1日置いてから読み直せば訂正箇所を見つけ、直してから数日置いて読み直せば再び見つけ…を繰り返していたらこんなに遅くなったよ。それでも誤字脱字があるのだからままならない。報告と感想ありがたいです。
「ほら、この2枚の写真を見て。1枚目がシロコちゃんで、2枚目が銀行強盗ちゃんだよ」
「一緒じゃないですか!」
「違うよ、よく見て」
「……やっぱり一緒ですよね?」
「……うへ、やっぱりそう見える?」
「ホシノ先輩⁉︎」
ノノミからシロコ逮捕の連絡が届き、ホシノはノノミを伴って急いで現場へと向かった。幸いシロコはヴァルキューレの車に乗せられたところだったため、何とか2人は割り込むことが出来た。
しかしシロコの冤罪を証明することが出来ずにいた。シロコとニセコの2人にも違いがあるということを証明する写真をホシノは対応に出てきたヴァルキューレ生徒に見せはしたが、残念ながらその写真はニセコが口を開いていないことに加え、監視カメラが録画した逃走中の映像から切り取った写真のため画質が悪く証拠とするにはあまりにも弱い。そのためマジマジとシロコとニセコの写真を見比べ、やっぱり同じだと言うヴァルキューレ生徒にホシノは誤魔化すようにニヘラと笑うことしか出来なかった。
まぁ、シロコ本人をよく知るホシノですらニセコが口を閉じれば2人の違いがわからなくなるのだから仕方ない。ホシノもワンチャン通ればいいな程度なのであっさり認めた。
それに驚いたのはノノミである。ホシノがシロコを助ける秘策があると言っていたので安心して見ていたところでこれなのだから。
困ったといいたげな雰囲気で後頭部を掻くような仕草をしながらホシノがチラッとヴァルキューレの車に視線を向ければ、車体後部に取り付けられた鉄格子がはめられた窓からシロコがホシノを覗き込むように見ていた。
シロコは初対面だと表情から何を考えているか分かりにくいタイプだが、慣れてくると普通の子と同じように感情豊かなのだとわかる。今は無表情でホシノのことを見ているが、ホシノからすると不安を感じているように見えた。
なのでシロコと目があったホシノは大丈夫だという意味を込めて片目を閉じてウインクを一つ。あえてお茶目に振る舞うことでシロコを安心させようとしたのだが、当のシロコはウインクを知らないようでホシノのウインクに対して不思議そうに首を傾げており、伝わっていないと気付いたホシノはガックシと肩を落とした。
「ここは一先ず保釈金で…‼︎」
「うへ、流石にカードでは無理だし万策尽きた訳じゃないから落ち着いてノノミちゃん。……ねぇ、ヴァルキューレちゃん。この動画を見てよ」
「……これがどうしたんですか?」
「見たね? じゃあ次はこっち」
焦っているのか懐から金色に輝くカードを取り出したノノミを落ち着かせつつ、まぁ冗談はここら辺でお終いにしてと前置きをしてからホシノが最初に再生したのは先日ニセコがトリニティの銀行を襲った後の逃亡中の動画だ。この一件は今まで朝と昼しか活動していなかったニセコが夜も活動を始めたとして世間を賑わせているためヴァルキューレ生徒もよく知っている。
その次に再生した動画はアビドス自治区のものと思われる監視カメラの映像だ。映像にはどこかの店の入口と思われる場所が映っていたが、しばらくすると入口に隣接する通路をホシノとノノミ、そしてシロコが歩いて通り過ぎていく姿が残されている。
「……?」
「おじさんが見てほしいのはね、これが録画された日付と時間だよ」
「日付と時間? あっ⁉︎」
ニセコの逃走が映ったものとホシノ達が映っている映像が録画された時間。その時間差はたったの2時間だ。
「この映像の通路からシロコちゃんが一番早い移動手段の電車で移動しても最寄りの駅まで行くのに軽く数分はかかるし、電車での移動にも数十分は必要。それからトリニティの駅に到着して今回被害にあった銀行までは移動手段にもよるけど最低でも更に数分はかかる。加えて銀行でお金を盗む時間も考えると、どうやってもシロコちゃんは間に合わないんだ。襲われたトリニティの銀行にセキュリティとかが何もなくてすぐにお金を持ち運べる状態なら話はまた変わってくるけど、流石にそれはあり得ないと思うからこれは考慮外にするね」
「ん、残念……」
「シロコちゃ〜ん?」
「……ん」
どうやっても間に合わないと言うホシノにシロコは心底残念そうに呟いて耳を倒すが、ジロッとホシノが視線を向けるころには何も無かったかのように表情を元に戻していた。
「そ、そんなことが……」
「まぁ、そんなわけだからシロコちゃんは返してもらうね?」
信じられないような表情で動画に釘付けとなっているヴァルキューレ生徒の横を通り抜け、ホシノはシロコがいる車両へ向かう。車両の周りに控えていたヴァルキューレ生徒は互いに視線を向け合い、どうするか悩むような様子を見せているが、まだ許可を出されていないからか近付いてくるホシノの前に立ち、ここから先へは進ませないと態度で示す。
「うへぇ、退いてよ〜。シロコちゃんが無罪なのは証明されたでしょ?」
「……だったら」
「うへ?」
「だったらこれはどう説明するんだ‼︎」
動画に釘付けとなっていたリーダー格のヴァルキューレ生徒は、ホシノの言葉であるものの存在を思い出したのか、振り返りつつそれをホシノへ見えるように取り出した。
それはシロコがよく持ち歩いている手帳であり、ページを開けばそこには現金輸送車がいつ来てどのルートを通るのか。何時頃に銀行の警備が交代するとか。どこから突入してどのルートから逃亡すれば安全とかなどの、銀行強盗に関係がありそうな内容がびっしりと書かれていた。
それを見たホシノはバッと勢いよくシロコの方へ振り返り、同タイミングでシロコもバッと顔をホシノから背けた。それでも視線を外さずホシノがシロコをガン見すれば、シロコの横顔からタラタラと冷や汗らしきものが垂れ始める。
とはいえホシノがシロコへ禁止したのは銀行強盗をすることだけで、銀行強盗計画を立てること自体は禁止していない。そのためホシノはシロコを責めることが出来ず、喉元まで出かけた言葉を何とか飲み込んだ。
その代わりとして大きく溜息のような息を吐いてからシロコに向けていた視線を外し、形勢逆転と言いたげな様子でシロコの手帳を掲げているヴァルキューレ生徒へ顔を向けた。
「うぅ、せっかく金喰みの狼を捕まえたと思ったのに……」
「金喰みの狼? 何ですか、それは?」
「我々が勝手に付けた銀行強盗犯の名称ですよ…。まるで食事をするかのように銀行を訪れては食い荒らすようにお金を持っていくことから付けられました」
シロコ解放。ホシノとノノミが車から降ろされたシロコを迎え入れ、その様子を見ながらヴァルキューレ生徒が悔しそうに呟けば、それが聞こえていたノノミが何のことだと聞き、特に隠すことでもないのかヴァルキューレ生徒は素直に答えた。
「そんな狼を捕まえることが出来たなら絶対に褒められると思ったのですが──」
「実は瓜二つの姿をした子がいて、よりにもよってそっちを捕まえちゃったってわけ」
「反則ですよぉ…。計画を立てるほど銀行強盗が好きなのに実行歴0の真っ白ちゃんだなんて…」
落ち込むヴァルキューレ生徒の言葉を引き継いでホシノが喋れば、がっくしと頭を落としてヴァルキューレ生徒は溜息を吐く。そんなヴァルキューレ生徒を見てノノミの胸の下にいるシロコはムフンと自慢げに鼻から息を吐く。
手帳を出した時は形勢逆転をしたとヴァルキューレ生徒は思っていたのだが、彼女はホシノが今回の強盗でシロコは白だと証明したのと同時に出したシロコと瓜二つの人物がいるという証明を打ち破れなかった。
そのため過去に銀行強盗をやった可能性があるからと連行しようとしても、瓜二つの子がいるけど?と言われれば言い返せない。ならその瓜二つの子が銀行強盗をするまで身柄を確保したい旨を伝えたとしても、ホシノの態度から見てまず拒否されるだろう。
そんなこともあり、瓜二つの子がやった可能性の方が遥かに高いのに似ているからという理由でシロコちゃんを連行するならアビドスの生徒会として抗議すると断固とした姿勢を取られたらヴァルキューレ側は証拠不十分ということもあって引き下がるしかない。
「念の為、他にも証拠や過去の強盗の時間帯にシロコちゃんが何をしていたかの動画も集めていたけど使用することはなかったね。早めに納得してくれてよかったよ〜。……本当にね」
「何ですか、最初から準備は万端ということですか。普通なら逆に怪しむところですが、瓜二つの子がいるなら仕方ないですね」
ホシノの言葉に納得したのか、気持ちを切り替えたヴァルキューレ生徒は立ち上がり、周りに向けて撤収の合図を送る。
「では私たちはこの辺で失礼します。ホシノさん、あなたなら大丈夫でしょうが、あの子の手綱はキチンと握っていてくださいね? 銀行強盗犯が増えるとか割と洒落にならない事態なので」
テキパキと撤収準備が整ったのを確認した後、ホシノに一応の忠告を行った後で、さようならと頭を下げてからリーダーも車に乗り込んで去っていく。その姿が視界から消えるまでホシノはジッと見つめ続け、姿が見えなくなってからふぅと息を吐いた。
「ふぃ〜、おじさん疲れちゃったよぉ〜」
あー疲れたとフニャッとした体勢になって肩の凝りをほぐすかのように身体を伸ばしてからダランと猫背になるホシノ。そんなホシノを見て、ノノミはクスッと微笑みを浮かべる。
「さっきまでのホシノ先輩、かっこよかったですよ。何だかいつもより空気がピリピリしていましたし」
「ん、ホシノ先輩。本気だった」
ノノミの言葉に抱き寄せられていたシロコも頷く。それに対してホシノは浅く笑って肯定も否定も返さない。
ずっと前から、正確にはニセコが2回目の活動を始めてからホシノは今回みたいなことを切り抜けるために準備を始めていた。その中にはコッソリとシロコを盗撮したものもある。夜な夜なシロコが何処かへ出かけていないか心配でシロコの寝ている姿をパトロールついでに確認しに行くストーカー紛いなことをしたことだってある。
それら全てはあの時と同じ過ちを決して繰り返さないように。
その途中で何度もやりすぎだとか、バレたら嫌われるからもうやめようなんて考えたこともあった。結局はあの時の光景が思い浮かんでやめられなかったのだが。
そして今回、ついに恐れていた事態が起こった。
今回は運が良かった。偶然ノノミが2人を誘って、シロコが遊びに熱中して夜遅くまで遊んでいたから監視カメラの映像に映ることが出来た。ストーカー紛いの行動でシロコを盗撮しているとはいえ、それは完璧ではない。今回みたいにホシノの盗撮出来ていない空白の時間で銀行強盗をされてしまえばシロコの無実が証明出来なくなる。
ニセコが銀行強盗をすることによってシロコが疑われる問題はニセコが捕まるまでずっと付き纏うことだろう。ホシノの内心は今すぐにでもブラックマーケットに飛び込んでニセコを捕まえたい気持ちでいっぱいだが、それをするにはまだ手が足りない。
自分一人だけでも、ニセコを捕まえることは出来る。それほどの実力差はあるとホシノは確信している。
しかしホシノが突撃すればブラックマーケットはアビドス自治区へ報復を開始する。それら全てが自分一人に来るのなら一切合切を完膚なきまで跳ね返すが、もしもホシノがいないアビドスへ行ってしまえばブラックマーケットで暴れている途中のホシノは何も出来ない。そしてノノミとシロコだけではブラックマーケットの物量に間違いなく擦り潰されるだろう。
ホシノの力は自分に向かってくるものたちに対して最大限に発揮される。そのためホシノ自身が守りたいと願うものを守るためには、ホシノ自身が近くにいないといけない。
最低でも1人、欲を言うなら2人。ホシノがブラックマーケットで全てを破壊している間にアビドス自治区、その中でもあの人との思い出が沢山ある学校を守る人が欲しい。
もちろん他自治区へ捕まえに行く考えも何度か浮かんだが、やはりネックとなるのはニセコの銀行強盗に予兆がないことだろう。一時期は銀行強盗のタイミングを予測するために記録を取っていたこともあったが、途中で強盗のタイミングは完全にニセコの気分次第だと気付いたので止めてしまった。
ぶっちゃけこの悩みもニセコの住処が割れれば全部解決するのだが、被害に遭った他の自治区でも見つけられないのだから、それよりも圧倒的に人数が少ないアビドスでは探しようがない。ブラックマーケットに伝手があれば話は別だろうが、そういうものに縁が無いホシノではどうしようもないことだ。
「ほらほら、2人とも。早く学校に行くよ〜」
ホシノがブラックマーケットに行ってニセコを捕まえる案を2人に伝えると、きっと2人はホシノをブラックマーケットに行かせて自分たち2人だけで自治区を守ろうと無茶をする。そう確信できるからこそこの考えは自分の内心だけに留め、ホシノは内心を悟られないようにいつものフニャッとした顔で両手を叩いて2人の意識を自分に向けてから学校に行くように促した。
「大丈夫、全部私が解決するから」
「ん…? ホシノ先輩今何か言った?」
「ん〜ん、何にも言ってないよ。それよりもシロコちゃん、早く行くよ〜、今日はみんな遅刻確定だからね〜」
ちなみにこの日からニセコが銀行強盗をするたびにヴァルキューレがシロコの様子を確認しにくることになり、ホシノのニセコに対するヘイトが上昇する模様。
「おーい、ニセコ。お邪魔するぞ」
「ん、スケバン。いらっしゃい」
ホシノがなにやら覚悟を決めている頃、スケバンは渡されていた合鍵でニセコの家の鍵を開け、家の中にお邪魔していた。
慣れた様子で家を歩き、手洗いうがいを済ませたスケバンがまず目指したのは冷蔵庫。その中から缶ジュースを2つ手に取ると、今度はニセコの声が聞こえてきた2階を目指す。
階段を上り、棚に並べられたピッキングのツール類を眺めながらどうせここだろと一つの部屋の扉を開けると、スケバンの予想通りにニセコが夢中になった様子で何かの作業をしていた。
「ジュース、飲むだろ?」
「飲む」
ニセコが2階にいる時は大抵何かの作業や練習に集中しているため、休憩なんて滅多にしない。それを知っていたスケバンは少し休憩しろと言う意味も込めてジュースを持ってきたのだが、夢中になっているニセコはそちらに目を向けようともしない。
それでもスケバンに返事をしたことから、キリのいいところで止まることは確定した。だからスケバンは無理に止めることはせず、自分用に持ってきていた缶ジュースの蓋を開けて飲み始める。
「で、今回は何をしているんだ?」
「ん、ドローンのプログラムを弄ってる」
喉を潤し、邪魔にならない位置に缶を置いたスケバンは最初に出会った頃より背が伸びてきたニセコの頭上に背後から顎を置いて先程からニセコが弄っているパソコンの画面を覗き込むが、映っているプログラムらしき画面を見てもスケバンはその手の分野を知らないので全く理解出来ない。
「っていうかニセコって前までこういうの出来てたか?」
「ううん、少し前から元ミレニアムの不良に授業料を払って教えてもらってる。流石に専門的なことは無理だけど、この程度なら出来るようになった」
スケバンの疑問に、ニセコは頭上の耳で彼女の両頬を挟みながら素直に答えた。
「最近は授業の頻度を増やしてもらってる。今回のトリニティで今のままだといけないと思ったから」
「あー、札束が偽物だったやつか」
「うん」
パソコンから伸びるコードに繋がれているドローンを見つめながらスケバンが思い出すように呟き、ニセコはコクンと頷くことで肯定する。
「取り敢えず、札束を持った際に決めた規格から一定以上の重量の変化があるかどうかとか札束の表面をスキャンするなどで本物か否かを確かめる機能をつけてみるつもり。あとは挟んだ時の感触とかで中に異物が入っていないかの確認機能とかも。確認するための装置がいるからドローンの費用は確実に増えるけど、そこは必要経費だと諦めるしかない」
「おー、流石あたしらの妹分は勤勉だなぁ」
「ん〜!」
あたしらなら絶対そこまで考えないぞと思いつつも、それは言わずにスケバンはニセコの頬を両手で挟んでむにむにと揉みながら褒める。それに対してニセコは声を漏らしつつも、嫌がるような様子は一切見せない。
ニセコのモチモチとした頬の感触を十分に楽しみつつ、スケバンはニセコに狙われる将来の銀行に心の中で合掌する。ニセコの家にはテレビがないし、ニセコは時間があればピッキングの練習などをして時間を潰すので知らないだろうが、今のトリニティはまさに波乱の真っ只中である。
今回の銀行強盗によって流石に住民が危機感を抱いたのか、一斉に銀行へ雪崩れ込んだのだ。当然そんなに一斉に来られても銀行が全員分の預金を全て返せるわけがなく、現場は大混乱。銀行へ雪崩れ込もうとする住民や生徒たちを正義実現委員会が必死に阻止している様子をクロノスのヘリが空から生中継していたのは記憶に新しい。
幸いだったのが、トリニティが札束ついでに金塊を持っていかれた事実を隠すことに成功したことだろう。まぁ、あのトリニティならそれぐらいの隠蔽工作は簡単なことかとスケバンは思う。
ちなみにその考えをトリニティが知ればそんな訳がないと確実にキレている。
実際は爆発音から銀行の異常に気付いて様子を見に来たあらゆる人々に被害を確認するからと正義実現委員会が必死に足止めを行い、その間にメッキでもなんでもいいから取り敢えず金塊っぽいものを準備しないといけない突貫作業がトリニティのティーパーティーを襲っており、派閥なんて関係ねぇ、今はこれを隠し通すのが先だと値段なんて気にせず紅茶をガブ飲みしながら隠蔽工作を行っていた。
いつもならお淑やかに微笑みを浮かべている3年ティーパーティーメンバーすらも人員が足りないからと血眼で金塊擬きの製作に参加していたと言えばどれだけ大変だったか分かることだろう。もちろんティーパーティーだって最初は金塊なんて関係者以外見ることなんてないだろうしと他の人たちに諸々の作業を任せるつもりだったのだが、正義実現委員会がブラックマーケット内で無視出来ない騒ぎを起こしたことに対する報復としてトリニティが金塊を大量に奪われた情報という火種をネットにばら撒かれたせいでそうは言ってられなくなった。
火種はゲヘナやトリニティ内のその手の情報に詳しい者たちがSNSで騒いだことによって瞬く間に大炎上し、隠蔽が間に合わない勢いで拡散した。
トリニティの唯一の救いはニセコが余っている隙間に金塊を持っていこうと考えたお陰で持っていかれず無事だった金塊が数多く残っていたことだろう。そのためブラックマーケットからトリニティは信用の証である金塊すらも強盗犯に盗られたという情報をネットに拡散されても、本物の金塊と偽物の金塊の山を見せてそのような事実はないと跳ね返すことが出来た。
それに加え、ティーパーティーメンバーは夜通し突貫作業の疲れを全く見せずに見たものを安心させるかのような慈愛に満ちた微笑みをもって住民に説明しつつ、実際に本物の金塊を触らせた上で無関係そうに見えて実はティーパーティーの息がかかった鑑識者にこの金塊は本物だと住民たちの前で宣言させることで住民たちを安心させ、炎上は徐々に鎮火。結果的に強盗自体はされたので色々と信用は低下したが、致命傷だけはなんとか回避出来た形だ。
尚、ティーパーティーメンバーの内心が先の大炎上に負けないくらい荒れ狂っていることは内緒である。どれぐらい荒れ狂っているかというと、いつもなら遠回しに伝えたりするのに今回に限っては前置きも何も無しで椅子に座るなり直球で「強盗犯を潰しましょう」と真顔で言うぐらいである。
そんなことを言えば他派閥から野蛮など品性に欠けるなど色々言われるのが必然なのだが、他派閥もノータイムで賛成するのだからその怒り具合がよくわかる。
まぁ、そんな苦労を知る由もないスケバンは流石お嬢様だなぁと簡単に片付けていた。
「んで、ニセコはまた銀行強盗するのか?」
「うん、でも少し期間を空けるつもり。この作業もあるし」
一区切りついたのか、スケバンが持ってきたジュースを飲んで休憩するニセコにスケバンが今思い出したかのように問いかければ、ニセコはドローンを見ながら自分の考えをスケバンに伝えた。
それを聞いてスケバンはそうかと言いつつ、内心でホッと息を吐く。スケバンが今回ニセコの家に訪れた理由は、ニセコへ銀行強盗をしばらく休むように伝えるつもりだったからだ。
ぶっちゃけ強盗に必要な道具はニセコの家に常に用意されているので、ニセコの気分次第で銀行強盗はいつでも可能なのだ。そのため一時期はトリニティで銀行強盗をした翌日にゲヘナで銀行強盗をするなんてこともあった。
趣味だからって没頭しすぎないようにと何度かスケバンたちは期間を空けるように言おうとした時もあったが、口を開く前に滅多に見せないニセコの満面の笑みをくらってしまい敗北…!やはりスケバンはニセコの笑顔に弱い…!
しかし今回こそはと勇んでやってきたスケバンはニセコから言質もとったこともあって内心でガッツポーズ。やっぱり姉貴分としては妹分が趣味だからといって傷だらけになるのは嫌なのである。
この後ニセコと日が暮れるまで遊んでからスケバンは帰還。拠点に帰り、夜遅くに集まった仲間たちとニセコの足止め成功を祝ってそれなりに高いジュースで乾杯…!
翌日、ニセコがブラックマーケットの闇銀行を見ながらうずうずしている姿を目撃し、内なる銀行強盗欲が活性化していることを確認して「今回もダメだったか」と呟くことをこの時のスケバンたちはまだ知らない…!
「ん!銀行強盗‼︎」
スケバンにしばらく銀行強盗はしないと宣言してから数日後のお昼頃。今日はスケバンが居ないため黙々と1人でお昼ご飯を食べ、食器を片付けて一息ついたところでニセコはクワッと目を見開き力強くそう叫んだ。
叫んだ理由も大した意味は無く、ただ趣味の銀行強盗をしたくなったからという理由だ。
とはいえ肝心なドローンの改造はまだ終わっていない。しかしずっとドローンを弄り続けているのはいくら銀行強盗の為とはいえ辛いものがある。ならば一度大好きな銀行強盗をして気分をリフレッシュしようとニセコは考えた。
だがドローンの改造が終わっていない今、偽札が確実にある上に治安が少し悪化し始めているトリニティは選べず、トリニティが偽札を使用し始めているならミレニアムもそろそろ似たような対策を取っている可能性があるためこっちも見送るしかない。
「なら……狙いはゲヘナ一択」
そう呟いたニセコは早速準備を整えた。戦闘は確実なので、武装は素早く相手を無力化するために火力より拘束力や妨害性能が高いものを優先。その後はいつもよりソワソワしながら下見や逃走補助の道具の設置を行う。
今回狙うゲヘナでの銀行強盗で特に必要なのはアドリブ力だ。トリニティやミレニアムに比べると圧倒的に生徒や不良が問題を起こす回数が多く、その巻き添えを受けて逃走ルートが使用不可になる可能性が高い。
決行当日の最終下見でそれらはある程度回避出来るとはいえ、絶対ではない。そのため使用不可になった逃走ルートに直面した場合は素早く別の逃走ルートに切り替えるか、その状況を利用するかどうかを決めなければならない。具体例を出すとするなら、争っている生徒たちをニセコの追跡者に押し付けて時間稼ぎに使用したり、争いで崩落した建物を利用して逃走ルートを複雑化させて追跡者を混乱させるなどだ。
そんなアドリブ力が試されるゲヘナは人によっては面倒極まりないと思うかもしれないが、ニセコはそれを楽しめるタイプであるため問題ない。むしろゲヘナらしさが出ていて満足している。
自治区が違えば銀行強盗に対する対処も違う。それがニセコには楽しくて堪らない。まぁ、やられてる側は別の意味で堪らないだろうが。現にトリニティとミレニアムはキレているし。
そんなに怒らせたら普通は潰されるのではないかと思われるが、トリニティとミレニアムの中にいるニセコにそのまま活動してもらったほうが都合の良い者や、ニセコがブラックマーケットに利用されていると勘違いしている者たちによる妨害でなかなか組織で動くことが出来ない。
前者はともかく、後者の言い分はニセコが使用している武器群は明らかに企業の支援を受けており、ブラックマーケットの急成長を見れば利用されているのは明白とのこと。それだけならだからなんだと突っぱねるのだが──。
あの銀行強盗大好きマンが‼︎ ブラックマーケットの闇銀行を‼︎ 襲わないのは絶対おかしいです‼︎
誰かが叫んだこの言葉がどの陣営の──特にニセコと対峙した者たちに対して凄まじい説得力のある言葉になり、周りの人たちも確かにそうかもと納得させてしまった。
そのせいでニセコはブラックマーケットからの刺客と勘違いしている勢力が大半だ。まぁ、真実は棲家の近くで問題を起こしたくないことに加え、スケバンたちのお金がそこに預けられているからとスケバン直々に教えられたからなのだが。ニセコはスケバンたちがlikeの意味で大好きなので、彼女たちのお金がある闇銀行へ襲撃をかけるつもりはないのである。
なお、スケバンたちは闇銀行へ一切お金を預けてはいない。なら何故お金を預けているなんて嘘をついたのかと言うと、銀行強盗にハマったばかりのニセコが我慢出来ないと闇銀行へ突入数秒前だったのを止めようとしたからだ。流石にブラックマーケットまでニセコの敵になるのは不味いという考えで咄嗟に口から出た嘘だったが、上手いことニセコを抑制出来たので、嘘であることを明かさず今日まで来ている。
そんなブラックマーケット内外の勘違いはさておき、いつも通り下見と逃走ルートの状況確認。そしてその道中に色々と銃器などを設置し終えたニセコはいざ本番と言わんばかりにゲヘナの銀行へやって来ていた。
今回狙う銀行は大中小でいうなら中ぐらいの銀行だ。校風に影響されてかミレニアムやトリニティには必ずいる見張りもいないため、ニセコは堂々と銀行に侵入する。
そして入念に、本当に入念に銀行内の人物チェックを怪しまれないように注意しながら行う。トイレの中までしっかりと確認を済ませたら一度外へ行き、今度は目立たないようにドローンを飛ばして銀行周りの通行人をチェックする。
他の自治区よりも入念なチェックだが、それをする必要がこのゲヘナに…いや、ゲヘナに住む白モップと出会わないためにある。
10分程かけて白モップが近場にいないことを確認したニセコは安堵の息を吐いた後で服を脱ぎ、銀行強盗時の正装姿となる。そして銀行内を制圧する装備を背負い、完全武装となってから銀行へ帰還。自動ドアを通って銀行へ入るなり挨拶代わりと言わんばかりに肩に背負っていた4連装ロケットランチャーを順番待ちしていた人たちへ向けてぶっ放し、それと同時にEMPグレネードを投擲した。
「うわぁ⁉︎ 何だコレ⁉︎」
「ネチャネチャして気持ち悪りぃ‼︎」
弾が命中したゲヘナ生徒の戸惑う声を聞き、ATMなどに顔を向けていたことでまだニセコに気付いていないゲヘナ生徒がニセコに気付く前にニセコは次弾をぶち込んでいく。ニセコの経験上、ゲヘナ生徒はやられるぐらいならやるぜヒャッハーが殆どなので動くな伏せろは基本的に通用しない。なので脅すより最初から制圧で動いたほうが相手は油断していることもあって成功しやすい。
とはいえここで爆発物を使うのは目立つし、最悪白モップを誘き寄せてしまうため推奨出来ない。そのためニセコは拘束力に長けた特注で製造したトリモチ弾を装填出来る4連装ロケットランチャーを採用。
ゲヘナ生徒や獣人が放たれたトリモチに身体を絡め取られて動けなくなったことを確認しつつ、今度はEMPグレネードによって無力化された機器類に焦る様子を見せている職員へアサルトライフルを向ける。
ゲヘナ自治区に住まうからか、職員の反応は素晴らしいと言いたくなるほど早い。実際ニセコが攻撃すると同時にEMPグレネードを使用しなければ、彼らは机下のボタンを押して窓口のシャッターを下ろすと共に通報をしていたことだろう。
EMPによって機械類を破壊されたことでシャッターを下ろせず、ニセコからもアサルトライフルを構えられたことで詰みと考えたのか、その場で手をあげながら伏せようと職員は動く。だがそれだと彼らの姿がカウンターに邪魔されてニセコから見えなくなるため、ニセコはアサルトライフルを数発天井に向けて撃ち、彼らの注目を集めた後で顎を使ってこっち側へ来いと指示を出す。
荒事の対応には慣れているのか、職員は余計な抵抗をしないでニセコ側に移動すると、その場に伏せて動かなくなった。
これで全ての制圧を済ませたのでニセコは改造が済んでいない旧式ドローンを金庫に向けて発進させ、帰ってくるのを待っている間はトリモチを噛み千切ろうとしてそのままくっついてしまい、フガフガと何かを言っているゲヘナ生徒が鼻も塞いでしまって呼吸困難にならないように監視しつつも外から新たに誰かがやって来ないかを警戒する。
幸い今回は誰も来なかったようで、帰ってきたドローンから札束を受け取り、念の為札束の中に何かが仕込まれていないかなどの確認をしてからバッグの中身を取り出し、代わりに札束を詰めていく。
「ん、私はこれで帰る。トリモチは今バッグから出したやつをかければ簡単に取れるから職員さんは使ってあげて。得体の知れないものを使うのが嫌なら時間はかかるけど熱湯でも代替できる。……それとこの拘束弾はトリモチなんて名前だけど食用じゃないから食べるのは駄目。お腹を壊す」
1人目で無理だと分かるはずなのにゲヘナ生徒の全員がトリモチ噛みちぎりチャレンジを行い、仲良くフガフガ民になっているのをニセコは残念な人を見るような目で見た後、伏せている職員に札束と交換するようにバッグから取り出した液体が入った瓶を指差して説明を行う。
最後にフガフガ民となったゲヘナ生徒を見て少し不安に思ったのか、分かっていると思うけどと前置きしてからトリモチは食用じゃないことをゲヘナ生徒たちにも聞こえるような声で職員に伝え、ニセコは足早に銀行を後にした。
「ん、大成功」
銀行から逃走し、路地裏に身を隠したニセコは今回の成果が詰め込まれたバッグを見つつ、何処かスッキリとしたような顔で脱いだ服を着直していた。
ここ最近はドローンのことでトライアンドエラーを繰り返しており、少なくない鬱憤を溜め込んでいた。いくらニセコでも様々なパターンの札束をドローンのアームに掴ませ続ける作業は堪えるのだ。
「気分転換も出来たし、帰って作業を頑張ろう」
服を着るために一時的に置いたバッグを背負い直し、ニセコは服のポケットに入れていたスマホを取り出す。このスマホはニセコがよく逃走する際に使用する爆弾達を遠隔起爆させる信号を出すためにいつも用意している物だ。
そのスマホに慣れた手つきでニセコは番号を入力していき、しかし途中で中断した。中断せざるを得なかった。
「見つけた」
ニセコの背後から聞こえてきた声。それが耳に届いた瞬間、ニセコはビシリと銅像のように硬直した。
声の正体は見ずとも瞬時に判断出来る。緊張から滲んできた冷や汗がニセコの頬を伝って顎へ行き、雫となって地面に落ちるがニセコにそれを気にする余裕はない。ゴクリと唾を飲んだ後、意を決したニセコはゆっくりと背後へ視線を向けた。
路地裏の入口に立つその姿。差し込む光が逆光のせいで声の主の顔はよく見えないが、影のせいで黒く見える顔の中からは紫の瞳が爛々と光を放っている。
「空崎ヒ…ナ?」
その人物の名前をニセコが呼ぼうとするが、路地裏に踏み込んできたことでよく見えるようになった姿を見て困惑の表情を浮かべた。だって前に見た時よりもなんだか──。
シナシナしていた。
徹夜明けのサラリーマンのような、取り敢えず見た目だけは取り繕ったかのようなヒナの姿にニセコは本当に目の前の人物は知っている人物なのかと悩む。放つプレッシャーや手に持つ銃器は明らかに本人のものだが、それでも迷ってしまう程度にはフワフワモップがシナシナモップだった。
「えっと、空崎ヒナ?」
「何かしら?」
「ちゃんとトリートメント…髪の手入れとかしている?」
「そんな時間があるのなら仕事をする」
あっ(察し)。ニセコはヒナの言葉に全てを察した顔となり、口を閉じた。前世の自分と似た雰囲気を放つヒナを見たその内心は「空崎ヒナって社畜だったんだ」なのだが、少し違う。
この世界では、ニセコという銀行強盗犯がいる。それだけで大体察してもらえるだろうが、まぁ仕事が増える。
そしてヒナは一度ニセコを捕まえるために実力を発揮したため、原作よりも早く問題児たちの鎮圧…つまり戦闘面で頼りにされることが増えた。
面倒くさいと思いつつも責任感の強さから先輩や後輩から頼まれるとヒナは断り切れない。だから仕方ないと思いつつも頼まれた仕事をこなしていくが、その度に周囲からの覚えが良くなっていく。そのため原作よりもあれもこれもと仕事が積み重なり続け、シナシナになる時期が早くなったというわけだ。
「そう…、お仕事頑張ってね」
「えぇ、ありがとう。そのためにも大人しく捕まって」
「それは嫌」
突如鳴り響く爆音。ニセコはヒナと話している間、ずっと後ろに回した手でスマホの入力を続けていた。
遠方より響いた爆音に、ニセコへ向けられていたヒナの視線がズレた。仕事中毒となりつつあるヒナの精神が反射的に爆発音の反響から場所の特定・規模の把握・優先度をつけようとしたのだろう。
生まれた一瞬の隙。それも自らが作り出したものならニセコが逃すはずが無い。ヒナの隙を突くようにニセコはヒナの方へ走り出す。
ここは路地裏。しかも一本道だ。道自体も長く横幅もそれなりにあるとはいえ、仮にヒナがいる反対側へニセコが走った場合、ヒナの愛銃である『終幕:デストロイヤー』によって即座に制圧されることだろう。
ならばヒナを通り抜けた先にある大通りへ向かい、通行人を巻き込んでヒナの攻撃をある程度制限させた方がいい。
しかしニセコが駆け出した2歩目。たったそれだけで逸れたヒナの視線がニセコの姿を再び捉えた。
構えられたヒナの愛銃。後は引き金を引くだけでニセコは制圧されてしまうだろう。それに対してニセコは自身の愛銃『真偽』を抜き取り、既に引き金に指がかかっていたヒナよりも早く発砲。
「相変わらず早いわね。でも2度目はない」
「ん、残念」
初めて出会った時と同様にデストロイヤーの銃口を狙った射撃は、ヒナが少しだけ銃口を逸らしたことで防がれた。あの時はこれによって愛銃が破壊されて近接戦闘を余儀なくされたため、特に警戒されていたようだ。
ヒナの射撃を阻止したことで、ニセコは問題なくヒナとの距離を詰めることに成功。後は立ち塞がるヒナを躱して大通りに出るだけなのだが、その難易度は過去に行ってきた数々の銀行強盗より遥かに高い。
ニセコの射撃を防ぎ、再びヒナが愛銃をニセコへ向けようとしたタイミングでニセコは服の中から投擲物を取り出し、ピンを抜いてヒナに投擲。距離が近いということで真っ直ぐに投げられたグレネードにヒナは視線を向け、素早く種類の特定に入る。
「(グレネード? でもこの距離ならあの子も巻き込まれる。ならフラッシュ? いえ、これは)」
「スモーク」
キヴォトスには各々が自作した投擲物が数多く存在するため、形状から種類を特定することは至難の業。だがヒナは今まで積んだ経験と、投擲物の奥から走ってくるニセコが服の袖で鼻と口を覆っていたことから種類を特定。
その答え合わせをするように投擲物から溢れ出した煙が路地裏に充満するが、ニセコが目を守っていなかったことから催涙系のものは混じっていないと判断したヒナは何もせずにその場で立ち、ニセコを待ち構える。
その間もただ待つだけではない。ヒナの脳内はニセコが取るであろう行動を常に予測し続けている。
1つ、スモークが充満した時点で反転。素早くヒナの逆側から逃走する。
2つ、室外機や排水パイプなどを足場に使って建物を登り、屋上から逃走。
3つ、見えないことを利用した不意打ち。可能性が高いのはスモーク内でも有効打が見込める爆発物の投擲。
「でもあの子なら……正面突破」
「……ッ‼︎」
ニセコが今まで行った銀行強盗からの逃亡の記録や、今現在聞こえる特注シューズでも消しきれない微かな走る音、そしてヒナ自身がニセコのせいで原作よりも一足どころか二足ぐらい早めに積むことになった問題児達の鎮圧経験から、脳内に浮かび上がるニセコが取るであろう予測に次々と否を叩きつけ、導き出した一番可能性が高いニセコの行動を阻止するように愛銃を棍棒のように持ち直してからタイミングを見て一撃決殺の想いを込めて全力で薙ぎ払う。
そのタイミングでヒナの横を通ろうと現れたニセコは、自身の腹部に迫るヒナの想いが多量にこもったデストロイヤーに目を見開いた。ヒナが取るであろう行動の中で一番あり得ないと真っ先に可能性から放棄したことに加え、射撃ではなく鈍器として使用する行動を取られたことでニセコの思考は一時的に停止。しかしあのヒナがそれをするはずがないと考えを放棄したからといって対策を考えていなかったわけではなく、ニセコは反射的に膝を曲げて体勢を素早く落としつつ、更に上半身を反ることでヒナの薙ぎ払いをギリギリ回避。鼻先を掠めるように通り過ぎていったデストロイヤーと、薙ぎ払いによって巻き起こった風がニセコの顔に滲んでいた冷や汗を飛び散らせた。
盛大に空振り、その勢いでヒナとニセコの周りに充満していた煙が晴れる。はっきりと周囲を見渡せるようになったヒナの視線が、自身の足下近くにいるニセコの姿を捉えた。
今のニセコは膝を曲げた状態で仰向けに倒れている状態だ。立ち上がるには最低でも2手の行動が必要で、すぐには動けない。その上ヒナのすぐ側にいるのだから、ヒナからすると捕まえる絶好のチャンス。
デストロイヤーを片手で持ち、空いた手で足下に倒れているニセコを掴もうと手を伸ばすヒナ。ここでニセコの横腹を蹴って弱らせようなどと考えないところはヒナの優しさが出ているのかもしれない。それとも、そんなことをせずとも捕まえられるという余裕か。
対するニセコはスライディングではなくローリングで躱せばよかったと咄嗟に取った自身の行動を反省しつつもこの状況を切り抜けようと思考を高速で回していた。自身を掴もうと伸ばされるヒナの手は、ヒナ自身が放つプレッシャーもあって巨人の手のひらのようにも見える。大抵の生徒はその迫力に思わず思考と身体が硬直し、そのまま捕まってしまうのかもしれない。
だが一度ヒナと相対し、他自治区の強者たちからも逃げ切ったニセコの経験値が他の生徒と同じように思考を止めるというこの場で一番してはいけない選択を阻止した。
ヒナがニセコを掴む前に、ヒナの手首をニセコは片手で掴んだ。それでも構わずにヒナはニセコを掴もうとするが、銀行強盗に恥じないようにとよく分からない理由で鍛えているニセコの力が強いためこれ以上腕が進まない。
「この…!」
「ん…!」
ヒナが片手に持ったデストロイヤーをニセコの腹部にくっつけるように構え、即座に引き金を引いた。しかし直前でニセコがデストロイヤーの先端を空いていた手で掴み、射線をズラす。ニセコからズレた銃口はそのまま弾を撃ち出してズレた先の地面を粉々に砕き、飛び散った破片が近くにいる2人を叩く。
そんなものを意に介さず、銃撃は効果無しと判断したヒナはデストロイヤーを手放して自由になった手でニセコを掴もうと試みるが、ニセコもデストロイヤーの先端から手を離し、先程と同じように迫るヒナの手を掴み取ることで防ぐ。
生まれる拮抗状態。お互いの両腕はプルプルと震えており、それだけお互いがかなりの力を込めていることがわかる。
だがこの状況は攻めている側のヒナが有利。さらにヒナは力比べに負けてもニセコを逃さないようにとニセコを挟むように腹の上に跨った。
それに加え、ヒナはニセコにかかる力を強くするために腰を上げて自身の身体をニセコ側に傾けることで体重も追加した。軽いとはいえ上から常に力を加えられている上にそこまでされれば力比べはヒナ側に軍配が上がるのか、ヒナの腕が徐々にニセコ側へと進んでいく。
「く、あぁ!」
ニセコから苦渋の声が漏れる。しかしその間にニセコは曲げていた脚をなんとか伸ばすことに成功。これによってこの状態から脱出する方法が増えた。ヒナは力比べに意識が向いており、脱出を試みるには正にベストなタイミング。
「な、何やっているんですかこんなところで‼︎」
そんな時、大通りの方向から女子生徒の声が響いた。また新たに騒動が発生したのかとヒナが無意識にそちらへ視線を向けると、声を出したと思われる女子生徒はヒナたちを見ており、その表情は何故か真っ赤に染まっている。
「そんなことは家とかホテルとか……とにかく人目のないところでやってください‼︎」
「貴方は何を言って…?」
訳のわからないことを引き続き叫ぶ女子生徒にヒナは心底困惑した表情だ。そんなヒナの疑問に答えるように女子生徒は顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「人通りが少ないところで押し倒して、キ、キスしようなんて…‼︎」
なるほど、この女子生徒は頭の中がピンク方面でゲヘナだったようだ。確かにヒナたちの姿を後ろから見ればヒナがニセコ側へ身体を倒していることもあってそう見えないこともない。しかしこの状況でそう見えるのはあまりにも頭の中がゲヘナだろう。
もしここにいるヒナが原作通りの風紀委員長ならそんな勘違いはされなかっただろうが、今のヒナには原作のような知名度はまだ存在しない。
「キ…⁉︎」
女子生徒の叫びにキョトンとしていたヒナだったが、キリッとした表情とは裏腹に心はしっかりと乙女なので言葉の意味を理解するなり顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
慌てて勘違いを否定する言葉を出そうとするが、想像すらしていなかった一撃に動揺しているヒナの口はパクパクと動くだけだ。
「ん、チャンス」
「しまっ…!」
そんな隙だらけの姿を見逃すニセコではなく、伸ばした脚を曲げてヒナと自身の間に差し込んで巴投げのような形で頭上に蹴り飛ばした。いくらヒナの力が強いとはいえ体重は見た目相応でしかない。そのため簡単に蹴り飛ばされたヒナだったが、想定外の言葉で動揺していたとはいえすぐに反応して蹴り飛ばされた身体を自身の翼を使い素早く体勢を立て直し、蹴り飛ばされた際にひっくり返った状態になったにもかかわらず、地面に着く頃には両足で着地していた。
「じゃあね」
「…逃がさない」
とはいえ距離を離された上に手元に愛銃がない状態では走り出したニセコを止めることが出来ず、ニセコは大通りへと走り去ってしまった。すぐさまヒナもニセコの追跡を開始するが、ニセコが大通りに出る直前でわざわざ乱れた服を整える演技を挟んだことで勘違い発言をした頭ゲヘナの顔がさらに赤くなっている姿が視界の端で見えた。
ここで訂正をしないとこの頭ゲヘナは高確率でヒナのことを勘違いしたままになるだろう。一度脚を止めてしっかりと訂正したいところだが、ニセコ相手では1秒すら惜しい。それらの理由から連絡先を交換して後で訂正ということも出来ず、仕方なくヒナは頭ゲヘナの顔だけを覚えて彼女を置き去りにしてニセコの追跡に入るのだった。
「むぅ、追って来てる」
通行人たちの間を通り抜けつつ走るニセコは、振り返った際に少し遠くからだが正確にニセコを捉えて走ってくるヒナの姿を見て思わず口を尖らせた。
誰だってわざと発生させた訳ではない不名誉な勘違いは正しておきたいもの。それが目の前で発生し、尚且つ広まる前に止められる立場であれば尚更だろう。だからニセコはわざわざ頭ゲヘナに見せつけるように一手間を挟んだというのに、ヒナは自身の勘違いよりニセコの捕縛を優先した。勘違い発言を聞いたヒナの反応からして、後で利用出来るからわざと放置した。なんて考えも無いはずだ。
「これなら素直に逃げていたほうが良かったかも」
成功すれば大きく距離を離すことが出来ると判断したが結果は想定よりも短くなってしまった。しかし何もかもが上手くいくわけがないことは今までの銀行強盗で証明されているため、ニセコはヒナから逃げ切ることに思考を切り替えた。
ヒナから逃げるために最も重要なことは、彼女の愛銃であるデストロイヤーを使わせないこと。そのためにはヒナの心の中にある被害を承知で制圧するか、周囲に被害を出さずに制圧するかを判断する天秤を意識しなければならない。
一度でも前者に天秤が傾いてしまえば、彼女は愛銃を一般人がいるにもかかわらずニセコへ向けて撃つだろう。
とはいえ、その天秤は彼女自身の考えや性格などによって作られた様々な重しによって基本的には後者に傾いている。よっぽどのことがあるか、条件をクリアしない限りヒナが一般人を巻き込んででも撃つことはまずない。
「ん、動いた」
この場からの逃走ルートを脳内で構築しつつ背後を警戒していると、ヒナが動く。
走りながらその場で跳んで街路樹の枝へ、そこから更に跳んで隣のビルの壁へ、少しだけ壁走りをしてからもう一度跳び、最後に蝙蝠のような翼を羽ばたかせて通行人を抜き去り一気にニセコの後ろへ。そしてそこまで辿り着くとヒナは空中でデストロイヤーを構え、ニセコに向けて狙いを定める。
ヒナは一般人を巻き込むことを良しとしないが、逆に言えば一般人が巻き込まれなければ容赦無く撃ってくる。今回の場合なら空中から斜め下に撃つので、一般人が巻き込まれる可能性は限りなく低いと考えたのだろう。
しかしヒナの指が引き金を引く前に、ヒナの行動を見て壁走りあたりから次の移動先をある程度予測して投げたニセコの手榴弾の3つの内の1つが弧を描きながらヒナに迫る。
あくまでも予測して投げたものなので当たるかは運だったが、上手いこと1つだけ直撃コースだったようだ。だがニセコはその結果を見届けることなく走り続け、ヒナと自分の間に前を歩いていた通行人の獣人を挟むように滑り込んだ。
「ん、お邪魔します」
「おわっ⁉︎ なんだ⁉︎」
その直後に背後から手榴弾の爆発音とデストロイヤーの銃声が響く。驚く獣人越しに先程まで自身がいた場所をニセコが見れば、そこにはデストロイヤーのものと思われる銃痕が挟まれた獣人のすぐ近くまで続いていた。そのことからヒナがダメージを承知でニセコを撃ってきたのだとわかる。
「ん、ありがとう。これ迷惑料と使用料」
「へっ? ってちょっと!何この大金⁉︎ あっ、待ってくれ‼︎ こんなの受け取れないから‼︎」
ヒナの攻撃から逃げるためにはこうするしかなかったとはいえ、生徒ならともかく見知らぬ獣人を怖い目に遭わせたことに対してニセコは背負っているボストンバッグから抜き取った札束を無造作に獣人の手へ乗せた。
獣人は手に乗せられたものが何かを認識すると、ギョッと驚いた様子を見せてすぐさま受け取れないとニセコに札束を返そうとする。しかし一分一秒すら惜しいニセコは既に近くの路地裏へ飛び込んでおり、獣人の呼び止める声は虚しく周囲へ響くだけで終わった。
「ど、どうしようこの札束…」
「しばらくすると風紀委員が来るからその子に渡して」
「えっ、あ、はい」
獣人は困ったように呟くと、いつの間にか来ていた少し服に煤を付けたヒナが獣人に言葉を残して返事を聞くことなくニセコが走っていった路地裏へ突入していった。
「……えぇー?」
慌ただしく通り過ぎていった2人に、巻き込まれた獣人はヒナの連絡を受けて駆け付けた風紀委員が来るまで困惑したまま立ち尽くすのだった。
「あれが噂の銀行強盗犯ね。……すごい!とってもアウトローだわ‼︎」
その現場を偶然近くにいて目撃したとある生徒が感激した様子でそんなことを言っていたとかなんとか。
「ん、お喋り中に失礼します」
「なんだテメェ⁉︎」
路地裏で集まって話していた不良たちの間をニセコはペコリと頭を下げてから一言だけ残して通り過ぎた。ブラックマーケットにいる不良ならともかく、ゲヘナ在住の不良たちがそんな無礼なことをするニセコを許すはずがなく、頭を下げたニセコに反射で頭を下げてしまった不良を他の不良が叩きつつ、走り去ろうとするニセコの背中を狙って不良たちのものと思われる銃の発砲音が響き渡る。
とはいえ滅茶苦茶痛いヒナの攻撃と比べて不良たちの弾は結構痛い程度で済むので、ニセコはこれといった反撃はしないままボストンバッグだけを庇い、銃弾は自身の身体で受けつつ走り去る。怯む様子を全く見せずに逃げたニセコを見て不良たちのリーダーはすぐに追いかけるぞと仲間たちに声をかけるが、その声は突然誰かを威圧するような問いかけに変わり、すぐに悲鳴に変わる。銃声も少しだけ響いていたが、すぐに静かになったことから後から来たヒナに鎮圧されたのだろう。
「よし、5秒稼げた」
脳内タイマーで不良が稼いでくれた時間を測定し、それにニセコは満足そうに頷きつつ時間を有効活用するために服から手榴弾のピンに巻き付いているワイヤーを取り出した。ピンに巻き付いたワイヤーを解き、ピンとは逆の先端に括り付けている杭を自身の目線あたりの高さを目安として壁に添えて愛銃の銃底をハンマー代わりに叩きつけて壁に食い込ませ、そしてその次に室外機の下に隠してあったセンサー型の地雷と対戦車地雷を引っ張り出して今しがた設置し終えた手榴弾トラップのすぐ先のところにセットする。
追跡者から見ると、手榴弾トラップを越えた先に地雷が潜んでいる形となる。手榴弾の方はワイヤーに引っかかってピンが抜けても爆発まで少し猶予がある。だから無視して一気に通り抜けようとすればその先にあるセンサー型の地雷が爆発し、その隣にある対戦車用の地雷も誘爆する形だ。
逆に手榴弾トラップを先に対処しても、爆発させてしまった時点で地雷たちも誘爆し、近くの建物を崩落させて通行止めにする。ニセコが逃走でよく使用している十八番ともいえるトラップセットだ。
このトラップは奥の地雷に気付かれて対処されると簡単に突破される弱点があるが、そんなことはニセコも承知のため、手榴弾トラップへ視線を誘導するためにわざと気付きやすい位置に設置しているし、逆に地雷は室外機の陰に隠して追跡者からは見えない位置にセットしている。その設置位置の関係上、上手く起爆したとしても直撃とはならないが、至近距離で対戦車地雷をくらえばダメージは確実に入る。まぁ、そもそも爆発した時点でニセコが確実に得をするので相手からするとかなり悪辣な罠だろう。
トラップをちゃんとセットしたかを軽く指差し確認し、ニセコはその場から走り去る。その数十秒後、ニセコの鼓膜を揺らす大きな爆発音が響き渡った。
その音を分析し、爆発の前に手榴弾による爆発音や銃声などが聞こえなかったことと、爆発のすぐ後に手榴弾の爆発音がしたことから追跡者は地雷にかかったとニセコは判断。追跡者は先程と変わらずヒナであると想定すると対戦車地雷規模の爆発だとヒナの軽い身体は浮くはずなので、その後の崩落にも巻き込まれた可能性は大。しかし一度追いかけられた経験からあのヒナが簡単に罠で止まるとは思えないため、稼げた時間は最低値とする。
「ん、無事に残ってる」
とはいえ稼げる時間は十分。爆発音が聞こえた後も脚を緩めず走り続け、ニセコは次のポイントに到着。建物同士の隙間に挟まるようにして置いていた長方形の大きな塊を狭い道のど真ん中まで引っ張り出すと、近くの段ボールから取り出したリモコンを大きな塊に向けてからスイッチを押す。すると大きな塊は組み上がり、変形が終わると一つのセントリーガンがそこにはあった。
「新兵器、期待してる」
赤外線センサーを伸ばし、自身の敵を索敵し始めたセントリーガンの銃身をここまで運んでくる苦労を思い出しながら撫でた後でニセコはこの場から走り去る。
今回のセントリーガンは銃弾の代わりにトリモチ弾を装填しており、センサーに引っかかった敵に向けて容赦なくトリモチ弾を撃つ。一度試してみたニセコでもあっという間に白ダルマになってスケバンが助けてくれるまで動けなくなったので、ヒナだってまともに当たれば動けなくなるだろう。
これが上手いこと嵌れば逃げ切れるのは確定。遠方から響くセントリーガンの重く重量感のある発砲音を聞きながらニセコはそんなことを考えるが、しかし相手はあのヒナなのでニセコが考える最高の結果にはまずならないだろうとニセコは判断。そのためそのまま走って逃走を継続し、最終逃走ポイントに到着した。
ゲヘナの路地裏には付近の建物の持ち主が置いたであろう様々なものがあるが、ニセコが到着した場所はさらにゴチャッとしていた。その中からニセコは迷いなく白いカバーに包まれた物と安全帯、そして自身と同サイズの盾を取り出した。
盾をボストンバッグ越しに背負い、身体に安全帯を装着。その後に白いカバーを剥がし、中から現れた普段使用しているものより大きな物資搬送用ドローンの下部にある金具と安全帯を繋げる。
これで準備は完了。ドローンと一緒に入れていたリモコンを操作してドローンを浮かせ、後は飛び去るだけだ。本来ならガッチガチに安全帯を装着する必要はないのだが、前世の死因もあってニセコは高所恐怖症になっているため必須。
なので本来ならこんな空を飛んで逃げるなんてことは可能な限りしたくないのだが、今回はこれが最もベストな選択肢だ。もう少し先に行けば、また別の逃走手段を用意しているのだが、ヒナ相手に足止めがいつまでも出来るとは言えない。
「ちょ、ちょっと待って‼︎」
ドローンが飛び始め、地面から足が離れ始める。口を一文字に結び、なんとか覚悟を決めたニセコがいざ出発となったところでニセコを呼び止める声が路地裏に響いた。
一歩踏み出したところで思わず躓いた形となり、ニセコは恨めしい気持ちを多量に込めたジト目を声が聞こえてきた方に向け、その先にいた見知った人物に目を丸くした。
「(な、なんですってぇー!の人だ)」
ブルアカの原作をプレイしていなくても、ブルアカを知っていれば彼女が白眼になって「なんですってぇー!」と叫ぶ姿を知っている人は多いだろう。ニセコもその例に漏れず、彼女…陸八魔アルというキャラの存在を知っていた。
とはいえニセコはアルのことを詳しくは知らない。息を整えてこちらに向けて先ほどの逃亡が如何にアウトローかと語る彼女に意識を傾けつつも、ニセコは頭の片隅にある陸八魔アルという人物を思い出そうとするが、頭に浮かぶのは「なんですってぇー!」と叫ぶ一枚絵のみ。よっぽどインパクトが強かったのかどんなに頭を捻ってもそれしか浮かんでこない。
なので一度思い出すことをすっぱりと諦めたニセコは状況的にも今ここで考えることではないと思考を切り替えて未だに話し続けるアルの言葉を遮るように手を掲げた。
「ん、悪いけど今は逃走中。話はオフの時にまたゆっくりとしよう」
ニセコがアルに向けてそう言えば、アルの瞳がさらにキラキラと輝き始めた。そして口を開こうとするが、遮られたことを思い出したのか自身の手で口を押さえる。
「あなたが良かったらだけど、この後追いかけてくる人の足止めをしてくれると嬉しい。えーと、便利屋の…陸八魔アル」
その姿を見たニセコはどうせならとヒナの足止めを頼もうとアルの名前を呼んでお願いすれば、認知されてると思ったのかアルの表情が喜色に染まる。
「ふふふ。えぇ! 私に任せなさい‼︎ この便利屋68の女社長、陸八魔アルがあなたの追手の足止めを完璧にこなしてみせるわ!」
「…ん、流石だね。じゃあお願いする。頑張って」
自身の髪を片手で払い、ドヤ顔を披露しながらアルはニセコのお願いを二つ返事で了承した。その自信満々な姿に追跡者が誰なのかを伝えるのは野暮かとニセコは考えたのか口から出かけた追跡者の名前を飲み込み、代わりに応援のエールを送ってからドローンを操作してこの場を後にする。まぁ仮に伝えたとしてもこの頃のヒナをアルは知らないだろうが。
ドローンに吊るされて飛んでいくニセコの姿はシュールだが、アルはその姿もアウトローに見えるのか目をキラキラと輝かせながら見届けた。
ニセコの姿が建物に隠れて見えなくなった後はあの移動方法を自分たちでも活かせるかと脳内でシミュレーションしていたが、そんなアルの耳にニセコの追跡者と思われる足音が聞こえ始める。
「さぁ!これから先は便利屋68の女社長! 陸八魔アルが相手よ‼︎」
自信満々な表情でそう叫ぶアル。その顔が歪むまで、あと数秒。
「な、なんでよぉー‼︎」
「ん?何か聞こえた?」
ドローンでの飛行中、ニセコの耳に先程聞いたばかりの声による悲鳴が聞こえたような気がするが、現在地は上空で強風が吹いていたので気のせいかとニセコはスルーした。
逃走は大詰め。飛行によって障害物のほぼ全てを無視可能となったニセコは、真っ直ぐに目的地に向けて移動していた。地上にはヒナの連絡を受けて来たと思われる風紀委員があちらこちらにいるが、上空を移動するニセコに気付いた様子は無い。仮に気付いたとしても地上からニセコの場所までは距離があるためパッと見ただけで銀行強盗犯だと気付く可能性は低いだろう。
…本来なら空を飛んでいる時点で不審者確定なのだが、ここは温泉のためにテロを起こしたりする人がいるゲヘナなので、空を飛んでいる人が1人や2人ぐらいいても不思議では無い。「何だ、鳥が飛んでるだけか」が、「何だ、人が飛んでるだけか」に変わるだけだ。
「そうはならんやろ」というツッコミに対して「なっとるやろがい!」と叫ぶしかないキヴォトスならではの緩さに助けられながら、ニセコはのんびりと空を飛んでいく。本当ならもっと速度を上げたいところだが、単純に怖いのでゆっくりスピードだ。
しかし先程から視線を感じているので、そう言ってはいられないのかもしれない。ニセコがチラッと視線を感じる方を向けば、建物の屋上を飛び移りながらニセコを追う人物が視界に入る。
その人物とは当然空崎ヒナなのだが、ニセコは特に焦る様子を見せない。彼女の持つ愛銃ではニセコのいる位置まで弾が届かないからだ。
いかにヒナが強くとも、射程外という持ち主の実力でもどうしようもない銃の性能の限界。それを知っているからこそ、ニセコはスピードを上げず、ゆっくりと怖くない程度の速度で空を飛んでいるのだ。
ヒナも空を飛べばこのアドバンテージは無くなるのだが、彼女の翼にはセントリーガンに装填されていたものと思われるトリモチがベッタリと付着しており、到底飛べるようには見えない。恐らく曲がり角を曲がってすぐの位置に設置されたセントリーガンの不意打ち銃撃を躱せず、咄嗟に翼を盾のように構えて防いだのだろう。これにはこうなるようにと設置したニセコもニッコリである。
だがニセコは失念していた。このキヴォトスには神秘という前世の常識の枠外があるということを。それがあれば銃の性能なんていう壁なんぞ容易く突破出来るということを。
「──逃さない」
「…っ⁉︎」
背後に感じるゾワッとくる気配。銀行強盗で鍛えられた危機感知にニセコがニッコリ顔を引っ込めて慌てて気配の元を辿ると、そこには射程外にもかかわらずヒナが愛銃のデストロイヤーをニセコに向けて構えている姿が目に入る。
デストロイヤーの銃口からは溢れんばかりの神秘が込められており、紫の光を放っている。そんな姿を見て、未だに射程外だから大丈夫なんて呑気なことをニセコは考えられなかった。
急いで懐から取り出したスモークグレネードをヒナの方向へ投げ、即座に『真偽』で撃ち抜く。そして煙が弾けたのを確認する前に盾からはみ出ていた脚を盾に隠れるように身体を丸めた。
一方ヒナはニセコを隠すように撒かれたスモークを冷徹な視線で見つめていた。スモークでニセコの姿を視認出来なくなったとはいえ、逆に言えばばら撒かれたスモークの範囲にニセコはいるということ。なら何も悩む必要はない。
スモークの範囲全てに弾をばら撒けばいい。
デストロイヤーの引き金が引かれ、多量の神秘が込められた弾丸が撃ち出された。込められた神秘の影響なのか弾は淡い紫色の光を放っており、神秘によって連射性能も向上しているのか弾に込められた神秘の残光が次の弾に繋がり、側から見ればレーザーのようにも見える。
ヒナがスモークの範囲をなぞるようにデストロイヤーを動かすと、撃ち出された弾はスモークの範囲全てを撃ち抜いていき、弾は隠れているニセコにも容赦無く命中する。しかしニセコの背中には盾があるためニセコ本人には衝撃はあるもののダメージは入っていない。
「ん、盾持ってきてて良かった…。やっぱりヒナは規格外」
背中から響く衝撃を感じながら、ニセコは安堵の息を吐く。流石のニセコも狙撃から自分やドローンを守るために持ってきた盾が神秘によるゴリ押し掃射を防ぐために使用することになるとは考えていなかった。こんなに距離が離れているのにこの衝撃なのだから、適性距離で撃たれていればこの盾だと数秒耐えられるかどうかといったところだろう。ニセコ作の要注意人物ランキング1位の名は伊達ではないということだ。
「でもこれなら大丈夫。逃げ切れ──」
この程度ならどれだけ撃たれても問題ない。それ故の逃げ切れる発言をニセコが口にしかけた瞬間、先程までとは比にならない衝撃がニセコを襲い、それと同時に高度が落ち始めた。
「何が…? ん⁉︎」
何が起こったのか、何故高度が落ちているのか。原因を特定しようとニセコがドローンを見れば、なんとドローンのど真ん中が撃ち抜かれて破壊されていた。これにはニセコも驚愕の声と共に口をあんぐりと開けるしかない。
「パ、パラシュート…! ……んっ⁉︎」
こんな時を想定して、ニセコはしっかりとパラシュートも準備していた。が、嵩張るという理由で持って来てはいたが装備はせずに盾に括り付けていただけだった。そのため何とか背負おうと盾とパラシュートを繋ぐ結び目を解いたのだが、このタイミングでヒナからの無慈悲な2射目がドローンに突き刺さる。それによってドローンのプロペラが破損し、さらに着弾の衝撃によってかなりの揺れがドローンごとニセコを襲う。しかも丁度パラシュートを掴もうとしていたタイミングで攻撃が来たので、掴もうとした手が衝撃によって空を切り、そのままパラシュートを落としてしまう痛恨のミスが発生してしまった。
「落ちる落ちる落ちる落ちる⁉︎」
じゃあ俺は先に行くからとパラシュートがニセコより早く落ちていくのを見送りながら、ニセコはシロコらしさを投げ捨て、少しでも落下速度を緩めるために必死に手足をバタつかせる。とはいえこんなことでは当然落下速度は緩むことはなく、なら軽くすればいいと盾に格納されているナイフを何とか掴み、ドローンとニセコを繋ぐ安全帯を切断。その後で一番の重しである盾を捨ててもやっぱり落下速度は緩まない。
偶然視界を横切った鳥の真似をして両手を大きく羽ばたかせてみるが、ニセコは鳥ではないので余裕で落下を継続。一か八かでアニメみたいに平泳ぎをするがここはアニメじゃないので結果は言わずもがな。最終的に落下を阻止できる手段はないと悟ったニセコはスンとした表情のままボストンバッグを身体の前に移動させた後でとある構えを取った。
つま先、かかと、膝を揃え、膝はやや曲げ気味にしつつ身体は前傾姿勢へ変更。これすなわち、5点着地の構えである。
前世では失敗したので今世は時間がある時にキチンと練習はしていたが、怖いものは怖い。でもやるしかない。
ゴクリと一度唾を飲み込み、覚悟を決めたニセコは半泣きの目ですぐ近くまで迫る地面を睨み付けた。そして接地。
最初は足裏、地面に接地するなり後ろに身体を倒しつつ、次はふくらはぎ。そのまま太ももから尻まで繋げ、最後に頭を守りつつ肩を地面に接地させるがそれでも衝撃を逃しきれず、数回コロコロと後ろに転がるニセコ。
その後、しばらく後ろ回りに失敗した姿のように尻を空に向けた体勢で硬直していたニセコだったが、ガバッと起き上がると自身の手を握ったり、その場で足踏みをしたりして身体の様子を確認する。
「生きてる…? やった!成功した‼︎」
練習して向上した技量とキヴォトス人の頑丈さの割合3:7で無事に着地したニセコは堪らずその場でガッツポーズをして喜びを露わにする。前世は足裏で着地した時点でグチャって死んだので、固唾を飲んで見守っていた脳内ニセコたちもこの所業にはスタンディングオベーション。
もうここで優勝にしてそのまま帰りたい気分なのだが、そうは言っていられない。誰が追いかけて来ているかを喜びの中で思い出したニセコはそそくさと周りの視線から逃げるように走り去った。
「……いない?」
集中射撃で撃ち落としたニセコにやりすぎたかな?なんて考えながら建物を飛び移って追いかけて来たヒナはニセコを探すように視線を周囲に向ける。
ニセコからヒナが視線を外したのはニセコが墜落途中で建物の影に隠れてしまった間だけだ。墜落してからそんなに時間は経っておらず、周囲の目撃者がすぐにどこへ走り去ったのか教えてくれたため、そこまで距離は離れていない。逃げた先もしばらくは一本道だし、あの高さから落ちてすぐに動けるタフネスは驚嘆に値するが、走り回れる程の余力は無いはず。
応援に駆けつけた風紀委員は既に円を描くようにここら周辺を包囲しているため、下手に逃げればすぐに気付かれる。ということはほぼ確実にどこかに隠れたパターンだ。
前の追いかけっこでは曲がり角すぐのドラム缶に隠れていた。幸いそのドラム缶は近くで発生した不良同士の銃撃戦にでも巻き込まれたのか小さな穴だらけで、かろうじて中の様子が見えたためヒナは通り過ぎる際に気付くことが出来て蹴り飛ばせたが、穴がなければそのまま通り過ぎた自信がある。
その経験から近場のゴミ箱や段ボールなどの人が隠れられそうな場所を手当たり次第に確認しているが、いない。ここまで見つからないとなればニセコのことだからここに隠れていること自体がブラフでヒナにここを捜索させている間に遠くへ逃げている可能性だってある。包囲だって完璧ではなく、追手がいないと確信して焦る必要がなくなったニセコの逃走スキルなら余裕ですり抜けることが出来るはずだ。
「はぁ、しょうがない」
あまりやりたくない手段だと言いたげにヒナはため息を吐いた後、デストロイヤーを構えて即座に発砲。隠れられそうなものを手当たり次第に撃ち抜いていく。
「…反応無し」
視界に入る隠れられそうな場所と物を全て撃ち抜いて、そのどれもに反応がないことを確認するなりヒナはこの場にニセコはいないと判断。捜索をやめて走り出す。
「…まさかね」
その最中ですぐ近くに流れる川がヒナの視界に入り込む。全体的に流れが弱く、深さもそれなりにあるためここもその気になれば隠れられる場所になるとヒナは考えたが、ニセコは札束を詰め込んだバッグを背負っていたし、揉み合った際に確認した限りではバッグに防水加工をしているようにも見えず、仮にしていても雨ならともかく川の中で中身を水から守るのは不可能だと考え、すぐにニセコが川の中に隠れている可能性を頭から捨て去ってしまった。
「…行った?」
ヒナが走り去ってから数分後。その川の中からシュノーケルを装着したニセコが鼻あたりまで水面から顔を出して現れた。しかしその背中には強盗の成果が詰まったバッグを背負っていない。
「前に同じ手を使ったから念の為で川に潜って正解だった」
瞳をキョロキョロと動かしながらニセコは注意深く周囲を警戒しつつ、泳いで川沿いまで移動して川沿いにある梯子を登り、登り切る直前にもう一度だけ周囲の確認を済ませてから道まで戻る。そしてヒナの掃射によって穴だらけにされた段ボールやゴミ箱を見て川に潜るという自身の判断は正解だったと頷きながらニセコは人が隠れるのには適さないサイズの段ボールから川に飛び込む前に隠したバッグを引っ張り出した。どうやらヒナはバッグよりかニセコを優先して探していたようなので、人が入れるサイズではない段ボールの確認は甘かったようだ。
「ん、穴が空いてる。それに無理やり押し込んだから札束もいくつか変な形になってる」
まぁこれぐらいは必要経費だし、ニセコからすると強盗をすること自体が目的なので特に気にする様子もなくバッグを背負った。そしてヒナとは別方向へ歩き出し、途中で堂々と服屋に入店。目立たない服や大人しめの帽子を手に入れたばかりのお金で購入し、しっかりと変装を済ませてから包囲をすり抜けてブラックマーケットへ向けて逃亡したのだった。
「……なぁ、ニセコ。もうそろそろ離して欲しいんだけど」
「ん、あと少し。大体50分ぐらい」
「おっ、どうしたんだ? ニセコがこうなるのって久々じゃないか?」
「なんか興奮が落ち着いたら高いところから落ちたのが怖くなったとか言ってくっついてきた。かれこれ30分はこんな感じ」
「長いな⁉︎」
ニセコ
前世の死因を克服して最高にハイとなっていたが、自宅に帰ってから怖さがぶり返してきたので中和するためにスケバンの家に突撃した。
本人的には銀行強盗をすることが目的なので必要となれば平気で成果が詰まったバッグを捨てたり囮に使うこともあるためそれなりに厄介。今回だって銀行強盗犯なのに成果を捨てて逃げるわけがないという追手の心理を利用して川に飛び込んだ。
ゲヘナ・トリニティ
そろそろ煽りあっている場合じゃなくないか?
ええ、そうですわね
ホルスおじさん
今の状態でニセコに会えばヘイローの無事は保証しないと本気で言うぐらい内心が荒れ狂っている。最初は厳しめに説教をした後でシロコに会わせてあげたいな程度の気持ちでニセコを探していたが、もしブラックマーケットが力をつける前にシロコに被害が来てた場合はすぐに乗り込んできた。
キヴォトス人って平気で壁を砕いたりする人もいればそうじゃない人もいるから意外と力比べの描写が難しい……。個人的にはヒナやホシノは神秘パワーで身体能力は高いけど、素の腕力自体は壁を砕ける程じゃ無い印象がある。でもホシノは盾で戦車の砲弾を反らせるしなぁ…。よくよく考えたら駅の壁も破壊してるわ…。
あ、もし続くならあと1話か2話ぐらいしてから先生来訪です。