「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件 作:赤福かき氷
鼓星が白くたなびく煙によって覆い隠される。空いた窓から冷たい風が流れ込むが、最早寒さなど感じない。
灰になっていく兄さんの身体と共に、俺の心も端から塵となって霧散していくようにすら感じられる。
事実が事実だ。大人たちは後始末に追われているのか、俺というガキの存在は頭からすっぽ抜けているのだろう。俺としては放っておいてくれた方が好都合だが。
陰謀を巡らせていた補助監督の
五条悟の妨害という彼らの悲願が潰えたのだから当然だ。
再び霊安室に足を踏み入れた面々が目にしたのは血に塗れた虚しい遺体安置場だ。その場には赤黒い鉄錆だけが残され、永眠した重力の覇者の姿など見当たらない。
跡形もなく消えた間藤白蓮の死体に彼らの顔色は塗り変わる。
「高橋、貴様どういうつもりだ」
「私は何も知らん!い、遺体が勝手に!」
少し前にクソみたいな会話をしていたのは、怒鳴る男とこの高橋という男の二人で間違いないだろう。
一丁前に証人でも連れて来たのだろうか、着物姿の
(どいつもこいつも、見せもんじゃねぇぞ)
最悪の真実を白日の元に、と息巻いていたのだから怒り狂うのも当然だ。悟くんを弾劾する機会など狙っても訪れないというのに、奇跡的に訪れたその好機は永遠に失われたのだ。
「説明しろ。これはどういうことだ」
声に怒気を孕んで詰問するのは悟くんだ。表情こそ平静を装っているものの、端々から境界を超えた感情が滲み出ている。
俺はソレを冷めた目で見守る他ない。どんな表情を向けたら良いかなどわからないのだ。
霊安室の空気がヒリつき何人かが後ずさる。しかしながら、悟くんも悟くんで状況が理解していないのだろう。六眼で部屋を見回しているが当然証拠など
当然だ。
「白蓮はどこに、」
茫然自失といった様子のパパが呟いた。
碌な別れをさせてやれなかったのは本当に申し訳ないと思う。それでも、灰のように散りつつある俺の心は、その光景を何処か他人事のようにしか見つめることができなかった。
緊迫を切り裂くかのように火葬完了の警鈴が鳴り響き、全員が慌ただしく火葬扉の前まで掛けていく。
膨大な量の後始末に追われていたのだろう、高専の面々を始めとする彼らはそれなりの時間を費やしていた。具体的に言うならば、火葬の業火を止めたとて証拠など残り得ない段階まで至るほどの、ながぁい時間。
22歳のすこぶる健康的な男性だ。遺骨もそれなりに綺麗に残る。不自然に欠けた左手と胴体の骨を考慮しなければ、例えは最悪だが骨格標本のように綺麗な遺骨だ。
万が一にも右手の小指が欠落していることが露見してはならないと、業火から抜け出たばかりの灼熱の右手に触れる。気味の悪い音と共に手のひらが焼け、慌てて俺を遺体から引き剥がしたのは夜蛾学長だ。
繋いだ手のじんわりとした温かさではなく、手のひらを破る程の熱量。兄さんが俺を害することなど絶対に無かったのだから、コレは最早兄さんではない。
ただの骨から残穢は毛程も感じられない。この選択が正解だったとは思えないが、兄さんにとっては最適解だったのだろう。
そう思わなければやってられない。
「なにが、どうなっている」
俺を抱えた学長がボソリと呟く。高専関係者は最悪の事情説明の為に一堂に介していたため、
悟くんへの
たった10歳の
両手で思いっきり抱きついても有り余る兄さんの身体は、俺が両手で抱えられる程に小さくなってしまった。欠落した左腕に、俺に喰われた右の指。抱きしめ返してくれる腕はもうないのだ。
白い骨壷を胸に抱える。鼓動の鳴らない、無機質な冷たさを腕の中に抱いて高専の門を潜り抜けた。
俺はパパから「落石事故」で兄さんは死んだと説明され、喪服を着て葬式に臨んだ。
正直言ってあんまり覚えていない。葬式など銀魂の例のアレのような知識しかないというのに、人生初の葬式が最愛の兄のソレだったのだ。
僧侶の読経を背景に、抹香を額に押しいだく。死んだ人間の魂が現世に留まっている筈はないというのに、なんとも虚しい。
呪術に深く関わっているからこそ、無常な真理を悟らざるを得ないことが何処までも苦しい。
魂は肉体に宿るのでなく、死後は新しい肉体に輪廻転生すると言われている。魂も呪いも因果も、一体何処へ巡っていくのだろう。
(因果応報、ねぇ)
事態が何処に着地したのかはわからない。全ての真実を知るのは俺と兄さんだけだ。
*
「間藤睡蓮だな」
兄さんが亡くなってから1週間も経っていない頃だっただろうか。八王子上川霊園にて、30代くらいの見知らぬ男性に声を掛けられた。呪術師で間違いないと確信したため、隠蔽術式が正常に発動していることを確かめる。
「恨むなら五条悟を恨むんだな。」
術式だったのだろうか、質量を持った空気が俺の側頭部を目にも止まらぬ速さで殴りつけた。
今ならば一級程度の実力があったと正常に判断できる。あっさりと昏倒したのもしゃーなし。
ぬるりと赤い血が顔を伝う不快感で目が醒めた。先程まで霊園にいたはずの俺は、男に抱えられて山道を進んでいた。辺りを見回しても鬱蒼と茂る木々しか見当たらない。
「おい、離せよ」
男の腹を蹴りつけるが、簡単にいなされて代わりと言わんばかりに腹を殴りつけられる。地面に倒れ伏した俺を引き摺るようにして山岳地帯への奥地へと進んでいく。
こんな所まで来たならば流石に術式を使ってもいいんじゃねぇかと呪力を練るが、気分は最悪だ。
呪術を使えば嫌でも兄さんの顔がフラッシュバックした。もう頑張ってもあの人はいないのに。
しかしながら、わざわざ己の術式まで遺してくれたあの人の願いを無下にはしたくない。隙が出来たら殺してやるという気概で術式を発動寸前まで練り上げる。
「コトリバコは知っているか?」
「知るわけねぇだろ」
「何処ぞの馬鹿が作成方法をばら撒いたらしいが──まぁいい、あんな紛い物とは違う。私が言いたいのは我が家に代々伝わる
醜悪な笑顔を浮かべたその白髪の男は俺の前髪を引っ張りあげて上を向かせる。目に飛び込んできたのはCGの世界でしかお目に掛からないような光景だ。
木々や岩石が物理法則を無視して飛び交っている。あんまりな事態に思わず天眼を発動させると、複雑な結界術に己がよく知る
「猿とて理解できるだろう?あの浄界の異質さは」
塵を見るような目で見下す白髪の男の様子などわからない。浄界が何かまではわからない。それでも兄さんが死に際に何かをやらかした事だけは理解できた。
「テメェは理解できるのか?お目出度い頭だな」
「口の悪いガキだな。大人しく死んでおけばよかったものの、、あの忌々しい男が死に際にヤケを起こしやがった。お陰で証拠が全て消えた」
あんまりな言いように血が上るが、それ以上の事実にそれどころではない。
俺は間違っていなかった。死に際のヤケなんかじゃない、兄さんは全て理解した上で
嵌められて慕う先輩を害する羽目になった、哀れな後輩の一助とならんことを願って。
泣きも喚きもしない俺に腹を立てたのか、白髪の男から呪力が流れ出る。俺の天眼は無限に廻る構築式の一端を感知した。
「私に六眼さえあれば、私が当主だったのに」
「それと俺に何の関係があんだよ」
「間藤白蓮の最愛の弟を世にも無惨な方法で殺す。哀れだな、お前は今から五条悟への当てつけで殺されるのだ」
「悟くんとは数える程しか会ったことねぇよ。人選ミスだろ」
俺の隣でゲロ甘フラペチーノを一瞬で飲み干した悟くんにドン引きした記憶はあるが、間藤睡蓮という人間が五条悟にとって一体どれほどの価値を持つというのか。
とは言いつつも事情は察した。彼にとっての先輩が心からの幸せを願っていた弟が、己への当てつけという理由だけで殺される。この白髪も先日の件に加担していたのだろう。
割り切れる側の人間であるだろう悟くんも流石にコレはキツいだろう。隣に立って彼の背を叩いてくれた筈の先輩は少し前に己の手で地獄送りにしたばかりだ。
現実逃避か何なのか、どこまでも俺の頭は冷静だった。取り敢えず殺してやろうとも思ったが、あの時点で絶対に勝てない相手であろう事を悟っていた。
だって、俺は「騙していこうぜ」案件に己の全てを注ぎ込んでいたのだから。
「平安時代の蘆屋道満によって作成された呪物だ。"子取箱"の名の通り子供を喰ってまわる。だがなぁ、この中は永遠の無限地獄だ。喰われた子供は亡者となって永遠に彷徨い続け、
蘆屋道満の死後、巡り巡って平安時代の五条家の元へ辿り着いたそうだ。
五条家は「敵家の有望な跡取りの抹殺」「出来損ないの処分」といった非人道極まりない使用を繰り返し、箱の中には深淵が満ちていた。
箱が
「五条家の奥底に封印されていた
平安から伝わる悍ましき特級呪物、その暴虐は一瞬だった。無数の腐敗した手が箱から現れ俺の身体に纏わりつく。俺は物理法則を無視し、小さな箱の中に引き摺り込まれていく。
流石に焦りで頭が回らない。しかしながら、こちらの腕から血が出るほどに強く握り締める腐った手を振り解くのはほぼ不可能だった。
箱に引き摺り込まれ、視界が狭まり始める。ただの無力な、庇護者を失ったガキに打開策など見つかるはずもなかった
不意に白髪の男の絶叫が響く。
ここは辛うじて重力結界の範囲外だった筈だ。
だというのに男の身体は異様な音を立てて潰れ始めている。右手が肉塊になり、腹が捻れて口から血液が吐き出される。呪力強化で抗ってはいるようだが、怒り狂った"1級最強"に及ぶとでも思ったのだろうか。
兄さんはとっくに死んでいる。間違いなく俺が
それでも、辛うじて見えた外の景色を兄さんの意思だと思いたかった。非現実的極まりないが俺にはそうとしか思えなかった。
白髪の男が部位の区別すらつかない肉塊へと変わった光景を最後に、俺は深淵に飲み込まれた。
*
薄暗く果ての見えない空間を彷徨い続ける。
人間だったモノや呪物の残骸らしき物、所々虫喰いのある巻き物など、様々な物が無分別にゴミ箱へ放り込まれたかの如き光景が広がっている。何よりも危険極まりなかったのは、半ば崩れ落ちた身体を震わせ己を取り込まんとする亡者。
口から腐臭を撒き散らすソレらの肌はボロボロと腐り落ち、所々は骨が剥き出しになっている。教科書の中でしかお目にかかったことのないような格式ばった着物から昭和辺りの映像で見かける和装に至るまで、辛うじて判別できる服装もまちまちだ。
「あの野郎の言う通りかよ」
平安時代から利用され続けてきた
いつまでも現実逃避を続ける訳にはいかない。
心なしかこの亡者らには意思らしきものが感じられる。それは己を"コトリバコ"へ捨てた者への恨みか、健全な肉体を持つ生者への渇望か。
『オ、イデ、、』『、オ、マエ、、モ、』
ここで死んだら俺も間違いなくこの仲間入りをすることになるのだろう。無限地獄を永遠に彷徨い続けるくらいなら潔く死んだ方がマシまであるが、箱の中にいる時点で手遅れなのだろう。
(呪力は練れる、術式も問題なし。、、こいつらに攻撃は効くのか?)
半身を失ったかのような虚しさを抱えながらも、ここで死んでやるつもりなど微塵もなかった。
業の深い術式を持ち、呪霊などという異常物が常日頃から身近に存在したのだ。碌な死に方しねぇだろとは思っていたが、箱の中で朽ち果てて永遠に彷徨い続けるなど流石に
この様な事態にならないように俺を護り続けた兄さんがあまりにも報われなさすぎる。
指先を亡者に向けて呪力を飛ばす。兄さんが「やべぇ」と判断するだけあって呪力量はお墨付き、呆気なく亡者は消し飛んだ。
可、不可など関係ない。ここまで来たら"やる"以外に選択肢などない。
(こんな呆気なく終わるわけねぇよな?)
天眼を使用すれば術式使用時の呪力効率は限りなく上限に近づくのだが、術式を介さない呪力砲撃だとそうもいかない。無限に感じられる呪力とて必ず尽きる。10歳のガキの知恵で脱出の方法など思い付くはずもなく、状況は八方塞がりだ。
呪力に釣られたのか集い始めた夥しい数の亡者を認識し、頬を叩いて呪力を練った。
さぁ、生き残りを掛けたクソゲーのスタートだ。
過去編、あと2ターンくらいに続きます
誤字報告ありがとうございます
7/1 20:02 修正しました