病弱VRMMOプレイヤーが竜の世界で第二の人生を手に入れたなら   作:相竹空区

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2-14 剣を研ぐ

 

 もうすっかり暗くなった道を早足で歩く。

 人通りはもう少なくなった職人街は、日中に聞こえていた様々な音を立てる道具を既に置いている。

 暗い中では作業も進まず、職人達のこれからの時間は仕事終わりの一杯の為に使われる。

 

「ブレンダはまだ店に居るだろうか」

 

 槌と竜の看板の前で立ち止まり、扉に手を掛ければ鍵はかかっておらずそのまま開ける事が出来た。

 しかし店内は暗く、鍛鉄の音は聞こえない。

 代わりに聞こえるのは話し声。

 女性2人の話し声は聞き馴染んだものだった。

 

「あ!リット遅いよ!」

「亜竜殺しの帰還か」

「ミライ?どうした……って僕を追いかけたのか」

「うん、ダスティンから聞いたんだ。まさか先回りする事になるとは思わなかったけど」

 

 中に居たのはミライとブレンダ。

 ミライの手には美しく輝く双刃剣があった。

 

「少し寄り道していてね。その剣はもう出来たのかい?随分早いな」

「凄いよね、私が来た時にはもうピカピカだったよ」

「魔法を少し使った。元が良い物だからそう手間も掛からない」

 

 ブレンダは自分の仕事に満足しているようで、ニンマリと厳しく笑う。

 そんな彼女の仕事ぶりへ感謝を伝えるべくリットは背負った斧を差し出した。

 

「良い斧だったよ。お陰で人を救う事が出来た」

「なら聞こう、お前の剣とどちらが上だ?」

 

 それはもはや性のようなもの。

 職人として上を目指す彼女にとって目標としていた【WoS】の最高品質武器は超えるべき壁だった。

 生業以上の、生き方に対して真摯なブレンダを前にリットは気を引き締める。

 

「この斧だ。明らかにこちらの方が上だろう」

 

 武器の情報をステータスウインドウで確認せずとも分かる、使えばより鮮明に理解した。

 ゲームバランスの為に定められた性能の上限を超えるものがこの斧にはある。

 

「ならその斧は持っていけ、良い使い手の元にある方が好ましい」

「あー……でもやっぱり使い慣れた剣の方が……」

「それでも持っていけ。気分を良くしてくれた礼だ」

 

 そう言ってブレンダは返された斧を優しく突き返す。

 手の中で鈍く輝く斧をリットはありがたく受け取って、アイテムボックスへと仕舞い込む。

 性能が高いと理解しつつも、やはり一瞬の判断が状況を変える戦闘では使い慣れた武器の方が良いと、斧と交換する為に取り出したバスタードソードの重さでしみじみ思う。

 

「せっかくだ。お前の剣も研いでやろう」

「もう遅い時間だろ?残業になってしまう」

「構わんさ、むしろこの昂りのまま作業をしたい」

「なら私は先に帰ってるよ、疲れたし!心配になっちゃうから早く帰ってくるんだよリットくん!」

 

 双刃剣をその手にミライはご機嫌だ。

 揶揄うような言葉を残し、軽いステップで鍛冶屋を出れば途端に音が無くなったような感覚になる。

 ただでさえ口数の少ないブレンダは、獲物を前に舌舐めずりするような無言の圧を放ってリットの剣を見つめる。

 

(2人きりだと妙な緊張感が凄い!身包み剥がされそうだ……!)

 

 無言で睨み付け、手仕事を続けてゴツゴツとした手のひらを突き出す様は金銭の要求をしているような凄みがあり、リットは慎重に剣を預ける。

 丁寧に、赤子を抱くような繊細さで鞘から抜けば、ブレンダが目指していた高みがそこで輝く。

 

「良い剣だ。銘はあるのか?」

「【コンヴァーチブル】だ。良いだろ?」

「ああ、それならばこちらも相応の道具で相手をせねばな……これは魔法の砥石、師が色々と自慢話をしていた品なんだ」

 

 そう言ってブレンダは砥石車の前に座り、ペダルを踏み込み円盤を回転させる。

 ゆっくりと動き出し、次第に軽快に回り出した機構はよく手入れされているようで軋む音ひとつ立てていない。

 

「いや違うな、お前に自慢する物でもないか」

「何故だい?」

「これは〈鋼の民〉の品だ。何処からか流れてきた物を大枚をはたいて購入したと言っていた」

「〈鋼の民〉の魔法の砥石……?」

 

 リットはそのような物がはたして【WoS】に存在したかどうか、脳内に蓄積し続けた情報から引き出そうとして、しかし思い出せずに唸る。

 

(魔法……魔法?そんなワードと【WoS】があんまり結び付かないんだよな……敵が使ってくる事はあってもプレイヤーには関係ない要素だったし)

 

 回転する砥石に刃を当てれば火花を散らし、高く鋭い音が鳴り響く。

 刃を鋭く研ぎ澄ますその機構を眺めて黙り込み、リットの脳裏に浮かんだのはクランの拠点。

 

「拠点の設備か……?やり方とか関係なく押し当てれば耐久力が回復していた……」

 

 拠点を持つと便利になる要素が複数ある。

 その中のひとつが耐久力回復設備の設置。

 リットが所属していたソリチュードアライアンスの拠点にも目の前にある物と同様の設備が存在していた事を思い出す。

 

「やはり知っていたか。周囲の魔力を吸い上げて状態を保ってくれる上に当てるだけでよく研げるのでな」

「なるほど……その仕様そのままなのか。そういえばスキルも発動時に魔力を使ってるんだっけ」

 

 転移によって変化したゲーム的な要素は魔力によって為されている。

 スキル然り目の前の砥石然り。

 異物を馴染ませる為の繋ぎとして機能する魔力という物に、リットはやはり興味を抱く。

 

「その魔力を使った魔法の武器、とかはないのかい?」

「あるぞ。あの斧だって魔法の武器だ」

「マジか。僕らは魔法を使えないらしいんだけどそれでもちゃんと機能している?」

「作る時に魔法を使った。魔力を混ぜ込むことで構造が強化されている」

 

 亜竜との戦いで無茶な使い方をしてもびくともしない強靭な造り、それを実現したのがブレンダの魔法だった。

 鍛造の際に魔力と共に鋼を打ち、その構成に潜り込んだ魔力は尋常ではない被破壊耐性を持つ。

 これもまたスキルのようにそうあれと在り方を規定された物の為、世界の法則に対する理不尽を許容する。

 

「へぇ……なら炎が吹き出す剣!みたいなのがあったりは?」

「する。ただそれは鍛冶屋の仕事ではないな、魔法使いが手を掛けるらしい」

「色々あるんだなぁ」

「武器というのは奥が深い……土地、流派、人。それらの数だけ武器があるんだ。その環境に最も適した形で生み出された形は、一見奇妙でも作り手の思考というものが読み取れる」

 

 確かめるように剣を撫で、指先から細かな情報を読み取るブレンダの仕事は順調なようで残りは半分といったところ。

 

「しかしこの剣にはそれが無い……まるでこの形で鉱石が自然により集まったかのような不自然さ。しかしこの形こそがもっとも自然だという納得もある」

「それはつまり……何が言いたいんだ?」

「感想だ」

 

 そう言ってブレンダ刃が均等になっているかを確認する。

 言いたい事は粗方言い終わって満足したようで、その後の細かい調整作業中に一言も発する事はなかった。

 

「出来たぞ」

「ありがとう。とても真剣に研いでくれて嬉しいよ」

「当然の事だ。お前もその剣を大事にしろよ」

「ああ、使い慣れた物を長く扱いたい僕としては当然の事だね」

 

 剣を受け取り、リットは軽く宙を斬る。

 鋭く軽快な音が鳴り、思うままに動く。

 薄明かりを反射した剣身が翻り流れるように鞘まで収まれば、心地の良い重さがリットに安心感をもたらす。

 

「やっぱりこれだな。自分の体の一部のようによく馴染む」

「優れた戦士というのはそういうものだろう。お前も違わないようだな」

「なんだい、やけに褒めるじゃないか。やっぱりチップが必要かな?」

「それならあの斧をたまには使ってやってくれ。飾って眺める為に作った訳ではないのでな」

 

 軽く笑ってブレンダは立ち上がる。

 座り仕事で縮こませた大きな身体を伸ばしてほぐす。

 元より大きな身体を更に広げて四肢を伸ばせば骨のなる音が静寂の中でよく聞こえる。

 

「では見送ろう。亜竜殺しの英雄殿の見送りに1人では不足かもしれんが」

「気にしなくていいのに、それに君の武器あってこその勝利だったよ」

 

 並んで鍛冶屋の表へ出れば、外はより暗くなっていた。

 空は色を濃くして星が煌めき、すっかり人気は消えて遮るものの無い通りを冷たい風が吹き抜ける。

 

「あぁ、そうだ。聞くのを忘れていたけれど君の師匠を探すにはどうしたらいい?」

 

 昼間に尋ねた時にはダスティンが亜竜襲来の知らせを持って来ていた為に聞き忘れていた事を確認する。

 

「そうだな……都市連合の最も過酷な戦場に武器を送る場所で、1番腕の立つオルドバルを探せ。それが我が師だ」

「1番である事を疑ってないんだな」

「当然の事だ。本当に凄い方なんだ……図体ばかり大きい木偶の坊の私に生きる術を与えてくれた。いつかは超えてみせると思う事すら憚れる」

 

 内容は卑屈なようで、しかし尊敬する師の事を誇らしげに語るブレンダの表情は柔らかい。

 

「そっか。何か伝えたい事があるなら何か手紙とか渡そうか?」

「大丈夫だ。私が名を上げて自然に伝わるようにする事が1番の便りだと思う……きっとな」

 

 そう言ってブレンダが見上げた空には星が輝いている。

 あの空の光のように、どんなに離れていても分かるような一人前になりたいという思いを胸に抱いて──不意に星が瞬いた。

 

「?……あれは」

 

 瞬きはそれから何度も起こり、光を遮る何かが上空にある事に気が付く。

 鳥ではない、もっと大きな何か。

 それが渡り鳥のように隊列を組んで飛行しているのだ。

 

「何だ、どうした?」

「いや……何か飛んで──」

 

 夜空を注視し続けた事で暗闇に目が慣れて、それの輪郭が徐々に明らかになる。

 大まかに十字のシルエットは鮮明さを増し、大きな翼や尾の形が見え始めた。

 

「──竜だ」

 

 遥か上空を飛ぶのは飛竜、それも複数が群れを成して飛んでいる。

 

「なんだと?よく見えるな」

「あぁ、嫌なもん見えちゃったよな!ありがとうブレンダ!早速この剣を使う事になったもしれない!」

「そうか、気を付けてな」

 

 リットはその竜の進行方向を見て慌てて駆け出した。

 軽く手を振り、あとは振り返らずに全速力で走り出した背にブレンダの言葉が届いたのかすら分からない。

 それ程までに急ぐ理由はただひとつ。

 

「あっちは城の方向だろ……!無事でいてくれよ、ミライ……!」

 




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