「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件 作:赤福かき氷
辺り一面が銀世界に染まる。
空からは白銀の結晶が絶え間なく降り注ぎ、冷え切った地面に次々と積み上がっていく。ひと月ほど前の百鬼夜行の際に無惨な形へと姿を変えた高専敷地内の瓦礫に白銀が纏わりつき、何とも退廃的な美しさを醸し出している。
やはりというべきか損壊の大きかった都市部の復興に手一杯で、外部の目の届きにくい高専の修理諸々は後回しになっている。
誰がやった、とは言わないが地面の芯まで割り砕かれた土壌の整備は簡単なものではなかったのだ。呪言や重力によって底までぶち抜かれた地面の穴も、何処をどう埋め立てたら良いのやらと言った様子で現在は簡易的な橋が架けられていた。
「雪合戦しようぜ!」
「うっし中に石詰めてやろ」
「それはいけない」
俺を含めた
オマエの火力で
呪術界は今回の件を"大規模テロ事件"としてカタをつけた。京都の方はともかく、新宿の有り様はどう足掻いても誤魔化せなかったのだ。
折れた街路樹や潰された車等々はまだ可愛らしいものだ。窓という窓が割られたビルやそもそも建物自体が完全倒壊してしまったビル、不自然に何かが貫通したかのような穴が空いた建造物。
何よりも不味かったのが、彼方此方に飛び散った血痕や
しかしながら、時間も人も足りない緊急事態では当然調査はザルになる。いつまでも新宿の都民を避難させておく訳にはいかないので、ある程度の事後処理が終わったら人を戻さざるを得ない。
後は業務に忙殺された術師の見落とした人体の一部がパンピーによって発見され、ネットで炎上するまでが一連の流れだ。こればかりはどうしようもねえ。
後程こっそり新宿に足を運んだところ、至る所で観測された悟君の残穢。単純に呪霊と戦闘していた線も考えられるが、どうにも違うらしい。
補助監督やらその他の術師やらの噂を聞くに、「毛色の違う異人がいた」とのことだ。幾ら日本が呪術大国といえど、海外をまるっきりノータッチで通すのは勿体なかったか。
(ソイツが新宿で感じた
結論としては、国内外問わずゴリラはゴリラということだ。ひと息つく場所もねぇ。
無下限への有効打など余程の方法でない限り、一見しただけで適応するのは不可能であるため気にするほどではないが。
呪術界の上層部も政府の上層部も、今回の件をなんとか穏便に済ませようと必死である。
決して少なくない数の術師が死傷したため人手もとにかく足りず、テロを契機とした負の感情に釣られて呪霊が溢れ出すという最悪の悪循環。
責任の押し付け合いをしようにも、主犯は死亡。呪詛師一派は見事に全員逃げおおせたそうで、責任の追求先が存在しないのだ。
主犯を処刑したのが五条家の当主、ということで五条家が功績云々で色々と騒いでいるようだが俺のようなしがないパンピーには関係のない話だ。
運が無い、とかそういう話ではない。
慕っていた先輩と親友を己の手にかける羽目になるとは、一体どのような因果が絡みついた先の結果なのだろうか。
彼にとっては残念なことに、まだまだ青い因果は廻るのだ。
「憂太、オマエ今何級だっけ?」
「えっと、この間2級になったよ!」
順調に階級を上げているようで何より。規格外の呪力量も、
「五条家辺りの取り込み工作には気をつけろよ」
「そうだぞ。うっかりハニトラとかに引っかかるなよ」
「『一度持ち帰って検討します』な。忘れんなよ」
「
心配半分揶揄い半分の言葉を投げかけられた憂太は「そんなに信用ないかな」とでも言いたげに苦笑いしている。
転校当初から随分と逞しくなったものだ。特級へと返り咲くのも時間の問題だとは思うが、俺がその瞬間を見届けることは、多分ない。フライングして同級生の昇進祝いを済ませておくべきか。
*
黒塗りの車の助手席に俺、後部座席に憂太と冥冥一級が乗り込む。憂太は昇級査定における任務の一環として、冥冥1級は昇級査定の同行者としてとある任務に臨んでいる。俺は完全なオマケだ。
脱パンピーして1年も経ってないから昇級はいいや、と躱し続けていたのだが「そろそろ昇級しときなよ」という担任の鶴の一声で放り込まれたのだ。
「3週間程前に行方不明となっていた花野2級術師ですが、最後に生存を確認された場所が群馬の山間部だと。現場には僅かですが残穢が残されており、呪術案件と断定されました」
呪霊に喰われた等ならば1級が態々足を運必要はない。呪霊と相対した呪術師の行方がわからなくなるなどこの業界では珍しい事でもない。百鬼夜行の後処理に追われている今なら尚更のことだ。
花野美香は一般家庭出身の呪術師であり、身内に職業を隠匿しているタイプの呪術師だった。身内は非術師であり、呪霊の存在など到底受け入れられるような問題ではない。
身内の職業を理解している身内ならば、取り敢えず然るべき機関に報告する。
しかしながら、呪霊という空想の存在など感知していない人間が"身内の行方不明事件"にどのように対処するか。非術師界の然るべき機関へと報告を挙げてしまった。つまるところ、警察に捜索願いを出してしまったのだ。
若く美しい女性の失踪とくれば警察は当然事件性を疑う。子供や老人が徘徊して行方不明となる事案はあれど、成人した人間の行方不明事案など大抵碌な原因ではないからだ。
花野美香が任務の一環で行き先を誤魔化していた点も事件性に拍車を掛けた。
捜査の結果、山奥に辛うじて設置されていた監視カメラで姿が確認されたということだ。
事情を知る警察内部の「窓」により通報され、呪術師側にも事の顛末が発覚した。
「僕たちの任務はその呪霊の討伐ですか?」
「その件ですが、、現場に争った形跡は無かったそうで。2級術師を誰にも気が付かれずにどうこうしてしまう実力を持つ呪霊がいたら勿論大変なことです。ーーーしかし、これが人為的なものであれば話は変わってくると」
まともな痕跡を残さずに2級術師を殺し得る呪霊にしろ呪詛師にしろ、どちらにせよ中々に重たい相手であるそうだ。
「周囲に不審な点は見られなかったのかい?」
「残穢の気配の先に集落は存在したそうなのですが」
「
「地図にも載っていないような集落で、閉鎖的な村ですので調査は難航しています。我々補助監督の手では限界がありますので、今回術師の皆さんに依頼が降りた次第です」
村の事情に首を突っ込もうとする余所者をよく思わないのだろう。集落全員顔見知り、普段見かけない人間が存在すれば直ぐに気がつく。
人目を避けたければ人の多い場所に行け、とは
よく言ったものだ。東京の大通りを歩く人間は他人の顔など見ていない。聳え立つ高層マンションに住む人間が隣の部屋の住人の顔すら知らないなど珍しくもない。
「その村が黒なのかい?」
「わかりません。しかしながら、その集落以外に手掛かりらしい手掛かりは発見されなかったので」
確かに怪しいことこの上ない。
呪霊の痕跡も呪術の使用痕もなし、このド田舎で人間の存在は例の集落ただひとつ。監視カメラの設置区域から更に車で数時間、周囲を山々に囲まれた旧時代的な村だったそうだ。
(寧ろそんな集落よく見つけたな。どんだけ山奥なんだよ)
「徹底的に弾かれたんだ、、。でも本当にそんなことあるの?」
「呪術界でも一緒だろ。旧時代的な価値観に縋る野郎どもは新顔を受け入れたがらねぇ。秤先輩の術式とか正にソレだぜ」
「君は随分と達観してるんだね」
日本で最初のパチンコ店が建てられたのは昭和の頭頃だ。平成を生きる俺たちからすればずっと昔のことに感じるが、呪術の歴史は平安まで遡る事が出来る点に比べると随分と近時代的である。
あまり気の長い方ではない先輩が爆発するのは時間の問題だ。星先輩はどう考えても秤先輩側につくため、ひとつ上の先輩との別れは案外早いものかもしれない。
アスファルトで舗装された道路など存在せず、両側を木々に囲まれ落ち葉に覆われた坂道を登っていく。
「鴉が少ないというのも考えものだね」
「山の中だろ?」
「最近の鴉は都心部を根城にする種が殆どだ」
人類が進歩とともに生活スタイルを変更させたのと同様に、鴉という種もこの近代に適応したのだ。地球が誕生した古来より、生物は己の生命と種を維持するために適応と進化を繰り返す。
最近の鴉は餌が山のように転がる人里で暮らすことを選んだという話だ。都会で電線に跨る鴉を見ない日などない。その代わりに山間部の鴉が減少したのだと。
駄弁りながらも山道を登り続けると視界の先に集落らしき村が現れた。積まれた石段の上に木造の平屋が建てられ、屋根は藁などの茅葺きで形成されている。歴史の教科書や重要文化財の類いでしか目にしたことがない。集落を見回しても車はおろか、電信柱すらも存在しないのだ。
(日本にこんなとこ残ってたんだな)
今時珍しい格好の村民がちらほらと出歩いている。Tシャツなどのラフな格好がスタンダードな現代において、日常生活を着物で過ごす人間は珍しい。
悟くん曰く「呪術界の古株は未だにそんな感じ」とのことだ。一着幾らだよ、とでも言いたくたなるブランド物を普段使いしている彼からは想像出来ないが。値札をみたら目眩がした。
「ね、ねぇ、意外と歓迎されてない?」
「それな。俺らどう見たって余所もんだろ」
珍しい格好だが服装など個人の自由。不気味な点は俺たちを迎えた村民の態度だ。数人の村人が人の良さげな笑みを浮かべて俺たちを出迎えるが、伊地知さんの話を聞いた後では不信感を抱かずにいられない。
みんな着物を着ている所為か、顔の造形まで
「ようこそいらっしゃいました。このような場所までさぞお疲れでしょう」
「さあさあ、是非我が家へお立ち寄りを。粗茶で宜しければお出ししますよ」
うっさんくさいことこの上ない。
着物を着た小綺麗な初老の男性とお付きの人間だろう数人がにこやかに話しかけてくる。
「思ったより穏便に済みそうだね」
あからさまにホッとした様子の憂太が小声で呟くが、俺は寧ろ心配である。調査に当たった補助監督が運悪く"ガラの悪いヤツら"に遭遇してしまっただけ、という可能性もあるので何とも言えないが。
葛城と名乗った男性に連れられて集落の奥に位置する日本家屋へと案内される。周囲の家々より二回りは大きく、手入れの行き届いた庭園も見事なものだ。
「異世界に来ちまった気分だや」
「こんなのテレビの中でしか見たことないよ」
若干浮き足立つ俺たちに冥冥1級の視線が突き刺さる。状況は割と笑い事ではないし集落もキナくさいことこの上ないのだが、まだまだ高校1年生のガキだからと多めに見てほしい。
「何度もご足労頂いたようですが──村の者がとんだ失礼を」
昇龍のような生物の描かれた金屏風が鎮座した応接室へと通され、畳の上に腰掛け葛城という男と対面する。葛城は余所者を排斥する傾向にある、慣れておらず驚いたのだと村民のフォローを入れ、我々は協力を惜しむつもりはないと発言した。
呪霊案件だと馬鹿正直に告げる訳にはいかないため、警察署に提出された行方不明届を隠れ蓑に聞き取り調査を行う予定だ。葛城は側仕えらしき人間に何やら耳打ちし、指令を受けた人間が足音もなく立ち去るのを見送る。
「乙骨くん、何か感じるかい?」
「完全に何もないってことはなさそうですけど、、」
残念ながら冥冥1級の探知には引っかからなかったようだが、憂太は何となく落ち着かない雰囲気だ。
(何とは断言出来ねぇが足元でなんか蠢いてる感じ、、キッショ)
口にこそ出さないが俺も憂太と同意見だ。何が、とまでは判別できないのが不穏すぎる。
専門家というほどではないが、子取箱に蔓延る亡者と永遠にも感じられる時間を共有したのだ。呪霊やら術師やらの気配を見逃すとは到底思えない。
───故意に隠蔽されているというのなら話は違ってくるが。
憂太の感知能力は流石というべきだ。里香の成仏後もその才能は遺憾無く発揮されている。これで呪術師1年目だというのだから空恐ろしい。
「冥冥さんも何も感じないみたいだし、僕の勘違いかなぁ」
「もうちょい自信持てよ。また真希にどやされんぞ」
勘違いではないので自信を持ってほしい。
先程部屋から立ち去った側仕えが葛城に何やら耳打ちをし、黙って頷いた葛城が表情を改めて俺たち3人に向き直る。
残念ながら村民らに心当たりは無いそうだ。集落でもかなり上の立場であろう葛城の手の人間による調査でこの結果なのだ。
伊地知さんらの見解が外れたのか、それとも想定外の事態へと状況が傾いているのか。
「乙骨君、君はどうする?」
今回は一応憂太の昇級査定任務なのだ。冥冥1級に判断を委ねられた彼の表情には困惑の色が浮かぶ。
手掛かりナシとして即時撤退を決断しないあたり、冥冥1級もこの集落に何かを感じ取っているのだろう。
呪力系統の感知には引っ掛からずとも、憂太の様子や事前情報と現実の差異などの状況から違和感を察してみせる手腕は流石1級と言うべきか。
(イヤ、多分感知能力は金のために鍛えられたなコレ)
守銭奴と面と向かって言う勇気は持ち合わせていないが、情報と雰囲気から諸々を察する能力が重要であることは金の世界も呪術の世界も変わらないのだろう。
憂太の選択は集落への残留。
冥冥1級も否定しないあたり概ね同意したようだ。
脅威を感じるような存在はおらず、目に見える危険性もない。それでも己の
論理ではなく感覚が優先する場合もあるのだ。ことさら呪術界のような場所では、己の第六感が生死を分ける事例は少なくない。功績への焦りや過信が目に見えない危険を無視して押し通すケースもあるが、成功率は五分五分だ。
冥冥1級はその辺りをしっかりと理解しているのだろう。
一晩の宿泊を申し出た葛城の言葉に甘え、豪勢な日本家屋で長い夜を過ごすことになった。
縁側から満点の星空を眺める。眩く輝くオリオン座の源氏星や大犬座の天狼星が澄んだ夜空によく映える。ビルの光で夜が覆い尽くされる東京では星空など碌に観察できないので新鮮な気分だ。
トイレに行きたい訳でも変な夢を見た訳でもない。何となく目が覚めてしまったのだ。何となくそのまま眠る気分にはならなかったので夜の散歩に出たという流れだ。
本当に
最近寝溜めしたという訳でもないのに不思議だとは思う。余程のことが無いなら俺が睡眠を優先させない筈がないのに。
まぁ目が覚めてしまったものは仕方がない。折角なので田舎の空を堪能しようと庭に面した縁側に腰掛ける。
未だにこの村ではナニカが蠢いているように感じるのだ。何というか、因果と怨念に塗れた醜い業のようなものを。
寝ている同級生を起こす必要などないので足を運ぶつもりなど無かったのだ。"気分だったから"というよくわからない理由で憂太に割り当てられた部屋へと体が吸い寄せられる。
敷布団はそのままに、掛け布団が畳まれて布団の端に寄せられている。肝心の憂太本人はいない。トイレや夜の散歩など幾らでも選択肢はあるというのに、今回ばかりはなんか駄目な気がする。
物音も、呪力の爆ぜた痕跡も何も感じられなかった。天眼にも不審な点は
(流石に憂太を無傷でドナドナするなんざ無理ゲーだろ)
敷布団に手を当てると僅かに生暖かい温度が伝わってくる。自分の意思が他人の意思かはさておき、憂太がこの場を去ってからそれほど時間は経過していない筈だ。
憂太の論外じみた呪力量では術式など発動せずとも、威嚇目的で自身の呪力を垂れ流すだけで大抵の呪霊は寄り付かない。それは人間とて同じだ。
感知能力とて尋常じゃない。先日のペリッパー擬きのアレが良い例だ。
だからこそ、悪意を持った人間が室内に足を踏み入れたならば飛び起きるはず。加えて無抵抗であっさりやられるなど到底考えられない。
冥冥1級を叩き起こす前に周囲を探ってみるが、不自然な程に憂太の気配は感じられなかった。
ザルな呪力操作で馬鹿みたいな呪力が漏れ出している憂太の居場所を俺が感知できないなど絶対にあり得ない。
だってザルだもの。
某モンスターゲームのようにプレッシャーを与えて相手の
(隠蔽持ちの術師でもいんのか?──いや、術
何度も思うことだが、戦闘に関する知識ならばいざ知らず、特殊な呪具やら呪物やらの知識が俺にあるはずがない。
ぶっちゃけ赤点常習犯である。
時間をおいて状況が落ち着くまで待つという手段はよくあることだが、時間経過で事態が好転するケースなど呪術界には殆どない。呪霊は恐怖を取り込んで成長するし、人間の方は体力を時間と共に消費する。
室内に怪しい気配など見当たらないが、この村事態に因縁めいた気色悪さも感じるのだ。
隠匿術式の術式対象を"式業呪法"から"間藤睡蓮"へと拡大する。術式の方はともかく、人1人分の存在感を完璧に消し去るのは普通に不可能だが、この村の村民程度ならば欺けるだろう。
流石に六眼相手は絶対に無理。俺自身への隠蔽は一発でバレる。つまり奇襲は不可。
日本庭園を通り抜け、屋敷の塀を乗り越えて外へと降り立つ。この村を訪れた時からずっと地面の下でナニカが蠢いているので落ち着かない。
(何かあるとしたら地下だよな。キショい気配は足元だ)
重力操術で地面をぶち抜いても良かったが、それは最終手段だ。制限呪力内で収まる範囲の呪術行使に努めるならば大規模の破壊工作は不可能だ。PPが致命的に足りていない。
鴉に探してもらえば1発だ───とも思ったが最近の都市化に伴い鴉まで都会っ子になっているのだ。下手に鴉が飛び回っていたら怪しまれるので一先ず俺だけ独断先行しよう。
別に昇級したい訳でもないのでペナルティなど痛くも痒くもない。悟くんには煽られるだろうが。
前方から村民が歩いてくるのが見えたため、念の為物陰に身を潜める。隠匿が効いているのでバレるはずはないのだが。
「上手くいったんじゃな」
「周りに気をつけんさい!術師に勘付かれたらどうする!」
「呪力感知はワシの
、、、もう勘付いてんだよな。
怪しさ満載の会話をこんな道端でするなんざ阿呆だろ、とも思ったが村民全員グルならば話は変わってくる。目の前のコイツらの身なりからするに葛城の家の人間ではない筈だ。
随分とお粗末な呪力感知能力である。
(つかコイツら呪術師かよ。見たとこパパより呪力少ねぇしわかんねぇよ、、足元のアレに惑わされたか)
昨日あった葛城も、葛城の側仕えも村人も特に何も感じなかった。非術師に毛が生えた程度の呪力量だったならば見逃した可能性はある。
足元を巡るナニカに気を取られていたのかもしれない。あるいは、同行していた
改めて地上に意識を向け、2人の村民の後を追う。
「あの女の術師はどうするつもりかい?」
「流石に1級ともなると後々面倒じゃからなぁ。葛城様も憑き物の童だけで良いと。あの術式は不要であるとの仰せだ」
「もう1人の童はどうする?あの術式は中々に有用じゃろうて」
「4級の童1人どうとでも出来るとのお達しじゃ。身柄云々は葛城様らに任せておけば良い、ワシらは己の務めを果たすまでよ」
決定的な発言こそ出てこないものの、この集落全体が真っ黒である点だけは確実である。やはりこの世で一番悍ましいモノは人間だ。
(絡め手系の事件は苦手なんだよなぁ)
この世で自意識を得た瞬間から取り組んだ呪力操作に子取箱の中の永遠の戦闘経験は、どのような状況でも己の生命を保証する。
しかしながら、戦闘関係以外の知識はかなり乏しいのだ。
呪具系統の知識とて「夏油傑の使ってた三節棍やべかったな」程度である。これから必要となる日は来ないのだから尚更だった。
5年間の彷徨い生活によって義務教育の限界ギリギリを攻めている俺にとって、某少年探偵張りの推理力を求めるのは酷な話である。
「いい女じゃったろ?ワシにお鉢が回ってこんかの」
「アンタはとっくに枯れとるじゃろ」
いよいよ話が碌でもない方向に進み出した。本当にどこの世界もクソである。花野2級の生命の安全も貞操の安全も全く保証が無い。生きているだけマシだ、という言葉こそあるが当人にとってどちらが幸せかは定かでない。
取り敢えず冥冥1級の方は自分で何とか出来ると信じるしかない。今問題なのは憂太の方だ。将来の実力は約束されているが、今現在はギリ人間の範囲で収まっている。ゴリラ揃いの1級術師と並べるには些か不安が残るのだ。
俺の所感だから何とも言えないが。
クソみたいな会話の主2人が自宅らしき茅葺き屋根の家へ入っていったのを見届け、携帯の画面を注視する。葛城の家を脱出してからそれなりに時間が経過していた。
先程の会話から俺自身は侮られまくっている事が発覚したが、流石にこの状況で脱走がバレるのは不味いか。取り敢えず冥冥1級には事情説明のLINEを送信しておく。
呪霊やら呪詛師やら、物理でどうこう出来る相手ならば問題ない。仮に憂太が襲われたとしてもある程度ならば自力で何とかしてしまうだろうし、流石に気がつく。問題はそれ以外だった場合。
脱走の露見によって起こるであろう諸々の面倒な問題と、不測の事態が起こっていた場合の同級生の身の安全を天秤にかけ───選択したのは後者だ。寝所に戻るのは諦めよう。
「邪魔するぜ」
邪魔するなら帰ってや、という返事を返す程の余裕は室内に無かったらしい。
立て付けの悪い引き戸に手を掛け、返事を待たずに部屋の中へ侵入する。先程の村民二人の顔には信じられない物を見るかのような表情が浮かんでいる。
「馬鹿な、、。ワシは確かに誰もおらんのを確認したぞ!」
「テメェの感知能力がザルなんだよ」
コイツらの言っていた
似たような顔で喚く村民を昏倒させ、部屋にあった麻縄で縛り上げて柱に固定する。勿論口には猿轡を咬ませておいた。
感知に自信があったようだが爺本体のスペックはいいとこ窓である。それを考えたならば呪力感知出来るだけマシなのだろうか。
パパとてお世辞にも呪力による感知が優れているとは言えない。あの人は昨日の冥冥1級と同様に経験値で危険性を嗅ぎ分けているだけだ。
パパに金の匂いを嗅ぎ分ける能力はねぇけどな。
(一丁前に結界張ってやがる。──コイツらの仕業じゃねぇな)
階段から地下への侵入を試みるが、結界のようなものに足を阻まれる。天眼を発動させて
入り口の結界のせいで地下の気色悪い気配は阻害されていたのだろう。天元といい、呪術界には腕の立つ結界術者が豊富なようだ。
式業呪法の"術式反転"を使用すれば分解できるので1発で穴は開く。結界を破壊する訳でも無いので一番穏便に済む最適解だろう。
しかしそちらではバレた時が面倒すぎる。残り1ヶ月弱まで辿り着いたというのに、悟くんに露見しては全てが水の泡となる。こっちはナシ。
ならば、強引なぶち破り工作しか残されていない。制限内呪力の重力行使では若干火力不足だろうが、ちょっとくらい水増ししてもバレないだろう。
なんか言われたら成長期で誤魔化しとこ。
(いや、わざわざ術式使ってやる必要ねぇな。グーパンでいけそうだわ)
幸いなことに、結界の
威力過多でもグーパンなら幾らでも言い訳できる。だって術式もクソもないし、俺から溢れ出る呪力量的にも「コイツはムリ」と判断されるのがオチだろう。
ガラスの割れるような音と共に、俺の拳の先で結界が砕ける場面が視界に入る。心配になって周囲を見回すが、
地下には迷路のような空洞が続いており、静寂な空間に水の滴り落ちる音が反響する。俺自身の足音が壁に響いて小石が幾つか溢れ落ちてきた。
ポケモン第4世代、シンオウ地方の地下通路の如く様相だ。足元を注視したら煙幕あたりが撒き散らされる
画面をふーふーした記憶が懐かしい。
現実に火炎系のトラップなんざ存在したらキレる以外の選択肢はないが。
地下通路全体に嫌な気配が充満している。
(ホントにそれだけか?)
胸の内に引っかかった違和感をしっかりと留めておく。戦闘面以外の知識は乏しく原因の特定は不可能だとしても、こういう場合の違和感は素通りするべきではないと経験からしっかりと学習したのだ。
雨の滴り落ちる黒々とした壁の遥か向こう側。
地下通路よろしく迷路のように入り組んでいたが、 禍々しい呪力の流れが案内人となって侵入者を導く。呪いの気配が濃く、濃くなっていく方向に足を進める。
視線の先に広がる光景に「やっぱな」という感想を抱かざるを得なかった。突き当たりに設置された地下牢のようなもの。
地下牢の中には四肢の欠けた達磨のようなモノが幾つも転がっている。最低限の治療は為されていたのか腐臭こそしないものの、病人特有の饐えた臭いが辺りに充満していた。
懐かしさすら覚える香りに
天眼を発動させるも、この場に術式の痕は残っていない。シンプルに手足を切り落としまえば術式を使用して拘束するまでもなかったのだろう。見た感じ全員が
(おいおいマジクソ事案じゃねぇか。何がどうなってんだよ───遭遇したのが憂太じゃなくてよかったわ)
現在進行形で行方不明中の憂太がどのような環境に置かれているかは定かでないため安心は出来ないが。
卑劣な行為と認識すれど、ソレに対して感情を乱される程憤るには呪術界の闇に触れ過ぎた。最愛の兄を失った今、全ては何処か他人事になりつつある。
「話せるヤツはいるか?」
言葉にならない母音を発する者は存在すれど、会話が成立するような精神状態の人間は残念ながら見当たらない。
牢を壊し、無遠慮に内部へと足を踏み入れる。幾つかの虚ろな視線が刺さるが、俺自身の視線は彼女らに隠されるように設置されていた1本の楔に吸い寄せられる。
この村の雰囲気にはそぐわない、鉄錆色の文字で英語と漢字が混ざり合って羅列した呪符に覆われている楔だ。
丁度手のひらで握れるくらいのサイズであった。
「誰か
当然返事など返ってこなかった。
気が触れた原因がこの楔かとも疑うが、すぐに首を振って否定する。どう考えても彼女らの
生憎呪具やら呪物の知識は皆無といって差し支えない。術式でない以上天眼も役に立たないのだから。
「取り敢えずぶっこぬいとくか」
誤字報告ありがとうございます
7/25 20:46 修正しました