病弱VRMMOプレイヤーが竜の世界で第二の人生を手に入れたなら   作:相竹空区

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3-15 心の向く先

 

 会議はつつがなく終わった。

 朱竜の迎撃地点を定め、各戦力の配置に物資や兵力の輸送計画まで。

 内容においてはそう。

 しかし会議の最中はミライというある種の異物に誰もが意識を取られ、ただ黙して立っているだけにも関わらず薄氷の上を渡るような緊張感に満ちていたのだ。

 

 リットはその間一度も発言せずただ傍観に徹していた。

 わざわざ発言してまで表明するような考えも無かったし、辺りを満たす濃密な緊張に窒息しそうな気分だったせいでもある。

 会議が無事に終わって石像のように固まった人々が動き出した時、リットは未だ緊張の余韻に引きずられて浅く呼吸を繰り返していた。

 

「緊張するな」

 

 ポツリと呟いた言葉を受け取る者は居ない。

 各々の役割を果たす為、部屋のあちこちで言葉を交わす騒めきの中でリットはひとり。

 不可視の壁があるように、ただひとりの静寂の中にある。

 だからこそ、均一にならされて耳に入る音の中に少し違った質感のものがある事に気が付いた。

 

「しかし竜と人の間の子とは……」

「これはまた珍しいものが現れた事だ」

 

 嫌なものを含んだ言葉を耳にして、リットは自らの事でもないのに身体を強張らせた。

 視界の端に映る貴族然とした服装の2人の会話が意識せずとも入って来てしまう。

 

「竜の中には言語を解するモノも居るとは聞きますが、彼女もその一種でよいのでしょうか?」

「言葉が通じるからと言って考えを共有出来るとは限らん。この戦いで問題なく歩調を合わせる事が出来るのならばよいが……」

 

 それは無知から来る恐れ。

 知らないからこそ想像を重ねる事でしか恐怖を紛らわす事が出来ない。

 

「見た目が人でも竜なのでしょう?実際どの程度伝わっているのやら」

「後ろから火でも吹かれては堪ったものではないな」

 

 最悪を想定するのもまた人の機能の内だろう。

 そうやって備えていたからこそ、遥かな先祖からこうして今日まで生き延びて来たのだから。

 だがしかし、それ以上は好奇や嘲笑が多くなり過ぎる。

 

「母親が竜でしたか」

「つまりは竜を()()()()()勇者が居たという事だなぁ」

「くくくっ……」

 

 思わず溢れた下卑た笑いと共にそんな事を話すその近くに、まさか当人が居るとは思いもしなかったのだろうか。

 亡霊のように佇むミライはその顔から表情を落とし、ただそこに居るだけといった様子でそれを聞いていた。

 何かを言い返そうともせず、ただじっと動かずに蒼い瞳で貴族の二人組を見ている事に……彼らも今気が付いた。

 

「ひっ……」

「な、何を見ているか──!」

 

 反射的に無礼でも正そうと声を上げかけて、相手が竜である事を思い出す。

 どのように嘲っても、相手は竜。

 直後に機嫌を損ねて縊り殺されるかもしれないと、高めた意気を消沈させる。

 その間もミライは身じろぎひとつせず、ただ無言のままだった。

 

「──おい、言ったはずだ。彼女は俺の客人、礼を失する事は許さん」

 

 いつの間にか室内を満たしていた気まずい沈黙を破ったのは大きな身体を割り込ませたシグルドだった。

 厳しく睨み付け、ミライを庇うのは彼の正義感かあるいは出生にまつわる彼の共感によるものか。

 どちらにしろシグルドによって口さがない二人組は完全に縮こまり、周囲に音が取り戻される。

 

 その一部始終を距離を置いて眺めていたリットは、ようやく首を動かして周囲を見回しはたと気がつく。

 

「……ミライ?」

 

 ミライは姿を消してしまった。

 人の影に隠れていないかと見知った顔の周囲から探し初めて見つからず、ウロウロと歩き出しても見つからず。

 徐々に焦りの水位が上がり早足になり始めた時、リットは部屋を飛び出していた。

 

「何処に……」

 

 城の広く荘厳な廊下を見回してもミライの後ろ姿は無く、どの方向へ向かえば良いのかも分からず焦燥に駆られていると背後から声を掛けられた。

 

「あ……リット」

「ん?なんだい?君に名前呼ばれたの初めてな気がするよ」

 

 声の主はウィスタリア。

 普段は動かさない眉尻を僅かに下げて遠慮がちにリットを呼び止める。

 

「いえ、その。彼女は……人は生まれだけじゃない。その人自身が歩んで来た道のりが形作るものよ。だから──」

「分からないな。僕はなんせ竜ってのを見た事ないんだ。偏見もクソもないよ」

 

 そう言い残し、リットは当てもなく廊下を小走りで駆け出す。

 

(それにしても彼女がミライを気遣うとは意外だな。価値を見出して取り入ろうと……?いや、それなら僕を行かせる必要ないか)

 

 ウィスタリアが見せた優しさに少しの違和感を抱きつつリットは広い城内を歩いて回った。

 しかし中々見つからず、頭を回したリットは足早に動き出す。

 闇雲ではなく、明確に目的地を定めて。

 

◆◆◆

 

 王城の淵、冷たい空気が吹き付ける外回廊にミライの姿はあった。

 風雪に銀の髪を靡かせて、それより余程冷たい蒼の瞳が遠くを見つめる。

 ただひとり、静かに。

 

「やあミライ」

 

 だがリットがそれを打ち破った。

 ミライの隣に立って、冷たい空気を吸い込み堪能する。

 

「ホワイトファングはここまで冷たくなかったけど、ここの風も良いね」

 

 リットがこの場所を見つけたのは自分がひとりで考え込みたくなったホワイトファングのあの夜の事を思い出したからだった。

 

「君がそこまで黙っているのは珍しい」

「……別に。あたしはそんな明るい性格じゃない、ただ取り繕ってただけ」

「まあ、人なら大なり小なり取り繕うさ。僕だってそうだ」

「あたしはヒトの範疇かな?」

 

 いじけたような言葉尻を捕まえた言葉を発するミライだが、その表情はいたって真剣な自らへの問い掛けだった。

 それを見て少し困ったリットは「そうだなぁ」と前置きして、訥々と心の奥へと潜りだす。

 

「僕はね、落胆してるんだ。ずっと世界を見てみたかった。信じられないかもしれないけれど、僕は〈鋼の民〉のリットになる前はか弱い……本当に弱い存在だったんだ」

 

 それはリットのリアルの話。

 今では異世界の話とでも言えるような遠い場所の話だった。

 

「こんな寒いのに外に出るなんてした事なかったし、全力で走るなんて考えた事もない。毎日身体の事に気を遣った歯応えのない食事をして、夢ばかりを見ていたんだ」

 

 リットにとって【WoS】は夢だった。

 一時見れる素敵な世界。

 そこでは思うままに身体を動かし、胸が躍る冒険に飛び出す事が出来た。

 健全とは言えない状態ではあるが現実とゲームの比率は殆ど同じ、或いはゲームの方が大きくなるまでのめり込んだ。

 『リット』とはただのプレイヤー名ではなく、自分自身を示す名として本名よりもよほど馴染むほどだった。

 

「本当ならリットは死んで、僕はあの身体に引き戻される筈だったんだけど……でも僕はこうしてリットになった」

 

 だからこそ転移の後には元の世界への未練より新たな人生への期待が勝った。

 

「憧れていた強い身体さ。思う存分走り回れる!力が強くて全部自分でなんとか出来るから人に申し訳なく思う必要もない!」

 

 両腕を広げ、吹き付ける冷気を全身で味わいリットは生きる喜びに浸る。

 全ての当たり前が新鮮で、現実と見紛うとされるゲームよりも遥かに情報の多い世界には味わい尽くせない程の精緻さがあった。

 だがしかし、リットはその喜びと同じだけの別のモノも感じ取って肩を落とす。

 

「でも、でもさ……これは凄く恐ろしいんだ。だって人は案外簡単に死んでしまう。以前の僕は微風で揺らぐ風前の灯みたいなものだったけど、今の僕は嵐を起こして大火を吹き飛ばす力を持っているようなもの。でも僕が欲しかった強さって、こうじゃなかった気がするんだ」

 

 リットが望んだ身体とは瞬間的に馬を追い越す脚力や、門扉を吹き飛ばす膂力ではない。

 ただ人並みに過ごせるだけの健康な身体だった。

 

「ここに来る道中で僕は何人も殺した。平然とそんな事が出来てしまった自分自身にショックを受けた。戦ってる最中には気にならなかったのに、死体から溢れる血の匂いの濃さに思わず吐いた時……周囲の反応が怖かった。まるで面白い事みたいに僕を扱うんだ。確かに自分でやった事に慄くなんて馬鹿らしいけどさ、僕は人を殺した筈なのにそれが当たり前になってるこの世界が怖かった」

 

 リットは戦いを前に躊躇わない。

 剣を抜けば頭の中にある最適な動きを身体がなぞり、そこにゲーム的な楽しみすら見出す。

 それが〈鋼の民〉に備わった機能だからだ。

 だからこそ、全ては剣が血で染まったあとの後悔によってリットの心が苛まれるのだ。

 手に入れた健康な身体とは、自らが行ったとは思えない殺戮すら平気で行えるモノなのだと気味の悪さすら感じていた。

 そのどうしようもない現状に頭を抱えたリットは心の奥から湧き出た不満をただ認めて言葉に変える。

 

「それ以外にもさ、本当に見たかった景色はここにはない。色んな星座や流星群、旅行に料理に気になるものは沢山あったけれど、求めていたのはここじゃないんだよ……!」

 

 溢れる感情の全てを不意に諦め、リットは力なく笑う。

 

「でも今の僕は〈鋼の民〉のリットなんだろう?これで生きていかなきゃ。力は良い事に使って、ここの星座について学んだり旅をしたらいい。そういった日常の些細な楽しみに目を向けて人生を生きる……そして、あの日僕が戻る筈だった存在は死ぬんだろうな」

 

 吐露し終えて、深いため息と共に項垂れたリットはミライを見る。

 無言で耳を傾けていた彼女は困った顔をしていた。

 

「励ましたいのか落ち込んでるのか分からないよ」

「僕に君を励ますような素晴らしい力や言葉はないけれど、隣で一緒に落ち込む事は出来るからさ……隣の奴の惨めさを笑って気が晴れてくれるなら、僕の役割はそれがいいと思ったんだ」

 

 お互いに困った顔で見合っていると、ミライの表情から険が取れて言葉数も戻り始める。

 

「あたしの母さんが竜だって知ってどう思った?」

「どうって……その、特には。正直なところ言葉は理解しても、その意味を理解しきれていないと思う」

「そっか。なんかリットらしい答えだね」

 

 リットの口から否定ではない素直な言葉を聞けた事で、ミライは少し安心した様子だった。

 

「あたしも分かんないんだ……母さんは竜で、父さんは〈鋼の民〉。2人で旅をしてあの村へ辿り着いた。少しの間滞在して、気に入ったから定住した」

 

 その幾つかに区切られた言葉を誦じて、ミライの胸中には何も浮かばない。

 浮かぶ程の情景を思い描けていなかった。

 

「あたしね、両親のことなんてこの程度しか知らないの。旅をする前は何処に居たのか……なんで竜の母さんと父さんは結婚したんだろうね?」

「……きっとロマンチックな恋をしたんじゃないかな?」

「へぇー……リットもそういう事言うんだ」

「物語の定番だよ、異種婚姻譚。人それぞれに物語がある」

「そうだね。あたしはさ、その物語が知りたいんだよ。だから父さんの古い友人のオルドバルさんを訪ねようと思ったわけ」

 

 ミライは目を閉じ過去に思いを馳せる。

 楽しかった幼い頃の記憶、家族の景色だ。

 

「父さんと母さんは仲良かったよ。素敵だなって思ってた」

 

 真っ先に思い起こされるのは優しく父母の笑顔、それがミライの幼少期だ。

 ミライの両親は共に得意な事、苦手な事がありそれを補い合って生きていた。

 そんな当たり前の、とても人間らしい生き方をする人々と家族であった事はミライの大切で幸せな温かい記憶。

 だからこそ苛むのだ。

 

「でもね、それをあたしが壊したんだよ。幸せを求めてやって来た村で、子供と共に暮らす筈が……生まれたのはあたし、生まれながらに親殺しと定められた子」

 

 ミライは常に怒りの火を抱いている。

 自らに、竜に、運命に。

 心から幸せだと思うからこそ、より強く贖罪の意識が刻み込まれて熱を持つ。

 

「制御しきれない竜殺しの力に晒され続けた母さんはあたしの成長と共にどんどん体調を崩していった。あたしはそれを心から心配していたんだよ?……他ならぬ自分自身がその原因だっていうのにっ!」

 

 ミライは(ミライ)を許さない。

 強まる語気には喉を締めるような思いが乗って、声には苦しさを滲ませる。

 

「父さんは旅に出る時に母さんを治す為の方法を探しに行くって言ってた……でも父さんが知らない訳ないんだよね、あたしが母さんを蝕む存在って」

 

 怒りに震える声は白い息となって寒空へ溶けて消えた。

 この場には頭を冷やす為の冷気は幾らでもある。

 ミライはひと息吐いて冷静さを幾ばくか取り戻しながらリットへと言葉を投げ掛ける。

 

「なら父さんは何を探しに行ったのかな?本当はあたし達を捨てたのかもしれない。でも……あたしは縋ってるの。きっと全てが上手くいくようなモノを父さんが持っているって。馬鹿らしいけどね」

 

 自嘲気味に笑ってみせるが、ミライはその微かなものに縋っている。

 当人も信じているのか分からないような儚いものに。

 

「あたしは竜を恨んでる。竜禍はこの世から消し去らなければならない……」

 

 怒りと共に拳を握り、ミライは瞳に憐憫を宿す。

 

「だって自らを殺す子供を産んだ母さんと、愛する人を自分の子に奪われ、その死に目に合う事も出来なかった父さんは気の毒だよ……2人を襲った竜禍に対する恨みが全ての原動力」

 

 胸の中で燻り続ける熱をひとつ吐き出して、ミライは何度も刻み込んだ決意を口にする。

 

「あの2人のような被害者をこれ以上生み出してはいけない。だからあたしは竜を殺すの。絶対に、全ての竜を」

 

 2人は少しの間、無言で佇んでいた。

 リットは自分の中の空虚に、ミライは自分の中を埋め尽くす感情を抱いて。

 そうやって感情に整理をつけて、先に口を開いたのはミライだった。

 

「何処まで一緒の旅なのか分からないけど一緒に旅に出てくれたから……話せて良かった」

「君の悩みに寄り添う事すら出来ない僕だからね。せめてこれくらいはさ」

 

 リットは安易に分かるなどとは言えなかった。

 正直に寄り添うには力不足だと自覚し、それ以外の出来る事を探してここに居る。

 心の傷に触れる事はなく、自然治癒を待つ気晴らしに付き合う程度。

 ミライにとってはそれが心地よい距離だったのだ。

 

「あたしはね、自分がどうしようもなく竜なんだって思う時がある。強烈な衝動があたしの奥底から飛び出そうとしてるって感じるの」

 

 ミライは胸に手を当て、その奥にあるモノを感じ取る。

 それは力。

 人の身では宿せない奔流がそこにある。

 荒れ狂う波濤のようにミライに迫るモノ。

 

「これはあたしが竜だから絶対に存在するもの。力の拡大は竜の基本的な欲求だって知ってた?きっと朱竜もそう」

 

 ミライが視線を向ける南では、今も朱竜が侵攻を続けているのだ。

 少しずつ、何かを喰らい、力を取り戻している。

 休む事を知らずひたすらに多くの命を目指して触手を伸ばす。

 だからこそ、ミライは炎を宿す。

 

「でもね、あたしはどうしても人間でありたいって思うの。竜の自分を否定してもその事実は消えないから、せめてこの衝動の矛先を竜に向けて人の側に立ちたいの」

 

 それが竜と人とに跨る存在であるミライの立ち位置。

 戦う為に定めた軸だった。

 

「でも、やっぱりリットに何かあったら後悔する……あたしの選択がそうさせたんだって」

「大丈夫、問題ない」

 

 そんな軸があれども他人が傷付く事に揺らぐ事もあるだろう。

 そんな不安をリットは優しく柔らかい言葉で受け止めた。

 

「時間がもっと良い状態にしてくれるって、そう信じる事で解決する問題もあるだろ?」

「……なんでリットはそんな楽観的な事を言えるの?」

「僕はそれに縋って生き延びてきたんだ。少なくとも今、こうして生きている事が僕には充分な成功体験さ。最悪ばかりに目を向けていちゃ針路はそっちに傾くもんだよ」

 

 リットは努めて前向きに笑って見せて、そんな生き方を選ぼうとする。

 

「朱竜は倒す、旅は続ける……この先、何か良いものが見つかるといいね」

 

 寒空の下、風に冷気が乗っていた。

 それでも言葉の温かさだけは間違いなくそこにあった。

 

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