「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件 作:赤福かき氷
寄木細工とは、その名の通り「木を寄せ集めて」つくる工芸品である。様々な樹木が持つ自然の色彩を活かし、六角麻の葉や七宝矢羽といった精緻な幾何学模様を作り出す技術による日本の伝統工芸だ。
江戸時代の末期に箱根町で石河仁兵衛という人物によって作成されたのが最初だと言われているが、細工の起源は意外にも平安時代まで遡るそうだ。
精緻な樹々が複雑に組み合い、正しい手順を踏まなければ箱を開けられない「秘密箱」と呼ばれる物も存在する。簡単な物ならば数度の試行を経て開くのだろうが、気合いの入った箱だとそうはいかない。
「何これ全然開けられないんだけど」
「俺この手のパズル苦手なんだよな」
先日の姉妹校交流会後、京都市内を散策していた際にこの寄木細工の箱が売っているのを発見したのだ。星先輩のお眼鏡に適ったようで、こうしてお土産として東京へ持ち帰られている。
可愛らしいパズル程度の認識で購入したらしいのだが、想像以上に箱のガードが硬いようだ。「壊したらいいじゃん」などという野暮は言ってはいけない。
俺とてゲームを全て攻略本に頼るのは抵抗がある。一周目は自力で四苦八苦しながら進めるのが楽しいのだ。だから俺はアカネのミルタンクで詰んだ。
「秤先輩はどこいったんだよ。なんで俺?」
「だって暇そうなの睡ちゃんだけだったから」
寮で惰眠を貪っていた俺は、先刻先輩命令だと談話室まで引っ張ってこられたのだ。3つある内の1つを渡され、男子二人で顔を突き合わせてちまちまと箱を弄る羽目になっている。
目を細めたら2人ともギリ女子に見えなくはないんだろうな。いや、ガタイからして無理か。
「こんなカンジの怪談話なかったっけ?」
「"コトリバコ"だろ。オカルト掲示板で有名なアレ」
星先輩が掲示板の与太話を知っているとは思わなかった。
コトリバコ、掲示板で殿堂入りを果たして多くの人に知られた怪談話だ。この寄木細工のような木箱を作成し、雌の畜生の血で中を満たす。最後に間引いた子供の体の一部を詰めて完成する。
効果は女子供を惨たらしく殺すというもの。周囲にいる彼女らの内臓を捩じ切るという形で呪うのだ。話によると効力の強い箱が幾つか残っているらしいが、どこまで本当か定かではない。
(ネット上のコトリバコはどうか知らねぇけど、それに準ずるものはあるんだよな)
そのおかげで五年間も
「なんで箱開けてる今それ言うんだよ」
「なんか金ちゃんの任務に似てたから。箱型呪物を回収しろって」
「それ大丈夫なやつ?」
星先輩曰く、秤先輩は長野県の山奥まで呪物回収任務に赴いてるそうだ。
昨日未明、長野県のとある村に訪れた販売業者が第一発見者として通報し、事件が発覚した。血塗れの遺体が多数転がっていたため熊の仕業かと通報したそうだ。
『昨日未明、長野県中部の心房村で熊が出没し───。地元の猟友会が討伐に──』
テレビをつけると丁度お昼のワイドショーで特集が組まれている。大正初期の三毛別ヒグマ事件や末期の石狩沼田幌新事件など、熊による広く知られた悲しむべき死亡事件の例も過去には存在する。今だって偶に"ZIP"で住宅街に出没した熊がすっぱ抜かれているのだ。
「熊の所為じゃなかったんだな」
「らしいよ。金ちゃん曰く、体の内部
内臓のみが無惨に捻じ切られる、というのは到底現代医学で説明がつかない。司法解剖を担当した病院勤めの"窓"から通報が入り、呪術案件たる事態が発覚したそうだ。
「もしかしてマジのやつ?またこのパターンかよ」
「流石に似てるだけでしょ。流石にコトリバコまで実在したらたまんないよ」
もうオカルト掲示板を閉鎖するべきだ。まぁそんなことをしても第2、第3の掲示板が現れるので梨の礫だろうが。そもそも、今の時点で掲示板など数えきれない程乱立しているのだ。いたちごっこで終わるのが関の山だ。
具体的な作成方法まで載せられているが、それが事実か創作かは定かではない。
事実なら大変なことだ。言ってしまえば、たった8人の子供を材料に何十人もの人を殺してみせる
とは言え星先輩の言う通り、まだコトリバコの仕業だと決まった訳じゃない。単なる呪霊の仕業かもしれないし、コトリバコに準ずる別のナニカという可能性もある。
しかしながら、姦姦蛇螺やらきさらぎ駅やらに遭遇した身から言わせてもらうと、意外に
触らずとも寄るだけで呪いを振り撒くコトリバコ。今の今まで効力を発揮せずに倉庫の肥やしになっていたとは考え難い。流石にマジもんということはないだろう。
「星先輩、携帯鳴ってんぞ」
「ホントだ。、、金ちゃんからじゃん」
市松模様の箱を弄り回す先輩は箱に没頭しすぎて気が付かなかったのだろう。マナーモードにしていたのか、伏せられた携帯が振動していた。
『綺羅羅、お前今高専か?』
「そうだけど。金ちゃん今任務中だよね、どうしたの?」
『手の空いてる術師を探すよう伝えてくれ。できれば1級以上な。ちょっと面倒なことになった』
電話口から聞こえる秤先輩の声はいつも通りだが、向こう側から聞こえる声は少々慌ただしい。和合村の住人らか、或いは同行していた補助監督らか。
星先輩と寮を飛び出して本校舎へ駆け込む。補助監督の何人かとすれ違うが、お目当ての術師には出会えない。幾ら高専といえど、1級以上の術師などゴロゴロ転がっている訳ではない。
丁度書類片手に廊下を歩いていた伊地知さんを見つける。俺ち2人の様子に只事でないことを悟ったようだ。
「ごめん金ちゃん、手の空いてる1級が見つからない!」
『ツイてねえな』
携帯の向こう側の状況が好転する様子もない。
「何かあったんですか?」
「秤先輩の任務先でなんかあったらしい。結構焦った感じで『1級以上の術師はいるか』って。伊地知さん、昨日の人喰い熊事件は知ってるか?」
頷く伊地知さんの背後で漸く事情を把握したらしい星先輩が、声に僅かな焦りを滲ませながら俺たちを呼ぶ。
現代医療で説明し得ない、内臓を捻じ切られた変死体。その原因は過去の遺物による無法行為によるものだった。
調査の時点ではまだ事態に変化は無かった。その術師も箱の凶悪さを見誤っていたのだろう。村に不穏な雰囲気こそ充満していたものの、呪霊も特に見当たらない。
今回の元凶がその
俺たちが話を聞いた時点の時系列はそこだ。
その後、秤先輩が到着するまでの間に状況は悪化の一途を辿っていた。
到着間近で途切れた現地との連絡。不審に思いながらも、何かあったのならば対処しなければならないと現場に急行。通報者は既に亡くなっていたそうだ。
村の内部を調査する過程で、秤先輩は発見してしまったのだ。子供の玩具箱の中で積み木と混ざった"ソレ"を。
丁度俺たちが遊んでいた寄木細工の箱の様な容貌だったそうだ。不穏極まりないことに、中からは黒く酸化した血液が流れ出ていたそうだが。
(血ねぇ。時間経過で中身が漏れちまったカンジか)
最初に持ち込んだのは子供であるという見解だ。掲示板の話に沿って、楽しそうな寄木細工の玩具に惹かれて。
子供が倒れ、原因不明の痛みを訴える幼子の対処にその家族は奔走していた。非術師に原因など判る筈もなく、例のブツは他の玩具と一緒に纏めて片付けられてしまったらしい。
(そこで見つかってりゃまだマシだったんだろうがな)
ここで呪術関係者のところへ箱が届けられていたら状況はここまで悪化しなかったのだろうが、事情を知らない非術師にそれを言うのは酷というものだ。
寧ろ下手に捨てて廃品回収で回収され、東京湾の埋め立てやらに使われたなどという地獄絵図にならなかっただけまだマシだ。
禁足地どころの騒ぎじゃない。某ゾンビ映画も真っ青の世紀末都市になっちまう。
最悪だったのは、器用な子供が箱を半ばまで開けてしまったこと。その結果、より強力な呪いが和合村に漏れ出した。
負の感情と瘴気に釣られて集まった呪霊により、事態は著しく悪化。村民が呪霊の腹の中へ消えた事により、実際の死亡者数より死体はずっと少なかった。
満腹になったらしい呪霊は次の食糧を求めて和合村を脱出。
その点も危険度が見誤られた原因の一端を担う。仮に百を超える死体が転がっていたならば、それこそ警戒度はもっと上だったはずだ。
地獄の釜が開いたかの如く状況だ。箱の対処をしようにも、
秤先輩が到着する少し前、緩められた箱の隙間から徐々に漏れ出していた血液が
どこからどうみてもコトリバコ以外に考えられませんお疲れ様でした、という点に落ち着く。
(これどうやって隠蔽すんだよ!近世最大の熊事件じゃねぇか!、、いや、熊の所為にするにしても流石に無理があんだろ)
今でこそ呪霊の群れは去ったが、箱を動かせない以上油断はできない。現地にいる術師は秤金次ただ1人。
「呪霊は箱の周りに寄ってんだろ。秤先輩一旦帰ってきたら?流石に危ねぇぞ」
そんじょそこらの雑魚に負けるとは思わないが、万が一にもやべぇのが混ざっていないと断言できない。数が多すぎてもジリ貧だ。
彼のパチンコ術式も雑魚相手に多用できる類じゃない。
「え?、、それは流石に無茶です」
デキる男の伊地知さん。
即座に事態を把握して上に撤退を申請する。同行している補助監督が
しかしながら、その顔色で色良い返事が得られなかったのは明らかだ。実際呪霊を放置する訳にはいかないという点には納得だし、人手不足が常の呪術界では仕方のないことなのかもしれないが。
上層部の厭う近代的な術式、割と問題のあるご本人の素行。上層部の二心の有無を問われたならば、俺は「有」と答える。
「伊地知さん、五条先生は?」
「本日は北海道へ赴かれています。」
つまり我儘と増援を纏めて成し遂げうる人間はいないと。長野の超絶山奥においそれと急行できる1級など中々捕まらない。
数年前の産土神信仰の時だって同じような状況だったそうだ。等級誤認で1級案件に2人の学生が遭遇し、救援要請は間に合わなかった。
翌年に高専教師となった兄は「何かあったら、異常を感じたらすぐ逃げろ。基本的に救援は間に合わない」と口を酸っぱくして教えていたそうだ。勿論俺にも。
「金ちゃん、無視していいから撤退して」
星先輩は人でも殺しかねんおっかない面をしている。そりゃ無理もねぇ。俺だって補助監督がやられて足を失う前にさっさと撤退するべきだと思う。
「伊地知さん、オカルト掲示板のコトリバコって知ってるか?」
「えぇ、一応」
「もし今回のがソレだったら、女子供を殺すって話だよな。"子供"って何歳からだ?」
今の日本国憲法に則れば法的な成人は20歳であり、未満は"子供"と認識される。
我々がコトリバコの話において想像する子供とは大体10歳くらいまでだ。しかしながら、法律的な
「星先輩、秤先輩って何回ダブった?」
俺の言わんとすることを察したようで星先輩が青ざめる。つまり、駄目だということだ。
(あの人どんだけ
掲示板通りに行くとは限らないが、通説通りならば一日も経たない内に被呪者は死ぬ。
もう増援だの撤退だの議論している暇はない。
反転術式は外傷を治療することができる。毒物を特定すれば、毒物の除去すら可能だ。
だが、呪いをかけられた場合の対処法には成り得ない。呪いを祓うには、呪いの大元を断つ他にない。それは、領域展開したとて同じこと。
「金ちゃん、コトリバコの話は知ってる?」
『あ?なんだそれ。新種の鳥か?』
「駄目じゃねぇか!」
不味い。状況も不味いが、先輩に何が不味いのか伝わってないのがいっちゃんやばい。
そりゃあの先輩がオカルト掲示板なんざ読むはずない。精々パチンコのアタリ台情報が関の山だ。
根本治療にはならねど内臓ならば捻じ切れても反転術式あるじゃねぇか、とも思うが先輩のソレは領域展開中限定だったはずだ。
シラフで反転術式は使えない。
(流石に先輩が死ぬのはヤだしな。俺としても「子取箱」案件を掘り返されるのも困る)
「金ちゃん、体調に異変はない?」
『なんもねーよ。このままじゃ補助監督とジリ貧になるのがオチだろ。上は無視してちょっくら撤退するわ』
「結構やばい状況なんだけどわかってる!?」
これぞコトリバコ履修勢と未履修勢の間に起こった悲劇。
秤先輩とて血塗れの箱が碌でもない類のものだのは理解しているが、その効力までは理解が及んでいないのだろう。
だってコトリバコ未履修勢だから。
『綺羅羅、やっぱ腹の調子がよくねぇから一旦切るぞ』
ぶつり、という効果音と共に携帯の画面が暗くなる。瘴気の満ち満ちた村で感覚が麻痺しているのだろうか。腹の中の呪いと辺りに漂う呪い、出処は同じなので呪力を混同してしまったとて無理はない。
「星先輩、俺知ってる。これ絶対駄目なやつだぞ」
「そうだよね~!ホントにどうしよ」
先日俺と憂太が仲良く飛騨で殺されかけたのだ。今回の戦闘継続命令とて、殺意までは無くとも悪意がある。悟くんも、居合わせた伊地知さんもその辺りは過敏になっているようで、腹を括った面で学長室へ乗り込みにいった逞しい背中を見送る。
「仮にアレがコトリバコとして、何を基準に子供判定してんの?外面年齢なら確実にあの人セーフだぞ」
パチンコ打ちに行って補導されないのだから間違いない。「ちょっと君いいかな」をされるのは俺だけだった。
表面上は冷静を保って軽口を交わすが、星先輩の胸中が穏やかでないことは明らかだ。秤先輩がコトリバコ擬きの呪いに罹患しているならば、9割方手遅れになる。
(
星の刻まれた瞳に焦燥の色を浮かべる先輩を眺めながら損得勘定で事態を計算する俺は、側から見たら一体何に見えるのだろうか。
式業呪法ならばこの状況は何とかできる。子取箱の件を含めた秤先輩の状況と、俺の事情が露見するリスクを天秤にかける。
「星先輩」
六眼は北海道、アイヌ呪術連との兼ね合いと特殊な未確認特級呪霊によって即座の帰還は叶わない。
「この状況を一発解決できる方法があるとしたら、やるか?アンタらの命の保証はできねぇけど」
「やる」
流石に六眼以外に露見する下手は打たない。本当に秤先輩がコトリバコ事案だったならば、
マジでただの腹痛だったらどうするか?
そんときはトイレのないスクランブル交差点にでも投げ出してやる所存である。
元ネタ 2ちゃんねる(現5ちゃんねる) コトリバコ
誤字報告ありがとうございます!
6/29 19:09 修正しました