病弱VRMMOプレイヤーが竜の世界で第二の人生を手に入れたなら 作:相竹空区
時は少し遡る。
襲撃が起きる前、リットより先に城へと戻ったミライはアイテムボックスの中へと仕舞い込んだ双刃剣の事を思ってご機嫌な様子。
もうすっかり顔見知りの門番や立哨にその様子を見られて「愉快な子だなぁ」などと思われている。
そんな姿を見られながら坂を登り、終着点である城門の前で見慣れた姿を見つけてミライは手を振り駆け寄る。
「おっ!ダスティン!」
「ミライ様!……おや?リット様はご一緒ではないのですか?」
ミライの呼び声を聞いて、立哨の兵士達と会話していたダスティンもミライへ手を振り返す。
しかし周囲にリットの姿が見えず、彼を探しに行った筈のミライがひとりで戻って来た事に疑問を抱く。
「剣を研いでもらうから遅れるってさ。ダスティンは帰らなくていいの?家族が待ってるでしょ」
「そうしたいのは山々なのですがね……少し人手不足でして」
「昼間の亜竜が原因?」
「えぇ、そのせいで色々と慌ただしくなってしまいまして。自分も応援として今夜は城に居る事に」
「そっか……私に出来る事ある?」
「いえ、特には。既に十二分のお力をお貸しいただきましたから大丈夫ですよ。ほら、風邪をひいてはいけませんから中へ入りましょうか」
寒さで少し赤い顔をしたダスティンは自分自身も温まりたいと、ミライを促し城へ入る。
城全体を温めるような設備は無いのだが、それでも屋根と壁に囲われていれば、この程度の寒さを凌ぐには問題ない。
手を擦り合わせながら月明かりが差し込む薄暗い城内を歩き、食堂へと向かう。
「ダスティンはなんでこの仕事を続けるの?家族もいるし、今日みたいな危険に近いと恐ろしくはない?」
ただ足音が響くだけの時間に耐えかねたミライが前を歩くダスティンへと我慢を投げかける。
まさに今日、亜竜と戦い多数の負傷者が出た。
彼らは運が悪ければ死んでいたかもしれないし、その中にはダスティンが居たかもしれない。
ミライはそれで残される家族のことを案じていた。
「そうですね……自分が戦士団に入ったのは英雄譚への憧れから。ただ実際に戦っているとそれなりに誇りや矜持なんかも生まれてくるものです」
「それで亜竜に立ち向かえるものなの?」
ミライは思ったままをダスティンへぶつける。
受け取ったダスティンは少し考えて、唸ったのちに手を叩く。
「恐ろしさとは別なんですよ。自分はあまり頭が良くありません、ですから体を動かしてなんとかしたくなってしまう。困難に対して立ち向かうしかやり方を知らないからこれを選んでいる……これであっていますでしょうか?」
「えぇ!?私に正解なんて無いよ!?」
「申し訳ありません。こういった事を話すのは苦手で……あとはそれこそ家族を守りたいと思うからこそ、ですかね」
隣を歩くダスティンの横顔に、ミライは父の姿を重ねた。
親の顔とでも言うのだろう、責任感が宿るその表情には脳の奥にある遠い日の思い出が刺激されて、ミライは目を細める。
その向こうに父の姿が見える気がして。
「凄いね……カッコいいぞ!ダスティン!」
「ははは!褒められると調子に乗ってしまいますよ!」
郷愁を振り切ってミライはダスティンを小突く。
揶揄いを含みつつも、尊敬の念を込めた言葉にダスティンも満更ではなく、2人とも機嫌良く食堂の扉を開け放てば暖かい空気が頬を撫でる。
そして赤い輝きも。
「ミライ様!」
「ひゃっ」
声を上げたダスティンが咄嗟にミライを抱えて食堂への入り口から飛び退けば、そこを煌々と輝く炎が通過して廊下の床から天井までを舐める。
暖かいどころではない輻射熱が2人を襲い、耳をつんざくような叫びが同時に聞こえて頭を覆う。
「これはまさか……」
「──竜!」
ダスティンが言い切る前に立ち上がったミライは吹き出す炎が止み、しかし燃え盛る木の扉の側を通って食堂へと飛び込む。
慌てて追いかけたダスティンが見たのはこれもまた赤。
先程自分達に向けて火を放ったのであろう飛竜がテーブルを踏み砕いて広間の様々な場所へと火を吐いている。
その傍では全身鎧の騎士達──竜騎士がミスルトの仲間達へ向けて双刃剣を振るっていた。
「ぐあっ!?」
「く、くそっなんで──うあぁ!」
「があぁ!?腕が……!」
数においてはミスルト勢が勝っているのだが。
しかし竜騎士はその双刃を振るうたびに2人を切って、囲めども前後左右に死角など存在しないかのように立ち回る。
まだ暖かい料理に、飲みかけの酒に血が降り注ぐ。
「馬鹿な……こんな事が……そうだ、ミライ様!ミライ様!」
震える唇が受け入れ難い状況への否定の言葉を紡ぎ、血溜まりに沈む隣人の姿に恐怖と……それ以上の怒りで我に帰ったダスティンは自分より先に飛び込んで行ったミライの姿を探す。
もはやこの広間は食堂としての面影はまるでなく、戦場の混乱が満ちた乱戦の有様。
しかしその中で彼女の銀髪はすぐに目に止まり、ダスティンは2本のショートソードを抜き払い駆け出す。
「大丈夫!?」
「ぐっ……す、すまねぇ。助かった」
ダスティンの先に居るミライは竜騎士に斬られ、戦う能力を失った兵士を必死に介抱しているのだが。
彼女も倒れた兵士も気付いていない。
2人に近づく赤い脅威に。
「ミライ様!後ろに──ッ!"アサルトステップ"!」
戦士団も兵士も不可視の力で薙ぎ払って進む赤い髪の男……リーヴへ向かって、ダスティンは下級スタンスクラスの【軽業師《アクロバット》】の前方への高速移動スキルを発動する。
速度の乗ったダスティンはそのまま剣を構え、続くスキルを発動させる。
「"ペネトレイト"!」
「ん?おぉ??」
刺突を構えて接近するダスティンに気が付いたリーヴは友人に挨拶でもするかのような気の抜けた動きで腕を上げ、右手に持った二又の刃を持つ短剣を攻撃の進路上に置く。
「なっ!?」
「あ?何?」
ただ置くだけ、それだけでダスティンの刺突は防がれる。
腕にはまるで力が入っておらず、そんな状態では勢いを受け止める事など出来ずに押し込まれようものだが。
実際は1ミリたりともリーヴを動かす事が出来ず、籠める力によってダスティンの持つショートソードの切先だけが震えて、ダスティンは驚愕の声を、リーヴは対照的に気の抜けた声を上げる。
「ダスティン!」
「え?ナニナニ?わざわざ格上狙いに行く理由なくない?」
拮抗ですらない児戯に付き合うように切り結んだ剣を振り回し、リーヴはダスティンへ致死の刃を振るう。
脱力し、力を抜いた腕はむしろ鞭のように加速してダスティンの反応速度の限界に迫るもの。
しかし2人は前身も後退もしない。
ダスティンの背後にはミライと、彼女の手当てを受ける瀕死の仲間が居る。
リーヴはただの気まぐれ、子供が戯れてきたから様子を見ている程度の行動。
鋭く空を裂く音が背筋をざわつかせ、ショートソードで必死に防いだその金属音が嫌に頭に響く。
「うおっと……」
「な、なんだぁ!?」
ダスティンとリーヴの攻防、その最中にまた別の戦いを繰り広げていた戦士がリーヴへ向けて後退し、道ですれ違うかのような気楽さでそれを避ける。
がしかし、軽く後退した背にぶつかるものがあった。
この乱戦だ、包囲する形の竜騎士はともかくユルドラ側に統率などなく、単独で突出していたリーヴにミスルト兵がぶつかるのも無理はない。
「丁度いいなぁ。使うよ」
「は?何を──があぁ!?」
リーヴは軽やかな身のこなしで避けた動きから、流れるようにその戦士の首根っこを掴み上げる。
万力のような力で首を締め上げてダスティンとの間に掲げると、手にした二又の短剣を戦士の背へと差し込み笑う。
「派手なもの見せてやろう!」
「ぐぅっ?がっ……ああぁあ!!」
背中を刺された戦士の尋常ではない苦悶の声の中に高音が響く。
まるで竜の叫びのような……その中の高音だけを抽出したような嫌な音。
「ああぁ!!!!嫌だぁぁぁ!!」
くぐもった中にあるその音の発信源が目から、鼻から耳から口から血を垂れ流す戦士……子供のように泣き叫ぶその男の内側から聞こえているのだと、絶句したダスティンが気付いた時には視界が赤く染まっていた。
「ばぁん!……面白くなかったか?」
弾けた人体の残骸が周囲に散らばる。
真正面からそれを受け止めたダスティンは首筋を這う生暖かいナメクジめいた感触に途方もない不快感を覚えて、呆然とした意識が急速に怖気に染まってゆく。
「な……は?」
「ホラ、笑えよ」
残る皮袋を投げ捨ててリーヴは剣を振るう。
特に技巧の籠らない、殴るような横振りはダスティンの頭部へと急速に接近し──
「っ!ぅあぁ!"リーピングアタック"!」
当たる寸前にスキルを使う分の正気を取り戻したダスティンが使用したのは【軽業師《アクロバット》】の上方への跳躍回避スキル。
続く一撃への威力補正も掛かるスキルでリーヴの上を取ったダスティンは落下の勢いを乗せて剣を振るう。
「"スラッシュ"!!」
二本の剣が加速して、リーヴの首を断とうと挟み込むように振り下ろされ──
「"エアプレッシャー"」
一瞥もくれることなく発動した魔法、圧縮された空気によって胸を打たれたダスティンは無慈悲に吹き飛ばされる。
まるで風に舞う枯葉のように床を転がり椅子やテーブルを破壊して……衝突によって勢いが殺された時にはかろうじて血を吐く余裕がある程度。
「やっぱこの程度かよ……雑魚潰すのも楽しいけどある程度歯応えねぇとな」
退屈そうに呟いたリーヴは次の獲物……ミライへ向けて歩き出す。
迫る脅威、濃密な死の気配に対してミライの身体は本能的に震え、しかし沸る闘志がそれを上回ってアイテムボックスから双刃剣を取り出す程度には身体の制御を取り戻している。
「はっ……はぁ!」
「なんで双刃剣持ってんだ?変な奴も居るもんだなぁ……ホラ!来いよ!やってみろ!掛かってこい!」
手を叩き、子供の相手をするような態度でミライを挑発し、しかしミライはそれに乗るような大胆さを本能的な恐怖で抑え込んでいた。
まるで動かない足はむしろ冷静さを取り戻すだけの時間をミライに与えて、敵を睨んで剣を強く握っていれば震えも少しは誤魔化せた。
「っ!やれる……私だって、やれる!」
「おうおう雑魚がいきがるねぇ!態度だけでも強がんないと立ってらんねぇんだろぉ?!」
「ああぁぁっ!」
それはスキルでもないただの斬撃。
練習していた上段からの振り下ろし。
しかしそんなものは強者からすれば付け焼き刃と何ら変わりはなく、リーヴは適当に短剣を振って双刃剣を弾く。
ミライは次々と斬撃を放つがその全てが鋭い金属音と共に弾かれて、しまいにはリーヴは退屈そうに欠伸すらしていた。
「弱わいなぁ……悲痛だ、こんな弱さはな。そら!もっと必死に打ち込まないとダメだろ?……そうだなぁ、ホラさっき治療してたヤツ!」
「っ……?」
ミライの背後には間に合わせの止血を施した戦士が横たわっている。
剣を油断なく構えつつ横目でそちらを見た瞬間、またもや甲高い叫び声のような音が響き……苦痛に歪むその表情のまま、戦士の首が転がった。
首からは血を垂れ流し、テラテラと噴水のように輝く首の向こうには深く刻まれた斬撃の跡が残っている。
救えたはずの命を無惨に殺された。
それを目の当たりにしたミライの内側で、何かが決壊したように感情が溢れて怒気が満ちる。
「な?油断するとさっき吹っ飛ばした彼も死んじゃうぞぉー」
「っ!……ッッ!!お前!お前はァ!」
怒りで再起したミライが恐れを捨てた、勇猛な突撃を敢行する。
力強く蹴り込み、腰の入った構えで加速するミライは床を掠めるような軌道で双刃剣を振り上げ、平服のリーヴを狙う。
「おいおい、やろうと思えば出来るじゃないかぁ!今後は気合い入れる用の雑魚でも準備しといたらどうだ?」
「命を!何だと思って──ッ!」
いなされ、躱され、防がれる。
どこへ当たっても有効打だと、ミライは狙いを絞らずに縦横無尽の斬撃を放っているのだが、それでもリーヴは猫じゃらしでも振る様な気の抜けた振り方で短剣をミライの攻撃に合わせるのだ。
「ハハハ!命ってのはぁ!消費するモンなんだよ!竜ですら魔力吸ってなきゃ死ぬんだからもっと使い道を意識していこうぜ!」
「私の命は私のもの!他人の命を奪う権利なんて無い!」
「なら今ブン回してる剣はなんなんだよ……ったくよぉ」
呆れる表情をしたリーヴの乱雑な前蹴りが放たれる。
剣よりは幾分鋭さのある一撃に、剣にすら対応しきれないミライが対応出来る筈もなく体をくの字に折り曲げて吹っ飛び呻く。
「ぐ……うぅ」
「なんでこう弱えヤツほど理屈を捏ねくり回すかねぇ」
ミライを見下ろしてリーヴはひとりごちる。
周囲を見回せば変わらず竜騎士達がミスルトの兵士や戦士を押し込んで、しかし逃げ場を失ったからこその死力が強い抵抗を生み出していた。
趨勢はドラゲンティアに。
しかしそれでもリーヴは満足出来ない。
「つまんねぇ、つまんねぇよなぁ……もっと遊びごたえ欲しいんだけどなぁ」
リーヴにとって戦う事、殺す事殺し合う事は遊びだ。
生まれ持った資質を鍛え上げ、強者と渡り合い全てを力でねじ伏せる。
そこにのみ生を実感する遊戯者。
この世界はリーヴにとっての
だからこそ飽きが来ないように遊び方を変えてみているのだが。
「人の、痛みを……思い知れッ"ファイアボルト"!」
「うん?」
一条の火が走る。
空を焼き、疾走する矢はリーヴの顔面へ吸い込まれるように飛翔して……またもや鳴り響く甲高い音と共に魔法は解かれる。
「〈竜髄〉!」
「〈叫鳴剣〉と言う。どうだ?威圧的で気に入ってんだ」
二又の刃が振動し、壁を作り刃を放つ。
それが〈叫鳴剣〉の力。
「まだ……!」
立ち上がり、再びリーヴへ突貫するミライは多少頭が冷えていた。
相手は格上、出来る事全てを出し切って限界を超えた力を発揮しなければならない。
そう意を決したところで、ミライの脳裏にはリットの言葉が浮かんでいた。
(相手が格上だろうと逃げるなんて出来ない。今ここで逃げてしまったら、きっとこの先も脅威に直面する度に逃げの選択肢が浮かんでしまう)
ミライは逃げたくない、目を背けたくない……理不尽や悲劇に立ち向かう事を理想として立っている。
竜禍という理不尽に対しても心の底から湧き上がる怒りが体を震わせて、ミライへ力をくれるのだ。
「"迸れ"……"ファイヤボルト"ッ!」
「詠唱で威力を底上げしたのか?──だがなぁ!」
魔法の発動には段階というものがある。
体内で自らの支配下に置いた魔力を放出し、炎や風などへと変換する。
そして完成した魔法が放たれる3段階。
詠唱とはこの変換の工程をサポートし、魔法をより強固なものにする技術だ。
戦闘で咄嗟に発動するには無詠唱の方が勝手が良いものの、それ以上の力を求めるならば魔力をより強く支配しなければならない。
ミライの言葉によってより強く燃え上がる魔法の矢は先程とは比べ物にならないスピードでリーヴの顔面へと飛び、再び〈叫鳴剣〉の力によって掻き消される。
甲高い音もそうだが、同じ事を繰り返すミライへとウンザリした様子のリーヴは顔を顰めて頭を掻く。
「ムダムダ。パワーもスピードもまるで足りない!それをなんでそう飽きずに──」
「ッッ!ハァッ!!」
魔法を目隠しに、裂帛の気合いと共に放つ斬撃は先程と同じ右下から放つ切り上げ。
リーヴはこれに呆れた様子で右手の短剣を緩慢な動作で防御に動かそうとし──
「"ファストスラッシュ"──ッ!」
ミライの剣が急加速する。
(ッ!既に一度見た動作!相手の慣れを利用する攻撃!良いじゃないか弱いなりに創意工夫がある!)
リーヴが爬虫類のように目を見開きニンマリと口元を歪ませる。
歓喜、それに満ちた表情で迫る双刃の一方を見つめて思考して……良い事を思い付いたと手を開く。
それは手刀。
ただの徒手空拳を双刃剣と打ち合わせ……しかし血の一滴すら落ちる事なく鍔迫り合った。
「この手と同格ってところかな?中々良いセンスしてるよキミ」
「アンタの称賛より潰れたカエルの鳴き声の方がまだ耳心地良いね」
鍔迫り合えば不利になる。
リットの教えを思い出し、ミライは剣を弾いて飛び退く。
リーヴは全く位置を変えないが、彼には〈叫鳴剣〉による遠距離斬撃がある。
(相手の底が見えない以上、全ての場所が相手の間合いと考えた方が良い)
容易く首を落とすあの力、喰らえばひとたまりもないとミライは首に冷たいものが走って胃が締め付けられる。
ひとつのミスで命を落とす。
積み重ねた訓練とは比べ物にならない痺れる様な緊張感。
(きっと、きっとリットは来てくれる……だから、死力を尽くして生き残る!)
ミライは再び魔力を集中させる。
今度は目眩しじゃない本当の攻撃。
練り上げるのはミライの最も強い、最も深くにある力。
「次はもっと火力を上げて──殺す為の力を使う。"ファイヤボルト"」
蒼炎が、揺らめく。
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