「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件   作:赤福かき氷

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蘆屋の塵箱 上

 果ての見えない薄暗い暗闇の中で、腐肉を引きずりながら近寄ってくる亡者を鉄の針山で串刺しにする。

 放り込まれて間もない瞬間は世紀末地帯もかくやという光景に思わず息を呑んだものの、もうそのような無駄な行動をする暇も余裕も無かった。

 

 

 同じ作業をどれだけ繰り返したかわからない。消し飛ばした亡者の数が百を超えたあたりで数えるのをやめた。まだまだ呪力は残っているものの確実に減ってはいる。

 

 引き継いだ筈の重力操術はまともに機能しない。本来ならば"重力"は再現不可能な部類の術式であるのだから、独立した生得術式として継承したとはいえ悠々と使用できる()()ができない。

 

 

(想像力が物を言う世界では致命的すぎるな。マジでどうしたもんかね)

 

 

「"式業呪法 煉獄 炎輪"」

 

 四方に集まった亡者を術式によって焼き殺す。術式の訓練がてら兄さんに連れられた先で、とある術師から炎系統の構築式を拝借したのだ。

 

 なんかコンプレックス拗らせてそうなやべーやつだったのを思い出す。たしか任務中だっけか、元気かなあのおっさん。

 

 まぁ許可なんぞ取るはずもなく、勿論脱法である。

 

 とはいえ、まともな攻撃系統術式などこれくらいだ。他に使用可能な()()済みの事象は"隠匿"や"構築"程度であり、この状況であまり役に立つとは思えない。

 とにかく己に迫る亡者を退け続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼も夜も存在しない世界ではとっくに時間感覚など狂っている。まだ1日しか経過していないかもしれないし、1年を経ているかもしれない。

 

 心なしか俺の身体が成長しているように感じられたが、気の所為だろう。時間経過が外部と同一である保証はない。腹も減らなければ眠気も襲ってこない。ただただ永遠に彷徨い続けている。

 

 蘆屋道満という男が「敵家の有望株を潰す」という目的でクソみたいな塵箱を作り出したという話を思い出した。

 喰われたのは実際に有能な子供だったのだろう、よりにもよって術式を使用する亡者が現れた。亡者のスペックは生前に釣られるらしい。

 

 

 

 敵対者が腐ってグズグスになった掌を合わせ、腐肉が飛び散るのと共に血液の槍がこちらへ飛んでくる。()を凝らしてみると、循環する紐状の呪力で術式が構築されている。それが何を表すのか判断はできなかったが。

 

「いってぇな」

 

 右腕の肉を抉り取り、背後に打ち捨てられている朽ちた鳥居らしき物に命中する。この空間では風雨に晒されることはないものの、何百年と経過したであろう赤鳥居は根本から崩れ落ちる。

 

 

(この塵箱あんなモン(でっかい鳥居)まで喰ったのかよ)

 

 

 無限に沸き続ける亡者との戦闘で身体はボロボロだ。"反転術式"なる存在こそは知っているが、俺にそのような高等呪術は使えない。順当に成長したらいつかは習得できたのだろうか。

 

 

 血液で形成された千輪が飛んでくる。某海賊漫画に登場するパンクなメガネ敵が使用する武器と類似している。次は62巻だっけか、もうとっくに発売されているのかもしれない。

 

 

 とにかく、回転しながらこちらを切り裂く千輪を避けるのは容易でない。 

 

 有り余る呪力を練り上げ、呪力の圧で千輪を押し返す。もうこんな終わった状況で制限もクソもなかった。

 押し返された千輪は空中で液体となって飛び散り、殺害不達成を悟った目の前の亡者は再び掌を合わせる。

 

(呪力圧じゃ槍擬きは防げねぇ。)

 

 "構築"で簡易的な鉄板を生成してガードする。1発は防げるが、2発は無理だ。鉄板をぶち抜いた血液が顔面に迫り、一か八か全力で呪力を込めた腕を交差させて防ぐ。痛々しい傷こそできたものの、致命傷とはならなかった。

 

 明らかに人体の限界を超えた血液量だが、目の前の亡者は若干動きが鈍くなる程度だ。

 この場所では常識など何の役にも立たないのだろう。 

 

 肉体も他の亡者より明らかに()()()()上、動きも俊敏だった。体表面で蠢く術式痕が読み取れたため、何らかの方法でドーピングしたのだろう。

 

 殴りかかってきた亡者の打撃を強化右腕で受け止め、"煉獄"を発動させる。幾ら強化したとはいえ元々は腐肉、ほんの少しの足掻きの後に炭化して崩れ落ちた。

 

 受け止めた腕からは鈍い音が鳴り、戦闘終了後には赤黒く腫れ上がっている。ボロボロの身体に折れた腕、このままこの状況が続くならばくたばるのは時間の問題だ。

 

 栄養や睡眠を確保していないにも関わらず、呪力は一定の速度で回復する。怪我の回復速度も同様で、どちらも普段通りだ。怪我なんぞよりそちらの方が余程空恐ろしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雑魚、雑魚、時々強者。 

 

 "赤血操術"らしき術式を利用する亡者のような強者は数える程しか存在しなかった。怪我が辛うじて回復した頃に新手の襲撃、という流れで身体は永遠に回復が終わらない。

 

 

(まずなんで怪我が再生すんだよ。"いやしのはどう"的なアレでもあんのか?)

 

 

 ()()と称するだけあって、過去の呪術師等が記した書物などが打ち捨てられていた。漢字ばかりの書物は全くと言って良いほど理解が及ばなかったが、平仮名で記された書物の解読は可能だった。

 

 書物の記された時代はまちまちで、平安時代に遺棄されたらしい古めかしいものから割と最近に記されたであろうものに至るまで。

 

 先程の亡者は"赤血操術"という術式を利用していたらしい。御三家の一角たる加茂家の人間だったのだろうか。

 

(俺の術式もあんのか)

 

 爪の剥がれた指でパラパラと書物を捲る。剥がれてからかなりの時間が経過した為、紙に赤が染み込むことはない。

 

 お目当てはこっち(式業呪法)じゃない。兄さんが教えてくれた内容と殆ど同じだ。

 目的は"十種影法術"に関する書物。俺の術式の何が不味いのかを兄に尋ねたところ、「御前試合」という単語を掻い摘んで伝えられた。

 

 知らないでいた方が幸せなこともあるが、兄さんは子供だからと濁すことなく事情を明らかにした上で危険性を教えてくれた。

 

 

(呪術界はいつの時代もクソ物騒なんだな)

 

 

 江戸だか慶長だかの辺りに御三家たる五条と禪院両家の当主が御前試合に興じ、両方死んだらしい。

 

 

 天皇の前で呪術師が大乱闘スマッシュブラザーズするなど、今とは時代が違うと思わざるを得ない。

 

 

 六眼無下限の抱き合わせを屠ってみせた。十種の真髄は無類の()()能力を誇る最強の式神、魔虚羅。

 俺の術式の前身となった化け物。

 

(攻撃受けただけで無条件に対応ねぇ。───バケモンかよ)

 

 こちらは()て構築式を解析して対抗術式を自力で構築する、というこの上ない手間を掛けなければ()()したことにはならない。

 そんな化け物が十いる式神の内の1種とは、マジでやってられねぇ。まぁ読んでいる限り調伏に成功した人間は1人も存在しないようだが。

 

 存在しないからこそ、魔虚羅の性質を所持した術師を望んだのだろう。残念ながら、産まれた"天眼"と"式業呪法"の術師は大成しなかったようだが。

 

 御前試合で無下限六眼の抱き合わせを殺してみせたいうことは、魔虚羅は無下限に対応したということだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろ限界が近い。怪我の生成速度と回復速度が釣り合っていない。

 

 人間は対価無しに何かを得ることは出来ない。

本来ならば睡眠や食事によって回復される筈の体力、呪力、怪我。加えて、かなり前から違和感を抱いていた明らかに成長し続けている己の体躯。 

 

 

 もうどれだけ彷徨っているかも分からない。陽の光が降り注ぐこともなければ、満点の星空を見上げることもない。そろそろ外の世界を忘れてしまいそうだ。

 

 

『、、ドコ、イクノ、ォ、?』

 

 

 この無風であるはずの空間において激しい暴風に襲われる。竜巻のように諸共巻き上げて近辺を蹂躙する。最悪なことに術式持ちだ。

 

 今の体力と怪我の状態を鑑みるならば、絶対に戦うべきではない。しかしながら、目の前の亡者は俺という生者を逃すつもりはないようだ。

 

「"式業呪法 赤血 "」

 

 加茂の亡霊と戦闘した際に()()して構築した術式を行使する。

 

 

 血液は己の体の一部であるため呪力との親和性は高い。血液量を確保するために水増しするような感覚ではあるが、親和性の高い物質同士が混ざり合うことで額面以上の効力が得られる。本家本元の赤血操術より余程コスパが良い。()()()()構築式を組んだのだから当然だ。

 

 

 しかしながら、障害物のないこの空間では抵抗を受けることのない暴風。俺本体がかなり弱体化している煽りで有効な出力が確保出来ない状況で、風の暴力を防ぐ手立てはない。

 

 風という殆ど実体を持たない凶器を回避するのは不可能に近い。暴風によって吹っ飛ばされ、他方の亡者の群れの中に落下する。腐った腕が胴体に絡まりつき、内臓を引き摺り出さんと表面の皮膚を捲りあげる。

 

 

 「囲んでボコす」。非常に原始的であって、何よりも優れた攻撃方法だ。数による暴力が共通の敵という目的を纏って一丸となって襲うのだ。

 

 

 出力の落ちた術式で亡者を殺し続けるが、次から次へと蛆のように湧く。時々暴風に晒されながら亡者の群れを片付ける頃には、腹は破られ剥き出しになった内臓を晒して地に伏していた。四肢の肉も所々抉られ、通常の回復力では到底完治し得ない傷だ。

 

 今までは物理法則的に()()怪我ばかりだが、内臓剥き出しの人間が自然治癒する話など流石に聞いたことがない。想像もできない。

 

 痛覚も死に、寒さに震えながら霞む視界を遠くへ向ける。腐肉を撒き散らしながら這いずってくる亡者が目に入り、「流石に無理だわこれ」などという何とも軽い感想しか思い浮かばない。考える気力すら奪われ始めていた。

 

『オカ、エ、、ィ』

 

「う、るさい」

 

 

 

 

 見下してくる暴風の成れの果てに悪態をつくが、喉からは掠れた空気しか溢れてこない。

 

 死に際に走馬灯が見えるとかほざいたヤツをぶん殴ってやりたい。霞んだ視界に映るのは此方を嬲り殺さんとする醜悪な腐肉ばかりだ。

 

 どうせなら死に際くらい兄さんに会いたかった。

 

 

 

 道端で転がる猫の死体、ニュースで報道される自殺、殺人事件の新聞記事、そして血の気の失せた兄の顔。「死」というものは日常に飽きるほど転がっているが、それがどのような感覚であるかなど考えたこともなかった。 

 

 

 眠りに落ちる感覚と大差ない、とはよく言ったものだ。

 温かな手のひらに頭を撫でられながら布団の中で惰眠を貪るあの幸せと、感覚もわからないまま嬲り殺しにされる感覚が同じであってたまるか。 

 この理不尽こそが「死」という不条理の怪物。

 

 

 死に際に掴んだ呪力の核心。 

 

 

 指先の感覚が戻り始め、全身を覆う寒気が徐々に引いていく。感覚の無い剥き出しの内臓は次第に痛みを訴え始め、筋肉の膜に覆われていくのを感じた。大量出血により朦朧としていた意識は次第に鮮明になっていく。

 

 霞んでいた視界のピントが合い、眼前の亡者の姿がはっきりと見える。感覚の戻った足で地面を踏み締め、振りかぶった拳を暴風の亡者に向かって振り下ろす。想定外の素早さだった故か亡者の回避行動は致命的な遅れを生み、俺の拳が頭部らしき部位に命中した。

 黒い火花が飛び散り暴風の成れの果ては霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何ヶ月前だっただろうか。"反転術式"を習得し、黒い火花が拳から飛び散ったあの日以降、俺はすこぶる調子が良かった。今まで以上に精密な呪力操作が可能となり、何より身体に怪我が残留しない。そもそも俺よりも強い亡者など殆ど存在しなくなった。

 

 ここへ堕ちた当初は際限なく湧く亡者の対処に休む暇もなく追われていたが、ここ最近は随分と数が減っている。睡眠も食事も摂らず時間だけが徒に経過し、最早今が何年目なのかすらも判断できない。

 

 

(攻略本無しでチャンピオンロードを彷徨っている気分だな)

 

 

 俺はテンガン山に攻略本無しで挑んで詰んだ記憶もしっかりとある。また遊べる日は訪れるのだろうか。

 

 

 湧いて出る亡者を全て片付けたら出られるのだろうか。それとも外部から第3者に開錠してもらう必要があるのか。

 この"子取箱"に関する資料は全くと言って良いほど発見できなかった。コレに喰われた御三家の関係者が所持していたらしき呪術指南書のような物が手に入ったのは幸運だったが。

 

 

 負の呪力を流し込む"順転"、正の呪力を流し込む"反転"は習得できた。勿論実験台は有り余るほどに転がっている亡者だ。

 

 どっかの国で「畑から兵士が取れる」などと揶揄されていたが、アレもこんな感じだったのだろう。領域展開だけは未だ到達不可能だが。

 

 

 

 

 

 それぞれの術師の中にある生得領域を「結界」という形で体外に創り出して敵を閉じ込め、その結界に術師本人の生得術式を付与する事で術式に基づく攻撃を必中とする結界術の一種。

 

 

 莫大な呪力消費と引き換えに、己にとっての絶対的有利を創り出す。術者が「おっしゃコレだ!」と己にとっての最適解を叩き出した瞬間が領域の完成である。領域は術者のイメージに引っ張られる。それが俺の仇となった。

 

(ゲームのフィールド効果しか思い浮かばねぇんだよな)

 

 言い訳をするならば、技術的な問題ではなくイメージの問題だと主張したい。

 

 試行錯誤中だという兄さんに一度だけ未完成の領域を見せてもらったことがある。兄さんは結界の()()を構築するのがどうにも苦手だったようで、堰き止められない術式効果が外部に漏れ出すという現象に苦労していたのだ。

 

 しかしながら、幼かった俺はソレを完成形だと誤認した。

 「おっけーゲームのフィールドみたいなヤツね」とひでぇ勘違いをかまし、この塵箱の中で本来あるべき領域の姿から逸脱したソレを目指して試行を重ねたのだ。「閉じ込める」性質こそが領域の真髄と知ったのはほんの少し前である。

 

 

 兄弟はこのような部分まで類似するのか、俺も兄さん同様「外殻」の形成はとことん苦手だった。

 今ではそのどうしようもない類似点すらも愛おしく感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲に現れた亡者を消し飛ばし、有用な術式持ちがいたら()()する。

 

 身長計など無いためわからないが、俺の身体は随分と成長した。身長はとっくに170を超え、鍛え続けた身体は昔に比べてずっと逞しくなった。

 ふと、「いっぱい食べてよく寝ると大きくなるよ」と保健体育で習った言葉を思い出す。俺はこの箱に堕ちてからずっと食事も睡眠もとっていない。

 

(俺の身体はどうなってんだ)

 

 目の前に現れた亡者の群れを指をひと振りして消し飛ばす。天眼に相手の術式の使用痕が映るが、特に特筆すべきこともなかった。

 あれば()()いらない。

 

 

 

「随分と面白いのがいるじゃあないか」

 

 

 

 久しぶりに聞いた、ハッキリとした人間の言葉。

 

(───こいつは、()())

 

 俺のよく知る着物とは異なる、裾の長い黒の衣服に紫色の袴を組み合わせた和装の男性が優雅に微笑みながら腰掛けていた。腰まで届く長い黒髪を一つに束ね、手には椿模様の扇を携えている。

 

「ここの成れの果てを全滅させる人間が居るなんて。なかなか興味深い時代が来たようだね」

 

「誰だテメェ」

 

 さらりと黒髪を揺らして小気味良い音を立てて扇を閉じ、此方を見下ろして笑みを浮かべた。

 

 

「蘆屋道満。この()()の生みの親さ」

 

 

 




評価、感想、誤字報告等してくださるみなさまに感謝を。
やっぱり過去編残り2ターン程になります。

誤字報告ありがとうございます
7/1 20:03 修正しました
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