病弱VRMMOプレイヤーが竜の世界で第二の人生を手に入れたなら   作:相竹空区

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3-12 くすんだ赤

 

 衝突、衝撃。

 瞬間的に舞い散る火花と放たれる衝撃波。

 2体の戦神が衝突した余波は山を駆け抜けて木々に積もった雪が落ちてゆく。

 けたたましく鍔迫り合うリットとオフェルだが、現状に於いては互角。

 助走をつけていたリットに対し、重量で勝るオフェル。

 見事にその戦神のサイズに等しい長大な大剣にて一撃を受け止めたオフェルの本領はこれから。

 

「場所を変えさせてもらうぞ!」

 

 ガリリ、とオフェルの大剣が刃を滑らせる。

 より適した姿勢へ、振り抜く余地を確保せんと脚を開いて身を捩り……リットはその動きが何を狙っているのか気がついた。

 

「"ブランデッシュ"……!」

 

 オフェルのスキルが発動し、鍔迫り合いの拮抗は崩れる。

 大剣を水平に振るう強制力により、リットは戦神の超重量にも関わらず地面に深々と跡を残しながら押し除けられ始めた。

 【WoS】の法則に基づくのならばノックバック等の強制移動への抵抗力は総重量とENDから求められる。

 リットは比較的にENDが高く、装備でも強制移動に対するケアをしていたのだが。

 

(この押し込み具合はマズイ!装備かスキルが強制移動能力持ちなんだ!僕だけ弾き飛ばされたんじゃ意味がない!)

 

 オフェルの膂力(STR)、そしてスキルによる強制力がリットを動かす。

 この弾き飛ばされるまでの猶予を引き延ばすだけの鍔迫り合いではリットに勝ち目はなく、流れているはずがない冷や汗が流れているような錯覚に陥る。

 

(正面からまともに相手出来る敵じゃない!)

 

 ギリギリと金属が擦れ合い、胸の内で張り詰めるものが緊張を高めて限界に近づいた……その時。

 リットは不意に姿勢を一気に低くした。

 

(そんなに大きい剣じゃ振り直すのに時間かかるだろう!その間に──!)

 

 大剣の圧に抗う事をやめ、しゃがみ込むようにして斬撃を潜り抜ける。

 頭上で振り抜かれる剣圧を感じながらリットもスキルの発動準備を行う。

 意趣返しとなる一撃を。

 

「"ブランデッシュ"!」

 

 低い姿勢から放たれた横降りは遮るものなくオフェルの脇腹へと命中した。

 鐘のような激しくけたたましい音が鳴る。

 

「ぐっ!?だがぁ!」

 

 一撃受けたところで止まらない。

 オフェルは大剣を振り抜いた勢いでぐるりと一周振り回し、柄にてリットを引っ掛けるようにして跳ぶ。

 膂力で勝るオフェルはそのままリットを掬い上げて目指すは山道の端。

 生身で転がり落ちたならタダでは済まない急斜面へ向けて自分ごと飛び込んだ。

 

「これが望みなのだろう!乗ってやる!」

「ああクソ!戦神になると落ちる定めなのか!?」

 

 過酷な地形に慣れた獣すら足跡を残さない、まっさらな雪の上を2体の戦神が滑落してゆく。

 粉雪を舞上げ、深雪を押し潰し、雪崩のように。

 斜面に生えた細い木など小枝のようにへし折って、地面と金属質の身体が衝突する鈍い音が何度も響き……巨体を受け止めたのは雪にも負けず強く太く育った針葉樹林。

 衝撃を吸収する為に何本も盛大に折れて、樹齢幾年もの木々が倒れる山林の破壊と引き換えに2体の戦神は立ち上がり、向かい合う。

 

「この力……戦士団の一員ではないな?何故シグルド殿下に力を貸す?そちらが退けば後は何を気にする事もなく終わる筈だった。まだ遅くはない、退け」

「断る。そっちこそ既に当初の計画は滅茶苦茶なんだろう?なんでやけっぱちで強行するのかな」

「……そう簡単に変えられないんだよ」

 

 オフェルが地を踏み抜き距離を詰める。

 コースは最短。

 木々を薙ぎ倒しながら突き進む猛進で大剣は下段に構える。

 それを油断なく睨むリットの注意は一点、大剣の切先に向いていた。

 

(僕があの武器を使っていたなら初撃は──)

 

 十分な加速と共にオフェルが剣を振るい始める。

 防御を選択肢から排除させる強烈な一撃を予感させる攻撃の起こりは……切先が雪の中に埋まる事から始まった。

 

「やっぱりそう来るか!」

 

 そしてそのまま刃を倒して振り上げる。

 まるでスコップのように、雪かきのように。

 だが舞い上がられた雪の量は瞬間的な吹雪とも呼べるようなホワイトアウトを起こす程。

 

(そうだ。デカい一撃をメインに据えるなら僕でもこの手を使う……)

 

 白い煙幕に巻かれ、リットが真紅のオフェルの姿を見失ったその最中にも剣は振るわれ続けている。

 振り上げられそのままグルリと一回転。

 重量物を振り回した勢いのまま次の一撃に威力を乗せる。

 

「"アバランチ"ィ!」

「ッ!」

 

 リットの脳裏に浮かぶのはマズイ、の一言。

 全力で飛び退きつつ剣を盾に少しでも衝撃に備えようとして……剣圧が吹き荒れる。

 目隠しの回転の分の勢いが乗った一撃は空を斬り、しかしスキルが力を伝播した。

 それは範囲攻撃。

 剣圧に攻撃力を乗せる上級スキルが深雪を吹き飛ばし地面すら抉り取る爆発的な圧力を生み出し、リットはそれに揉まれて吹き飛ばされる。

 とはいえ直前に飛び退いた事で被害の程は軽微ではあるが。

 

「とんでもないパワーだ……!こんなに威力高いなんて、戦神になると感覚が狂う……!」

 

 リットは戦神の途方もない力に瞠目してひとりごちる。

 予想を遥かに超える被害規模はまさに雪崩のようにあらゆるものを剣圧にて押し流していた。

 オフェルの前には指向性を持った爆発でも起きたとかと思うような……実際に起きた事もそう違いはないのだが、まさに爆心地といった有様。

 衝撃の余韻に風が鳴る中、オフェルはゆっくりとリットへ向き直る。

 

「この一撃には自信があったんだがな……次は確実に仕留めてやろう」

「それは怖い。僕は別にアンタを殺したい訳じゃないし、そっちも加減出来ないかな?」

 

 オフェルの答えは再び大剣を振るう事。

 地が揺れる程に力強く踏み込んで風が唸りを上げる。

 圧倒的な猛進を前にリットが選ぶのは、敢えての真っ向勝負。

 同じように剣を構えて脅威の中へと踏み込んだ。

 

「"ファストスラッシュ"」

 

 そして発動するのは次の一撃の高速化スキル。

 オフェルの一撃が重いのならば、それより早く斬り抜ければ良いとすれ違いざまに一撃。

 キンッ、と甲高い音が鳴りリットは舌打ちをひとつ。

 

「チッ……硬すぎるだろう!」

「なら諦めるんだな……!"マイティストライク"!」

 

 スキルの発動によりオフェルの一撃が放つ圧が変わった。

 剣速も多少早くなり、通り抜けようとするリットの背に大剣が迫る。

 横目でそれを認めたリットは、僅かにも悩む事なく果断に振り返りながら剣を振るった。

 

「"ソードヴォーテックス"……!」

 

 戦神同士が切り結び、衝撃が森を駆け抜ける。

 木々が揺れ、枝に積もった雪が舞い落ち森の中に緑の一角がポツリと現れた。

 それ程の、衝撃。

 スキルによって発生する筈であった斬撃の渦も、剣撃による衝撃も、双方ががぶつかり合った事で弾けて散った。

 火花舞い踊る中心地で、リットは素早く思考を回し始める。

 

(なるほどな。典型的なタンクだ)

 

 他のゲームがそうであるように【WoS】にもタンクと呼ばれるものが存在した。

 それは防御に優れ、敵の注意を引き付ける。

 【WoS】でもそのような役割を担うタンクは、しかしヘイトを直接的に稼ぐ手段を持たなかった。

 与ダメージ量にてヘイトは上下するものの、全員がダメージディーラーならば殆ど均等にヘイトを稼ぎ、タンクは役割を果たせない。

 ならば何故タンクが集中的に狙われるかと言えば【WoS】のNPCもプレイヤーも同じように思考し狙う相手の優先順位を付けるからだ。

 AGIに優れた身軽な兵よりも、攻撃を受け止めつつ戦線を着実に押し上げ防御を食い破り突き進む相手の方が脅威となる。

 当たれば大きなダメージとなるが、そもそも攻撃が当たりずらいAGI型よりも重鈍な相手に攻撃を集中したい。

 【WoS】の戦闘とはそのように思考するものだったのだ。

 だからこそ、このオフェルは典型的なタンク型。

 高い防御力にて攻撃を受け止め、大剣の強烈な一撃により相手の防御を打ち破る。

 ノックバックにより相手の体勢を崩し、追撃のスキルで仕留める重戦車。

 

(聖騎士のクレメントと違って連撃で畳み掛けたところで喰らいながら強引に突破してくるだろう……やるんなら徹底的に打ち込み続けるか、そうじゃなきゃヒットアンドアウェイに徹するか)

 

 オフェルがリットの剣を弾き、再び攻撃の構えを取る。

 咄嗟に飛び退いたリットはしかし、オフェルの大剣の長大なリーチから逃れる事はできず攻撃に対して剣を添わせていなす。

 そうして数合凌ぎ合い……鋼の身体が温まりスキルの使用を考え始めた頃、リットが先んじて動いた。

 

「"ウインドミル"」

 

 リットの手の中で剣が弧を描いて回り出す。

 魔力によって押し出され、刃を風車の如く回して雪を巻き上げる。

 物理法則から離れた剣戟はオフェルを連続して打ち、立て続けに鎧を衝撃が襲う……が、しかし。

 マトモに入ったのは連続攻撃の最初の数発程度。

 あとの全てを剣に防がれる。

 

「"ペネトレイト"」

 

 防御の隙を狙って鋭く、素早く放った刺突もやはり、オフェルは剣の腹にて受け止めた。

 しかしリットはまだ止まらない。

 

「"フォールンスラスト"」

 

 大上段からの振り下ろし。

 小気味の良い冷涼な金属音が響き、大剣の背にて受け止められた。

 

(反応がやけに早いな)

 

 リットの剣速はスキルによって多少は速くなっている。

 にも関わらずオフェル防御は極めて的確。

 多少の遅れがあったのは最初のうちのみ。

 あとの攻撃は速度で劣るオフェルは軌道上に大剣を挟む事で防ぎ切っている。

 

(なら……これを試すか)

 

 ならば、とリットはそれを打ち破る為に身を翻す。

 剣を腰だめに構えて、一回転すると共にスキル名を叫んだ。

 

「ソード──!」

 

 オフェルの反応は早く、剣を構えて姿勢は低く防御を固めて……戦神の兜の下でリットがニヤリと笑う。

 

「"ムーンライズ"!」

 

 放ったのは回転攻撃ではなく斬り上げ。

 防御を下から掬い上げる強烈なアッパー。

 戦神の姿ではあるがオフェルの驚きと悔しさが通った視線から伺えた。

 

「"ランスチャージ"!」

 

 切先をオフェルの胸へと向けたリットは、そのまま身体ごと剣を突き込む。

 戦神の胸甲に突き立てられた刃は盛大な火花と擦過音を散らしながら差し込まれてゆき……しかし角度が浅く突き抜ける。

 防御も回避も間に合わないと理解したオフェルが当たる寸前で身を捩ったのだ。

 突き抜けた刃と共にリットはオフェルを通り抜け、加速の余韻と共に剣を払う。

 この短い攻防の中で得た情報をリットは頭の中で整理して、そしてウィスタリアの言葉を思い出していた。

 

「君、〈プレイヤー〉だろう。反応の速さで分かった」

「だからどうした。厄介な相手だな【武王(ウェポンマスター)】?確かにフェイントには驚いたが……それでも私はまだ生きているぞ。騎士オフェルは不屈だ。阻むものあれば薙ぎ倒し──」

 

 〈プレイヤー〉であると指摘する事でリット自身もプレイヤーだと認めているようなものなのだが、オフェルは相手の正体を意にも介さず、威圧する言葉を返すがリットはそれを遮って剣を構える。

 

「随分とこっちに馴染んでいるんだな。それらしい口上があったところで僕達はゲームプレイヤーだ。何が君をそうさせる?竜が迫る中でこんな戦いをして何の意味があるんだよ」

 

 吐き捨てるようにそう言って、しかしリットは剣を下ろさない。

 戦神の兜に灯った光が鋭く光り、闘志が絶えずに漲っていた。

 

「……意地だ。分かるだろう、負けたくないと思う気持ちが、勝ちたいと思う願望が。アウロラ様の為に騎士オフェルは負けられない──!」

 

 オフェルが一層強く踏み込んでリットへ迫る。

 振り上げた大剣を叩きつけ、薙ぎ払い、振り回す。

 どの一撃にも力が篭り、何より強い意志が乗ったもの。

 だがリットとて死ぬ訳にはいかないと懸命にいなし、躱し、防ぐ。

 迫る大剣を間近に躱しながらリットは叫ぶ。

 

「こんなの所詮遊びの延長だ!降って湧いて得た力で増長してるんだよ僕達は!」

 

 この数合の駆け引きでリットの胸の内には隠し難い程の楽しい、という感情があった。

 戦神の状態でなければ口角が思わず上がっていただろうという程に。

 これは戦闘中に感じる高揚によって生み出されたものなのかもしれない、戦いが終わった後には自己嫌悪に陥るかもしれないと思ってはいるがそれでも、今はそれに浸りながら……冷静に見る自分も居るのだ。

 

「力は力だ!俺の力!これで忠義を成す!」

「暴力を振るう理由を外に求めるのは楽だろうな!」

「お前には分からないだろう!都市連合の陰謀渦巻く中で、あの方だけが裏の無い純粋な善意で手を差し伸べてくれた!アウロラ様の理想の為に俺は──!」

 

 語気に合わせて強まるオフェルの剛剣を、リットの剣が打つ。

 軌道をズラし、死中に活を求めて間合いの内へと潜り込む。

 

「純粋だって!?陰謀を張り巡らせてその手はもう血塗れだ!今の状況だって竜が迫ってるのに人間同士で争ってどうしようもない!」

「お前ッ!」

 

 アウロラの事はオフェルにとって余程重要なのか、リットの言葉に苛立ちを露わにして大剣が苛烈に振るわれる。

 だがそれは如何に力強くとも感情任せの一撃であり……リットはその隙を見逃さなかった。

 

「"ラムホーンアタック"ッ!」

 

 剣を肩に当て、身体ごと押し付ける体当たり。

 戦神という巨大な鋼の塊を叩きつける一撃はオフェルへとまともに入る。

 金属同士が激しく打ち付ける音が響き、そして火花……魔力の赤い輝きも。

 

「くっ!?"戦神化"が解けるか!」

「行ける……!」

 

 オフェルは口惜しさを滲ませながらそう言って、戦神の姿は光の粒へと徐々に変わって形を崩し始めていた。

 攻撃を喰らいすぎた事で戦神を構成する魔力の結び付きが崩れ、形を維持出来なくなったのだ。

 このままではあと何秒もしないうちにオフェルの戦神は消え失せる。

 そうなれば残るリットがその圧倒的な力を使って勝利を掴むだろう。

 質量は明確な、目に見える強さでありリットの優勢は確かなもの……だがそれは、ここままオフェルの"戦神化"が解ければの話。

 そう、オフェルは不屈だった。

 

「ぐっ……ま、だァ!"アイアンレイド"!」

 

 体当たりによって吹き飛ばされる最中、大剣を強引に振り回しバランスを取る事でなんとか体勢を立て直したオフェルはスキルによって糸で引かれるようにリット元へと舞い戻る。

 

「まだ動けるのか!?避けられ──っ!」

 

 リットは驚愕しつつ、しかし避ける猶予は既に無い。

 大剣を腰だめに構えて速度の乗った一撃は、スキルを発動した直後のリットへと強かに打ち込まれた。

 森に再び激しい金属音が鳴り響く。

 鋼の身体をを駆け抜ける衝撃に苦悶を漏らし、リットの戦神も光の粒となって崩れてゆく。

 オフェルはスキルの発動どあっという間に戦神が崩壊し、リットも大きなダメージによって砂山が波に押し流されるように戦神が消え失せる。

 光の中から2人は放り出されるように現れ出てて、雪の上へと転がり込んだ。

 

「う……クソ、冷たいな。見誤ってなければ終わってた筈だろうに」

 

 雪原に拳を叩きつけるようにして身体を起こしたリットは自らの油断に苦いものを噛み締めていた。

 未だ慣れない"戦神化"の為にオフェルがどれ程戦える状態なのかを見誤った事が状況を再びイーブンに戻したのだ。

 それがなければ勝負は既に付いていたかもしれない。

 正面を見ればオフェルも真紅の鎧に雪を貼り付けてゆっくりと立ち上がっている。

 両者未だ健在。

 戦いはまだ終わっておらず、リットも立ち上がり脚を前へと進めて声を上げた。

 

「なあ……!これ以上やる意味があるのか!?その力はもっと別の事に使える筈だろ!」

 

 それに対してオフェルはウンザリした様子で頭を振って、雪を踏みしめながら吐き捨てるようにそれに応える。

 

「ああそうか!お前、人殺しが怖いのか!転移したてだな?日が浅いお前には分からないだろうがこの世界は残酷なんだ!殺さなければ殺される……!俺は既に大勢殺したぞ。相手が〈プレイヤー〉だろうと殺すのは訳ない」

「だからそれになんの意味があるんだって聞いてるんだよ!」

 

 2人は歩みを進め、徐々に距離が縮まってゆく。

 互いの剣の間合いに入ったなら、そこから戦いは再開される。

 一歩踏み出すごとに、緊張が高まる。

 

「この力はもう俺の一部だ!使い方は俺が決める!アウロラ様へ恩を返す!どうだ!?納得する使い道を提示してやればお前は力を捨てるとでも言うか!?」

「ああ!捨てられる訳ないだろ!こんなに走ったのも叫んだのもはじめてだ!この身体なら好きなものを食べられるし好きな場所に行ける!ただ健康な身体だけでも僕にとっては充分な贈り物だった!」

 

 そう言ってリットは胸を抑える。

 手のひらから伝わる心臓の拍動は一定のリズムを刻み、肺は冷たい空気で目一杯に膨らんで全身へ酸素を送るのに十分な機能を維持していた。

 "戦神化"にスキルと魔力を多く消費した為にのし掛かる様な倦怠感はあれども、その身体はまだまだ動き回る余力を残している。

 

「だからこんな力を急に渡されたって怖いんだよ!アンタは怖くなかったのか!?」

「恐れていては生きていけない!その点、武器を持てばスイッチ入るこの身体は便利だよなぁ!」

 

 彼我の距離は既に、高いステータスに任せれば簡単に詰められる程に縮まっていた。

 剣を握る力を強くして、流れる血が指先を温める。

 どこからでも斬りかかれると、筋肉が準備を始めて呼吸は鋭く。

 それらは無意識のうちに行われた戦いの準備。

 リットが意識せずとも、身体は戦いを求めて力強く命を燃やす。

 その後押しを受けてリットは進む。

 

「ああクソ……じゃあ、このままじゃこの国は割れる!それどころか竜がやって来れば国がなくなるかもしれないんだぞ!」

「転移したての余所者がこの国の何を知っている!?役に立たないお上の機嫌取り!面倒な要求ばかり突き付けてくる地方貴族との折衝!面倒な全てを積み上げてきた計画を高々ひとつふたつのイレギュラーに壊されてたまるものかよ!」

「こっちだって親切にしてくれたシグルドや戦士団の人達を殺させてたまるか……!」

 

 残り一足でオフェルの間合い、さらにもう一足踏み込まなければリットの間合いには入らない。

 その距離をオフェルが振るよりも速く詰めればリットの剣がオフェルの首を捉えるだろう。

 リーチの差は明確なアドバンテージ。

 攻防共に優れる大剣だが、だからこそ致命的な欠点がひとつ。

 それは取り回しの悪さ。

 如何にリーチに優れようとも、振り始めからトップスピードに至るまでの遅さを念頭に置いて扱わなければリーチは活かせない。

 だからこそ、オフェルの間合いに踏み込んでからのリットの動きは速かった。

 

「"ファストスラッシュ"……"ソニックエッジ"」

 

 二重に重ねた速度バフによりリットの剣速は瞬間的に最高速へと達し、その像をブレさせる。

 だがしかし、それでもまだ足りない。

 幾ら剣が速かろうとも、それを振るうリット自身の踏み込みが甘ければオフェルへと刃を届ける事は出来ず──

 

(焦ったな!その距離からでは移動系スキルを使おうとも大剣がお前を捉える方が早い!)

 

 オフェルは大剣の軌道上に入ったリットへの痛打を確信して腕に力を込めた。

 このままいけばオフェルの大剣はリットへ深く斬り込んで勝負は決する。

 リットの斬撃オフェルの間合いの内に潜り込む事が出来ずにせいぜいで大剣を振るって伸ばした腕止まり。

 剣が巻き上げる風の音の中でオフェルは勝利を確信し……リットは更にスキルを唱える。

 

「"クラッシュブロウ"」

 

 それはオブジェクト及び装備へのダメージ増強スキル。

 鍛え上げられた装備は容易く破壊出来るものではないが、それでも──

 

(違う!そうか最初から狙いは──)

 

 ──腕を強く打てば武器を取り落とすくらいはするものだ。

 

 森に響き渡る衝突音。

 しかしそれは鍋を鳴らしたような、いくらか衝撃が逃げて破壊には至らなかった金属音。

 そしてそれに重なった、固く小さな音も。

 小手を打ち、大剣を弾いた音だった。

 

「勝負アリ、だ」

 

 衝撃で雪の上に転がったオフェルへと、リットが剣を向ける。

 リットは最初から殺す気など、剣撃をオフェルへと届ける気などなかったのだ。

 それによって必要な踏み込みも浅く済む事を殺す気のオフェルは気がつく事が出来なかった。

 そして何より、自分自身の能力の低下も。

 

 オフェルの戦い方は雑だったのだ。

 無理もない、この世界では大概の敵はオフェルがゴリ押せば倒せてしまう。

 何よりオフェルのビルドがそのような戦い方に向いていた。

 防御を活かして突撃して、スキルを使って敵を薙ぎ倒す。

 ただそれだけで良いのだ。

 強く当たればそれだけで真価を発揮する事が出来るのに、そこに技巧を挟む余地がある戦いなどそう多く経験するものではない。

 

 だからこそリットが勝利した。

 リットの主観では【WoS】にてPvPに精を出したのはつい最近の事。

 実戦経験という言葉においてはオフェルが圧倒的に勝るはずなのに、まさにその経験によってオフェルは敗北したのだ。

 

「ああそうだ。俺の負けだな……まさかこんなに老いているとは……」

 

 仰向けで、どんよりと曇った空を眺めるオフェルはゆっくりと息を吸い、そして吐く。

 胸の内には重々しく負けた事への悔恨がのし掛かり、深く呼吸をする度に主張を強めるそれを認めなくてはならなかった。

 

「負けた……負け、か。騎士オフェルがな」

 

 脳内で反響するそれを口にしたのなら、やはり一段と強く意識してしまう。

 自分は負けたのだと、オフェルは認めて重い身体を雪へと預けるままにした。

 

「はぁ……笑えるだろう、騎士オフェルなんて」

 

 身体を楽な姿勢にして心まで楽にしようとしているのか、オフェルは自嘲的な口調で話し出す。

  

「異世界に転移したなら、誰だって自分が主人公だと思うだろう?なのに都市連合は本当に酷い場所なんだ。裏切りに策謀に……俺も何度も殺されかけて、だけどあの人は助けてくれた」

 

 オフェルが転移したのは都市連合でも特に酷い場所だった。

 ドラゲンティアとの戦争が間近にあり、それでいて敵とは隣人を指すような疑心暗鬼に満ちた場所。

 明日を生きる糧を抱えていては、いつ奪われて……殺されるかも分からないような場所でオフェルはその力を振るって生き延びた。

 環境に適応しなければ死んでしまうと、周りに染まるように彼自身も疑心暗鬼を心に根付かせ今日を生きるのに必死になっていた時に、ある少女と出会ったのだ。

 貴族令嬢である彼女はまさに温室育ちといった純粋さ故に外の世界を生きるにはあまりにも儚く脆く、オフェルはそれを守る事で自分の心をも守ろうとした。

 かつて自分が持っていた優しさやモラルといったものを取り戻そうとして、その少女……かつてのアウロラもオフェルの内にある優しさを見て、自らの騎士と呼んだ。

 その騎士としての人生を振り返り、オフェルは懐かしげに呟く。

 

「もう20年近くなるか。アウロラ様の騎士となって恩を返そうと思ったんだ。それが俺の全てだったというのに……結局これだ」

 

 オフェルはアウロラを主と定めてから一度も負けた事がなく、それにより騎士オフェルという仮面をより強固にしていたのだ。

 忠誠がこの異世界で彼の心を守るものだった。

 辛くともそれが支えになり、糧になった。

 だからこそ、敗北でそれに泥を塗ったのなら……オフェルが想起した記憶は今へ、最期の時に至る。

 

「じゃあ……あとはもう、終わらせてくれ」

 

 人生を回顧し、自ら走馬灯を見たオフェルは幕引きを迎える心の準備が整った。

 目を瞑れば思い返す出来事が幾つもあるが、ここが人生の終わりだという納得がある……のだが。

 待てども一向に頸を走る刃も胸を刺すものも無い為に、怪訝さと共に目を開ける。

 しかしリットは腕を下ろして切先は地面に向けて、とどめを刺す様子は微塵も無かった。

 

「何をしている。殺せ」

「嫌だ」

 

 リットは断固とした意志でオフェルの要求を跳ね除ける。

 それがまるっきりの予想外だったようで、オフェルは意図を計りかねていた。

 

「辱めようという魂胆か?」

「違うよ……人を殺すと嫌な気分になる。分かるだろ?」

 

 リットは軽く笑って見せ……しかしその顔には今にも溢れ出しそうな感情が、堰のギリギリにまで高まり溢れ出しそうになっている。

 リットの反応にオフェルは驚いて目を見開き、そして思い出したように呟く。

 

「──そう、だな。そうだった……人が死ぬと、悲しくて、辛いものだったな……」

 

 兜の内側で反響し、自分の耳朶を叩いた言葉を噛み締めてオフェルは一度失い、そして取り戻した筈のものを思い出していた。

 アウロラによって再度獲得した筈の人間性を、どうしてか失ってしまっている状況に深く溜め息を吐き、重々しく身体を起こして兜を外す。

 白髪混じりの黒髪に、疲れが色濃く反映された顔。

 しかし兜を外したそれだけで騎士オフェルという強く押し固めた仮面を外し、重責をも降ろせたようで表情から憑き物が落ちたようだ。

 

「俺はブラック企業に勤めるサラリーマンだったんだ。なんとか意地でサービス終了に合わせて退勤して、滑り込む様にログインした……そして気がついたら異世界さ。俺はあのまま死んで、異世界転移した唯一無二の特別な存在なんだと思ってた」

 

 オフェルは訥々と、自分のの事を語りだす。

 それは転移してから20年で背負い続けた多くの荷物を整理する、1番最初の作業だった。

 

「それが他にもプレイヤーが居ると知ってガッカリしたなぁ……別に自分は特別な存在なんかじゃないってさぁ」

 

 そしてそれはリットも辿るかもしれない道のひとつだ。

 楽しいセカンドライフの地として捉えるには難しいこの世界への落胆は、今のリットも抱いているもの。

 だがその性質が違うのだ。

 

「いや。僕達のこの力は人を害するのに余りある、十分に特別な力だよ」

 

 その言葉にハッとして、オフェルは視線を彷徨わせる。

 

「──そうか……そう、だったな。そうだった。たかだか20年程度で人を傷つける事に……殺す事に何の躊躇も持たなくなっていた。仕方ないとかそういんじゃなくて、もっと……」

 

 不意に湧き上がった後悔、恐れ、不安にワナワナと震えてオフェルは顔を覆う。

 今まで人生を省みる余裕も無かったオフェルだが、敗北によって足を止めた事で今まで考えた事もなかった多くを考える余裕が生まれたのだ。

 それで真っ先に抱いたのが、それら呼吸を妨げるような重苦しいモノ。

 顔を拭えば取り除けるような気がしてオフェルは顔を何度か擦ってみるが、変わらない。

 そんな事を繰り返すオフェルの眼前に、リットは手を差し出した。

 

「なら恩人にそんな事させちゃいけない。だからさ、もっとマシな終わり方を探せないかな?少なくとも人死にが減るような」

 

 オフェルは差し出されたその手を見て、掴もうと手を伸ばしたが……躊躇ったような動きを見せて、手を下ろす。

 

「いや、自分で立てる。寄り掛かっていては駄目なんだな……ようやくそんな事に気が付けた。俺が忠義に寄り掛かっていたからアウロラ様はひとりで戦う事になって、こんな状況になったんだ。俺がお支えしなくてはな、騎士オフェルが」

 

 兜を小脇に抱えてオフェルがゆっくりと立ち上がる。

 真紅の鎧から雪が落ち、雲間から差し込む光を反射して輝く。

 兜を被って寡黙な状態よりも迫力では劣るが、今の騎士オフェルは人間として余程生き生きとしている様子だ。

 

「カッコいいよ、騎士様」

「揶揄うなよ。そら、行くんだろう?」

「ああ、最悪じゃなければ上々なんだ。マシな決着を探しに行こう!」

 

 リットとオフェルは頷きあって、王都へ向けて歩みを進める。

 目指すは王城、王妃アウロラの元。

 リットは旅の中で出会った友を助ける為。

 オフェルは忠義の為。

 




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