「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件 作:赤福かき氷
ごった返す人混みを掻き分けるようにして道を進む。平日とはいえ天下の新宿、学生から外国人に至るまでありとあらゆる人々が各自の時間を過ごしている。
先日の「404」の際は臨時休校にも関わらず、俺と真希は休日出勤する羽目になったのだ。今日はその代わりのオフである。新宿へ出るから遊びに行かないかと真希も誘ったが、予定があると断られてしまったので仕方がない。
新大久保駅から徒歩10分、近場のGEOに足を運んでいた。Switchは品薄状態で手に入らないため、Switch発売によって値下げされた3DSのソフトを物色しに訪れたのだ。
「らっしゃっせー」
良い感じにやる気のない店員に迎え入れられ、ゲームソフトの棚へと向かう。
(ビデオテープとかまだ売ってんだな。)
今はもうBlu-rayの時代だ。テープ挿入口のついたテレビ機器などが残っている家の方が少ないのだろう。しかしながら、中にはその手のコレクターによってプレミアが付く物もある。この様なレンタルショップで貸し出されているテープにその類があるとは思わないが。
テープの棚から何処となく不穏な気配を感じた。呪霊かよ、と内心溜息をつくがどうにも違うらしい。
ルパン三世、タイタニック、ローマの休日と昔の有名どころがずらりと並ぶ棚を指で辿っていくと、気配の元に辿り着く。題名に何も書かれておらず、何のテープかもわからない。ひっそりと
呪物ならば高専に提出するべきだろうか。掌の中で弄ぶが見た目に変わった点は見られない。先に自分の用事を済ませてから考えようと棚に戻す。
「お客様。」
先程のやる気のない店員とは別の、年嵩のオーナーらしき男性に話しかけられる。表情こそ穏やかさを装っているものの、裏側から僅かな焦燥感を感じる。
「何?」
「そちらのビデオ、ご覧になられないのですか?──いえ、申し訳ありません。若い方がカセットテープを手に取られるのは珍しかったもので。」
私の若い頃は揃いも揃って棚の前に雁首並べていたのですがねぇと朗らかに語る。
「宜しければ無料でお貸ししますよ。なぁに、若い頃を思い出させて頂いたお礼です。」
ぱっと見善意の申し出であり、昔を懐古する年配といった様相だが何とも怪しい。固辞しようと試みると、遠慮するなと若干強引に勧められる。
高専に提出するか迷っていた点に加え、後からレンタル経費の申請をするのも面倒なので有り難く受け取っておく。オーナーは明らかにホッとした様子だ。
「家にビデオデッキなんてねぇぞ」
そう告げるとオーナーの眉が僅かに跳ね上がる。俺にテープを渡す事が目的かとも思ったが、どうにも違うらしい。
「そうだ、休憩室にビデオデッキがあるんです。宜しければそちらでご覧になっていかれませんか?」
「そんなに長居したくねぇんだよな」
「そちらのビデオは10分とかかりませんよ。物の試しだと思って」
どうしても中身を俺に見せたいらしい。普通の学生ならば"優しい年配オーナー"で済んだのかもしれないが、生憎俺は呪術界の擦れた高専生なのだ。陰謀の香りしかしない。中身を直球で尋ねても「見てからのお楽しみです」と笑顔ではぐらかされる。
断るのも面倒臭くなってきたため、裏の休憩室へと案内してもらう。ビデオデッキに大量の古本、積み上げられた漫画という光景は、レンタルショップここに極まれりといった様子だ。
「私は表に居ますので、ゆっくりご覧になってください」
箱からテープを取り出してデッキに入れる。聞き慣れない機械音を鳴らしながら黒い入り口に吸い込まれていった。
画面は白黒の砂嵐に覆われ、ジリジリとした不愉快な音が流れ出す。数秒ほど砂嵐状態が続いた後、とつぜん画面が切り替わった。森の中にある井戸らしき映像が白黒で流される。
俺はコレを知っている。
(またかよ!呪いのビデオじゃねぇか。)
誰もが知るあの「貞子」と呼ばれる創作怪談話だ。
1991年に鈴木光司という作家によって、リングという名の怪談小説が発表された。
俺とて読んだ経験はないが、「ビデオを見たら貞子が来る」「貞子は井戸から来る」といった一般的なあらすじくらいは知っている。その手の愛好家ならば"怪しいビデオテープ"と店長の様子を見たら察する所があるのかもしれないが、生憎俺は概要くらいしか知らない。
そもそもこの話は完全な創作話だったはずだ。テープが現実に存在するなど考えられない。
オカルト掲示板で有名どころの姦姦蛇螺とて、落窪村の住人が集客の為に意図を持ってネットに流出させていた現存呪霊だった。
ネットで検索をかけてもよかったのだが、得られる情報全てが正しいとは限らない。電子の世界へ投げる前に現実の人間に尋ねよう。
同級生のグループLINEに「急募:貞子のあらすじ」と入力する。運が良かったのか、ものの数分で返事が返ってきた。
ビデオを観たら一週間後に死亡し、回避するためにはビデオの複製を他人に視聴させること。
ざっくりと纏めるならばこのようになる。このテープとの関連性は定かではないが、これならばオーナーが執拗に勧めてきた理由にも納得がいく。粗方俺を身代わりにでもしようとしたのだろう。
(このテープ自体に呪霊が取り憑いてんのか?、、呪具って雰囲気じゃねぇしな)
さて、どうするか。
このテープが「元ネタ」のソレと同じならば、このまま再生ボタンを押して最後まで視聴した時点で俺が呪われるのだろう。さっきオーナーの方を
「一週間後に死ぬってアバウトすぎんだろ。貞子が家凸でもしてくんのか?」
ぼやいていると部屋の外から「どうかしましたか?」というオーナーの声が聞こえる。どうやら部屋の外で様子を伺っていたらしい。このまま再生を続けても俺にメリットは無い。停止ボタンを押そうとリモコンを手に取ったとき、脳内にひとつの考えが過ぎった。
そのまま再生ボタンを押し、井戸の中から長髪の女が這い出てくるのを
腹の中に虫が蠢いているかの様な不快感。
脳が映像を認識した瞬間に内から湧くタイプの呪いだろうか。
術式の構築式も中々にえげつない。精子によく似た形のナニカの頭部と尾部に当たるだろう部分が結合して円形となり、それらが無数に蠢いている。
(精神干渉タイプの術式か)
俺としては
テープを観たらテレビから呪霊が這い出てくる、などという何の益も無いパターンでなくてよかった。
後はオーナーの様子を確認するだけだ。
「どうでした?」
「ホラーも偶には悪くないな。最後は砂嵐で終わっちまってたけど続きはねぇの?」
言外に最後まで観たことを申告すると、オーナーの表情には隠しきれない安堵の色が浮かんでいる。やはり確信犯だな。
俺の腹の中では今でも
「あのビデオはどっから?」
「ゆ、友人からです」
「その友人は今何を?」
先程までは喜び一色だったオーナーの顔色が少しずつ悪くなっていく。
"貞子"などある意味誰もが知る有名人だ。髪の長い人間なら一度は真似事をしたことがあるだろう。実際小学校の同級生にも沢山いた。俺がオーナーの所業に気がついたと勘付き、今更罪悪感でも抱いているのだろうか。
オーナーが非術師であることを確認し、天眼を発動させて彼を眺める。不思議なことに、術式の発動痕は無いが、不自然に呪力の付着した跡が目に入る。六眼など無いため個人の認識の範囲内に収まるが。
ついでに自分の腹部を眺めると、予想通り先程の円形が渦巻いている。腹の下の術式とはいえ天眼はその辺問題ない。
「おっさん、全部吐け」
罪悪感か、或いは安心感か。定かではないが、オーナーの口からは事情がすらすらと述べられる。
憔悴しきった友人に呼び出され、このビデオテープと同じ物を渡されたそうだ。時間も無いのでその場で視ることは叶わず、「絶対今日中に観てくれ」と何度も念を押されて。
運が良いのか悪いのか、その後は仕事に追われて日付を跨ぐまでに観ることは不可能だった。ビデオを観たのは午前2時を過ぎたあたりだったそうだ。
「そんでアンタも観ちまったと」
あんまりにも不気味な内容に、件の友人に問い合わせようと携帯の電源を入れた所、断末魔とも恨み言とも言うべき言葉が羅列していたのとことで。
「朝になって友人の家を訪ねたところ、彼はもう、、」
「死んでたワケだな。死因は?」
「心筋梗塞です。、、でも、亡くなる5日前の人間ドックでは問題無かったと」
それだけでは単なる偶然の可能性もある。俺の表情にその疑問は現れていた様で、その感情が伝わったらしいオーナーが半ば叫ぶ様に言う。
「あの話に
「あー、"リング"だっけか?」
友人の鬼気迫る様子に無言電話などの不審現象、その怪談創作の話の内容と状況が殆ど一致していた。友人の部屋を漁り、見つけたレンタルショップのレシートの日付は亡くなる一週間前。
「到底あり得ない話ですが、これは現実だと認識せざるを得ず、、」
そこからは誰かにビデオを見せることで頭が一杯だったそうだ。
(実際モノホンだしな)
呪霊というのは人間を殺してナンボと言っても過言では無いというのに、一週間の猶予とそれ程難しくない解呪条件を与えてしまえば機会も失われる。それでは呪霊の利益は少ない。
ならば、"ビデオを観せる"行動自体が目的だとしたら?
ひとつのテープを2人で観たらならば、次に必要なテープはふたつ。この被呪者は鼠算方式で増加していくのだ。理論的に考えるならば、辿り着く先は
元ネタに沿った行動の結果か、元凶だろう呪霊に明確な意図があったのかは定かでは無いが。
実際予想は正しかった様で、オーナーの腹には
今回俺が興味を持ったのは
未だ不可侵への
(ここらで別の無限関係の構築式見てみたかったんだよな。今回のは無限自体に関係ねぇけど)
だから、態々全部視聴してやったのだ。
「君のような子供に、本当に済まない」
後悔を滲ませながらオーナーは頭を下げる。最初はかなり強引に呪いを押し付けようとした挙句、安全が保障された途端にコレか。まぁ仕方ない、人間我が身が1番可愛いのだ。オーナーとて、
こんな呪霊如きに呪われた程度でどうこうなる俺ではないので問題無いが。オーナーは知る由も無いが、俺は
「オーナー、今日のことは絶対誰にも言うなよ。漏らしたら、俺がこの複製をアンタの家族に渡す」
オーナーの左手薬指に輝く銀色を眺めながら言う。彼の携帯には可愛らしいウサギのシールが貼ってある。脅しは有効だったようで、彼はへたり込んで首を縦に振っている。
彼の手を取って兄譲りの端正な顔に笑みを浮かべた。ついでに呪霊も何とかしてやるのでこれくらいは許して欲しい。
「ここってゲームソフトいっぱいあったよな?」
*
「部屋にこもって何やってるの?」
貸し出す約束をしていた漫画を取りに部屋まで来たらしい憂太が首を傾げる。憂太の視線の先には、枕元にたけのこの里を始めとしたお菓子を積み上げ、寝転んで3DSに興じる俺の姿がある。
「GEOのオーナーが太っ腹でな。カセット大量におまけしてくれたんだぜ」
「そうなんだ、良かったね!」
欲しいのあったら持ってって良いぞ、と声をかけるが申し訳無さそうに首を振られる。他の三人だったら根こそぎ持ってくぞ。
「大乱闘だ!懐かしいなぁ」
「憂太コレやってたのか?」
「うん。あんまり強くないけど……」
「全員ゲーム機本体は持ってるよな。うっし、全員呼び出してスマブラ大会しようぜ」
憂太も同級生たちと遊べるのは喜ばしいようで、元気に返事をして他の三人を呼びに走る。たけのこの里を二、三粒放り込み、胃袋の中に甘みがじんわりと広がる。
蠢く不快なナニカはもういない。腹はとっくにスッキリしていた。
評価バーが真っ赤な満タンになってて1人でニヤける今日この頃
評価を入れてくださったみなさまに感謝です。これからも赤福かき氷にお付き合いいただけると幸いです^ ^
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