暗夜幻燈   作:P-PEN

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幽霊列車の幻燈(壱)

 環境庁神祇部 境界対策課――通称、"境対"。警察、消防に次ぐ第三の公安系機関と呼ばれる公の組織。その業務内容は、人々の生きる"現世"の理を護ること。そして、境界を越え来たる境界異常――通称"界異"を祓うこと。近代化された"祭具ギア"を携え、強化線維と護符で編まれた"狩衣(ジャケット)"を纏い、職務を遂行する。

 

 

 戦術学"Tactics"に基づいた武器と技術で祓魔の儀にあたる彼らを、人は"タクティカル祓魔師"と呼ぶ――しかし、その中でも新設された“特葬班”は本来敵である"界異"を従え、祓滅に利用することを目的とした試験運用部隊である。

 

 人類に友好的な界異を大雑把にまとめて"縁起"と呼ぶが、基本的に契約者とセットで運用される。その常識と基本的規則を破り、隊員として運用する事は極めて“冒険的な”試みであり、各方面から批難の声が上がったが、近年の境界災害の増加傾向及び祓魔師の人時財産の払底に対する対策として“ある筋”から半ば強引に押し切られるように成立したのが現状だった。

 

 故に、指揮系統は中央神祇室に帰属しているのも使い難さを助長していたが、実際に出撃するまでの訓練期間の猶予もあるのでそこまで問題視はされてはいなかった。後に「大阪環状線事変」と呼ばれることになるその事件が起こるまでは。

 

 

 境対大阪支部に、その招集が発令されたのは午前七時の事だった。既にブリーフィングルームには出撃予定の班が入室しており、後はルーム中央に置かれているディスプレイから方針を通達されるのを待つばかりである。これだけなら何も不思議なことは無いのだが、その場に居並ぶ面々は“普通の”境対の実働班ではなかった。

 

 リラックスした様子で椅子に腰かけ、隊員の様子を観察している大柄な男は咎討(トガウチ)。特葬班に所属する、白い髪に黄金色の瞳を持ち、常に柔らかな微笑みを讃えている甘いマスクとは裏腹に、その下に接続される身体は鍛えこまれているのが重装狩衣の上からでも容易に判別できる。その特徴的な容姿と、霊的・呪術的適性の欠如を除けば、彼に対する検査の結果は一般的な人間のそれであり、特筆すべき部分はなく、主義思想に極端なものがあるわけでもない。武装は全て支給品で一点物は使わない。主に支給された両手持ち用の大型黒不浄刀と大型遠隔祭具を使用するオーソドックスなスタイル――しかし、その過去は一切が不明の男。

 

 緊張した面持ちでスマートフォンで必死にニュースを探っている女は三田 懿音(さんだ よいね)。明るいとび色の髪と瘦せぎすの身体、器量はそれなりに良いのだが鋭い目付きがそれを台無しにしている。強いストレスを感じているのか、度々親指の爪を噛みかけては停止する行動を繰り返している。元結界班所属で、その腕は確かなのだが虚弱体質が災いし希望していた前線部署に就くことが中々できなかったが、まさかやっと認められた前線部署が“こんなところ”だとは思わなかったに違いない。適正的には本来射撃祭具を持つべきだろうが、我を曲げることは無く小型祭具と瞬間結界構築を用いた高速戦術を完成させた天才だが、前述の虚弱体質が災いし耐久力E-の判定を覆せないでいる。

 

 此処までは多少ヘンな経歴を持つかわったタクティカル祓魔師であるという話で済むが、残りの二名から話が変わる。

 

 眠そうにしている黒髪の少女は、流石にかなり贔屓目に見ても高校生程度の年齢の九鬼 鼎(くき かなえ)だ。少々珍しい装備をしている。真っ白な境対製の狩衣だが、通常のものとは作りが違う。もしそれを知る人がいるのなら、重装衣の中でも各種穢れに対する封印や内部の加護出力を抑制するリミッターが組み込まれた特別なものだとわかるだろう。特筆するべきは、装備ラックが一つも設けられていないという事。タクティカル祓魔師としてはかなり珍しい仕様だ。これでは常に祭具を両手で保持しなくてはならない。その両手には不吉な黒い篭手がはめられている。祓うべき“穢れ”を力にする特異な祓魔師である彼女は、通常の祭具を破壊してしまう為自らの力だけで祓滅を行う必要がある。この結論が下されるまでに、彼女は三本の黒不浄を“喰って”しまっている。

 

 最後の一人童売(どうる)は厳密に言えば人ではない。縁起、儀式技術や祭具を用いて人間に従わせた界異だ。加護によって形成される式神とは異なり、穢れの問題をクリアするため多くの術式や拘束祭具を必要とする。稀に界異かいいが能動的に持ちかけてきた契約に応じることで、儀式技術や祭具ギアなどを介さず縁起となる場合も報告されているが、公的機関や祓滅事業者を除く一般人が縁起えんぎを保有することは法律で固く禁じられている。この縁起、童売は当初討伐対象であったが、命欲しさにタクティカル祓魔師に投降し、縁起になったとういわくつきの“人形の界異”である。白い肌や長い白髪など些末な事で、最も特徴的なものが無数の人形の集合体故の多腕である。霊具は五寸釘と金槌で、よく見れば釘を保持するホルダーが弾帯ベルトの様にまとめられているのが分かる。

 

 

 ――特葬班を象徴する“穢れ憑き”と界異そのもののメンバーが隊員として所属する彼等の初任務は十分な訓練期間を持ってからの筈だったのだが。

 

 「皆さんおはようございます。察しはついていらっしゃるかとおもいますが、緊急事態です」

 

 中央のディスプレイに像が結ばれ、普段は一部の隙も無い制服姿が現われる監査員にして神祇官。洞居洞冥が少々身だしなみの整っていない状態で画面に映った。最初にその姿に反応したのは咎討だ。

 

 「珍しく余裕が無いね、説明してくれ」

 

 「試験部隊をこういう態度で呼ぶときって、とっても良くなさそう」

 

 「うちみたいなのを駆り出すくらいやさかいねぇ」

 

 明かな異常事態だが、咎討の様子はいつものように穏やかなもので、好き勝手おしゃべりをする面々もいうなれば平常運転である。その様子に少し落ち着いたのか、洞冥は少し冷静さを取り戻した様子で様子のおかしい事を説明し始める。

 

 「まず状況をそのままお伝えします。現在、大阪地下環状線の車両が界異化し、地下を暴走しています。暴走している界異車両……仮称を『望絶(のぞみだち)』とされたコレは地下線路全域に穢れを拡散し界異を生み出しながら最高速で周回しています」

 

 交通の大動脈に起こった大惨事にも、特葬班は一命を除いて呑気な様子で反応する。へー、大変だね頑張ってね。といった風情だ。

 

「穏やかじゃないね」

 

「公共交通機関は結界が行き届いているんじゃないのか!?」

 

 悲鳴のような抗議の声を上げたのは、元結界班の三田だ。先ほどからずっとチェックしていた情報から、自分たちに回ってくる“貧乏くじ”を半ば確信している口調だった。どうどう、と班最年少の鼎が三田を宥めている間に咎討が話を進める。

 

 「我々に連絡を取る辺り聞くまでもないかもしれないが、他の部隊は?」

 

 「他の部隊は現在、地上と地下を繋ぐ経路から地上に界異があふれるのを防ぐため大阪市全域に展開し、対応に追われている状態です。残念ながら、通常部隊ではこれ以上動員できる戦力は存在しません」

 

 要するに、孤立無援の状態で大規模境界災害の主に設立したばかりで戦力評価すら真面に済んでいない、特葬班をダメ元で投入してみよう。という趣旨だという事が分かる。流石に驚いた様子の童売が、ツッコミを入れる。

 

 「そもそも乗り込めるんどすか、それ?」

 

 「……通常戦力であれば極めて難しいでしょう。そこであなた方の出番という事になります。界異の侵攻を他の部隊が食い止めている間に、地下に突入し暴走する車両を停止および祓滅……言うまでもなく今回の作戦で最も危険な役目になるでしょう」

 

 「高速で立体的に動く車両に乗り込むために、私達(ばけもの)の力が必要なのね」

 

 得心した様子の鼎に咎討が頷く。

 

 「まあ、特別な部隊というのは逆に言えば失っても問題のない部隊だからね。私達がうってつけだろう」

 

 どこか他人事のように状況を整理する特葬班隊長を、三田は不安そうにギョロついた眼で見た。しかし、帰ってくるのは謎めいた微笑だけだ。

 

 

 「……咎討隊長。高速で周回する列車の界異を止めるとなると、結界一つじゃ無理だ」

 

 「そうだね」

 

 「望絶が周回する路線には、大量の鬱黒揚羽が……“結界破り”が得意な界異が発生している。つまり、この作戦は私達が乗り込んでいって地下路線の一つを占拠し多重結界展開・防衛し、望絶が来るまで耐えて多重結界で受け止めることが出来たら、今度は限りなくⅢ号級に近い……下手したらそれを越えてるかもしれない望絶を祓滅しろっていう話に聞こえる」

 

 「そういう事になるね」

 

 事も無げに答える声音は普段と変わらない。変わらなさすぎた。三田の眉が正確に三ミリ跳ね上がる。

 

 「そんな事――」

 

 「出来るさ」

 

 自信満々で白い偉丈夫は言い切った。安心させるように浮かべているアルカイックスマイルの前に、三田の苦言が消え去る。それは別に納得したわけではなく“何をこいつは言っているんだ?”というものだったが、反論が消えた事で咎討は満足そうに頷いた。

 

 「じゃあ、時間も無いらしいし。早速出撃しよう。特葬班初出撃だ」

 

 何の気負いも無い、散歩に誘うかのような軽い口調。それに合わせるように、苦い声がディスプレイの向こう側、死地に向かうように告げなくてはいけない神祇官の口から発せられた。

 

 「境界対策課中央司令部、神祇官洞居洞冥が特葬班に発令。“望絶の祓滅”を成し遂げてくれ――以上」

 

 発令された以上、行かなくてはならない。各々思う所があっても彼らは境界対策課に属する、正規のタクティカル祓魔師なのだから。

 

 「了解」

 

 一名を除いて完璧な敬礼。鼎がわたわたと拙い敬礼を返すのをまって、神祇官の憎らしい程完璧な答礼によって特葬班の出動が決定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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