「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件 作:赤福かき氷
じわりと汗が滲むような季節。青々した木々からは蝉の鳴き声が鳴り響き、澄んだ青空にはくっきりとした入道雲が浮かんでいる。気温は35℃を超える日もザラにあるが早朝はまだ幾分か涼しい。開いた窓から冷たい空気が教室内に吹き込んでくる。
「お前らの携帯生きてるか?」
早朝から窓の側に椅子を並べて全員で駄弁っていると、携帯の画面を覗きながら眉を顰めた真希が声を上げる。俺の携帯は電波が4本しっかりと立っている。そもそも高専内にはWi-Fiが通っていたはずだ。圏外になどなるはずがない。
「しゃけ」
「僕のも問題ないかな」
憂太も棘も特に問題ないらしい。しかしながらパンダだけは真希と同じ反応を返す。2人の携帯画面を覗き込むと検索欄に「404」という文字が表示されている。Google検索を使用した際この様になったそうだ。
「睡蓮、お前術式使ったか?」
「重力に電波妨害の機能はねぇんだよな。」
同じ教室にいてここまで個人差が出るものなのだろうか。5人とも機種はiPhone7であるため携帯のスペック差が原因とは考え難い。再起動を試みても変わりはない。携帯会社に問い合わせようにも、今の時間帯では営業時間外だろう。
Twitterを立ち上げ検索窓に「404」の文字を入力する。不思議なことに、早朝であるにも関わらずそれなりの書き込みがヒットする。試しにTwitterトレンドを確認すると、上から三つ目辺りに「404」と上位入りしているのが目に入る。
日付を跨いだ辺りから不具合が目立ち始め、不便を訴えた利用者が騒ぎ立て、その様子を見た第三者が書き込んだ結果らしい。深夜とはいえ、ネット住民の主な活動時間は主にその時間帯であり、被害者はかなりの数であるようだ。
「すぐTwitterに飛ぶ辺り、現代っ子ここに極まれりだな」
「オマエらこそ学生だろ。もっとSNS使おうぜ」
ネットに蠢く思考が指向性を持って呪霊の発生となる事例も少なくない。きさらぎ駅などが良い例である。
SNSが普及した現在では昔よりもそれが顕著だ。負の感情の溜まり場でもある電子世界を好まない術師は一定数存在する。
「インターネット会社の不具合か?」
「白犬もキノコも関係なさそうだぞ」
呪霊の仕業かとも疑うが、電子世界へ干渉する類の呪霊など中々想像できない。いたらいたで悍ましいが。
(おい、コレ術式じゃねぇか!)
試しにこっそり2人を
ついに呪霊は電子世界にすら進出したのか。何て時代だ。
術式の構築にもざっくりとした特徴が存在する。
例えば、赤血操術ならば"廻る血液"を表すような紐状の呪力で式が織られている。呪霊操術ならば"支配"を表すかのような縄状の式だ。
この構築式の特徴を再現し、式業呪法で「擬き」の術式を生み出す。再現可能な程に解析が進めば
無下限呪術の構築式には終点が存在しない。"無限"という名を冠する通り、構築の一部を眼で追っても終わりに辿り着くことが出来なかった。
だから未だに
いかん、脱線した。
術式は真希とパンダにぐるりと巻きつくように発動している。六眼鑑定に出せば詳しい事情もわかるだろう。俺は「構築式」が視えるだけで「効果」まではわからない。
「流石に不自然だよな。範囲が不規則な上に広すぎる」
「
勘がいいな。
しかしながら、電波障害を起こす呪霊など聞いたこともない。Twitterの呟きを見るに、東京にとどまらず。関西圏や北陸地方などに至るまで被害規模はかなりのものだ。
携帯が使用できない事には任務の続行も難しい。連絡が取れなければ連携もままならない。俺だってポケカの抽選会の際にネットが死にでもしたら割と惨事だ。
「おや、みんな揃っていたのか」
壮年の男性が教室に足を踏み入れる。少し白の混ざった黒髪をオールバックにしてかっちりとスーツを着込んだ、如何にもお堅そうな人相の補助監督だ。
生徒らの手元に目線を落とし、携帯片手に頭を抱えている様子から事態を察したようだ。
「君たちの携帯も駄目そうだな。"404"か?」
「真希とパンダのが死んでるぜ。他三人は無事だ」
彼は軽く頷くと「邪魔をしてすまなかった」と告げて教室から出て行こうと扉に手を掛けた。待ったを掛けたのはパンダである。
「待ってくれよ。"404"ってことは何か知っているのか?」
「事情も説明せずにすまないな。既に知っているかもしれないが、どうにも広範囲で不自然な電波障害が起こっているようでな。念の為に学生の状態を確認してこいと、まぁ夜蛾の使い走りだ」
呪術師にとっても他人事ではない。近代化したこの社会において連絡手段は専ら携帯。先程も言ったが、連絡が取れないと任務に支障がでる。
流石に不味いと思ったのか、夜蛾学長及び高専も本格的な対処に乗り出そうとしている最中らしい。
「パシリやってんの?勿体ぶらずに全部吐けよ」
「ちょ、っと間藤君!」
青ざめた憂太に裾を掴まれる。補助監督相手に失礼こいた同級生に声が裏返っている。件の補助監督は軽く溜息をついた。
「問題ない。だってあれ、俺のパパ」
同級生4人の視線が俺に集まる。「そういや父親がOBだの元補助監督だの言ってたな」と呟いたのは真希だ。
憂太は知る由もないが、特級過呪怨霊に腰の引けた補助監督は決して少なくない。つまり、高専の補助監督は割と人手不足だったのだ。頭を抱えた夜蛾学長が学生時代の先輩である俺のパパに声を掛け、6年ぶりに復職という流れになった。
それなりの歳を重ねているだけあり、補助監督として優秀な部類に入るパパの復帰はそれなりに喜ばれたらしい。
訳あって高専入学にはガチ目に反対された。勿論担任が五条悟だというのも原因の半分くらいを占める。
復帰の打診を受けた際、息子が通っているならばと承諾したとか何とか。
「似てねぇな。主に性格が」
「おっ、乱闘か?」
その辺りにしておけ、と嗜められる。
今のところ電子機器自体に不具合があると目されているが、実際の事情は少し異なるようだ。
連絡機器ーーつまり携帯電話などを2台持ちする輩は中々いないで発覚していないが、どうにも
試しに真希に俺の端末を弄らせてみると、見事に404の表示がでる。俺が真希の携帯を操作すると電波が4本に復活する。問題は機器ではなく使用者の方にあるらしい。
だから術式が真希とパンダに巻き付いていたのか。
「なら真希とパンダは解決するまでスマホ無し生活?ぜってぇ無理だろ!」
「お前と一緒にすんな」
やいやいと騒ぐ俺を見るパパの視線には呆れの色が含まれている。
「流石にこのままじゃ任務に支障が出るんじゃない?」
心配そうな憂太の声にそれもそうだと同意する。流石に連絡手段を持たないまま任務へ向かうのは不味い。
「夜蛾に軽く事情を説明したんだが、何人かの術師や補助監督にも被害が出ているとのことだ。何処で呪われたか定かではない以上、早急に原因を突き止める必要があると」
徐に電話を取り出し、何かを報告していたパパが電話を切るとこちらに向き直る。
早朝、任務に取り掛かろうとしていた術師や補助監督からの訴えも数件届いているそうだ。人々が活発に活動し始める時間帯になれば、被害報告は更に増加するだろう。
「朝からインターネット会社は紛争状態だそうだ。ここまで原因がわからないとなれば、十中八九呪いだろうと」
学長によると、現在進行形で被害にあった窓、補助監督、術師やらの呪術界関係者に話を聞いて回っているらしい。何処かに呪いの起点があるのではと。
「ほーん。パンダら心当たりあるか?」
「心当たりっつってもな。最近行った遠方任務なら真希と行った埼玉くらいか?俺は電車ムリだから高速つかって」
「私もパンダと同じだな。特に心当たりはねぇけど」
「、、なるほどな」
携帯の画面を眺めながらパパが呟く。
他の関係者の話を纏めると、ここ最近で埼玉や群馬を訪れたという証言が一致した形になるそうだ。仮に原因がそちら方面だとしても、埼玉県に群馬県など範囲が広すぎる。
「『翔んで埼玉』って確かラストで"全国埼玉化計画"立ててたよな。埼玉パワーか?」
「睡蓮、色んな方向から叱られる。馬鹿を言うのもいい加減にしなさい」
「でもアレもうすぐ映画やるんだろ?」
ネットでは「正気か」「やったな映画会社」という呟きが飛び交っていた。はっきり言ってめっちゃ観たい。誰が麗様やるんだろ。
俺を無視したパパが被害報告を纏めたらしきPDFに目を凝らす。
「阿呆に同意するつもりは無いが、埼玉方面に何かあるのは間違いないだろう」
凡その共通点はひとつ。
どの被害者も埼玉や群馬辺りを訪れる際に車を使用した点だそうだ。反対に埼玉県民の被害は殆ど報告されていない。被害者らはここ数日間で東京ー埼玉の往来を経験した者が殆どだった。
「これだけの人間を呪うわけだろ?かなり強そうな呪霊だな」
パンダの意見に揃って頷く。呪術関連者の被害者報告だけで既に二桁まで及ぶ。真偽溢れるTwitterの声の1割程を真実だと仮定しても、十分異常事態と呼ぶに足数だ。
その様な呪霊に遭遇したら気がつきそうなものだが、余程潜伏能力に優れていたのだろうか。
「私ら伊地知さんと任務だったよな?伊地知さんはどうなんすか」
「伊地知君も駄目だな。、、だがこれで概ね絞りこむことはできた。彼と共に埼玉方面へ赴いた禪院さんとパンダ君も"404"ならば、原因はその道中にある可能性が高い。不特定多数が被害に遭うともなれば、任務地の呪霊は関係ないだろう」
埼玉へ任務へ訪れた三人が纏めて被害に遭ったとなると、十中八九原因はその道すがらにあるのだろう。
「パンダが電車に乗れねぇ所為だな」
「しゃけ」
「不可抗力だろ」
パパは携帯片手に何処かへ行ってしまった。恐らく学長室で間違いないだろうが。
「おいパンダ、なんか覚えてねぇのかよ」
「無茶言うな。真希だって大したもん見てないだろ」
どんぐりの背比べである。
二人が特に何も見ていないということは、堂々と呪いを撒き散らす呪霊らしきものは存在しなかったのだろう。パパ達とて同じ点まで思い当たっているはずだ。どうせその内解決するだろ。
太陽が徐々に天球のてっぺんへと接近し、気温が上昇する。早朝よりも随分と暑くなった。本当ならば任務があったのだが、呪術関係者まで「404」の呪いを受けたとあって一律待機が言い渡されているのだ。
インターネットが使用できないため諦めて二度寝を決め込む呪術師や、カラオケへ訪れてストレス発散する呪術師などそれぞれの臨時休業を楽しんでいる。
下手に対処して被害が拡大しても困るのだ。対処方が判るまでは束の間の休日を楽しもう。
「クッソ、ネット使えねぇのが不便すぎる」
真希が苛立ち紛れに吐き捨てる。俺だって真希の立場ならキレている。現代っ子としてスマホ無しには生きていけない。
「お前ら何か案だせ。どうせ暇だろ、原因突き止めるぞ。いつまでも呪われたままじゃ気分わりぃからな」
怒り心頭の真希によって、俺たちを巻き込んだ捜査会議が勃発した。俺は帰って二度寝するつもりだったが、憂太と棘も乗り気なのでまぁ付き合おう。
「Googleマップに足取り追跡機能とかついてねぇの?俺が代わりに捜査すれば確認できんだろ」
真希のスマホを受け取りGoogleマップのGPS機能を表示させる。東京から首都高速5号池袋線を利用し埼玉県へと足を運んだようだ。帰り道も同様である。
「、、怪しいのは道路か?」
「何でそう思うの?」
「道路って何かとアレじゃん。"橋の下ライバル"とかトラウマもんだぞ」
道路を歩いていたら唐突に勝負を挑まれる例のアレ。事前準備のままならない通行人に強者が襲いかかる、回避不可のイベントだ。あのゲームは初見で道路を不用意に歩くのはそれなりに危険だったりする。
「何だよそれ」
「某モンスターゲーム」
「睡蓮いい加減にしろよ」
ふざけた仮説だが、高速道路に問題があるとすれば今回の件は納得だ。首都高速など日本中のありとあらゆる人間が利用する。大阪出張や北陸旅行などの例を考えるならば、被害規模が日本中に広がったのも納得である。
「このまま復旧しなかったらどうなるのかな?」
「やばいのが「機械」じゃなくて「個人」なのがバレたら不味いと思うぜ。そろそろ人間が活発に動き始める時間帯だし、被害はどんどんデカくなるはずだ」
もしかして思ったよりヤバい?と冷や汗をかく憂太を横目にテレビのリモコンを操作する。丁度めざましテレビが放送中だ。
テレビを指さすと全員が画面に視線を向ける。テレビはアンテナ受診の衛星放送であるため、真希もパンダも支障なく視聴できる。
『原因不明の大規模電波障害にてーー』
『各インターネット会社も未だ原因の特定に至っておらずーー』
アナウンサーが淡々と原稿を読み上げるが、背後のスクリーンに映し出されるインタビューの様子は中々に惨事だ。
首都高速を使用した人間は思った以上に多かったらしく、早朝時点の被害規模より一段上をいっている。今日の近代社会で、都心のビルなどに位置する会社でインターネットを使用しない会社などほぼ皆無である。仕事にならず、臨時休業を決めた会社も少なくない。
我々は十中八九呪霊の原因だろうというところまでは理解できているが、パンピーにそんな事情知る由もない。Twitterではトレンドのトップに「404」が躍り出てネットではサイバー犯罪等の陰謀論が囁かれている。
某国家の仕業だと訴える人間すら出てきており、事態が最悪の場所まで突き進めば国際問題だ。
(マジで大惨事だな)
懐古主義の呪術界はネット関連に強い人材が多いとはいえないため、社会情勢の対処はその他政府機関に投げるしかないのだろう。
想像以上の惨事に真希もパンダも引いている。自分たちとて一連の被害の一員だと思うと複雑なのだろう。
机の上に伏せられていたスマホが振動する。着信画面にはパパの名前が表示されていた。どうせならとスピーカーにして電話を繋げる。
『睡蓮、まだ全員教室にいるか?禪院さんとパンダ君に質問がある』
スピーカーに向かって揃って返答した。
『君たちは荒川付近のICから首都高速へ入っていたはずだ。ICを通り抜けた際に何か感じなかったか?』
どこだよソレ、との疑問に憂太がGoogleの画面を表示させる。検索を掛けるのが被呪者で無いならば問題はないらしい。
2人は特に心当たりがないようで首を振る。画面の向こう側にもその雰囲気が伝わったのか、パパの口から事情が説明される。
「俺らは首都高速がやべぇって予想してたんだけどあってる?」
『概ねその通りだ。正確に言うならば、首都高速を通行することではなく"荒川を渡って該当するICを潜り抜けた"者に呪いが付与されている。』
対処にあたった関係者らは、もうなり振り構わず事情を聞いて回ったそうだ。流石にめざましテレビで大々的に報道されたら不味いよな。
二次災害も起こりかねないし。
誰が何処から高速道路に乗って何処から降りたのかなどという細部まで調査した結果、パパの言うような事実が発覚したそうだ。
"荒川を渡る"という行為が不味かったらしい。呪術的に川を渡ると不味い云々の話は正直専門外なので全くわからないが。
平安初期に「武蔵国水勞」や慶長の「諸国出水」、近代以降では最大の明治43年の大水害と天災に事欠かない。呪術全盛期の平安から今に至るまで人命を脅かし続けた荒川は、言ってしまえば霊川とでも呼べるシロモノだ。
(呪霊が憑いてたのはICの方だな。霊的なアレを引っ提げて潜ったせいで効果が悪化しちまった感じね。)
術師が件のICへ向かっているそうだが、ある程度の知能がある呪霊ならばとっくにトンズラしている頃だろう。
誤字報告ありがとうございます!
7/1 20:01 修正しました