「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件   作:赤福かき氷

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宣戦布告

 木々が色づき始めた高専内は紅や黄色、橙色によって彩られていた。風に吹かれてひらひらと暖色の葉が舞い踊る。

 

 和合村の"コトリバコ"以降も不審な呪術事案は何件か続いていたが、生徒全員欠けることなく今日まで元気に青春を謳歌していた。

 

(いや、学生生活で"欠けることなく"ってクソ物騒すぎんだろ)

 

 今更すぎることではあるが。

 

 里香の解呪は相変わらず好調の兆しは見せないが、憂太自身は着実に己の実力を増していっている。他の3人も同様に、出会った時と比べて格段に強くなっている。

 

「そういや東京で清水寺って大丈夫なん?著作権的に」

 

「無法地帯の呪術界にそんなもんないぞ。そもそも建造物に著作権って何だよ」 

 

「しゃけ」

 

 淡々と会話を紡ぐパンダと棘にゲンナリとする。知ってたけど。

 

 不可侵への()()は8割がた終わった。無限にも続くかと思われた術式の解析は骨が折れたが、漸く終わる兆しが見えてきた。しかしながら、どうしてか最後の一歩が終えられない。

 

 あと数ヶ月で7回忌を迎えるのでそれまでには完了させなければならないというのに。どれだけ術式を集めたところで、不可侵適応の重ね掛けが出来なければ何の意味もないのだ。

 

 領域展開すればワンチャンあるが、攻撃手段が一辺倒になるのはよろしくない。

 外殻アリの領域相手ならば問題ない。しかし、万が一悟くんの領域も外殻が存在しなかった場合は技量勝負へともつれ込む。そうなったら多分押し負ける。

 

 

 

(......なんだこの呪力)

 

 

 

 不意に呪力の気配を感じて秋晴れの空を見上げる。澄み渡った青い青い空には特に何も見当たらないが、間違いなくナニカいる。複数の気配に混じって洒落にならない化け物が1つ紛れ込んでいるのだ。

 

 憂太だけは俺と同様に何かを察知したそうだ。

 里香の影響でザル感知に定評のある憂太の反応に散々なコメントが寄せられるが、今回だけは間違いない。

 

 高専側からも術師が集結し始めているのだろう。幾つかの気配がこちらへ向かって接近してくる。多分悟くんか学長辺りが招集したのだろうな。

 

 明らかな呪霊の気配が上空に出現し、同級生らの顔色が変わる。狼狽える憂太を脇に置いて拳、呪具、呪言とそれぞれ臨戦態勢に入る。

 

「珍しいな」

 

「憂太の勘が当たった」

 

 空から巨大な鳥が降下してくる。4枚の羽に巨大な嘴といった通常では絶対にあり得ない様相の生物だ。

 うっかり呪霊視認してしまったパンピーがいたらどうすんだ。アマゾンの奥地を探ったとてこんなトンチキ生物見つかるはずがない。居たら居たでワイドショーは大騒ぎだ。

 

「ペリッパーじゃん。雨でも降んのか?」

 

 まぁ呪霊だから何でもありなんだけど。

 

 

 未確認呪霊如きは争点でなく、問題は呪霊の背から地面に降り立った人間の方にある。一目見て論外だと判別できる、袈裟を身に纏った黒い長髪の男性。

 

(呪霊操術じゃねぇか!いよいよ洒落にならん状況だな。高専のセキュリティはどうなってんだよ)

 

 悟くんはまだ現着していない。ほんの一瞬だけ()た俺の目に映ったのは、いつぞやのメアリ・セレスト号で遭遇した糞スライムに巻き付いていた構築式と同じソレ。

 

 

「うわぁ、でっかい鳥」

 

「憂太、この状況でその感想はヤバいぞ」 

 

「人のこと言える立場か?」

 

 

 割とマジで。

 パンダのツッコミはスルーだ。ゾロゾロと現れた背後の人間に視線を向ける。

 

 派手髪の女子に田舎だと罵られるが、実際その通りなので返す言葉もない。俺だって東京都にこんな大自然溢れる清水寺擬きが存在している点には驚いている。

 呪霊の口から現れたのは女子高生、女子高生、ギリ職質されそうな格好の男性と何とも個性的な顔ぶれだ。

 

「アイツ職質ギリだぞ!」

 

「オマエちょっと黙ってろ」

 

 小声で呟いた声に返されたのは、真希の大刀だ。下手に焦ってパニック起こすより全然いいだろ姐さん。

 パンピーの世界観は呪術界より通報基準が緩いのだ。悟くんだって正直ギリ......というより被通報実績があったとて驚かない。

 

 

「大丈夫だ憂太、オマエなら勝てる」

 

「間藤君までやめてよ!」

 

 

 同級生たちが袈裟の男を憂太に丸投げしたので俺もバッチリ便乗した。

 

 しかしながら、目の前の男は里香がいたとて必勝は確約されない。呪霊操術の使い手がどれ程の呪霊を溜め込んでいるか判別することは不可能だが、彼の様子を見るに腹の中は碌でもないことになっているのだろう。

 

 不思議なものだ。人間より遥かに大きなサイズの呪霊を何十体と取り込んで、その質量は一体どこへ格納されているのだろうか。

 

 呪霊操術は俺にとって再現不可能な部類に入る術式だ。鎖型の呪力が見えたとて、干渉能力を組み込んだ支配構築式の形成は悔しいことだが絶対に無理である。

 

 反転で分解してしまえば呪霊の支配自体は解除できるようにも感じるが。俺の場合、わざわざ反転術式を使ってまで主従関係を強制解除させるより、正面突破を試みる方がよっぽど()()()が良い。

 何なら直接反転で正のエネルギーをぶち込んだ方がマシまである。

 

 

 そもそも"式業呪法"を彼相手に使うつもりは毛頭ないのでいらん心配ではあるが。

 

(でもコイツ、どっかで見たことある気がすんだよな)

 

 目の前の袈裟の男の顔は何処か見覚えがある。論外クラスの実力者など1度見たら忘れないはずであるため、直接の面識は無いのだろうが。

 

 

 

 

 

「お触り厳禁だ!!」

 

 袈裟の男が一瞬の隙に憂太の手を両手で握り込む。「潰しちまえ!」「ツナマヨ!」という何とも物騒な声援を受けながらも憂太の肩を掴んで引き剥がしにかかる。

 

 彼の術式が呪霊操術だったからまだ良かったものの、接触一発アウト系の術式とてこの世には幾らでも存在するのである。憂太にはもっと危機感を抱いてほしいものだ。

 

 まぁ男の動きが素早過ぎたという点を加味すれば憂太のみを責めることなど出来ないのだが。

 高専の術師はまだ来ないのか。

 

 

「宗教勧誘は受け付けてねぇよ。他当たってくれ!」

 

 

 野球と宗教と政治の話は安易にすべきではない。

 

 

 黒い切長の瞳が俺の顔を認識する。学長や冥冥1級に伊地知さん、と数多の高専関係者が俺に向ける意味ありげな視線。

 袈裟の男のそれは彼らと種類を同じくした。

 

「君は非術師だと思ってたんだけどね。世の中どう転ぶかわからないものだ」

 

 意味ありげに微笑まれたがそれ以上何かを口にすることもなく、憂太に向かって己の野望を語り始めた。曰く、非術師を皆殺しにして呪術師だけの世界を作ると。

 

 

 暴論甚だしい。非術師がいなくなれば呪霊が生まれることもない、という意見は実際その通りだろう。

 しかしながら全国に約300万人ほどの高校生が存在し、呪術高専に通うのは東京京都合わせて20人にも満たない。呪詛師や高専外の術師を集めたならばその限りでもないが、それでも全体の1%にすら満たない。

 皆殺しにしてしまうには、非術師の母数があまりにも多すぎる。非現実的な絵空事の様に見えたとて、それでもこの男は本気だ。

 

 

 仮に呪霊の発生しない世界線があったならば、今でも兄さんは生きていたのだろうか。善人が割を食うこの世界で生きるには、あの人はたぶん優しすぎたのだから。

 たられば言っても仕方がない。今生きる現実は、そうならな()()()世界線なのだから。

 

 

 彼の発言に怒り心頭の憂太が剣呑な視線を送る。非術師を皆殺しということは、我らが同級生も排除対象になるという事だ。論外クラスの襲来に「やべぇヤツばっかじゃん呪術界」と何処かお祭り気分だったのだが、事情がコレなら話は別である。

 

「ざけんなテメェ。冗談も大概にしろ」

 

「いいや、呪霊の見えない()だ」

 

 此方を諭すような表情に据わった瞳で断言される。腹などとうの昔に括っているのだろう。

 

 飛騨霊山の三条という男の時もそうだが、腹を決めた人間が最も厄介なのだ。きっとソレは俺の場合も該当するのだが。

 

 

 

 

 

 

 1級術師を筆頭に高専の戦力が現場に集い始め、辺りは騒然となる。  

 

 "特級呪詛師 夏油傑"

 

 日本に4人しかいない特級呪術師の1人であり、100人を超える一般人を大量に呪殺して呪術高専を追放された最悪の呪詛師。

 

 名前を耳にしてやっと思い至った。呪霊操術と夏油傑はイコールだったのだが、目の前の呪詛師と彼が同一人物だと看破できなかった。

 

 メアリ・セレスト号事件の際に呪霊をけしかけてきたのも恐らく彼だろう。よくもやってくれたな、お陰で暫くスライム討伐が嫌になったのだ。

 

 兄さんの後輩が呪詛師へとジョブチェンジしたなど誰が想像できようか。兄の話の中の夏油傑は真面目で実直な人間だった。未成年の手を握って宗教勧誘に興じる様なイメージなど湧かない。絵面がだいぶやばい。

 

(どえらい方向にメタモルフォーゼしちまったな)

 

 ある時期を境に兄さんが俺に向かって夏油傑という後輩の話をしなくなった理由にも合点がいく。()()()のフリをしていた俺は、どう足掻いたって彼の理念と相反する。

 

 

「"重力操術"」

 

 

 俺たちの周囲を囲む様に地面が陥没する。呪霊諸共に重力がひしゃげたため、毒々しい液体を撒き散らしながら呪霊が消滅する。重力操術の行使にも随分と手慣れたものだ。輪状の加重は繊細かつ多めの呪力が必要となる。制限呪力内では乱発は不可能だが。

 

 しかしながら、今は出し惜しみしている場合ではない。憂太の肩を掴み、同級生らの所まで引き摺っていく。

 

 夏油傑から懐かしい物を見るかのような視線が向けられる。間藤白蓮と瓜二つの顔で同一の術式、何か思うところがあったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 高専の術師が一同に会した瞬間に為された、夏油傑による"百鬼夜行"の宣戦布告。

 

 

(んなもんテロじゃねぇか!)

 

 

 新宿に京都、どちらも日本の誇る人口うん十万超えの大都市だ。その様な人口密集地で何百という呪霊を解き放つなど、どう足掻いても大惨事だ。

 

 今の時代、TwitterやらInstagramやらで簡単に情報は流出する。新宿や京都に恐怖というエネルギーが指向性を持って集合してしまえば事態は更に悪化する。

 

 しかしながら、不自然極まりない。

 夏油傑が論外極まりない実力者であることは十分承知しているが、それでも五条悟という無法のラスボス(デウス・エクス・マキナ)が存在する。

 

 悟くんがなりふり構わず反撃に出たならば、夏油傑の目論見は潰える。悟くんに加え、ここまで大事になってしまえば呪術界とて戦力投入を惜しまない。

 

 だというのに不安なのは、夏油傑が何の勝算もなく凶行に出るとは思えないからだ。彼が戦力状況を理解していないはずもないので、態々攻勢に出たということは"五条悟をどうにかし得る"手段が存在するということだ。

 

(夏油本体が相手すんのか?いや、悟くん相手に勝利をもぎ取れる程の差があるようには見えねぇ)

 

 傲慢甚だしいかもしれないが、式業の方まで持ち出せば俺にだって彼相手に白星の可能性はある。

 まぁここで頭を悩ませても詮なきことだ。俺は絶対に"式業呪法"は使わないし、テロに対する戦力に数えられるとも思わない。

 

 

 ただ一つ小骨が刺さったかのような気分になるのは、彼が兄にとっての可愛い後輩であり、兄の鮮やかな青い春を形成する記憶の一部だったことだろうか。

 連鎖的に"高校時代"の兄の様子が脳裏を過ぎるのだ。電話の声は弾んでいて、送られてくる写真の彼は陽だまりのような良い笑顔だった。

 

 どちらにせよ俺とは相容れないし、俺の野望にとっても邪魔になるだけだ。彼と言葉を交わした記憶も無ければ、彼に遠慮する必要もない。不快な小骨とて間もなく消化されてしまうだろう。

 

 

 

 

 大量の呪霊を高専に撒き散らし、夏油一派は巨大な鳥に乗って澄んだ青空の先に消えていった。

 

 澄んだ青の先は晴天か、それとも曇天か。

 




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