地方薬師リーティア、麻薬を作る。   作:草原山木

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亡命

1941年12月29日

私は、エルフの里から一人離れ魔国側の国境付近にある巨大な要塞に連行された。ポーションを作れと言われた時、私は楽観的に里にある自宅で監視されながらも研究をさせてもらえるのかと思っていたが、そんなはずもなく、敵国側の要塞に半ば監禁に近しい扱いを受けながら、ポーションの開発をすることになった。

 

要塞は非常に薄暗く、石造りの床や壁は冬の冷気をこれでもかと熱伝導で伝えてくれる非常に素晴らしい物件だった。床の冷たさなんて、ロールアイス作れんじゃないかと思うほど冷たくて、冷たさのあまり皮膚がくっついて剥がれなくなったらどうしようという恐怖心のあまり、着いてから一度も素足になったことがない。

 

多分足の臭いが芳醇になっている気がしてならないが、1週間に1度、要塞に備え付けられた蒸し風呂に入ってるので幾分マシだと思う。エルフだろうがアイドルだろうが、蒸れた足は臭いんだ、人間だもの。

 

 

さて過去一最低な、みつを節をかました所で、私の研究の進捗を述べるとしよう。端的に申し上げれば、全然進んでいない。

ポーションを新しく作れと魔国側の人間は簡単に言ってくれるが、新薬の開発というものは魔術の開発に比べて数倍は難しいし、当然比例するように時間も要する。

 

特にこの世界のポーションは専ら身体的外傷の回復か精神異常の回復に偏っていて、増強剤たる、開発したらもはや古今東西の書物に名前がでかでかと乗るほどの、とんでもポーションは存在しない。

そこで私はある案を思いついた。

 

かつて日本軍が兵士の強壮に使っていたとされる薬が存在する。その名も『ヒロポン錠』名前は可愛らしいが、その実情はメタンフェタミン、つまるところ覚せい剤である。覚せい剤という名前は既に、日本国民であれば学生の頃から薬物乱用防止教室で十全に知っているはずだが、要はあれも使いようによっては増強剤と謳っても何ら問題は無いはずだ。砕いて鼻から吸引するも良し、水に溶かしスプーンで炙って注射するも良し、摂取したものに多幸感と幻覚を与え、恐怖心を無くす。

 

それを増強剤ですと謳わって兵士に与えれば、あわよくば薬物依存によって魔国兵を内側から崩壊させることが出来るのではないか。と、アヘン戦争の時のブリカスさながらの悪巧みを思いついた私は早速行動に移した。

 

というわけで、私は魔国の兵士にこの世界に存在する幻覚作用の強い動植物を聞いてみることにした。

 

 

「あ?幻覚作用?確か…五指の葉だろあとサンドアップル…トゥルーリリスの球根とか…キノコもあったな…」

 

「それ、手に入れることって出来ます?」

 

「どうかな…」

 

兵士は私がとうとうヤク中にでもなるのでは無いかと怪訝な顔をしていたが、増強剤開発のためにと言えば納得したように、すぐ材料を揃えてくれた。

 

 

 

果たして、そこから天才薬師リーティエは増強剤の開発に成功したのか…答えは、いいえだ。

そもそも、いくらポーションの知識があったとしても、覚醒剤の精製なんて素人ができるはずがないし、そんな簡単に作れてしまったら現実世界でも薬物の価値は下がっているだろう。

 

色々な原材料を切ったり煮たり、焼いたり乾燥させたり、蒸留したりしてみたが、てんでダメで、研究の進捗は停滞していた。幸い、魔国の兵士は今の今まで開発の催促を促してくるようなことは無かったが、そのうち痺れを切らした暁には、一日経つごとにお仲間(エルフ)を殺していくと言われかねない。

一刻も早い開発をと、日々躍起になるばかりだ。

 

研究を初めて211日、あれから時は流れ1942年7月28日となった真夏の午前、私はついに増強剤(覚せい剤)を完成させた。

材料は今まで目もつけていなかった、幻覚を作用を及ぼすマジックマッシュルーム『エンジェルマッシュルーム』で他の薬物に比べて効果が薄く何をしても代わり映えのないものだった。

 

ただこのキノコを乾燥させて薬草を溶かした初級ポーションで煮出しながら、蒸発させると、これが化けるのだ。

蒸発させた際に残る鍋底にこびり付いた結晶。ワインのコルクにくっついている酒石に見えなくもない赤い結晶を、数粒ほど純度の高い聖水20mlに溶かして、注射すると、ぶっ飛んでしまう。

 

もうそれは、逆バンジーで大気圏までわずか3秒で到達するぐらい強烈なぶっ飛び具合で、本物の覚醒剤を打ち込んだことは無いが、この赤い結晶はそれ以上の効果があるのではと、開発者の私が戦々恐々とするほどだ。まさか私が異世界版ウォルターホワイトになるとは転生した当時は思いもしなかっただろう。

 

早速、完成しましたと、要塞で一番偉いグレイ中将というカエルの獣人に提出すると、その効能を自らの身体で試して、大満足していた。

青筋浮かべながら身体をのけぞらせ、昇天するほどの勢いで大興奮していたその様は、傍らに控える兵士が引くほどのものだった。

 

それからあれよあれよとトントン拍子で増強剤の完成は魔王の耳まで届いたようで、よくやったとそれなりの金を受け取り、私は里に帰った。

 

里に帰ると、エルフの皆がハグしながら迎えてくれた。私を知るものからは、私が随分と(やつ)れた印象を受けたらしく、それはそれは親身に介抱してくれた。

 

薬の開発によって無事生きながらえた私は、安堵しながらも拭えきれない罪悪感を抱きながら平穏な日々を送っている。平穏とはいいつつも、里を背負った死の瀬戸際の研究生活から少しマシになった程度で、あいにく監視が続く捕虜生活は続いている。

 

里の中にいるからか情報が遮断され、戦争の進捗は分からないものの、恐らく帝国側が圧倒的な劣勢に立たされていて、ものの数年で魔国が全土を支配するのではないかと、私は予想していた。

 

 

 

その予想は大きく外れた。

 

ある夜のことである。

皆が寝静まる深い時間帯、唐突に地面を揺らすほどの轟音が鳴り響いたと思うと、帝国の紋章が刻まれた分厚いプレートを着た騎士たちが、魔国の兵士を軒並み殺していることに気がついた。

 

私は思わず「嘘だろ…」と声に出しながら事の次第をただ傍観していた。

あっという間に鎮圧された魔国の兵士は、かつての勢いから想像できないほど弱々しく映っていた。特段兵士の数や強さに変わりはないというのに、まるで少年野球とプロ野球チームが対戦しているかのように、一方的な蹂躙が続き、1年にも及ぶ我々の悪夢は物の数分で終わりを告げた。

 

帝国の騎士らに救出されるなか、私は騎士のうちの一人にどうして急に鎮圧できたのかと問うてみると、意外な事実を告げれた。

 

「魔王は死んだ、帝国の宮廷魔術師が異世界から召喚した勇者が、わずか3日で魔国の兵士を根絶やしにし、今や我々の旗が魔王城の天守閣に突き刺さっている。今や魔王の首は帝国首都の広場で、槍に刺さって晒されているよ」

 

 

悪い冗談かと思った。

あの魔王がそんな呆気なく死ぬはずがない、だって、ラスボスだ。

ラスボスの風格を悠然と放つあの、絶対的強者が、たかが異世界の勇者に3日で攻略され殺されるなんて、嘘に決まっている。

 

嘘だと信じたかった。

 

私はそれまで忘れかけていた、自身の死が改めてぶり返されたような気がして、動悸が止まらなかった。

敵国に加担するという死罪一直線の凶悪な犯罪によって得た、一時の平穏、それが1年も経たないうちに崩れ去った様を見て、とんでもない貧乏くじを引いてしまったことを、その時初めて自覚した。

 

私は…夢見ていた帝国の勝利を目前にしながらも、自身の命を惜しむばかりに、里を逃げた。エルフの皆が歓声を上げ、喜ぶ様を背にしながら、私は隣国…もはや壊滅しかけた無法地帯、魔国へと密入国したのだった。

 

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