病弱VRMMOプレイヤーが竜の世界で第二の人生を手に入れたなら 作:相竹空区
「さて、大変な事になったな……」
執務室の椅子に深々と腰掛けて、シグルドはこれもまた深くため息をひとつ吐いて眉間に皺を寄せる。
幸い燃えたり崩落したりといった破壊からは免れたものの、家探しの跡が明確に残る執務室にはシグルドを含めて5人が集まり……重苦しい空気を作り出していた。
「……おい、
頭を抱えてシグルドが指摘したのはリットと、彼を襲った女の間に走る緊張感や殺意などの不可視の攻防の事。
断崖の下でシグルドに戦いを止められてからもバチバチとその攻防は続いており、この執務室に来るまでに何人もその空気に当てられてギョッとした顔をさせていたのだ。
「ならば説明を。私はどうにも……気になるのです」
「モテる男は辛いな。流石に急に切り掛かってくる人は遠慮したいけど」
「話を混ぜっ返すのもやめろ……!全く……茶髪の男はリット、銀髪の女はミライ。共に亜竜退治の功労者で聖騎士と戦っているところを目撃されているから気になるなら聞きに行け」
太い指でリットを、ミライを指差してシグルドは一息に紹介を済ませる。
また混ぜっ返されては堪らないと水を一気に飲み下して喉を潤し、次は襲撃者……薄紫の髪の女を指差す。
「彼女はウィスタリア。都市連合からの客人だ」
「都市連合?へぇ……」
「ミスルトとは同盟関係……確かに先に切り掛かったのは私だけれど、あの場においては貴方方に責があるのでは?」
「おいおいシグルド、僕は何も言ってないからな」
「2人とも少し黙っていてくれ……そことそこの部屋の角に居ろ。爺とミライが間を塞げ」
「なんか猫の喧嘩みたいだね」
「引っ掻かれればタダではすみませんぞ」
部屋の中いたもう2人、殺気立つ2人から距離を取っていたブリンジャーとミライが呼び寄せられてリットとフリーゼは部屋の対角へ追いやられる。
腕を組み、部屋の空気を重くする家具と化した2人を見て、もう一度ため息を吐いたシグルドは重たい口を開く。
「さて……悪い話がふたつあってな。どちらも悪いから話す順番は俺が決めさせてもらう」
「それって城が滅茶苦茶になった今の状況よりも悪い感じ……?」
「圧倒的に悪い」
考える隙もなくそう断言したシグルドの表情は固く、唇は何度も言葉を紡ごうとしては固く結んで、これから話す事を受け入れきれていない様子だった。
手の中で空の杯を弄び、チラリとブリンジャーの顔を見て意を決する。
「まずは今日、2度の戦いで生き残った者達、本当に良かった。死んでいった者達は、決して忘れない。顔も名前も全てな」
「殿下のせいではありません。儂らは使命に従ったまで、殿下もそうされていたのでしょう?」
優しく笑うブリンジャーの顔は戦士の時はまるで違う、緩やかなもの。
ただの部下というだけではない。
シグルドを長年見守ってきた『爺』としての親心にも似たものが込められていた。
「いかんな、甘えたくなってしまうよ……さて、そうだな。俺の留守の理由についてまず話そう。俺は今日、隣の領まで行って来たんだ」
「隣?地理関係が分からないけど、にしては早い帰りだったね」
「本来ならばもっと遅くなる筈だった。間に合って良かったと心から思うな……」
シグルドは横目で部屋の角を見る。
戦神同士の戦いなど城下で起こってはたまったものではないと、間に合った事にホッとしていた。
「結果から言えばそれはドラゲンティアによる罠だった。俺をホワイトファングから遠く離し、戦力を削る為のな」
「私には話が見えたよ……つまりはそこでウィスタリアさんと会ったわけだ!」
「正解。ドラゲンティアの企みに気が付いた彼女がそれを俺に伝えてくれたんだ」
話題の俎上に上がった当人は変わらず腕を組んで壁にもたれかかっている。
目を閉じているように見えるが、その実警戒は微塵も解かずに即座に刀を抜く事が出来る状態だ。
だからこそリットは対角で眉を顰めているし、シグルドは頭痛に襲われる訳だが。
「さっきも言った通りウィスタリア殿は都市連合からの客人……そしてある役目を果たす為にミスルトへとやって来た」
「やけに勿体ぶるのは殿下自身が言いたくないからですかな?」
「あぁ、そうさ。だが言わねばならない。だから言う……彼女はミスルト内にドラゲンティアと内通している者が居ると考えている」
ミスルトと都市連合は同盟関係にある。
対ドラゲンティアで結ばれた協力関係でもあるこの同盟においてミスルトが得るものは安全。
都市連合が飲まれれば次はミスルトという分かりきった状況故に物資の提供などを行なって支援しているのだが。
仮にミスルトが裏切ったらどうなるか。
背後から刺される形になる都市連合からしたらたまったものではない。
だからこそ、そのような芽を摘む為にも都市連合はミスルト内の状況にも過剰なまでに気を配っていた。
「内通……でも確かにここまで竜騎士が来れたのは誰かの手引きがあったからって考えると納得だよね」
「飛竜は目立つからな。しかも数が多いとなれば尚更目立つ。更に言えば輸送を陸路で行ったのなら、人目を避けてエッチラオッチラ飛竜を歩かせるのは移動距離からして現実的じゃない。迅速な移動を行うならば街道を通らざるを得ず、となれば大型の貨物に偽装するなりして……なんにせよその為の人、物……あらゆる支援を取り付けているのだろうな」
「そんな相手をウィスタリアさんは追ってるんだ」
フリーゼは変わらず無表情で目を閉じている。
しかし、その内に熱く煮えたがるものがある事に気付ける者は気が付いた。
どこに発散出来るわけでもない怒りをただ閉じ込めておく事しか出来ない不甲斐なさすら無表情の殻の中に押し込めて……多少リットへ向けて漏れ出て彼は不快そうな顔をしている。
「内通者を探る作戦中、聖騎士に仲間を殺されたウィスタリア殿はその足跡を追い、俺に辿り着いた」
「アレらはシグルド殿下を誘い出す為に幾つもの策を張り巡らせていた。今日の襲撃の為ね」
「向こうに居る間、何度もちょっかいを掛けられてな。帰るのが遅れてしまった」
「ほう……敵は殿下を抑える程の強敵と」
「いや違うな。俺とウィスタリア殿の2人がかりでも軽くあしらう程の強敵だ」
シグルドはレベルにおいては100、ウィスタリアもリットと互角に渡り合う事からそこに並ぶ強さである事は明らかだろう。
だがしかし、その2人が相手でも軽くあしらうとは明らかに隔絶した実力を持った強者。
リットは思わず、身も知らない相手の底知れぬ存在へ……恐怖だろうか?
身体が震えるのを感じていた。
「へぇー……そういえばシグルドは命を狙われたんだから内通者から除外された訳じゃん!良かったね」
「眉を顰める者もいるだろうから言葉には気を付けた方がいいぞミライ……」
ミライの発言に苦笑しながら答えたシグルドは居住まいを正す。
ここまでが悪い話のひとつ目。
続くふたつ目を話すのにシグルドは言いづらそうにはしておらず、ただ相応しい態度というのを取ろうとしていた。
「さて、これから話すのがミライとリットを同席させた理由だ」
「あぁ、そういえばあたし達が居る意味よく分からなかったんだよね」
「客人を巻き込むのは憚られる話題だったな、すまなかった。だがこれから話す事には……ふたりの力が欲しかった」
そう言ってシグルドは部屋の隅に居るリットへ向けて手招きし、ミライの隣に立たせる。
ここまでは少し砕けた態度で話していたシグルドだったが、ここに来て纏いだした真剣さはまさしく王族のもの。
重苦しい空気はその質を変え、今目の前に居るのは立場ある人間なのだと自ずと伝わる厳かな空気へと変わる。
「ふたつ目の悪い話だが、これは南で止められていた情報をウィスタリア殿が伝えてくれたものだ……竜が、現れた」
「っ!場所は?」
「ドラゲンティアの南、常冬の山脈より北上しているそうだ」
ミライ場所を聞き、脳内に浮かべた地図で位置関係を整理する。
「遠いね。今から行って間に合うかどうか……」
「間に合いはするだろう。その竜はとてつもない牛歩らしく急げば十分に間に合うと」
「なるほど……それで?倒しに行くよね?」
「あぁ、当然だ。戦士団にはその義務がある……とはいえ死傷者が多く、万全とは言い難い状態で竜禍を退ける事が叶うかと言われれば難しいだろう」
「なら私も行く。竜禍を見過ごすわけにはいかないから」
ミライはシグルドを真っ直ぐに見据えて言ってのける。
竜と戦うなど死地に赴くと同じ事、命を捨てると言っているようなものだ。
「ミライ……それを頼もうと思ってはいたが、そんな簡単に──」
「簡単じゃない!あたしはその為に旅をしてるの。竜は、絶対に殺す」
覚悟を決めた戦士の顔。
シグルドはそれを数多見てきた。
共に戦う仲間達、死んでいった仲間達……それと同じ顔をしたミライを見てシグルドは面喰らい、それをさせた自分への不甲斐なさから自嘲の笑いが込み上げる。
「ありがとう。何より共に戦ってくれるその心が嬉しい。さてリット、もちろん無理は言わない──」
「やるよ、竜殺し」
「リット!そんな事まであたしに付き合わなくても……」
「だったら何の為に君について行ったのか分からないだろ?それに今日一日で知りたい事も随分と増えたんだ。もうこの旅は僕自身の意思で選択する旅に変わった。だから文句言われても知ったこっちゃない」
今度はリットが平然と言ってのけたそれに対して、ミライが言葉にし難い感情の渦巻きに囚われて唇を震わせている。
そして黙り込んでいたウィスタリアも前へと歩み出て口を開く。
「私も当然、参加するわ。ミスルトが竜によって滅びては元も子もないし……それにいくらなんでもタイミングが良すぎるでしょう?」
「あぁ、戦士団の戦力が削られた矢先に竜だ。何が待ち構えて居るのかは分からんが戦力が多いに越した事はない。本当にありがとう」
シグルドが大きな体を折り曲げて深々と頭を下げ、感謝を伝える。
竜退治とはそれ程の大事なのだ。
長く、頭を下げていた。
シグルドの言葉ひとつで大勢を死地に送り込む事になる。
当然それの先陣を切るのは彼自身ではあるが、これはその覚悟を決める時間でもあった。
「では、やるぞ。竜殺しを」
次の章から一章分を纏めて短期間に更新する形にしたいと思います。
一応次の章は7割くらい完成しているのですが、ブラッシュアップをしたいので少し更新まで時間が開くかもしれません。
ですが間を保たせる為に短い間話を幾つか投稿しつつ、という形でなんとか……