「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件 作:赤福かき氷
地面から引っこ抜いた楔をポケットにしまい、女性らの方へ向き直る。惨状が惨状なので判別が困難だが、凡そ20歳から30歳といったところだろうか。ちょうど出産適齢期だと最悪な考えが脳裏に過ぎる。
地獄みてぇな牢獄がここひとつとは限らない。見た感じ地下通路は中々の広さがあったため、ぶち壊した牢の破片を踏み越えて通路へと舞い戻る。
女性らを放置するのもアレだが、俺を認識出来る程度に正気を保っている人間はいなかった。悪いが後回しにさせてもらおう。
流石に冥冥1級に通報だ。先程送った既読の付かないメッセージに続けて文を送るが、地下であるからか電波が死んでいる。
(こりゃ駄目だな。地下鉄でももうちょいマシだぞ)
進んできた道を引き返し、生暖かい風とともに流れてくる微かな呪力を拾って通路を進む。
(さっきまでこんな呪力あったか?)
何が原因かはわからないが、先程とは異なる呪力の塊が存在を主張する。薄らとであり脅威となるべき存在では無いのだが、留意すべきは原因がわからないという点だ。
他にも階段があって新手が地下に降りた、その他の牢獄に新顔が放り込まれた──あるいは。
通路を駆け抜ける音が辺りに響く。先程までは気にしていなかったが、これでは居場所を自分からバラしているようなものだ。
若干呪力が勿体無いような気もするが、万有引力の影響から抜け出してふわふわと道を進む。
スーパーマンのように勢いよく空を飛んだりは出来ない。あくまで浮遊の延長線上にある能力だ。周囲の重力操作によってスピードが出せないこともないが、確約されし地下通路崩落endである。
能力の並行操作は1年前と比べて格段に上昇している。交流会の魔女っ子戦でも実感したが、術式隠匿と呪力量制限、浮遊にニュートラルな重力操作と出来ることが多いと大変に便利である。
自転車にすら乗れなかった幼子が、10年後にはながらスマホさえも習得するのと同じだ。
やはり高専に入学したのは間違っていなかった。不可侵
「青春はいいぞ」と言った兄さんの言葉を
いらんことを考えている間に目的地へと辿り着いた。辿り着いたといっても気配で感知したに過ぎない。
通路を塞ぐように何重にも結界が張られている。「この先に見られたら不味いものがあります」と声を大にして宣言しているようなものだ。
(なんか、すっげぇ活きの良いヤツがいんな)
結界の向こう側の気配に不審を感じる。
先程の地獄絵図と似たり寄ったりの有様を想定していたのだが、それにしては気配が元気に動き回っている。
『、、とう、ん、間藤君!』
俺の目の前で、何重にも張り巡らされた結界が切り刻まれて崩壊する。新手かと身構えるが、気配の主がこちらに攻撃を加える様子はない。
「オマエ誰だ?」
『えっ?僕だよ、「 」!』
名前の部分が霧に覆われたかのように認識出来ない。気配は感じるのに姿すら霧が掛かったように何も見えない。俺がレジストできねぇ干渉系統なんざ洒落にならん。
名無しの権兵衛からやはり敵意は感じられない。
..........寧ろ困惑してんのか?
いいや、まずは
四肢を切り落とした人間を封じ込めておくのには無駄とも感じられる程に重ね掛けされた結界。違和感を感じないでもないが、名無しの権兵衛は無視して奥へと足を向ける。
『ねぇってば!』
焦りを滲ませた声色で話しかけられるが、俺としては心当たりがないのだ。地下へ降りる前のクソ爺共同様に物理的に黙らせようかとも思ったが、
傍をすり抜けようとした瞬間に腕を掴まれそうになり、
「んだよオマエ硬すぎんだろ!」
霧に覆われたようにふわふわとしていた気配も、直に接触したことによって霧散する。名無しの権兵衛から溢れ出る呪力量は尋常じゃない。───まるで乙骨憂太のような。
コイツが敵ならやっべぇなと身構えるが、相も変わらず敵意も無しに何やら喚いている。
『も、しかして、僕のことわからない?』
「わかんね。オマエ誰?」
『「 」だよ!』
「名前が聞き取れねぇんだよ」
『なんで!?』
そりゃこっちのセリフだ。
ヤバい雰囲気を垂れ流す名無しの権兵衛は半ば泣きそうな声で訴えかけてくる。思わず背中をぶっ叩いてやりたくなるが、コイツの正体は未だ判別不可だ。
なんかコイツ口調といい雰囲気といい、憂太にそっくりだな。
(口調も雰囲気も似ているだけ。面も背丈も認識出来ねぇし気配はまるで別人だ───いや、でも)
「オマエ、ちょっと前まで婚約者と四六時中デートしてたりする?」
その問いかけに目の前の権兵衛から醸し出される雰囲気が和らぐ。「そうだよ!」とでも言いたげに頷いているのだろうか。
「オマエ憂太かよ!!」
『よかった、やっと気づいてもらえた......』
(一体どうなってやがる)
大層な呪力をザルな呪力操作で垂れ流す憂太の気配を俺が読み違える筈はない。見た感じ術式でもないし、十中八九呪具か呪物の仕業だろう。
そしてコレが
(憂太擬きの気配が現れたのは俺が"楔"を引っこ抜いた後だよな。やっぱコレが原因か)
俺ですら気配と認識に異常をきたすレベルの不審物。俺の中で警戒度が跳ね上がっていくが、それはいったん脇に置いておこう。
「憂太.......でいいんだよな?何でこんなおかしな状況になってんの?」
『花野さんらしい人が見つかったからきて欲しいって言われたんだ。地下室に案内されたから怪しいとは思ったんだけど........』
「何で1人で?俺はともかく冥冥1級なら連れてきゃいいだろ」
憂太に声をかけたのは葛城だったらしい。我々の方から声をかけておくから、と言われて地下室へ降りる階段まで案内されたそうだ。
『歩いてたらいきなり結界が閉じちゃって、勝手に壊していいかもわからなかったんだ。そうしたら間藤君を見つけて.......』
「そんで派手にぶっ壊した訳だな」
俺の反応から何らかの異常を感じ取ったようで、結界の破壊を選択したようだ。
同級生に他人相手のような視線を向けられた憂太の背中は何処か寂しげな雰囲気を背負っている。やっぱ里香がいないとこういう時寂しいよな。
呪具だか呪物だか知らないが、どこまでもふざけた効果のブツだ。効果としては被呪者に強力な存在抹消効果を与える、といったところだろうか。
「結界は?階段の前に張ってあったろ」
『えっ?』
ないのかよ。
葛城の家が特殊だったのか、それとも故意に憂太を誘い込んだのか。憂太の性格を知る者であれば、被害者の存在を仄めかせば地下室へ侵入を選択すると考えるのは容易だ。
そして結界を張って閉じ込めた。まさか俺が地下にいるなどとは想像しないだろうし、万が一地下は足を踏み入れたとて憂太を認識できないはずだと予想を立てたのだろう。
主犯の狙いは憂太か。
(楔は1本じゃねぇな。まだ認識が甘い)
「なぁ、この地下室で誰にも会わなかったのか?」
『降りてからずっと嫌な気配がするんだ。でも人はいなかったよ』
「道って結界だらけの1本だけだったか?」
『ううん、他にも何本か。怪しい気配もしたし向かおうと思ったんだけど、誰かこっちに来た気がしたから』
、、、コレ割と危なかったな。
ヤな気配とか十中八九さっきの地獄絵図みてぇなことになってんだろ。どう足掻いても憂太にSAN値チェックが入る。そこまで狙ってやってたんなら用意周到すぎる。
『取り敢えず地下を見て回ろう。花野さんが居るかもしれないし!』
五体満足の保証はねぇけどな、と内心呟くが口には出さないでおいた。取り敢えず行き先は憂太が感じた怪しい気配の方向で間違いないだろう。
地下通路の壁に2人分の足音が響く。俺が過ごした1年間の記憶は隣を歩くソレを乙骨憂太であると認識しているが、呪術的な感覚に基づいた認識は異なる結果を叩き出す。
正直気持ち悪い。憂太が、という訳ではなくその認識の齟齬が。
ポケットの中の楔が不自然に重く感じられた。
『間藤君はどうやってここに来たの?』
「夜中に起きた時にオマエが居なかったから探しに行ったんだよ。ただの散歩かとも思ったが、今回は駄目な気がした」
『それは本当にごめんね.........でも何でわかったの?』
「カン」
『カンかぁ........』
「実際駄目だったじゃねぇか。オマエは名無しの権兵衛にジョブチェンジしてやがるし。ホントに心当たりねぇのか?」
やはり直感というものは馬鹿に出来ない。
術式も領域も呪力操作も全て正しい手順が存在し、凡その術師は理論に基づいてそれらを行使する。御三家やらに相伝のトリセツが残っているのが良い例だろう。
しかしながら、理論と現実が一致するとは限らない。脳みそでは"問題ない"という答えを叩き出していても、第六感とでも言うべき感覚が先行する場合もある。
つまり、何が言いたいかというと、今回の件は割とどうしようもない事態だということ。
特級呪霊の群れが襲ってくるといった物理的な危険ではなく、原理の判明しない危険が俺たちを喰らわんと足元で渦巻いているような気色の悪さ。
前者はともかく、後者は悟くんですらもどうしようもない部分もある。醜悪な呪いや死の因縁は覆すことは出来ない。因果の道理は人類と同段階には存在しない。
秤先輩の呪いを解除した際とて同様だ。呪いの大元を絶ったところでアレは回復不可であり、箱の因果は彼を地獄へと導く筈
業と因果を操作する"式業呪法"は何とも便利なものである。
残念ながら業そのものが消滅した訳ではない。俺に関係のない何処かで因果は巡っているのだろう。
気配の大元に辿り着き、隣の人間の息を呑む音が耳に飛び込んでくる。こちらの牢獄も向こうと似たり寄ったりだ。手足を切り落とすなどして動きを制限し、家畜のように鎖で壁に繋がれている。
若干異なるのは中身の性別だろうか。男性らしき人間も2、3人混じっている。女性の腹に不自然な膨らみも見られない。
彼らの視線が俺に集中する。先程の地獄絵図よりも幾分か精神状態はしっかりしているようだ。
一瞬フリーズした憂太を他所に牢を破壊し内部へと足を踏み入れる。やはりというべきか、ヒトの山に隠れるようにして地面に楔が突き刺さっていた。
(さっきと呪詞は同じか?アルファベットっつうのがなんか不自然だ)
楔を引っこ抜くと隣の気配が再び変化する。何となくだがよく知る呪力へと近づいた。やはりこの楔が原因で間違いないようだ。
牢獄の中の人間は憂太に気がつく気配がないため、楔を全てぶち抜くかしないと彼は永遠に名無しの権兵衛のままだろう。流石にこのまま高専へは帰る訳にはいかねぇ。
『一体誰がこんなことを........』
「多分この村全部グルだぞ。オマエも最初っから違和感あっただろ?」
『うん。でも冥冥さんは特に何も言ってなかったから』
「もうちょい自信持てよ」
謙遜は美徳だがもう少し天狗になっても良いと思う。着々と呪術師としての実力を伸ばしている憂太だが、心の中で"里香ありき"だったと捉えているフシがある。
俺が地下通路に辿り着く前の光景を伝えると、何となく憂太の眉間に皺が寄った気がする。目、鼻、口と人間の顔パーツは確認できるのに、それが憂太の顔だと認識出来ない。
『何のために!?──冥冥さんは?』
「わかんねぇよ。碌でもない事態になってることだけは確かだ。さっき冥冥1級には連絡入れたけど反応はナシ。──地下通路の電波が地下鉄よりもクソな所為でLINEも既読がつかねぇ」
『取り敢えず治療しなきゃ!』
そうだ、コイツ他人に反転術式使えるんだった。
憂太が手をかざすと切り傷等がじわじわと塞がっていく。流石に欠損した四肢までは生やせないようだが、幾分か正気を保っていた被害者の瞳の焦点があう。
この女性が花野美香2級術師か。
『何があったんですか?』
「憂太、たぶんオマエのこと見えてねぇぞ」
花野2級は癒えた傷を眺めて首を傾げている。落とされた左腕と左足までもが生え揃うことはなかったが、先程より体調はずっと楽そうだ。
「花野2級であってるか?」
「あなたは.........?」
「アンタの家族が警察に被害届を出したんだ。んで、高専に話が上がって1級術師が派遣された」
1級案件にまで発展してしまったことに少なからず彼女は動揺している。
山間部での2級呪霊討伐任務に赴き、その帰り道に拐かされたそうだ。特に呪霊の雰囲気を感じることもなかったというのに、気がついたら術師の手によって捕縛されていたと。
その後の話は冥冥1級に任せた方が良いだろう。まだまだガキだが察する程度のデリカシーは持ち合わせているのだ。イマイチ理解していない憂太を肘で小突いて話を切り上げる。
先程目にした達磨状態の妊婦達を見れば、こちらの牢獄の用途も明らかだ。野郎が混ざっている理由はわからないが、クソ共の思考回路なんざ理解できずとも問題ない。
周りの人間も同じような状況で攫われてきたようだ。
(全員呪力持ちじゃねぇかよ)
呪術師を狙ったのか呪力を持つ人間を狙ったのか定かではないが、全員それなりの呪力を持ち合わせている。そういえば先程の牢獄の人間も同様だったな。
どう考えても偶然である訳がない。
視える人間すらごく僅かな我らが日本において、それなりの呪力を持ち合わせた人間の少なさなど語らずとも察せられる。
『間藤君!』
「..........全員大集合ってか?」
静まり返っていた地下通路に
一旦正気を取り戻したかに思われた花野2級も片方しかない手で顔を覆って震えてしまっている。
「俺が結界ぶっ壊したのがバレたのか?」
『もしかして僕がさっき切っちゃった結界のせい?』
なんで2人揃って仲良く結界をぶっ壊しているのだろうか。もうコレどっちでもいいな。ここまできたら連帯責任だ。
「ちょっと牢獄の中隠れてくるわ」
『その
だろうな。
憂太が後ろ手に花野術師らを庇い、誰もいない通路の反対側を見据える。俺はポケットに2本目の楔を仕舞い込んだ。
「間藤さん、一体どうしてこの様な場所へ?」
初対面の時同様に人の良さそうな笑みを浮かべているが胡散臭いにも程がある。
一歩前にでたその男の背後には
(コイツら全員術師じゃねぇかよ!どっかに隠れてやがったか)
「胡散臭い面してんじゃねぇよ。勿論説明してくれるんだよな?」
葛城、と名を呼んだ俺に対して目の前の男は朗らかに笑って見せた。
*
「憂太に何した?」
俺の問いかけに葛城の笑みが崩れるが、それも僅かな時間の出来事だった。
当然ながら憂太が今置かれているであろう状況は察している様で、俺が憂太を見つけられていない前提で話は進んでいる。しかしながら、隣に立つ憂太に視線が飛ぶことはない。
「結界を切り崩したのは乙骨くんですね。冥冥さんではこうはならないでしょうし、貴方の実力では不可能でしょう」
葛城の声色にこちらを侮る様な色が滲み出る。精々冥冥1級と乙骨憂太の金魚の糞という認識だろう。
ギリ平均の呪力量の術師と恐らく現代で最も潤沢な呪力量を誇る術師、総量までは正確に測れずとも立ち昇る呪力で違いは明らかだ。
「不相応にも友人を探しに馳せ参じたというところでしょうか。身の丈に合わない危険に首を突っ込むべきではありませんよ」
(俺の隣に張本人がいるんだよな)
憂太が憤っているのを感じたが、残念ながら葛城達には1ミリも伝わっていない。
だから落ち着け、呪力をしまえ。
「で、偉そうにご高説垂れやがったテメェは何の用だ?」
「乙骨くんを地下通路から出す訳には行きませんからねぇ、折角の優秀な"種"なんですから。」
少しずつだが事態が紐解けていく。"種"とは文字通りそのままの意味だろう。ならば牢獄の女達は"胎"と言ったところか。
(いつの時代も術式ガチャに熱心なこった)
術式や術師としての素養は100%遺伝する訳ではない。しかしながら、先祖に1滴でも血が混ざっていればその術師の術式が隔世遺伝の様な形で発現するパターンはある。一般家庭からレア術式持ちが生まれ、家系調査をしたらご先祖様に術師が存在したなどの事例だ。
俺こそがまさにソレである。
禪院が術式ガチャを試み産まれた天眼と式業の抱き合わせ。デザインベイビーじみた生まれの当人には大した呪力もなく、禪院の目論見は不達成に終わった。
嘗ての式業の子孫が分家へと降り、妾腹だの味噌っかすだの理由で末端の末端まで追いやられた結果、その家は非術師家庭といっても差し支えない程になった。彼らは呪術界から足を洗うべく、積極的に非術師の人間を系譜に取り込んでいたそうだ。
禪院家でもあるまいし血生臭い呪術界はゴメンだと。俺らの先祖は賢明な人間だったようで何より。
市井に"式業"が流出するなど何と皮肉な状況だろうか。
禪院本家にも式業の血は混じっている訳だが、術式ガチャを繰り返す彼らの元に地獄の女神は微笑まなかった。
(ガチャには物欲センサーが働くんだから当然の結果だろ)
どんな因果が事故ったのか、現代の十種は無下限の元にある。真希から聞いた時は思わず笑い転げそうになった。
「君の術式
「まじでキッショいな。合意のない性行為は犯罪だって習わなかったのか?」
相手の脳天をかち割ってやりたい気分だが、こんな所で俺の術式を使ったら崩落待ったなしだ。今世紀最悪の生き埋め事件が発生する。
「テメェらが憂太に勝てるとでも?」
「過去の彼にも未来の彼にも不可能でしょう。だからこそ、現在を狙ったのです」
(誰だよ諸々ゲロったヤツ!)
里香の解呪の件を知る人間はそれなりに存在する。別に大々的に発表した訳ではないが、共に任務に当たった呪術師ならば嫌でも気がつく。
呪いの女王が撒き散らす瘴気はそれ程までに重かったのだ。
しかしながら、この男は
(菅原とはねぇ。蘆屋道満が聞いたらどんな面をするんだか)
安倍晴明に執心して1000年以上も猛威を振るう特級呪物を創り出した男だ。血縁諸共抹消すべく"
人を呪わば穴二つ、因果応報、世の中上手く出来ていると実感せざるを得ない。
葛城の後ろに控えていた部下らしき人間達が臨戦態勢に入る。それなりにやり手の術師だ。
「大人数で囲んでボコる」を術師によって実施すれば、もはや一方的な殺戮ゲームとなる。今の憂太ならば仕留められると踏んだのだろう。俺は大した脅威だと判断されなかったようで、葛城の指示に従い踵を返して憂太の捜索へと向かうようだ。
自分たちすら認識出来ない敵をどうやって倒すつもりなんだ。件の我らが同級生を感知する手段でも持っているのだろうか。
「なぁ、憂太には婚約者がいたって知ってるか?」
「それがどうかしましたか」
「NTRは御法度だぜ」
「自分も憂太の居場所がわかってねぇのに気ぃ抜くとか阿呆だろ」
「乙骨憂太を認識出来ていたというのか、、?何故お前の様な雑魚が、」
ひでぇ言われようである。
葛城の目線の先では勝手に倒れ伏していく部下の姿が映っていることだろう。俺の目には怒り心頭の憂太
憂太の現在の実力を過小評価した点、俺の実力を過小評価した点。葛城の誤算はこの2つだ。
後者に関しては別に葛城の失態ではない。コレを責め立てるならば呪術界全員が節穴だらけの阿呆に成り下がる。だって六眼でさえ何も気がついていないのだから。
全部憂太に丸投げして俺だけ棒立ちというのも流石に憚られる。憂太自身も己の攻撃が壁に逸れようもんなら崩落、という危険性をしっかり認識しているようで伸び伸びとは戦えてはいない。
一方的にボコられていた敵も数を半分程まで減らした辺りで立ち直った。地の利は向こう側にある、という点も少々厄介だ。
という訳で控えめに援護を入れておく。
「特に面白い術式持ってるヤツはいねぇのな」
「なんだと?」
「こっちの話だ。それよりもいいのか?オマエの部下、2割くらいしか残ってねぇぞ」
葛城の顔が顰められる。気持ち程度の援護と隙により、憂太はあっという間に術師集団の8割ほどを片付けてしまっている。
若干壁や天井にヒビが入っているのが不穏極まりないが。まぁ崩落したとしても憂太は無事だろ。
(地下牢かは知らねぇが.......あと1つは向こうだな)
「憂太、そっち丸投げしていいか?」
『僕は大丈夫だけど、間藤君ひとりでどこに行くつもり?流石に危ないよ!』
「大丈夫だ問題ない」
『問題しかないよ!!』
焦る憂太を無視し、残存戦力の間をすり抜けて最後の気配の元へ向かう。葛城が裾を掴んで妨害を試みたが、足止めにすらならなかった。1発ぶん殴って壁に叩きつけておいた。
*
最後の1つは案外簡単に見つかった。他に重苦しい気配は感じられないのでこれが最後だと判断して問題ないはずだ。
これまでと同様に地下牢が設置されていたのだが、内容物がこれまた酷い。
腐敗が始まって肌の色が赤黒く変色し、人体の皮膚にあるまじき粘度で液体と化し始めている赤子の死体。遺棄された時期が異なるのか、液体と腐敗肉に塗れて骨が剥き出しになっている遺体から若干変色し始めた遺体に至るまで様々だ。
鼻が曲がりそうな腐敗臭が地下通路に充満している。気配の発生源に近寄った辺りから腐敗臭が漂い始め、嫌でも異常性を認識せざるを得なかった。
先程までの牢獄の病人特有の饐えた臭いとは異なり、こちらは完全に死の臭いを撒き散らしている。
地下であるが故に風も吹かず、既存の腐敗物に新たな死体によるソレが重ね掛けされるという最悪の循環。
(どいつもこいつも奇形児か?流石に偶然な訳ねぇよな)
腕の無い赤子、肩から首の二つ生えた赤子に足が四本存在する赤子。半ば液体と化して判別不可能なモノもあるが、腰から上に2人分の骨が存在するので間違いないだろう。
クソ倫理観的な話になってしまうが、もっとマシな奇形児の処分方法があるはずだ。16世紀の欧州黒死病でもあるまいし、衛生観念の及ぼす影響と死体が撒き散らす病を知らない筈はない。潔く火葬するか土葬にでもするべきだ。
呪術師の遺体ならば尚更火葬するべきだ。
何か呪術的な意図があるのだろうか。俺の知識では蠱毒か生贄辺りしか思いつかない。
(この村の足下で渦巻いていた気色悪さの大元はコレだな。気配がそっくりだ)
水子を凝縮させた呪いにかの有名な"コトリバコ"が存在するのだ。両親への恨みか、生を受けたその瞬間に終わりを迎えさせられた世界への恨みか、それとも我が子を不当に殺された親たちの恨みか。
それにしても死体の数が多すぎる。
中学時代の話だが、日本における奇形児の割合は2、3パーセント程だというデータを耳にしたはずだ。それでも自身の周囲でそんな事例を聞いたことはない。それ程までに少ないのだ。
だというのに、この場に打ち捨てられている奇形児の遺体は両足の指まで使っても数え切れない量だ。はっきり言って異常である。
ふと、憂太が相手取っていた術師らの顔が脳裏を過ぎる。村に足を踏み入れた瞬間から抱き続けていた感想ではあるのだが、誰も彼も顔立ちが
そりゃ親戚同士ならある程度顔立ちが似るのは当たり前である。しかしながら、村民全員というのは違和感しかない。まるで、よく似た顔立ち同士の生物が交配を続けたかのような。
(ハプスブルク家的なアレかよ!)
中世ヨーロッパにおいて、己らの「高貴な青い血」を護るために一族同士で近親婚を続けた業に塗れし大貴族家である。
ハプスブルク家の一族には国王から教皇まで多くの権力者が存在し、絶対的な権力を握っていた。権力を分散させないという目的からこの目論見は適切だとは思うが、あまりにも血が濃すぎる。
叔父姪婚など3親等で近すぎる。母親の兄弟である叔父だが、父親の従兄弟でもあるなどという無法っぷりである。
呪術界においても割と他人事ではない。名家と呼ばれる呪術師など先祖を辿れば大体血が繋がっていたりする。叔父姪婚とまではいかないが、現代版ハプスブルク家と言っても過言ではなかったりもする。
ハプスブルク家と異なるのは、近すぎる血縁の危険性を無視せず外部から新たな血を受け入れようとした家も存在する、という点だろう。
賤しい生まれだと蔑みながらも、血縁のない一般家庭の優秀な呪術師などの取り込み工作が盛んだったり。
(そーいや兄さんも偶に溜息ついてたわ)
幼い弟に生々しい話はしたくなかったようだが、何も知らないままでは自衛できない。
一般の生まれではあるが、僅かながら名家の血を引く"1級最強"など引くて数多だっただろうことは想像に易い。
村の人間は殆どが
派閥争いに敗北して一族で落ち延びてきた、という辺りのオチだろうか。呪術師だけの村を維持する為に呪術師との婚姻──つまり、一族内で近親婚を繰り返した。
敵勢力に襲われる危険を孕んだ状況では戦力を確保する為には適切な選択だったのだろうが、悪しき風習が数百年に亘って繰り返された結果が
近親婚を繰り返せばどうしても他とは違う赤子が生まれやすくなる。染色体云々の話は専門外なんで知らんけど。
それでこの状況を打破するべく、外部から呪術の素養を持つ人間を拐かすというクソみたいな事件に発展した訳だろう。
(あぁ、この村はもう駄目だな)
死体が上がらない以上何とも言えないが、呪力持ちの誘拐事件は最近の出来事なのだろう。地下牢の達磨や妊婦の年齢帯を鑑みるに概ね間違いないはずだ。
呪術の素養を持った
呪術の素養を持った赤子に理不尽な暴力に晒された外部の人々、数多の怨念がこの村に渦巻いている。今までは外部の術師の手が入ったことは無いのだろうが、今回の件で均衡が崩れたとしてもおかしくはない。
さっさとトンズラするべきだ。
なるべく呼吸をしないように心がけ、粘度のある液体に塗れた牢獄の中に足を踏み入れる。想像通り他2つと同様の楔が刺さっている。
しかしながら相違点が1つ。楔に呪符のようなもので細長いナニカが括り付けられている。既に嫌な気配を撒き散らしまくっていたが、呪符を解くと牢獄内が濃密な呪いの気配によって満たされた。
どう見ても特級呪物ですねお疲れ様でした、という具合である。
どういう仕組みかよくわからないが、この指擬きの特級呪物によって効力が底上げされていたのだろう。なにはともあれ、これで憂太が名無しの権兵衛を卒業出来るはずだ。
引っこ抜いた瞬間、己の呪力感知にこの1年で慣れきった気配が引っかかる。やはり間違いでは無かったようだ。
(どっかで使えるかね)
指擬きに呪符を巻き直し、楔諸共ポケットの中に突っ込む。"式業呪法 隠蔽"で気配を限界まで隠匿し、間藤睡蓮自身の気配と混同して誤魔化す。
びしゃり、と赤黒い水面が揺らいだように感じられた。振り返るも転がっているのは物言わぬ死体ばかり。一瞬揺らいだ気配も今は凪いでいる。
やはりもう限界だろう。
呪霊こそいないが地下通路全体に先程よりも強く、気持ちの悪い気配がぐるぐると渦巻いている。
溢れそうになっていたコップが遂に限界を迎えたのだろうか。俺たちにとっては何ともタイミングの悪い話である。冥冥1級あたりは危険手当を請求しそうな雰囲気だな。
先日うっかりコップを倒してしまった俺はオレンジジュース塗れになった。この村も同様に、零したコップの中身を被るのは当人である。
自業自得だ。
誤字報告ありがとうございます
7/29 10:12 修正しました