ出る。
二段の階段を下り、草むらの上を走りはじめ、5秒。
ブロロロロロロ。
一層大きいエンジン音が近くなる。
まずい、とあたりを見渡す。あれは━━。校舎脇にある茂みの裏に身を隠す。その瞬間耳を壊すかというほどの爆音ともにコアソウルがやってくる。
ドクン。と胸が締め付けられる。
見つかったら終わる。決して逃げられないだろうという確信する。
しかし、あのバイクの圧倒的スピードにより、一瞬で過ぎ去っていた。
自分と目を合わせることもなかっただろう。見えなくなって5秒くらい経ったので、もう一度走り出そうとした━━そのとき。
誰かが自分が出てきたところと同じドアから複数の生徒が飛び出てきた。
高身長のロン毛。瞳が見えないほどのつり目。間違いない。美術部の蘇我部長だ。
逃げ遅れたらしい。一刻を争う状況だ。
━━早く逃げないと。
そんなことは彼らも分かっているはず。
だが。
「大丈夫っていったのはお前だろ!」
「仕方ないでしょ。壁とか破壊して進むとか知らないですから!」
「そもそも、お前が様子を見てこいって言ってるのに拒否しなければ」
「あんな怪物に遭遇したら終わりだろ」
「ならお前が早く逃げたほうがいいっていったら良かったじゃねえか」
こんな時に言い争いをしている。
どうやら、コアソウルが現れた際の対応が遅れてしまい、逃げるのも遅れてしまったのだろう。その責任の追及をしあっている。
ポスターコンテストの結果が芳しくなかったどころか、やよいに負けてしまったことで赤っ恥をかいていた。そこにコアソウルの出現により混乱。どうするか部長が後輩に対応を求めるが、うまくいかず、言い合いになってしまったというわけだろう。
逃げなければという状況なのに、各々が自分の怒りを抑えきれず、強い口調で他を攻撃している。
そんな中、やよいは今出ていくのは難しかった。
━━気まずい。
彼らがあそこまでいがみ合っている原因の一つは、自分だ。ここであの5人と接触する勇気が出なかった。
コアソウルが後で出てきても、さっきみたいに見過ごしてくれるだろう。大丈夫。
そう考えて、一旦ここで待つことにした。
こんな危ない状況なのに、自分の感情を優先して行動する。彼ら5人と一緒だ。やよいは自分に悪態をつきながらも、それでも隠れ続けようとした。
だが。
ブロロロロロロ。
背筋が冷えた。
音がどんどん大きくなる。
もうここへ戻ってくるのか。
やよいは言い争いをしている5人を見た。気づいていない。それほどまでに責任追及に躍起になっているのか。それでも5人は歩いていて、その先は学校の敷地外へ続く道。そのための校舎の角を曲がろうとしている。
そして大きくなる音が大きくなるのもその方向━━。
やよいは必死に体を草むらから乗り出し、叫んだ。
だがその音はエンジン音でかき消された。
コアソウルと先輩たちは建物の曲がり角で鉢合わせる。しかし、完全にぶつかることはなかった。コアソウルの圧倒的スピードにより、先輩の目の前を通り過ぎることとなる。
だがガスの排出量はすさまじく、近くを通過する人間にはとてつもない量の突風となる。
「うわあああああああ」
巻き込まれた。飛ばされた。
先輩たちは衝撃に巻き込まれる。体が後方へ浮いた。そして受け身なく、背中から落ちる。
やよいはは心の中で叫んだ。彼らは動かない。気絶しているのか。
すると。
「止まりなさい」
と一人の少年が現れた。
自分より年齢でも見た目でもはるかに幼い少年。しかし、彼の声で怪物の動きが止まる。あれは怪物を操っている人なのは間違いない。
少年は近くで倒れる男子生徒5人を眺めた。
「彼らは逃げ遅れたのですか、残念です」
そう口にしたが、感情は無く、少年は先輩たちに無関心そうだった。
「それにしても、機動力が高くても攻撃力はそこまでですね。おまけにあまり言うことも聞いてくれないときましたか」
━━何か実験をしている?
そのような思考をしたが、やはり目がいくのは男子生徒。
「まあいいでしょう。ひとまず、プリキュアが来るまで少し確かめますか」
少年は先輩たちの方へ指を向けた。
「最も対人的な技を打ってください」
━━そんな。
怪物はバイクの後ろ側を先輩たちに向けた。あれで攻撃するつもりだ。どんな攻撃であれ、今の先輩たちはあまりにも無防備すぎる。そう考える間にもバイクの排気口が黒く光りだす。
━━助けたい。
やよいはそうおもったことを認識した。だけど、怖い。あの飛び散るレンガ以上の攻撃が来るとしたら。自分はどうなるのか。
「まあ所詮人間は堕落してます。そんなのがいなくなったところで何も変わらないでしょう。かれらもそんな人間でしょう」
彼は、彼らを堕落した人間と決め切った。
決め切る、か。
『お前みたいな弱々しいやつが描くものなんて、弱々しいに決まってるさ』
やよいはあの5人組に言われた言葉を思い出す。
彼らはやよいを馬鹿にした。絵を見下し、性格も。そして、何も見てないのに、作品そのものを蔑んだ。されど、やよいの作品はあの先輩の絵よりも大きく上回る結果を手にした。とすれば、彼らは人を馬鹿にする上、結果も出せない。堕落した人間といえるのではないか。そんな人間がいなくなったところで━━。
━━でも見捨てたくない。
それは、間違いなく自分の中にある心だ。
でもそれで、助けようとして自分が━━。
だが、やよいの心は葛藤しているようで、ほぼ一択だった。
彼女はきっかけを探していた。
その中で、ある言葉を思い出す。
やよいちゃんの絵はとっても可愛くてかっこいいの。あなたたちの言うとうり、絵は描いた本人を映す鏡みたいなものだと思う。だから、やよいちゃんはとっても可愛いし、みんなのスーパーヒーローになれる子なの!
新しい友達がいてくれたこの言葉。
やよいは、ポスターコンテストでゴミを拾うヒーローの姿を描いた。
自分はその絵に、見合う人間なんだろうか。そのヒーローはこんな時何をするのだろうか。