「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件   作:赤福かき氷

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幽霊船 上

 幽霊船、と聞いたら何を思い浮かべるだろうか。フライング・ダッチマンという英国伝承上の船にオクタヴィウスという実在する英国船、志自岐という我らが日本国の船も名を連ね、種類は多岐に渡る。

 幽霊が操縦する船とされ、その多くは夜間あるいは濃霧の昼に観測される。目撃者に危害を加える事は無いものの、屈強な海の漢すらをも震え上がらせるシロモノだ。

 

 実際は乗組員の死亡により操舵者不在のまま海を漂っていたり、亡命を計って失敗した船が死体ごと漂流しているパターンなど、現実的に説明のつくものが殆どだ。

 方位磁針に電子機器など技術の発展著しい現代において、噂になる程大きな船が漂流する事例など早々ない。陸に住む人間は呑気なもので、今ではフィクションとして多くの人々に親しまれているモノさえある。

 

 

 

 

「幽霊船だぁ?」

 

 大刀を机に立て掛け、足を組んで我らが担任に凄むのは禪院真希だ。幽霊船などフィクションくらいでしか耳にしない。俺だって船と聞いて真っ先に思い浮かぶのは「タイタニック」くらいだ。

 

 悟くん曰く、房総半島と神奈川県、そして東京に囲まれた場所に位置する東京湾で幽霊船が目撃されたというのだ。沿岸部の殆どにビルが立ち並ぶ湾で幽霊船とはロマンもへったくれもない話である。

 

「目撃証言も結構あるんだよねぇ」

 

「海保はどうした」

 

「通報受けて調べ回ってるけどお手上げだってさ」

 

 白い帆を何枚もはためかせた巨大な船が東京湾を漂っているという通報が相次いだのだ。沿岸部を散歩していた老人から漁に出ていた漁師に至るまで、まるで規則性はない。有識者の通報だと19世紀ごろのデザインだそうだ。

 

「絶対日本の船じゃなくね?」

 

「しゃけ」

 

 地理の教科書でかろうじて覚えている日本の船と、噂の幽霊船の風貌は一致しない。何故日本で海外の幽霊船騒ぎが勃発するのだろう。そもそもこれは呪術案件なのだろうか。パンダらも同様の感想を抱いたようで首を傾げる。

 

「海保が東京湾を隈なく探索したけど見つからないって話だったでしょ。だから思い切って東京湾の入り口を固めたらしいんだけど、それでも駄目だったらしいんだよね。絶対に通報が入るって」

 

「そりゃおかしな話だ」

 

 この間Twitterでトレンド入りしていたのはそれだったのか。「めっちゃ船いて草」と巫山戯た単語が現れ何事かと思ったのだ。

 

 その話が本当ならば、その幽霊船は呪霊か何かなのだろう。呪霊を認識できてしまった一般人が通報するが、捜索する海保側に視える人間がいなければどうにもならない。こんなことが続けばその内都市伝説にでもなりかねない。既に海保の中では「異常事態」として取り沙汰されているそうだ。

 

「そういうことだから、よろしくねー」

 

 ひらりと手を振って出て行こうとした担任を全員で引き留める。頼むから報連相を何とかしてくれ。キレた真希を筆頭に悟くんを詰めると、対処必須事項として任務が割り振られているそうだ。

 

 下手に大人数で行くのも目立つので、1人あるいは2人で任務に当たれと。幽霊船自体に攻撃力は無いという見解なので、学生を向かわせて問題ないだろうと。説明は伊地知さんに丸投げするつもりだったそうだ。

 マジでアンタそういうとこだぞ。

 

 

 

 

 

 

 ジャン負け2人な、の掛け声と共に選抜された顔ぶれは狗巻棘と間藤睡蓮。おにぎり語も日常会話レベルでは理解できるようになったので問題ない。それに、棘は2級術師という大変優秀な学生なのだ。今回はここ最近の糞オカルト事案のような羽目にはならないだろう。

 

 通報が入るのは大体の場合夜である。加えて、ここ数日は毎日のように目撃証言が上がる。夜に出没するという幽霊船のセオリー通りのようなので、深夜の羽田空港ターミナルにて湾内を眺めながら待機する。梅雨入り目前とはいえ夜はまだ冷える。幽霊船が出現するならするでさっさとして欲しいものだ。

 

「天タレまぶし」

 

「それおにぎりなのか?......5日連続で通報が入ってるワケだしどうせ今日も出るだろ。幽霊船が出没したら乗り込む流れでいいんだよな?」

 

 いまいち味の想像がつかない商品だ。

 

 幽霊船に乗り込んで出現条件の絞り込みや内部調査、というのが今回の任務である。湾岸から吹っ飛ばせば良いのではという疑問は、内部に未確認呪具存在の可能性という答えによって払拭された。どっかのお偉いさんが海外産の呪具に興味を示したらしい。

 海外産の呪霊案件である可能性もあるため、即除霊は早計であると。

 

 

 

 羽田空港ターミナルの窓から外を眺めると、飛行場に待機する機体の向こう側に白い帆をはためかせる帆船が目に入る。アレが今回のお目当てだ。

 「メリーさん」のように日本の怪談でありながら媒体は洋風人形(輸入品)という事例もあるため一概に決めつけられないが、異国情緒溢れるその幽霊船は日本で発生する一般的な呪霊の姿からは逸脱しているように感じられる。

 

 第3ターミナルを出て国道311号を横切り、多摩川に沿って駆け抜ける。

 

 体術の心得が無い訳ではないが、素の身体能力において足は特段速くはない。制限内での呪力強化にも限界がある。元々足の速い棘の呪力強化込みのスピードに追いつくのは困難であり、若干離されながら走る。速度を緩めて振り返ってくれたが気にするなと前方を指し示す。

 

「帳はどうする?コレ視えるヤツには視えちまうぞ。勿論俺は降ろせねぇ」

 

「昆布」

 

 今の時間帯は23:52分、日付変更までもう間もない。しかしながら東京の電車は24時を回っても走り続けるため、人目は避けられない。そもそも呪言師が帷を降ろすのは思わぬ危険を生み出しかねない。 

 

 空港の駐車場で待機している伊地知さんに連絡することも考えたが、5夜連続で幽霊船騒ぎが起こっているのだから1日くらい問題ないだろうという結論に至った。寧ろ今回の場合、帷を降ろすと携帯が死ぬのが面倒だ。

 

 どうやって幽霊船に乗り込むか。俺だけならば空中を浮遊して乗り込むことができる。しかしながら、帷がない状態で浮遊しているのを見られたが最後、明日のTwitterのトレンド入りは確定である。

 

 危険性は低いと判断されているにしろ、そもそも4級1人で正体不明の呪霊に挑むなどまず待ったがかかる。実情(実力詐欺)はどうであれ。

 

 首都高速湾岸線の高架下、テトラポットに仁王立ちして海を眺めていると幽霊船が此方へ接近してくる。まるで俺たちに"乗れ"と言わんばかりに。

 誘い込まれているというのは理解できたが2人揃って乗り込む方法が思いつかなかったため、接近してきたのをこれ幸いと船に乗り込む。

 

 念の為()()みるが、領域という結界()の痕跡も術式が行使された痕跡も見当たらない。意思があるのかすら定かではない、ただの呪霊だ。

 

 最近天眼を乱用している気がしないでもないが、目が合いでもしなければよっぽど問題無いはずだ。勿論棘が此方を向いていないのは確認済みである。

 

「明太子?」

 

「そうだな......。二手に別れた瞬間襲われるってのが映画のセオリーだし、お前の言う通り一緒に行動しようぜ」

 

「じゃこ......」

 

 若干呆れた視線を向けられたでもないが、棘の意見に賛同だ。ゾンビ映画だって「手分けして調べよう」は死亡フラグなのだ。俺が重力操術をそれなりに使えることを知っているとは言え、呪術界歴2ヶ月の俺に配慮しているというのもあるだろう。

 

 失礼ながら無用な心配ではあるのだが、心に染みる配慮は有り難く受け取っておこう。

 

「本丸行こうぜ。まずは船長室だろ」

 

「しゃけ」

 

 探索ゲームなどでも船内がマップである場合、船長室に航海日誌なり何なり置いてあるのがお決まりのパターンだ。幽霊船とはいえ、船である以上船長という概念は存在するだろう。

 この船の船長が某海賊漫画の主人公に類するタチであれば話は変わってくるが。麦わら少年に航海日誌を管理するという概念はないだろうな。

 

 

 船は木造であり、幽霊船らしく至る所が不気味に腐り落ちている。うっかり床を踏み抜かないよう慎重に歩みを進めると、船の最新部に他より重厚な造りの扉を発見する。恐らくここが船長室で間違いないはずだ。

 

 ひと組の机と椅子、本の詰め込まれた棚に寝台が設置された部屋は一般的な私室と大差ない。部屋の風景の一部となっている、机上の日誌らしきものが俺らのお目当てだ。

 

 所々虫喰いが見られるが、19世紀の代物にしては状態の良い方だろう。術師サイドの見解は当たっていたようで、日誌は全て英語で記述されていた。間違いなく海外呪霊案件だろう。

 ここでひとつ問題が発生した。

 

「棘、オマエ英語読める?」

 

「......おかか」

 

 教科書に載るような英文ならいざ知らず、本場の外国人によって記されたかも知れない筆記体混じりの英文など高校1年生に解読できるはずもない。一般教養は最低限で構わねぇ、という教育方針も原因のひとつである。

 

 

 昔、兄さんが「後輩がサラリーマンになっちった」と言っていたのを思い出す。一般科目教育がアレの呪術界からよくぞ一般社会に羽ばたけたものだ。きっと頭の良い人であったのだろう。

 

 偶に飲みに行くこともあったらしい。時々話を聞かせてくれた。脱呪術界を果たしても兄にとっては可愛い後輩の1人であったようだ。

 

 

 

 第一に、これが実際の航海日誌である可能性は半々だ。実在する船に呪霊が取り憑き幽霊船となった可能性と、幽霊船という概念が呪霊となった可能性の2つが考えられる。後者である場合、この航海日誌も概念でだ。内容は何処までアテにして良いものか。

 

 このような状況ではGoogle翻訳アプリが非常に役立った。筆記体は兎も角、表紙の文字くらいは正確に読み取ってくれたようだ。メアリ・セレスト号、航海日誌の表紙に綴られていた名前だ。恐らく、この幽霊船の名称を指すのだろう。

 

 なんかどっかで聞いたことあんな。

 先日のオカルト掲示板事件で学習したのだが、このような直感には従った方が良い。うっかり姦姦蛇螺を見逃した経験が活きるのだ。

 

 帳は降りていないため、潔くGoogleの検索欄に名を打ち込む。

 

 メアリ・セレストは建造中に何度も事故が発生し、初航海で遭難した。その後、カナダ船によってアゾレス諸島付近の海域で発見されたそうだ。時計も羅針盤の類も壊れており、六分儀やクロノメーターは消失していた。救命用具の類は全て無理やり引き剥がされており、故意に船が遺棄されたというのが当時の専門家の見解であった。手すりには血痕が飛び散っていたそうだ。舟倉は1.1m以上にわたって浸水し、10人いたはずの乗組員は1人も発見されなかったらしい。

 

 どこからどう見ても曰くしかない船だ。不穏すぎる。メアリ・セレストの乗組員と予想される8人の遺体は小ぶりのボートに乗って漂流していたことにより発見されたものの、詳しい鑑定には至らなかった。残り2つの遺体は海に投げ出されたのだろう。

 

「棘、翻訳は上手いこといってっか?」

 

「しゃけ」

 

 所々文字が滲んだり掠れたりという状態ではあったが、幸いにも水没していた他部分の影響を受けていることは無さそうだ。

 

「航海日誌はなんて?」

 

 棘が携帯の画面を俺の方へ向ける。翻訳機能特有の特徴的な日本語ではあったが意味を理解するには十分だった。

 

「船員、息子たち......乗客名簿かなんかか?」

 

「すじこ、明太子」

 

「皆殺しか。急に物騒になったな」

 

 途切れ途切れの文ではあったが、随分と物騒な仮説が完成してしまった。要約すると「船員どもが息子たちを殺した、皆殺しにしてやる」になる。事態が随分と物騒な方向へ向かってしまった。先程船内で見つけた血痕は誰のものにしろ、事件の一端を指し示すもので間違いない。

 

 「アゾレス諸島の西方100マイルの海上にいる」

 

 日誌の最後はこの文章で締め括られていた。ネットから情報が得られる辺り、この幽霊船は実在する船舶で間違いないだろう。まさかこんなところで迷宮入り事件の真相を知る羽目になるとは思わなかった。

 幽霊船の名に違わぬ物騒すぎる結末だ。

 

 

 

 

 

 

 

 2人してGoogle翻訳の画面を覗き込んでいると、誰もいないはずの甲板から軋むような音が響いてきた。

 今の今まで呪霊の気配など無かったはずだ。棘も同じ見解のようで、降って湧いた呪霊の気配に胸元のネックウォーマーを下ろして呪印を顕にしている。

 

「読み終わったら出てくるパターンか?」

 

 航海日誌を回収し、甲板へ躍り出る。眼前には、所々に襤褸切れを引っ掛けた人体模型のような骸骨呪霊が佇んでいる。

 

 恐らく、この呪霊がメアリ・セレスト号を幽霊船と化した張本人だろう。実在する船ならば、呪術師以外に視認できないというのは不自然な話だ。呪霊と船が一体化し、船そのものを呪物化していたという事になるのではないか。

 

「呪物回収任務ってこういうことかよ。サイズ感考えろ」

 

「おかか」

 

 多分違うと棘に突っ込まれる。()たところ、術式が使用された痕跡はない。

 

 不思議な事に、目の前の骸骨は此方を攻撃してくる様子はない。伽藍堂の目をじっと俺たちの方へ向け、顎を戦慄かせて何事かを呟いている。空気が漏れる音が聞こえるばかりで聞き取れない。

 

『吐け』

 

 棘が呪言を使用する。吐くもんなんて何もねぇだろという予想とは正反対に、今度は単語らしき発言が聞き取れた。吐き出す勢いで空気が漏れ出たことで、僅かな空気の漏れすらも聞き取るに十分な声量を得たのだ。

 能力の使い方が上手いな。俺は思い付きもしなかった。

 

 "Welcome back"と呪霊の口から漏れる。攻撃もせずに"おかえり"と呟き続ける呪霊はどのようなつもりなのだろうか。単純に生前のセリフなどを繰り返し続ける呪霊もいるので、不審行動と決めつけるのは早計かもしれないが。

 

 そもそも、幽霊船が俺たちにだけ接近してきた時点で不自然なのだ。少なくない数の通報者が船を視認している訳だし、彼らと俺たちの間にどのような違いがあったのだろうか。

 

ツナマヨ。(これじゃない)?」

 

 棘が見せてきた携帯の記事にはメアリ・セレスト号の乗船名簿が載せられていた。20代以上の船員7人と、船長が1人。そして17歳と15歳の息子が2人。

 成る程、そういうことか。




元ネタ メアリー・セレスト(英: Mary Celeste)

誤字報告ありがとうございます
6/23 13:05 修正しました
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