世界は……、一時の平和を享受していた。
ロゴスという組織に対する不満、デュランダルによる停戦の訴えアズラエルによるロゴス関係者に対する停戦の呼びかけによって、静かな時が1週間流れていた。
不気味なほどに何も起きない、塹壕戦を行っていたはずの場所ですら、既に蛸壺から這い出て互いに飲み物を分け合うような、そんな空間すらあった。確かに散発的な小競り合いはあるものの、命令系統が生きている場所は理性を持っていた。
ジブリール派が集結していたヘブンズベースもまた同様に、いやそれ以上に静かであった。
デュランダルは、考えていた。アズラエルによる会談の提案に乗るかどうか?と言う事ではない。
如何にしてラクス・クラインの事実の言及から自らを護るかと言うことに対してである。
デュランダルには選択肢は無かった。アズラエルによる提案は、デュランダルには回避のしようがないものであるからだ。
戦争を辞めたい、手を止めたいと自らが率先して言った手前、停戦交渉に半ば足を突っ込んでいる提案を蹴ることは、自らの支持率に直結する事態であったからだ。
それはまだ良い、問題なのはラクス・クラインの状況である。現在デュランダルがサポートしているラクス・クラインの本名はミーア・キャンベルと言うラクスではない赤の他人…。
それも整形とデュランダルのプロデュースによって造られた、完全な傀儡である。
確かに彼女自身に意思はあるし、考えもあるが結局はデュランダルの操り人形であるという事実に変わりはなかった。
そんな人物がである、きちんとしたカンペもなしにディベート大会になぞ出た日にはどうなるだろうか?ボロを出すに決まっている。
確かにアイドルとしては目を見張る程の逸材であり、正直に言えば知名度補正があるものの素であのラクスの影武者が出来ているという事実に、自然に創り出されたもののある種の可能性を感じてしまう。それでも、2物を持っていないからこそ良く使える道具であった。だが、それも限界である。
回避しようもない出来事に対して、デュランダルの取れる手段はこの短期間では限られていた。
如何に聡明な彼であろうとも、計画的に物事を進めることを得意とする彼では、あの行き当たりばったりを進めることの出来るアズラエルに対しては、役不足だったのだろうか?
だが嘆いていても刻々と時間は過ぎていく、ロゴスを矢面に立たせそしてそれを叩くことで自らの正統性を担保するという、その計画が破綻寸前に追い込まれた時、彼は決心せざるを得なかった。計画を遂行するために、様々な物事を水面下で進めていたが切り捨てる時が来たのだと…、そう決心した。
執務室の受話器に手を置き、自らの手足となって動く者達に通達する。
「彼女はもう利用するべく場面もない、速やかにかつ穏便に処理したまえ。」
誰にも聞かれることもない、そんな囁きのような命令をただ淡々と言う姿は、一種の独裁者の悲哀と同じような背を抱えていた。
可能性というものがあるからこそ、人は迷い惑い道を誤る。ならば先に道を記せば、自ずと人はそれに対して進んでいくほか無くなると、そういう思いで創り上げたデスティニープラン。
全ては善意からのそれは、彼の諦めた夢を表していたものだった。それを、実現するためには何であれ犠牲を強いなければならないと。
……
ミーアはその日、プラント本国からまた地球へと向かう為にシャトルへと搭乗していた。
会談という政治向きの仕事、それもあのラクスとしての表向きの仕事…、とうとう自分もそんな舞台に出なければならないのかと。本物のラクスと同じように自分も皆の役に立ちたいし、何よりラクスならこのくらいやってくれるという、憧れから来る理解から張り切っていた。
「皆様〜、いってまいりますわぁ〜!」
大手を振るって港を出ようとすると、ちょうどその日急用によって自らのプロデューサーが遅れる事となり、二人の付き人。
若い女性の美しい声の人と、体格も良くボディガードとして良さそうな人が、彼女とともに船へと乗っていた。
基本的に彼女の周囲にはデュランダルの息のかかった者達がいて、彼等も恐らくはとそうなのだろうとミーアは思っていた。その為、基本的に彼等の事を同僚と認識しているミーアは暫くして、プラントからそれなりに離れた場所に来ると気安く話をかけた。
「二人とも急な用事にも関わらずありがとう、議長にも困るわよねぇ政治向きの仕事なんて、私らしく無いのに…。
二人もそう思わない?」
「そうでしょうか?貴女は良くやっていると思いますよ?あの、ラクス・クラインという身勝手な人の役割を担っているのですから、もっと誇らしく思っても良いでしょう。
確かに、議長の行いは少し目に余るものだと思いますし、何より…本人に了承を取っていないのですから困りものですよね?」
女性の方がそう切り返し、多少ミーアを励ましつつ同調する様に言葉を吐くもそこには何処かしら、怒りのようなものと呆れが混じっている。
だが、そんなものにミーアは気が付かない。
「まあ、そう思うだろうが議長も彼なりに考えが有るんだろう…もっともそれに賛同出来るかは別としてな?」
いやにハードボイルドな声をする男がそう口にすると、徐ろにサングラスを外しその顔をミーアに見せる。
誰であろうか、ミーアにはその男性の顔はまったく見覚えがない、だがどう考えても堅気の人間には見えない。
ミーアは少したじろぐと、女性の方を見る。
女性の方もサングラスを外し、その黒い目を露わにすると目元に手を当て何かを外した。
どうやらコンタクトだったのだろう、その瞳は少し青みがかった灰色のいつも自分の鏡で見ているそれである。
そして、女性は黒髪に手をかけるとそれがスルリと外れその髪がウィッグであり、特徴的なピンク髪が露わになる。
あぁ、何ということだろうか自分と瓜二つであり、ドッペルゲンガーとでも言うのだろうか?
いや、こんなこともない。ミーアは直ぐにわかった、そして驚く事もするがそれよりもまず思った事は…
「本物だ……。」
口から言葉が漏れる通り、ミーアはラクスの大ファンである。それこそ、ラクスの歌う歌はすべて網羅しなおかつ、彼女の抑揚等も完璧にコピーできているとそう思っている。
誰よりもラクスの事を知れているという自負があるものの、それは一介のファンとしての範囲であるという自覚もあった。
だからこそ、本物と始めて顔を合わせて感動していたのだ。
画面の向こうばかり見ていた、そんな憧れの人が目の前にいるのだから驚愕よりも先ずは手が動いた。
両の手で、ラクスの手を取り握手をしてしまっていた。
「あの!私!ラクス様のファンなんです!」
「それはありがとうございます。ですが、
ラクスもそれに対して快く受け入れているものの、この状況に対して少し予想外であった。
ミーアという人物の行動がそれほど読めなかったのだ。
瞬間的な発作的な動きというのは、人の心の奥だとかそう言うものを超越する。
暫くそうしていると、男が咳払いをする。
ハッ!としてミーアはラクスから手を離すと、キョロキョロと二人を見渡した。
「あの……、どうして変装なんて。何時でも帰ってくれば良いじゃないですか、そうすれば私だって…私だって…。」
ミーアは何か名残惜しそうにしながらも、ラクスの事を尊重しようとする。迷っているのだろう、今の自分は所詮はラクスの代わりなのだから、本物がいれば自分等と。
「
ラクスは男に目配せをすると、男は首を縦に振りシャトルの操縦席の方へと向かっていく。
「あの方はアンドリュー・バルトフェルドと言います。
「私を……、どうしてですか?私はただ議長に呼ばれただけなんですよ?それがどうして…。」
そう言いかけてシャトルの外を見ると、ザフトの艦艇ナスカ級が2隻とピンクの良く見えるエターナルが姿を現し、シャトルを護るように取り囲む。
どう言うことだろうか、どうしてこうも事態が急に進んでいくのか?
「デュランダル議長は、貴女を排除する為にこの舟に爆発物を仕掛けたのです。それでも駄目ならば…」
外で幾つかの閃光が瞬くと、何者かが艦隊を襲うようにMSが現れる。それを、ナスカ級やエターナルのMSが応戦して撃退して行く。
「この様に海賊をけしかけ、不幸な事故を装おうとする。それが議長のやり方なのでしょうが、
「ウソ…嘘よ議長がそんな。だって、私を…」
ミーアは戸惑う、信じていたものに裏切られるという行為。何を信じれば良いのか分からなくなる、その不安に。
「ですから、共に行きませんか?地球へと、
ラクスのその言葉に、ミーアは震える瞳で何を見据えるのか?
……
「あ"あ"あ"あ"、たっくなんだよこいつ!」
苛立ちを隠せないのか、シンはコックピットの中で叫ぶとそのシートを思い切り叩く。彼が今やっている行為は、前回の戦闘で得たデータから取得された敵の動きをトレースし、そしてそのデータから仮想敵を創り出すことだ。
そして、その敵との模擬戦をと…それをやっているのだが思うように敵が倒せないのだ。
「シン…もういい加減にしない?これで20戦全敗だし、少しは休憩した方が。」
「ルナは休憩すれば良いだろ、あとちょっとなんだ…もう少しで何か掴めそうなんだ。」
呆れたようにルナマリアはため息を吐くと、ボトルに口をつけてコックピットから姿を現す。
流石に座り過ぎたのか、お尻の形はシートのそれになっていたがパイロットと言うものはそういうものに慣れている。
「いい加減にしないかシン!そうやっていざという時戦えなかったら元も子もないんだぞ!それに、周囲を良く見ろ!お前一人で戦っているわけじゃないんだぞ!」
「いざって時っていつですか?だいたい、議長が停戦命令出してるんだから、俺達だってそんな戦闘しないでしょ。」
「いや、今のはアスランが正しい。シン、根を詰めすぎるな身体に良くないぞ。」
ここ最近、ミネルバ隊の面々は一つのMSに対するシミュレーションを行っていた。
シンが戦闘を行ったあのウィンダム、フリーダムと共に共闘したそれはあまりにもシンに印象に残るものであった。
明らかにスペックで劣る機体、それにも関わらず圧倒されてしまった己の不甲斐なさに、シンは己の実力を過小した。
戦闘データを元にシミュレーターに落とし込むのに、メイリンの力を借りやっとのことで漕ぎ着けたそれは、途中メイリンがフリーダムのデータを見つける事によって一悶着あったものの、スイーツによる買収によって一応の決着を見た。
勿論この事はミネルバのパイロットには周知の事実であり、新しく配備されたウィザードシステムに対応したグフや、やっとのことで修復されたセイバー等戦力も各順した事によって、ミネルバの最戦力化に伴い上への報告は有耶無耶にされた。
そこにはアスランの機転があったのだが、要するに議長に対する不信からのものだが、レイもそれに賛同した事によって彼等は一応の団結を持った。
コックピットから降りたシンがボトルに口をつけ、一息つく。どうやっても勝てない相手、シンにとっての問題はそれだけではなかった。
アスランはその敵に対応して見せたのだ。
型落ちとは言え、核動力機であるフリーダムをして苦戦していた相手を、4回目とは言えアスランは撃破してみせたのだ。
これに対してシンは対抗心を剥き出しにした。
「それにしても、良くこんなのと当たって落とされなかったわね。正直信じられないわよ?」
「それは…フリーダムのパイロットの動きも…勿論ある…と思う。」
あの時、自分は果たして戦力として数えられていただろうか?足手まといになっていなかったろうか?シンは戦いを振り返る。
「シン…落ち込む必要はないさ、アイツはそう言う奴だからな。」
フリーダムのパイロットの事になると、何処かアスランは誇らしげになる。それほど仲が良かったのだろうと、ルナマリアは渋い顔をする。歌姫の騎士団で一二を競ったと言うのは伊達では無かったのだ。
「まあ、だがこの敵は厄介だな。俺達コーディネイターを嫌うブルーコスモスであるにも関わらず、俺達以上に動けて尚且つ冷静な相手だ。昔似たような相手と戦った事はあるが、動きは別のベクトルだからな。参考にはならなかった。」
アスランの言う相手とは勿論フレイの事だろう、先読みによる−秒の世界という人智を超えた化け物の事だ。
「そういや、メイリンは?最近顔を出さないけど。」
「なんか、ソースコードのレベルの高さに舌を巻いたんだって、色々と勉強になるから少しこもるってさ…まったくわけわからないけどね。」
笑い声が駆け巡る。彼等の1日は更けていく、そしてまた次の日がやってくるのだろう。一時の平和は、彼等の心を癒すには短かったがそれでも荒んだ心を平静に戻す役割には、十分と言えた。