病弱VRMMOプレイヤーが竜の世界で第二の人生を手に入れたなら   作:相竹空区

40 / 53
3-8 暗中の竜

 

 夜の闇が枝葉に纏わりついて、やけに暗く見える森の奥。

 背の高い木々に囲まれたこの場所は、周囲からの視線を隠すにはうってつけだ。

 特に鎧姿の幾人もの騎士達と、騎乗用の器具を載せた飛行亜竜の姿を隠すには特に良い。

 鎧の関節ががぶつかる音も、ブラシを掛けられて騎竜が鳴らす喉の音も全てを森は覆い隠して漏らさない。

 この場所はミスルトの戦士団とドラゲンティアの聖騎士らが戦った場所より遠く離れた森の中。

 目的は達したと撤退したその先である。

 

 野営地を築いた所まではミスルトの戦士団と同じ。

 しかしその質が段違いに良い。

 雨風を一晩凌ぐテントというよりも、快適に生活するゲルのようなしっかりとした骨組みによって強固な構造を得た居住スペース。

 当然持ち運ぶにはあまりにも大きく嵩張るものだ。

 まして騎竜に乗って飛行するのならば可能な限り荷物は減らしたいところ。

 とはいえ休息の質が兵士の動きに如実に現れるのもまた事実。

 両立は出来ないそのふたつに対して、このドラゲンティアの精鋭達が選んだ答えはアイテムボックスで運ぶ、だった。

 しかしアイテムボックスという物はそう多く出回っている物ではない。

 この世界に伝来したのは〈プレイヤー〉の転移によって。

 それを解析し、様々な職人や魔法使いが模倣をしたが……それでも完璧な再現とは言えず、そして大変に高価だった。

 なにせ素材に竜種を用いなければならないのだ。

 一般家庭が所有したなら家宝と言っても差し支えない程。

 軍隊ならば兵站の面で多大な影響を与えるものの、金がかかり過ぎる点が如何ともし難く、頼り切るわけにもいかないので一部の精鋭の為に用立てる程度。

 

 だがドラゲンティアだけは違う。

 亜竜を飼い慣らし、自在に操る竜騎士を擁するドラゲンティアでは当然死を迎える騎竜も存在するのだ。

 それらの骨肉の一片たりとも無駄にせず、希少な資源は祖国の礎へと変える。

 それでも潤沢とは言い難い量ではあるが、それでも他国に比べれば圧倒的に竜種に纏わる資源が多いドラゲンティアは精鋭の集う一部隊を動かすのに人数分のアイテムボックスを用意する程度は可能であった。

 

 アイテムボックスには各種物資を詰め込んで敵地に潜み、必要な補給を最低限に抑える。

 騎竜やその為の飼料は、そもそもアイテムボックスに生物が入らない事や膨大な量が必要となる為に現地の協力者を利用……。

 この部隊は高いレベルで完結した精鋭だ。

 今は数を減らしたものの複数人の聖騎士が存在する時点で相当な戦力であり、指揮官であるラウルスは相当な自由を認められている。

 それは些か自由過ぎる聖騎士達をコントロールする為に与えられたゆとりでもあるのだが、彼の忠誠に相応しいモノを任されていると言って差し支えない。

 

 しかし今、ラウルスはその忠誠を試されている。

 外気を遮り魔法によって比較的に暖かく快適な温度を保たれた天幕の中央で、テーブルの上に置かれた水晶玉を前にラウルスは滂沱の如く汗を流していた。

 

「時間はまだ有る。どう説明する……!?閣下になんと申し上げればよいのだ!」

 

 腕を組み、落ち着きなくグルグルと歩き回って考えている事をそのまま口にして、ラウルスが待つのは定時連絡。

 使い手の限られた遠話の魔法をこの水晶玉にて受けて、遠方にいる()()への報告をする。

 普段のラウルスならば間違いの無い仕事ぶりによって忠を捧げている事を示す時間。

 ただ今のラウルスは普段よりも酷い状態だ。

 なにせ彼は昼間に〈竜髄〉を失っている。

 彼の主より直接賜ったあの剣を。

 それはラウルスにとって一大事だ。

 もし〈竜髄〉を失ったのが別の誰かであったのなら、ラウルスはその者の忠誠を疑うだろう。

 だからこそ、水晶玉が無数の色によって構成された複雑な光を放ち出した時には、より一層の汗と共に激しく膝を打つようにして跪いた。

 例え声だけであろうとも、形式というのは重要だと考えている為に。

 

「これは閣下!このラウルス、忠義に生きる者としてこの盾を賜った時より──」

 

 ラウルスが前口上から入ろうとしたのだが、しかし水晶玉の不思議な反響によって聞こえて来た声は彼の予想とは違うもの。

 甘ったるく纏わり付く煙のような、女の声だった。

 

「あらラウルス、ご機嫌麗しゅう」

「……ミセリアか?閣下はどうされた?」

「朱竜を見ていますわ。閣下の補佐官として、今はこのミセリアが報告を受けましょう」

「なに?これは……いや、直接閣下に──」

 

 言い淀むラウルスの様子に、声だけとはいえ普段とは異なる状態だと察したミセリアは楽しげにクスクス笑う。

 獲物を痛ぶり遊ぶ猫のような声色に、ラウルスは明確に不快さを表情に表した。

 

「まず、作戦は問題なく遂行出来たのかを聞くといたしましょうか。うふふ、閣下からの指示である〈プレイヤー〉とシグルド王子を生かす事。これはちゃあんと守れましたの?」

「当然でしょう。このラウルス、閣下から賜った御言葉は全て記憶している」

「あら気色の悪い。それでは被害のほどは?まさか〈竜髄〉をふたつ……いえ、みっつも預けられた覚えめでたいラウルス卿が、よもや2日続けて閣下より預けられた兵を失うなんてまさか……あり得ませんわよねぇ?」

 

 ミセリアがどれ程把握してこの言葉を発しているのかラウルスは分からなかったが、深く抉られるようなその言葉への回答はやはり詰まるものがある。

 前日には聖騎士ユイツーと〈拐乖棍〉を失っているのだから尚更だ。

 

「っ……聖騎士、竜騎士、騎竜に被害無し」

「あら素晴らしいこと。閣下もお喜びになられるでしょう」

「──そして、〈導斂剣〉を失った……っ!」

「……はぁ?」

 

 嫌味な言葉を繰り返したミセリアといえども流石に〈竜髄〉を失った事までは予想の範疇を超えていたのだろう。

 声には純粋な驚きと疑問が含まれていた。

 ラウルスはミセリアよりも経験が豊富かつ、常に完璧な戦果を上げる聖騎士の中でも指折りの猛者。

 それがこうも屈辱に塗れた報告をするのは流石に想定外だった。

 

「あら、あら……まあ、報告はわたくしからしておきましょう。弁明は直接どうぞ」

「貴様に言われるまでもない!忠誠が揺らいだわけではないと示さねば……!」

「ともかく、貴方方はそのまま合流地点まで。残りはまあ、放っておけばミスルトがなんとかするでしょう」

「……了解」

「ああ、それと。閣下がミスルトの〈竜髄〉の調子はどうか、と」

 

 その言葉を聞き、ラウルスは左腕に嵌めた黄金の腕輪を撫でる。

 ただ黄金というだけでなく、妖しげな光を湛えたそれを。

 

「問題ない。この〈竜髄〉は必ずや閣下の計画のお力になるだろう」

「重畳ですわね。それが分かれば閣下もお喜びになられるかと。極論、貴方とリーヴとイオリ以外は()()()と言って差し支えありませんもの」

 

 聖騎士はドラゲンティアをドラゲンティアたらしめる要素のひとつ。

 到底消耗品と言って良いものではない。

 〈竜髄〉にしても、それを持つ騎士にしても価値は計り知れないものがあるのだ。

 換えが効かない〈竜髄〉に加えて、それに相応しい使い手というのはそう見つかるものではない。

 〈竜髄〉は元が竜という独立した自意識のある生物である為に、それぞれの性格に基づいて使い手を選ぶのだ。

 それは何かしらの魔法の適正であったり、磨き上げた戦闘技術であるなど……様々あるそれらに適した人材の育成というのもドラゲンティアを強国たらしめている所以。

 しかし、それら育成リソースと〈竜髄〉を指して消耗品と、ミセリアはなんて事はないように言ってのけた。

 

「それでもユイツーは閣下に預けられた聖騎士だった……あの〈プレイヤー〉さえ居なければ」

「その〈プレイヤー〉に対して閣下は関心をお持ちのようですわ。くれぐれも殺さないように」

「分かっている!我々はこのまま合流地点まで向かう!」

「はいはい、それでは後日。わたくしは閣下と朱竜を見物してから合流いたしますわ」

 

 水晶が湛えていた光は消え失せ、天幕の中は沈黙に満たされた。

 心なしか肌寒く感じるような空気がラウルスの額を流れていた汗を冷やして、幾ばくかの余裕を取り戻させる。

 そうして思うのは今日受けた指令の事。

 そして今日受けた屈辱の事。

 

「〈プレイヤー〉……閣下を惑わせる匹夫が……」

 

 誰に届くこともなく、ラウルスの言葉は霧散する。

 その内に、嫉妬の炎を滾らせながら。

 

◆◆◆

 

 ミスルト南部、常冬の山脈はより現れた赤い粘体──朱竜はゆっくり、ゆっくりと北上していた。

 斜面を滑り落ちるように、しかし高い粘性でへばりつくように、雪を押し潰しながら。

 そのあまりに遅い動き故、近くの木立では鹿や鳥すらそう距離を離さずに草葉を食んでいる。

 そしてそれより遥かに距離を遠くして、人間も食事を摂る。

 現れた竜と思しき──竜の骨格が沈んだ赤い粘体などという得体の知れないモノは竜以外あり得ないのだが──ソレを絶えず監視するミスルトの二人組だ。

 

「アレ、どんくらい動きました?」

 

 若い男が鹿の燻製を齧りながら、監視を行う年嵩の同僚へと問い掛ける。

 

「ほんのちょびっとだな」

「いい加減飽きてきましたねぇ。このままじゃケツが凍っちまいますよ」

「動きが鈍い分には良いもんさ。ヤツのケツも凍ってるかもしれんからな!ワハハ!!」

 

 竜とは人を、国すら容易く滅ぼせるもの。

 それを前にして気の抜けるような会話をするのは、監視対象の牛歩が原因だった。

 監視を始めてから何週間か経とうというのに、この2人は監視地点を変えた回数は片手で数えられる程度で済んでいる。

 安全の為に遠くから監視……といっても日がな一日、雪山を流れ落ちる赤い粘体を背景に雑談しているだけなのだが、そんな適当な仕事ぶりでも問題が無い程には動きが遅い。

 

「なーんか変化とかないんスか?ドロドロの量増えてるとか」

「変化ァ?変化ねぇ……ホレ、ヤツの頭蓋骨にベタベタがくっつくようになったぜ」

「なんかスイートロールか蝋燭みたいっすよね。このままコーティングしてくと竜が完成するとか?」

「気がなげぇこった……おっ!ホレホレ、鹿が近づいてるぞ!」

 

 木の皮を食べていた若い鹿が、やはり人と同じで好奇心が強いのだろう、木立を抜けて竜へとゆっくり近づいている。

 深い雪に足を突き立て、一歩ずつ接近して……鼻先を粘体へと近づけた。

 

「……なんも起こんねぇのか?」

「バクッといくかと思ったんスけどね」

 

 気を引くような匂いはしなかったのだろう、鹿は踵を返して木立の中の群れへと戻ろうと一歩踏み出し──

 

 ──赤い一条が側を駆け抜けた。

 

 それは粘体溜まりから飛び出した剥き出しの筋肉のような触手の一本。

 瞬間的に木立へと打ち出されたそれは、迫る危機に気がつく暇もない鹿の群れを前に破裂……否、分裂。

 飛沫のように炸裂した触手はより小さく細い無数の触手へと変わって鹿を刺し穿つ。

 それはまるで投網のように広範囲に放たれて、それでいて鹿の群れを残らず捉える正確な一撃。

 それを視界に捉えていた若い鹿は声を上げて逃げ出そうとし……自らに掛かる影には気が付かなかった。

 波濤のように朱の粘体は鹿を呑み込み、触手はズルリズルリと鹿を引きずりながら引き戻される。

 

 ほんの僅かな数秒の内に起きたこの捕食の全体像を捉えていたミスルトの二人組は、唖然として目を見開く。

 それから言葉を取り戻したのは、危機を感じて木立から飛び立った無数の鳥を残らず触手が撃ち落とした光景を前に乾いた笑いが漏れた事からだった。

 

「な、なんかヤバそうじゃないスか?」

「ああ……でも俺らにやれる事なんざ交代が来るまで見てる事くれぇだろ……」

 

 人が呆然として見つめる先で、朱竜は声無き声を上げる。

 力を取り戻す歓喜、そして全身を苛む苦痛への悲鳴と怨嗟に。

 




よろしければ感想、評価、お気に入りなどいただけると嬉しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。