転生してから329年が経とうとしていた。こう言うと、実年齢が329歳だと思われがちだが、実際はこの体が50歳の頃に私の魂が宿ったため、肉体的な年齢で言うと379年になる。
つまるところ肉体年齢は379年で精神年齢は329年ということ。ここまで数字がでかくなってしまうと、もはや50年程度誤差だと思えてしまう。
精神年齢が329歳ということは、地球上に存在するどの老人よりも年寄りな訳だが、驚くことに感性は若々しいままだ。
これほどまでに歳を取れば、ザラメのせんべいや氷川きよし、早朝の散歩などが好きになるのかと思っていたが、案外そうでもなく、ちゃんとアニキャラの推しがいるし、インスタやTikTokを無性に見たくなる時がある。
ここで疑問が生じる。
私はこれまで329年というもはや、死刑制度のない国の囚人の懲役レベルの時間を過ごしてきた訳だが、はたして地球上の時間も329年が経過しているのだろうか。
もしも329年が経過していれば、私の思う若者の趣味や感性はもはや、年寄りの…と言うより古代の文化に成り果てているだろうし、学校の歴史のテストでは『スマートフォンが使われていたとされる適切な年代を次の(ア)~(エ)から選び空欄に記入せよ。』という問題が出ているかもしれない。
そう思うと、鳥肌が止まらないし、なにより自分がくそババアどころか浮世絵に描かれてるレベルの、歴史上の人物になっている可能性がありすぎてめちゃくちゃ怖い。
もはや元の世界に戻る気力も無いため、関係の無い話ではあるが、地球がどうなっているのかは非常に気になる。ディストピアになっているのか、はたまたSFチックなサイバーパンクになっているのか、宇宙に進出しているのか…夜も眠れない訳では無いが、かなり気になる。
…と、場違いな思考に至っている私は果たしてサイコパスなのだろうか。
眼前で繰り広げられる凄惨な光景を見て、私は言葉を失った。
地獄絵図という便利な言葉が日本には存在するが、目の前の光景はまさにそれだ。
魔国の侵攻により陥落した我々の里は、今や魔族共が帝国を攻めるための第一拠点となっており、帝国から派遣されてきた大規模な騎士団も皆殺しにされた他、エルフも相反するものは男女限らず見せしめのように処刑されている。
最も、反抗するのは男ばかりな訳だが、そんなことはどうだっていい、現状私は非常にまずい状況に置かれている。
いつ死ぬかも分からないし、いつ犯されるのかも分からない。震えながら過ごす日々、いつの間にか数名のエルフが里から脱走したことにより、魔国の監視はより厳しくなり、脱走をしようとした者に関しては全員問答無用で首を切り落とされている。
なぜこうなってしまったのだろうか。我々エルフは森では無敵の存在ではなかったのか。親に聞かされていたエルフの伝説が、まやかしに過ぎなかったという事実に怒りの感情が爆発しそうだ。
精霊魔法は確かに強力だ、素早く放たれる爆炎により一体どれだけの魔国の兵が焼き殺されたかは皆目見当もつかないが、魔国の兵士の数はそんな火炎放射に狼狽えるほどやわではなく、たとえ一人殺そうと首が二つ生えてくるように、どれだけ戦おうと駆逐できないほど凄まじい物量で攻めてきた。
地平線の先まで続く野蛮な兵士の列は、敵ながら圧巻だった。きっと三国志の戦いも実際はこんな感じだったんだろうなと場違いながらも感心している瞬間に、秒で騎士団及びエルフの里は制圧されてしまった。
そして現在に至る。
しかし幸いなのは、いくら野蛮な連中であるとはいえ食料を分捕るような真似はしなかったということだろう。多分その真意は、純粋な優しさによるものでなく、帝国を制圧した後にエルフを軒並み性奴隷にするためだとは思うが、不純な動機とはいえ、ちゃんと食料を残してくれているのは非常にありがたい。超不幸中の微小な幸いと言えばいいだろうが、現状は最悪極まりないが、生きているだけまだマシだ。
そんな最悪な日々を送っている
「貴様がリーティアだな」
「…は、はい」
「返事ができて結構、時間が無いので単刀直入に言うが、貴様には我々の兵を増強するためのポーションを作ってもらう。これは決定事項だ、明日午前10時に我が本営まで参じるがよい、逆らえば貴様もろとも里のエルフ全てを生きたまま燃やす、では」
そう言うと巨漢は踵を返して立ち去ってしまった。
一瞬の出来事でもはや唖然とする他なかったが、冷静に立ち返って考えてみると、私はより最悪な状況に身を投じることになりそうだということは理解出来た。
敵の増強に加担せよということだ、とどのつまり逆らえば殺され、従順に従えば敵国に加担したとして帝国に裁かれることになる。これは詰んだと言わざるを得ない。
結果論的に良いと言えるのは魔族に加担する未来だ、なにせその場合、死を先送りに出来るだけでなく、魔国側が勝てば生き長らえることができるし、帝国側が勝てば私が処刑されても一族全員死ぬことは無い。
しかしながら、どちらにせよ私が死ぬ可能性があるのはかなりキツイ。齢379と十分なほど生きてきたが、人生の最期が他者に委ねられるというのは流石に嫌だ。出来れば寿命を全うしたい。
と、飄々に語っているが、正直言って死が怖い。
一度死を経験しているが故に、またあの恐怖心が訪れると思うと、背筋の震えが止まらない。
であるが故に、私の思考が必然的に魔国に協力する、という売国奴猛々しい思考に至るのも無理はなかった。
翌日、私はそれなりに身なりを整えてタイレル将軍が鎮座する本陣へと向かった。エルフの里から少し離れた場所に設営されたテントは、モンゴル式のゲルのような大きさで、辺りにはいくつも小さなテントが設営されている。これでも魔国が有する兵士のごく一部だと言うのだから、その規模の大きさたるや改めて驚愕せざるを得ない。
本陣のテントへと案内された私は、額を床に着けながら、頭を深々と垂れ、中に入った。
「
タイレルの野太い声に反応しつつも、私は
その時、私は津波のように押し寄せる恐怖心を抱いた。
なぜここにいる、なぜ。
それはカリスマ性とも取れるほど、あまりにも鋭く、あまりにも冷たかった。
思わず小便を漏らしてしまいそうなほどの圧倒的な恐怖。
魔王がそこにいた。
傍らに控えるタイレルの方が身体の大きさで言うと、2倍以上あると言うのに、眼前のヴァンパイアから放たれるなんとも言えない膨大なオーラは、その巨漢すらも容易く霞ませた。
その姿はさながらイラストに書かれた織田信長のようで、肌は青白く、口ひげと結わえた長髪は真っ白としていた。耳はエルフのように尖っており、深紅とも言える瞳は美しくもありつつ恐ろしくもあった。
あぁ、この人は本当に逆らっては行けない人だ…と生物的本能で瞬時に感じとった私は、あまりの威圧感に再び額を床に着けたのだった。
複雑な柄が編み込まれた絨毯が視界いっぱいを埋め尽くす中、よく通る深みのある声が、私の細長い耳を貫いた。
「さて…貴様が薬師の才を持つ小娘か」
「…」
返事すらできず、私は床に着けていた額を更に深く下げることで、質問に対する返答をした。
「わずか5年ほどで難関の試験を突破した秀才と聞く、そこで貴様に我から、直々に協力を要請したい」
「…」
「薬を作れ…我が軍のために…以上だ」
短くも、永遠とも思えるほど長い一連の流れに、私は拒否なんて言葉を一ミリも浮かべることなく、完全に同意した。
人類は根絶やしにされる。
そう確信した3年後。
魔王は勇者に殺された。