病弱VRMMOプレイヤーが竜の世界で第二の人生を手に入れたなら 作:相竹空区
「ヤバい!ヤバいヤバいぞ!?」
「まだ人が──!」
「悪いけど流石に余裕が無い!」
リットとミライは駆ける。
降り注ぐ天井、崩れ落ちる壁、新鮮な空気を吸い込んで燃え盛る炎。
その中をなんとか通り抜けられる道を探して肌に熱気を感じながら全力で走る。
広間を出て、燃える調度品や倒れた柱を飛び越えながら外へ向かって駆け抜けた先、辿り着いた城壁にはまだ火の手も破壊も手付かずだった。
「ここで少し落ち着こう……」
「はぁ、はぁ……ありがとうリット、助けてくれて」
「どういたしまして。ただこの先でトチると意味ないからね、どうしたものか……」
リットは城壁の淵に立って外を覗き込む。
夜の闇が深く、殆ど見渡す事が出来ないが今立つ場所が城門とは反対方向の断崖に面している事は分かった。
目が慣れてくるとゴツゴツとした剥き出しの岩壁のシルエットが見えてくるが、それを足掛かりに降りてゆくのは現実的ではない高さに思えてリットは少し立ちすくむ。
「あの敵味方入り乱れての大混乱だ。竜騎士達も帰ってくれると良いんだけどね」
「そうだね……あれ、リットそれ」
ミライが指差すのはリットの腰、ベルトに刺した〈拐乖棍〉。
聖騎士ユイツーからの戦利品として奪い取った〈竜髄〉だ。
「ああこれね。ミライが燃やしてくれるだろ?倒した聖騎士からぶん取ってきた」
「リットは案外クレバーだよねぇ。よしよし、任せなさい私がなんとかしましょうとも」
〈竜髄〉をミライに渡そうとしてリットは不意に、視界の端に映る薄紫に気が付く。
揺れる髪、艶やかな美貌。
そして腰に差した刀。
「あれは昼間の……」
互いに違うのは今は剣を身に付けている所。
反った刀身を収めた闇に紛れるような黒い鞘は紛れもなく日本刀の物。
(この世界で初めて日本刀見たな。プレイヤーが持ち込んでいる量が少ないのか?)
しかしリットの剣など然程珍しい物でも無いというのに、遠間にリットを見るその女は剣を……その鞘を凝視する。
そしてリットを見て、ミライを見る。
その手にある双刃剣も。
「マズい!!」
「──ッ!」
一瞬、驚愕を示した女の顔は更にその一瞬後にはリットの目の前に、刀越しにあった。
左手で剣を逆手に掴み、鞘から抜き切らずに刀に合わせた緊急防御にて不意の一刀を受け止めて、しかし押し込まれるリットはミライへ向けて叫ぶ。
「ミライ逃げろ!!」
「えっ、え……?」
「早くッ!」
有無を言わさぬリットの声が届いたミライは踵を返して駆けてゆき、姿は闇へと消えていった。
しかしそれを追うそぶりも見せず、襲撃者はリットと鍔迫り合って離れない。
ガリガリと擦れる刃と刃が火花を散らし、視線の交差が鎬を削る。
「昼間は隠していたのね。成る程、こちらが本気という訳」
「意味が分からないな。急に襲い掛かってきて失礼じゃないか?君はなんなんだ?」
「誰何するなら先に名乗るべきではなくて?」
「リットだ。よろしく頼むよ……!」
「そう。これから斬り捨てる人に名乗る名はないわ」
「既に君の事を嫌いになりつつある……!」
リットの蹴りが襲撃者を襲い、しかし機敏な身のこなしでアッサリと避けられて距離が空く。
リットはその隙に剣を抜き払い、敵の出方に注視する。
(得物は刀。打ち合った感じ重い一撃を入れるタイプじゃない。それなら鍔迫り合いで押し切られていただろう……つまりは高速剣の使い手、おそらくレベル100。ギリギリで気付けたから良かったものの、あの一撃は間違いなく致命の斬撃だった)
緊張で体を強張らせるリットとは反対に襲撃者は脱力して、下弦の月のように刀を下げたその構えとも見て取れる自然体でただ立っていた。
しかし一分の隙もなく張り巡らされた警戒は、どのような打ち込み方をしてもあの高速剣の迎撃が待ち構えているのだろうと感じさせる蜘蛛の巣のような恐ろしさ。
研ぎ澄まされた殺気を前に、リットは唾を飲む。
(……疲れたな。今日は動きすぎだろう。昼に亜竜と戦って夜は3?4連戦って肉体より先に精神が疲弊する)
しかし剣呑な、張り詰めた空気とは裏腹にリットはオーバーワークを嘆いていた。
内心の疲労が脱力を促し、ゆらりと構える。
思考と肉体が離れてゆき虚となったリットは意外にも打ち込む隙のない、あらゆる動作に無理のない形となって敵と相対する。
「──やるか」
あと一仕事、そんな気楽さで呟い言葉とは裏腹にリットは突如弾丸の如く加速して先手を取る。
しかし後手へと回った襲撃者は焦る事なく刀を回す。
水面を渡る波紋のように刀を振るい、リットの初撃へ合わせて凌ぐ。
打ち合っている様で実際には繊細に衝撃を受け流す、スキルの"化勁"のような動きを2度、3度と繰り返してリットの4連撃を見事に捌く。
「上手いな」
「敵に褒められても嬉しくはないものね」
「僕は誰に褒められても嬉しいけどな」
「なら自画自賛していればいいじゃない」
鋭い刺突がリットを襲い、しかし鍔で絡めとる様に軌道をかち上げ刀ごと押し込む。
上段から強引な力任せのパワープレイ。
それに拍車をかける様にリットはスキルも使用する。
「"フォールンスラスト"!」
「チッ……」
スキルにはこの様な使い方もある。
鍔迫り合いのダメ押しに、振り下ろされる刃を押し込む力が働いて擦れる刃が悲鳴を上げる。
剣身の厚さも幅も違うのだ。
力比べになったなら当然刀が不利となる。
だからこそ、この手合いは回避策を用意しておく。
「"円月"」
刀をぐるりと回して均衡を解いたこのスキルはシンプルな受け流し技。
振り下ろされる力を利用してそのまま逆らう事なく流れのままにすり抜けて、腰だめに刀を構えて放つのは連続剣。
「"雲裂"」
恐ろしいほど流麗で……見惚れるほどに冷徹な剣。
この高速の6連撃は【剣客《ケンカク》】のスキル。
リットの読み通りにこのクラスの特徴は高速で繰り出す斬撃にあるのだが。
水面の様に光を反射する刀が闇を切り裂き放った6回の攻撃、それは6度舞い散る火花の形で決着する。
「全て防いだ──!?」
「褒めていい行いだろ?」
自らより速い相手にリットは完璧な防御をこなしてみせた。
それはリットが【WoS】に存在する全てのスキルの挙動を把握しているから。
単純な知識、そして自分自身が刀を利用するクラスで戦った経験から実感している呼吸や間合い、それらを理解しているからこその高度な見切りがリットの持ち味なのだ。
「この技量、力量……やはり今ここで斬るしかないようね」
「なんで変なのにばっかり遭遇するんだ僕は……!」
闇の中に舞い散る線香花火のような光が、現れては消えてゆく。
散った光が消える前には次の光が現れて、これが殺し合いでなければ幻想的な美しさすら感じられる剣戟。
リットの剣は速く鋭い。
ただそれよりも数段襲撃者の刀の方が速く、しかしそれ故に剛剣にはなり得ない筈であるのだが。
(これだけ打ち合っても戦い方を変える様子が無い……?刀の耐久力ならマトモに打ち合うような使い方は避けたいはず。なのにまるでそのそぶりを見せない上に……刀には刃こぼれひとつ無い。魔法の武器か、これは)
暗闇の中、高速で振るわれるという悪条件の中でリットは打ち合うその一瞬を使って襲撃者の刀を観察していた。
【WoS】における装備の耐久力とは基本的に重量から求められるものだった。
金属塊のような重たい武器は耐久力が高く、レイピアの様な鋭く軽くした武器は耐久力が低い。
(武器の性能が根本から違えば【WoS】のセオリーも通用しないか……)
積極的に攻めて試行回数を増やす戦い方を行える高速剣、当たれば大ダメージが発生し防がれてもリスクを最小限に。
リットは舌を巻く。
これが【WoS】にあれば新たなビルド論が提唱されるのではと考えて、すぐにその考えを捨て去る。
目の前の敵はリットへ向けて刀を振おうと構えているのだから。
「"十文字"」
「横、縦か」
"十文字"は【侍《サムライ》】のシンプルな攻撃スキル。
その名の通り十文字を描く様に刀を2回振るう技であり、唯一の特徴は縦からでも横からでも発生する事が可能である点。
横から放つ"十文字"を見てリットはしっかりと横一文字を防ぎ、続く縦一文字に対しては上下を反転させた様に剣を構えて迎え撃つ。
「"ムーンライズ"!」
振り下ろされる剣と振り上げられる剣の交錯。
流石に魔法の剣といえどただでは済まない一合だと予測しての衝撃は、その寸前で呟かれた声によって発生しなかった。
「"蜻蛉返り"」
「ッ!無茶な使い方を!」
衝突ではなくもはや研磨に近く、振り上げられる剣へ対して柳の様にゆらりと軌道を揺らして刀を這わせる。
刃紋を削り取るのではないかと思うほどの火花の散り方をさせながら発動しているのは高速納刀スキル"蜻蛉返り"。
あらゆる動作に差し込んで納刀を行う事が可能なこのスキルはある攻撃の起点となる。
細い指が刀を操り、くるりと回して鞘へと戻す。
「"居合"──」
それは納刀時間に応じて威力が上昇するスキル。
コンマ1秒足りとも無駄にならない溜め時間。
「──今」
鞘を掴んだ左手、刀を握った右腕が同時に動く。
鞘を抜き、刀を振るい、腰を回す。
全てが滑らかでひとつの狂いもない美術品の様なその動きは、それ故に危険なのだとリットは理解している。
(剣は振り上げてしまっている。引き戻すか?スキルなら"ファストスラッシュ"……いや、それなら……)
集中の中で素早く思考して……リットは腰に伝わる暖かさに気が付いた。
それはこの戦い、それより前からリットへ魔力を供給していたもの。
スキルを使おうとも魔力切れしなかったのはこの……〈竜髄〉による賜物。
気が付いた時点では思考していなかった。
しかし無意識のうちにリットの左手はベルトから〈拐乖棍〉の片割れを引き出して正面へと構えていたのだ。
剣の勢いに乗って僅かに飛び上がりつつ、〈拐乖棍〉を刀の軌道に合わせて──
瞬間、衝撃が襲う。
「ッ!!」
「な、ぁ!?」
それは弾く力によって起きた事。
狙い違わず"居合"を防いだ〈拐乖棍〉はその力を働かせ、見事刀を弾くに至った。
それだけではない。
反発する力はリットを浮かせ、弾かれるようにして距離を取る。
これで振り出しに戻る形となった。
離れた距離は夜の帷によって遮られ、その表情の細かいところを読み取る事が難しい。
しかしそれでも、襲撃者の美しい瞳に宿る殺意は闇の中でよく見えた。
「〈竜髄〉……使うに足ると?」
「まぁ、悪くはない」
右手にバスタードソード──〈コンヴァーチブル〉、左手に〈竜髄〉──〈拐乖棍〉。
歪な二刀流にて迎え撃つのは居合、鞘の内に剣気を溜めて研ぎ澄ました必殺の剣。
「ならば、私も相応の技で──"コントラクトウェポン"」
剣と一体となり、剣気が全身を巡る。
満ち満ちたエネルギーは闇の中でハッキリとその姿を現して、一振りの剣の如き鋭さを持って威圧する。
(刀の"コントラクトウェポン"、そして居合というスタイルでこの距離だったらおそらく斬撃を飛ばす能力!)
完全に後手に回ったリットは相手の出方を予想して、そしてその対処法も素早く思い浮かべて体は動き出す。
(回避ってのは論外だ!相手は高速剣、避け切れるかは正直怪しい……!防御も悪くはないが武器自体に魔法なんかの不確定要素が多いからリスクになる。だったら──!)
リットはただ、剣を振り上げた体勢のまま腕を落とす。
スキルを発動する時間すら惜しいと、切先をただ敵へと……その刀へと向けるだけ。
「"コントラクトウェポン"ッ!」
暗闇にもうひとつの剣気が灯る。
心臓が拍動し全身を巡る血液が剣にまで伸びる様な感覚。
掌と剣との境が曖昧になり、熱いものが相互にやり取りされる高揚感。
(武器と一体になる感覚……成る程、これなら──!)
リットの全身を駆け巡る剣気は一点に、腕の先から伸びる愛剣〈コンヴァーチブル〉へと収束する。
剣身を満たす剣気は刃から這う様にその輝きを放ち、切先まで辿り着いて像を結ぶ。
効果はシンプルに剣身の延長。
光の刃が闇を切り裂き、リットの意思を届かせる。
「ッ!ぐっ……!?」
「徹ったか」
まともな攻撃とはいえない体勢で放たれた上に、相手も剣気を纏った状態だ。
しかし光刃は使い手の狙い違わず居合を構えるその右手、刀を握ったその手を打った。
威力としてはせいぜい手を血で濡らす程度のもの。
だがそれでも相手の呼吸を乱して必殺の発動を妨げるには事足りる。
「地味な使い方でこうもイラつかせるとは……!」
冷徹な殺意は熱い怒りへと変わってリットを射抜く。
手の甲を血で濡らしながら怒りの形相で睨む姿は恐ろしく……その姿が不意に照らされる。
「貴方は逃さない。私が望む事を聞き出すまではね……その、
「は……?ギデオン、紋章?この鞘の──ぐっ!?」
リットの胸に衝撃、痛み、あるいは衝動が走る。
視線を落とせばそこには赤い光、胸から放たれる心臓の拍動と同期した光が放たれていた。
襲撃者の女も同様だ。
青い光を胸に宿して、その光はどんどんと輝きを増して臨界へと近づいている。
「ぐっぅ……ここで"戦神化"するつもりか!?」
「いえ……少し付き合ってもらうわ」
胸を抑えてふらつくリットへ向けて襲撃者は一直線に駆ける。
夜の闇へ流星の如く青い光の尾を残して行った体当たり、リットと向かうのは城壁のその先……真っ暗な断崖の底。
「正気かよ……!?」
無理心中のような落ち方で空中で放り出されたリットは毒突き、心臓の熱さと全身を叩きつける冷たい空気に内心焦る。
リットと共に自由落下を楽しむ襲撃者は青い光に包まれて、その髪の色に近しい薄紫の戦神へと変わっていた。
剣を振る機能のみを追求してデザインした様な細く、飾り気のない人型の剣のようなその戦神は刀を断崖へ突き立てて落下速度を殺してリットを下方へ見送る。
「あら、せめて私の質問に答えられる程度の落ち方をして欲しいものね」
「あぁクソッやるしかない──ッ!」
このまま落ちれば即死だと、リットも腹を括って胸を突く衝動に身を委ねて光を待つ。
落ちる赤い光は奔流となり、掻き分けるように現れた戦神も剣を断崖へと突き立てる。
「レディを見上げるのは些か不躾ね」
「美人を受け止める役割を担っているのさ」
「遠慮しておきましょう。私は自分で立てるから」
岩壁を削る2条の傷跡は真っ直ぐ下まで伸びて、その終点で2体の戦神は相対する。
この場所が落石の危険のために居住区などにはせずに、広場となっていたのは幸運だろう。
この場に立っているのは戦神、戦の具現だ。
得物を手に、重々しい足音を響かせながら岩壁から離れ、間合いを確かめる様に一歩一歩を踏み締めて歩く。
「手脚を落としても死なないで。聞きたい事があるから」
「ギデオン……そしてこの紋章、このふたつが合わさると僕にはもう1人しか思い付かない。聞かせてもらうぞ必ず」
暗闇の中、赤い輝きを持つ戦神が剣を構える。
放つのは最速となる秘技。
切先が向けられた先、青い輝きを持つ戦神は刀を鞘へと納める。
静謐なせせらぎの様に穏やかで……その内には怒涛の力が渦巻き爆ぜる。
希しくも共に、高め、練り上げた力を一瞬の内に解放する構え。
後の先という言葉もある。
先に動く事が良いとも限らず、限界まで張り詰めた力を手の中に封じ込めて契機を待つ。
(まだ、まだだ……)
(今、まだ……もう少し……)
岩壁に刻まれた傷跡の、そこの僅かな隆起から、小石が……落ちた。
「──ッッ!」
「ハァッ──ッ!」
一歩踏み込み、張り詰めた弓から放たれた矢様に飛び出そうとし──
2人の間に巨岩が落ちた。
轟音、衝撃、視界を塞ぐ土埃。
鋼の体を細かく叩くそれらが晴れた時、落下してきた岩の姿が現れる。
否、それは岩ではない……黄金。
黄金の、太陽の如き輝ける戦神がそこに居た。
この場に現れた新たなる戦神、黄金のそれは2体の戦神の間に立ち、手のひらを向けて遮るように腕を広げている。
「双方納めよ!我等は敵ではない!!」
「なっ……シグルド!?」
「シグルド殿!?」
響く声は聞き馴染んだもの。
間に立つのはシグルド、黄金の戦神の正体だった。
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