スニーク・チキン・シーカーズ~唐揚げの為にダンジョン配信はじめました。寄り道メインで寝顔に絶景、ダン材ゴハン。攻略するかは鶏肉次第~   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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ツボミ と 部長 と 不思議な事務所

 

「…………」

 

 剣名ツボミは事務所の廊下の一角にある休憩スペースのベンチに腰を掛け、難しい顔でコーヒーを飲んでいた。

 

 紙コップスタイルの自動販売機で売っている、ミルク屋さんが本気で淹れたミルクコーヒーは、大好きな飲み物のはずなのに、今は味に気が回らないほど真剣だ。

 

 大角ディアと別れる直前から感じている妙な感覚。それが気になりすぎて、用を終えたのに事務所から出るに出れずにいた。

 

「ずっと、違和感がある……」

 

 小さく口に出す。

 口に出すと、やはりはっきりと違和感を覚える。錯覚ではないのだと実感する。

 

 ここはルベライト・スタジオの事務所ビルのはずだ。

 ビルとは名ばかりの三階建て。外観におかしなところはないのだが、内側の廊下はフロアごとに形が異なり、なんとも迷路じみていてややこしい構造をしている。そんな通い慣れた事務所のビル。そのはずだ。

 

「間違いなく、ワタシの知ってる事務所のはずなんだけど……」

 

 元々は違う会社が使っていた建物をルベライトが居抜きで利用している。 

 そもそもが氷徳(ヒトク) 鶴士(カクシ)という有名なデザイナーが建てた建物というのもあり、せっかくのデザイナーズビルを壊して立て直すのは勿体ない気がする――という社長の貧乏性が発揮された形だ。

 

 加えて、氷徳というデザイナーはオカルト好きのギミック好き。

 面白い現象や、隠し部屋とかが仕込まれているしれない――という社長のミーハーなノリも、居抜きのまま使っている理由の一つだ。

 

 なお実際にここで働いている社員からは「ここの壁ブチぬいて隣とくっつけてほしい」とか「何年勤めてもトイレの位置がややこしくて迷う」とか「方向音痴にはつらいマップ構造」とか「某サバイバルホラーゲームの屋敷のようなクソ構造建造物」など不満は多い。

 

 貧乏性でミーハーな社長は、社員からの意見と自分の感情の常に板挟みになっていて大変らしい。

 

 さておき――

 

「自分が歩ける範囲で全フロア歩いてみたけど、やっぱり変だ。まるで事務所にいるのにダンジョンみたいに感じる」

 

 それこそ氷徳というデザイナーの仕掛けたギミックでも時間差で起動したのでは――と冗談で考えてしまうが、そういうものとも違う気がするのだ。

 

「だって、この感覚は建物に仕込まれたギミックであるはずがないんだ」

 

 僅かに肉体が超人化している感覚。

 ダンジョン領域の中ではないが、目と鼻の先にダンジョン領域を感じているような――そういう違和感だ。

 

 歩いている時に一瞬だが、完全に超人化する瞬間もあった。

 

 この建物がいつ建てられたものかは分からないが、ダンジョンシミュレータのようなものは最近開発されたのだ。建築中に仕込むのは、おそらく難しい。

 

「それに、この超人化にはシミュレータ特有の違和感がない……天然な気がする……」

 

 ミルクコーヒーを口に含む。

 まろやかな甘さとミルクのコクに、気持ちが少し落ち着いてくる。

 

 軽く目を伏せて深呼吸をしていると、低めの女性の声で名前を呼ばれた。

 

「ん? お前は、剣名ツボミだったか。ダンジョン企画部の」

「え?」

 

 顔を上げると、あまり見覚えのない女性がいる。

 細身でモデル体型の綺麗な人だが、目つきの悪さや、口から除く鋭い犬歯のせいか、どこか抜き身の刃のような印象を受ける人だ。

 

「ああ。直接会うのは初めてだったか? 経理部の部長をしている切垣(キリガキ) 美刀(ミト)だ。

 お前のところの部長とは、不本意ながら同期というヤツだよ」

「あ、部長さんでしたか。初めまして!」

「いいよ。休憩スペースでそういう堅苦しいのもいらんだろ」

 

 フッと笑って、切垣は自動販売機で缶コーヒーのブラックのボタンを押す。

 

「随分と難しい顔をしていたが、何か悩みか? 厄介ファンとかガチ恋暴走フォロワーとかの対処が必要なら、すぐに予算を組んでやるぞ。そういうのの対策はスピーディな方が結果として安上がりだからよ」

 

 自販機から缶を取り出し、それを開けながら切垣はツボミの横に座った。

 

「いえ、そういうのじゃないんですけど」

「そうか。だとしたら余計なお世話だったか?」

「気に掛けて頂いてありがとうございます」

「勘違いすんな。お前たちタレントは会社の金づるだしな。それを失えば会社の資金力が落ちるコトに他ならねぇ。金の管理を任されている部署の人間として、気に掛けているだけにすぎねぇよ」

 

 言葉選びも悪い上に、ぶっきらぼうな口調だが、どこか照れを感じる。

 

(さてはこの人、ツンデレか?)

 

 口に出すとマジギレされそうなので、ツボミは心の中でツッコミを入れるに留めた。

 

「しかし、だ。お前の先ほどの真剣な顔は、余計なお世話だったと離れるには少々難しい感じだったぞ。それほどの顔をする悩み事とはなんだ?

 ダイエットや自分へのご褒美の類いでの悩みであれば、笑い話で助かるんだがよ」

 

 本気でこちらを気遣う真剣な顔だ。

 ダンジョン企画部の出たがり部長こと出庭(デバ)輝壬(テルミ)と同じく、仕事や部下、同僚などに真面目な人なのだろう。

 

 部署や部門が違おうと、気になった相手にはこうして声をかけるタイプのようだ。

 

「……ただの思い過ごしなら笑い話ってレベルのコトですけど」

「少なくとも笑い話だと確定するまでは笑わねぇよ。言えるコトなら言って欲しいが、どうだ?」

 

 やっぱりそうだ。

 この人手あれば、荒唐無稽な話でも鼻で笑って一蹴するようなことはしないだろう。

 

 そう信じて、ツボミは自分の抱えている違和感について口を開く。

 

「さっきからずっと違和感があるんです」

「違和感?」

「実はこれが夢か幻覚であるかのような……自分は今、ダンジョンを探索中で、モンスターかトラップの影響を受けてココにいると思い込んでるような……そういう違和感です」

 

 切垣が首をツボミに向けて、真っ直ぐに見据える。

 元々鋭い目を、より鋭く細く(すが)めながら。

 

「ふむ。お前のその感覚に対して、私にここが現実であると証明する(すべ)はねぇな。どんな形で証明しようと、お前の感覚次第でしか現実を認識できねぇワケだしよ」

 

 即座にそういう反応をしてくれるのは、ダンジョンに対する理解などもあるということだろう。

 

「だが、なぜそう感じているんだ? その理由や根拠のようなモノはあんのか?」

「あります」

 

 キッパリとうなずくと、切垣の顔はますます険しくなった。

 怒っているように見えるが、それは別にツボミに対してではないはずだ。たぶん。

 

「今日……事務所の中を歩いていると、時々超人化する感覚に襲われるんです。

 他にもまるで、近くにモンスターが現れているような錯覚もあるんです」

「私もペーパーだが探索者資格は持っている。その上で言わせて貰うが、この事務所の近辺にダンジョンはないはずだ」

「そうです。それは間違いありません。でも、今日は廊下を歩いていると超人化あるいは超人化しそうなムズムズ感のようなものをちょくちょく感じるんですよ」

「私はその違和を感じていないんだがな……」

 

 切垣はわずかに逡巡すると、手にしていたコーヒーを一気に呷って飲み干した。

 

「よし! 剣名。違和を強く感じた場所はあるか?」

「えっと……はい。それこそ一階の、経理部のある廊下の一角に」

「なら連れていけ。私も一緒にそれを感じ取れたなら、ただの違和感で片付けられなくなるだろ」

「信じてくれるんですか?」

「嘘を言っている顔じゃねぇと判断した。なら笑い話だと決めつける前に、確認をするべきだろ?」

「ありがとうございます!」

 

 ツボミも手元のコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がる。

 

 

 そして、ツボミは切垣を連れて経理部の部屋がある一階の廊下に向かう。

 

「……!?」

「これは……!?」

 

 その途中、曲がり角の直前で明確な超人化の感覚がきた。

 ペーパー探索者だと言っていた切垣すら驚いているのだから、もう錯覚などではない。

 

 つまり、事務所内で漠然と感じていたモンスターの気配すら錯覚ではない可能性がでてきた。

 

 思考は一瞬。

 ツボミは自分のSAIから愛用の刃付の棍棒(ソードメイス)を取り出した。

 

「剣名?」

「どこかにモンスターがいる可能性が高まりましたので」

「……そうか」

 

 武器を取り出したことに驚いた様子を見せる切垣だったが、ツボミの言葉を理解し、苦々しいような顔をしてうなずく。

 

「ワタシが前を歩きます」

「……ああ」

 

 廊下の角を曲がる。

 その瞬間――

 

「……ッ!?」

 

 黒い影が飛んできて、地面に落ちるとぐったりと転がった。

 背中に鋭いひっかき傷がついた状態で絶命している。

 

「ゴブリン……本当にいた」

「おや? 剣名さんに、切垣か」

 

 その声にハッとしてツボミが顔を上げると、ツボミにとっては見慣れたおじさんがそこにいた。

 ただ、普段は見ることのない鉄のかぎ爪のようなものを右手に装着している姿だ。

 

「部長。これ……」

「うむ。見ての通りだ。事務所の要所要所がダンジョン領域になっている上に、モンスターが入り込んでいる」

 

 ツボミに対し、言いたいことは分かる――とダンジョン企画部部長の出庭(デバ)がうなずく。

 

「出庭ッ、こいつははぐれじゃねぇのか?」

「気持ちは分かる。だがこいつは恐らく準はぐれ。事務所をエントランス扱い程度の存在だろうね」

「つまりまだ出てくるってか?」

「可能性は大いにありうる。恐らく、事務所の近くにダンジョンがあるぞ。それもギルドが未登録、未発見のダンジョンが。そのダンジョン領域の拡大が、事務所に影響を与え始めているのだと思われる」

 

 クソッ――と切垣は毒づくと、気持ちを切り替えるように深呼吸をした。

 

「出庭。対処のメインはダンジョン企画部に任せていいよな?」

「ダンジョン企画部だからってみんな探索者ではないよ。でも馴れている者が多いだろうからね。あれこれ手は打つさ。個人的にはーー」

「分かってる。避難誘導だろ。できるヤツがやるしかねぇってな。幸い、私もペーパーながら探索者資格は持っているしノルマこなすのに超人化は多少してる。そっちはやってやるさ」

 

 切垣と出庭はうなずきあい、切垣は即座に自分の根城である経理部へと戻っていく。

 

「さて剣名さん。大角さんや鰐浜さんに連絡はしたけれど、二人が加わったところですぐにどうこうできるものではない」

「……はい」

「切垣だけで社員全員を避難誘導できるものでもない。我々はできるかぎりモンスターを倒し、社員の避難を促し、そして――」

「ダンジョンを見つける……ですね?」

「その通りだ。

 その上で……だけどね、領域がまだらに存在している異常環境での戦いになるよ。

 敵の攻撃を大きく避けたら、避けた先が領域外――そんなのようなコトが容易に起きるからね。普段の探索とは難易度が桁違いだ。気を引き締めていこう」

 

 出庭のその言葉に、ツボミは配信中には滅多に見せないシリアスな顔でうなずいた。

 

 

 

 





【Idle Talk】
 切垣 美刀 - キリガキ ミト -
 ルベライト・スタジオ。経理部部長。女性。
 鋭いつり目と犬歯がチャームポイントな32歳。
 気の短そうな雰囲気や言動をしている為に誤解されがちだが、鉄火場でも頭の回転は鈍らせず、物事を冷静に判断できるのもあって、社内では頼られがち。
 同期の出庭に密かに思いを寄せるも秘めたままでいる内面乙女。なおシリアスな場面以外で出庭と顔を合わせると噛みつくような言動ばかりしてしまう模様。照れ隠しのツンギレ芸で噛みつきまくったあと、自宅で反省会して良く凹む。

 出番はあまり多くなそうなので、設定を公開しておくスタイル。
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