「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件   作:赤福かき氷

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火葬

 寮の談話室のテレビをつけ、ソファに寝転がって暇を謳歌する。最近スマホの写真が増えすぎたため、整理整頓も兼ねて見返していた。

 

 

 砂色の壁に赤茶色の屋根を持つ市役所のような外見をした建造物の写真が目に留まる。正面に飾られている文字看板は「JR高山駅」。先日訪れたガラス張りの近代建築とは異なった、旧JR高山駅である。

 iPhoneが発売して間もない頃だったため、今と比べて画像も随分と荒い。

 

 "お土産は何がいい?"という文面と共に旧高山駅の写真が添付されている。これが兄さんから届いた最後の平和なメールだった。

 

 

 

 

 

 

 

「パパ、兄さん高山ついたって!」

 

「そうか。真冬に()()()()とはあの子も大変だな」

 

 (非術師)に向かって高山出張と言葉を濁す父にこっそりと笑いつつ、携帯に送られてきた画面を見せた。飛騨牛だのさるぼぼだの、るるぶを開いてお土産の検討会をしていたあの時間は確かに平和だった。

 

 東京とはいえ2月の真冬だ。窓の外に視線を向け、八王子の上空から舞い落ちる白い結晶を眺める。東京でコレなのだから、飛騨にはきっと一面の銀世界が広がっているのだろう。

 兄さんは()()()の写真を頻繁に送ってくれたので、今回も次の頼りをのんびりと待っていた。

 

 愚かにも、この平和な日常が続くと信じて疑わなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 その晩、事態は一変した。ひどく胸騒ぎがしたのだ。まるで半身が消えてしまったかのような、心の臓が理由もわからない虚しさに襲われる不快な感傷。

 

 焦燥感に駆られて何度も兄さんに電話を掛けるが、一向に繋がらなかった。携帯自体が壊れているのか、呼び出し音すら鳴らなかったのだ。

 携帯から流れる『お留守番サービスに───』という無機質な音声に心臓が嫌な音を立てた。

 

 

 

 足音を鳴らしながら階段を勢いよく駆け下り、息子のただことでない様子に驚くパパを無視してテレビをつける。

 『飛騨山脈にて大規模な雪雪崩が──、落石事故が──』と緊迫した様子のアナウンサーが繰り返す。

 

 遠目ではあるが、中継には山肌が露出し、それどころか山の一部すら欠けている異常な映像が流されている。規制でも掛けられているのか、時々不自然に映像が逸れていた。

 

 「これは酷いな」と溢すパパの横で俺の心臓は痛い程に早鐘を打つ。

 

 トラックと正面衝突したところで兄さんが何ともない事ぐらい理解していたパパは、高山にいる息子と今回の事件の関連性を未だ見出していないのだろう。まさか、1級最強とまで称された息子が大自然による"事故"なんぞでどうこうなると想像する方が難しい。

 

 

 いなくなってしまった。

 

 

 根拠など無い。それでも、わしゃわしゃと頭を撫でてくれる春の陽だまりのような時間は、もう2度とこないと悟ってしまった。

 

 電話に必死で気が付かなかったが、俺の携帯に1通のメールが届いていた。

 "お前の所為じゃない"とだけ記された簡潔な一文。

 

 心当たりも無ければ意味もわからない。それでも、俺はそれが()()だと無意識に察してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連絡を受けて血相を変えたパパに連れられ、現代の東京には不似合いな古めかしい門を潜る。ここが兄から聞いていた東京高専で間違いないだろう。

 

 校舎から慌ただしく駆けてきたのは夜蛾学長だったはずだ。パパは普段の冷静さを失い学長へと掴み掛かるが、俺の前だと言うことを思い出したのか引き下がる。学長は学長で鎮痛な面をして拳を握り締めていた。

 

「夜蛾、、一体、何があった。白蓮は?」

 

「俺にも何が何だかわからんのです」

 

 乱れそうになる隠匿術式を必死で発動し続ける。高専には"六眼"がいる。パパも半ば最悪の事態を予想しているのだろうが、俺は知っている。予想はいつだって最悪の形で的中するものだ。呪術界とは()()()()場所だ。

 

 

 

 それにしても、何故()()()の俺をこんな呪術界の心臓部のような場所へと連れ出したのだろうか。実際のところ、()()()()人間の侵入を許したところで、全く彼らに不味い部分などないのだろうが。

 

 虚ろな目で天を仰ぐ。

 

 都心部とは異なり高専は夜のネオン街に囲まれていないため、空がよく見えた。冷え切って澄んだ満天の星空が頭上に鎮座し、絢爛な星空に不釣り合いな白煙が線香のようにたなびいていた。

 

 どのくらい歩いたかなど定かではないが、視界の端に分厚い重厚な扉が現れた。目的地へと向かう途中も不自然に視線が吸い寄せられる。

 

 

『右端の扉はもう開けていいぞ。火葬は終わった』

 

『中央お願いします!次は山本2級です』

 

 

 慌ただしい補助監督らしき人間のやりとりが漏れ聞こえてくる。どうやら此処は火葬場だったようだ。ならば、先程の線香のような煙はきっと誰かの。

 

 

 

 

 火葬場の横を通り抜け、下へ下へと階段を降りていく。沈黙が場を支配する中、俺たち2人が学長に案内されたのは地下にある"霊安室"だった。

 

 台の上に乗せられた()()の布。血の気を失った表情のパパが白い布を捲りあげ、中身を認識するとそのまま声も無く膝を折った。

 

 

 血の気を失った生気の無い白い肌に、緩やかに上下することのない胸元。左腕は半ばから先を失い左脇腹の半分はごっそりと抉り取られていた。そしてとにかく全身が血に塗れていた。

 

 

「、、、兄さん?」

 

 

 最悪の事態を想定していたとはいえ、実際に眼前に突き付けられると言葉が出ない。吐き出しそうな程に心臓は早鐘を打ち、意識がやすりでガリガリと削られていくかの如く感覚だ。

 

 俺とお揃いの灰色の瞳は硬く閉じられた瞼に覆われて、こちらを見返すことはない。

 正直現実味が湧かなかった。俺を見つけるといつも花の咲くような笑顔を向けてくれた兄さんは、俺が近付いても何の反応も返してくれない。

 

(なんで悟くんの残穢が付いてんだよ)

 

 

 

 

 

 一瞬すら永遠に感じる程の空間の中、扉が開く気配と共に何人かが霊安室に足を踏み入れる。何度か会った、絶対に忘れてはならない呪力だと記憶しているソレ。

 

 忘れるはずの無い、六眼の呪術師の呪力。

 

 このような事態だというのに、「一生を掛けて六眼を欺くんだ」という兄の言葉が身体の芯まで染み付いていた。呪力を出さないように、()()()()が解けないように。

 

 最愛の兄の亡骸を前に術式に注力するなど、何と薄情なことだと自己嫌悪にすら陥る。

 悲嘆に暮れるパパの横で大地を踏み締めて呪力操作に意識を割く自分を実感し、己の心臓が底冷えしていくのを感じた。

 

 

 

 「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」という言葉は遺言となり、早くも()()となって俺を雁字搦めに縛り始めている。

 

 

 

「間藤先輩、少し話が」

 

 佇まいを正したものの、未だ額を手で覆うパパを苦虫を噛み潰したような顔の学長が呼んだ。パパはこちらを気にする余裕すらなかったのか、俺の姿すら視界に入っていなかった。

 

 今思えば、息子の惨殺死体を目の前にして機能停止しなかっただけマシな方のはずだ。補助監督とはいえ呪術関係者の端くれならば慣れているのではとも考えたが、身内ともなれば話は別だろう。

 

 

「君もここから出ましょう」

 

 

 ひとり死体の横に取り残された俺に気を遣ったのか、眼鏡をかけた気の弱そうな男性──たぶんアレ伊地知さんだったな。伊地知さんが兄の亡骸に布を被せ、俺に退出を促した。

 

「兄さんといる。ひとりにしてくれ」

 

 泣きもしないガキに彼らは何を思ったのだろうか。ショックの余り現実を受け止められていないと判断されたのか、その場の何人かの顔が歪む。

 

 ()()()()()気配を発する亡骸の側に立ち尽くしていると、側に六眼の呪力が寄る。

 

 悟くんが再び兄だったモノに掛けられた布を捲り上げ、二度と目を開くことの無い顔を見つめていた。

 

 哀愁か後悔か、それとも罪悪感か。普段の彼ならば到底抱くことのないであろう負の感情。その空から雨が降ることはなかったのだけれども。

  

 

 霊安室から全員が退出した。

 

 

 高専内で出逢う人間は全員兄より弱かった。学長と呼ばれていたあの男とて例外ではない。兄を殺してしまえるほど強い人間などいない。

 例外となり得るのは五条悟だけ。

 

 何故、兄さんの遺体に五条悟の残穢がべったりと纏わりついているのだろうか。それも致命傷の周りにばかり。最強たる五条悟の畏怖すら覚える残穢だ。あの場にいた呪術師は全員気がついているはず。

 

 携帯の電源を起動し、本当に最後の遺言となってしまったであろうソレを眺める。「お前の所為じゃない」という不穏な一文は、俺に心当たりがなければ一体誰に向けて送りたかった言葉だろうかと疑問に思っていたのだ。

 

 後輩思いの底抜けの善人だ。兄さんの残穢塗れの遺体を目にした瞬間、その意味が理解できてしまった。

 

 

 

 

 

 

「睡蓮、俺が死んだら俺の術式をあげよう」

 

 ある夏の昼下がり、縁側でスイカを齧りながら穏やかな時間を過ごしていた時に突然言われたのだ。

 驚きつつも、兄さんが死ぬ訳ないだろうと言った言葉を返したはずだ。

 

 スイカの赤い汁に塗れた口元を優しく拭われる。

 透き通った麦茶に入った氷がからりと音を立てた。頭上では金魚模様の風鈴が風にたなびいている、今でも忘れられない幸せな記憶の一幕。

 

「お前の術式なら上手くいくさ」

 

 同じ種から形作られ同じ腹から産まれた同じ性別の兄弟だ。双子とまではいかないが、当然呪力の親和性も高い。

 

 "式業呪法"は言ってしまえば適応術式のようなものだ。術式の刻まれた身体を物理的に体内へと取り込むことにより、身体は術式に()()されると。勿論誰でも可能という訳ではない。同じ父母から産まれた兄弟だから、適応は上手くいくからと兄さんは言った。

 

 難しくて半分も理解していない俺の頭を撫で、「俺が全部やるから大丈夫だ」と笑っていた。

 

 通常、術式が刻まれるのは右脳前部。流石に脳味噌を喰らう程人間辞めた覚えはないと抗議したら、青い顔をして「それはない」と焦っていたっけな。

 

「もし俺に何かあっても、せめて睡蓮に何か遺したいんだ。少しでもお前の人生の助けになりたい」

 

 そう微笑んだ兄さんと指切りを交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 頬に伝った生温かい水によって現実へ引き戻される。

 

 兄さんと指切りを交わした右手小指が目に入る。兄の右手が比較的()()()遺っているのは本当に偶然だろうか。左手は跡形もなく吹き飛んでいると言うのに。

 

 ふらふらと兄さんに近寄り右手を持ち上げる。まだほんの少しだけ温かいそれに、俺は地面へ水滴を落とし続ける。ほんの少しの呪力を放出し、兄さんの右手小指を根本から切断した。

 

 泣きたくなる程に優しい兄の願い(エゴ)には報いたい。 

 

 腹を括って指を口内に放り込む。食道を異物が通過して胃酸の海へと落下した感触を感じた。ほんの少しして、己が何かに()()してしまったことを自覚する。

 あの人は本当にやってのけたのだ。

 

 

 

 "お前の所為じゃない"というあの言葉は悟くんに送るつもりだったのだろう。

 無下限の暴力に己の限界を悟り、最後の余力を振り絞った結果がアレだ。

 

 この後がどのような展開に転ぶのかは判らなかった。残穢から順調に事実を辿った沙汰が下るのか、御三家の権力によって事実は闇の中へ放り込まれるのか。

 

 兄さんは自分たちが何者かに嵌められたことを悟っていたのだろう。通常の呪術師ならば六眼を欺くなどと考えもしない筈だが、間藤白蓮は間藤睡蓮(式業呪法)という事例を知っていた。

 知っていたからこそ、非現実的な最悪の想像に至ってしまったのだ。

 

 

 正直、自分自身でもどうしたら良いか判らなかった。

 

 

 悟くんだってある意味被害者なのかもしれない。たかが数回会っただけだが、明らかに兄に懐いていた彼のことは普通に好きだ。

 同類を見つけた、と嬉しそうに語る花の咲くような笑顔を浮かべた兄の遠い日の光景を無かったことになどできない。

 

 そうだとしても兄さんを殺した奴は殺してやりたい。それでもやはり兄さんの意思は何よりも尊重したい。

 

 

 

「まさか本当に"1級最強"が死ぬなど!これにはあのお方も御満足なさるだろう」

 

「これで五条を弾劾できる。呪術界の改革などと巫山戯たことを抜かすからだ。これに懲りて暫くは大人しくしているだろう」

 

「それはそうと、御三家の当主を罪に問うことは可能なのか?」

 

「間藤白蓮殺しの罪があれば改革などという奴の目論見も潰えるだろう。間藤という男は分不相応にも随分と慕われていたようだからな。五条の仕業だという証拠は確たるものだろうな?」 

 

「殺害現場の浄界が不味いことになっている。殺害現場で間藤白蓮がやりおった。お陰で五条悟の残穢が一滴も残っておらん。、、まぁ奴の死体の残穢から割り出せば即座に済むさ。五条悟の残穢など間違いようがないからな」

 

 まさか霊安室に俺ひとりが残っているなど考えもしなかったのだろう。仮に聞かれていたとしても、非術師如き問題にはならないと。

 やはり兄さんの予測は的中していたようだ。御三家の老害如きが六眼を騙し通せるものかとも思うが、伊達に歳を重ねていないということだろうか。

 

 今思えば、裏にナニカの思惑が働いていたとも考えられるのだが。

 

 片方は補助監督に扮していたのか「山本の遺体の火葬に行く」と告げて場を去った。

 

 

 

 ()()()()か。兄の最後の願いはきっと、泣きたくなる程に人の良いものだ。

 

 このまま何もしなければ、兄さんを殺った悟くんには何らかの罰が与えられるのかもしれない。とは言え御三家の当主、どう足掻いても"目には目を"案件などにはならない。

 

 兄は恐らくそんなことは望まない。

 

 生意気な可愛い後輩のことを兄は愛していたのだ。だからこそ改革という夢を応援し、最後に無駄と知りながらも足掻いたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄の遺体に手のひらで()()()。時々兄が空中散歩へ連れて行ってくれたので簡単にコツは掴めた。

 

 天体観測が好きだったあの人は、俺の手を握って頻繁に満天の星空へと連れ出してくれたのだ。

 きらきらと輝く宝石箱のような空に照らし出された兄の笑顔が眩しかったことはよく覚えている。

 

 

 廊下には人ひとり居ないうえ、気配も感じられない。

 大した距離ではなかったとは言え、鍛え上げられた成人男性の死体など担いで歩ける筈がない。呪力操作はピカイチといってもまだ身体は子供なのだ。

 

 残穢を残すようなヘマはしない。六眼には怪しまれたとて、彼の目に映る俺の情報は何処までも非術師にすぎない。まず疑われないだろう。

 

 

 白樺の棺に間藤白蓮をふわりと下ろす。近場にあった空色の睡蓮の花を顔周りに並べてやる。確か、兄はこの花が好きだったはずだ。

 

 棺の窓から覗いた兄の口元がゆるりと弧を描いているかのように見えた。死体が笑うはずもなく、間違いなく俺がそう信じたかっただけだろうが。

 

 

 先程の補助監督モドキが戻ってきたため慌てて物陰に隠れる。何も知らない陰謀の彼は、表向きの業務を全うすべくつつがなく火葬の処理を行う。

 まさか別人の棺などと考えるはずもない。これが最後に故人の顔を見て手を合わせるような人格者だったら話は別だったのだろうが。

 

 

 

 証拠は残穢のみとあの男は言った。何処まで信用して良いものか定かではないが、()()()()()と俺の第六感は確信している。

 

 

 

 燃えて、燃えて、燃え尽きて骨になって。現世に何も残さず消えて逝くのだ。

 

 

 

 兄さんから貰った術式を初めて使ったのは、碌な別れも告げずに兄を業火の向こう側へ送り出すためだった。満天の星空で笑い合ったあの術式を、俺は兄を燃やし尽くすために使ったのだ。

 

 分厚い火葬扉の向こうに最愛の兄が消えていくのを見届けたあの時から、俺は人を空へと誘うことはできなくなった。

 

 

 




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