心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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102話「成長の代価」

 ──帝都ヘイムダル、宰相執務室。

 現在のエレボニア帝国における意思決定を担うこの部屋は、通商会議を終えてからと言うもの、いくつもの案件が舞い込んできていた。

 書記官を介して、国の未来に関する大小様々な資料が届き、鉄血宰相オズボーンが適切な判断を下していく。

 

 静かに、淡々として進められる意思決定。

 只人ならば多くの苦労を要するであろう作業を済ませたオズボーンは、疲れを欠片も見せぬ様子で立ち上がり、夕暮れ空を映す窓際へと歩く。

 そんなタイミングを待っていたのか、ソファでくつろいでいた情報局の一員レクターが、体勢も変えることなく話し始めた。

 

「テロリスト対策として鉄道憲兵隊の哨戒規模拡大に、クロスベル独立宣言への立場表明。そして何よりペルソナ使いに関する演説の準備……。随分とまあ、忙しくなったご様子で」

 

 指を折りながらオズボーンのこなした仕事の一部を数えるレクター。

 仮に、何も知らぬ第3者がこの場にいたのならば、彼の無礼な態度に驚きを隠せないことだろう。

 けれど、執務室にいるのはオズボーンとレクターの2人のみ。

 オズボーンもレクターの態度を咎めるつもりは毛頭なく、堂々とした態度でそれに答える。

 

「どれも想定していた些事。この程度、多忙の内にも入らぬ」

「まっ、そりゃそうか」

 

 レクターは面倒そうにソファから身を起こす。

 

「そんじゃ本題だ。VII組の連中、ようやく俺達が事前に仕込んでおいた筋書きに気づいたみてぇだぜ」

「ふむ……」

「あの男の性格を考えれば、このまま大人しくしているって事はねぇ筈だ。このまま予定通り進めて良いんかい?」

「盤上の駒が足掻くのならばそれも一興よ。……それよりも、指示した追加の任務について報告を聞こう」

 

 レクターはオズボーンから2つの任務を受けていた。

 1つはクロスベルにてライに会った事からも分かるように、一連の仕込みに関する監視を行う事。

 そしてもう1つは、今後に繋がる新たな仕込みだ。

 

「あぁ、そっちはもう済んでる。しっかりと指示通りの噂を流しといたぜ。《帝国政府がペルソナ部隊を有してる》ってな」

「それで良い」

 

 レクターの報告を受け、オズボーンは満足げに頷く。

 

 彼が眺める光景は帝都ヘイムダルの紅い街並み。

 しかして、鉄血の眼が見る光景は、遥か遠くの盤面であった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──9月8日。

 夏の暑さも過ぎ始めた初秋の放課後、ライ達VII組の面々は揃って帰路についていた。

 こうして全員が足並みを揃えているのには理由がある。

 先週の爆破事件を踏まえ、一時的に士官学院内の部活動が制限されているのだ。

 

 授業が終わった後は、やむを得ない事情を除き、生徒は寮へと戻る決まりとなっている。

 当然ながら放課後の買い物等も基本自粛。その圧迫感は、段々と生徒達に暗い影を落としていた。

 

「うぅ~……。もう、いつまでこうしてなきゃいけないのさ~」

 

 その最たる人物がミリアムであった。

 調理部でお菓子を食べる事ができない。食べ歩きをする事もできない。

 学院生活を人一倍楽しんでいた彼女にとって、現在の状況は拷問とさえ呼べるだろう。

 

「今は緊急事態なんだから仕方ないでしょ?」

「でもさぁアリサ。ライが爆弾なんかでやられる訳ないじゃん」

「それは……、……まぁそうよね」

 

 論破されてしまうアリサ。

 彼女らはライの事を何だと思っているのだろうか。

 

 まあそれはともかくとして、ユーシスが非情な現実をミリアムに告げる。

 

「いくら喚いたところで現実は変わらんだろう。今のトリスタがこんな状況ではな」

 

 ユーシスの視線が向く先はトリスタの駅前広場だ。

 そこは元々店が集まり、トリスタの中では活気に溢れている場所なのだが、今はそれを加味しても人が多かった。

 

 ざわざわとした異様な雰囲気。何時いかなる時も感じる視線。

 そんな異様な状況となった原因は考えるまでもなく、ライの情報が拡散されたからだろう。

 

「……全く何処から嗅ぎ付けて来たのやら」

「あ奴らは皆、ライが目当てなのか?」

「もしくはより広くペルソナ使いが目的かもな。野次馬感覚で来てるんならまだいいけど、背後に組織がいるかも知れないと思うとちょっとな……」

 

 リィンとラウラが話し合うように、今のトリスタは身の危険を抜きにしたとしても、気が抜けない環境になっているのは間違いない。

 特に生徒達の安全を考えなければならない教師陣の緊張はかなりのものだろう。

 

 結論を言うと、ユーシスが言うように、現在の自粛状況はそう簡単に解かれないと言う事だ。

 

「むぅぅ~~~…………」

 

 しかし現実が分かったところで不満は変わらない訳で。

 うなり続けるミリアムを何とかしたのは、結局エマの機転だ。

 

「まぁまぁミリアムちゃん。寮に戻ったらお菓子を作りますから」

「えっ、ほんと!? ありがとーいいんちょ!!」

 

 お菓子のワードを聞いたミリアムが喜びエマに飛びつき、この場は何とかなるのだった。

 

「……ひとまず、ミリアムは大丈夫そうね」

「ああ」

 

 ライは安堵するアリサに同意する。

 けれど、エマのなだめ方は場当たり的なものに過ぎない。

 ミリアムのみならず、日に日に積もる不満は間違いなく蓄積していく事だろう。

 

(何か考えないとな……)

 

 相手は《ペルソナ使い》に対する大衆の恐怖と好奇心。

 姿がない脅威であるが故に、対処はそう簡単にできるものでない。

 それでも、静観してはいられないと、VII組の最後尾にて思考を巡らせ続けるライ。

 

 そうして帰路を歩き続け、トリスタ駅の前に差し掛かった、その時だ。

 

「──ライさん、お待ちしていました」

 

 駅構内から透き通った女性の声に、ライは呼び止められた。

 

 声の主は鉄道憲兵隊のクレア・リーヴァルト。

 彼女はどうやら、ライの事を駅前で待っていたらしい。

 

「何故ここに?」

「クロスベルの一件についてお話があります。ここで立ち話もなんですから、私どもの列車にでもお越しいただけますでしょうか?」

 

 クレアは丁寧に道を開き、片手でライを駅へと誘う。

 

(クロスベル……。列車砲からタワーを防衛した件、いや、タワー侵入の件に関してか)

 

 自由意志を問うよう聞き方だったが、安易な拒否は許されないだろう。

 

 仕方ない。

 ライは前方で足を止めていたリィンへとアイコンタクトを済ませると、クレアと共に駅の中へと入っていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 クレアに案内され、ライは駅に停車していた重々しい紅色の装甲列車に足を踏み入れる。

 

 装甲列車はその名の通り、一般の列車とはかなり異なる構造だ。

 弱点となり得る窓は小さく作られ、その他の外装は分厚い鉄板に覆われている。

 内部に至っては軍部のトップシークレットが詰まった領域だろう。

 よそ者が入っても大丈夫なのかと疑問に思いつつ、ライはやや狭い金属製の通路を進み、作戦室と思しき一室に到着した。

 

「よく来たライ・アスガード」

 

 作戦室に待っていたのは姿勢を正した金髪の男性だ。

 

 彼の声には聞き覚えがある。

 直接顔を合わせた事はなかったが、夏至祭にて装甲列車の陣頭指揮を取っていた人物の筈だ。

 

「確か、鉄道憲兵隊の……」

「ミハイル・アーヴィングだ。先日の暴走列車阻止では世話になったな」

 

 軍人らしい生真面目な対応をするミハイル。

 そんな彼の元にクレアは歩み寄ると、一度敬礼をし、軍人としての会話を始めた。

 

「アーヴィング大尉。それでは予定通り、人払いの方をお願いいたします」

「承知した」

 

 クレアの要請に対し敬礼で答えたミハイルは、そのまま作戦室を後にする。

 恐らく入口を封鎖しに行ったのだろう。

 

 ……つまり、これからクレアが話す内容は、鉄道憲兵隊に対しても漏らす事が出来ないという事だ。

 

「それではライさん、どうぞこちらの席にお座りください」

 

 作戦室の簡素な椅子に案内するクレア。

 彼女には今まで助けられたとはいえ、帝国政府、更に言えば鉄血宰相傘下である鉄血の子供達(アイアンブリード)である事に変わりない。

 

 ライは心の中で気を引き締めると、堂々とクレアの真正面に座るのだった。

 

 

 ──

 ────

 

 

 窓のない一室。

 小さな机を挟んで対峙する学生と女性軍人の2人。

 気の弱い人物なら、それだけで委縮してしまいそうな空気が辺りを包む。

 

(尋問はこう言う雰囲気だったりするのか?)

 

 周囲に逃げ場はなく、会話内容が外に漏れる事もない。

 そんな状況で語られる話がお気楽な話になる事などないだろう。

 事実、クレアも見たことのない真剣な顔をして、1冊のバインダーを取り出した。

 

「……こちらは先のタワー襲撃時にて、1階エントランスから侵入した《布服の人物》に関する各種証拠となります。既に写真が帝国時報等で公開されているので今更ではありますが、この人物はライさん、あなたで間違いありませんね?」

「…………」

「本来、いかなる理由があろうと、通商会議の場に許可なく侵入する事は犯罪行為に当たります。──そして、現在の自治州法では、帝国に所属するライさんを拘留するのは我々帝国政府となります」

 

 つまり、帝国政府はライの身柄を拘束する正当な理由があるとの事だ。

 クロスベル自治州で犯した犯罪なのに自治州で拘留できない……と、言うのはいささか理不尽な話だが、そこはロイド達すら苦心している所なのだから、ライから何も言える話ではない。

 

 それより今は、何故この内容を内密にしているのか、そこが重要だ。

 

「ですが、ライさんが成し遂げた列車砲の阻止。これも無視できない事実である事は間違いありません。──そこで提案なのですが、ライさんが帝国政府の直属になるというのはいかがでしょうか?」

 

 密室にて、クレアから提案された内容。

 それはライを帝国政府の一員となる事だった。

 

「……司法取引ですか」

「端的に言えばそうなります。ライさんが帝国政府の所属となれば、タワー内に侵入した件は不問にする事ができますし。そして何より、これはライさん自身の身の安全を守る事にも繋がります」

「俺の?」

「聞いた話によれば、共和国方面からの爆破事件があったとか」

 

 ……そこで、爆破事件を持ち出すか。

 

「ライさんが我々の一員となれば、他国の干渉はより困難なものとなるでしょう。オズボーン閣下は鉄血の子供達にも加える用意があると仰っておりました。その地位があれば、ライさんの今後の活動も、よりやり易いものとなる筈です。……いかがでしょうか?」

 

 身の安全に加え、十分なポストを用意する。

 確かにそれは魅力的だ。

 

 ……だが、それでも、ライの返答は決まっていた。

 

「断らせていただきます」

 

 はっきりと、ライはクレアに否と伝える。

 

「……それは、私どもが信用できない、からですか?」

「誰の提案でも変わりません。俺は、俺の道を進みます」

 

 聞く人が聞けば横暴とも呼べる返答だろう。

 だが、ライは明確な根拠を持った上で、この主張を述べていた。

 

「俺を拘留したいのならすれば良い。……この状況で、それができればの話ですが」

 

 ライは懐から1枚の新聞記事を取り出す。

 それはサラが読んでいた通商会議に関するものだ。

 

「その新聞記事は……オズボーン閣下によるペルソナ使いの証言ですか」

「宰相は俺の事を《列車砲への対策》と言っています。つまり、俺のタワー侵入は宰相の意図だったと大衆は考えている筈です」

「……故に、今回の一件は内々に処理しろと?」

「帝国政府がペルソナ使いを拘留したとなれば、列車砲に対して無策だったと認める事になる。その方がお互いのためになります」

「…………話の筋は通っていますね」

 

 そう、エレボニア帝国は列車砲に関する他国からの追及を和らげるため、ライの行動を認めざるを得ない状況となるのだ。

 

 クレア、いや帝国政府がそれを理解していない筈はない。

 つまり初めから拘留できないと知っていた上で今の提案をしてきたと言う訳だ。

 

「分かりました。此度の一件は内密に処理させてもらいます」

 

 その証拠とも言うべきか、クレアはあっさりと前言を撤回する。

 初めからこうなる事と想定していたのだろうか。

 よく見ると、提案を断られたにも関わらず、クレアの表情には安堵の色が見え隠れしていた。

 

「──リーヴァルト大尉。もしかして、こうなる事を望んでいましたか?」

「えっ?」

 

 今日初めて聞く、クレア本人の私的な声。

 彼女自身、感情が顔に出ていた事に気がついていなかったらしい。

 

「…………私もまだまだ未熟ですね」

 

 クレアは少し恥ずかしそうにしながら、机の上に置かれた証拠品を片付ける。

 

 まあ実際、彼女はあまり尋問めいた行為に向いていないのだろう。

 もし本気でライを意図した方向に持って行きたいのなら、「どうなんですか!?」と証拠を叩きつけるなりして、圧力をかけた方が良かった筈だ。

 その上本気でもなかったとなれば、今の態度にも納得がいく。

 

「失礼ながら、理由を聞いても良いですか?」

「理由、ですか。……そうですね。一言で言うのなら、ミリアムちゃんのため、でしょうか」

「ミリアムの……?」

 

 クレアが本気になれなかった理由。

 それは彼女が姉妹のように親しいミリアムの存在だった。

 

「以前お話ししましたが、ミリアムちゃんは複雑な身の上なんです。普通の子供が学ぶはずの日曜学校に行ったこともありませんし、友達と遊ぶなんて経験もなく、ずっと情報局として任務をこなしていました。……まぁ、ミリアムちゃんはそれでも楽しそうにしてましたけど。それでも、彼女は心に歪さを抱えていたんです」

 

 複雑な身の上。──即ち、ホムンクルスとして製造された商品という存在。

 ミリアム曰く、出荷時に記憶が消されているとの事なので、恐らく彼女の記憶はほとんど任務で埋め尽くされているのかも知れない。

 

「歪さ、とは」

「これはミリアムちゃん自身が言っていたんですが、"悲しい"とか、"泣く"と言った行為にぴんと来ないそうなんです。感情の一部が欠けている。──いえ、未成熟と言った方が正しいのかも知れません」

 

 感情の欠落。未成熟さ。

 記憶を辿ればミリアムは笑顔ばかりが思い浮かぶ。

 それ自体は素晴らしいものだが、今のクレアの話を聞くと、本当にそれで良いのかと疑問が拭えない。

 

「でも、ここ最近のミリアムちゃんは、学院生活のお陰か少し変わって来たんです」

「変わった?」

「同じ笑顔でも表情の色が増えてきたんです。この前会った時なんか──……」

 

 親しい関係だったクレアだからこそ分かる変化なのだろう。

 ミリアムの土産話、いや、その時のミリアムの表情がかなり印象深かったのか、氷の乙女(アイスメイデン)と呼ばれたクレアの表情が綻んでいる。

 

「なるほど」

「ふふ、ライさんも他人事ではありませんよ。ミリアムちゃんのお話で一番多いのはライさんなんですから」

「俺が?」

「そうです。特に依頼怪盗の時はとても残念がってまして、お話が1時間くらい終わりませんでした」

 

 依頼怪盗に参加できなかったのがそこまで不満だったのか……。

 

「……ともかく、あまり表立っては言えませんが、私個人としては、ミリアムちゃんの学院生活がもう少し続いてくれる事を期待しています。ライさんが帝国正規軍となった場合、ミリアムちゃんの状況がどうなるかも分かりませんから」

 

 故にクレアは、ライがこの場で断ることを期待していた。

 ミリアムの学院生活がクレアの望み。……ならば1つ、無理を承知で頼んでみても良いかもしれない。

 

「リーヴァルト大尉、1つ頼みがあります」

 

 2人だけの密室にて、ライは個人的な頼みをクレアに伝えるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ……

 …………

 

 クレアとの密会を終え、装甲列車を後にした頃。

 外はすっかり暗くなってしまっていた。

 

(もうこんな時間か……)

 

 済んだ夜空に昇る満月。

 この時間は皆、寮の食堂に集まっている頃だろうか。

 ライは第三学生寮に着くなり、そのままシャロンが夕食を用意しているであろう食堂へと歩いて行く。

 

 すると食堂では、何やらミリアムを中心とした、真剣な会議が繰り広げられていた。

 

「やっぱりさー、今話題ふっと―中のライがいるんだし、こうドッカーンっと大きな事をやらないと!!」

「いいや逆ではないか? 客に下手な刺激を与えると学院に危害が及びかねない。ここは慎重に展示で……」

「え~~、それだと他のクラスに負けちゃうじゃん!」

 

 ミリアムとマキアスによる、食事が置かれた机を挟んだ熱い話し合い。

 話題についていけないライは、ひとまず空いた席に座る事とした。

 隣の席に座っていたのは会議を静観するリィン。彼はライの気配を察すると、スプーンの手を止めて振り向いてきた。

 

「あ、ライ、帰って来たのか。クレア大尉との話は大丈夫だったか?」

「問題ない」

 

 リィンは中々戻ってこないライを心配していたらしい。

 

「それより、ミリアム達は何の話を?」

「ああ。あれは学院祭の出し物について話し合ってるんだよ。開催日は来月の23日からだけど、寮に閉じ込められているなら今のうちに話し合っても良いんじゃないか、って流れになったんだ」

「なるほど」

 

 学院祭。文字通りトールズ士官学院の学生達が主体となり、外部の人々を呼び込む祭りだ。

 生徒会の一員であるライは運営の裏方にも関わって来るのだが、各クラスや各部活でも色々と出し物を考え、客に披露する事となっている。

 出し物の内容は一般的な学祭と同様に、展示、イベント、ステージ、飲食と様々。

 自由であるが故に、何をするかが重要となってくると言えるだろう。

 

「勝ち負けの話で言ったら、俺達のクラスは元より人数が少ない。同じ土俵で戦っては勝負にならんぞ」

「ユーシスもマキアスみたいに展示が良いっていうつもり?」

「そうは言っていない。少数でも有効な作戦を練るべきと言っているんだ」

 

 周囲を巻き込んで出し物の作戦を練るミリアム。

 学院祭という未来の楽しみを提供されているためか、彼女の表情はここ数日で一番真剣で輝いていた。

 

(……成長、か)

 

「どうしたんだ、ライ? ミリアムの顔をじっと見て」

「いや何でもない」

 

 友人の行動に疑問を持つリィンを横目に、ライは机の食事に手を伸ばす。

 そうしてミリアム達の話し声をBGMとした夕食がしばらく進んだ頃。

 食堂の入口から、仕事終わりサラが入室してきた。

 

「──いろいろと盛り上がってるわね」

 

 会話を聞いて状況を瞬時に察するサラ。

 一方でリィン達も、サラの片手にある酒瓶を見て、彼女の目的を理解する。

 

「サラ教官、また晩酌ですか?」

「いいでしょ? 最近色々と忙しいんだから」

 

 教育者にあるまじき行いだが、もうすっかりリィン達も慣れてしまっていた。

 

「そう言えば皆に1つ連絡よ。明日からまた旧校舎の探索が再開されるわ」

「え、それ本当ですか?」

 

 エマが驚いた声でサラに問う。

 

「リィンの妹さんが巻き込まれた事件から早1ヵ月半。今のところ追加の異変が起きていないし、むしろ異界内の現状がどうなっているか確かめた方が良い、って方針になったのよ。……まぁぶっちゃけると、15日の理事会までに少しでも進展を見せたいのよねぇ」

「えぇぇ……」

「ははは。……まぁ、理事会云々の話は抜きにしても、エリザのような犠牲者が出るのは何としても防がないと。明日は俺も参加します」

 

 理事会の話に呆れるエリオットと、意欲十分なリィン。

 受け止め方は人それぞれだが、閉塞した空気を変える一石になったのは間違いない。

 

「あの、サラ教官、もしかしてこれを狙って?」

「どうかしらね~♪」

 

 アリサの追及をかわして晩酌を開始するサラ。

 

 お菓子作りに、学院祭の企画に、旧校舎探索。

 自粛の環境で可能な事を探すのもまた、1つの学院生活なのかも知れない。

 空気が変わった食堂を見て、ライは静かにそう考えるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──9月9日、旧校舎内部。

 久々に突入した異世界内部は、相変わらず摩訶不思議な様相を呈していた。

 真っ青な空が広がる無人の大都市。

 大枠で言えば、以前訪れた辰巳ポートアイランドとさして変わらないのだが、今回の街並みはやや汚れが目立つ印象だ。

 

「ふむ、ここは以前より歴史を感じるな」

「パンフレットによるとここは陸地側……巌戸台港区と呼ばれる場所のようね。古くからある港町。新しく作られた人工島と趣が異なるのも納得だわ」

 

 ガイウスとサラが見上げた先には《巌戸台駅前商店街》と書かれたゲートが存在していた。

 彼らは直接言語の意味を知ることはできないが、金属の錆などを通して、この地域の特徴を考察する事ならできる。

 密集した店と思しき入口。寂れた人力の2輪車。

 今でこそ無人だが、本来ここは人々が生活する空間だったのだろう。

 

「ニシシ! このフラストレーションをシャドウにぶつけないと! やろうね! ガーちゃん!!」

「──Ж・Wпзгκ」

 

 一方ミリアムは周囲にシャドウが出ないか待っている様子だ。

 どうやら彼女は自粛のストレスをシャドウにぶつけるつもりらしい。

 何という八つ当たり。しかし残念ながら、シャドウの人権を守ろうとする人物はここにいなかった。

 

「さてエリオット、この周辺一帯をアナライズして貰えるかしら。対象は例の影3人組、もしくは別のエリアに繋がる入口よ」

「分かりました。──行くよ、ブラギ」

 

 エリオットの頭上に現れた詩人が周囲に音を奏でる。

 その反響を両耳で捉え、やがてエリオットは1つの反応を捉えた。

 

「……あっ、これは入口と同じ反応。場所は……、……えぇっと、この近くにある駅みたいです」

「あら流石ね。この近くの駅なら……巌戸台駅と言う場所かしら。──みんな、早速そこに向かうわよ!」

「「はい!」」

 

 サラはパンフレットから目的地を割り出すと、VII組を連れて移動を開始する。

 目的地は商店街に隣接する巌戸台駅。

 位置関係がパンフレット通りならば歩いて数分で到着するだろう。

 

 けれど、そう簡単に進ませてくれるほど、この異世界は優しくなかった。

 

「待って! 左の壁からシャドウ反応!」

 

 建物の外壁から湧き出す黒い影。

 液体状であったそのシャドウは姿を変え、刃の輪を回す砂時計へと変貌する。

 

「待ってたよ! ライ!!」

「ああ!」

 

 ──リンク──

 

 シャドウに最も早く反応したのはミリアムだ。

 ライと戦術リンクを行い、シャドウへの特効を得たアガートラムで攻撃する。

 もう何回も繰り返した行為。

 

 

 ……その筈だった。

 

 

「…………、えっ……?」

 

 シャドウの眼前にて、ミリアムの動きが止まったのだ。

 

(不味い!)

 

 迫る刃。このままでは彼女の身が危うい。

 戦術リンクによりいち早く異変を察したライは剣を投擲し、今まさに攻撃しようとしていたシャドウを阻止する。

 

「貫け! ──オーディン!!」

 

 直後、ユーシスのペルソナがシャドウを串刺しにし、殲滅した。

 

 黒い水が虚空へと消え去った後、残されたのは呆然と立ちすくむミリアムただ1人。

 一体何が起きたのかと、周囲のVII組が慌てて彼女に駆け寄る。

 

「おい!! 何故あそこで止まった! 聞いているのか!?」

 

 ユーシスがミリアムの肩を掴んで揺するが、彼女に反応はなく、ただ目を見開いて虚空を見つめている。

 しかし、少しして少女に1つの変化が訪れた。

 

「…………ああ、ああああ」

 

 ミリアムの口から洩れた声は、今まで1度も彼女が発した事がないほどに動揺していた。

 頭をかかえ、膝をつき、全身全霊で顔を振って声を荒げる少女。

 周囲で慌てるVII組に気づく様子もなく、彼女は同じ言葉を繰り返す。

 

「なにこれ、なにこれ、なに……これ…………」

 

 昔のリィン達を思い出すような異変。即ち、ミリアムは戦術リンクに失敗した事になるのだろう。

 問題なのは何故、今更になってミリアムが失敗したのか、だ。

 

 

 思えばミリアムの状況は最初から不自然だった。

 ペルソナの代わりにアガートラムが機能していた状況。なぜ彼女はペルソナを発現しなかった? 影を受け入れた訳ではない? ならばなぜ、ミリアムの戦術リンクは今まで切れなかったのか? ……拒否すらもしていなかった、とすれば?

 

 ライの中で組み上がっていく仮説。

 同時に、唐突な鋭い頭痛が彼を襲う。

 

「……っ!!」

 

"ふはははははは! 成長が人間の味方だとでも思ったか? 学び、識る事こそ、人々を悩め苦しめる原因ではないか!"

 

(…………何だ今の声は? 記憶、なのか?)

 

 嘲笑う何者かの記憶がライの思考に木霊し、眼前の光景と重なり合う。

 

 そう。ミリアムの心は未成熟だったのだ。

 シャドウ、即ち抑圧された感情を理解する機能が育っていなかった。

 故に拒否する事すらなく、その力を無理やり引き出し、アガートラムとして扱っていた。

 

 ……しかしその前提は、他ならぬミリアムの成長により崩されたのだろう。

 

 成長は何もプラスの影響を与えるばかりではない。

 心の成長により少女は今、大きな壁に直面する形となったのだ。

 

 

 

 

 




どうなんですか!?(ペルソナ5)
 正しくは「どうなの!?」 と叫び、容疑者の真意を問い詰めるワード。とあるキャラの代名詞になっているが、実際はあまり使われていない模様。

運命:逆光の砂時計
耐性:???
スキル:???
 手足をつけた砂時計と、刃をつけた輪で構成されたシャドウ。終わりなき円環は運命の象徴として様々な神話で登場している。


――――――――
17話から続く負債。彼女だけ例外という話は当然なく……。
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