病弱VRMMOプレイヤーが竜の世界で第二の人生を手に入れたなら   作:相竹空区

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3-17 鋼の民の遺産

 

 リットは深く深く考えて、たまに少しだけお茶を啜って思案に耽った。

 そうして考え続けて……カップが空になった頃、カラリと笑い出す。

 

「これ以上は考えても無駄だ、諦めよう!」

「潔いな」

「君が言った事だ。ひとりで悩み続けても仕方ないって。それに今は朱竜の事を考えた方が万倍マシだろ?」

「ああ、朱竜をここで止めねば多くの選択肢が潰えてしまう。子供から老人まで……数多の可能性を守る戦いだ」

「なら落ち着いた時に考えるのが1番良いに決まってる。今はどうしたって落ち着かないよ」

 

 空のカップを机に置いて、リットは意識を机の上に置かれたシグルドの籠手へと向ける。

 

「触ってもいいかい?」

「ああ。重いぞ、気を付けろ」

()()()()さ」

 

 そう言って持ち上げたそれはまさしく金属塊。

 獅子を模った内部は前腕を覆う為に空洞ではあるが、やはり重量級の武器と言える。

 それを手にして、リットは懐かしさに目を細めて笑う。

 

「この武器良いだろ?」

「ハハ、どの立場からの言葉なんだ?まるで俺に貸しているみたいな口ぶりだ」

「僕も以前同じ物を使ってた。流行ってたんだよコレ」

「流行り?」

 

 武器に流行りとは?

 シグルドの頭に疑問が浮かぶが、ゲームならば流行り廃りがあるものだ。

 この黄金の籠手は【WoS】から持ち込まれた物。

 強いのならばと、こぞって使うのがゲームというもの。

 この籠手も多少重量が有るが、それを補って余り有る高性能さが人気の要因。

 

(懐かしいな……僕も【拳聖(マーシャルアーツマスター)】のクラスを使ってた時はこの籠手とセットだった)

 

「良い武器ならみんな使うよ。だろ?」

「ああ、みんな……この〈鋼の民〉の遺産は500年に渡って現役で使われ続けているな」

「現役!?そりゃ凄いな!目立ったすり減りもカケも無い……」

「歴代の王はこの武器に合わせた戦い方を倣っているんだ。手にする度にその重ねた歴史の重さを感じ、そして自分の代で壊してなるものかと戦々恐々とする」

 

 500年間受け継がれた武器。

 そしてそれに合わせた相伝の技。

 その重さにリットは籠手を持つ腕が僅かに下がるのを感じた。

 馴染んでいたはずの物は、今やただの物とは呼べない精神的な重みが加わった歴史そのものだ。

 リットは慎重に、机に置き直す。

 

「500年間一線級のビルドなんてなぁ……まさか想像してなかったよ」

「ビルド……王の覚書にもそのような事が書いてあった。我々〈鋼の民〉はクラスという型を修め、ビルドという流派に属するのだとか?」

「ちょっと違う気もするけど大体そう?」

「それによると俺は【拳聖(マーシャルアーツマスター)】、【勇者(ブレイバー)】──」

 

 シグルドが上げたふたつの上級クラス名を聞いて、リットはすぐにそれが何を目的としたビルドなのか気が付いた。

 

「ああ逆ギレ勇者ビルドか」

「王の覚書と同じ事を言うんだな。俺には理解しきれない内容だったが……やはりお前は異郷からの来訪者だと実感するよ」

「これも流行った戦い方だよ。君のご先祖様はちゃんと王道を行く人だ」

 

 ゲームの最強ビルドなどは水物だ。

 バランス調整や新規コンテンツによってその王座は容易く移り変わる。

 その目まぐるしく変わる情報の最前線を追い掛けていたプレイヤーの存在、そしてその情熱の結晶が受け継がれている事にリットは少なからぬ喜びを感じていた。

 間違いなくこの世界には自らと同じ【WoS】を愛していた人間が居たのだと、それが生きる術や誇りとして忘れられずに存在し続けているのだと。

 リットはどちらかと言えば最強のビルドよりも、自らの思う最高のビルドを目指すエンジョイ勢であった為に、そのストイックさに眩しさを抱きもしつつ。

 

 それに対してシグルドは、祖国の中興の祖に対する輝かしいイメージを少し改めていた。

 

「フッ……なんだ、かの王も流行り物に飛び付く普通の人間だったか」

「夢を壊しちゃったかな?」

「いいや、無駄な先入観が取り払われたありのままを知れるのは良い事だ。彼に倣いたい点は多く有るが……残る記録から知るかの王とは埋められない差を感じるばかりだからな」

「きっと普通の人だったよ。普通に……ゲームを楽しむ人だった」

 

 後半は聞かせようとは思わず、ただひとりごちただけ。

 最新の情報を追い掛けて強いビルドを目指すただのゲームプレイヤー。

 それが理解出来るのは同じくゲームプレイヤーのリットだけ。

 転移して以降は王としての立ち振る舞いをしていたのかもしれない。

 目が眩むような不要な輝きを取り払い、王としてどのような人間だったのかに思いを馳せるのはシグルドのやる事だ。

 

「我々の竜退治も後世でどのように語られる事やら」

「当然ハッピーエンドだ。希望のある物語が好きな僕としてはそうじゃなくちゃ頑張る意味が無い」

「──ああ!頼むぞリット」

 

 右拳を突き出し、不安も憂いも吹き飛んだ様子で笑うシグルド。

 それに対してリットも拳を突き出し打合せ──ようとしたその時。

 慌てた足取りで部屋へと駆け込む人影が。

 

「ミライ?」

 

 肩を上下させて寒さ以外の赤さで顔を染めたミライが、必死に何かを伝えようと息を荒くする。

 その尋常ではない様子にリットとシグルドは目を見合わせて、ミライが息を整えるのを待とうとしたその直後には、ミライはなんとか二言分の息を肺に入れた。

 

「朱竜が来た!」

 

 ただその二言で室内の温度が一気に下がったような感覚に陥る。

 

「予想では何日か余裕があるはずじゃ!?」

「分からないよ!観測班の人が慌てて早馬を走らせて知らせに来たの!」

 

 ミライが部屋に駆け込んできてからそう時間を置かず、鐘の音が聞こえてきた。

 それは警鐘。

 接近する竜アリ、と全市民に知らせて即時の避難を促すもの。

 

「リット、ミライ行くぞ。準備が整っていないが敵は待ってはくれない……出陣だ」

 

 ふたりを伴い、シグルドは南門へと走る。

 警鐘が鳴り響く道中では混乱に突き動かされる市民が幾人も居たのだが、猛然と竜へと向かうシグルドの姿を見るなり悲鳴は歓声へと変わり、逃げる足取りに秩序が生まれ出す。

 

「君の姿を見て安心してる。これこそ君の仕事なんじゃないか?十分果たせてる」

「いや、俺は民を安心させるだけの置物ではない。実際に民を危機から守らねば」

 

 そう言ってシグルドは周囲に気を配りながら先を急ぎ、南門へと辿り着く。

 リットとミライも後に続き、そこに集結している兵士達の戦いを前にした緊張感、そして団結に圧倒される。

 ふたりが見たセビアの村の防衛戦の様子とはまるで違う、戦う事や守る事を生業とする者達の放つ堅固で統一された意気。

 それが整列してシグルドを待つ兵士達から感じられたのだ。

 

「状況は?」

 

 シグルドの問いに彼の右腕である老兵ブリンジャーが側に寄り、困惑を隠しきれない様子で報告する。

 

「突如として朱竜が形を成して這い進んでおるとか……いや、もう見えますな」

 

 開け放たれた南門の向こう側、雪原の広がる更に先の、本来ならば迎撃地点となる筈だった渓谷から地吹雪が迫っているのが見えた。

 皆一様に目を凝らし、眩い白銀の大地の先──水平線に程近い遠くの山に目を凝らせば……ソレが居る。

 見渡す限りの白の中にある朱。

 舞い上がる雪に隠れて鼻先程度しか見えないが、徐々に大きく見えてくるそれを前にして恐慌には陥らずとも息を呑む。

 

(遠くても理解出来た。アレはこちらを狙って、喰らい尽くそうとしてる)

 

 リットは生まれて初めての本能的な恐怖、捕食されるという根源的なそれを知った。

 その竜は遠くから痛みや苦しみや狂気や恐怖や怒りや……様々な負の感情に染まった黄金の瞳を雪煙の向こうからギラつかせ真っ直ぐにこちらへ向けていると、自分を見ているのだと分かってしまったから。

 身体が制御を離れ、ただ恐怖に怯む。

 あの竜を見たものは皆……否、ただひとり以外は。

 凛々しく、女の声が響く。

 

「怯むな!」

 

 ただミライだけは強く激しく闘志を、殺意を滾らせて朱竜を睨んでいた。

 その激しい感情は声にも乗って、届いた者の心にすら燃え移る。

 

「このまま突っ立って見てるつもり!?大切なものが竜禍に呑まれる様を震えながら眺めるなんて、あたしは受け入れない……!」

 

 歯を食いしばり怒気を滲ませるミライに当てられて、シグルドも役目を果たすべく手のひらに拳を叩きつけて喝をひとつ。

 

「よぉし!ミライの言う通りだ!我々には頼もしい味方が大勢居るんだ!ひとりで戦っているわけじゃない、隣に仲間が居るのに恐れる必要があるだろうか!?」

 

 シグルドの問い掛けに、兵士達も熱を取り戻して整然と並び武器を打ち鳴らし出す。

 

「否!」

「我等に打ち倒せぬ敵が居るだろうか!?」

「否!」

「戦の時だ!武器が砕け、肉が裂け、骨が割れようとも戦い続け──そしてなんとしてでも守り抜け!」

「応!」

 

 士気が高まり、滾る闘志が冷えた空気を熱くする様子にシグルドは満足げに頷く。

 そして朱竜を睨む。

 

「爺、避難の状況は?」

「まだ掛かりますな。ヤツの足止めをせねば」

「ならば我々の出番か。その間に避難と迎撃の備えを──」

 

 シグルドが指示を飛ばそうとしたその時、背後から男の声が聞こえた。

 そして特徴的な全身鎧がなる音も。

 

「──その必要は無い」

 

 振り返ればそこには居たのは真紅の鎧の騎士オア・オフェル・ウィオーク。

 白髪混じりの頭に草臥れた顔で現れた彼であったが、その眼には頼るに値する確かな力が籠っている。

 リットは思わぬ登場に声を出して驚いた。

 

「オフェル!?なんで……」

「シグルド殿下に機会を頂いた。この戦いには少しでも戦力が必要、そしてそこに力を貸せばアウロラ様にも有利に働くとな」

 

 ただ国に禍を齎しただけよりは、腹心の騎士を事態の収束に出した方が印象が良い。

 挽回とまではいかないかもしれないが、オフェルには主君の為に出来る事ならばどれだけでも骨を折る覚悟があり、そして他ならぬアウロラが送り出したからこそ彼はここに居る。

 

「来てくれたか!オフェル卿」

「足止めに関してはお任せを。ただし私に出来るのは時間稼ぎのみです、その間に避難と都市内での戦闘準備を」

「ひとりで行くような口ぶりだ。贖罪も結構だが、総出で当たった方が確実だ」

 

 シグルドの真っ当な指摘にオフェルは首を横に振り、リットを見る。

 

「事、足止めに関しては私ひとりの方が効率的なのです。リット君、先に転移して来た先達としてチュートリアル役をやってみせよう」

 

 オフェルはそう言ってアイテムボックスから……結晶質の棘を生やした青々しいイバラで作られた輪を取り出す。

 それにはリットも覚えがあった。

 【WoS】に存在した装備【荊棘のサッシュ】はかつて一世を風靡した装備であった事をリットは思い出す。

 

「ゲームとは違うこの世界。ゲームで見慣れた多くのものが存在するが、厳密に同じではないんだ」

 

 オフェルが鎧越しにその【荊棘のサッシュ】を肩に掛けると、その外向きに生え揃った棘が周囲を刺々しく威圧する。

 

「分かるかいリット君?装備数に制限は無い。幾らでも、同じ物を装備出来るんだ」

 

 続いてオフェルがアイテムボックスから取り出したのは心臓をした、滴る血のような鮮烈な赤さのこれもまた結晶。

 【摘蕾心臓】という名のそれも、リットはあのイバラとセットで記憶していた装備だ。

 

「例えばスキル……共存や重ね掛けが不可能なスキルの同時使用」

 

 オフェルは【荊棘のサッシュ】に【摘蕾心臓】を取り付ければ、さながら開花前の赤薔薇を胸に抱いたような姿で……アイテムボックスから更にひと摑みの【摘蕾血晶】取り出し次々とセットしてゆく。

 

「これから行うのはゾンビビルドによる単独特攻だ」

「それは……分かる。【荊棘のサッシュ】の被ダメージ時に撒き散らすスプラッシュダメージと【摘蕾心臓】による与ダメージ時HP回復でモブラッシュをお手軽に踏破出来たぶっ壊れビルドだろ?でもそれは──」

 

 ゾンビビルドとは敵の攻撃を受け止めて、それを高い回復能力によって帳消しにし果敢に攻め立てるクラス、装備構成の事だ。

 このビルドならば【荊棘のサッシュ】は被ダメージ時に棘を周囲に撒き散らす。

 【摘蕾心臓】は与ダメージ時にHPを回復する。

 それらの効果を最大に発揮するのがスプラッシュダメージの範囲に無数の雑魚が存在する状況。

 雑魚から受けたダメージよりも多くのHPをそれら装備の効果で回復するのが最も理想的な運用方法。

 だがプレイヤーとは悪巧みをするものだ。

 【荊棘のサッシュ】の効果を高頻度かつ任意に起動する方法を探し……見つけ出した。

 それは【荊棘のサッシュ】の効果によって【荊棘のサッシュ】の効果を発動させる事。

 プレイヤーが2人1組となり相手を殴る。

 そうすると【荊棘のサッシュ】の効果が発動し、相方にスプラッシュダメージが入り、それにより相方の【荊棘のサッシュ】の効果が……とHPが尽きるまで無限にループし続けるのだ。

 ヒット対象がひとりだけでは当然回復は賄えないが、そんな時は【聖戦士(クルセイダー)】の"アイアンスキン"などのスキルによって擬似HPを付与して時間を稼げば良い。

 擬似HPの減少により【荊棘のサッシュ】の効果が発動する。

 ある程度の安定性すらも獲得したこのビルドは装備ふたつと中級クラスひとつで多数の雑魚が出現するコンテンツを破壊し尽くした。

 にも関わらず、そんなビルドを前にしてリットが口籠るのは……

 

「それはとっくにナーフされたビルドだ。【摘蕾心臓】の回復量には上限が設定されて生存力は補助程度まで落ちてる……」

 

 著しくゲームバランス崩すのならば当然といえる措置だろう。

 結果としてこれら装備の組み合わせは確かに敵が多く現れる状況では生存補助として役には立つが、無敵と呼べるほどではなく使い所を選ぶ物、という評価に落ち着いた。

 そんな過去の栄光を帯びた装備を前にリットは幾らか感じるものはあるが、どれも頼もしさには結び付かないものだ。

 だが反面オフェルは懐かしそうに、そして生死を分けるような状況で頼るに値する信頼をそれに置いていた。

 

「これは転移してからの10年でかき集めた装備だ。同一装備の効果重複を確認した時から、周り全てが敵だった都市連合時代に周囲の全てを破壊する為に用意した物」

 

 傭兵として突出した戦果を上げるオフェルを妬んだ者がいつ敵対してくるかも分からない状況で、万が一の時に備えていた装備。

 敵味方関係なく攻撃し続けるそれは裏切られても問題ない、と安心する為の保険だ。

 まともな戦場に持ち出せるものではなく、彼がミスルトに渡ってからは使われる事なくアイテムボックスの中に仕舞い込んで取り出す事もしていなかったのだが。

 疑心暗鬼によって蓄えられていた力が今、他者を救う為に持ち出されている。

 

「でも起動はどうやって?ひとりじゃループが──」

「こうすればいい」

 

 オフェルはなんて事ないように【荊棘のサッシュ】を裏返す。

 棘の向きが外から内へとひっくり返った。

 それをそのまま肩にかければ硬い棘が鎧と擦れて細かく嫌な音が聞こえる。

 

「そんな事で……」

「いいんだ。これは棘の向いている方向に発射される。自傷用とばら撒き用のふたつでループは完成する」

 

 【WoS】ではシステム的にある程度の着こなしは認められていた。

 【荊棘のサッシュ】も裏返して装備する事が可能ではあったのだが、当然ダメージ判定は外側へ発生していたのだ。

 していたの、だが。

 今は全てが見た目通りに動く。

 棘を放つ効果ならば、棘の発射方向は先端の向いている方向と同じ。

 大量に付けた装備もそれぞれが動き出して、効果を発揮するのがひとつだけ、とはならない。

 

「あとの回復は大量に付けた【摘蕾心臓】が付けた分だけやってくれる。どうだろうかリット君」

「それが本当に機能するなら最強じゃないか?それなら朱竜だって──!」

 

 無限に回復し、周囲へ攻撃し続ける。

 そんな事が可能ならば敵と呼べるモノなど存在しないのと同じだ。

 リットは希望を前にして表情に光が差し、拳に力が籠る。

 

「いや、そう上手くはいかないんだ」

 

 だがしかし、オフェルは冷静に首を振った。

 

「使えば壊れる。ましてスキル付きの装備なんて酷使したらあっという間に壊れてしまうだろう?」

 

 それは自明の理。

 【WoS】においても使用した装備は耐久度を減らし、アクティブなスキルを備えた装備などはスキル発動時には特に耐久度を減らしていた。

 この世に不壊は存在せず、形ある物はいずれ崩れ去る。

 それはゲームでも現実でも同じ事だ。

 

「【WoS】ではそうだったかもしれないが、ここでは鍛冶屋に持っていけば新品同然の耐久度100%まで回復するわけじゃない」

 

 ゲームならば耐久とはただの数字だ。

 設定された数値の分だけ使用でき、決められた手段で100%の状態まで修繕が出来る。

 だが現実では壊れた物を完全に元通りにする事は出来ない。

 当然の事ではあるが【WoS】から離れた事で猛威を振るう装備があるように、現実に近づいた事によって使い勝手が悪くなったものもある。

 

「ならシグルドの籠手は──?」

 

 耐久度と聞いてリットが思い浮かべたのは500年間使われていた籠手の事。

 そんな長い間実戦で振るわれた武器が破損しないとは、一体どんな例外があるのかと一瞬考え、しかしその答えは難しい顔をしたオフェルが持っていた。

 

「……王家の宝物庫を開けた時、その場に私も居たが殿下の籠手と同じ物が山程積んであったよ」

「な──!?バカなこの籠手は

「おそらく〈竜髄〉で増やしたのでしょう。王家の血でしか開けないようにしたのも頷ける。先祖伝来の武器に予備があったとは王以外が知っては威信に関わる」

 

 シグルド自身がそう思い込んでいたように、500年間受け継がれてきた武器という言葉には力があるものだ。

 王家の説得力を補強する小道具として中興の祖が用いた武器と並べて大きな看板となる。

 それの裏側を知るのは掲げる者ら……王家の人間だけで良いとしたのが事の真相。

 その威光に守られている者は、それが敵対者を退ける力となり利己以外の使い方があると知っていた為。

 武力以外の使い方にて守護を担った武器こそが、今シグルドの元にある。

 

「ですが壊れる事を恐れていては最大限にパフォーマンスを発揮する事は出来ない。せっかく手元に便利な物があるのだから使わなくては」

 

 勇猛果敢に戦う戦士たる王と、壊れてはいけない武器のアンバランスさはこのようにして受け継がれてきた。

 だからこそ、王は何の懸念も無く全力で拳を振るう。

 砕け散ろうとも、拳は何度でも黄金を纏うのだから。

 

「ええ、だから出来るのは足止め程度。この装備がヤツを串刺しにしている間に準備を、シグルド殿下」

 

 オフェルはシグルドに背を向け歩き出す。

 答えを聞く必要は無いと、兜を被り南へと。

 

「全てはいずれ崩れ去る……だが不壊も不朽も存在する」

 

 オフェルを見送り、シグルドは拳を握り締めて呟く。

 

「この籠手は確かに500年受け継がれた物だ。物は変わっても、込められた想いは確かに俺の元まで辿り着き、更に繋がれてゆくだろう」

 

 籠手それ自体ではなく、受け継がれて来た想いがシグルドを駆動させる。

 力強く脈打つ心臓は熱く、背後の民草を守るべく全身へ力を送り出す。

 

「その為にも応えねば、守らなければな」

 

 拳の中に確かな熱を感じ、胸へと叩き込んでシグルドは声を張り上げる。

 王たる責務を果たす為に。

 

「よし!オフェル卿の働きを信じる!家は建て直せば良い!朱竜を都市内に封じ込め、確実にここで屠るぞ!」

 

 当初の予定では渓谷にて迎撃する手筈だったが、こうなった今ではマトモに受け止め削り切るだけの用意が足りない。

 だがしかし、平野にただ兵器を広げて陣を敷くよりも都市の中ならば多少はマシというもの。

 家屋に隠れ潜み魔法を投射し、通りに隠した投石器で朱竜を撃つ。

 そのような作戦に対する1番の懸念と言えば……

 

「避難を急がせろ!逃げそびれた者が居ないか確認を怠るな!」

 

 そう、住民だ。

 守るべき者らを自らの手で巻き添えにしては意味がない。

 

「各員迎撃準備を進めよ!」

 

 シグルドの指示を聞いた兵士達は一斉に動き出す。

 周囲は俄かに騒がしく、そして緊張が高まった。

 腹の底から突き動かすような張り詰めた空気にリットは深く呼吸し、やけにうるさい心臓を落ち着けようとする。

 

「大丈夫だ、問題ない。きっと上手くいく……」

 

 周囲の音を遠く感じ、鼓膜をノックする鼓動音に揺さぶられる。

 地に足着いているかも定かではないような感覚に陥りながら呼吸を続けていると……不意に肩を叩かれ我に帰る。

 振り返ればそこにはミライ、そして彼女がリットの首に赤い何かを掛けて笑った。

 

「うん、似合ってる。リットには赤だね」

「これ、マフラー?ああ……約束してたお返しか」

「寒かったら戦いに集中出来ないでしょ?必ず勝たなきゃいけない戦い──ううん、全ての戦いは勝たなきゃいけないんだから」

 

 リットの首にマフラーを巻いて、優しく整えて……ミライは蒼い瞳でリットを力強く見つめる。

 

「行こうリット。お互い全力で──」

「勝つ?生き残る?」

 

 その問いにミライは不敵に笑い、拳でリットの胸を突く。

 

「両方だよ!あたしは、あたしの務めを果たすから!」

 

 そう言ってミライは駆け出して行った。

 残されたリットはいつの間にか緊張は消え去っている事に驚き、そしてマフラーの暖かさと小突かれた胸の暖かさを抱いて納得する。

 

「心強いな……ああ、やっぱり良いものだ」

 

 こうしている間にも朱竜は迫っている。

 南門越しに見えるその姿は更に大きく見えて、しかしリットはその恐ろしさに囚われるような事はもうなかった。

 

「僕の目の前には沢山の可能性があるんだ、それを潰させやしない」

 

 朱竜討伐戦が今、始まる。

 




プロロ王は繁竜を倒した後、その〈竜髄〉の力を作物を増やすのに使った際にその力の強大さを危惧し、厳重な宝物庫を作らせそこに封印する事とした。
そんな賢明さがあった王であったが晩年、耄碌した彼は望郷の念に駆られて宝物庫を開き〈竜髄〉を手にする。
そこで力の魅力に取り憑かれた王は〈竜髄〉に溺れ、制御を誤ったのだ。
それにより王は山程増えた。
到底まともな精神状態ではない男の前に同じ顔の男が無数に。
宝物庫は蠱毒の如き様相となり、最初の発見者が宝物庫の惨状に気がついた時には王は皆、死んでいた。
シグルドが手にする籠手もまた王殺しの逸品である。
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