「お前は一生を掛けて六眼を欺くんだ」って言われた件   作:赤福かき氷

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飛騨霊山山脈 上

 雪崩とは、山岳部の斜面上に降り積もった雪が重力の影響により「なだれ落ちる」自然現象である。過去に起こった新潟県南魚沼郡三俣村や山形県朝日村など、100人以上の死者を生み出した凄惨な事故も勃発しているのだ。

 

 東京のような平地の都会に住んでいる人間にとっては遠い国の話のように感じるだろうが、山岳地帯で雪と共に暮らす人々にとっては他人事ではない。白く清純な雪は静かなる殺人者となり得るのだ。

 恐怖たる存在は白だけではない。連鎖的に発生する岩石落下による落石事故もまた、生命を奪い取る要因となる。

 

 2011年の2月14日、鍾乳洞付近の山脈を中心とした原因不明の地響きが岐阜県飛騨市の山間部に住む住民らによって確認された。白に覆われた山々は舞い散った粉雪によって靄に覆われ、彼らに刻一刻と迫る雪崩の魔の手を実感させる。

 

 震撼したのは山岳地帯でひっそりと暮らす人々だけではなかった。呪術界の根幹たる浄界の位置する鍾乳洞付近で勃発した異常事態。

 

 

 

 

 

 

 地面を抉りながら繰り出される仮想の質量の嵐を回避しつつ、端正な顔に焦燥感をありありと滲ませた男が相対する人間に叫ぶも、その声が届く様子はない。

 

『悟!!』

 

 悟、と呼びかけられた蒼眼の男にその声が届く気配はない。六眼に映っていたのは"重力を操る、己の先輩に類似した気配のナニカ"であり、間藤白蓮その人の気配ではなかったのだ。

 

 決して慢心していた訳ではないのだが、産まれた瞬間から人生と共にあった神の如く瞳が誤作動を起こすなどとは考え至らなかったのだろう。六眼はソレを"間藤白蓮ではない"と判定を下した。慕う先輩に類似した不審物と見定め、排除すべく攻勢に乗り出したのだ。

 

 先輩の不愉快な模造品たるナニカを排除すべく攻撃を繰り出す最強と、最悪の事態を回避すべく迎撃する一級最強。

 

 

 

 

 

 

 

「間藤白蓮の方もそろそろ限界かな。花御、そんな顔をしないでおくれ」

 

 山に根付く木々や草花の生命を刈り取りながら進行する戦闘に、花御と呼ばれた呪霊が顔を顰める。

 

 額に縫い目の存在する妙齢の女性が愉しそうな笑顔を浮かべて遥か遠くの光景を見守り続けている。

 彼女にとって近場で眺めていたい惨状ではあるが、折角苦心して六眼を欺いたのだから下手に接近して水泡に帰しては意味がない。

 

「」

 

「五条悟を呪えば良かっただろうって?無理だよ、彼のカンは良すぎるんだから。それに、彼の存在感を抹消したところで行動自体を制限出来る訳じゃない。やっぱり封印するしかないよ」

 

 被呪対象者の存在をこの世から抹消する海外産の特級呪具、"魔の三角地帯(バミューダ・トライアングル)"。日本の歴史を世襲する御三家に海外産の呪具の含蓄があるとは思えない。ある意味初見殺しだ。

 

 本来ならば被呪者の気配など微塵も感じられない状態になるのだが、やはり五条悟は論外と称する他ない。縫い目の女性にとってはそれすらも織り込み済みではあった。年季が違うのだ。

 

(本命は夏油傑の身体だけど、彼の術式も有用だからね。万が一に呪霊操術が無くとも"間藤白蓮"のガワだけで十分役に立つ)

 

 遠い視線の先で重力操術の効果が消失する。恐らく事態は最高(最悪)のカタチで収束したのだろう。被呪者が死ねば特級呪具の効力は消失する。

 哀れにも動揺するだろう六眼の表情を拝んでやれないのは残念だが。

 

 「五条悟への非難は避けられないだろうね。この後少なからず呪術界は荒れるだろうし、その隙を利用させてもらおうかな」

 

 浄界付近でこんな大惨事だ。天元が出張ってくる前に特級呪具を含めた諸々を回収しようと腰を浮かせた瞬間、女性の表情が強張る。

 

(ちょっと舐めてたよ。やるじゃないか、間藤白蓮)

 

 浄界が、重力によって侵食される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 和気藹々とした鍛錬の時間にとんでもないクソ爆弾をぶち込まれた。よりにもよって、上層部はあの禁足地に乙骨憂太の派遣を決定したのだ。

 憂太本人は歴史の浅い禁足地だから妥当だと構えていたようだが、実際の事態はかなり不穏極まりないことになっている。

 

(憂太に禁足地をどうこうするのは求められてねぇだろうな)

 

 誰が憂太を指名したかなど考えるまでもない。

 立ち入り禁止区域である浄界侵入の罪を擦りつけて憂太を強制処刑する等々、悪いほうの想像は幾らでも出来てしまう。この場合あの高良とかいった補助監督は上層部とグルか、はたまた陰謀に巻き込まれたか。

 

 まともな理由があると仮定すると、祈本里香ならば飛騨霊山の状況を好転させ得ると考えた阿呆がいたのだろうか。天元が放置しっぱなしの時点でフツーに無理だろ。

 

 

 

 

 天元の構築した浄界に、()()()呪術師の術式がピッタリと重なるように干渉してしまった。その結果、飛騨霊山浄界には"術式"が付与された。言い換えればフチのない巨大な領域のようなものだ。

 

 天元の結界と混ざり合い結界の一部として組み込まれたソレの効力は、術者の死後も永続する。

 解除したければ一度結界を破壊するしかない。飛騨霊山浄界の破壊、などというアホみたいな手段をとる馬鹿はいねぇが。 

 

 足を踏み入れたら術式の効果を受けるため、あながち禁足地という表現も間違いではない。

 

 浄界自体の効力は今まで通り保たれている。禁足地と化した理由は、天元が混ざり物の結界をそのまま放置していることが大きな理由の一つ。呪術界はそれを「天元様にもどうしようもない異常な状況」だと判断して禁足地認定を下したのだ。

 

(どうしようもない、ねぇ。まぁ実際その通りだけどな)

 

 他人の領域の解体()()ならば天元にとってなんら問題はなかっただろう。しかしながら、己の結界術と半ば一体化するように干渉した「他人の結界術」のみを解除するというのは不可能だったのだ。アレは天元のものであって、最早天元のものではない。

 

 粗方の調査は終了し、飛騨霊山浄海は禁足地として封鎖された。封鎖の折に、天元によって禁足地を覆うように結界が構成されたのだ。

 

 

 

 何で俺がこんなに事情通か?ま、詳しい事情はまた今度ということで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「憂太、やめとけそんな任務」

 

 他の同級生も揃って首を縦に振っている。天元のお膝元の禁足地とか幾ら積まれても行きたくない。

 一度受けた任務を断るのは、と人の良さを発揮する憂太だが、その任務を斡旋した老害どもは人の良さに漬け込む人種だぞ。

 

「里香が暴れたらどうすんだよ」

 

「真希の言う通りだぜ。もし諸々の結界を壊したらうっかりじゃ済まされないぞ」

 

 2人の言う通りだ。調査は禁足地手前までで良いとのことだが、里香を浄界の心臓部に放り込むなど万が一が起こったら洒落にならない。

 ホント色んな意味で。 

 

 同級生に詰め寄られ、オロオロと視線を明後日の方向に向ける憂太の携帯が振動した。

 

「えっ、間藤君を?........はい。でもそれはちょっと.......」

 

 憂太の携帯が鳴り、俺たちに断ってから電話をとった。電話の主が誰かまではわからないが、憂太の困惑顔をみるに決して良いとは言えない内容だったようだ。

 

 俺の名前が出てきた事でお前なんかやらかしたのかとでも言いたげな視線を向けられるが、生憎心当たりは皆無である。

 

「さっき言ってた任務のことなんだけど.......間藤君も一緒に行ってくれって」

 

「どう言うことだ?俺そんな話聞いてねぇぞ」

 

 ますます状況が怪しい方向へ向かう。

 先程も述べたように、禁足地化した飛騨霊山山脈など学生が不用意に足を踏み入れて良い場所ではない。

 

「俺は絶対にイヤだぜ。五条先生すら出禁になるような場所なんざ碌な場所じゃねぇ。うっかり何か壊してもヤだしな」

 

「そ、そうだよね......。間藤君についてはちゃんと僕から断っとくよ」

 

「は?おい待てオマエは行く気か?」

 

「一回受けちゃった任務だし......。それに僕の"事情"込みで適任って判断されたんなら、出来ることをやりたいんだ」

 

(まぁ憂太ならそうなるよな!!!.........祈本里香なら禁足地解除ワンチャンとかならまだ問題はない。もし"こっそり処刑"パターンだったらマジで笑えねぇぞコレ)

 

 呪術師には珍し過ぎる性根の善良さ。何もこんな場面で性格の良さを発揮しなくとも良かったのに。

 

「わかった、オマエが行くなら俺も行く。憂太1人だと心配すぎる」

 

「マジか睡蓮」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高良という補助監督の運転する車に乗り、まずは岐阜県高山市へ向かう。

 高山市は岐阜県にある歴史ある山岳都市だ。古い町並みが残るさんまち通りの狭い通りには、数多くの小さな博物館や、江戸時代にさかのぼる木造の商家が並んでいる。

 浄界および飛騨霊山山脈は高山市から北東におよそ30km、車で50分程度の距離にある。

 

「やっぱり肝試しとかしちゃう人っているのかな?」

 

「いいえ、あの場所は"別格"ですから。日本政府の高官らと提携し、公的に立ち入り禁止区域となっています。本来ならば非術師の機関とそれほど密に関わることなど無いのですが、状態が状態だけに......」

 

「そんだけやべぇってことだろ。憂太、オマエほんとに気をつけろよ」

 

 ほへぇ、と気の抜けた顔を晒した憂太に念押しする。

 

 そんだけやっても勿論肝を試す馬鹿は一定数存在する。残念ながら禁足地へと足を踏み入れることは叶わないのだが。通報を受けた()()()()()()の人間によって強制送還されるまでがオチだ。

 

 駄目だと言われたらやりたくなるのが人間のサガ。仰々しく騒ぎ立てるのだから一定数の馬鹿が減らないのだ。まぁ天元の結界のお陰で物理的に侵入不可能となっているのだが。

 

 

 木々とトンネルだらけの山道を通り抜け、景色にちらほらと市街地が現れ始める。高山市に到達すると木造の雰囲気ある建物が現れ始めた。所々にさるぼぼが置かれているのはご愛嬌だ。ちりめん模様のちゃんこを着た赤いさるぼぼが何とも可愛らしい。

 

「着きましたよ」

 

 高良の声により窓の外を眺めていた意識を引っ張られる。目の前にはガラス張りの高山駅が現れる。2016年に改装工事が終了しただけあって、現代と過去の良いとこどりをした外観は見事のひと言に尽きる。

 

 2011年のあの日、最後に兄から送られてきた駅の写真の風貌とは様変わりしている。

 否が応でも時間の経過を実感せざるを得ない。

 

「一時休憩に致しましょう。よろしければ周辺を観光されては?」

 

 高良の申し出に甘える事にしよう。勿論憂太は強制参加だ。確認事項か何なのか、高良は携帯で通話しながら何処かへ行ってしまう。

 

「任務の前だし、高良さんを置いて観光なんていいのかな?」

 

「逃がさねぇよ?」

 

 相変わらず真面目だが、遠征任務なのだから楽しまなきゃ損である。

 

 憂太の腕を掴み、駅前中央通りを駆け抜け宮川方面へ向かう。宮川を越えた辺りに"古い街並み"と呼ばれる有名な観光地があるのだ。

 飛騨牛串に高山ラーメン、冷凍みかんと商品の多さに流石日本有数の観光地だと感心する。

 

「憂太、グループLINEに送りつけてやろうぜ」

 

「えぇ......」

 

 なお、『遊んでんじゃねぇ』『お土産よこせ』という苦情と要求が来るという結果になった。

 

 

 

 

 

 

 

 腹も満たし、満を持して飛騨霊山山脈へと向かう。車に揺られ続けて30分程経った頃、チリリと肌を刺す呪力を感じた。もう暫く進むと現れるであろう禁足地の気配を感知したのだろう。

 

(懐かしい呪力だな)

 

 窓を開けて外の景色を眺めるフリをして、こっそり天眼を使用する。大掛かりかつ緻密な至高の結界が広範囲に張られている。間違いない、ここから先が問題の禁足地だ。

 

 

「高良さん、僕たちって天元様の結界に近づいて大丈夫なんですか?」

 

「問題ありません。禁足地自体には生命に関わるような危険性はありませんので。第一に内部にまで入っていただく必要はありません。天元様の結界の外部から調査できる範囲で結構です」

 

 頷いた俺たちの反応を確認し、彼は話を続ける。

 

「不甲斐ない話、大人の手ではお手上げでして......。特殊な事情を抱えていらっしゃる乙骨君や、術式の似通った間藤君ならば禁足地解除の手掛かりが見つかるのではと依頼が為された次第です」

 

 ()()()事情から禁足地の概要には緘口令が敷かれている。そのためあの日何があったのか、事情を正確に知る人間は決して多くはない。その分調査に回せる人員も少なかったのだ。

 

 兄さんの残穢で埋め尽くされた結界内に証拠もクソもないだろうが。半永久的な領域擬きの所為で、悟くんの残穢は多分残っていない。

 

「今回は帳を下ろしません。ご武運を」

 

 

 

 

 

 

 

 特に景色の変わった様子は見られない。鬱蒼とした森林に、所々から湧き出す湧き水の流音が聞こえるくらいだ。

 

「憂太、里香はなんか反応してるか?」

 

「里香ちゃんは何も。.........思ったより凄い調査だね」

 

 僅かに尻込みする憂太のケツを蹴り飛ばす。だから俺は「やめとけ」と言ったんだ。憂太の背後から飛んでくる禍々しい気配はガン無視だ。

 お前のフィアンセがわりぃ。

 

「間藤君、あれ!」

 

「見えてんぜ!」

 

 取り留めのない会話をしながら山道を進むと、()()()()()()()地面から天に向かって岩が持ち上がる瞬間が目に入る。ある程度の高度まで上昇すると、浮遊性を失って地面へ落下する。しかしながら再び持ち上がり──といった異様な光景だ。

 

 この光景が目に入るということは、ここが立ち入り可能区域の限界だろう。現に、目の前に天元の構築した侵入防止結界が張られている。

 

「間藤君アレなんなの!?」

 

「お前がやる気満々だった任務の中身だぜ」

 

 天元の結界のお陰で禁足地まではそこそこの距離があるが、周囲の木々よりも高い場所で浮遊する物体は嫌でも目に入るため、この場所の異常性を認識せざるを得ない。

 

「別に結界のガワだけ調査すりゃ良いだろ。適当に周りの写真撮るなり調べるなりして帰ろうぜ」

 

「そ、そうだね......」

 

 なるべく先へ進まないように気をつけながら、ふわふわと浮遊する岩の写真を何枚か撮影する。岩だけでなく、折れた大木や水の塊すらも空中に浮き上がっている。浮いている浮遊物そのものは実在するため、写真にも眼前の景色がそのまま写っている。

 

(重力操術の領域展開はこんな感じだったんかね。───死に際で成功させるとは、何とも報われねぇな)

 

 これしきの調査くらいとっくに他の術師が終わらせているはずだ。いよいよ「何故今になって」という不信感が拭えなくなっていく。

 

 

「五条先生なら何とかできないのかな?六眼って確か呪力の流れが見えるんだよね」

 

「呪力の流れが見えても千差万別の結界構築を視認するのはまた話が違ってくるんだろ。帳ですら人によって構築式が微妙に違うらしいからな」 

 

 

 常に辺りを漂う呪力を目視する六眼と異なり、天眼で視認できるのは"術式の使用痕"だけである。六眼のように術式を発動しようとしている呪力の流れを視認し未然に対処する、といった離れ業は不可能だ。  

 

 しかしながら、帳も結界も発動してしまえば俺の得意分野となる。術式には結界()も含まれる。

 頑張れば千差万別の結界"術"の構築式の看破も可能だ。特徴で結界構築者すらも特定できる。

 

 効果は大差ないのだから結界術の構築式など見えたところで何の役に立つ、という疑問はあるだろうがその一点のみが六眼に勝っている部分だろう。

 

「仮に見えたとしても、諸々が衝突しまくった結界術を紐解く能力なんざ無下限呪術に備わってねぇはずだ。物理的にぶっ壊す能力ならともかく」

 

 壊せば1発だぜ、と呟くと青い顔をした憂太が勢いよく首を振る。

 

「絶対里香を出すなよ?フリじゃねぇからな」

 

「間藤君は僕がこの状況でダチョウ倶楽部的なノリになると思うの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 この六年間で人の往来など一度もなかったのだろう。辛うじて残っていた獣道も、好き放題に成長した草木によって元の状態に戻りつつある。

 

「多分ここまでだ。引き返そうぜ」

 

「そうだね」

 

 念の為にGoogleマップに旗をたて、来た道を足早に戻る。粗方の写真は撮り終えた。全くといって良いほど状況を改善させる手掛かりは見つからなかったが、「どうにもならなかった」という事実だけで調査結果としては十分だろう。

 

 調査しながら鈍行していた行きとは異なり小走りで帰るだけなのでそれ程時間はかからない。

 

 まさかこんなに早くこの場へ足を運ぶ事になるとは思わなかった。正直もっと後になると思っていたのだが、下見ができたと考えるならば悪くはない。

 

 未だ不可侵への()()は終わらない。

 

 

(なんだ───術師か?)

 

 

 見知らぬ術師の気配がするし、それも複数人。禁足地の呪力に誤魔化され、今の今まで気が付かなかった。憂太も里香も特段変わった様子が見られないため、恐らく侵入者に気が付いていないのだろう。

 

 俺たちと同時並行で任務にあたっている可能性もあるが、憂太にこの任務が振られた目的を考えるにその線は薄い。

 さっさと立ち去るべきだ。

 

 

 

「.........帳か?」

 

 天球の頂点から早急に結界が張られていく。物凄いスピードで降りてくるソレのお陰で、辺り一面が薄暗い不気味な色で覆われていく。

 慌てて憂太と身を寄せ合うが、帳に包まれた飛騨の山中は不気味に静まり返ってある。先程の術師の気配は......内部に存在する。

 

 そして、とにかく硬い。

 

 憂太の頭部を両手で掴んでぐるりと反対方向を向かせ、天眼を発動して帳の結界術を視認する。

 

(シンプルに硬度を追求したカンジね。マジでクソだな)

 

 多分、呪力制限ありきの俺や()の憂太では壊せる強度ではない。

 

「ねぇ、コレどうしよう。取り敢えず高良さんに連絡した方がいいよね?」 

 

「残念ながら帳の中は圏外だぜ」

 

「あ、そっか。.........あれ、繋がってる」

 

「マジ?」

 

 帳の条件自体がイマイチわからないので何とも言えないが、繋がってるというのならやっちまえ。こっから出た後に考えりゃ良いだろたぶん。

 

 

 憂太が携帯を取り出し電話をかける。漏れ出たコール音が繰り返し俺の耳に届くが、電話に出る気配はない。眉を顰めた憂太が何度か掛け直すが結果は変わらない。

 先程の術師の気配といい、本格的に面倒ごとの予感がする。

 

「このまま帳が上がらなかったらどうなるの?」

 

「俺らこっから出れねぇし、そりゃ飢え死にだな。」

 

「そんなアッサリ言わないで!?」

 

 残念だな憂太、コレが現実だ。

 もし結界を出られなければ、1週間もたたず2人とも死ぬ。人間が水のみで生きられる限界点がそこなのだ。長期任務の予定でもないため腹に"虫"も入って無い。

 

「帳をぶち壊すっていう対処法はある。が、コレをやると流石に政治的にまじぃな」

 

「そりゃ壊すのは駄目だろうけど......。政治的にって?」

 

「俺らの火力じゃ無理だし里香に丸投げすることになるよな。.........死刑無期限延長のオマエが浄界の禁足地付近で特級過呪怨霊を顕現させるっていう凶行に走ったらどうなる?」

 

 青い顔を見るに事態を察した様だ。この地は天元のお膝元だけあって、日本の他地域よりも結界強度上昇の恩恵が大きいという点も俺たちにとって不利に働く。

 

(ま、別に壊そうと思えば壊せるし、里香だっていけんだろ。.........マジの最終手段になるけどな)

 

「取り敢えず五条先生に連絡する?報連相が上手くいっていないだけかもしれないし」

 

 高良の時とは異なり3コール程繰り返されたところで電話は繋がった。

 

『どうしたの?今の時間帯は......授業中だよね?』

 

「いえ、任務中です。飛騨の禁足地にいるんですけど.........原因不明の帳が降りてて閉じ込められてるんです。」

 

『禁足地任務?僕そんな話聞いてないけど。』

 

 向こう側の声が一段低くなる。掻い摘んで事情をすると電話の向こう側が慌ただしくなる。悟くんの任務に同行した伊地知さんの方も心当たりは無いそうだ。

 それは不味いな。

 

「僕の任務は全部把握されると思ってたんだけど......」

 

 のっぴきならない事情(祈本里香)があるので実際その通りだろう。俺を含めた同級生の任務はともかく、悟くんが憂太の任務事情を理解していないはずがない。つまるところ、今回は異常事態に他ならない。

 

『お電話代わりました。其方にいるのは乙骨君だけですか?』

 

「間藤君も一緒です」

 

『まさか、よりにもよって.........失礼しました。お二人とも今どちらに?』

 

「飛騨霊山山脈に監禁中」

 

 横から口を挟んでやると、よりにもよってと呟かれる。その言葉に内心同意してしまう。電話の向こう側にとって不味いのは、この場に憂太がいることか"俺"がいることか。

 

 今は悟くんが任務の斡旋先に問い合わせている最中だという。取り敢えず帳さえ通り抜けられればひと息つけるのだ。万が一の事態が勃発して里香が暴れる、などという笑えないケースになる前にさっさとトンズラしたい。

 

 

『二人ともその場を動かないでください。今、五条さんが事情確認していらっしゃいます。詳しい話は高専に帰ってから聞かせてください』

 

 

 天元のように日本全土へ遠隔で結界を構築する、という事例があるがアレを同一に考えてはいけない。基本的に結界はその場で張る。帳が良い例だ。外部委託できるような強者や術式ならばなんとも言えないが。

 そして、壊すのならばいざ知らず、結界の解除は基本的にそれを構築した術師にのみ許される。

 

 俺が言いたいのは、"遠隔で帳をおろした"と"今この場で帳をおろした術師が存在する"という二択が存在するということだ。

 

 前者ならば報連相のすれ違いなどで「任務だなまかせろ」というケースも考えられるが、後者ならば明確な悪意が俺たちに向けられていることになる。

 さっきの術師の気配、恐らくクロだ。

 

 

 

 

『一つお聞きしたいのですが、あなた方に任務を斡旋したのはどなたですか?』

 

「補助監督の高良さんです」

 

『お待ちください、少し調べます』

 

 ノートパソコンのキーボードを叩く音が聞こえる。それと同時に、背後に何らかの気配が現れる。

 

『高良さんは現在静岡で任務にあたっていますが』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凡才には決して到達し得ない天元の結界術は、この世に産まれて22年の呪術師程度でどうこう出来るシロモノではないのだ。

 

 それでも、術者はあと数年もあれば領域展開に至るだろうと目される才能があったのだ。()()の形成がどうしても苦手だった為、領域の会得に四苦八苦していた。

 

 致命傷を負い、息絶える寸前に知覚した"死"の実感。哀れにも、その感覚が術者の能力を更に上へと引き上げた。

 そして、外殻の代わりとなり得る「天元の結界」が存在してしまったのだ。茫然自失の六眼は防止装置になり得なかった。

 

 

 全ての業が重なり、2011年2月14日をもって飛騨霊山山脈は禁足地と化した。

 

 




誤字報告ありがとうございます

8/18 21:23 修正しました
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