「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件   作:赤福かき氷

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飛騨霊山山脈 下

 曇天から白の結晶が降り注ぐ。彼方此方が抉れた荒廃した山岳地帯を覆い隠すかのように、白い雪化粧が一面を塗り替える。

 

 2011年2月14日に発生した原因不明の地殻振動。雪の舞う飛騨高山の山間部を襲ったその衝撃により、数座の山は深刻な損壊を負い、現場一体は立ち入り禁止となった。

 

 過去に存在する事例のような、岐阜の山間部に存在する活断層による被害だと断定された。()()()このような真冬の雪山で登山に臨んでいた男性が1人、連鎖的に勃発した「落石事故」によって事故死した。

 

 

 

 

 

 平成の服装とは若干異なった出立ちの男性らが立ち入り禁止区域内に足を踏み入れる。

 

 警察や自衛隊といった公的機関の類の臨場は差し止められ、()()機関の人間らによる事後調査が実施された。

 

 事後調査といえどその実態は、目の上のたん瘤を排除できる可能性に心躍る人間、己の信奉する当主の全ての隠蔽を試みる人間、自身の立場を左右するナニカを探す人間といったそうそうたる顔ぶれである。

 

 真実を詳らかにして()()()落石事故の被害者を弔う、などという殊勝な心掛けの人間などただの1人も存在しなかった。

 

 

「何故五条悟の残穢が出ない!」

 

「幾ら我々の家が目障りだからとて、無用な言い掛かりは勘弁してほしいものだ。ここに当主様の残穢が残っていないというのが全てであろう」

 

 

 ()()()()()()醜く言い争いを交わす俗物ら。禁足地がこの有様では非術師の公的機関など呼べるはずもない。天元の浄界と重力操術が見事なまでに絡み合い、殺戮現場は万有引力から解放されたのだ。

 

 天元の浄界と混ざり合って辺りを満たした重力は全て間藤白蓮によるもの。彼の残穢はそれ以外の事象全てを清純な雪と共に覆い隠す。勿論、彼を仕留めた最強の痕跡も共に。

 

 

 弾劾のためか、隠蔽のためか、其々が異なる思惑を携え飛騨の山に足を踏み入れた。彼らが手にしたのは「間藤白蓮の残穢のみ」という事実だけだ。

 

 

 

 

 

「当主様に過誤があると?冗談は貴様の存在だけにしてほしいものだ。遺体から残穢でも検出されたのか?」

 

「よくほざいたな!貴様らがアレを()()したのだろう」

 

「それこそ言い掛かりだ。随分とお粗末な脳味噌をお持ちのようで」

 

 

 

 勿論、裏では落石事故で亡くなった男性の司法解剖が進められようとしていた。諸々の証拠(残穢)を求めて。

 残念ながら()()()により、彼は小さな小さな骨壷の中に還り、弟の腕の中に抱かれている。

 

 

 

 

 何も残らなかった。全てを白紙に戻すかの如く白銀世界。

 

 浄界の再形成不可を悟った天元により、重ねて結界が張られたことによって事態は収束した。天元の領域を侵犯してまで()()()()内部を攻略する、というのは天秤が釣り合わないと判断したのだろう。

 

 天元の介入により不可侵領域(触れるな危険)として緘口令がしかれ、事実は対外的にも内々にも「落石事故」として処理された。

 

 

 

 

 

 

 

 額に縫い目の刻まれた術師が1人、忌々しげに眉を顰めてみせる。

 

(まさか彼にしてやられるとはね)

 

 全てが思惑通りに進むことはなく、天元の介入を引き起こした結果、呪具は回収できず()()の回収もままならなかった。

 

 真実は白銀の下。音もなく降りしきる雪のように沈黙を保つのか、それとも全てを掘り起こそうとする人間が現れるのか。

 

(それ程気にすることでもないかなぁ。やりたかったことは大体達成できたし。.........思ったよりも情勢が荒れなさそうなのが残念だけど)

 

 不変を望んで事態を沈黙させるなどつまらない男だ。散った重力の覇者に向けてそう吐き捨て踵を返す。

 

 

 

 数瞬後、大地を覆う雪には1人分の痕跡が残されていた。刻一刻と降りしきる雪は、あっという間にその痕跡を埋め尽くす。

 

 まるで最初から誰も居なかったかのように。

 

 

 

 

 

 

 全身に忍者装束のような白い衣服を身に纏い、口元を黒い布で覆った異様な風貌の男たちが現れる。どいつもこいつもそれなりの実力者だろう。眼前には3人、他に気配は感じないためこれで全員と見て間違いないはずだ。

 

「だ、誰ですか?」

 

 刀の入った鞄の紐を握りしめた憂太が尋ねる。彼も目の前の忍擬きが味方でないだろうことは察知しているらしい。額には脂汗が滲んでいる。

 

 

「五条悟の暴虐にも困ったものだ。このような危険因子を生かしておくなど」

 

「そういう訳だ。乙骨憂太及び間藤睡蓮、飛騨霊山山脈への不法侵入容疑で処分する」

 

 

 やはりお目当ては憂太の方らしい。処刑の無期限延長に業を煮やした上層部が、浄界侵入罪をでっちあげて無理矢理にでも殺しにきたといった流れか。

 

(最初に予想した通りじゃねぇか。ヤな予感ばっか的中するこの世界はマジでクソ)

 

「なっ!?でも、間藤君は僕の事情に関係ないでしょう?」

 

「お前の事情にはな。───間藤睡蓮、不服ならばお前の兄と五条悟を恨むんだな」

 

 俺もかよ。

 

 俺にこの禁足地任務が振られた時点で怪しいとは思っていたのだが。精々担任教師(悟くん)への嫌がらせ程度と想像していたが少々ツメが甘かったようだ。まさかこの場で諸共ぶち殺しに来るとは。

 

 

「アンタら里香に勝てると思ってんのか?天下の特級過呪怨霊だぞ」

 

「小学校の折に祈本里香を完全顕現させた際、次はないと忠告したはずだ。禁足地で"祈本里香が顕現した"とあう事実されあれば処刑理由に十分事足りる」

 

「里香の顕現前提ねぇ。ここの結界ぶっ壊す気かよ」

 

 上層部お抱えの秘密部隊のようなものだろうか。実力的には一級前後といったところだ。術式如何で事情は幾らでも変わってくるので一概にそうと決め付けることはできないが。

 

(やっぱ術式視える六眼は便利だよな)

 

 どうしたものか。

 

 悟くんも伊地知さんも、不自然に電話が切れた事で異変を察知するだろう。しかしながら、目の前の奴らがそのような失策を練るとは思えない。即座に駆け付けられない類の任務でも振っているのだろう。

 

 帳を破って逃げてもアウト、里香を出してもアウト。最善策は彼らをどうにかして悟くんが何とかしてくれるのを待つのみである。

 悟くんをアテにしてぶん投げることに忌避感がないわけでもないが。

 

 

「憂太、絶対にバレないようにするんだぞ。安心しろ、隠蔽工作は俺の十八番(オハコ)だ」

 

「何でやらかす前提なの!?」

 

「自分の胸に手ぇあててみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の男が針のような細長い武器を飛ばしてくる。一本一本に大した火力はなさそうだが、ただの針か否かが判明するまでは触れるべきではない。憂太の裾をひっぱり2人して後方に飛び退る。不着に終わった針はそのまま煙のように消えてしまった。

 

「憂太!」

 

 警告に気がついた彼が勢い良く右側に身体に捻る。憂太に命中するはずだった拳はそのまま地面にめり込み、辺り一面の地面を割り砕いた。

 

「うわぁ......」

 

「かすったら脳味噌トんでたな」

 

 恐らく増強系の類の術式だろう。例外(五条悟)もあるが、普通の呪力強化にしては()()()()。いくら術師が肉体強化でダメージを軽減できるとは言え、あの威力の拳をモロに喰らえば人によってはあの世行きだ。

 

 残りの1人は術式を使用する気配はない。両手にそれぞれ短刀を握っている。

 

 

 最善策は悟くんの到着を待つ事ではあるが具体的な時間がわからない以上、遅延戦闘作戦を練るのは無理がある。憂太を殺しに来ている以上、里香という爆弾がいつ爆発するかわからない。

 

「何か作戦あるか?」

 

「ごめん、何も思いつかない!」

 

「だよな!俺も!」

 

 現状を何とか理解して身を守るので精一杯のようだ。下手に怪我をしようものなら里香が顕現しかねない。あちらの二人とて里香を相手取れると勘違いする程驕ってはいないようで、隙らしい隙以外は碌に憂太を狙わない。

 その分こちらに攻撃が集中するのだが。

 

 針の相手だけはある程度勝算があるのか積極的に憂太を狙う。針の量は減る気配が見えず、刀一本で防ぎ切るには無理があるだろう。

 

「間藤君!」

 

「掠り傷だわ気にすんな!できればそっちをさっさと伸してくれ」

 

 憂太の被弾をゼロに抑えようと考えるならば、必然的に俺が攻撃を受ける羽目になる。心底勘弁してほしいが、まぁ里香が出るよりはマシ。

 こんなやべぇところで里香が顕現した場合、ここは切り抜けられても今後の展望が絶望的(死刑濃厚)だ。

 

 

 無数に飛んでくる針を全て回避できるはずもなく、既に何本か掠ってしまった。取り敢えず得物持ちの相手は憂太に投げ、制限呪力内でちまちまと時間を稼ぐ。

 

(身体の中にキショいのがいんな)

 

 腹のあたりに微かな違和感。天眼を発動しようにも上層部の狗の前でやらかす訳にはいかない。

 

 経験上、この手の違和感をスルーすると碌なことにならない事を俺は知っている。

 

 

 

「冴えてるじゃないか、クソガキ」

 

 

 

 自分の周りに重力を展開し相手から距離を取ったのと同時に腹の中から血液がせり上がってくる。咽頭内が咽せ返るような鉄錆の香りで満たされた。

  

「毒針か!」

 

「御名答。毒針を生成して飛ばす、これが俺の術式だ。大して長くもない飛距離を飛び終えると針は消えるが、代わりに生成できる針の本数に上限はない」

 

 術式を開示する相手の表情は心底こちらを見下した醜悪なものだ。開示によって効力を増した毒の効力は俺の体を着々と蝕んでいく。中々にクソみたいな効果の術式だ。

 

 

(そりゃ憂太相手にも強気に出るワケだ)

 

 

 毒である以上は解毒剤という治療法が存在する可能性もあるが、高専へ戻って毒物の特定を済ませ、解毒剤を入手するというプロセスは現実的でない。

 

 勿論憂太が反転術式を使用できるはずもなく、こんな孤立無援の状況で猛毒を喰らってしまえば生存の道はない。たとえ里香がいたとして、毒に満たされた身体はどうすることも出来ないのだ。

 

 怒り狂った里香が暴れないとも限らないというのに、自分たちの生命は二の次ということか。

 腹の決まった野郎を相手にするのは骨が折れる。うだうだと迷いながら戦うヤツより覚悟の決まったヤツの方が心底厄介なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「俺に作戦があんだけど」

 

 俺の惨状を目にして極限まで顔色を悪化させた憂太に近付いて、ありったけの力で突き飛ばす。()のいない方向に。

 

 憂太には悪いが、1番最悪なのは里香が顕現して暴れられることだ。憂太の今後が終わる。

 

 

 この状況は、俺が負けるはずのない相手に縛りプレイを仕掛けていることに起因する自業自得だ。俺にこの状況を切り抜けるだけの能力が存在するにも関わらず。

 

 縛りプレイをやめるつもりは毛頭ないが、それに憂太が付き合う必要はない。

 

 

 

 それに、心優しい同級生をみすみすと殺される訳にはいかないのだ。

 

 

 

 先に俺たちを殺そうとしたのはそっちだ。ならば殺されたとて文句は言うまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 己を押し潰す大木を撥ね飛ばし服についた砂埃を払い落とす。同僚たちの姿は見あたらないが、あの状況からこの場にいるのは間違いないだろう。

 

 あの4級のガキーー間藤睡蓮が死に際にヤケを起こしたのか、乙骨憂太以外の人間へ無差別重力攻撃を仕掛けて地面諸共に落下させたのだ。

 

 火力はそれなり、最悪だったのは地下に位置する鍾乳洞による空洞。亀裂の入った大地は空洞の存在により崩落し、雪崩のように我々を巻き込んで下へ下へと落ちていった。

 

 

 

(死に際の馬鹿力か。兄弟揃って面倒かけやがって)

 

 

 6年前、この禁足地で勃発した殺人事件。正確には、殺人事件となり得なかった。死に際に遺した間藤白蓮の置き土産(領域)は浄界を侵食し、内部は彼の残穢で満たされた。

 彼以外の痕跡を全て塗り潰すかのように。

 

 

 

 

 

 毒針である以上掠れば勝ち、だと言うのに白銀髪のガキに邪魔をされたのだ。死ぬ順番が前後するだけなので無駄な足掻き以外の何物でもないというのに。

 

 

 間藤睡蓮殺害の命題は達成できた。五条悟への嫌がらせで殺されるとは哀れなガキである。

 

 重力操術使いの1級術師と五条悟が親密な関係であったことは知っている。あの無下限の化け物が健気に「先輩」と慕っていたのだ。共に高専で教鞭をとり親しげに会話を重ねる様子には心底虫唾が走った。

 

(化け物が人間の真似事しやがって)

 

 五条の分家に産まれた俺は自分より少し下のガキを「悟様」と崇拝する大人に囲まれて育った。腹の中で陰鬱とした感情を抱えながら日々を過ごしていたが、五条悟の特異性を認識出来ぬほど愚かではなかった。

 

 友人として並び立った夏油傑も、何処までも唯の後輩として接した間藤白蓮も、先生だと()()ガキ2人も、全て腹に据えかねる。

 化け物は化け物らしくしているべきだ。

 

(まぁいい。乙骨憂太を殺せば最後だ。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェが頭か?」

 

 俺のものでも仲間のものでもない声色が響き渡る。目の前には先程自分が殺したはずの学生だ。開示までしたのだから針が2本も掠れば間違いなく死に至る。崩落を起こす前に吐血していた間藤睡蓮はとっくにあの世の住人になっているはずだ。

 

 ならば、何故この男は俺の目の前に立っている。

 

「毒はどうした」

 

「手間かけさせやがって。毒物の除去は面倒なんだぜ」

 

 その男は肩をすくめ此方を小馬鹿にするよう笑ってみせた。呪術として長年培ってきた己の経験が"危険"だと告げている。即座に毒針を生成し眼前の人物に向けて降らせる。諸々の疑問点は残るがその一瞬の迷いこそ命取り。さっさとカタをつけるに越したことはない。

 

(馬鹿な......何故当たらない!?)

 

 四方から降らせた針は見えない壁に阻まれるかのように動きを止め、限界を迎えて消失した。

 

「引き寄せの対義語は何だと思う?」

 

 数回程同じ行動を繰り返し、毒針攻撃がほぼ不可能だと悟った。特に反撃もせず「またソレか」とも言いたげな表情をこちらに向ける。

 

 苛立ちに歯を食いしばり、己の腕に呪力を込めて彼の頭へ思い切り振り抜いた。しかしながら先程と同様の結果となり、見えない壁のような物に拳が()()される。

 

「学校の授業で習うだろ?引力と斥力だ。地球を起点として働く万有引力───簡単に言えば重力だな。"重力"自体に斥力は存在しないが、術式となりゃ話は別だ」

 

 まるで世間話のような軽さで術式詳細が述べられる。間藤睡蓮が使用したのは重力効果を反転させる"術式反転"であり、反発力により俺の毒針が届くことは無かったと。

 

 背中に嫌な汗が伝い、心臓が不気味に拍動し始める。呪術界へ入って半年も経たない赤子同然の学生が反転を使用できるなどあり得ない話だ。だと言うのに、目の前の男は軽々と高等術式を扱ってみせた。

 

 

「試運転しときてぇんだが......術式によって残穢は変わんのか?」

 

 

 こちらを歯牙にも掛けず顎に手を当てて何やら悩んでいる。まだどうにもならないと決まった訳じゃない。反転を使用できるというだけで生き残れる程この世界は甘くないのだ。

 思考の海へ沈んでいるのか、生きていたらしい同僚2人の接近に間藤睡蓮が気がついている様子はない。

 

 彼らは間藤睡蓮生存の事実に驚愕していたが、片方の念話の術式によって簡単に事情を伝える。結論は満場一致で「殺害」だ。

 

 増強術式を所持する大原により渾身の一撃が撃ち込まれる。脚力と腕力を弄ったソレは何重にも重ねた鉄筋コンクリートすら易々と撃ち抜く。生半可な「斥力」ごときでは対象不可能だ。

 

 

「おっ、全員揃ったな」

 

 

 やっときたと言わんばかりの声色だ。

 まるで蝿を払うかのような軽い動作で振られた指から大原に向けて呪力砲撃が放たれる。単なる呪力放出であるはずのソレは全力の大原を軽々と弾き返してみせた。

 

「は......?」

 

 思わず喉から掠れた声が漏れる。強化状態の大原も決して小さくない怪我を負っている。コンクリート数枚抜き相当の火力を押し返したばかりか、強化の入った術師にすらダメージを与える規格外っぷり。

 

 呪力砲撃は呪力を持つ人間ならば理論上では誰でも使用できる。呪力を電気、術式を家電に例えるとその難易度がよくわかる。家電なしに電力を扱える訳がないのだ。呪力に指向性を持たせることは大変に難しい点に加え、そもそも消費呪力量が中々に笑えない。

 

「やっべ、やり過ぎた」

 

 指先を眺めて眉を顰める間藤に三人分の視線が集中する。その視線に恐れの色が含まれているのは嫌でも自覚させられた。

 

(どうなっている?このガキの呪力量ではこれ程の火力など出るはずない)

 

 正確な呪力量などはわからないが、それでもある程度の量は感知できる。このガキの呪力量はこの場の誰よりも少なかったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬のことだった。

 胴体に細長い帯のような物が巻きつき、身体を引っ張り上げられ空中へと投げ飛ばされた。着地のために受け身の体勢を取るが、身体が地面へと落下する気配はない。

 

 目の前には岩や大木から水滴に至るまであらゆる物が浮遊するという、通常では到底あり得ない光景が広がっている。

 

「三条隊長、ここは恐らく禁足地内です!」

 

「天元様の結界は!?」

 

 己の背後に浮かんだ大原と知念の言葉に頷く。 

 俺たちは天元の結界の()()で戦っていたはずだというのに、何故禁足地の中で宙を舞っているのだろうか。

 

 眼下の光景に目を凝らす。

 

 あちらこちらに不自然なクレーターが形成され、何よりも不自然なのは遠距離から一直線に地面を抉り取ったかのような跡だ。山の岩肌は露出し、割れた岩壁からは滝のように水が流れ出す。

 

 

 五条悟と間藤白蓮の戦闘痕。

 

 その他の一級術師とは一線を画す実力を誇った嘗ての"1級最強"の謀殺が表沙汰になったならば、いくら五条悟とて弾劾は免れない。

 

 だから6年前のあの時期に総監部が総力を上げて禁足地の調査に及んだのだ。残念ながら死に際にヤケを起こした間藤白蓮の領域展開擬きの所為で、五条悟の残穢は塗り潰されて検出されなかった。

 

(せめて間藤の死体から五条悟の残穢が取れていれば良かったものを!)

 

 補助監督の失態により遺体が火葬された点と戦闘の余波で現場が禁足地と化した点、この二つの原因により事態を明らかにする事は不可能だった。

 

 苦い記憶が脳裏を過ぎる。

 

 

 

 

 

 己らを禁足地へと放り込んだ化け物の存在を三条は失念していた。過去に惑わされている余裕など無かったというのに。

 

 

「"式業呪法 赤血 血雨"」

 

 

 赤黒い血液が三条らに雨の如く降り注ぐ。

 

「赤血操術だと!?」

 

 保守派筆頭たる加茂家の相伝術式である"赤血操術"を三条が見間違えるはずがない。攻撃の出所へ目を向けると、浮遊する岩を足場代わりにした間藤睡蓮が身体の周囲に赤黒い血液の帯を展開させている。先程自分を含めた三人を投げ飛ばしたのは、あの血帯で間違いない。

 

「赤血操術擬きな。見様見真似だがうまいもんだろ。気に入ってんだぜコレ」

 

 己のお気に入りの玩具を自慢するかのような言い草だ。血帯を鞭のようにしならせ二撃目が繰り出される。一本や二本どころの話ではない。

 無数の帯が頭上を優雅に舞う様子は、非常事態だということを失念して魅入ってしまう程度には神秘的だ。

 

 

 体勢を立て直そうにも、半無重力空間では上手く身体を扱えない。無重力に耐性の無い人間が擬似宇宙ステーションのような場所で自在に動けるはずがないのだ。

 格好の的たる3人は間藤睡蓮の意のままに切り裂かれ、夥しい量の血液が流れ出る。

 

 

「調子に乗るなよクソガキが!」

 

 

 半ばやけになって毒針を生成する。

 

 飛距離も顕現時間にも限りはある。しかしながら、呪力を込める量を増やせば強度と速度は上がるのだ。槍の如く真っ直ぐに突き進み、壁程度ならば貫通する。その一度に展開できる本数は減るが、三条の術式上ひとつでも当てられれば試合は決する。

 

 針が水平投射である性質上、無重力空間は寧ろプラスに働く。相手が反転使いとはいえ、毒物の治癒は通常の怪我を治すより困難だ。ある程度の時間は稼ぐことができる。

 

(この男について主に報告しなければ。.........五条の生徒は一体どうなっている!)

 

 

 弱点といえば、縦に長い分横からの衝撃に弱い。細長い針を物理攻撃で妨害される事など殆どないが、暴風レベルの風に横殴りにされたら話は別だ。

 

 

「テメェの針、暴風下じゃ使えねぇだろ」

 

「この空間で暴風など吹くものか!」

 

 

 間藤の眼前で何度か術式を使用してしまっていたため弱点は露見していた。だが、赤血操術に類似する術式では対処はほぼ不可能と言っていい。

 重力の壁で防がれたとて、その隙をついて迅速に去れば良い。

 

(いや、そもそも何故この男は異なる術式を所持している?)

 

 術師が生まれ持つ生得術式はひとつ。平安の世から変わらぬ呪術界における不文律だ。

 

 

「"式業呪法 疾風 高嶺颪"」

 

 

 横殴りに吹きつけた暴風によって毒針は全て霧散した。そのまま空中の障害物を巻き込み、物理的な威力を持った暴風()が吹き荒れる。

 

「悪りぃな。風系が弱点の術式には()()済みだ。詰めが甘いんじゃねぇのセンパイ?」

 

 思わず舌打ちしかけたが、口腔内を満たす鉄錆によって上手く舌が回らなかった。

 

 同僚の方へ視線を向ける。大原は術式で身体に強化を掛けたのだろう、この中では比較的軽症だ。不味いのは知念であり、もう意識があるのかすら定かではない。こうも一方的に弄ばれるとは。

 

 そんな様子を知ってか知らずか、間藤睡蓮が次を構える。

 

 

 

「殺す気か?」

 

「因果応報。先に俺らを殺そうとしたのはそっちだろ。業を作ったのはテメェらの方だぜ」

 

 背中に冷たい何かが走る。

 

 今まで同じような行為を繰り返してきたからこそ理解できた。この男は本気で俺たちを処分する心算だ。恐怖で怯えながらでも怒りに震えながらでもなく、ただただ淡々と。

 

 同じ感想を抱いたのであろう、限界まで腕力を強化した大原が腕を薙ぎ払った勢いで推進して間藤睡蓮に殴りかかった。

 

 向こう側も拳を繰り出しお互いの拳が衝突する。あろうことかせり勝ったのは間藤睡蓮だ。そのまま大原の手首を掴み上げ、再び血液の帯を展開する。

 

 

 

 

 

 

「テメェだけ残っちまったな」

 

 空中に漂う大原と知念の死体を背に間藤睡蓮が此方を見据える。

 まだ勝機はある。ここでの大きすぎる収穫でアドレナリン辺りが分泌されているのだろう。知念の方に奴が意識を割かれた一瞬で毒針を生成した。

 

 視線を不自然に流してフェイクを入れる。化け物じみているとは言えガキには変わりないらしく、見事に騙された。

 

 己の持ち得る全ての呪力を込めて、脳天目掛けて毒針を射出した。───瞬間、間藤睡蓮の歪められた瞳と視線がかち合う。失敗を悟ったが、意外にも攻撃は通った。脳天こそ避けられたものの毒針は命中したのだ。

 

 劇薬がじわじわと回っているのだろう、端整な顔からは脂汗が滲んで指先は震えている。

 

(なぜ反転術式を使わない?)

 

 間藤の表情は「うまくいったぜ」とでも言いたげな顔だ。全く理解が追いつかない己を置き去りに、間藤睡蓮が再び血帯を展開する。

 ここまでだろう。ならば、最後に己の成し遂げ得る最大限の置き土産を。

 

 

 

「間藤睡蓮、お前の兄を殺したのは五条悟だ」

 

「今更何言ってんだ?とっくに知ってるぜ」

 

 

 

 あぁ、失敗した。

 俺の置き土産はこの化け物に何ら手傷を与えることすらできなかったようだ。

 

 承知の上で高専に通うなど、どのような心算。ただ、きっと碌な結果にはならないだろう。それをこの目で見られないことが残念で堪らない。

 

 赤黒い血液の帯が眼前に迫り、視界が斜めにずり落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 天元の結界の外へ出て、先程崩落させた場所に横たわる。

 

 喰らった毒のお陰で身体は絶不調だ。身体を横向きにしなければ己の血で窒息してしまう。憂太よ、頑張って早く見つけてくれ。

 

 毒を喰らった後に憂太の眼前からフェードアウトしたのだ。再会する時にも毒状態でなければ怪しまれる。だから最後に()()()1発貰ったのだ。針を飛ばす方に威力を使っていたらしく、毒の効力はそれ程でなかったのは幸いだ。

 

 

 結界内では久しぶりにやりたい放題術式を使用したが、天元の結界の内側に調査など入らないだろう。結界方向へ残穢も残していない。

 

(そもそも俺が()()()()穴はとっくに天元が塞いでんだろうしな)

 

 物理的に結界内に侵入する猛者などいないだろう。天元はそこまで甘くはない。万が一戦場が結界内だと露見したとて、誰が貧弱な呪力量の4級ほぼパンピーの仕業だと疑うのか。

 

 乙骨の謀殺に巻き込まれた気の毒な学生以外の何者でもない。

 

 

 

 

 

 毒で錯綜する視界の端に人影が現れる。

 

「よかったぁ、生きてる」

 

 青ざめながら半泣き状態というある意味器用な表情の憂太に思わず忍び笑いが漏れる。笑いごとじゃねぇと怒られてしまった。

 

「ごめん、僕のせいで」

 

「気にすんな。そもそも殺そうとしてきた向こうがわりぃだろ」

 

 サムズアップしてやろうと思ったが、破れた制服から覗く腕は血塗れだ。「病院行かなきゃ!」と焦った憂太に担がれ、崩落現場から地上へと登る。

 憂太の白い制服が赤に染まっていく。金は払うので今度新調してもらおう。血液は簡単には落ちないのだ。

 

「帳は?まだ閉じてんじゃねぇの?」

 

「五条先生が来てくれたんだ。その、帳をおろしたのが高良、じゃなかった。本堂さんだったらしくて.........」

 

 高良もとい本堂の方もグルだったか。最後に聞こえたのは「高良は静岡」という伊地知さんの呟きだ。気配を感じなかったので結界内には居ないだろうと思っていたが。

 

 流石と言うべきか、風船を割るくらいの気軽さで帳を破ってしまったのだろう。

 

 憂太が小走りで草木に覆われた道を掻き分けていく。割と身長の高い俺を背負ってこの速度か。

 

「オマエ入学当初はもやしだったのに随分と逞しくなっちまったな。感心感心」

 

「今そんな状況じゃないよね!?」

 

 口を開くたびに血液が漏れ出るのでいい加減に黙っておく。憂太の肩が大変なことになっているのだ。

 

「睡蓮、無事?」

 

 出口まで辿り着くと悟くんの出迎えを受ける。若干焦っているのだろうか、声が少し硬い。

 結界の外には黒塗りの車が横付けされている。恐らく伊地知さんの車だろう。

 

 

「これが無事に見えるか?はやく病院行きてぇ」

 

「先生、早く間藤君を!」

 

 

 後部座席に憂太と横並びで座る。......というかほぼ膝枕だ。里香に睨まれた気がしないでもないが、野郎の膝は硬いので嫉妬はしないでほしい。

 

 本堂とかいう回し者の姿は見当たらないので、既に沙汰は済んでいるのだろう。「限界まで飛ばします」という伊地知さんの声を聞きながら目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高山市内の病院へ担ぎ込まれ、窓による治療を受けた後に入院となった。カルテに馬鹿正直に原因を書く訳には行かないため、"キノコ狩りで毒キノコを誤飲"という何とも不名誉な結果になった。俺がこの世で最も苦手とする食べ物はキノコであるため全力で抗議したが、訴えは退けられた。それを見た窓の人が何ともいえない表情を浮かべていたのが印象的だ。

 

「で、何があったの?」

 

 個室の病室を与えられ、顔を突き合わせているのは任務にあたった俺と憂太、それから後処理にあたった悟くんと伊地知さん。

 

「伊地知さんとの電話が切れただろ?ちょうどそん時に襲われたんだ。里香が何とかって言ってたっけ。あんま覚えてねぇや」

 

「すみません、僕もです。でもたぶん間藤君は僕のとばっちりで......」

 

 そう言えば、と憂太が顔を上げる。

 

「間藤君を殺せば五条先生がどうとか言ってたような」

 

「五条先生の生徒だから狙われたんじゃね?」

 

 憂太があの発言(兄さん)を覚えていないかとヒヤリとしたが、杞憂に終わったようで安心する。下手に反応して俺が疑われでもしたらたまったもんじゃない。

 伊地知さんは何とも言えない表情だ。

 

「乙骨君から話は伺っていますが、それ以降の話をお聞かせいただけますか?」

 

「そんな改めて話すことはねぇな。マジの全力で術式ぶっ放したら敵諸共地面の崩落に巻き込まれたんだ。どっかぶつけたのか、気づいたら憂太が目の前にいたぜ」

 

「本当によくご無事で......。あなた方を襲ってきた相手はどうなったかご存知ですか?」

 

「いや、しらねぇ。もしかしたら地面の下にでも埋まってんじゃね?」

 

「先程人員が調査に向かったのですが、現場に彼らの姿は見当たらなかったと。間藤君が崩落させた現場に微量な痕跡が確認されましたが、それ以降は追えなかったそうで」

 

 やっぱちゃんと調査はすんだな。当たり前だが、結界云々にまでソレが及んだ気配はないので一応安心する。

 

「テレポートか?」

 

「ポケモンじゃありませんから.....。やはり心当たりは無いようですね。今の時点では、彼らの()()()か同僚に転移術式の持ち主がいるのではという話です。禁足地から逃げるように残穢が伸びていたそうですから、帳の方へ逃げたのでしょう」

 

 実際は"反転術式"や"呪力砲撃"を使用するひとりの少年(やべぇヤツ)から距離を取っていたのだが。幸運にも禁足地から遠ざかる形になっていた。あの場に俺の残穢が残るのは当然の結果なので、特にやましい部分はない。

 

 

 

「あの老害ども」

 

 地を這うような声で吐き捨てた悟くんは随分とご立腹のようだ。どのようなやり取りがあったのかは定かではないが、俺たちが浄界侵入罪に問われることは無さそうだ。

 

 三条、知念、大原の三名が行方不明となったが上層部は事態を詳らかにするつもりは無いらしい。処刑の保留が決まった乙骨憂太を卑劣な罠で謀殺しようと試みた、など流石に外聞が悪すぎる。

 

 本堂が手違いで帳をおろし、焦った学生が担任教師に通報した。電話が通じたのも何らかのバグだと。

 

 表向きの結末はここへ落ち着いた。

 俺に取ってすこぶる都合の良い結果に終わったので及第点だろう。

 

 

 

 

 

 

 悟くんにも特に不都合が露見した様子はない。

 

 重力操作のアレはちょっとやり過ぎたかとも思ったが、地下に空洞が存在するのは承知の上だったため、まあこんなものだろう。

 

 六眼と包帯越しに視線が交差する。彼の瞳に映っているのは単なる()()の瞳であるはずだ。

 罷り間違っても彼の前で"天眼"を発動させるような愚行はしない。術式でないとはいえ、六眼には看破される自信しかない。

 

 

「どうしたの?」

 

「腹減った。ラーメン奢ってくれ」

 

「さっき胃洗浄したばっかでしょ」

 

 

 徒然なる日常は未だ続く。




誤字報告ありがとうございます
8/17 15:22 修正しました

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