暗夜幻燈   作:P-PEN

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幽霊列車の幻燈(弐)

 非常口の鉄扉を開けると、穢れの瘴気が黒い霧となって噴き出した。

 

 地下鉄の線路は、忘れられた神殿の回廊のように暗闇に沈み、壁面と天井は黒い蝶――鬱黒揚羽で埋め尽くされている。

 

揚羽の翅は、結界を溶かす穢れが刻まれた鱗粉で覆われ、昏い夜空に散る星屑のように怪しく光る。“結界破り”の脅威は触れるだけで加護を侵食し、赤い複眼はまるで血の涙を湛えたように輝く。数百匹が一斉に羽ばたき、羽音はまるで亡魂の囁きが重なり合ったような不協和音を奏で、特葬班に襲い掛かる。

 

 突入直後に待ち伏せた界異に包囲されかけるという、新人の祓魔師なら恐慌してもおかしくはない状況だが、一行の動きに澱みは無い。重装甲で高機動な咎討が大型黒不浄刀を抜き、両手で構え機先を制し突進。

 

 「特装班突入、蹴散らして進むよ」

 

 刀身が空気を切り裂き、一閃で数十匹の揚羽を両断。

声無き断末魔の悲鳴がトンネルに反響し、黒い鱗粉が舞い、黒い颶風となった咎討の斬撃は力強く、円弧軌道で揚羽の群れを薙ぎ払う。揚羽の穢れを浄化するたびに、大型黒不浄は低く唸り声を上げた。

 

 「了解」

 

 飛び込んだ咎討に追随した三田が、振り回される大型黒不浄の隙間を縫う様に走り、撃ち漏らした揚羽を、自身に特化した短剣型祓串とも言うべきもので、切り裂き隙を埋める。地下空間で日焼けしていないその腕が、白蛇のようにしなやかに舞い圧倒的な手数で数の暴力を押し込む。しかし、流石に進路全てを開くことは出来なかった。

 

 「ちっ、アタシとしたことが雑な仕事しちまった……」

 

 前進する二人の進路を見据え、童売が多腕を広げつつ追い付きその頭を撫でまわす。

 

 「十分どすえ」

 

 戦闘機動中に撫でまわされ抗議の声を上げる三田を無視し、彼女の多腕を古木の枝が風に揺れるようにしなやかに動かし、腰のベルトから無数の藁人形を抜き取り、同時に人形たちの目に幽火が灯る。

 

 情報処理能力余裕がある童売は、撃破優先順位を再度確認し人形たちに五寸釘を打ち込む。釘に刻まれた呪が発動し、揚羽の翅が黒煙を上げ散る花のように溶け落ちていく。トンネルに人形の呪囁が反響する。

 

 「道を開けるよ」

 

 その脇を拘束具のような重装狩衣を翻し、鼎が駆け抜け前方の揚羽の集団に飛び込み、黒い篭手――屠羿(とげい)戮封豨(りくほうき)で、周囲の地形事削り取る様に粉砕しつつ、穢れに汚染された瓦礫で揚羽たちを散らす。そして、敵の密度が低下した前方に向けて咎討と三田が切り込んでいく――僅かな訓練期間で何とか確立にこぎつけた、足を止めることなく突破を続ける特葬班の基本戦術通りに、界異で満ちた地下空間を駆け抜けていく。景気よく粉砕される人工物を横目に三田がドン引いていた。

 

 「コンクリートブロックも鉄製の設備も豆腐みたいだな……」

 

 その言葉に恥ずかしそうに鼎が、握った改札の一部を穢れで汚染させながら応答する。

 

 「体術で揚羽の群れを祓滅するなら、これが一番効率が良いのよ」 

 

 「……」

 

 普通のタクティカル祓魔師なら、そこは加護出力で対応する所だろう。むしろ訓練では鼎もそうしていた。しかし特装班単独で異界化した地下鉄を走り抜け、準Ⅲ合級撃破を課せられている現状を鑑みると“効率が良い”と言う理由で、自らの壮烈な穢れを利用することで霊力の温存を図る。という判断は合理的で反論するのは難しかった故の沈黙だった。

 

 疾走の速度を止めずに突破を続ける特葬班に、薄気味悪い化粧をした背の高い呪詛犯罪者などが巻き込まれたりしつつ、一行は界異の群れの追撃を振り切り、結界の展開予定地のホーム近くまで前進する。最初の防衛網を突破する事に成功した。

 

 「予定通り望絶の周回ポイントを押さえよう。前方50メートルに異常なし。阻止結界の展開準備に入るよ」

 

 三田がデバイスで結界を展開準備。祓串と注連鋼の展開準備に取り掛かる

 

 「了解。多重結界待機モード、5分後に展開を開始!」

 

 結界の展開準備に入る三田は無防備になる為、陣形を前衛が咎討、後衛を鼎、左右の通路を警戒する童売のやや不完全な方陣を敷く。忍び寄る界異の気配を察知したのは、鼎と童売同時だった。

 

 「下からくる、二号級実体化……車掌型!」

 

 「こら待ち伏せやねぇ。結界の展開に適した場所をよう抑えとる」

 

 常の頬笑みを絶やさぬまま、咎討は即座に結界展開の中段と陣形の変更を決断。これまで界異を容易く祓滅してきたメンバーではあるが、Ⅰ号とⅡ号では文字通り格が違う。それに、界異の配置の仕方は童売の言う通り“人為的”過ぎた。間違いなく自然発生したものではない。

 

「陣形変更するよ、楔形。 三田君は複合展開中止して、加護結界を何時でも展開出来る様にしてくれ」

 

 仮称“車掌型”はブリーフィングで情報が共有されている界異で、今回の境界異常で初めて確認されたため正式名称が無いが、遭遇した班からの報告によりどういう手合いかは分かっている。物理的な実体が薄く、影のように揺らぐ人型で、顔のない頭部から無数の触手が伸びる外見をもつ界異。Ⅱ級としては単体戦闘力は低いが、包囲と精神攻撃に特化した界異。Ⅰ号級の蟲の界異を展開する能力と、触手の高速伸長と幻聴で、孤立した隊員を狙う。地下の閉鎖空間で包囲戦に持ち込まれやすく危険度は高い。

 

  売店の影が揺らぎ、“車掌型”の姿が現れる。古い国鉄の制服を纏った人型だが、顔は影に溶け、頭部に赤い目だけが光る。無数の触手が、レバー状に伸び、穢れを滴らせた。

 

 “車掌型”の精神を汚染する声が響く。

 

 「終着駅へ……ようこそ……」

 

 同時に触手が鞭のように伸長し、特葬班を包み込むように展開、更に一号級の小型界異、仮称“影蟲”が生み出され、ホームの退避スペースから這い上がる群体と、ホーム階段を下りてくる群体が陣形の左右から襲う。

 

 “車掌型”は、まず触手で包囲網を張り、幻聴で方向感覚を狂わせようとする戦術を取る。影蟲を囮に使い、敵対集団を分散させ、孤立した者を精神汚染で無力化を試みる。地下の閉鎖空間を活かし、逃げ場を消しつつ。もし、捕獲出来た人間がいればそれを生ける死体……界異の“歩骸”に変質させる。加護出力が高い祓魔師がそうなれば、より上位の界異に変化する可能性が指摘されていた。通常の新人タクティカル祓魔師の部隊なら、これだけで崩壊する恐れがある――そう、普通のタクティカル祓魔師であるならば。

 

 「12時方向から2本、6時から3本!」

 

 前方から迫ってきた2本を大型黒不浄で弾いた咎討の警告が飛ぶが、穢れの探知に長ける童売と鼎は既に対応を終えていた。

 

 「6時方向対処したわっ」

 

 鼎はプロ野球選手の最高球速記録に匹敵する速度で飛来する複数触手を、屠羿と戮封豨で難なく捌く。リミッターにより速度を徹底的に殺されている彼女だが、その本来の戦闘速度からすると“車掌型”の攻撃は遅すぎる。穢れの火花を上げて逸らされる触手が、穢れを“喰う”性質を持つ穢れの神器により鑢をかけられたかのように削られ、やせ細りながらホームの点字ブロックの上を滑っていく。

 

 「お前のような新人祓魔師がいるかっ!」

 

 明後日の方向に謎のジャブを放ちながら三田が加護結界を瞬間展開。本格的な結界ではない為脆いが、影蟲の群体をしばし圧し留める程度の事は可能。退避スペースから上がってくる群体は侵入スペースが広すぎる為対応できないが、ホーム階段を下って降りてくる群体は階段出口に展開された加護結界により、進軍が停止する。反転し、ホームから上がってくる影蟲を、駆け抜け様に祓串で切り捨てる。穢装が高くない低級界異は、ある程度の衝突力が無ければ天才的な結界術士である三田の影を踏むことも出来ない。普段の心配性の彼女しか知らない者は、その烈火の様な戦い方を見て驚くだろう。限界まで装甲を排除した軽装狩衣と、先天的なある種の虚弱体質により、耐久値は無きに等しいが反撃を受けなければその才能と戦闘センスは圧倒的だ。

 

 「心配は無用みたいやね」

 

 右に左に対応に忙しい三田に対し、攻撃タイミングを遅らせ死角を狙って潜り込んできた触手を踏みつけながら童売は状況を分析していた。もし三田が退避スペースから上がってくる影蟲の対応に手間取るようなら、そちらのカバーに入る心算だったが、必要が無いと判断。呪殺祭具のターゲットスロットを車掌型に変更する。

 

 

 咎討が刀を振り、車掌型の健在な触手を再び迎撃しながら前進。車掌型は牽制の攻撃を振り続けながら、自らの身体を分解して影蟲を生成。咎討は車掌型の足元を掬うように溢れ出した影蟲を、跳ね上げる動作で切断。更にその勢いを維持したまま。大型黒不浄が刃を翻して車掌型に落ちるが、肩を掠めるだけ。咎討の眼には命中したように見えたが、命中直前に認識に干渉を受けた事に気が付き即座に距離を取る。

 

 「今回はうちらがトリ貰おかな」

 

 咎討と切り結んでいた隙に、童売から伸びた呪糸が車掌型に接続されていた。繋がれた先にた童売の手元の藁人形。

 

 「はい、おしまい」

 

 人形の赤い目が光り、五寸釘が人形を通し車掌型の核とも言うべき“何か”を貫く。確固とした実体を持たない界異や、穢装が高い存在に対し特に有効な存在の本質を削る攻撃だが、縁起として力を限定されている童売の出力では致命の一撃を命中させたとて、Ⅱ号級を一撃で祓滅する事は出来ず――しかし、この時童売の目的はダメージそのものではなく、この呪詛により起こる一瞬の無防備状態を作り出す事。車掌型が体の自由を取り戻す前にその穢れで構成された身体は、後から飛来した鼎のより強力な穢れを帯びた浴びせ蹴りを受けて粉砕される。

 

 特葬班でも突出した被呪耐性を持つ鼎は、車掌型の幻惑による防御や精神汚染を完膚なきまでに跳ねのける。その事を車掌型が知っていたなら、必ず特葬班の連携のトドメは被呪耐性と火力を備える鼎が担当するはずだと把握でき、備えることも出来たかもしれない――少なくとも戦力を削る結果は創り出せただろう。鼎が叩き込んだ黒太陽たちの穢れが最後の腐食を加速していく。

 

 「撃破完了。残滓、浄化」

 

 存在を維持できず穢れをまき散らして崩壊する車掌型と影蟲たちを確認し、瘴気を浄化しながら三田が再び結界展開の準備に戻る。特葬班は息を整え、陣形を方陣に戻しながら咎討は常と変わらぬ穏やかな声で宣言する。

 

 「もうすぐ通過予定時刻だ、次は望絶本体。総員陣形維持」

 

 包囲陣の突破、伏撃の撃退と連戦続きだったが、特葬班連携は完璧だった。

 

 

 

 

 

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