心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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81話「戦いを終えて」

 ──暴走列車が帝都に迫ろうとしていた時。

 バルフレイム宮の執務室にて、1人の男性が窓の外を眺めていた。

 

 緋色と黒を基調とした長い装束を身に纏った威圧感のある立ち姿。

 眉間の皺が染みついた彼の後方で、何の前触れもなく1本の通信が鳴り始める。

 

「……私だ」

『宰相閣下! 現在テロリストの攻城兵器がこちらに向かってきています。念のため、北側への退避を!』

 

 それは総合司令部のクレアから来た緊急連絡だった。

 万が一の事態に備え、最重要人物であるこの部屋の主を可能な限り被害の範囲外に脱出させようと考えたのだ。

 正規軍としてその考えは間違っていない。しかし、連絡を受けた男性はと言うと、特に焦る様子もなく逆にクレアへと聞き返した。

 

「その攻城兵器とやらに、灰髪の青年は向かっているのか?」

『え? はい』

「ならば退避は不要だ。宮殿内の戦力は引き続きシャドウ掃討に尽力したまえ」

 

 男は端的な指示を残し、導力通信を一方的に遮断する。

 

 静寂に戻る執務室。

 窓際へと戻った男の口元から、ふと、誰にも届く事のない言葉が零れ落ちる。

 

「……呪いは更なる巨悪に飲まれ、史書の予言も紙屑へと失墜した」

 

 男性が見る窓の外には、自身をバルフレイム宮から出すまいと動きを変えた無数のシャドウ。

 下方では正規軍と2人のペルソナ使いが立ち向かっているが、それには興味を示さず。

 男は遠方──駅の方向を見つめて、そこにいるであろう青年に向け言葉を紡ぐ。

 

「逃れられぬ滅びの未来。その責を背負おうと言うのなら、この程度の試練は乗り越えて貰わねばな。……ライ・アスガード。外なる世界より来訪した”最後の人類”よ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 テロリストが仕掛けたシャドウとの戦いを終えたライ達VII班。

 作戦終了の通信を聞いた一同は、正規軍の送迎でバルフレイム宮の一室に案内された。

 

 大きな窓が1面に広がり、煌びやかな調度品が並べられた皇族御用達の客間。

 自由に使って良いと言われたVII組の生徒たちは、そこで思い思いの時間を過ごす。

 

「あぅ~、もう、流石に疲れたよ~……」

 

 何時もは明るいミリアムが上半身をテーブルに預け、溶けたようにぐったりしている。

 行動は皆それぞれだが、雰囲気はだいたい似たようなものだ。

 今回の騒動はVII組全員が死力を尽くす文字通りの総力戦となった。

 ペルソナ使いは総出でシャドウ討伐に当たり、ペルソナ使いでないエマについても、外周部のメンバー全員を同時に誘導すると言った高度なオペレーションを続けていたのだ。

 

 会話するのも億劫になる程の疲れで脱力するVII組の少年少女たち。

 どんよりとした空気が流れる中、唯一重傷を負ったライはと言うと、椅子に座ってアリサの治療を受けていた。

 

「──はい。これで応急処置は完了よ」

「助かった」

「まったくもう。敵の攻撃を真正面から受けたんですって? リィンじゃあるまいし、何でそんな真似したのよ」

「敵の目を車両内に留める必要があったからな。仮にユーシスの存在に気づかれてしまったら、窓方向にも壁を作られてしまう恐れがあった。そうなったら、全員の命は絶望的だ」

 

 つまり、失敗できないあの状況において、誰か1人をデコイにする必要があった。

 そうなると最も生存率が高いのは、当然手広い手段を持つライであろう。

 自己犠牲とか関係なく、全員が生き残る道を考えた場合、ライがおとりになるのが合理的な判断だった訳だ。

 

「……要するに?」

「全力で考えた結果だ。後悔はない」

「あっそ」

 

 結論、いつものライだったという事で、アリサは追及を止めた。

 

「それより、仕掛けられてたっていうチップについて聞いてもいいかしら?」

「ああ、これか……」

 

 ライは自身のARCUSを取り出した。

 ぐるぐる巻きのテープで強引に固定されたカバー。雑に修繕された為か固定も外れかかっていて、いつ使用不能になってもおかしくない状況になっていた。

 

「……修理に出さないと駄目そうだな」

「シャロンに頼んだらいいんじゃない? 仕掛けられたタイミングについてはどう?」

「手元から離した事は1度も……、……いや、1度だけあったな」

「あーそれってもしかして、ルーレの研究所に送ったって話?」

「ああ。仕掛けられるとしたらそのタイミングだ。輸送中か、もしくは研究所の内部か」

「後者でないことを祈りたいわね……」

 

 もしテロリストが仕掛けたのが研究所だった場合、シャロン経由で届いた要請事態が虚偽の罠だった可能性まで浮上する。

 そうなると要請を遅れたラインフォルト社全体に容疑が広がる訳で。

 アリサの言う通り前者である事を祈るばかりである。

 

 と、その時、客室の扉から軽いノック音が聞こえて来た。

 誰か来たのだろうか。リィンが力なく答えると、扉がガチャリと開く。

 

「──お疲れ様です。VII組の皆さん」

 

 入って来たのは総合司令部として活動していたクレアだった。

 

「あ、クレア大尉、事後処理の指示は終わったんですか?」

 

 同じ司令室にいたエリオットが問いかける。

 

「ええ大体は。今は帝都庁と合同で、帝都市内の巡回と被害状況の確認をしています」

「えっ? それって僕たちも手伝った方がいいんじゃ……」

「いえ、ここからは我々正規軍の仕事です。皆さんはもう、十分すぎるくらいに貢献していただきましたから」

「で、でも」

「お気持ちだけいただいておきます。皆さんのご活躍は勲章を与えるに値するのではないかと、正規軍内でも議題に出た程なんですよ。今はゆっくり療養してください」

 

 クレアは両手を合わせ、ライ達の功績を我が事のように笑顔で語る。

 ……勲章の話は置いておいて、休暇が貰えるのは素直にありがたい。先日の疲れも残っているライ達は、それ以上の反論を止め、素直にクレアの厚意を受け入れた。

 

「それとライさん、ユーシスさん」

「何か?」

「マクダエル市長が搭乗していた車両ですが、先ほど鉄道憲兵隊の本隊から、無事乗客を保護したとの連絡がありました」

 

 ライ達が切り離し、自然減速していった後部車両はどうやら無事だったようだ。

 ある意味切り捨てたような形になっていたので、その報告は素直に安心する内容だった。

 

「それは良かったです」

「今は鉄道憲兵隊の列車でこちらに向かっているみたいです。時間の都合上、到着したらそのまま舞踏会に向かう予定のようですが……」

 

 そういえば、元々マクダエル市長は夜の舞踏会に参加する予定だったと、ミハイルが言っていた。

 出来ればグノーシスを使っていた組織について聞いておきたかったが、それはまたの機会にするしかなさそうだ。今はそのきっかけを掴めただけでも良しとしておこう。

 

 かくして暴走列車の事後報告を伝えたクレア。

 彼女はVII組全員に向き直り、ここに来た本題を口にする。

 

「後、帝都庁からの伝言をお伝えします。明日明後日の2日間はシャドウが見つかった際に備えて、帝都内に留まって欲しいとの事です」

 

 帝都庁から来た追加の要請。

 それを聞いた瞬間、ミリアムがテーブルの上からガバリと上半身を起こした。

 

「それって、何もなかったら2日間自由時間ってこと!?」

「待ちたまえミリアム君。こういう場合、基本的に待機しておくものだと相場が……「いえ、要請がない間は自由に行動してて構いませんよ」……え?」

「やったぁぁぁぁ!!」

 

 クレアの許可を得たミリアムが疲れも忘れて飛び上がる。

 

「あはは、元気ねミリアム……。夏至祭が無事再開するかも分からないのに」

「だな……」

 

 疲れ知らずの子供のように振舞うミリアムを遠目で見るアリサとリィン。

 まあ、再開していないならいないで、復興の手伝いをすれば良いだけだろう。

 事実上の自由行動日とも言えるこの指示は、もしかしたら帝都庁なりの褒賞なのかも知れないと、ライは推測した。

 

「報告は以上です。最後に、改めまして帝都を代表してお礼させていただきます。本当に、本当にありがとうございました」

「いえ、そんな……」

 

 クレアは深々と頭を下げた後、姿勢を正して客室を出ていった。

 

 残されたVII組一同。

 ここからはもう客室に留まっている理由もない。

 僅かな間流れる沈黙。委員長のエマが代表して皆に提案する。

 

「それじゃあ、そろそろ夕食時ですし、外の状況を確かめつつ開いているお店でも探しますか?」

「委員長、ナイスアイデア」

「ふむ……」

 

 エマの提案に親指を立てて賛同するフィー。

 外は太陽も落ち、街灯の光が星のように輝き始める時間だ。

 確かにそろそろ食事にしたいと感じたライ達は、エマの案を採用して客室を後にするのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──バルフレイム宮入り口。

 外に出ようと歩いていたVII組は、そこで護衛と共に帰還して来たオリヴァルトとばったり出くわした。

 

「おや、キミたちじゃないか。奇遇だね」

「1日ぶりです。オリビエ殿下」

 

 まるで友達のような気やすい態度で歩み寄るオリヴァルト。

 普通、皇族とこんな会話をするなど畏れ多いにも程があるが、そこは流石の放蕩皇子。

 警備している兵士も全く気にしていないところを見ると、いろんな意味で彼の人望を感じざるを得ない。

 

 オリヴァルトはそんな中、ほがらかな笑顔でライの元へと辿り着く。

 そして、周りの兵士に聞こえないよう密かな声で、悪戯っぽくライに語り掛けた。

 

「……キミとの取引は無事果たしたよ。けど、いくら相手がボクでも、皇子を最前線に送ったとなると立場が悪くなるからね。取引の件はここにいる面々の間での秘密という事にしておこう」

「感謝します」

「はは、キミに1つ借りを作れたのなら安いものさ」

 

 テロリストに対抗する為の切り札として、歴戦の経験があるというオリヴァルト達に頼んだ。が、やはり問題があったらしい。

 

 表に出さず反省するライ。

 彼は意識を切り替えてオリヴァルトに問いかける。

 

「それで、ギデオンという男はいましたか?」

「ああ、写真の男は見つけたとも。ほら証拠もばっちし♪」

 

 オリヴァルトは薔薇の中からビデオカメラを取り出し、ライ達に見せつける。

 それはライがオリヴァルトに渡したものだ。

 詳細を聞いていなかったアリサが、その小さな機械に驚き問いかけた。

 

「ねぇライ、あれって……?」

「異界で手に入れた物を導力用に加工したものだ。ブリオニア島で導力ラジオが役に立ったから、ノーム先輩に協力してもらって作成した」

「ああ……、そういえば授業中になんか作ってたっけ」

 

 小型カメラを見て納得するアリサ。

 近年の導力革命によって、ゼムリア大陸の技術レベルは驚愕の速度で進歩し続けている。

 それこそ端末で見る動画を撮影する機器なども開発されているが、速度が早すぎる為、構造の洗練がされているとは言い難い。

 

 そこで、長い期間をかけて改良していったであろう異世界の機械を参考にした。

 ビデオカメラの小型化。その目的はたった1つ。

 

「これで、証拠は手に入った」

 

 不敵に微笑むライ。

 その言葉に反応したのは、後方で佇むガイウスだ。

 

「ライよ、まさかそれは……」

「ギデオンがシャドウを操る瞬間を捉えた映像だ」

 

 そう、これは騒動の裏でライとオリヴァルトが交わした作戦だった。

 驚くオーディエンス達の前で、オリヴァルトが高らかとネタ晴らしを行う。

 

「フッ、ボクに託された役目は2つあったって事さ。1つ目はテロリストのに対する伏兵。2つ目はノルド高原で暗躍した男の正体を詳らかにする事。ギデオンは共和国軍とも接触していたから、彼がシャドウを操る光景さえ見せれば、共和国軍の誤解も解けるだろうね」

 

 通商会議が控えているにも関わらず、共和国との緊張状態が続いていたのは、向こうの主張を崩す証拠がなかったからだ。

 しかし、彼らの主張にあった民間人が黒幕だったとなれば状況は一変する。

 緊張状態は向こう側としても戦力を浪費する行為。これで、ノルド高原は今まで通りの状況までは戻せることだろう。

 

「……と、まあ、ここまでは作戦通りだったんだけどね」

「何かトラブルが?」

「あーうん。これはキミたちも無縁じゃないし、正規軍に伝える前に教えておこうか」

 

 そう言って、オリヴァルトは地下道であった出来事を一通りライ達に伝えた。

 

 帝国解放戦線というテロリストの組織名。

 ギデオンに加勢する《S》《V》と呼ばれた2人の幹部。

 ……そして、《C》と名乗る、黒い仮面をつけたペルソナ使いの存在を。

 

「て、敵のペルソナ使いだって!?」

「シグルズと似た姿のペルソナか。リィン、何か心当たりはあるか?」

「いや何も……」

「ふむ、仕方あるまい」

 

 ジークフリードの形から正体を特定しようとするユーシスであったが、リィンに心当たりはない様子。

 そもそも姿形を決める要素が明確に分かっていないのだ。現状での特定は不可能だろう。

 

 しかし、それよりも、ライにとって気になる点は他にあった。

 

 ライの裾をちょいちょいと引っ張るフィー。

 彼女も同じ気がかりがあったようで、黄色い瞳でライを見上げる。

 

「ねぇライ、青い鍵って……」

「似ているな」

 

 月のような光を放つ鍵。

 それはまるで、フィレモンから渡された”あの”鍵のようだ。

 だが、完全に同じであるとも考えにくい。かの世界と繋げる事が出来ないとの証言。ノルドでの話も加味すれば、ライの鍵はギデオンのものより強力だと推測できる。

 

「さて、それじゃそろそろお暇しようかな。ボクは”偶然にも”テロリストと対峙してしまったからね。色んな人からラブコールが鳴り止まないんだ」

 

 うきうきした様子でそう語るオリヴァルト。

 無理もない。何せ、これそこ彼が要求した対価なのだから。

 テロリストの幹部達と直に対峙したとなれば正規軍も無視はできまい。彼はようやく、帝都を動かすこの事件に真の意味で関われるようになったのだ。

 

 オリヴァルトはライ達VII班に別れの挨拶を告げようとする。

 

 ……その時であった。

 遠方から思慮深く、底の知れない声が聞こえて来たのは。

 

 

「──これはこれは。一同お揃いで」

 

 

 その声は不思議な重力を伴っていた。

 誰に合図されたでもなく、自然と皆の意識が声の方向へと向けられる。

 

 そこにいたのは威圧的なオーラを纏い、白髪混じりの茶髪を下ろした大柄の男。

 誰が見ても只者じゃないと理解できるその人物は、注がれる視線を気にも止めず、堂々とした足取りでライ達の元へと歩を進める。

 

(誰だ?)

 

 見覚えのない人物だ。

 しかし、その感想はこの場においてかなりの少数派。

 ユーシスやリィンなどは、驚きを隠せない様子で男の姿を見つめていた。

 

「まさか……」

「…………」

 

 一方でオリヴァルトは僅かに目を細め、近づいてくるその男へと声をかける。

 

「宰相殿。此度の襲撃、無事乗り越えられたようで何よりだ」

「ええ、これも女神の導きでしょう。死力を注いだ者達には礼を尽くさねばなりますまい」

 

 オリヴァルトが口にした宰相と言う単語。

 その肩書を持つ者は、この帝国においてただ1人しかいないだろう。

 

(彼が噂の鉄血宰相、ギリアス・オズボーンか……)

 

 テロリストが怨敵としていた相手。

 帝国の近代化を推し進めた功労者。

 そして同時に、多くの歪を生み出した元凶でもある。

 

 ブリオニア島でも耳にした帝国トップの姿を、ライは脳裏に刻み付けた。

 

「つまり貴方はその礼をしにここまで来たという事かな?」

「いえ、今は殿下と同じく、契約の遂行をしに参上した次第。それはまたの機会といたしましょう」

「……契約?」

 

 訝しむオリヴァルトから視線を外したオズボーンは、その深い目つきをVII組の中心、即ちライの方へと向ける。

 

「ライ・アスガード。春に交わした契約の通り、この帝国に蔓延る災厄の対処は順調に進めているようだな」

 

 突如の名指しであった。

 リィン達の顔がライへと向き、本人もまた、無意識に身構えてしまう。

 

(春に交わした契約? ……まさか!)

 

 入学して以降、ライはオズボーンに会った事は一度もない。

 だとしたか可能性は1つ。鉄血宰相はその内心を見透かしているが如く、言葉を紡いた。

 

「そう言えば記憶喪失であったか。……だが、関係あるまい。お前は私との契約に従い士官学院へと入り込み、己が役割を全うし続けた。その対価を受け取るのは当然の権利と言えるだろう」

 

 オズボーンの手から直々に渡される封書。

 

 かくして、試練を乗り越えたライは、ここに来て初めて自身の経歴を知る事となった。

 

 

 




これにて、色々と詰め込んだ4章が終了です。
次からは5章:交差する2つの軌跡。
ようやくずっと前に追加した「碧の軌跡」のタグが意味を成す事になりそうです。

また、もしお読みいただき面白いと思っていただけたのなら、無理のない範囲でご感想やここすきなどをしていただけると嬉しいです。
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