スニーク・チキン・シーカーズ~唐揚げの為にダンジョン配信はじめました。寄り道メインで寝顔に絶景、ダン材ゴハン。攻略するかは鶏肉次第~ 作:北乃ゆうひ/YU-Hi
「こ、ここ男子トイレでしたわね……」
地図の通りやってきただけなのだが、目的地が男子トイレであったことに気づいて、マハルは今更ながら足を止める。
「ですが、入らないコトにはどうにもなりませんよ?」
「……そ、そうは言いますが……」
一緒にいる静音はまったく気にした様子がないのだが、さすがに中身はふつうの女の子であるマハルはキャラを維持しつつも、戸惑いは隠せない。
だが、男子トイレ側の壁を壊して隠し通路へと向かわなければならないのだ。
ここでまごつき続けて時間を無駄にすれば、それだけこの事務所にいるスタッフたちを危険にさらしかねない。
「か、覚悟を決めて、入りますわ!」
「ええ。その意気です」
静音は背を押すようにうなずく。
それにチカラを貰って、マハルは男子トイレへと踏み入った。
「ああ! わたくし、汚れてしまいましたわ~~!!」
「まぁ掃除だと思えば。清掃員をされている女性も多いじゃないですか」
「……言われてみればそうですわね」
「あと、配信だとわりと下ネタでなくとも、そういうネタふつうに話をされてますよね?」
「……リスナーでしたのね。いつもありがとうございますですわ」
なんであれ、男子トイレに踏み入れて、さらに一歩踏み出すと、自分の身体が超人化した感覚となった。
「ト、トイレに入ると超人化してしまうだなんて、奇妙な感覚ですわね」
トイレの外では普通なのに、このトイレに踏み込むと超人化してしまう。まるで、このトイレだけがダンジョン化しているように錯覚する。
「ここの壁ですね」
五つ並ぶ小便器の中央のあたりを、静音が示す。
「マハルお嬢様、お願いしても?」
「は、はい! ところで静音様ってお嬢様と口にするのにとてもお慣れになられていませんか?」
「馴れるもなにも、本職はとある会社令嬢の護衛ですからね。今は家庭を持ちましたので護衛を辞し、社長秘書として雇って頂いております。ですが、心根はいつまでも護衛のつもりでおります」
「まぁ! ほ、本物のお嬢様のお付きだったのですね……!?」
本物のお嬢様に仕えている人と一緒にいる場で、キャラ付けとはいえお嬢様ムーブしている自分はなんなのだろう――と一瞬正気になりそうになった己を奮い立たせて、マハルはSAIから愛用のハンマーを取り出した。
「ああ、それと――壁を壊す際に便器は避けてください。掃除が丁寧にされていても便器は便器ですので、飛んだ破片で身体を切ったりすると危険ですから」
「了解ですわ! でも、愛用のハンマーであんまり便器を触りたくはありませんので、最初から避けるつもりでしたわ~!!」
言いながら、マハルはハンマーをトイレの壁にたたき付ける。
大きな衝撃音のあと、ガラガラと音を立てて、トイレの壁が壊れると、そこから明らかに人が通れる幅の通路が姿を現した。
「ありましたね」
「ええ。ですけれど、トイレの壁に隠し通路が存在していると知ってしまうと、安心して利用できなくなってしまいそうですわねぇ……」
「それは確かに」
二人で苦笑しあっていると、トイレの入り口から男性の声が聞こえてきた。
「な、なんだこれ~~!? っていうか何してんだお前ら~~!!」
そんな彼に対して、静音は冷静な態度で答える。
「驚かせて申し訳ありません。ですが、社長から許可を頂いておりますのでお気になさらず」
「許可云々はともかく気にするなは無理あるだろ!」
それはそう。
「放送をお聞きになっておりませんか? 事務所内にダンジョンが発生し、モンスターが徘徊し始めております。
私たちはそれを対応する作戦に参加している探索者でございますわよ」
「……なんで探索者が男子トイレの壁破壊してんの?」
もっともな疑問に、静音はうなずく。
「この事務所、隠し通路や隠し扉などが多数存在しておりまして。
表に見えている部屋の中にダンジョンの存在が確認できなかったので、恐らくはいずれかの隠し部屋のどこかにダンジョンがあるのでは――と、現在確認作業中です」
「居抜きで使ってる使いづらい事務所の真実に驚きだよ!」
「そんなワケですので、私たちはこの隠し通路の先の確認に行きますわ。お気になさらず用をお足しになられてくださいませ」
「無茶言うお嬢さんだな!?」
「そういうプレイだとお思いになればそう気負う必要もないのではありませんか?」
「そういうプレイって何!? っていうかそのキャラでそういうの口にしちゃっていいの!? ブランディング大丈夫ッ?!」
こちらの男性はなかなかのツッコミ属性をお持ちのようである。
「む? マハルお嬢様。隠し通路から何か出てきます」
「あら?」
瞬間、二人の雰囲気が一変した為に、ツッコミ男性も釣られて隠し通路を見る。
「ゴブリンが二匹」
「雑魚のようですが、狭いですからね……私が前に出ます」
「わかりました。静音様、よろしくお願いしますわ」
言葉少なく役割を決めると、即座に静音が前に出た。
「マジでモンスターでてくるの!?」
「さっきからそう言っておりますわ~!」
以前の湘南クラゲ事件の時もそうだが、やはりダンジョンや探索者との関わりが薄い人と知っている人との温度感の差が酷い。
「変に近くにいられても危ないですし、トイレを出て行くか個室に入って頂くかして頂いてもよろしいです?
個室でしたら用も足せますし、私たちに気にせずどうぞ休息を取ってくださいまし」
「この状況で!?」
「ツッコミはもうよろしいので、本当にどっちか選んで頂けませんか?」
などとやりとりをしているうちに、隠し通路から現れたゴブリン二体を、静音は倒していた。
一匹目は素早く背後を取ってチョークスリーパー。そのまま首の骨を折った。
二匹目は一匹目の死体を投げつけて牽制したあと、戸惑う相手の死角を移動して背後を取ると、同じようにチョークスリーパーからの首折りを仕掛けてKOだ。
「静音様、とてもお早い討伐でしたわね」
「ゴブリンは人間と身体構造がとても近いですからね。人間と同じ方法で壊しやすくて助かります」
「色々と物騒なお言葉な気はしますが、敢えて気にしないでおきますわ~」
「賢明です。マハルお嬢様」
静音はわざと、ふっふっふと暗い笑顔を浮かべる茶目っ気を見せてから、表情を変えた。
「……これは――マハルお嬢様。Linkerで増援要請をお願いします。
ゴブリンのおかわりが来るペースがとても速いです。変に放置するよりも、ここの小ダンジョンはボスを倒しておいた方が良いかと」
「かしこまりですわ~!」
言われるがままに、マハルはスマホを取り出すとLinekerでメッセージを投げる。
即座に反応があったので、それを確認すると静音へと告げた。
「一番近い場所にいる鳴鐘様が向かってくれているようですわ」
「では、それまでここでゴブリンたちは足止めしておきましょうか。
鳴鐘さんが来ましたら、三人で隠し通路を抜けて小ダンジョンを攻略します」
静音はそう答えながら、迫ってくるゴブリンの顔を掴んでうつ伏せになるように地面へたたき付ける。続けて即座に勢いよくその首を踏み抜いた。
「よ、容赦ないんだな……」
「容赦などしていては身が持ちませんので」
顔を引き攣らせる男性へ、静音は馴れた様子でそう答える。
そんなやりとりをしていると、トイレに入り口から見慣れた長髪の男が顔をだす。
「よう。来たぜ」
「鳴鐘様! お手数おかけいたしますわ!」
「気にすんな。放置できそうにない小ダンジョンは攻略する。そういう話だしな」
そう言って守はトイレに踏み込んできてから、男性へと視線を向けた。
「で、この人は?」
「用を足しに来られたようですが、この状況なのでビックリされている人ですわ」
「なるほど」
そううなずいてから、守は男性へと告げる。
「我慢できんならとっととトイレから離れな。我慢できないならとっとと出すモン出してトイレから離れな。
危機感が足る足らぬって話は、本物の危機を目前にしてから理解しても遅せぇからよ」
言いながら、男性を押しのけて隠し通路を覗き込み――
「狭いな」
「なので小ダンジョンまでは私が先頭を歩きます。素手で戦えるので」
「了解だ。任せてもいいんだな?」
「ええ。真ん中にマハルお嬢様。鳴鐘さんには
「ああ……確かにマハル様のハンマーはこういう通路に不向きだもんな。あと邪魔になるから、通路を歩く時はハンマーしまっておいた方がいいぜ」
「了解です。そうさせて頂きますわ」
そのやりとりだけで基本的な方針を固めると、三人は即座に壊した壁を潜って隠し通路へと入っていく。
三人の背中を見送ってから、男性は少々悩んだあとで個室に飛び込む。
我慢はできそうにないのだがモンスターは怖い。それに隠し通路からモンスターが出てきても個室の中にいる分にはある程度は安全かもしれないという算段だ。
そして、男性は用を足し終えたところで気がついた。
さっきまでは探索者たちがいたから、ツッコミに終始できていただけなのだと。
二人がいなければ、ここにモンスターが現れた時、誰が自分を守ってくれるのか。自分はどう対応すればいいのか。全く分からないのだ、と。
その瞬間――彼は、鳴鐘の言っていた言葉の意味を理解した。
危機感の足る足りぬの話。
自分は危機感が足りていなかったのだと。
そして、今――危機感を覚えているのだ。
もし、この個室のドアを開けた時、目の前にモンスターがいたらどうしよう、と。
少し考えただけでもドアを開けられなくなった男性は、どうすればいいのか分からないまま個室の中で膝を抱えるのだった。
隠し通路を進んだ三人は、小さな隠し部屋にある小さな像を見つけた。
これが、小ダンジョンの入り口になっているという話は聞いていたので、気負うことなく中へと飛び込む。
「小ダンジョンのボスも基本的にはゴブリンの強化型亜種らしいな」
「変則的な姿をしているようですが、冷静に倒し方を見極めれば強くはないと言っていましたね」
「私はそういうの見抜くのがあまり得意ではありません。指示待ちになってしまって申し訳ありませんが、必要な動きの指示をお願いしますわ」
静音と守はマハルの言葉にうなずくと、エントランスを抜けてボス部屋へ。
「あー……まぁゴブリンっちゃゴブリン、か?」
「まぁ分類するならゴブリンとしか呼べない気もしますが……」
「ゴブリン扱いして良いのかと問われると難しいフォルムをしておりますわね」
そうして現れた大きなゴブリンは三ツ首だった。
首は間違いなくゴブリンなのだが、ボディはゴブリンというよりも、獣――それこそ犬や狼のようだ。
「ケルベロス……ゴブベロス?」
「ケルゴブリンとも呼べそうですわね」
「呼び方はどれでも構いませんが、このケルベロス風ゴブリン。攻略法は?」
静音の問いに、守が一歩前に出た。
「とりあえず、マザーグースの経験をベースにひと鞘当ててくるわ」
「分かりました。では我々は少し離れたところから様子見しつつ援護をします」
「頼む」
そうして三人は動き出し、ゴブベロスが姿勢を低くする。
「んじゃまぁ、まずは――」
マザーグースと比べたら首の感覚は狭い。
欲張ってまとめて狙っても、上手くいけば――そう考えて、守は愛刀にマナを込めながら踏み込んだ。
「
鋭い
ゴブベロスが動くよりも先に、目にも留まらぬ速さで白刃が
すると、ゴト、ゴト、ゴトと三度の音を立てて、三つの首が地面へ転がった。
「……え?」
「おや?」
「まあ!」
当然、ゴブベロスのボディも地に伏せた。
部屋に踏み込むと同時にカギが掛かった入り口のドアも、施錠が解ける音がする。
「……終わっちまったのか?」
「ええ。そのようです」
「こ、こんなあっけないボスでよろしいのですの~~!?」
カメラが回ってないとはいえ、あまりにも撮れ高のない戦いに、思わずマハルが叫び声をあげるのだった。
【Idle Talk】
[BOSS]ゴブベロス。
三つの首がそれぞれの自我を持ち、それぞれ別々の魔技の詠唱をしたり、別々の吐息を同時に吐いてきたりする上に、首同士の連携もしっかりしてくる難敵。
レベルは低めの相手なので、マハルと静音のコンビだけでも勝てる相手だが、苦戦は免れなかったと思われる。
ゲームに例えるなら、序盤の難敵。みんなのトラウマ。みたいに扱われてもおかしくない存在。
ただゲーム的な強さレベルで言うなら、すでに中盤戦が終わり終盤戦にさしかかっている守からすれば、ただの雑魚。
今回も高レベル+高ランクのパッシブ+強武器=通常攻撃ワンパン みたいな感じである。
どうでも良い話だが、それぞれの首同士は連携は上手いのにあまり仲は良くない。
どうしてこんな連中と一つの身体を共有せにゃならんのだ――と三人とも思ってる。