世界は今、未曾有の大混乱の中にあった。
連合のジブリール派によって行われた一連の大破壊と、それによる地域勢力の空白現象。そこに容易く入ろうとするザフトと、それを熱狂の中で受け入れようとする人々…。
全ては1つの意思のもとに、まるで作られたかのように合致する形で行われているかのようだった。
そしてそこに一滴のカンフル剤が投与される。
この事態をまるで予見していたかのように、用意されたかのようにタイミングを見計らい、ギルバート・デュランダルの演説が始まった。
やられたジブリールはたまったものではないが、俄に信じられないタイミングの良さである。
ヤキン・ドゥーエを戦い抜き平和を歌い続けた歌姫も伴って、彼は気持ちの良い言葉を紡いでいく。
追い詰められたものは藁をも掴むと言われるが正しくそのとおりで、実際に彼の言葉に人々は魅了されていった。
戦争の始まりは自分達に落ち度があると言いながらも、この戦争の継続と連合による不可解な行動を元に、誰に非があるのかと責任の所在を明らかにしつつ、明確な敵を名指ししていく。
ロゴスと言う組織が矢面に出された事によって、多くの無知な民衆は見事なまでに踊らされていった。
もっとも、それはきちんとした統治の行われていない地域であり、戦争を矢面に立って行っている大西洋連邦やユーラシアとは対照的に、南アメリカ合衆国は冷静な目でそれを見ていた。
ロゴスと言っても、そう悪い者たちばかりではないということを彼等は嫌と言うほど思い知っているからだ。
戦災の後に、ムルタ・アズラエルと言う男がこの国に行った投資の数々は、正直に言って天文学的な利益をもたらしいていた。再独立の際元プラント理事国達と対等な関係となれるよう、戦費の捻出や工業力を養うにあたり彼の投資がなければ、今の南アメリカは存在すら出来ていなかった。
それだけに、この時のこの地域の人間たちはデュランダルの演説に対して非常に冷静に見ることが出来ていた。
そしてそれは、スカンジナビア王国もまたそうであった。
元来人口が少なく、例年通り厳冬に見舞われすぎているこの国にとってこの年もまた、あまり変わりはないものだった。
そもそも、冬場であるからこそ部隊を南下させなかった彼等はもっとも被害の少ない国ではあったのだ。
そう言った国々は如何にして今回のこのデュランダルの会見に対して行動を起こすのか?それを決め兼ねていた。
……
ガヤガヤとする格納庫、海に囲まれた絶海の孤島。
ヘブンズベースにいる熱狂的なジブリールの支持者達は、現在自分達の置かれた状況を理解しかねていた。
実際、彼等の盟主たるジブリールが口を出せば出す程に、事態は悪化の一途を辿っていたのだから笑えないものであった。
ここに来て起死回生の為にこの場へと集結させられている、件の事件に使われたデストロイがこの場では組み立てられていたが、そんなものがあったとして果たして派兵する為にはどれ程の輸送部隊が必要なのだろうか?
「本当にこんなものを組み込むんですか!」
白衣を着た男達に何やら説明されながら、整備士長がそんな事を言う。
白衣の男達の手には何やら手のひらサイズの機械があったが、それが何であるのか説明を受けているようだ。
それでも、整備士長の顔は猜疑心に満ちていた。そもそもこういった連中は、案外そこら辺にいるのだが非人道的な者達が多い。
如何にジブリール派であろうとも、そういった事を許容出来る者達ばかりではなかった。
そして、それはパイロット達のいる場所でも起こっていた。
彼等に配られたアンプル、それには所謂薬剤が入っている事は確定であったがその出自が明らかにされていなかった。
中にはドロリとした、銀灰色の物体が入っておりそれがどう作用するかなど、簡単な説明ばかりがされる。
曰く、人間の反応速度を爆発的に上げる。先の機械と共に併用する事によって威力を発揮し、人間とMSをより一体化させるのだとか…、果たしてそんなものが人体に良い訳が無い。
だが、選択肢はあまりにも少ない事に変わりはなかった。
一応の被験者にはネオ・ロアノークが上げられており、彼の身体能力の向上や細胞の再生能力そして人として1段上へと至ると言った形で現れており、実験は成功とも言えた。
もっとも、人格の書き換えが起こったと言った事も上げられており、彼等一人一人がどうなってしまうかなど未知数である。
そもそも、コレが採取された所謂『NEO』と仮称する一番新しい発掘物。MSパイロットの遺体から採取されたこれは、何を目的に造られたかなど分かるはずもなかった。
ただ、その機体がどんな戦闘をやったのかは状況として理解された。
大破した腰部より下の部分は、強烈な熱により溶け落ちていたのだ。
コレは明らかなビーム兵器によるものであり、古代その様なビーム兵器が使用されたのだろうと。
コレには所謂ジブリール派が深く関わっていたものの、高度に発達した科学は魔法のようなものであるという、そう言った言葉の通り。動力源は愚か、駆動系すら未知であった。
その機体内部はコックピットと恐らくはジェネレーターと思われるもの以外が空洞であった。
……
デュランダルが行ったロゴスと言う組織に対する批判によって、各国首脳はその息のかかった政治家をこれ幸いと吊し上げにかけていた。
大西洋連邦大統領である、ジョセフ・コープランドもこの対象になりかけていたが、コレは好機と自らの否を改めロゴスに対する宣伝工作を決行した。
これまで行ってきた数々の政策の中、その中でロゴスが参画し経済的な効果が全く無く、寧ろ彼等の懐を温めるだけとなっていたものを切り捨て、此等を彼等が主導したものと断罪した。
選挙後の大統領支持率の低下を、全てジブリールに着せることにまんまと成功する。
そんな中でも、ロゴスメンバーは最後の望みをかけ一人の人間の足にすがった。
「僕としても、そうやって憐れな姿を見るのは忍びないですからねぇ、こちら側について頂けるのであれば貴方方の今まで行っていたものを、揉み消すことも出来るかもしれませんよ?」
ムルタ・アズラエルは、自らに背いた者達に対してほくそ笑みながら、見下しつつも救いの手を差し伸べた。
彼も勿論ロゴスのメンバーであるから、このような事態に陥れば彼の方にもダメージは計り知れない筈である。
だが、この事態に陥ってなおアズラエルは余裕の表情で此等の事態に応対した。
彼が行ったことは至極単純な事である。
これまで、ジブリール達が行ってきた蛮行を洗いざらい世間に晒しヘイトをそちらへと流しながらも、チャリティーとして行ってきた難民支援活動をただ披露してやればいいだけの事である。
どれだけロゴスを批判しようとしても、その当然の如く受けていた支援が途絶えれば各国がどうなるのかなど、考えるのも容易い。そう、各国にとってこのアズラエルと言う男はあまりにも巨大になりすぎていた為に、この程度のスキャンダルでは沈めることすら出来ないのだ。
そして、もう一つ彼が行ったことはたった一人の傀儡を用意することだった。
彼は単身ベルファストへと赴くその行いは全て一人の少女を活用する、前大戦と同様に連合の御旗として戦っていた彼女を活用するものだった。
……
「むぅ〜〜、ステラ注射嫌い!イヤ!」
「そうは言わずに、やってくれなきゃ困るんだよ?それにほら、シン君とも約束したんだろう?必ずまた会うんだって、それにほら!私が痛そうに見えるかい?」
医者はそう言って自分に注射針を刺すと、ヘラヘラとしながら言った。
ベルファストに存在する製剤施設、その中で被験者としてステラはその場にいた。
キラ達からフレイへと渡り、再び連合の施設に入れられているものの、そこはネオ達と共にいた場所とは似ても似つかない。
鎖も無ければ防弾ガラスもない、至って普通の医療施設。秘密施設でもないのだから、その外には街並みが広がっている。
彼女は戦争から外れようとしていた。それは幸運か、彼女はその身の寿命を何とか延命しようとする医者達の手によって手厚くされている。
だが、彼女がこうやって治療を受けられていると言うことは、交換条件としてキラ達は何かを差し出さなければならなかった筈で、それが何であるのかはこの街に停泊している艦艇を見れば自ずと判るだろう。
ベルファスト軍港には、今二隻の宇宙戦艦が繋留されていた。一隻はグレーを基調としたドミニオン、そしてもう一隻は同じような背格好をしながらも、白亜の城とも言うべき艦艇。
アークエンジェル級1番艦アークエンジェルであった。
コレは単純に言うならば、ステラの為にキラが提示した条件に合ったのだが、要するにアークエンジェルの戦闘データと水密隔壁技術。並びにオーブの可変MS技術を担保に、一人の少女を救おうとしたのだろう。
コレはオーブの国防上非常に由々しき事態ではあるが、これをカガリは見逃した。いや、見て見ぬ振りをしたと言っても過言ではない。身内に甘いのではないかと思われるが、この事はあまり実のところ問題にはならないのだ。
何故ならば、オーブのセイラン家が行った連合への加盟と言う事象がここで生きて来たと言うのだから皮肉であろうか?おかげでキラの行いは、オーブの国防上の問題には発展することは無い。
これだけは、セイラン家に感謝しなければならないだろう。
さて、そんなアークエンジェルの乗員であるが一つの場所へと案内されていた。
アークエンジェルから引き離されて、どうされるかなんて想像すらするだろうが、キラはフレイを信じていた。
連れて行かれたのは…、港から少し離れた屋敷。
カガリには見覚えがある、と言っても公人として来たことがあるくらいなものだろう。
そんな場所に足を踏み入れると、待っていたのは金髪のスーツ姿の男…ムルタ・アズラエルであった。
「コレはコレは皆さんお揃いで、一部の人にはお久しぶりです。とでも言いましょうか?僕はムルタ・アズラエル、ブルーコスモスの盟主にしてロゴスのアズラエル派とでもよべる者達を統べるものです。
まあ、ゆるりとする時間も無いですし歩きながら話をしましょうか?」
アズラエルは聞く耳を持たないのか、抗議をしようとする声を聞く前にさっさと歩みを進める。
暫くすると荷物用の大型エレベーターに乗りながら、下へ下へと降っていく。
誰かが質問するだろうか?果たしてその沈黙を破ろうとした瞬間、エレベーターのドアは開いた。
暗闇の中、そこには一体何があるのか?宇宙の光すら届かない、そんな地下に大空洞がある。
「ここの所有者である彼女に頼まれましてね、クライアントは絶対ですから。
さて、右手をご覧ください?あそこに見えますは、ザフトの主力機ザクウォーリアに酷似した、機体。それと左手に見えますのは…、これまた連合のダガーに似た機体です。
マリュー・ラミアスさん?メカニックマンとしてのあなたにお聞きしたいのですが、果たしてこんなところに何故こんなものがあると思いますか?」
アズラエルが手を振ると、その方向に光が現れ照らされる。まるで品評会のようだ。
「持ち込んだ……にしては大掛かり過ぎるわ、何より…こんな泥に塗れさせる必要なんて…まるで埋まっていたみたいに…。」
その答えにアズラエルは満足そうに首を縦に振ると、正面を見据えて手を大きく広げた。
「そのとおり!」
全体の光が灯ると、その大空洞の全貌が明らかにされる。
様々な機体が、まるで泥に呑まれるように塊となっている。ザクのようなものから、果てはどういった物なのか?埴輪土偶のような間抜けな顔をしたものまで。
「これらは全て、この大地に埋まっていたものです。僕自身、この目で見るまで疑っていましたが、見るだけでインパクトは相当なものでした…。
キラ・ヤマトくん、コレがどういう事か簡単に説明すると?」
「高度に発達した超古代文明…が存在した?そんな、空想漫画みたいに…。それに、何でそんなものにフレイが関わって?」
「はあ?じゃあこのコレクションルーム、本物だと思うのか?お前!」
カガリとキラの考えは全く違ったが、それのどちらが真実であってもこの場は敵の腹の中である。
「信じられないのももっともですが…、そちらのフラガ家の人はなんとなく、わかってしまったんですかね?」
ムウだけは、確信を持ってしまった。この場に異様な空気を感じているのだ。様々な狂気や呪詛、悲哀がこの場に渦巻いていると言うことを。
アズラエルが何を言いたいのか、そしてフレイが何を期待して彼に説明を投げたのか…、つまりは自分達で考えてみろと言った事なのだろう。
コレが事実であるならば、フレイは様々なものを隠している。
そして、これに関係するのならこの世界の成り立ちの殆どが嘘で塗り固められている事になる。
「君達には、僕達と共に未来を生きて欲しいそうでね?こうやって事実を曝け出したかったのだそうだよ。
抑えつけるのは限界があるのだと、僕にはそうも思えませんでしたが、ロゴスは見事に瓦解しましたし強ち間違いでは無いかなと、最近思っています。
では質問です、これを見て貴方がたはどの様な選択を取りますか?我々と敵対して、此等を破壊し尽くす。その場合、僕等は全力をもって貴方がたに対処します。
もう一つは、僕等と共に此等を守る事。黒歴史を今再び表に出さない為に…、その場合は僕達も君達のことをサポートします。
勿論、ロゴスとしてではありますが…。」
「答えを出す前に一ついいですか?…
貴方とジブリールという人のロゴスは全くの別物だと考えても良いんですよね?」
キラのその言葉に対して、アズラエルはそれに首を縦にも横にも振ることはなかった。
その日、世界に向けて一つの放送が行われた。
デュランダルが行った世界への宣言、ロゴスという存在に対する憎悪の集積。
それに対する回答として、ロゴスとしてアズラエルが録画したものを流した。
「始めまして、そして財界の皆様はお久しぶりです。ロゴスのメンバーであるムルタ・アズラエルと申します。
ギルバート・デュランダル、プラント最高議長におかれまして先日の宣言実に感心いたしました。
見事に、ロゴスを世界の敵に認定させるという大事業を成し遂げたのです。」
パチパチと乾いた拍手をする。
「さて、皆さんが今ご覧いただいている映像、それを映している媒体は果たして誰が作っているのか?
答えは単純です。ロゴス
そして、皆さんが食べているその夕飯であり朝食、それらも勿論ロゴス。
あらゆる全てにロゴスというものが関わっています。
勿論、それは初期のプラントもまたロゴスが関わっています。
この世の中にロゴスが関わっていないものは、殆どないと言っても過言ではありません。
果たして、そんなロゴスは悪なのでしょうか?一つの側面だけ見てしまえば、確かにこの戦争を拡大したのはロゴスの1メンバーの行動でしょう。
しかし、殆どのメンバー特に私を含めた平時にも金を稼いでいる者達にとって、戦争というものは非常に儲からないものなのです。
実際、平時の兵器の2割の値段で買われていくのですから、儲かりません。食料だって格安で買われていきます。
得るのは単なる名誉だけ…、何を言いたいのかと言えば、まあ私と私のメンバーはデュランダル議長、貴方の言っていることに賛同します。
ですが、1点どうしても受け入れがたいものがあるのです。
貴方が今神輿として担いでいる、ラクス・クライン嬢に関してですが…果たして、本物なのでしょうか?
私のメンバーの中で、彼女と深く関わりを持っている人物がいます。
連合、プラント双方共に知っていると思いますが彼女、フレイ・アルスター嬢です。」
連合の制服を着たフレイが画面を若干睨みつけるようにしている。何より不満があるのだろう。
「もし、アンタが本物のラクス・クラインなら私とアンタが初めて会った日の事を覚えているはずよ?
なのに、ドミニオンで会ったアンタは私のことを殆ど覚えていなかった。おかしいわよね?一緒にアークエンジェルに乗っていた事を覚えてないなんて…。
ストライクのパイロットが誰だったのかなんて、知らないんでしょ?
ラクスの格好をして平和を訴えるのは別に構わないわ、本人だってそんな奴だし。ただね、神輿にされているのだけは腹立つからやめなさい…。」
「自分の支持率の為に偽物を使ってまで演出をする。実に政治家らしい、いやらしい手です。
どうでしょうか、一度対談でも開きましょうか?そちらのクライン嬢とこちらのアルスター嬢を交えて、公開討論でもしませんか?」
アズラエルが挑発するかのように、そう言うとプツリと動画は途切れた。
この放送に対して、デュランダルが返答する前に数秒のレター映像が流れた。
「私が救助された時、皆さんが戸惑う中、私にご飯をくださったこと忘れません。
ハロがドアをハッキングしてしまったにも関わらず…、私に優しくしてくださった事を。」
その映像はプラントからのものではなかった、だがそこにはハッキリとラクス・クラインの姿があったのは間違いではない。