「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件 作:赤福かき氷
怒り狂った乙骨憂太により、祈本里香が2度目の完全顕現を果たす。常人の数倍もの体躯を誇る愛に塗れた怨霊から溢れ出す呪力が高専内に満ちる。
俺とて同級生が1番ヤバかった、というオチになるとは思っていなかった。一欠片も想像していなかった訳ではないが。悟くんを超える論外じみた呪力量の出所は、里香ではなく憂太の方だった。
折本里香が呪力ストックの如き役割を果たしていた為に見誤ったのだが、供給源が憂太だったのならば納得だ。
「高専、内に家入先生いるよな?そっちの3人とっとと保健室にぶち込んでくれ」
「何言ってるの?間藤君だって限界だよ」
今の俺の様相も即病院行きの代物だが、呪術師というのは頑丈な生き物だ。縛りプレイの問題だが、本来ならば反転術式で問題なく継戦可能だ。使わないだけで。これは俺に悪因が巡ってきただけである。
だから、憂太がそんなに心配そうな表情をする必要は無いというのに。
しかしながら問答無用で憂太らに抱えられて空へと浮かび上がる。眼下では石畳の通路に仁王立ちして此方を眺める夏油傑の笑みが目に入った。
清水寺擬きの境内に下ろされ憂太が"反転術式"を発動させる。潤沢な呪力量から発せられるソレは家入硝子すらをも上回る効力だ。
(
じわじわと回復していく己の身体を眺めながら驚愕する。通常ならば"天眼"に反転術式の使用痕など映らない。何故ならば、単純に正の呪力でアレコレしているだけであり術式もクソもないからだ。
憂太のソレは違う。アウトプットされる反転術式に本来ならば存在しない筈の術式痕が絡みついていたのだ。適応と模倣、全くの別物に見えてその実構築式は似通っているのだ。適応するにしろ模倣するにしろ、まずは相手の術式を知るところから始まるのだから。
反転術式は本来模倣対象とはならないはずだ。しかしながら、術式は術者の解釈によって幾らでも変わる。
極限状態で己の術式もよくわからないまま、それっぽい力を無我夢中で奮う呪術界初心者によって引き起こされた奇跡的な結末。
「間藤君、君の術式も
昏倒している他3人とは異なり、俺の意識は全く問題なかった。ヒリつくような雰囲気の中にも安堵の笑みを浮かべた憂太が了承を求めてくる。
是と返事をするが、俺の術式は一体どの様な扱いになるのだろうか。六眼でも
(
俺以上の呪力量から放たれる、怒り狂った特級による重力爆撃。気にすべき同級生が存在しない状況も相まって、ただただ怒りに任せて全力でぶっ放したようだ。
地面を割り砕き本校舎の方まで被害は及んでいる。先程の俺の攻撃で地盤沈下を引き起こしていた部分にトドメを刺され、二重の重力攻撃によって高専の被害は深刻なまでに拡大する。
(もし高専が崩壊したら夏油傑よりも俺らのやらかしの所為ってことになるよな。どうすんだコレ)
こんだけ派手にやられたら俺の術式行使も憂太の所為に出来そうだが。もう残穢諸共消し飛ばしてくれそうだし。俺よりも術式を使いこなしているのであれば、それはそれでこの上なく複雑だが。
境内の欄干から下の戦闘地帯を眺める。クレーターの中で特級2人と過呪怨霊1体、そして無数に蠢く呪霊が戦っている。憂太が夏油傑に触れ、浮かび上がった彼に里香の追撃が届く。
重力操術には本来"人間を浮遊させる"という機能が付帯しているのだ。だから術式によって人が浮遊するのは当たり前。当たり前の術式効果を発揮できない俺の方に問題がある。
だから、憂太は"正常"に重力操術を扱えている。先程夏油を浮かせてゲロを吐いた俺とは大違いだ。
俺の手を取って満天の星空に
目の前のやるせない現実に再び胃の内容物が逆流するかのような感覚すら感じた。先程の嘔吐の感覚が残っていたのか、それとも。
加勢しようにも碌に連携が取れないまま無限の手数を持つ相手に挑むのは得策とはいえない。憂太はともかく里香は内心俺が死のうと多分知ったこっちゃねぇし。
憂太の殺害を目論む夏油傑がこっちに呪霊を送り込まないはずがない。回復したとはいえ俺以外の3人は意識がない為、今ならば雑兵にすら討たれかねないのだ。此方を気にした憂太が隙を突かれるなどとあってはならないので、夏油の差し向けた呪霊の対処に当たる。
広範囲の常識を超えた呪言の使用、反転術式に有り余る呪力による攻撃。術式の使用は今日が初めて、呪術界1年未満でこの実力とは空恐ろしいものを感じる。
夏油と憂太らが揃って視界から消える。戦闘を重ねる内に俺たちのいる本校舎境内からかなり離れた場所へと辿り着いたようだ。
憂太がこちらから引き離さんと画策した線も考えられるが。
そろそろ起きねぇかなと同級生らの様子を眺めていると、突如強大な呪力が膨れ上がる。何をやらかしてんだと思うが、止めに入る訳にはいかないので憂太を信用するしかない。
常識外れの暴力と暴力がぶつかり合い、地響きと砂塵と共に高専内を砲撃が横断した。核ミサイルでもぶち込んだのかと言わんばかりの惨状に同級生らの意識も覚醒する。
流石にやべぇと冷や汗をかき、混乱の渦中にある同級生らはひとまず放置して無惨に崩壊した現場の呪力を探る。
(両方とも生きてんのかよ。耐久力半端ねぇな)
憂太が無事だったことに胸を撫で下ろしつつ、弱々しい夏油傑の呪力を感知したので行く先を辿る。あまりにも微弱なソレは、夏油がもう強敵足り得ない事実を残酷なまでに示していた。
高専の外へと歩みを進めているようだが、もう俺が彼をどうこうする理由はない。
それよりも里香の反応が消えた、というより禍々しさが鳴りを潜めた件の方が気になる。何となく、というより確信に近い最悪の仮説が現実味を帯び始める。
"ヤバかったのは憂太"と察した頃からもしやとは思っていたのだ。愛情深い性格だったのか同類を見つけた喜びからかは定かでないが、彼は俺たち同級生に対して何処までも優しかった。
きっと祈本里香のことも同様に大切にしていたのだろう。それこそ呪って縛り付けるほどに。
一体、何を対価にして
答え合わせは迅速に済んでしまった。
やはり呪ったのは憂太であり、最愛の人の死体を前に耐え難い別れを拒んだ結果が今に繋がるらしい。
一方的な契約を押し付け、一方的に契約を破棄した。押し付けとは言っても祈本里香の方にも少なからず了承の意があったのだろうが。
了承があったかどうか、彼女自身の本音はその姿を見たならば明らかだ。祈本里香は"6年前"の可愛らしい子供時代そのままの様相で微笑んでいた。彼女は変わらず憂太のことを愛して、憂太のこれからの幸せを願っていたのだ。
朝日に照らされながら幻想的な虹色の泡と共に空へ昇っていく彼女に、憂太は一体何を思ったのだろうか。
俺にとっては、善良な同級生が最後まで愛されていたことが少し眩しく思う。
同級生が生きていた安堵、祈本里香との和解に喜ばしい気分になる反面、俺の内側に黒々としたヘドロが染み付いていくのを嫌でも実感せざるを得なかった。
親愛と情愛とで種類こそ異なるが、俺だって"6年前"に亡くなった兄さんという家族を愛していたのだ。
彼が祈本里香のように再び俺の前に現れるならば、きっと俺のこれから先の人生の幸せを祈ってくれたのだろうか。俺は、前を向いて進むことが出来たのだろうか。
しかし、この世界線は
勿論こちらが当たり前の現象なのだが、憂太の事例に思うところが無いわけではない。
菅原の血筋で、五条家の親戚。
あの塵箱で蘆屋道満が言っていた言葉が脳内で反芻する。多分このことを言いたかったのだろう。俺だって一応ミリ程度には禪院の血が入っているのに、一体憂太と俺の何が違ったのだろうか。
首を振って雑念を振り払う。幾ら素養のあるガキとはいえ、相手は"1級最強"だ。それに、兄をこの陰鬱とした呪術界に縛り付けてまで俺のお守りをさせるなど望まない。
それに、心優しい同級生に血筋やら才能云々で醜悪な感情など抱きたくない。蘆屋道満の二の舞はごめんだ。
「憂太、頑張れよ」
「、、うん!」
鼻水を啜りながらも、俺たちの無事に安堵して笑顔を浮かべる同級生に思わず笑みが漏れる。やはり乙骨憂太という男は良いヤツである。
彼
そう思う程度には絆されていたのだ。
高専内の夏油傑の呪力反応はとっくに消滅していた。
下手人は考えるまでもなく明らかだ。10年という歳月をかけてようやっと訪れた決着の時。
呪霊に負けないくらい強い呪術師を育てる、非術師を皆殺しにして呪霊による危険から呪術師を遠ざける、どちらが正しいかなど判断のしようがない。この呪術界においてどちらも茨の道だ。
どちらも同じ茨の道ならば、正義の女神は勝者に微笑む。
(上層部はガタガタほざいてるけど自分の立場わかってんのかね。悟くんがこの世界に愛想尽かしたら権力もクソも無くなるっつうのに)
夏油傑という大物の処刑が可能な人間など数える程しか存在しないので致し方ない措置ではあるが、やっぱりここはクソみたいな世界だ。
同級生の人権を否定する夏油傑とは絶対に相容れないが、机上の空論ではなく人生を賭して本気で己の信念を叶えに行った点は賞賛に値する。
普段となんら変わらぬ様子で俺たちの前に現れ、共に里香を見送った我らが担任。直前に無二の親友を手に掛けていたなど、誰が想像できようか。
親友同士だという後輩2人について、穏やかな笑みを浮かべて語ったかつての生者を思い起こす。まだ、片方が呪術界と袂をわかつ前の話。
同情する気など微塵も起こらなければ、悟くんとて同情など微塵も求めていないだろう。
確固たる信念を持った敵と対峙した場合、止めたくば殺す他に方法はない。
対話で解決出来る範囲はたかが知れているし、信念を携えた人間相手に話し合いで"説得"しようなどとは傲慢以外の何物でもない。
絶対に復讐を遂げたい人間と、誰しも更生する権利はあり復讐などもっての他、という人間がいたとする。
争いたくない、説得を重ねて復讐を諦めさせる、と豪語したところで結局己の我を通しているだけに他ならない。その場合、相手は復讐を諦め胸の内に燻る悲哀を抱えて一生を過ごすことになるのだから。
(心優しいあの同級生は、俺にどんな声を掛けんだろな)
憂太は後者だろうか。きっと、眉を下げて青い顔で半ベソかくのが関の山だ。
慕っていた先輩を手にかけ、無二の親友を手にかけた。
あの呪詛師と兄さんを同列に語るのは憚られるが、この世は強いだけでは上手くいかないのだと実感させられる。兄とてアホみたいに強かったが、末路はアレだ。
勿論弱者には選択の権利すらもない。だからこの世界で生徒を強者に育てようと試みた彼の行動は尊いものだと思うし、兄さんも悟くんの改革が上手くいくように願っていたのだろう。
その結末は散々たるものだが。
俺だって夏油傑と同じで確固たる信念はあるし、腹など兄の死体を焼いたあの日からとうに括っている。復讐を止める人間の言葉など聞き入れるつもりはない。だから、悟くんが取れる選択肢はただ一つ。
因果は永遠に廻り、兄を殺した業は彼に帰結する。もうすぐ兄さんの7回忌なのだ。
「五条先生、こんなときでもテンションたけぇな」
「そりゃあ可愛い生徒の解呪が成功したからね」
もう少し人でなしであってくれたら気が楽だったのだが。何処か俯瞰するような、一線を引くような印象はあるが、その澄んだ空のような瞳には生徒への親愛が現れている。
その瞳を覗き込むと空に兄と瓜二つの俺の姿が映り込み、若干の曇りが見える。親友と永遠の別れを経た後に
「先生も一応新宿で頑張ったんだろ?甘いココアでも淹れてやるよ」
「......一応って酷いなぁ」
*
東京都立呪術高等専門学校の職員室。白髪の大柄な男性が椅子に長身を預けて長い脚を投げ出していた。"不機嫌です"と顔など見ずとも判別できる程度には剣呑な空気が漏れ出していた。
『また上層部に何か言われたのか?』
『やだやだ、お爺ちゃん達は頭が固くてやんなっちゃうよ。カビでも生えてんじゃないの』
白銀色の髪の男が、不貞腐れる男の白髪をわしゃわしゃと勢いよく撫で回した。苦言を呈す気力すら湧かないであろう後輩にの口に、ポケットから出てきたチロルチョコが放り込まれる。
もうすぐバレンタインだからチョコは沢山あるぞ、とその先輩は穏やかに微笑んでみせた。
無言で口を開け、次を催促した後輩の口に今度はアポロを放り込んでやった。
『よく頑張ったな。甘いココアでも淹れてやるから、ゆっくり休むんだぞ、悟』
誤字報告ありがとうございます
8/18 20:58 修正しました