「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件 作:赤福かき氷
しんしんと雪が降り積もる。静かに舞い降りた白い結晶が大地に積み重なり、あたり一面が白銀色に染まっている。冷たい空気が満ち満ちて口から吐く息が白く染まる。
呪術高専の早朝の教室とて同様だった。珍しく全員が教室に集合し、揃いも揃って口から白い吐息を溢す。寮から教室に至る石畳も見事に雪まみれであり、白い制服のままだったら同化してしまうところだった。
教室に設置された灯油ストーブを囲むように椅子を動かし、10本の手が仲良く熱源に差し出される。若干毛深いのが混ざってはいるが。
「みんな揃ってるけど、、今日って何かあったっけ?」
「寮の暖房が壊れたんだよ。寒さでボイラーがイカれたらしいぜ」
「最近冬場にしてはあったかかったからな。急な寒暖差にやられたんだろ」
「しゃけ」
まったりと過ぎていくこの時間が大好きだった。1年前の冬には友人たちと取り留めのない話をしながら穏やかな時間を過ごすことが出来る日など、絶対に来ないと思っていたのだ。
「やっべ、ポッケに入れっぱなしのアポロ液体になっちまってる」
「きったねぇな」
紙の箱を傾け、「逆チョコやるよ」と液状化したピンク色のチョコレートを真希さんに差し出した間藤君が、仕返しと言わんばかりに脳天に一撃を喰らっていた。
今日は2月14日、世間は甘いチョコレートの香りと共に浮き足だった空気で満たされている。
バレンタインのセールだからと買い込んだチョコレートが、熱源によって憐れな末路を迎えたらしい。因みに真希さんにチョコレートを強請った間藤君の手のひらに乗せられたのは、チロルチョコの包み紙だった。
「バカ目隠しは何やってんだよ。もうすぐ授業だろ」
「麗しのレディたちに捕まってんじゃね?何たって今日はバレンタイン」
「.........正気か?」
「
友人たちのやりとりを見て思わず笑ってしまう。先日初めて見た五条先生の素顔は息を呑むほどに整っていた。あれでは女性たちが放っておかないだろう。
「聞こえてるよ」
「アッやらかした」
がらりと音を立てて木造りの扉が開き、渦中の人物である我らが担任の五条先生が笑いながら室内に入ってくる。好き放題言っていた友人たちの顔にも特に焦りの色はなく、寧ろ揶揄うような笑顔が浮かんでいた。
何ら変わりない平和な日常。
高専に入学する前は決して得られないと思っていた、恩師と友人たちとの温かな時間。悲劇と醜聞に塗れる呪術界においても、これだけは不変であると。
不変であると、思い込んでいたのだ。
間藤君がストーブで熱し過ぎた手を冷ますように振って見せ、笑いながら手のひらを五条先生の方へ差し出す。まぁた溶けかけのチョコでも押し付ける気かと、パンダ君たちと揃って呆れ半分の視線を彼に向けた。
この時までは、心の底から穏やかな感情で笑っていられたのに。
「俺の勝ち、だな」
轟音と共に校舎の壁が吹き飛んだ。土埃と爆炎が入り乱れ、視界が一気に障害物に覆われた。
穴の空いた校舎の壁の向こう側からは、先程よりも勢いを増した雪が室内に吹き込んでくる。
一瞬のことで全員が唖然としている。状況が理解できず背後の友人達に視線を向けるが、彼らの表情も僕と似たり寄ったりだ。
「.....は?」
誰の声だったか、声にすらならない掠れた空気が喉から漏れる。
しかしながら、壁の爆散という惨劇が気にならない程の異常自体が眼前で勃発していた。
内外との温度差で急激に霧散した爆炎の中から現れた五条先生の目元の包帯には僅かながら紅が滲んでいる。
何よりも目を惹くのは、じわじわと赤の侵食する脇腹と、地面に赤黒い血溜まりを作り出している左手。
このレベルの爆撃を至近距離で喰らってヒトの形を保っていた、という結果ならば本来は驚嘆すべき事実であろう。
しかしながら、五条悟という呪術師にその一般的な尺度なんぞ何の意味も持たない。
僕たちは、無下限呪術による不可侵の存在を嫌というほど、身をもって知っている。普段から日常的に、あらゆる害意は彼に届く前に堰き止められる。
いや、そんな事実すら今はどうでも良い。1番の問題は、どうして間藤君がそんな凶行に及んだのか、どうしてそれを成し遂げることが出来てしまったのか。
そもそも、彼の術式は重力操術だったはずだ。模倣させてもらったのだから間違いない。
(もう訳が分からないよ)
無意識に、今はもういないはずのフィアンセの
「悟くんさぁ」
間藤くんは"悟くん"などと呼んでいなかったはずだ。
*
白を基調とした精巧な芸術品の様な男が赤で彩られている。眼前の光景を否定すべく毟り取った包帯の下から現れた2つの蒼眼は、信じられないとでも言いたげに見開かれている。
(
己の絶対守護障壁を破ってみせた意識外からの攻撃。昨日まで隣で笑っていた教え子による、日常と常識が拭い去られた理外のソレは、あの五条悟から平静を奪い去るには十分であったらしい。
「ははは、ひっでぇツラ」
六眼に映る式業の術式、俺の瞳に輝く不自然な虹彩。そして、青い春に慕い続けた優しい先輩と瓜二つのツラから向けられる、明確な
白い喉仏が上下し、後ずさった靴底からは爆炎で飛んだ粉塵を擦る音が鳴る。2つの空は動揺で揺れ、表情には驚愕と僅かな絶望の色が乗っている。
無下限の覇者が現実を飲み下せず沈黙するとは、本当に何と皮肉なことか。
青春を想起させる重力の刻まれていた筈の教え子の身体には、過去の無下限六眼を葬り去ってみせた化け物に酷似した術式が刻まれている。
そして術者は、何食わぬ顔で1年もの歳月を己の隣で過ごしていた。
付け加えるならば、ずっと前からその子供を五条悟は知っていた。だというのに、
何故、とでも言いたげな表情に思わず笑い声が漏れる。俺の一生を掛けた命題は成功したか否か、
最後まで欺いてみせた、俺の勝ちだ。
「誰よりも優しい人だった」
立ち直るまで待ってやるつもりはない。寧ろ絶好の好機である。
人差し指を眼前に突き出し、最大出力の呪力砲を叩き込む。立て続けに3発、先程空いた穴をさらに押し広げる形で壁が崩壊する。
爆炎と吹雪で視界不良も良いところであるが、それはお互い様だ。"式業呪法 構築"で大量の鉄剣を生成し、悟くんの呪力反応を追いかけて攻撃を続ける。
「いつだって俺の、他人の心配ばかり」
粉砕した壁から校舎へと足を踏み入れた悟くんに微笑みかける。血に塗れた五条悟、など人生で生きているうちに拝めるか否かの珍百景だ。
(今ので五体満足かよ。さっすが最強)
「陽だまりの様に優しかったあの人は、冷たい雪の中で血反吐を吐いて無惨に息絶えた」
拳を握り込み歯を食いしばる様子に、最強も随分と人間味があるじゃねぇかと微笑ましい気分にすらなる。しかしながら、これも青い春を共に生きた
これはきっと、彼にとって青い春の延長戦だから。
「理不尽だと思わないか?」
別に、珍しいことではない。呪術界では死など日常の何気ない一幕でしかないし、死体が残っているだけまだマシまである。
それでも、兄さんにだけはもっと別の方法で終わって欲しかった。布団の中で、眠る様に逝って欲しかった。たとえそれが我儘だと理解していても。
(いや、今更死人についてどうこう考えてもしょうがねぇな)
たられば言ったところで兄は還ってこないのだから。
悟くんだって俺がどういうつもりでこんな凶行に及んだか、とっくに思い当たっているだろう。
寧ろここで首を傾げるクソ野郎ならば1も2もなくぶち殺しに行っていた。
「僕は、
また、とは一体どういうことか。曇った悟くんの表情に首を傾げるが、今の俺に原因を突き止めるだけの判断材料はない。
其処に飛騨の真相の全てが詰まっているのであろうが、もう追求している余裕などないのだ。一兎を追うものは二兎を得ず、という言葉が現代にまで残っているのが全てであろう。
流石に高専内で殺し合うほど俺だって馬鹿ではない。外野の邪魔など興醒めも良いところだ。
......それに、アイツらを巻き添えにするのは俺とて本意ではない。
「"式業呪法 赤血"」
腕を裂き、滴り落ちた血液が無数の帯へと形を変える。空中を優雅に舞う赤は、俺が手を翳すのと同時に加速して悟くんへと降り注ぐ。
信じたくもない現実に追われている悟くんに血液の帯を巻きつけ、俺の側へ引き摺っていこうと試みる。残念ながら最強を意のままにあっさりと動かせるはずもなく、バラバラに千切られた血帯が辺りに散らばった。
(くっそ、不意打ちもここまでか)
眠るなら、兄が眠りについたあの場所がいい。
干したての布団に寝転んで両腕を広げた兄は、太陽の匂いがした。温かな布団で仲良く2人して眠りについた記憶が甦る。
後、たった数瞬の隙が欲しいのだ。諸共あの禁足地へと足を踏み入れるための、たった少しの隙。
ふと、最悪の方法が脳裏を過ぎる。
ヤケを起こした風を装い、放射線状に血帯を展開する。縦横無尽に駆け巡ったソレは、俺"諸共"至る所を破壊して回る。傍目から見るならばこれ以上ない隙に見えるだろう。
状況判断の為にも暴れる生徒の鎮圧を選択した悟くんの行動は、選び得る選択肢の最適解であったはずだ。
眼前に迫った悟くんの見開かれた六眼と視線が交わる。2人を隔てる血の帯が舞い上がった刹那、彼の空に映ったのは左腕を欠損し、左の脇腹を抉られた間藤睡蓮の姿。
「また、俺を殺すのか?」
陽だまりのように微笑んでやる。瞬間、出力されていた無下限の術式が僅かに乱れる。
その隙を見逃す俺ではない。今度こそ血の帯を悟くんと俺に何重にも巻き付け、即座に"式業呪法"で術式を練り上げる。
「 」
詠唱と共に異様な呪力が練り上げられた。2人の術師を包み込むように発動されたソレを見て、六眼はどのような類の術式であるかを悟ったのだろう。本当にご立派な瞳だことで。
彼とてこの場で暴れることは本意ではないはずだ。
悟くんは出所など知らないだろうが、京都の某ゴリラから拝借した術式の応用だ。里香とやり合った際に目にする機会を得た。
(シンプルイズベスト。出来るゴリラだったな)
術式が発動するまでの1秒にも満たない時間、どうでも良いことばかりが思い浮かぶ。
あの時の憂太の焦りようはもの凄かったし、後から聞いた同級生たちは腹を抱えて笑っていた。
これがきっと、俺にとっての青い春だったのだ。
今更ながら彼らの方に視線を向けると、誰もが曇りと焦りの表情を浮かべている。仄暗い呪術界には珍しい、どいつもこいつも良く笑うヤツばかりだったのに。
いいや、もう全てが今更だ。
悟くんに視線を向ける。反撃の意思はなく、揺れ動く2つの蒼眼で見つめられるが、其処に乗った感情を読み取る余裕など既に無かった。
式業によって織られた呪力が2人を包み込む。
最後に少し引っ掛かるような感触を得たのは、飛騨に揺蕩う誰かの拒絶の意思か。
陽炎のように、視界が揺らぐ。
*
吸い込んだ冷気が肺を刺す。
平地でビル街に囲まれた東京とは異なり、雪の舞う山岳地帯だ。気温は氷点下、口から吐く息は白い。
(某魔法学校の姿現しみてぇなことになったらマジでたまったもんじゃなかったな)
スプラッタ待ったなし。
手足がばらけることも眉毛だけを置き去りにすることもなく、双方が
岐阜県北部、飛騨の悠久なる大自然に位置する飛騨霊山山脈の禁足地。
万有引力が荒れ狂い、天元の意図の絡み合ったその地は誰しもが足を踏み入れることなど出来なかったはずだ。
しかしながら、今この場において全ての障害は取り払われている。人類の侵入を阻む結界も無ければ、万有引力もあるべき形へと回帰している。
『最後に重力は何とかしてやる。だから、俺の邪魔だけはしないでくれ』
脳裏に天元との契約が過ぎる。飛騨霊山浄界、文句無しの天元のお膝元で凶行に及ぶなど、本来ならば許されざる行為だ。
だからこそ、根回しは済ませておいた。天元だって死人の意思の絡み付いた浄界に頭を悩ませていたのだから、別に悪い話ではないだろう。
狂った重力は消え去った。もうこの場所に間藤白蓮の意思も、願いも残っていない。
これから此処で起こる全ては、俺の意思と選択の結果だ。
「いい加減落ち着いたろ。始めようぜ」
「.........本気なの?」
「冗談でここまでする訳ねぇだろ。俺はアンタに復讐するために残りの人生全部掛けてきたんだぞ」
悟くんとて俺が本気であることくらいとっくに悟っているだろう。己に害をなす者は余さず排除、呪術師らしくその原則に則って反撃すればよかったものを。
己が生徒への情か、それとも間藤白蓮への罪悪感か。残念ながら情だの義理だので何とか出来る段階に、五条悟はもういない。
彼に残された道は、生徒の意を汲んで"復讐"に最後まで付き合うことのみ。
(あぁ、腹括りやがったな)
飛騨の曇天に不似合いな澄んだ2つの空が凪ぐ。
捕縛か排除か、悟くんがどういうつもりか定かではない。それでも、彼にとっては残酷な選択を選び取ったのだろう。選び取るしかないのだから。
「"術式順転 創"」
式業呪法の順転は単純な術式の出力強化。つまり、構築した術式の効力にバフが掛かるのだ。
例えるならば火の粉が火炎放射に、水鉄砲がハイドロポンプに。いや、後者は言い過ぎだ。
質量と数の増した鉄の剣が悟くんに雨の様に降り注ぐ。攻撃がワンパターン化している様に思えないでもないが、"数撃ちゃアタる"戦法だ。視界を覆うほどの鉄雨、特異性もクソも無い攻撃だが案外こういうのが1番効いたりする。
(ま、裂傷じゃ決定打にはならねぇよな)
迎撃された側から鉄雨を生成し続けるが、コレとて無尽蔵ではない。式業による"構築"の術式から得られる生成物の原材料は俺自身の血肉だ。
自身の体から削り取った炭素や鉄分を黒鉄に変換することで、生成効率を極限まで高めている。だからこそ、使い過ぎは己の身体への物理的ダメージに直結する。
反転術式を挟めば何の問題もないのだが、目の前の怪物はそれを許さない。
「"術式反転 赫"」
指先から圧縮された無下限が放たれる。大地を雪諸共抉り取り、何とか躱した俺の背後にあった雪山に命中する。
(なんつー威力だ。マジで洒落にならねぇよ)
躱したと思っていたのだが、じくじくと痛む右脚が被弾を訴えていた。
今の砲撃の対応に怯んだ隙に、懐に潜り込むようにして接近される。
"天眼"に映るのは悟くんの拳に纏わりつく無下限の術式痕。カウンター擬きのソレは、まともに喰らおうものならば暫くは動けないだろう。その隙は致命的過ぎる。
「何コレ」
「アンタとステゴロ出来るほどの腕はねぇからな」
振り抜かれた拳が命中したのは、"構築"によって生成された盾のようなもの。
蜂の巣を模した六角形状の鉄板を組み合わせて作られたソレは、俺自身の呪力との親和性で相当な強度を保持する。
ハニカム構造。英語で蜂の巣を意味し、航空機等の部品にも使用される構造材料であり、最大の特性は衝撃吸収性。
燃やす、溶かす、といった攻撃にはイマイチだが、今のような純粋な打撃攻撃にはこれ以上ない防御だ。
難点は俺の周囲にしか生成できないこと。しかしながら、俺のその他の技術と比べると若干不安の残る近接戦闘に対する補助であり、普通の遠距離ならば無数の手札でどうとでも出来る。
「"式業呪法 煉獄"」
俺から方陣を刻むように、8つに分岐した業火が地を這う。45°の角度の炎の帯は互いに熱を高め合い、四方を全て覆い尽くさんと燃え広がる。
雪の降る飛騨とはいえ空気は乾き切っている。麓からでも目視出来る規模であろう火柱が天を突く。上空に逃すつもりもない。威力としては申し分ないはずだ。
悟くんの不可侵は機能していない。回避するか打ち消すか、彼の選択肢は2つ。
無下限で火種を消したとて俺は全方向に同時着火できるのだ。それでは永遠に赤々とした火が襲いかかり続けることになる。熱で俺自身の喉すら焼けそうだ。
「.........マジかよ」
「"術式順転 蒼"」
全方位
幾ら呪力ロスが限りなく少ないとはいえ、それなりの呪力を注ぎ込んだ攻撃はあっさりといなされた。
何よりも、本人の表情は涼しげなものだ。
加熱された空気が急激に冷え、気圧差によって暴風が吹き荒れる。
黒煙、吹雪、砂煙といった視界を覆う要素によって視覚は碌に機能しない。呪力感知によって相手の居場所を索敵すれば良いだけなのだが、それは通常の話。
相手は
(クッソ、やっぱ呪力感知はアッチのほうが上か!)
凡愚な術師には到底感じられぬであろう僅かな感知の差。1秒にも満たないその"差"は値千金の価値がある。
ハニカム構造の盾の形成が僅かに間に合わなかったその一瞬で、振り抜かれた拳が顔前で交差させた両腕に命中する。
可能な限りのスピードで肉体を固めたが、それでも腕を1本持っていかれた。
骨折程度ならば難なく治すことができるので問題はない。問題は、回復させるだけの隙を与えてもらえないことだ。
(いや、腕1本で済むか普通)
「悟くんさぁ」
「何?」
「この期に及んで、なんてこと無いよな?」
白い眉が僅かに歪められる。どうやら図星だったようだ。修復の隙も出来たことだし、まぁいいや。今にそんなことは言っていられなくなる。
背後の山から不自然な白煙が発生する。先程燃えた業火の名残ではなく、斜面を滑り落ちる雪が空中に舞い上がって生成されたものだ。
先程悟くんが放った"赫"により、連鎖的に発生した雪崩。
悟くんの視線が俺の頭上に向けられる。通常ならば何も視認できるはずもないそこには、呪力によって練り上げられた方陣が抱かれている。
"あの日"と同じ状況に思わず口角が上がる。顔色の宜しくないアナウンサーによって読み上げられる、飛騨の雪崩のニュース。
回避した時に僅かに掠った"赫"に細工しておいたお陰で、雪崩には俺の血肉と呪力が混ざり合っている。天元相手には未遂に終わったが、今回こそは上手く行きそうだ。
いつだって、雪は俺にとって悪い結果しか運んでこない。
兄の死んだあの日も、塵箱に落ちたあの日も、そして魔虚羅という異次元に現実を思い知らされたあの日も、そうだった。
「"術式順転 創"」
今回こそは吉報であってくれ。
天に向かって翳した手と共に、山肌を駆け降りる
雪の波が空を舞う。
「流石にやり過ぎでしょ」
「誰が相手だと思ってんだ」
天を覆う白銀の幕に覆い隠され、飛騨の地に影が降りる。六眼と天眼、2つの瞳が交差した数瞬後には雪崩によって視界から五条悟の姿が消える。
雪崩の発生に巻き込まれた人間が生還する確率は約6割、重症を負う確率は約7割だ。
残念ながら、それなりの腕を持つ術師ならばたかが雪崩如きで死傷するなど考えられない。それも通常ならばの話ではあるが。
不可侵適応術式、そして俺の氷結系統術式が付与された雪崩には、ある程度の致死性が付与される。無下限で消し飛ばそうにも、実体のあって無いような流動性を持つ雪はさぞ扱い難いだろう。
「"式業呪法 構築"」
ダメ押しで流動する雪の波の中に鉄剣を放り込んでやる。
殺傷力を持った白銀の波が1人の術師に襲い掛かった。内包された呪力の塊をすり潰すように術式を調整する。内から爆ぜる術式を雪を変質させていなし、呪力を流して限界まで固めた諸々で応戦する。
白銀の隙間に赤が浸透したのを視界の端に留めた。効くには効いたのだ。
陶器の肌に付着した赤い血液が、反転によって修復された傷の名残を表している。
しかしながら、彼の呪力総量の変化を読み取るに、幾ら絶え間なく呪力を使用させ続けたとはいえ、削り倒すには一体どれほどの労力を要するのか。
翳した手のひらが弾き飛ばされ、反動で避けた皮膚からは血が滴り落ちる。
やはり、雪が俺に吉報をもたらすことはない。
霧散した多量の雪がひらひらと舞い、空中に静止する2つの蒼がこちらを見下ろしていた。
お気に入り登録が3000件超えててまたまた驚きの今日。ここまで読んでいただけたことに感謝感激です。
評価、お気に入り登録、感想等々大変励みになります。あと一息赤福かき氷にお付き合いいただけると幸いです。
私生活がバタバタしてて2週間くらい間が空いてしまったのは本当に申し訳ねぇ。最後まで完成しましたので何卒お付き合いを......
誤字報告ありがとうございます
8/6 9:09 修正しました