「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件   作:赤福かき氷

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名無し 下

「全員終わったか?」

 

 死屍累々の術師の山を背後にした憂太に声をかける。所々怪我はしているものの、特筆すべき重傷は無い。やはり楔が原因だったようで、彼を構成する全てが俺の知る乙骨憂太へと回帰している。 

 

 

「さっき急に元に戻ったんだ!、、もしかして、間藤くんが何かしたの?」

 

「俺は何もしてねぇぞ。効果時間が切れたんじゃね?」

 

 

 何となくだが、この楔の件は誰にも言わないでいた方が良いように感じた。

 

 憂太は特に名も知らぬ呪物に気がつく気配もない。この分ならば、俺の気配とちゃんぽんしてしまえば六眼にバレることもないだろう。

 

「憂太、この村さっさと出るぞ。取り敢えず冥冥1級と合流しようぜ」

 

「急にどうしたの!?取り敢えず牢屋にいる人達を助けないと」

 

 そろそろ穴二つ事案が勃発するぜと馬鹿正直に告げる訳がいかないし、性根の優しい憂太が生存者をそのままにしておく筈もない。

 先程の赤子の墓場からひしひしと瘴気が漏れ出している。何でよりにもよって今なんだと悪態をつきたくもなるが、一先ず口より手を動かすべきだ。

 

 

 2人だけで全員抱えていっぺんに脱出するのは不可能だが何度も往復する時間があるのかは断言出来ない。応援を呼ぼうにも最悪の場合、葬式屋の仕事を増やす羽目になる。

 

 俺は術式で人間を浮かせることは不可能と言って差し支えない。複雑極まりないが、憂太ならば人間を浮遊させて脱出することも可能なのだろう。実際に夏油傑を飛ばしてみせた実績もある。

 しかしながら、今の彼は模倣術式を上手く扱えていない。

 

「、、ねぇ、間藤君は何か感じる?なんか、嫌な気配が」

 

「だからさっさとトンズラしようぜっつってんだ」

 

 

 歩ける人間は存在しなかったため、花野術師を含めた数人をそれぞれで抱えて歩き出す。残酷な話だが欠けた四肢のお陰で体重はそれ程でもなく、意外にも牢屋の中の人間は全員連れ出すことができた。

 

「間藤くんって意外に力持ちだよね」

 

「呪力強化ありきだろ。オマエは俺より軽々と抱えといてよくいうわ」

 

 呪力量の割にはという意味だと眉を下げた憂太からの補足が入る。アホみたいな呪力量故に基準値がぶれぶれだった同級生も、やっとこさ呪力量に比例した強化具合の平均をマスターし始めたらしい。

 

(やっべ、憂太ならバレねぇと思ってた)

 

 制限呪力に見合った現実的な肉体強化具合を調整したのだが、全員抱えるには若干足りなかったのでちょっと水増ししたのだ。

 

 

 

 

 一応生きた人間のいる牢獄はもう1つ存在する。腹の膨らんだ達磨状態の彼女らを連れ出すことが、彼女らの望むことが否かを判断することは出来ない。

 

 生命があるだけマシ、このまま死なせてやるのが幸せ、などと第3者が他人の人生を判断することはクソみたいな傲慢にすぎない。

 

 これが死人にとって幸せな結果だったんだと悦に浸るよりも、己の利益に基づいて他人の人生を裁定したという事実を認識している人間の方が余程マシだと俺は思う。それに関する罪悪感の有無はともかく。

 

 

 憂太ならばなりふり構わず助けに行ってしまうのだろう。

 

 

「、、、地下牢がもう1つあるっていったらどうする?」

 

「えっ!?それなら早く助けに行かなきゃ!」

 

 予想通りの返答だ。言わなきゃよかった、とも思うがこの同級生相手に黙っているのも何となく不誠実に感じ、らしくもないことをした。

 

 足早に地下通路を駆け抜けると、視界の先の天井が僅かに明るくなる。出口たる天井から漏れ出る薄らとした光によるものであるようだ。いつの間にか夜は明けていたのだろう。

 

 

 

 

 

「随分と無茶をしたね。背中の彼女達についての説明はしてくれるんだろう?」

 

 階段上から俺たちを見下ろすのは冥冥1級だ。俺たちの不在に気がついて鴉を飛ばしたものの、鴉の少子化により碌な手掛かりを見つけられなかったらしい。そもそもことの全てが地下で起こっていたのだから当然だ。

 

 俺からのLINEを目にして電話をかけたものの出る気配がない。葛城の家の人間に尋ねたところ、後はお察しの大乱闘。全員ボコしたは良いものの、地下から噴き出した異様な気配に様子見に徹していたとのこと。

 

「早く他の人の救助を!」

 

「他の人?」

 

 達磨、妊婦、発狂状態。憂太にバレないように伝えたこの3単語で冥冥1級はある程度の事情を察したようだ。

 

「まだ生存者が残っているのかい?」

 

「定義によりけり」

 

 コップから溢れ出した水はじわじわと地下を侵食していっている。溜まりに溜まった赤子らの怨念に()()()()()彼女らと化学反応を起こさないとも限らない。

 

 冥冥1級が呼んでおいた補助監督らによって花野2級らは後方へと連れられていく。地図にも載らないような山奥ということで今すぐに増援を連れて来るわけにはいかないようだ。人手不足は勿論だが、コップから溢れたナニカによって危険度が跳ね上がった今回の任務に足り得る手隙の術師は早々いない。

 

「君はこの村をどう思う?」

 

「ここまできたらどうしようもねぇな。時間の問題だろ」

 

 冥冥1級も割に合わないと悟ったのだろう、内心では撤退を決め込んでいるようだ。どうしようもないという感想には彼女も同意見だったらしい。

 まぁ憂太はすんなり納得できないだろうが。

 

 

「僕はもう一度下に下ります」

 

「おっけ。俺は引率で」

 

「えっ!?」

 

 こうなる気はしてた。

 

 呪術界へ足を踏み入れてほぼ1年経ったとはいえ、彼が悪意と理不尽に塗れた状況に直面したことは殆どない。

 下手な案件に里香同伴の憂太を放り込む訳にはいかないし、解呪したとはいえ成長途中の学生を倫理観のカケラも存在しない事案に積極的に割り振ろうとはしないためだ。一部の腐った蜜柑を除いて。

 

 未来の特級と目される憂太は必ずこの様な理不尽にぶち当たる場面が訪れる。ある程度の実力者とて、戦闘面以外で思わぬダメージを喰う事例は珍しくもない。初めての胸糞案件にペースを乱され再起不能といったケースだ。

 

 つまり、いっぺん体験しとこうぜ的なノリである。

 

「ま、間藤君を付き合わせるわけには…。絶対大変なことになってるよ!」

 

「そう言うオマエは行く気満々じゃねぇかよ」

 

 当然同級生は渋るが、俺だって流石に1人で危険地帯に彼を放り込む気はない。折角前に進む決意をしたのだから、こんな場所でうっかりくたばるなどあってはならないのだ。

 

「最低限乙骨君は良いとして、君があの中に入って無事で済む保証は全くないよ。いつ決壊しても不思議ではないからね」

 

「冥冥1級の責任にはならねぇから大丈夫だろ。なんなら念書でも書いとくか?」

 

 

 

 

 言い出しっぺの癖に俺を引き留めようと慌てふためいている憂太を放置して階段を降る。

 

(いよいよやべぇなコレ)

 

 葛城を筆頭とした術師集団はまだこの地下通路の中に放置されているのだろうか。どう足掻いても自業自得なのでそっちは助けに行ってやる義理はない。

 

 今はある意味憂太にとっての社会科見学なのだ。

 

 生クリームに砂糖を塗したものを食べた時の様な気持ちの悪い胸焼けに、肌の上を不快な虫が這いずり回るかのような感触。無音状態だというのに、耳から得られる情報すらも黒板を爪で引っ掻いたような不快感を感じる。

 普通の術師ならばゲロってもなんら不思議ではない。

 

 先程の記憶を頼りに地下通路を進むと問題の牢獄が前方に見えてくる。

 

 

(、、、これはやっちまったな)

 

 

 四肢をもがれ身体を暴かれ、人間の尊厳を全て奪われた彼女らの怨念。何を引き換えにしても奴らに復讐してやる、正気を失って久しいと思われていた彼女らの胸の内にはちゃんと()()が存在していたのだ。

 

 赤子の怨念が溢れ出したのを絶好の好機とし、己の生命すら対価に復讐を遂げようとしたのだろう。

 

 楽しかった思い出はあっという間に忘れたとて、恨みの感情はいつまで経っても消えることはない。そう、彼女らは()()だけは失うことはなかった。 

 

 

「憂太、コレがさっきまでの生存者だ」 

 

 情報が完結しないといった様子だが、断片的にでも現実を認識し始めた頃だろう。

 

 復讐は何も生まないというが、復讐してもしなくても失った現実が回帰することはない。憎い相手がのうのうと人生を謳歌しているだけで耐え難い苦痛が生じる。

 

 憎しみの連鎖を断ち切る、などとほざく奴は己の番になった時に実行してやればよい。同じ状況に陥った際に同じセリフが吐けたならば本物だ。

 

 

「これって、」

 

「あんま気にすんな、呪術界はこんなんばっかだぞ。俺らがこの村に辿り着いた時点で手遅れだったんだ、出来ることは無かったはず」

 

「でも、そんな、、もっと早く来てたら」

 

「オマエの所為じゃない。先に見つけたのは俺なんだから少なくとも憂太が気にする必要はねぇよ」

 

 

 牢獄の中の1人と目が合った。彼女は()()だったのだろう。先程の虚ろな視線とは異なり爛々と輝く瞳の中に俺の顔が映る。 

 

 "邪魔するな"と言外に告げられた。勿論邪魔なんざするつもりはないので彼女の耳元に口を寄せ、葛城らの居場所を教えてやる。彼女の口角が限界まで吊り上がり、やがて瞳から光が失われていった。

 

「何してるの!?」

 

「一応脈を測ってたんだが手遅れだった。落ち込むのはしゃーないがこっから出た後な、もう急ぐぞ」

 

 立ち尽くす憂太の腕を引っ張って地上へと引き摺って行く。無法の才能を誇る憂太のことだからそこまで心配はしていないが、メンタルに調子が引っ張られて()()られでもしたら悲惨なので脱出を急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬場とはいえ、明け方の薄らとした朝日は中々に明るい。薄暗い地下牢から躍り出た地上で眩しさに瞳を細める。表情に翳りの見える憂太の様子をみた冥冥1級は大体の様子を察したようだ。

 

「間に合ったけれど間に合わなかった、と言ったところかな。地下通路に参考人は残っているかい?」

 

「無理だな。()()()怒り狂ってんぜ」

 

「そうかい。ま、因果応報だね。被害者の避難は完了しているから我々もさっさと帰ろう。当初の説明と事情が異なるのだから追加報酬を貰わなければ」

 

 まっじでこの守銭奴ぶれねぇな。

 

 憂太もこのくらい図太くなってくれれば安心だ。呪術界に染まりきらない、この善良な同級生に変わらないでいてほしいという気持ちもあるのだが。

 

 とはいえ、地下の呪いがこの村の中だけで収まるとは限らない。外部に漏れ出したならばそれこそ特級案件である。

 

 最低でも戦闘特化の1級術師が任務にあたる必要が生じるだろう。それこそ御三家のエリート集団とか。冥冥1級とて勿論強いが戦闘力に術式のバフは乗らない。打開策は存在するのだろうが、鴉の少ないこの土地ではあまり賢明な判断とは言えない。

 

 引き際を間違えないことが何より大切なのだ。

 

「地下を封鎖しておけば時間稼ぎ程度にはなるかな。乙骨君、残念だけどここは手遅れだ。巻き添えで無駄死にする前に帰還するのが賢明だよ」

 

 朝日が身体に染み渡る。大きく伸びをし、若干丸まっている憂太の背中をぶっ叩いた。

 

 

 

 

 今回の経験を経てこの界隈の理不尽に憤りながらも、憂太はきっと素晴らしい術師へと成長していくのだろう。最高の友人に恵まれ恩師に恵まれた、俺の同級生は照れ臭そうにいつもそう語る。

 

 

 愛する人との別れを経て自分の未来()を歩き出した憂太と、愛する人との別れを経て終わり()へと進み続ける俺とでは違うのだ。

 過去に囚われて奔走し、未来に目を向けられないでいる俺とは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁこうなるよね」

 

 睦月の冷たい風にのって鼻が曲がりそうな腐臭が漂ってくる。乾いてこそいるものの、足元の地面は気色の悪い赤黒色に染め上げられている。

 

「"重力操術"の方はよかったのか?」

 

「繋ぎで手に入ったらラッキー、くらいだから問題ないよ。術式や面の有用性はともかく素体が弱すぎる。この身体が手に入った今、もう彼に用はないかな」

 

 五条袈裟を身に纏った黒髪の男性が、額の縫い目をさすりながら何でもないように告げる。

 

 かつて飛騨の惨劇を引き起こした特級呪物たる魔の三角地帯(バミューダ・トライアングル)。縫い目の男はその()()()()をこの村の人間に貸し出したのだ。本物は飛騨のいざこざの際に回収し損ね、浄界と混ざり合った重力空間の中で眠っている。

 

 レプリカの性能も試しつつ重力操術の使い手を拐かそうと暇潰しを兼ねて策を練っていたのだが、()()が手に入ったため全てが必要なくなったのだ。

 

「兄と同じ呪物に呪われて人生を終えられたならば彼だって本望だろうと思ってね」

 

「くだらん」

 

 陶器のような肌に冷たい美貌を持った女性が飛び回る小蝿を呪力で捻じ切る。

 

 五条悟による鎮圧後、村の死体は粗方片付けられた。それでもどうしたって呪いの根は残るのだ。地下に充満した蓄積されし数多の恨みと呪いを簡単に消し去ることは出来ない。

 

 群馬県の山奥で、とある村はひっそりと禁足地の烙印を押された。

 

 元々過疎化していた集落だ。地図にも載っていないような村の名前など知る人間はいない。

 だから、名無し。ここで起きた悲劇は葬り去られ、被害者らの復讐は容認される。名前など無い方が良い。

 

 

 

 

「乙骨憂太、流石にレプリカじゃ力不足だったかな」

 

 そうは言うものの、袈裟の男の表情に悔しさの色が浮かぶことはない。

 機会があったから試してみようくらいのノリであり、駄目なら駄目で特に不具合はないのだ。袈裟の男は乙骨憂太に大した魅力も感じていなければ興味もない。

 

 

 ひょんな機会から、血縁外の優秀な呪術師を求める呪術師の集落を発見した。数世代、或いはそれ以上の期間に亘って近親婚を繰り返した末の()()()()。縫い目の男は地下に渦巻く()()の気配を正確に感じ取っていた。

 

 これだから人間は面白い、と新たな()の紹介とレプリカ呪具の斡旋をしてやったのだ。

 

 レプリカの呪具ならば力不足だろうと両面宿儺の指を添えてやったが、それでも結果はふるわなかった。乙骨憂太は今日も今日とて青春に勤しんでいる。

 

 

 

(宿儺の指を使って呪物の効力を上昇させてやろうと思ったけど、期待していたほどの効果はなかったな。残念残念)

 

 念には念を。獄門疆の強化に使えやしないかと実験を試みたのだが結果は振るわなかった。

 

 まぁいいかと五条袈裟の男は小さく呟いた。獄門疆の効力は元より、()()()ならば不備はないだろう。あの化け物にも可愛いところがあるじゃないかと嘲るように嗤ってやった。

 

 

 そして、美貌の同行者にちょっとしたスパイス(宿儺の指)について告げるほど縫い目の男は愚かではなかった。

 

 

「模造品は見あたらないが」

 

「呪術師に回収されちゃったかな。それならそれで、真実に気がついた五条悟のツラは見ものだろうけど」

 

 

 乙骨憂太の謀殺不可という結果をあっさりと思考の外に放り出し、飛騨の真相について笑みを浮かべて想いを馳せる。

 虎杖香織の上位互換たる術式は魅力的だったが、間藤睡蓮は己がかつて罠に嵌めた男に数段劣る劣化版に過ぎない。袈裟の男はそう結論づけた。

 

 

「じゃあ、10月31日まではのんびり過ごそう」

 

 

 

 




評価してくださった読者様が100人こえてて感謝の極み。
あと一息となりますが赤福かき氷にお付き合いいただけたら幸いです。


誤字報告ありがとうございます
7/25 20:47 修正しました
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