「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件   作:赤福かき氷

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幽霊船 下

 息子2人の遺体のみが発見されなかったことから、彼らは航海途中に海に遺棄されたのだろう。死んでから捨てられたにせよ生きたまま投げ出されたにせよ、迎える結末は変わらない。

 

 恐らく父親である船長は息子2人の復讐を遂げた後、彼らを探し続けて永遠に彷徨っているのだろう。船長の遺体は発見されているため実体を持たない、思念体だか何らかの形で。船ひとつを丸々呪物化してしまうとは中々の執念だ。

 

 息子2人と俺たちの年齢は殆ど同じだ。"自分"を見つけた息子と同い年くらいの俺たちを息子と間違えて招き入れたのだろう。完全なる人違いだ。

 

 いくら闇深い呪術界の住人とはいえ、「おかえり」と呟き続ける攻撃性のない呪霊を一方的にボコるのはちょっとやり辛いようだ。棘も若干顔を顰めている。勿論やられる前にやれ、が基本スタンスの呪術界なので手を緩めることなどないのだが。

 

「俺がやる。棘、ちょっと下がってろ」

 

 あまり強そうな呪霊ではないが手持ちの喉薬とて無尽蔵ではない。念の為に棘を温存するべく、一歩踏み出すと目の前の骸骨に向けて術式を発動する。

 

 骨の折れる不快な音と共に骸骨がひしゃげていく。船を呪物化するので精一杯だったのだろう、大した強度もないのでインターバルを挟む必要も無さそうだ。塵と化した呪霊は息絶える寸前まで同じ単語を呟き続けていた。

 

 

 

 船から呪いの気配が薄れていく。任務完了、と言わんばかりに肩を叩かれる。深夜任務も無事終わり、幽霊船騒ぎもこれで終結だろう。

 

 それにしても、今回の件を一体どうやって誤魔化すんだろうか。呪物化していた船も呪霊の消失と共に本来あるべき姿を取り戻した。つまり、メアリ・セレスト号の残骸は非術師にもバッチリ視認できるということだ。

 

「おい棘コレ見ろよ。Twitter炎上してんぜ」

 

 もう日付は変わっているのに東京の人間は元気なものだ。Twitterのトレンドの1番上には「幽霊船なう」という単語がきている。興味本位で覗いて見ると有識者らの論争大会が勃発していた。なんせ200年近く前にアメリカ近海で失踪した船が、まさかの東京湾で発見されたのだ。

 

 そして問題はもうひとつ。乗り込んだ船はゆっくりとだが進行していたため、現在地は東京湾のど真ん中である。俺は浮けば帰れないこともないが、帷も降りていない今やるべきことではない。こんな所で浮こうモンなら炎上の火種が一つ増えるだけだ。最悪の場合は夜間遊泳する事になる。

 シンプルに勘弁してほしい。

 

『もしもし間藤君?そちらは大丈夫ですか?』

 

「呪霊がいたんで祓ったんだが.........Twitterが」

 

『そちらも確認されたんですね。一体どのような経緯で?』

 

 待機中にTwitterを見て悲鳴をあげたらしい伊地知さんから電話が掛かってくる。後始末の凄惨さを考えたら彼の心中察して有り余る。取り敢えず海保が来る前にトンズラしなければ不味い。

 

 

 

 

 

 伊地知さんが発言している途中、不意に嫌な気配を感じた。その場から飛び退くと、目の前にはのっぺりとしたスライムのような呪霊がニタニタと笑っている。水風船のようなソレに『爆ぜろ』という呪言が命中すると呪霊は弾けるように爆散し、体が甲板に飛び散った。

 

 急に会話が途切れ、争うような物音が聞こえたであろう伊地知さんの切羽詰まった声が聞こえる。

 かがみ込んで落とした携帯を拾い上げた瞬間、視界の端で何かが蠢いた。爆散したはずの呪霊が一箇所に集まり、再び身体を形成する。

 

「伊地知さん、新手だぜ」

 

『ご無事で何よりです。、、応援を呼びますか?』

 

「ごめん、まだ判断できねぇ」

 

 今回は俺も棘も呪力はほぼ満タンに近いため、最近の珍事件に比べて比較的余裕がある。制限呪力内でもやりくりすれば問題ないだろう。爆散したはずの呪霊が蘇ったのが不可解だが、反転術式の類とは違った様相だ。

 

 応援要請には及ばないかもしれない。寧ろ人を海上に呼んで大事にする方が不味いだろう。伊地知さんは手隙の呪術師とコンタクトを取るよりも、海保の足止めとTwitterの鎮火に専念するべきだ。

 

『潰れろ』

 

 2発目の呪言が命中し再び呪霊が潰れる。上から木槌で殴られたかのように弾け飛んだ。しかしながら、呪霊は再び再生する。

 

 呪力が尽きるまで再生を続けるつもりだろうか。棘の呪言で潰しても駄目ならば、俺が重力を弄って押し潰しても大差ないだろう。念の為に除霊を試みるが、やはり決定打にはならない。それどころか、腐った木の甲板で火力を出そうものならメアリ・セレストの方が保たない。船がぶっ壊れたら棘もろとも寒中ダイブである。

 

 

 

 

 乱用は宜しくないと理解しているが、天眼を発動させる。さっさと対処しない事には海保が来てしまう。呪霊自体が反転術式を発動させた形跡はないので、再生は呪霊の特性によるものだろうか。

 

 

 不自然な術式の発動痕が目に入る。呪霊に絡みつくような呪力は、まるでこの呪霊の全てを操るかの如く。俺は、この術式を知っている。

 

 呪霊操術だ。

 

 俺が知る呪霊操術の使い手は兄の後輩だったあの人しかいない。兄の高専在学中は時々話に出てきたのだが、とある時期から彼の名前を聞くことは殆どなくなった。恐ろしく強かったと聞くが、彼の名前をここ(高専)で耳にすることはない。

 闇深い裏事情の香りがするが、下手に首を突っ込んでも良いことなど一つも無い。

 

 

 メアリ・セレストの除霊後に現れたのを見るに、彼が隙を見計らって故意に呪霊を放ったとみて間違いない。幽霊船を祓った術師に向けたものか、俺たち自身に向けられたものか定かではないが。

 

 この呪霊単体は大した戦力でないが、操作元のほうに問題がありすぎる。第2、第3の呪霊が投入されないとも限らない。

 

 いくら呪力がフルに近いとはいえ、本当に呪霊操術が相手ならば()()俺と棘だけで手に負える相手ではない。相手の目的がわからない以上さっさと撤退するべきだ。

 後はこの情報をどう伝えたものか。

 

「すっげぇ嫌な予感がする。やっぱ応援呼んで帰ろうぜ」

 

 炎上の危険を冒してまで目の前の大して強くない呪霊相手に応援を呼ぶのはと渋るが、海上保安庁に言い訳できねぇからと説得する。

 実際、スライム擬きの呪力切れまで粘ったらどれだけの時間が必要になるかわからない。

 

「伊地知さん、やっぱ応援呼んでくれ!相性最悪だ!」

 

『わかりました。海保の足止めもそろそろ限界ですのでお早い帰還を』

 

「......足がねぇ。俺ら今海のど真ん中なんだ」

 

『そ、れは不味いですね』

 

 呪霊よりも頭の痛い問題が浮上する。寒中水泳かと腹を括りかけた時、船底の更に下の水中に存在する呪力を感知した。棘の名を呼ぶと、一瞬遅れて彼も気がつく。

 

 甲板の端に視線を向けると、先程と同じスライムの如き呪霊が纏わりつくように柵をよじ登ってきた。口元らしき部分から吐き出される粘液が付着した部分は急速に腐敗が進んでいる。

 

「塩昆布!」

 

「わかってらぁ!誰が触るかよあんなん」

 

 スライム自体の動きはお世辞にも素早いと言えない。しかし、あの粘液の存在は無視できない。触れば最後、腐り落ちた柵と同じ末路を辿る事になるだろう。

 

 先程の呪霊と合わせ、計6体の呪霊が眼前に並び立つ。半開きの口から垂れ流れ続ける粘液は着々と甲板を腐敗させていく。

 

「なぁ、このままじゃ沈没するのも時間の問題だよな?あの粘液って水に溶けたらどうなんの?」

 

「.........高菜」

 

 棘が首を振る。このタイプの呪霊は殆ど目にしたことが無いので大先輩に尋ねると、なんとも非情な答えが帰ってくる。硫酸などを希釈したところで危険物には変わりないのと同じである。

 

 応援が来るのとヤツらが船を沈めるのと一体どちらが先なのだろう。何を思って呪霊をけしかけてきたかは知る由もないが、このままだと非常に不味い。

 

 考える間にもじわじわと甲板は腐り落ちていく。スライムの目的は俺たちの殺害であるようで、眼球のない窪んだ部分をこちらに向け、粘液を撒き散らしながら這いずってくる。

 

「船ごと湾岸に寄せるか」 

 

明太子(操縦できるの)?」

 

「無理だな。原付バイクくらいしか運転したことねぇ。ま、何とかするしかないぜ」

 

 

 

 

 こんな状況になっても本気でやらないのか。こんな状況だからこそ、だ。呪霊操術の持ち主が関わっていると理解した上で式業呪法など使える筈がない。俺の人生計画がお釈迦になる。

 

 

 

 

 俺の我儘で棘を死なせるわけにはいかないので、勿論全力で脱出する所存である。幸いにもスライム擬きの足は遅い。片方がちまちま足止めし、片方が船を湾岸に寄せてしまえば脱出できる。

 

 喉スプレーを抱えてサムズアップした棘を甲板に残し、帆についている縄に手を掛ける。経年劣化した縄に頼りきるのは不穏だが、生きていた何本かに望みをかけるしかない。深夜の冷たい風に合わせて縄を引っ張り帆の向きを変える。呪力で強化してしまえば1人で全てを扱い切れるので、こういう時は心から便利だと感心する。

 

 何度か失敗を繰り返し、数回目でコツを掴んだ。湾内は大した広さではないので、このままいけば無事に湾岸へ辿り着けるだろう。その後のことは知ったこっちゃねぇ。

 

「こっちは終わったぜ!そっちは無事か?」

 

 甲板は既に半分ほどが腐り落ち、船底が露出していた。かろうじて穴は空いていないものの、甲板から滴り落ちる粘液が触れれば一巻の終わりだろう。不味いのは寒中水泳でなく、このスライムたちと水中に投げ出されることだ。

 

 棘は上手いこと均衡を保っているようで、甲板こそ腐っているもののスライムの前進は食い止めていた。流石だな、と背中を叩くと「痛い」と言わんばかりにやり返される。

 

 

 

 

 呪力の流れが変わったのは一瞬のことだった。嫌な予感がして棘の背後に目を向けると、今までより数段速い速度で呪霊が音もなく跳躍したのだ。棘はまだ気がついていない。棘が認識して対処する速度と呪霊の攻撃が命中する速度、どちらが速いかなど俺にとって明白だった。

 

 呪霊操術の方に意識を割きすぎた。無意識に術師本体の存在に気を取られていたのだ。

 

 幸いにもスライム自体に実体はあるようなので、一度触れてしまえば吹っ飛ばせる。相手は大した呪力量を持たず、大した呪力消費にはならない。

 

 割と惨事だったのは粘液塗れの体表を触った掌の方である。掌の皮はぐずぐずに向け、筋肉が露出してしまっている。一瞬触れただけなので骨まで達することは無かった点は幸いというべきか。

 

「これぜってぇ風呂で染みるやつじゃん」

 

 さっさと反転術式で治してしまいたいが人前なので使えない。俺の掌の惨状を認識した棘の顔色は悪い。

 だがしかし、今対処するべき問題はそちらでない。腐敗スライムにあのスピードで動き回られるのは流石に不味い。全方向に加重すれば接触は避けられるかもしれないが、制限内呪力を確実に半分以上持っていかれる。重ね重ね言うが、船も保たないのだ。

 

「なぁ棘、これ沈むまでに湾岸まで間に合うと思うか?」

 

「......おかか」

 

 やっぱそうだよな。

 

 あと数十メートルといったところか。船底はついに穴が開き、腐り落ちた甲板にも水が侵入してくる。なるべく高い場所の足場を探すが、じわじわと粘液混じりの水が迫ってくる。

 

 

 これだけは二度とやるものかと思っていたが仕方ない。無事な方の手で棘の肩に触れ、術式を発動する。万有引力を軽減された彼がふわりと空中に浮き上がる。

 

「着地は自力で頼むぜ」

 

 

 足元を勢いよく蹴り飛ばすと同時に自身の重力を軽減させる。そのまま空中に浮かぶ同級生を確保し、湾岸へと向かう。

 

 物理の水平投射の原理と同じだ。進行方向の速度は保存され、落下方向の速度は重力の影響で時間と共に加速する。

 俺の術式ならば重力によって落下することはないため、最初の速度をある程度保って動き回ることができる。その分呪力を喰うので連発はできないのだが。

 

 自分だけならば好きに方向転換できるが、テレキネシスのように浮かせたその他物体を好きに移動させることはできないのだ。兄さんとは違い、ある程度の重さを抱えたまま飛ぶこともできない。だから、棘を浮かせた後に自力で回収する必要があったのだ。

 

 

 俺は、他人を浮遊させるという行為だけはどうしても無理だった。

 

 

 道半ばで限界を迎え、棘の腕を掴んで湾岸にぶん投げた。着地は知らん、自分で頑張ってくれ。

 

 ふらふらになりながら何とか陸地に辿り着き、そのまま海に向かって胃袋の内容物を吐き出した。

 

 かなりの勢いでぶん投げたというのに、砂埃に塗れた以外に外傷の見当たらない棘は流石呪術師といったところである。船の進行方向で待機していたらしい伊地知さんといつの間にか合流したようだ。

 棘が心配の色を浮かべた表情で俺の背中を摩る。

 

 

「夜間で申し訳ありませんが、家入さんに治療をお願いしてください。えぇ、幽霊船の調査で不測の事態が発生したようです」

 

 命に別状が無いことを確認すると、彼は慌てて何処かへ電話をかけ始めた。

 運良く水道を見つけたので嘔吐物塗れの口元を洗い流す。流石にゲロ塗れは勘弁して欲しいため、最悪水道が無かったら海水に頭から突っ込むところだった。

 

「伊地知さんとの電話中に出た呪霊が厄介すぎた。高速腐敗マシーンみてぇな性能してたな」

 

「えぇ......」

 

 その通りなのだから仕方がない。伊地知さんが棘の方を窺うが、こちらも似たり寄ったりで大きく頷いている。

 

「その呪霊はどうなりました?」

 

「何回潰しても再生してきやがった。多分まだ船内にいるんじゃねぇかな」

 

「それはまた厄介な......。何か他に特徴はありませんでしたか?」

 

「いいや、()()ないはずだぜ」

 

 船は沈みかけ、既に海上に出ている部分は4割程となっている。なんとか湾岸に漂着したため、これ以上の沈没は免れるだろう。

 

 深夜とはいえある程度の目撃者は存在する。何より、Twitterのトレンドに載ってしまっている時点で後始末はかなり面倒なことになるだろう。

 まぁそこは俺の領分じゃねぇしな。

 

 

 

 

 

 とにかく腹が減ったので近場にあるセブン-イレブンに立ち寄る。吐いた後とか関係ねぇ、寧ろ胃袋が空になったぶん食べなきゃやってられない。

 

「そんな気にすることじゃねぇって。家入さんのとこいきゃ治んだろ。──なら迷惑代ってことでここの支払いオマエ持ちな」

 

 反転術式で簡単に治るものを私情で放置しているだけなので、本当に気にする必要は無いのだ。

 それでも気の良い同級生に納得する様子が見られないので、貰えるもんは貰っとこうとタカることにした。カゴにポイポイと商品を詰め込んでいく。新発売のポケモンカードを見つけたのでそれもついでに捩じ込んだ。

 

 車に戻り、伊地知さんに航海日誌を渡す。懐に仕舞い込んだまま忘れていたのだ。それが功を奏したのか、船と共に水没することなく無事だった。

 

「これ、どこに提出すればいいんですかね......?」

 

しらす(知らん)

 

「知らんな」

 

 

 

 

 

 

「海外産の呪霊、欲しかったんだけどなぁ」

 

 千葉県の袖ケ浦海浜公園、東京湾に面した海岸沿いで袈裟の男と明るい髪色の女が並び立っている。

 

 除霊されて()()()廃船が東京湾に現れたため、辺りは騒然としている。沖の方から現れたのは海上保安庁の船だ。

 

「まさか睡蓮君が術師だったなんてね。術式まで同じとは」

 

「お知り合いですか?」

 

「こちらが一方的に知っているだけだよ」

 

 議題に上がるのは先程幽霊船の中で大暴れした学生の片割れだ。幽霊船を手に入れるべく呪霊を仕向けた男の目論見は、内部に乗り込んでいた学生2人の奮闘によって頓挫した。

 

 とはいえ「手に入ったらラッキー」という程度であるため悲嘆に暮れる様子もない。本気で手に入れたいのならば特級呪霊を仕向けるなど、他にやりようは色々あったのだ。

 

 

 東京側で様子見に当たっていた()()からの報告内容の方が男にとっては想定外であったらしい。排除するべき非術師だと思っていた、学生時代の敬愛する先輩の弟が()()だったのだから。

 

 

「もう帰ろうか。騒ぎで猿どもが集まってきた」

 

 

 息を飲むほどに先輩と瓜二つの顔に、同じ術式を所持する間藤睡蓮。こちら側についてくれたならば、向こうは随分とやり辛くなるだろう。誰もが「善人」だと太鼓判を押すあの先輩は大層慕われていたのだから。

 

 

 袈裟の男が海風吹きつける海岸沿いを軽やかな足取りで歩く。あわよくば件の彼を高専側から引き抜けやしないかと思惑を巡らせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に備え付けられたテレビではお昼時のワイドショーが放送されている。最近は「メアリ・セレスト号」の話題でもちきりだ。

 

 そりゃ幽霊船騒ぎで通報相次いだ噂の船が、200年も前のアメリカで行方不明になった"メアリ・セレスト号"だというのだから当然の流れだが。おまけに発見されたのは東京湾だ。 

 ついでに発見された航海日誌により、あの船内で起こった真実も取り沙汰され話題を呼んでいる。世界の未解決事件だった謎がひとつ解明されたのだ。

 

 日誌を元に航路を辿って調査する過程で、2人の少年の遺体が発見されたらしい。息子を探して遥々日本まで旅する見事な執念の呪霊も、この結果には満足だろう。

 

「オマエらとんでもねぇことに巻き込まれてんじゃん」

 

「全くだ。じゃんけんで負けたらあの場に居たのは真希だぜ。感謝しろよ」

 

 真希なら最後の数十メートルも素で飛び越えそうだからおっかない。やっぱり人間はフィジカルが1番大事なのかもしれねぇな。

 

 セブンで買った"天タレまぶし"味のおにぎりを齧る。名前から味の想像がつかないので身構えていたが普通にうまいなコレ。

 

 

 

(広範囲の毒物散布ねぇ。いいモン(術式)見れたな)

 

 綺麗に完治した己の掌を眺める。毒物生成系の構築式は単純な物質生成よりも複雑な場合が殆どだ。物自体に加えて特殊効果が付与された物を作り出す必要があるからだ。

 

 この手の生得術式はあまり見かけない。何のつもりで呪霊を放り込んできたのか定かではないが、呪霊操術には感謝しなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、「おかえり」と呟き続けた呪霊の様子を思い出す。生前の船長はずっとその言葉を投げかけたかったのだろうか。

 

 俺もあの日、「いってらっしゃい」と兄さんを送り出した。 

 

 いつもみたいに笑顔で「ただいま」と帰ってくると信じて疑っていなかった。「おかえり」と言って出迎えた俺の頭を優しく撫でるあの手はもう無い。

 

 腕は欠け、腹部を不自然に抉られた兄の遺体は今でも脳裏にこびりついている。

 

 俺はついぞ、「おかえり」と声を掛けることができなかったのだ。

 




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