病弱VRMMOプレイヤーが竜の世界で第二の人生を手に入れたなら 作:相竹空区
ミスルトの存亡をかけた戦い──朱竜の討伐が成功してから数日後。
リットの姿は王都トエリコの端にあった。
そこは王都と外部の出入りが盛んな門の程近く、朱竜が現れた影響で滞っていた人と物の移動が再開されて活気付く場所。
そこに居る多くの人と同様に、リットもまた移動の為にそこに居る。
大きな荷物を抱えているのもまた同じ。
ただ少し違う事と言えば……眼帯、と言っても黒い布を巻いただけなのだが。
それをした男の抱えた荷物など、明らかに物騒なモノである事が明らかな点だろうか。
「…………」
「リット大丈夫?目、痒い?」
「ん?いや大丈夫さ。変な感じはするけど、それよりこの布の触り心地が良いからさ」
「ウィスタリアに感謝だね!」
眼帯に触れるリットにミライ、そして間にウィスタリア。
彼女を中心にリットとミライは身を寄せる。
それは無駄に目立って周囲の人々を驚かせないように、という気遣いなのだが逆に怪しげな雰囲気を醸し出していた。
そもそもこの場には荷の護衛を務めた傭兵なども多く居る為、三人も周囲に溶け込めてはいるのだが。
「別に、余っていた服の切れ端から作っただけよ」
リットの左目を抑える黒い布。
それはウィスタリアが用意した物だった。
アイテムボックスから自分の使っていない服を取り出して、眼帯に丁度良い用にと切り取り整えてリットに渡したのだ。
包帯では見栄えが悪いから、と。
それを受け取った時にリットは大変困惑した。
なにせ受け取った時に肌に触れたその布の繊細な事。
物の良し悪しなど分からないリットですら明らかに良い物だと分かるその眼帯を受け取っても良いのかと。
だがしかし、戸惑うリットにウィスタリアが掛けた「あの時、逃げ遅れた少女を助ける善性が貴方にあると確かめられたから」という言葉を聞いて受け取る事にしたのだ。
リットはすっかり触り心地が気に入った眼帯を撫でながらウィスタリアに問いかける。
「それで?どういう旅程なんだい?」
「このまま西へ進み都市連合との国境を目指すわ。ここからは駅馬車を使うけれど……途中からは徒歩ね」
「馬とか使えないの?」
ミライの疑問はもっともだ。
王都から都市連合の国境まではそれなりに距離がある。
それをわざわざ徒歩で歩きたくはないだろう。
だがそれをウィスタリアはバッサリと一刀両断する。
「払えるの?」
「無理です……」
「それこそ駅馬車を使うんじゃダメなのか?」
「西の方は恐らく政情不安定……ギデオンの手が掛かった領主達が内戦の準備をしている筈よ。通行の制限をしている可能性がある」
「まだやる気なのか……」
「このままでは完全に頭を抑えられた状態になるもの。追い詰められたからには意地でも起死回生を狙うでしょうね」
「人間同士で争っても意味無いよ」
ミライの悲しげな呟きが一同を沈黙に落とす。
ミライは竜という明確な敵を見据えている為。
リットはこの騒乱を引き起こしたのが親友であると知ってしまったから。
ではウィスタリアはどうだろうか?
彼女はいつも通りの無表情。
しかし、リットもミライも少しは慣れてきた。
ウィスタリアの無表情には案外と感情か乗っており、今も憂いが見て取れる事をしっかりと理解している。
「それで、途中からは南の大山脈経由で都市連合を目指すわ」
「あたしが聞いたところによると、到底人が通れる場所じゃないって」
「端の端の方ならば問題ない。そこから都市連合に入り……一気にミレッティエまで行ける」
「本当にそこで合ってるんだよね?」
ミライの疑問はそこが本当に自分の目指す場所であるのかどうか、という点。
それにウィスタリアは間違いないと再三答えている為に、うんざりとした様子で溜息を吐いた。
「ハァ……都市連合で武器の生産、輸送を行う最も大きな場所がミレッティエ。とにかく金回りが良い街で、人も集まるから情報も集めやすい筈よ」
「商売の街か」
「何でも売る街よ。人も、尊厳もね……気を付けなさい。良心を持った人に対しては良い街と言えないから」
「都市連合に関わる人は皆んな悪様に言うな。そんなに酷いのかい?」
ウィスタリアは眉間を抑え、胸の内に秘めたドロドロと澱のように積み重なった感情が湧き上がるのを留めて……先程よりも深々と溜息を吐く。
「徹底的な実力主義……ある点に於いてはギデオンが言ったという言葉に同意しなければならない。〈鋼の民〉はあの街では喰い物にされて破滅するか、数多の人々を踏み付けにしながら上り詰めて破滅するかよ」
「嫌ってるんだね」
「到底気分が良いものではないもの」
それ以上語る気は無いとウィスタリア黙り込み、気まずい空気が流れて三者三様に景色を眺める。
不意に訪れた沈黙を誤魔化そうと流れる人波に視線を向けていると、リットはひとつの発見をした。
「ごめん、少し用事が出来た。すぐ戻るよ」
「転ばないようにね!」
「もう散々やったから慣れたよ!」
隻眼故に遠近感が掴みづらく、リットは言った側からブーツの爪先を石畳に引っ掛けながら通りの向こうへ小走りで向かう。
今日も冷える為、小走り程度が丁度良いのだ。
そうして向かったのは建物と建物の間の薄暗い所。
建物の影の雪のない場所に外套を敷いて座る草臥れた男がひとり。
リットも隣に座り込む。
「やあ」
「お、おお!リットか」
短槍を抱えた無精髭の男、クルスはリットを認めてニヤリと笑う。
「今日は酒が入ってないんだね」
「さっき仕事が終わったとこなんでな。おおっと!荷物の護衛だよ悪い事はしてねぇ」
「問い詰めるつもりはないよ」
「あの恐ろしい嬢ちゃんは……向こうに居んじゃねぇか」
遠くにウィスタリアの姿を認めてクルスは嫌そうにかぶりを振った。
先日喰らった痛みを思い出し、自分の尻を撫でながらブツクサと文句を呟きながら。
「いやぁしかし、助かったぜ」
「何がだい?」
「何がとは惚けられたモンだ、竜を倒したのは若い傭兵だって聞いたんだがなぁ〜?」
「それが僕とは限らないだろ」
「馬鹿言え、ホワイトファングじゃ明らかに問題に首突っ込んでたテメェが今度は王都だ。避難やら封鎖やらで移動が滞ってたってのに、荷の第一陣を護衛した俺より早く王都入りしてるのは妙じゃねぇか?」
「証拠としては強くないな……でもそうだ。僕も竜退治に関わってたよ」
「それ見ろ!これぞオジサンの年の功ってやつさ!」
クルスは不完全な推理に満足してまばらに髭の伸びた顎を撫でる。
ひょうきんに振る舞ってはいるが、彼とて傭兵。
荒事を生業とする人間であり、生傷などは日常の内。
およそ聞きづらいであろう事も世間話で聞いてしまう。
「んで目、怪我か?」
親指で自身の目を指し示すクルスに倣い、リットも眼帯を撫でる。
未だ傷の痛みが残る、眼窩に溜まる熱を感じながら。
「もう見えないらしい」
「傭兵ならそういう事もあるわな……それに見合った報酬は得られたかよ?」
「どうだろう……報奨金は貰ったよ。あとは次の目的地が得られた」
「オイオイ、この前は旅の目的が出来たって言ってたじゃねぇか」
呆れた様子でクルスは笑い、リットは考えるとどうしたって思考の中心に居座るギデオンの事を考える。
「変更かな。それより優先するものが見つかったんだ」
「ま、それもまた旅の醍醐味だ……」
染み入るように言葉を紡ぐクルスは不意に真剣な目でリットを射抜き、言い知れない緊張感に包まれた。
「だがな、忘れちゃならねぇ事がある。自分は何処から旅立って、何の為に旅立ったのか。これさえ忘れてなけりゃ何とかなる。忘れちまったら──」
「どうなる?」
「さぁな?一生迷い続けるのかもしんねぇ」
だが最後には適当に、惚けて放言にしてしまう。
クルスとはそんな男だった。
急にハシゴを外されたリットは少しの苛立ちを含んだ避難の視線を向けるが、それが面白いようでクルスは笑う。
「ハハハ!オジサンの世迷言を純粋に聞きやがって!元気でやれよリット坊や!」
「ああそうするよ。そっちはどうするんだ?」
「内戦で傭兵需要は高まるだろうが負け戦に加担するのも癪なんでな、俺は暫く荷運びの手伝いだ。次は都市連合で会えると良いなぁ!」
リットの背を叩いてクルスは豪快に笑う。
手を振り送り出されてリットも控えめに手を振って返してミライ達の居る場所へと踵を返す。
通りを行き交う流れの隙間を慣れない隻眼で躊躇いがちに見計らって横断していると、やはり多くの荷が移動している事が見て取れる。
(朱竜によってニズヘグの街は大きな被害を受けた。更には内戦……王都に近いから巻き込まれる事は無いだろうけど、復興は滞るだろうか。この荷物はあの街の人達……あの子の日常を取り戻す物だと良いな)
荷物の行き先をリットは知らない。
あの街に留まり復興の力となる選択も選ばなかった。
だがそう祈るだけの優しさは持ち合わせており、それを同時に嫌悪する。
(……ああ、ギデオンが言った事は事実だな。都合の良い優しさだけで表層を撫でて満足するだけ。何も解決していない)
無性に左目を掻きむしりたくなり、手のひらで強く抑える。
そうしてリットは自己嫌悪に溺れないようにしながら道を渡り切ると、そこには三人。
ミライとウィスタリア以外にももうひとり、外套を目深に被って尚目立つ大柄な人物が。
「シグルド?」
ひとりで市井に居て良い人物ではない為リットは声を顰めて尋ねると、その人はフードを軽く持ち上げ顔を見せた。
「見送りだ。盛大に、とはいかずともな」
「だとしてもひとりで来る事はないんじゃないかな」
「これからはそう取れないひとりの時間なんだ。楽しませてくれ」
外套が揺れ、その奥のシグルドの身体が覗く。
着ているのは戦闘用ではなく平服。
筋肉で張り詰めた左の袖に対し、右の袖をダラリと垂らしている様は痛々しく映る。
「腕か?言っておくがお前も相当痛々しく見えるぞ」
「お互い様、か」
「俺は良いんだ。これからは戦士である事よりも王としての使命が待っている。戦場から離れるには丁度良かったのかもしれん」
その全てが本心でない事は明らかだろう。
だがそのような割り切り方をしたのだと、リットは何も言わずに飲み込んだ。
「僕は旅を続けるよ。君の前で言いづらいけど……ギデオンは親友だから」
「そうしろ。好きに生きれば良い……そうして行く場所が無くなったなら──」
シグルドは左腕で力強く胸を叩く。
歯を見せて笑い、そしてリット胸を拳で小突く。
「帰って来い。ミライお前もだ。お前達の帰る場所……故郷は俺が守ろう」
それだけ言ってシグルドは王宮へ……新たな戦場へと向かって行った。
「頼りになる王様の風格ってやつが出てきたねぇシグルド」
「そうかい?シグルドはシグルドじゃないか?」
「どちらでも良いわ……そろそろ駅馬車に乗る時間よ」
「おっと、もうそんな時間か。これからお喋りの時間は幾らでもあるな……そう言えばコレ、持ち込んで良いのかい?」
駅馬車へと歩き出したウィスタリアを追って歩くリットは背後を……背負った長い包みを指差す。
布を巻き付け紐で括ったソレを見て、ミライは思わず嫌な顔をする。
これはここ数日ずっと繰り返している事だった。
「別に〈竜髄〉を持ち込んではいけないなんて、そんな決まり無いわ」
「あたしはヤダ」
「大丈夫だって……」
「リットもあの朱竜の被害を見たでしょ!?それと同じモノなんだよ!?」
「分かったから声抑えて……!」
僅かに耳目を集めるが、そもそもが通行量も多い場所だ。
ミライが多少荒げてしまった声は簡単に掻き消える。
「その〈竜髄〉は今のあたしじゃ
「ギデオンに何かを仕込まれた可能性もあるわね」
「そんな事可能なのか?」
「分からないけれど……警戒はした方が良いと思う」
ふたり掛かりでそんな事を言われているが、リットはこの〈朱滴槍〉を手放すつもりは無かった。
「でもこれがギデオンに近付く手掛かりになるかもしれない。それにこんなにグルグル巻きにしてるだろ?使うつもりはないよ」
ウィスタリアは無表情、ミライは明らかに不服な顔で納得いかない気持ちを飲み込む。
なにせこれから三人で旅を始めるのだ。
それが始まる前から険悪になっては障りがある。
その為ミライはサッと駆け出して駅馬車へ飛び込んでしまった。
ウィスタリアも我関せずと言ったら様子で後に続き、リットはひとり取り残される。
「まあ、仕方ないか」
どれだけ話しても平行線になる事は分かりきっていた。
その為リットは〈竜髄〉を話題に出した迂闊さを反省しつつ、次の目的地へと思いを馳せる。
「次は都市連合……どんな場所だ?せめて最後には良かったと思える出会いがあって欲しいけどな」
そうひとりごちていると駅馬車が乗車を促しだしたのでリットも慌てて飛び乗る。
御者はあまり良い顔をしなかったが。
こうしてリットはミスルトを後にする。
次なる目的地は都市連合──ミレッティエ。
商売、享楽……欲望の街。
新たな旅立ちを前にリットはやはり、目の奥に感じる熱と痒さで眼帯を抑える。
言い知れない不安を抑えるように。
3章終了です。ここからまた書き溜めをして4章も纏めて更新、という形にしたいと思います。
それまでは不定期に間話を更新します。
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