「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件   作:赤福かき氷

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因果応報 下

 雪山を舞う白銀に、生々しい真紅が入り混じる。

 

 肉が裂け骨が砕け、互いの体を血液が彩った。

 

 

 戦闘は互角、ということが出来たら良かったのだが生憎ながらそうもいかない。黒い火花が咲いた後、悟くんの攻撃の精度が格段に上昇した。アレより上があんのかよ、と悪態を吐きたい気分ではあるが正直そんな余裕もない。

 

 しかしながら悪いことばかりでもない。悟くんとて無傷という訳でもなければ、俺の攻撃が全く通じていない訳でもない。

 

 

「なぁ、悟くん」

 

 

 粘り気のある血液が歯に絡むが気にせず口を開く。喉から搾り出した声と共に鉄錆が香るが、いい加減に嗅覚がイカれそうだ。

 

 常人が目にしたら言葉を失うであろう惨状を背後に質問を投げかけた俺に、悟くんから訝しむ様な視線が向けられる。

 

 

「俺より強いヤツと殺し合ったことは?」

 

 

「ないよ」

 

 

 簡潔なひと言だが、俺にはそれで十分だった。最早俺の目的は達成されたも同然なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 人の記憶とはどう足掻いても時間と共に薄れていくものだ。幼い頃の記憶を余すことなく鮮明に覚えている人間など存在しない。悟くんとて、人間である以上その習性に従う。

 

 

 しかしながら、脳に鮮明に刻まれる記憶というものも存在する。

 

 俺とて中学時代の同級生の記憶は既に怪しい。1年前の、たった1年しか通っていなかったにも関わらずだ。

 

 だが、7年前の兄の死に様を忘れたことは1度もない。

 

 その記憶が、どれだけ当人の中で大きなものであるか。全てはそれ次第なのだから。

 

 戦いの中で生きる人間にとって、最も()()()()敵の記憶は一生記憶に残り続けるだろう。殊更悟くんの様に戦闘に楽しみを見出すタイプの人間には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 業火の檻を突破した悟くんが眼前に迫る。

 

 単純に呪力で強化した拳に術式もクソもないのだから、天眼は何の役にもたたない。それでも俺の身体は黒い火花による"呪力の味"を覚えていた。打撃と呪力が寸分の狂いもなく己の身体を穿つ感覚を。

 

 顔面に向けて振り抜いた拳は、近接格闘能力の差によって問題なく防がれるはずであった。 

 

 

 

 

 受け止めた悟くんの腕から不穏な音が鳴り響く。交差した青と灰の間に飛び散った、黒い火花。

 黒く輝くソレが、空に反射しているのが視界に入る。

 

 

 聞こえるはずのない方陣の回転音が頭の中で鳴り響いた。

 

 

 

 反転術式を回しながら悟くんが跳び退った隙に俺自身も反転術式を行使する。修復後、術式で生成した水によって口内をすすいで吐き捨てる。

 鉄錆の匂いが消え去り幾分が意識がサッパリした。それが爽快感によるものか、黒い火花による影響かは定かではないが。

 

 

「ここで黒閃キメる?」

 

「さっきの自分の行動思い出せよ」

 

 

 人の腹にあんなもんぶち込みやがって。それはそうと、その声色に此方を責める色も無ければ焦る色もない。

 端整な顔を彩る高揚感。俺が読み取れる声色は殆どが正の感情ばかりだ。

 

 その中に僅かばかり潜む、悲哀と躊躇いの感情。それは単なる気の所為かもしれないが。

 あのツラ(笑顔)を見たらとてもそうとは思えないのだから。

 

 

 

 

 そしてどうやら今のは黒閃というらしい。俺の先生ならもっと早く教えとけよ、と思わないでもないが。

 

 

 そこまで考えて思わず顔を顰める。

 

 

 兄さんの後輩で、兄さんの仇で、兄さんの同僚だった教師で。全てに"兄さんの"という形容詞がついていた彼は、確かに俺との確固たる関係性を確立していたのだ。

 兄の願いの消えた死没地で、漸く俺はそれを実感した。

 

 

(ま、今更すぎるか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いに距離をとった先で、悟くんの指先が独特な形を刻む。無下限の式がこれ以上ないくらい複雑に編み込まれ指先で呪力の塊が蠢く。

 

 

(なんで()()式が2つ重なってんだ?)

 

 

 同じ構築式に正と負の相反する呪力が流し込まれていく光景を唖然と見守るが、どう考えてもふ抜けている場合ではないので"術式反転"に注力する。

 しかしながら、第六感がそれでは駄目だと訴える。俺の知らないナニカが、俺を仕留めんと牙を研いでいると。

 

 

「"九綱" "偏光" "烏と声明" "表裏の間"」

 

 

 呪詞が紡がれ膨大な呪力が膨れ上がるのと同時に全速力で後退する。術式反転の構えに入っている以上、式業による防御は不可能だ。

 

 黒閃をキメた俺をみて危機感を抱いたのか、それとも高揚感を抱いてしまったのか。間違いなく後者であると思うのだけれども。

 

 

 

「"虚式 茈"」

 

 

 

 押し出された仮想の質量が飛騨の地を蹂躙した。紫色を帯びた"赫"とは比にならない威力のソレが眼前に迫り、世界が静止する。

 

 

(どう考えても"崩"じゃ無理だろコレ)

 

 

 直感で悟ってしまった。先程"赫"を防いだ時点で俺は相殺しきれずにダメージを負っている。尚且つ、極めて効率の悪い()()()手順を踏んだ攻撃だ。

 

 悠長に距離をとって反転術式を回している場合ではなかったのだ。"虚式"なんて知らないと言い訳は幾らでも思い浮かぶが、この世界はそれほど甘くはない。

 

 いつだって予想もしていない場所から脅威は現れ、不変だと信じていた日常は崩れ去る。俺はそれを、7年前に嫌と言うほど味わった。それでも、

 

 

(腹立つくらいにキレイな構築式なんだよな)

 

 

 この状況を打破しなければ俺は死ぬ。今か後かの違いではあるが、1秒でも長く六眼の前に立ち続けてやる。その長く続くであろう生の記憶に深く深く刻み込まれる様に。

 

 

 黒閃はキマった。俺の殺る気も最高潮。それに、これ以上ない最高のお手本が目の前にいるではないか。

 再び頭の中で無機質な音が鳴り響く。

 

 

 

 

「"蓮華" "因果" "六道輪廻"」 

 

 

 俺の口が覚えのない呪詞を紡ぐ。正負の呪力を掛け合わせれば良いのは先程()()した。この世に俺という自己が覚醒した瞬間から、ずっと呪力操作に苦心していたのだ。失敗するという未来は俺の目に映らない。

 俺の指先で、無数の因果が絡み合う。

 

 

 

「"虚式 業"」

 

 

 

 生成と分解、相反する二つの効果が混ざり合い、矛盾から生まれた行き場を失ったエネルギーが溢れ出す。眼前に迫った"茈"と正面からぶつかり合い、弾けたエネルギーが飛び散り目の前が白む。

 

 

(俺だって出来んじゃねぇか)

 

 

 "茈"を完全に弾き返したとは言えない。しかしながら、防いだという点では十分な効力だった。腕が若干足りていない気はするが、後から反転をかければ間に合う程度の損耗率ではある。

 

 

 無論"不可侵適応術式"は正常に機能しているのだから悟くんにもダメージは入る。

 

 

 "爆烈"によって爆ぜた地面が更にひび割れ大地が揺らぐ。地上で正面衝突したはずの虚式同士の余波が大地にまで及んでいるのだ。

 

 ()()ない、荒れ果てた大地に視線を向ける。呪力の気配も特に感じられないため、警戒しつつも己に反転をかける。

 

 

(いや、何もないはずねぇだろ)

 

 

 五条悟は何処に行った。俺が五体満足でなくとも生存している時点で、彼が跡形もなく消し飛ぶはずがない。しかしながら、周囲を見回すがやはり何もない。

 

 

 

 

 

 

「"領域展開"」

 

 

「.......はは、嘘だろオイ」

 

 

 無常にも、死刑宣告が空から響く。

 

 

「"無量空処"」

 

 

 

 

 

 

 

 頭上の空が果てのない宇宙に塗り潰されていく。領域が外界の全てを遮断せんと形作られていく光景が、いやにゆっくりと進む。

 

 

 生憎だが無量空処の領域効果を俺は知らない。先程の悪因苦果との衝突において、無量空処はその効力を発揮するに至る前に崩壊したのだから。

  

 同時領域展開で必中命令が相殺されるとはいえ、"構築"や"業火"などの効果を付与している場合には攻撃自体は発生するのだ。命中率が著しく低下するだけで。

 

 しかしながら、無量空処は競り合っている段階で何の効果も見受けられなかった。蒼の様な吸い込み反応も赫の様な発散反応も、茈のようなクソみたいな暴力性も。

 

 

(よりにもよって精神干渉系統か?最悪だな。つうか当然の様に第2ラウンド入るじゃねぇかよ)

 

 

 領域展開には膨大な呪力を必要とする。故に、術師も呪霊も基本的に領域は1度きりの必殺技と考えて差し支えない。当たり前のことだがガス欠するのだから。

 

 全ての通説は、六眼によって否定される。

 

 呪力消費が大きいということは、それに比例して垂れ流すロスも増えるのだ。六眼にはソレがない。そもそも悟くんの呪力量が論外だという話から始まるのだが。

 

 

 それでも勘違いしてはならない。最短ルートを示されたとて、運転技術が追いつかなければ何の意味もない。モネが至高の絵画の描き方を後世に残してしたとして、腕がなければ混沌のような絵画になり得る。

 

 

 

 六眼を持つから五条悟が最強であるのではない。五条悟が六眼を持つから最強なのだ。

 

 

 

 

(左腕の再生は.....まにあわねぇな)

 

 

 精神干渉系統ならば恐らくどうしようもない。俺が考え得る道筋の中で最も可能性のある手段は、たった一つ。先程"悪因苦果"に抗ってみせた、俺の手札に無いソレ。

 

 博打も良いところだが、五条悟相手ならば仕方がない。お手本は、親愛なる()()に見せてもらった。

 

 悟くんは両手を使っていたが、構築式さえ理解してしまえばまぁ俺なら行けるだろう。時間稼ぎにしかならずとも、彼の前で1分1秒でも長く足掻いてみせることが今の俺の命題なのだから。

 

 

 

「"シン陰流 簡易領域"」

 

 

 

 俺を中心として術式効果の無い領域が展開される。簡易領域の直径は悟くんに遠く及ばないが。

 やっぱ実力云々で簡易領域の出来栄えも変わってくるもんなんだな。"領域の押し合い"という事象が発生する以上当然のことなんだけれども。

 

 

 何はともあれ、俺の簡易領域は見事に無量空処から俺自身の身を守ってみせた。それも時間の問題だろうが。

 

 

「まさか虚式まで習得しちゃうなんてね」

 

「最高のお手本がいたからな」

 

 

 何という楽しそうな表情だろうか。

 

 

 端から簡易領域が不穏な音と共に削られていく。習得したばかりの拙い簡易領域を、無量空処が容赦なく破壊していく。

 このままではやはりジリ貧だ。

 

 

(ぶっ壊された瞬間に反転かければ治るか?いや、領域展開までに時間がかかりすぎる)

 

 

 悟くんがどこまで察しているのか定かでは無いが、俺とて再び領域展開してみせる余力はある。領域は結界()の一種であり、己で練り上げる構築式である以上、呪力ロスは殆どないのだから。

 

 

 しかしながら、掌印を結ぶには両の手が必要であり、先程の虚式同士の衝突で消し飛んだ左腕がソレを阻害する。呑気に反転術式を使用している間に無量空処の害を受けることは明白だ。それならば、

 

 

 

「あはは、キミ最高だよ」

 

 

 

 簡易領域の内側で()()()()の俺を見た悟くんが笑った。

 

 鼻腔が鉄錆の香りで満たされ、天眼からは血が滴る。点滅する視界と沸騰した脳が警鐘を鳴らすが、俺とてもう笑うしかなかった。

 

(やってみるもんだな)

 

 死に際の人間の躍進とは恐ろしいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔の前で両手を組み掌印を結ぶ。掌印越しの視界の先で、己の簡易領域が崩壊した。

 

 簡易領域から領域展開への構築式の切り替え。反転術式による左腕の再生を省いたのだから、たった数秒にも満たない切り替え時間。

 

 たった数秒にも満たないその時間が、無量空処内では致命傷となり得る。

 

 五条悟相手に"数秒あれば"という思考は余りにも傲慢だったのだろう。

 

 

 

 思考回路が崩壊し、全ての挙動が停止する。麻痺した思考回路の先で、お祭り帰りの子供の様な表情を浮かべた悟くんの様子が目に入る。

 楽しい時間は瞬く間に終了し、後は醜い現実世界に回帰するしかないのだと。

 

 

(.....なんてツラしてんだよ)

 

 

 

 

 

 

 発動したまま解除することの出来ていない天眼が無量空処の()()()を認識する。この1年間、無下限呪術による不可侵への適応を続けた間藤睡蓮の深層意識が、無意識に無下限呪術への適応を開始する。

 

 

 無量空処は先程()()。この世で無下限への適応以上に注力したものはない点。そして、何よりも美しい構築式に対する"式業"の渇望。

 

 

(まだ、先生と遊んでいたい)

 

 

 方陣が回転し、崩壊した思考回路が正常に廻りだす。

 不完全ながらも、無量空処への適応は成った。

 

 

 

 

 

 

「"領域展開 悪因苦果"」

 

 

 

 

 

 

 俺を取り囲む様に赤鳥居が形成され、砂利に覆われた地面からは無数の灯籠が生え揃う。空だけは、相も変わらず果てのない宇宙が広がっていた。

 

 無量空処によってイカれた脳が湧き立ち、今度は両の目から赤い血が滴り落ちる。最早彼の領域効果を検討する余裕など微塵もない。

 

 霞む視界の先で、悟くんが驚愕と歓喜の入り混じった表情を浮かべた。

 それを眺めながら手足を動かし、血に塗れた顔面を拭う。

 

 

 

 

 先程とは異なり、閉じない領域に対して無量空処が崩壊する兆しは見えない。徐々に()()しつつある思考が理外の結果を叩き出す。

 

 

「領域の条件変えてんのか?アンタやっぱありえねぇ!」

 

 

 無言の笑みが解答だろう。

 

 熱を帯びながらも幾分か痛みの軽減された脳が、領域()で押し合う"悪因苦果"の攻防を感知する。恐らく、先程のものより領域の外殻強度を上昇させたのだろう。

 

(そんなホイホイ変わるもんじゃねぇだろ)

 

 どちらにせよ外殻を形成出来ない俺には関係のない話だ。外殻を弄るという概念が理解出来ないのだから。

 

 

「これ、反転術式?」

 

「もうバレてんのかよ。やっぱ六眼クソだわ」

 

「ホント口悪いね。反転術式って式業の選択対象になるの?術式じゃないでしょ」

 

「今ソレ聞くか?」

 

「それもそうだ」

 

 

 憂太の模倣(コピー)術式において、反転術式は模倣対象となり得たのだ。だから"式業"とて同じ理論が適応されるはずだ。術式は己がソレをどう解釈するか、全てはそれ次第である。

 

 

 領域を指差してみせた悟くんと問答しつつ、()()正常状態に戻った脳は自信なさげな同級生の姿を映し出す。この極限状況において思考に割り込んでくる程度には、やはり彼らとの青い春が。

 

 

 

 

 領域内の押し合いでは俺が不利。それでも外殻を破壊するまで俺が踏ん張れば此方の勝ち。

 

 外殻で耐えている間に内部から破壊する、あるいは俺が領域展開を続行できない程度のダメージを与えれば彼方の勝ち。

 

 

(そりゃそうくるよな)

 

 

 月並みな攻撃では領域に付与されたオート反転で回復されてしまう。内部と外部の争いがいつ決着するか、それはその時が訪れるまで判別不可。

 

 

 

 互いの口が呪詞を紡ぐ。正負の呪力が混ざり合い、互いの領域内が呪力圧によって満たされる。灯籠にヒビが入り、宇宙が揺らいだ。

 

 

 

 

「"虚式 茈"」

 

「"虚式 業"」 

 

 

 

 

 複雑な式と暴力的な呪力の合わさった"虚式"が混ざり合った領域内を満たす。眩い閃光が互いの視界を覆い、衝突の衝撃で脳が揺れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界の端で無量空処に亀裂が入り、宇宙が再び崩壊する。外殻の競り合いにリソースを割いた分、内側の強度は低下していたのだろうか。内部崩壊することなく、"悪因苦果"は()()()で生きている。

 

 

 灯籠やらは跡形もなく消し飛んでいるが、悟くんの虚式によって消し炭になる事もなかった。先程と同じ条件なのだから今更驚くべきことでもないのだろうが。

 

 

 何はともあれ"茈"を防ぎ切り、領域の押し合いにも勝利してみせたはずだ。だというのに

 

 

(何で鳥居が斜めにずり落ちてんだ?)

 

 

 頭上から巨大な鳥居の残骸が、赤鳥居の中心にいた俺に降り注ぐ。根本からすっぱりと切断されたかの様な形状に首を傾げる。

 

 悟くんの"虚式"は間違ってもギロチンのような効果はなかったはずだ。呪力を、仮想の質量を薄刃1枚に変形させて俺の"虚式"ごとぶった斬るなど考えられない。

 

 互いに砲撃を撃ち合った後でこうはならない筈だ。

 

 

 天井に目を向けたつもりはないというのに、()()()斬り飛ばされた鳥居の残骸が()から降り注ぐ。その不自然な光景すら次第に霞み始め、異常な程の寒気が身体を襲う。

 

 身体が痛みを訴えることはない。だというのに、自分の身体が自分のものではない感覚すら感じる。

 

 

 

 崩壊した宇宙の欠片と、悪因苦果の産物である鳥居の残骸が飛騨の曇天から降り注ぐ。

 

 明らかな異常事態であるのに思考が上手く働かない。流石に巨大な鳥居の残骸は避けなければならないが、身体がいうことを聞かないのだ。

 

 垂直に傾いた視界の先で、"赫"によって降り注ぐ筈だった瓦礫が吹き飛ばされる。

 

 

 

 

 

 なんで、と呟こうとした己の口から大量の血が溢れ出す。重力に従って再び口腔内に逆流したソレによって喉仏が振動する。

 

 追撃が来る、と立ちあがろうにも下半身の感覚がない。不自然に思い、動かすことすら億劫な天眼を足元へ向ける。

 

 

「......あ、」

 

 

 大量出血によって麻痺した思考の所為で今の今まで気がついていなかったのだが、俺は別に上を向いていた訳ではない。背を大地につけて倒れ伏していたのだ。

 

 

 

 鳥居が斜めに斬り飛ばされたのは、悟くんの"虚式"が刃のように形を変えて一閃したから。

 

 下半身に力が入らないのは、胴から下が斬り飛ばされていたから。

 

 "悪因苦果"が崩壊したのは、俺が致命傷を負ったから。

 

 

 

 

 飛騨の曇天から降り注ぐ雪が俺の白銀の睫毛に舞い降りる。死に際の兄も、この光景を目にしていたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 術師の成長曲線は必ずしも穏やかであるとは限らない。これは、目の前で瞳を揺らす我らが教師の教えだっただろうか。

 

 己の天井に至ったとされる術式とて、些細なことをきっかけに進化を遂げたりするものだ。領域に四苦八苦していた兄さんが、死に際に成し遂げた様を俺は知っていたはずだ。

 

 

 幾ら自動で反転術式が行使されるとはいえ、無量空処による損傷を()()回復させるには不足だった様だ。今となってはそれが原因かも定かではないが。

 先程と同じ様に理外の砲撃が飛んでくると思い込んだ、俺の失態だった。

 

 

 形を変え、巨大な刃の様に変形された虚式は俺諸共全てを切り裂いた。

 

 虚式の辿る経路を弄るなど、一体どれ程()()()()()ことだろうか。元から出来たのか、この一瞬で習得してみせたのか。

 

 

(こりゃ兄さんがやられるはずだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛騨の寒気で傷口が凍りついたのか、それとも領域に付与されたなけなしの反転術式が働いたのか。胴体の泣き別れた俺は、未だに意識を保っている。

 

 靴底が大地を削る音が耳に入り、力の入らない首を無理矢理そちら側へ向けた。

 

 

 音の主がしゃがみ込んだことにより、距離を縮めた彼の表情が目に入る。

 

 

 先程までの喜色は微塵も残っておらず、無表情のまま黙り込んだ悟くんと視線が交差した。いっそ冷たさすら感じる顔の中、確かにその瞳には悲哀と後悔、罪悪感の色が乗っている。

 

 

 それとは裏腹に、俺は清々しい気分にすらなっていた。一刻にも満たない誤差くらい、あの人はやさしいから笑って許してくれる。生まれてから死ぬまでの間、つまり"一生"を掛けて欺き通した。兄との約束を守り通したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼にとってはさぞかし苦い記憶が呼び起こされたことだろう。

 

 間藤白蓮の命日に、彼と同じ場所で同じ顔の生徒を同じように手に掛ける羽目になったのだから。彼の、最愛の弟を手に掛ける羽目になったのだから。

 

 戦いの中で生きる人間にとって、最も()()()()敵の記憶は一生記憶に残り続ける。

 

 悟くんが闘い続ける以上、どうしたって今日の戦闘が甦る。教師として活動し続ける以上、最も()()()()生徒の記憶が甦る。

 

 

 きっと、その度に連座して間藤白蓮の記憶も甦る。青い春を彩った、己が手に掛けた先輩のツラが。

 

 

 彼が夢と己の欲望を追い続ける限り、彼の柔い部分を侵食する苦い記憶が永遠に彼を追い続けることになる。

 

 決して色褪せることのない思い出と、己の罪と永遠に向き合い続けることになるのだ。

 

 

 

(これからもずうっといっしょだな)

 

 

 

 一生を掛けて六眼を欺いたのだから、次は六眼の一生の記憶に居座り続けてやる。

 

 

 綺麗な思い出として兄さんを記憶の中に仕舞い込むなど赦さない。一生己の罪に苛まれ、心に空いた小さな小さな塞がることのない穴と、永遠に消えることのない喪失感を抱えてずっと健やかに生きていけ。

 

 

 

 これが、俺の復讐だ。

 

 

 

 

 

 

 




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