地方薬師リーティア、麻薬を作る。   作:草原山木

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不穏な影

1944年7月7日

 

旧魔国領地内東部に位置する小さな集落 アンティゴア。

住民20人程度の小さな村の一角に存在する宿場兼酒場『豊穣の角』、その一室にリーティアは居候していた。

 

逃亡してから2ヶ月目、ようやくたどり着いた安息の地。

最初こそ、村人は見知らぬエルフに怪訝な顔を浮かべていたものの、彼女が薬師だと分かると一転して盛大に歓迎した。ここに身を落ち着かせて、かれこれ1年以上も経過している。

 

薬師資格を持つものは非常に重宝される、それこそ巨大傭兵組合である『冒険者ギルド』においても、お抱えの薬師に支払われる報酬は並のゴールドランク冒険者を上回るほどだ。一人いれば村どころか都市レベルの人々が健康に暮らすことができると言われるほど、薬師資格の効力は絶大だった。

 

何かあればポーションを作って村人の病気や怪我を治す…という口頭上の契約の元、リーティアは衣食住の揃った極めて快適な居候生活を送っていた。

時たま、宿場に併設された酒場で給仕として働き、ちょこっとお小遣いを貰っては、月に2度来る行商人から色々なものを買う。

 

決して贅沢と言える生活ではないものの、この村に至るまでの波乱とも言える道中を考えれば現状は天国にも近しかった。

 

リーティアが魔国へと密入国した当初、魔国内は帝国連合軍の占領下にあり、加えて魔国に蔓延っていたありとあらゆる裏社会の組織との水面下での争いが発端で、治安は最悪と言っても過言ではなかった。

 

実際、村に至る2ヶ月で彼女が人攫いに遭った回数は延べ7回。その全てを命からがらでも逃げ出せたのは偏に彼女の悪運故だろうが、およそ1週間に1回程度の頻度で攫われていたと考えれば、治安の異常性は察してもらえるだろう。

 

しかしながらこれもある種仕方の無いことで、魔国には確かにエルフはいるものの、リーティアほど美しいエルフはそう居なかった。エルフが軒並み顔立ちの整った種族であることは誰もが知る一般常識にも等しいが、リーティアに至っては並のエルフより頭ひとつ抜きん出るほど、神々しささえ感じられる美しさを身にまとっていた。

 

実際、彼女がかつて魔王軍に攫われた時も、捕虜の身分でありながら蒸し風呂や毎日食事を与えられていたのはその美しさゆえで、魔王軍内ではもしや魔王の新たな妾になるのではと噂されたほどだった。

 

幸い、いくら野蛮な魔王軍の兵士とて魔王直々の息がかかった女性を襲うような真似はせず、遠巻きに頬を赤らめながら眺めるに留まったのはここだけの話である。

 

話を戻すが、その美しさゆえに魔国内の変態に目をつけられるのは時間の問題で、今回人攫いに講じた者たちも、全て一人の男による依頼を受けてのものだった。

 

大商人 ルギス・ゴッファバル

表の顔は大陸全土に支店を抱える商店 『龍の瞳』を経営する実業家だが、裏の顔は未成年の奴隷を幾人も召抱える小児性愛者(割れ目野郎)で、魔国の混乱に乗じて、次期魔王及びそれに準ずる強大な地位を手に入れようと画策する、性悪金持ちだった。

 

そんな男が大枚をはたいて何人もの人攫いを雇えば、必然的に犬をも歩けば棒にあたるように、リーティアが歩けば人攫いに遭遇する…と言えるほど、街中は人攫いで溢れていた。

 

なぜ未成年に性的興奮を覚えるようなド変態に、約370歳の老婆が目をつけられるのかは皆目見当もつかないが、リーティアの容姿は年齢を度外視してでも人を魅了するほどの美しさがあったのである。

 

当の本人は、そんな裏社会の大物変態に目をつけられているとはつゆ知らず、人攫いから逃げ続け、ようやくアンティゴアまでたどり着いたのであった。

 

 

「お、リーティアさんじゃねぇか、この前貰ったポーション随分効いたぜ」

 

「あ、バーグラさん、腰良くなったんですね」

 

「あぁ、あんたの作るポーションは一級品だ」

 

 

久方ぶりに少し散歩でもしようと部屋から出たリーティアは、村の中でも高齢の部類に入るバーグラという老人に出会った。

人間種である彼は、今年で83歳、加齢に伴い体の節々に痛みが出てくる最中、ぎっくり腰で仕事(農業)の休業を余儀なくされた。

 

そんな折、リーティアが渡したポーションを飲んだグラナトは身体の痛みもすっかり癒え、今では若者とそう変わりない働きっぷりを見せていた。

 

それもそのはず。

リーティアが渡したポーションは、中級ポーション。

精製するのに高度の技術を要するため、市場価値にすると高級な蒸留酒1本分に相当するほど希少な品である、そんな薬をぎっくり腰程度に使うのは些か過剰すぎる気もするが、リーティアにとっては中級ポーション、はては上級ポーションすら容易に合成できる代物でしかなかった。

 

伊達に魔王軍に取り立てられた訳じゃない、長命種という特性を活かし常人の数倍にも及ぶ経験を積んでいるからこそできる芸当だ。時の権力者が彼女の才能を知れば、喉から手が出るほど欲しがるのも頷けるだろう。

 

そんな、上級ポーションをハイボールを作る程度の感覚で精製してしまうリーティアであるが、天才であるが故に、彼女が過去に開発した"悪魔の結晶"の存在が怖くてたまらなかった。

噂では、魔王軍の残党兵が支給されたあの結晶を高額で売買していると聞く。製造方法は既に魔国側に伝えてあるため、リーティアをとっ捕まえて強制的に製造…なんてことはもう今更ないはずではあるが、自身の発明が裏社会に大きな影響を及ぼしていることを、彼女は心の底で悔やんでいた。

 

 

 

 

時は少し飛んで冬。

いつものように酒場で給仕をしていると、普段見かけないガタイの良い男がフードの着いた白い外套を身にまとい、カウンターでミルクを飲んでいた。

 

十中八九カタギではない…という確信を持てるほど、その男の様相は異様だった。何せ背中に背負っている巨大な大槌には、血の跡がべっとりとこびりついているのだ。

 

推察するに、冒険者の可能性が非常に高いが、ここは魔国、しかも辺境の村。いくら帝国が制圧した領地とはいえ終戦から数年しか経っていない辺境の地に、わざわざ依頼を受けに来る冒険者がいるかと言われれば首を傾けざるを得ない。

 

リーティアの中の危険センサーが大音量で鳴り響く、非常ベルにも似たその幻聴に絹のような眉間を寄せながら、酒場の女亭主に部屋に戻る旨を伝え、そそくさとエプロンを脱ぎ捨てた。

 

酒場の客は「リーティアちゃんもう上がっちゃうのォ…?」

と酒で顔を赤く染めながら絡んでくるが、愛想笑いを浮かべながら構うことなく、部屋に戻った。

 

カバンの中から、いくつかの瓶を取り出す。

逃亡生活をする上で、自衛の策はいくつか編み出してきた。薬品の合成によって閃光や爆発、催涙ガスを生成する極めて"薬師らしい"自衛策だが、これまで人攫いを何度も撃退してきた実績がある。

 

使うのは久方ぶりと言えるが、やり方は覚えていた。

 

荷物をあらかた片付けたら、とっととズラかろうとトランクの中に何もかもを押し込め、彼女はドアを開けた。

その瞬間、目の前に巨大な白い壁が鎮座していることに気がつき、彼女は思わず腰を抜かして尻もちを着いた。

 

先程の男だった。

 

身長190cmはあるリーティアだが、目の前の男は恐らく2m50cm以上、その上身体は分厚い筋肉に覆われている。力勝負ではまず勝てないと察した彼女は、右手に持っていた薬瓶を二本同時に投げつけた。

 

目の前が真っ青に染まる。

青い閃光を発生させることで知られる炎青反応(えんせいはんのう)は、薬師試験を受ける上で必ず問題として出てくる基礎知識だった。

ポーションを生成する際に発生する薬草の抽出液、その緑色の液体を強いアルカリ性の物質と混ぜ合わせた時に発生する青い炎は、1300℃という高温を維持しながら空気中の酸素と反応して激しく燃え広がる。

 

当然リーティアもタダでは済まない。

炎から離れているとはいえ、熱による火傷で手が染みるような痛みに襲われた。

 

懐から中級ポーションを取りだし一口飲み込むと、その傷も早々に癒えたが、あと引く痛みに顔を顰めた。

 

今のうちに…と立ち上がるも、依然として出口は男の巨体で塞がれているため、抜け出すことは困難、であれば選択肢は1つ。

窓である。幸い部屋は2階に位置しており、たとえこの高さから飛び降りたとしても低級ポーションで傷は治る、思いついたのなら真っ先に行動に移すべきだと立ち上がったリーティアは、持っていたトランクを盾にして窓に突っ込んだ。

 

当然、こんなジョン・マクレーンのような芸当は生まれてこの方、人間の時でもエルフの時でも初めてである。

割れたガラスが皮膚を撫でるように傷つけていくのを感じながら、彼女は夜闇へと飛び出した。

 

否、飛び出そうとした。

 

部屋の中から急に真冬の外気に晒され思わず身震いするリーティアを丸太のように太い腕が掴んだ。掴まれたと思った瞬間、リーティアの体は引き戻されるような強いGを受け、そのまま細い首が太い腕の中に収まった。

 

腕の主は、当然とも言えるが先程1300℃の爆炎に包まれた巨漢だった。

 

 

細い首がどんどんと締めあげられていく、顔を赤く染め、次第に脳への血流が停滞していくのを感じながら、リーティアは意識を手放した。

 

 

男の被っていたフードは焦げ、その隙間からは細長い耳が覗いていた。

 

 

 

 

 

 

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