病弱VRMMOプレイヤーが竜の世界で第二の人生を手に入れたなら   作:相竹空区

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変更は早いうちに、という事でミライの一人称を「私」から「あたし」に変更しました。
キャラの書き分けの問題です。

24/6/20 一部書き換えと追加を行いました。


1-4 夜空

 

 四方を板張りにした部屋はランタンの暖色の明かりに照らされ、包み込むような居心地の良さを感じる事が出来る。

 ここはミライの家の一角、その今は使われていない部屋のひとつ。

 リットの今晩の寝床として提供されたその部屋は定期的な清掃が行われて、しばらく使われていないとは思えない程に清潔に保たれている。

 まるでいつでも使えるように。部屋の主を待つように。

 

「それじゃ、この父さんの部屋使っていいから。掃除してるから多分大丈夫なはず……」

「そこまで贅沢言わないさ。ありがとう、おやすみ」

「おやすみ。また明日ね、リット」

 

 そう言ってミライは扉を閉めて部屋にはリットひとりきり。

 リットは周囲を見回して今日の寝床を確認する。

 

「悪くない……調度品もユニークだ」

 

 木の温かみを感じる部屋を歩き回って何より最初に目に付くのが、部屋の目立つ場所に飾られた華やかな具足。時代劇で見るような具足はリットにも見覚えのある品だった。

 

「確かイベント報酬……そう、侍系統のクラス限定クエストの報酬だった。という事はミライのお父さんは侍系統のクラスを修めた、そしてビルドに組み込んだ〈プレイヤー〉か?」

 

 【WoS】におけるビルドとは下級、中級、上級の区分に分けられたクラスを上限100レベルをコストとしてその中で組み換えて作り上げるモノ。

 下級に10。中級20に上級は30。多くのプレイヤーが中級3つ派閥と上級2つ派閥に別れて議論していた事もリットにとっては懐かしく思えている。

 

「そうだ。スキルに関しても検証しないとな……少なくとも僕の【武王(ウェポンマスター)】のパッシブスキルは問題なく機能していたようだけど」

 

 リットがビルドの中核に定めたクラスは上級の【武王(ウェポンマスター)】。その特性は武器の扱いに長ける事。

 【WoS】のゲーム性自体が武器を扱う事の楽しさ、激しさを追求する事なのだから当たり前をコンセプトにするこのジョブが何を行えるのかと言えばそれは『武器種依存のスキルをどの武器でも発動出来るようになる事』にある。

 

 【WoS】のクラス及びスキルとは基本的に武器種に紐付くものであり、それぞれのクラスはどの武器を専門とするかの違いが最も大きい。

 剣のクラスなら剣のスキルを習得し、扱えるのは剣を装備した時。槍のクラスならば槍のスキルを習得して扱えるのは槍を装備した時となり、武器ありきでビルドが組まれる事になる。

 

 しかし【武王(ウェポンマスター)】は例外だ。

 パッシブスキルの"ウェポンマスタリー"により武器種の制限を受けないこのクラスは短剣でハンマーのスキルを、拳で槍のスキルを発動出来る。

 

 リットはこのスキルの恩恵を受ける為に全くバラバラの武器を扱うクラスを組み合わせたビルドで戦う。ミライを狙う騎士達を撃退する時に使ったスキルも本来は剣で発動出来ないものも混ざっていた。

 

「あぁそうだ。剣の手入れをしないといけないよな。こんなにリアルなんだし錆びるし欠けるかもしれない」

 

 思い出してリットはアイテムボックス──ベルトポーチの形をした外見をはるかに超える内容量を誇る収納用装備──を圧迫する消費アイテムの中から剣の手入れ道具を取り出して床に広げる。

 

「【WoS】では耐久バフが掛かるだけだったけど今はどうなんだ?食事のバフも気になるしステータスウインドウが見れないの凄く不便だ……」

 

 リットはベルトから鞘を外し、剣を抜いて輝く剣身を撫でる。

 柔らかい布で拭いてやれば鏡のように持ち主の顔を──【WoS】のアバターであるリットの顔を映し出す。

 丁寧に手入れするその剣、片手で扱うには長く大剣程は長くないバスタードソードは【WoS】のシステム的には複合武器とされる。

 大きく剣という武器種の中で、より細かな区分である片手剣と両手剣のスキルを両方扱う事が可能であり、それぞれのスキルの威力補正を行う数値のバランスも良かった。

 【武王(ウェポンマスター)】をビルドの中心に据えると決めた時、扱う武器に関して大いに迷ったリットはこのバスタードソードを選び【コンヴァーチブル】と名付け、鞘にはクランの紋章──3本の剣と月桂樹を模ったもの──を刻んだ。

 

 この剣は楽しかった冒険の思い出そのもの。作り上げるまで、そしてこの剣と共に歩んだ全てをリットはすぐにでも思い出す事が出来る。

 目を瞑って手の中にあるこの重さに宿るモノを懐かしめば時間はすぐに過ぎ去ってゆくだろう。

 

「ギデオンと一緒に作ったこの剣が、まだ手元にあるのは嬉しい……でもコイツがどんな事を出来るのかはしっかりと覚えておかないといけない」

 

 しかし自戒のため、本物の武器となったソレを見つめてリットが思い返すのは自らが斬った騎士達の姿。

 一層慎重にならなければならないとリットは気を引き締める。

 

「これからは破損しても簡単に直せないんだ。消耗品もどれだけ補充出来るのか……ミライの扱う薬草が【WoS】と近しい物ならポーションの補充は出来るか……?いやそもそもHPが見えないから──」

 

 【WoS】のシステムとリアリティのギャップに頭を悩ませながらリットは慣れた手つきで剣の手入れを終えて道具を片付ける。

 ゆっくりと慎重に剣を鞘へと収めてひと息。

 そうして、二の腕をさすってみたり、太ももをさすってみたり……落ち着きのない状態を見せて。

 

「だあぁっ!」

 

 ベッドへと背面跳び。

 当然スプリングなどなく硬い板がリットを受け止め鈍い音が部屋に響く。

 

「ぐぅっ……ったあ。はは!痛い、痛いけどこれは悪くない」

 

 別にこれはリットが痛みを喜ぶ趣向を持っているわけではなく、彼のパーソナルに由来する新鮮な驚きから来る反応だ。

 

「森の中じゃ気が休まらなくて、ただ生きる以外の事は考えられなかったけれど……今は違う」

 

 リットは天井へ向けて腕を伸ばす。

 細身ではあるが、確かな筋肉が備わった柔軟な腕だ。

 アバターとして作ったそれは、ゲームの再現が甘い五感では分かりづらかった細かな情報を絶えずリットの脳へと送り続ける。

 

「良い身体だ。全然苦しくならないし、きっと何処までも行ける」

 

 リットが【WoS】に入れ込んだのは、面白いゲームだったからだけでも、友人とプレイした思い出だけでもない。

 それはリットがリットになる前の、現実に理由があった。

 

「帰る方法がないんなら、これは新しい人生なんじゃないか?僕はあの、満足に動かす事も叶わない身体を脱ぎ捨てて、ここで──」

 

 リット──そのリアルの██にとって世界とは自室を中心とした自宅、そして病院の事だった。

 幼い頃からその2つを行き来して、もはや病室はふたつ目の自室とすら呼べるほど。

 まともに運動などした記憶はなく、ただ生きる為に生きているという余裕の無い人生だった。

 病からくる息苦しさの中で日々を過ごす██の生活が一変したのは、幼馴染に誘われて始めた【WoS】の世界へと足を踏み入れた瞬間から。

 仮想であれ、██の世界はベッドの上から大きく広がったのだ。

 ██にとっては【WoS】はただのゲームではなく、もうひとつの現実。

 肉体の束縛から解放された自分が居る場所。

 そんな世界が終わるかと思ったあの日から、なんの因果か██はリットとして生き始めた。

 

「これはチャンスだ。今まではどの選択にも枷があったけれど、今は僕が……自分の意思で人生を動かす事が出来るチャンス」

 

 伸ばした手を握りしめ、今を噛み締めてリットは呟く。

 

「ならまずは……星を見てみたい。ずっと憧れていたんだ。図鑑やテレビじゃなくて、本物の星を」

 

 思い立ったならすぐに行動しようと、ベッドから飛び起きて、リットは部屋の扉を開けて静かに廊下へと出る。

 ロウソクの火は既に消され、薄暗い木の床は足を乗せると僅かに軋む。

 極めて音の少ない家の中を歩くリットは少しの寂寥感に襲われた。

 

「機械の音がしないとこんなに静かなものか……本当に遠い所に来てしまったんだな」

 

 空調も何もなく、玄関を開けるとようやく鮮明に木々が風で揺れる音が聞こえる程度。

 清涼な風はリットの頬を撫でて自然の香りが鼻腔を抜ける。

 

「──はぁ。まだこの風の心地良さに飽きは来ないね」

「リット?どうしたの?」

 

 夜風を浴びるリットへと降ってくるミライの声。声の方へと振り返ると屋根の上に座って軽く手を振るミライの姿があった。

 

「何してるんだい?そんな場所で」

「星を見てるの。リットもおいでよ!」

 

 気さくに手招きしているミライを見て思わず苦笑するリット。

 

(おいでって言ってもなぁ……いや、この体なら行けるのか)

 

 自分の──アバターの身体能力を信じてリットはその場で少しばかり膝を曲げる。

 

「今行くよ!……ふッ!」

 

 息を吐き出して足に力を込めれば、人ならざる身体能力にてたちまち体は宙へと踊り出して屋根へと取り付く。

 リットはゲームとは違うリアルな、逆バンジーじみた跳躍に高鳴る心臓を抑えて傾斜した屋根を進む。

 

「やぁ、夜更かしかい?」

「うん。リットは枕が変わると眠れないタイプ?」

「いや、昼寝をしたから眠れないだけさ。隣で星を見てもいいかな?」

「どうぞ。ミライちゃんの隣は特等席ですよー」

「それでは失礼して……」

 

 ミライの横に座ってリットは胸を撫で下ろす。少しばかり残るの緊張をほぐす為に息を吐けば、空に広がる星空を眺める余裕も生まれてくる。

 

「綺麗だね。夜更かしした甲斐がある」

「父さんもよく星を見てたよ。故郷じゃ見えにくかったって」

 

 2人が無言のまま夜風と星空を楽しんでいるとミライが何度か話出そうとしては口をつぐみ、リットはただミライの言葉を待っていた。

 

「ごめん。今日は一緒にご飯食べてくれて嬉しいかったし楽しかった。でもね、あたしはリットを通して父さんを見ていた。あたしにも〈鋼の民〉の血は流れているけど父さんやリットみたいに武器を上手く扱えないし、人生の半分は父さんが居ない期間で思い出もどんどん薄れていく……まるで繋がりが絶たれたみたいで、そうなったら村の人達が言うみたいに父さんが酷い人だって思うんじゃないかって怖かった」

 

 悩んでいた分、一度出た言葉はとめどなく紡がれてミライの心中を明かす。

 家族はおらず、親しくとも認識の隔たりのある村人には明かさない心の内はむしろしがらみの無いリットには打ち明け安かったのだ。

 

「だからリットと会って家族3人で暮らしてた時の事思い返せて嬉しかった。でもそれは父さんと向き合う事とは違うでしょ?」

 

 在りし日に思いを馳せてミライは寂しげに笑う。

 

「だからね、あたしは旅に出るの。父さんを探して……そして母さんから託されたモノもある。この村にはもう居られない」

 

 ミライの強い意志の宿った瞳がリットと交差する。

 

「それでね、リット。良ければなんだけど……あたしの旅は父さんを探す旅でもあるわけだし、〈鋼の民〉の力もあると心強いし──」

 

 肝心な部分を切り出しあぐねたミライの言葉に重ねるように、リットが優しく語り掛ける。

 

「なら、僕をその旅に同道させてくれないかい?」

「いいの?本当に?」

「あぁ、これは僕から頼むべき事だ。君が何故あの騎士達に襲われていたのか、君の旅の終着点が何処なのか……きっと説明されても世間知らずの僕では分からないだろう。でもね、僕にとって君は同郷の仲間を探す手掛かり以上のガイドなんだよ。君は僕を森から出してくれて、ご飯をくれて、寝る場所をくれた。ならこの先も着いていけば上手くいくんじゃないかって思えるんだ。なにより君のその明るい性格ならね」

 

 少しばかり格好つけて、しかし本心を偽ることなく明かしたミライによく響く。

 互いに打ち明け合った言葉と心は、出会って間もない時間を十分に使って信頼を育み連帯感を2人の間に築いていた。

 

「本当は明日の朝にでも出て行くつもりだった。それでも良い?」

「大丈夫!なら夜更かしなんてしていられないからね、僕は寝るよ。改めて……おやすみミライ、また明日」

「うん、おやすみリット」

 

 屋根を滑り降りたリットの呻き声を聞きながら、ミライは月明かりに照らされる故郷を眺めて少しだけ夜更かしをした。

 




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