その日、ミネルバの艦内は何時ものような喧騒も無ければ、誰かが急いで走るようなことも無かった。
皆が皆、各部屋に設置されたディスプレイの前に座り、立ち目の前に流れ始める映像を今か今かと待っていた。
いや、この光景はミネルバだけではない。ザフトの非番の艦艇、基地それぞれに似たような光景が広がっていたのだ。
事の発端はやはり、デュランダルの件と言えばいいだろうか?
会談が予定されていた時間になると、艦長や様々な責任者が言ったのだ。
「別命あるまで、此等を見守ること」と。
そう、最低限戦闘を避けるための措置である。暴走して勝手気ままに戦争を始めてしまう奴等もいないとも限らない、ならば管理しやすいように、一箇所に纏めておくのが筋である。
勿論、上の人間であればそのような事単純に理解できた。
この光景は単純連合の、特にアズラエル派に所属するブルーコスモスの面々にも見られる光景であったことから、互いに戦争への忌避感があったのだ。
彼等が集まり、暫くするとその映像が流れ始める。
デュランダルと、その横には何時ものようにラクス・クラインの姿が、何時もの星形の髪留めは認められないが、紛れもなく彼女はそこにいた。
デュランダルの内心はこの時どうであったろうか?確かな事は、彼はジブラルタルでの会談を選定し、アズラエルにとっては完全にアウェイの環境を創ったにも関わらず、焦りを感じている事だろう。
本来ここに並んでいるはずもないラクスの姿が横にあって、目の前には商人アズラエルと貴族フレイがいる。
何時ものような議長服に身を包んだ自分と、ラクス・クラインらしい和服を元にしたのだろう服装をしたラクス。
白を基調としたスーツに身を包み、きちんと髪型を整え胸ポケットには白いシルクのハンカチを覗かせるアズラエルと、青色のパステルカラーを使用したマーメイドドレススタイル。
プラントらしい雑多な交雑をしたファッションと、シンプルなナチュラルテイストなファッションの違い。
まさにその場に座る者達を映すような、そんな服装をしているのが彼等であった。
テレビ中継的に並べられた両者の机の間には僅かな空間が置かれ、まさにイベントのようなそんな見た目である。
つまりは、コレは全世界への一斉送信を行われているのであり、生中継である。
戦争で戦っている、停戦はしているが戦場にいる者達にとってはあまり良いふうには聞こえないだろうが、コレも戦いなのだ。
互いのエゴをぶつけ合い、先にも音を上げた方が負である。そして、戦いが始まる前から既に戦いは始まっている。
特にこの時、デュランダルは来るはずもなかった人物が来てしまったことに対して先手を打たれた事に気が付いていた。
尤もそれは偶然であり、本当に偶々このような事になっている事に気が付きようはない。
対してアズラエルは、目の前にいるデュランダルに対して依然警戒をしながらも本命としては、如何にしてラクスの影武者にボロを出させるかというものを頭の中で練っていた。
ちなみにであるが、この思考はあまり意味のないものである。
では、フレイはどうでもあるのかと言えば少し驚きを持って、目の前のラクスを見ていた。
そう…
『お久しぶりですね、フレイ様』
頭の中に声が響いて来るのだ、何処から来ているのかは解りきっている。目の前のラクス・クラインなのだと。
果たしてどうしてそのような事になるのかと、逡巡するものの考えても致し方ない。
『久しぶり、なにそれ?ま、なんとなくメンデル関連なんでしょうけど…、で?どうするの、正直ここでの勝敗よりも私はなんだか嫌な予感があるのよ、変な感覚が。だからそっちを調べたいんだけど。』
『あまり…驚かないのですね』
ラクスとしてはコレがどのようなものにしろ、似たような事ができそうな人間がいる事に嬉しく思っていた。まさにお揃いと言うものは良いものだ、友人と言うものが少ないラクスにとってフレイは、嘘偽り無く話す事が出来る数少ない人間であったから。
そもそも、ユーレンの遺したそれをヒントにコレを身に着けたのはラクスの努力とも言えよう。
何よりそれを数日のうちに使いこなしているのは流石である。
『驚いたわよ?でも、まあなんとなく
『解った…ですか。貴女の持つそれは、私のそれとはやはり少し違うのですね。いったい何が見えているのですか?』
そんな事フレイだって知りたい、そもそも近くの未来を見たくて見ている訳でもないし、物事を深く知ろうとすら思っていないのに勝手に入ってくるのだから洒落にならない程苦痛に感じる事すらある。本当に感じたい事、そして探している人程コレで感じ取れないのだから、融通が利かない。
ラクスとフレイのその会話は、誰に聞かれると言うこともなくその間に進んでいく。デュランダルとアズラエルの小難しい話等、端から眼中に無かった。
そもそも、フレイの向いている意識の方角はヘブンズベースに対してのものだった。
『フレイ様、貴女は一体何を知っているのかここだけでも良いのでお聞かせくださいませんか?どうして頑なに誰にも言わないのですか?』
『このオッサン達の話の如何によっては説明するわよ?どうせ、隠し通せるものでも無し。問題は、人類がそこに至る程に賢くなっているのかって事だから。』
デュランダルとアズラエルの話が過熱していく中、アズラエルはカードを1枚切った。
「貴方、元は遺伝子工学を先行していた学者らしいじゃないですか?不都合な遺伝子を聞き取った結果、愛する人との子供すら創れなくなる…余りにも哀れな結果に世界に絶望でもしたんですか?
貴方の言うデスティニープラン、始まりはそこに行き着くんじゃないんですか?」
「それは私の個人的な部分の話だ。それと世界平和とは一切関係のない事だ。ただ、私としてはこれ以上戦争の源となる可能性を摘むために、そのような選択もあるという事を。」
「選択肢を消し去るのに、そのような選択を取る人間がどれ程いるでしょうね?完全な家畜になりたい人間がどれ程いるでしょうねぇ?
最初は良いでしょう、でも人間は飽き性ですから直ぐに反発が生まれ新たな争いの火種になりますよ。ですから恒久的な平和というものは不可能なんです。我々は神様じゃあ無いのでね。」
二人の意見はやはり理解し合えないだろう、互いを支持する者たちもいるだろう。
だからこそ多様性と言うものは面白くもあり、厄介な代物であるのだ。片方を立てれば片方は立つことができない、どちらか一方が妥協すればよいのか?
いや、互いに妥協すればよいのだがそんな事をするはずもない。人間とは欲の塊なのだから、折れれば次はそれ次はそれと、次々にやられる。
そういう部分が内心あるからこそ、戦争はなくならない。
だが、そういった状態であるもののそれでも戦争をすることが出来ないようなそんな状況下に置かれた時、人類は戦争を辞めるだろうか?
互いに妥協点も無いままに、進んでいく中ラクスが口を開いた。
「デュランダル議長、並びにアズラエル様。お二人に質問があります。」
示し合わせたように、ラクスの言葉の後にフレイが言った。
「もし、人類の外敵が現れた場合互いに利益を超えて手を取り合える?」
この問題は古くからあるものだ、果たしていがみ合い続ける2つの勢力が手を取り合うことが出来るだろうか?
「いきなりどうしたね?ラクス・クラインにフレイ・アルスター。そのような仮説が、果たして今の議論に必要なのか?」
「必要も何も、目の前にその可能性は広がっていると思うわよ?」
フレイがその言葉を言ったとき、事態は急変した。
会談をしている場に急ぎ伝令がデュランダルの元へと駆け付ける。そのものの手にあるのは紙切れであるが、内容は内容であった。
「どういう事か?アズラエル殿、アイスランドには地球軍の秘密基地がある。それも、貴方の言うジブリール派とか言う者達がいる。違いますか?」
「う〜ん、まあ合ってますけど何かありましたか?」
手元に届いたものにはこう書かれていた。
アイスランドで戦略級の核兵器の爆発が確認されたと。
……
これはちょうど、ヘブンズベースが核の炎に包まれた頃に起きた出来事であった。
ユウナ・ロマ・セイランは焦っていた。セイラン家の後ろ盾であったロゴス、その協力者達との連絡の一切が取れなくなり、これまで行ってきたロゴスとの関係が水泡に帰したというものであった。
そもそもセイラン家と言うものは氏族としてはまだまだ新しいものであり、経済的な部分を司る氏族の内の一つでしか無かった。
それが戦争のどさくさに紛れ勢力を拡大しただけであり、古くから根付いていた住民との関係はお世辞にも大きいものではなかった。金で人気を買う、それがセイラン家でありそれを喪ったが最後急速にその支持は冷え切っていた。
「どうしてこんな事になるんだ、誰のせいだよ!」
その言葉に対する答えを持っている人間はいない、そもそも彼等の周囲には彼等が見下していた者達ばかりなのだから、見棄てられるのも時間の問題と言えよう。
そんな中で、一つの朗報が入った。
行方不明であったカガリ・ユラ・アスハが、
ユウナにとっては自らの政略結婚の相手ではあるが、一応の結婚相手である彼女が帰ってきた事に、朗報だと思った。
さて、ユウナという男はセイラン家にとっては新しい顔となるはずであった。それが、連合と共に出て行ったと思えば艦隊に損害を与えて帰ってきて、挙句の果てにはそれがロゴスのメンバーだと宣伝されている。
もはや政治的に死んでいる人間に、利用価値などあるのだろうか?いや無い。
それ故に、ユウナの供回り等既にロゴスから与えられた数名のみであった。
この時、カガリは覚悟を決めていた。ユウナという男を人柱とすることで、再びオーブを中立的立場へと立ち直させようと画策していた。その後ろ盾には皮肉な事に、同じくロゴスに所属していたアズラエルによるものだったが…。
そもそも中立を欲したのはアズラエルであった。戦争によって疲弊した国々に戦争を続けさせるよりも、経済的に戦争を行ったほうがかえって彼の土俵であったし、コーディネイターという本質的な弱者動物は放置しても勝手に滅ぶと理解していた。
汚いものを掴まずに綺麗なものだけで世界を救うなど、そんなもの現実を見たカガリにはもう無かった。オーブ国防軍はカガリの言葉を信じ、政治中枢を次々に制圧して行く。武力を否定した彼女が武力によって自らの土台を、再びその手中に納める。それは何たる皮肉であろうか?
遂に到達すると言ったところで、官邸に軍が迫ると途端に違和感が増した。
迎撃らしいものが何もないのだ。殆ど無血開城に近いものが続いてるが、そこだけ更におかしいものだった。
内部に入れば
シ~ン
と静まり返ったように、まるで動く者もない。
ただ、少し足を踏み入れたところでカガリは目にした。
夥しい数の人だったものが、壁や床に貼り付いてる…その中にはユウナのあの紫髪も混ざりもはや原型も留めていなかった。
「一体何があったんだ…」
そのグロテスクな世界に一人の人間が立ち尽くし、片腕をダラリとしながら彼女の方を見る。
人という生き物は脳の活動を停止させられれば本来死ぬ運命にあるのだが、目の前のそれは違っていた。
所謂ゾンビと言うものがいるのなら、まさにそれだったのだろう問題はその動きは人間のそれを遥かに凌駕していたことだ。
何の意思があるのか、それは彼女を襲い来る。それに対して彼女の目の前に躍り出たのは、彼女の唯一の肉親であるキラであった。いつもであればナヨっとしている彼であるが、フラガやラミアスに鍛え上げられ、その服の下は痩せ型であるが立派な筋肉が宿る。
護るためにと身に着けたその力を奮い、襲い来るそれを眼前に迎え撃つ。
まるで動物のような本能の赴くままに攻撃する敵に、理性という物があるのだろうか?だが、その肉体のリミッターは確実に壊れていよう。
キラに向かっていく放たれる掌底は、キラの極限の反射神経に何とか逸らされると、そのまま腕の関節が外れるのも構わずに引き戻されていくが、それを見逃すキラではない。
それを逆用し、完全に関節を外しに行った。
痛みを感じていないだろうそれは、流石に関節が外れれば身動きも取れなくなりつつ。
結論を言えばこの戦闘によって、ロゴスから避難してきていた者達は軒並み死に絶え、残っていたのは死体ばかりと、化け物のように狂っていた一人の兵士の遺体だけとなった。
明らかに人として狂っていたそれを解剖しない、という手は無かった。
……
その地で何が起こったのか、それを知るものはいない。ただ判ることは…、その大地が強烈な熱と衝撃波によって巨大なクレーターと化し、周囲一体数十kmを巻き込んで消滅してしまっていたという事だけである。
何が起こっていたのか、それを宇宙から見下ろすだけでは判断が難しくこの事態に際しデュランダルとアズラエルは特別チームを組み、一路ヘブンズベースへと彼等を向かわせる事となる。
皮肉な事に悲劇的な物事が、彼等の議論を中断させそして一時的にせよ協力関係を構築させるには持って来いのものであった。
政治体系の話等の、戦後でも十分時間はあるのだから。