機動戦士ガンダム Red Fractal   作:丸亀導師

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第36話

ギギギギ

 

軋むような音が拡がり、退避カプセル全体にその緊張感が走っていく。

遂に自分達の元へと敵が怪物が来たのかと、周囲の人間達は次々に覚悟を決めて行く。

 

そんな中幾人かが半狂乱となり、暴れ始めるのを周囲の大人達は抑え込むように殴りつけ、意識を飛ばす。

もう、自分達にはさほど時間は残っていないかもしれないと、そう悟った者達の中に理性的な者もいた。

 

月面の避難シェルターと言うものは存外広いものである。それはコロニーと違い、低重力とは言え重力が存在する故に自律航行能力が付与出来ないと言う問題からであった。

それ故に、そのシェルターはどちらかと言えば地球のそれと似通った構造をする。

 

幾人かの大人は子供達を伴って、奥へ奥へと移動する。彼等は子供達を最奥へと押し込める。

少しでも長く長く、この時間を生命の息吹を守らんが為に隠すように子供達をその場へと導く。

 

「ここに隠れていなさい。」

 

先導する男は子供達にそう言うと、シートや小物で子供達を隠そうとする。

年長の子供はそれを理解し、小さい子を守ろうとするだろう。

男はそれを見ると、幾人かの女性をそこに残しシェルターの入り口の方へと男達を連れて戻っていく。

 

まさか…こんな事になるなんてな。

 

「え?なんです?」

 

「独り言だよ。」

 

先導する男は自分がコペルニクスに住んでいる理由を、改めて思いながらも感慨にふけっていた。

 

10年以上も前に仕事で赴任したこの街、ブルーコスモスとしてのロビー活動…、そんな中で生きた日々。

手を取り合って生きる、コーディネイターとナチュラル。人種や思想を超えた先の理想郷、そして恋…。

 

恋人は、コーディネイターだった。それを、打ち明けられた時どうすれば良いのかと1日中悩み通し、結局そのままの関係をダラダラと続け子供が出来た事。

 

そんな街で起きたコペルニクスの悲劇。

自分達の生活とはまるで関係のないにもかかわらず持ち込まれた諍い、そしてそれに憤慨する人々に呼応する。

そして戦争とそれを傍観者のように見つめる日々。

 

それがまるで走馬燈のように頭をよぎる。

 

シェルターの入り口にはそれを護る様に、自警団が結成され扉を前に武器を構えている。

何処から持ってきたのだろうか?コペルニクスの民間人がそんな物を持っている筈もない、本来彼等はテロリストなのだろう。だが、そんな彼等もまたこうやっているとすれば、コレは彼等にとっても不本意な事だったのかもしれない。

 

ブー・ブー・ブー

 

シェルターのチャイムが鳴り響く。

 

『おおーい、入れてくれないか?早く入れてくれ、奴等が来る。』

 

そうスピーカーから聞こえてくる声に、戸惑う人もいる。

外は今、真空に近い状態のはずである。そんな中で生き残れる人間などいやしない。

それどころか宇宙服も限定的なこのシェルター、専用の装備の無いまま開ければ最後だ。

 

どう考えても罠だった。そんな空間に生身の人間がいられる筈もない。何より、声がやけに透き通っていた事も原因であろう。

 

人々は息を潜めそれをやり過ごそうとする。

答えれば最後、きっとMSの腕か何かが壁を突き崩し自分達を殺しに来ると、そう思っていたから。

 

 

……

 

暗がりの中、一人パイロットスーツに身を包みシートに身体を沈める。

灯るのは幾ばくかのコンソールの光ばかりで、そんな闇の中にフレイは身を沈めていた。

人々の不安…事実を隠し続け誰にも秘匿し、それを守り通す。自らの家の使命、それがどれほど重いことなのか今更ながら彼女にその事実が襲いかかっていた。

 

もう、遅いとそう思っていながらもその後悔は拭いきれるものでもない。

もし、目の前にガンダムがなければあそこに行かなければ、自分は此等を知らずに生きてこられたのか?と、そう慟哭欲が今も尚ある。

 

だけれど、あの時アレを選択しなければ自分が耐えられなくなっていたかもしれないと、言い訳がましくもどうしようもない現実から目を反らしたかった。

 

『どうして、声を聞かせてくれないの?』

 

彼女は心のなかで一人ごちる、彼女を導き戦い方を教えそして手助けをしてくれた人。

場を和ませようと、その人と喧嘩か何かをしていた人。

そして、黒い肌のあの少女を彼女は感じ取れなかった。

 

あの時、アレほど鬱陶しほどに自らを導かんとした彼の姿を、今の彼女は見ることも聞くこともできない。

まるでぽっかりと、何かが抜け落ちたようにその存在そのものが宇宙から消えていた。

 

アレは現実だったのだろうか?と、そう思えるほどに彼女は彼を探し求め、戦争から幾日も経った今で尚無意識に探そうとする。

一種の依存ともいえるそれを、彼女は1人抱えて生きてきた。

寂しいという心を隠して。

 

そんな彼女の心の汚泥を知るものは少ない。

ラウは彼女の選択の重みを知って尚、支えようとした。元来彼は世話焼きで、何より善良な思考の持ち主である。

育ちが良いと言うこともあるのだろうが、純粋に誰かの為に生きたいと願った彼のエゴであったのかもしれない。

だが、そんなラウも今この場にはいない。

ドミニオンにいるからだ。

 

では身近に彼女の心を知るものがいるのか?いる、それは思考の海に飲まれようとした頃だった。

 

「フレイ様…大丈夫ですか?」

 

コックピットが外部より開放される。そこに立っていたのはピンク髪の良く知る人物であった。

 

「何よいきなり…私は忙しいのよ。」

 

ラクスは彼女の事を心配していた。

自分と似たような境遇であり、両親を失ったと言う共通の痛みを抱え、互いに指導者という椅子に座らされていると言う立場からも。

そして何より、歳上として妹のように思えたフレイの事を…。

 

「胸の内で泣かないでください、声に出す方がはっきりとスッキリしますよ?」

 

「泣いてないわよ……、アンタだって辛気臭い顔してないでさっさとブリッジに戻りなさいよ。それが司令官様の仕事でしょ?」

 

「そうです。ですが、私お飾りですのよ?皆さん優秀ですから、私がいなくても充分にやっています。」

 

まだ戦闘が始まってはいないが、少なくともラクスは周囲に物事を任せていこうという、そういった気兼ねを持ち始めていた。それは成長か?それともただ単にサボりなのだろうか?

少なくとも、人としてはより健全なことだろう。追い詰められるほどに、物事を抱える義務などまだ二十歳になっていない人間が抱えるべきではない。

 

むしろまだその年齢ならば、率先して遊び呆けたほうがよっぽど良いのではないだろうか?

 

「張り詰め過ぎですよ…?」

 

「アンタだってわかってるでしょ?私が、ブルーコスモスやロゴスに秘密を漏らさなければこんな事にはなっていなかったって。周囲の皆心で思っているのよ?お前のせいだって。」

 

なまじ人の洞察と言った点では彼女以上に機敏なものも少ない、被害妄想的ではあるが実際事実ではあった。

 

「それを言うのなら貴女は情報を与えたに過ぎません、コレは私達皆責任です。

人は道具を使います。情報等というものは所詮は道具に過ぎませんから、道具は使う人によって様々なことに使えます。

ですから、貴女の責任ではありません。そういう選択をしなかった私達の責任ですわ?

少なくとも、私はそう思っております。」

 

ラクスのその言葉の真意はさておき、フレイはその言葉に悪意が無いことを知る。

そしてそんな気休めにしかならない事を、頭の片隅に入れた。

そして、コンソールに機体の起動を入力した。

 

「どいてくれない…?危ないから。」

 

「はい、わかりました。くれぐれも忘れないでくださいね。」

 

そう言ってフワリとコックピットから離れゆくラクスに、フレイはあるものを投げた。ラクスはそれを、両の手に取ると怪訝そうな顔をした。

 

「御守り…持っておいて、私が生きてても母艦が沈んじゃ元も子もないから。」

 

そう言って投げたのは、T字に良く似た金属片PF(サイコフレーム)

それはフレイがいつも持ち歩いていた遺物。

 

「わかりました。ですが、約束してください?必ず帰ってくると。」

 

それを聞いたフレイは無言のまま、コックピットハッチを閉める。ラクスはフワリと格納庫通路へと足を付け、ブリッジへと戻るように足を向けた。

 

『ありがとう』

 

そんな声が聞こえた気がして、ラクスは少し頬を綻ばせた。

宇宙用に換装された機体の調子を見ながら、格納庫からカタパルトへと移動していく。

 

外には既にジャスティスとフリーダムが待機していた。

2機はミーティアとの接続作業中、そこにエターナルの射出ハッチが開く。

 

 

【挿絵表示】

 

 

接続出来るありったけの武装、ストライカーパックを接続出来ない変わりに作られたそれを着け、宇宙空間を前にする。

 

「フレイ・アルスター、ガンダム行きます!」

 

グッとシートに身体が引き付けられる。

それを柔らかくシートが受け止め、だんだんと離れていくエターナルを後ろに徐々に加速していく。

 

暫く離れた位置に到達すると、エターナルから後発でMS大のライフルが射出されそれを機体のマニュピレーターが掴み取る。

ブースターが取り付けられたロングレンジ用メガ粒子ビームライフル。

 

【挿絵表示】

 

おそらくは、この時代でMSが保持できる最も長距離を狙うのに適した兵器であろう。

 

それを手にミーティアへと接続を済ましたフリーダムと、ジャスティスと共に艦隊に先駆け進行方向よりもやや上面(月面をしたとして)に進んで行った。

 

敢えて戦力を分散し、敵の頭を抑える為に敵艦隊の中心に殴り込んでいくミーティアと違い、脅威度の最も高い敵に対して亜光速(光速の99%)にまで速度を上げたそれを用いての狙撃。

それが、彼女に与えられた任務…。

そしてそれは、サイコフレームを各関節部とコックピット周囲に配された本機の、NTとの親和性の高い機体特性としての空間認識力の向上を最大限活用する為の最適な運用方法であった。

 

 

一方未だ出撃の号令のかかっていない者達は、各艦内にてそれぞれの仕事をこなす。

機体の最終チェックは細かく行われ、おそらくは激戦となる空域での戦闘時何事も起こらないよう慎重を期した。

 

「エグザスストライカーか、私に使えるかな?」

 

「充分に対応可能だと思います。一応プロヴィデンスのデータから様々な物を移植してありますし、サイコミュだってストライクに対応してますから。」

 

ラウは己に与えられた機体、ストライクガンダムver.2を前にしてその背面に装着されているそれに目を向けた。

連合で使用されていたメビウス・ゼロ、その発展系であるエグザスのガンバレルをより改良し、サイコミュ技術を用いたミノフスキー通信を利用したドラグーン(ミノフスキー物理学を用いるものをビットとして呼称以後ビット)として無線式としたものであった。

 

己の力、忌々しいオリジナルが所持していたそれの御蔭でこうしてまた戦えるのだから皮肉なものである。

フッと、無意識に彼は口元を緩ませた。

 

「笑うのも良いですけど、少佐をあの娘を悲しませないでください。」

 

先ほどから彼の機体を調整しているのはカタリナであった。彼女もまた戦場に出るだろうことは、ドミニオンにいる者達にとっては当たり前である。

最大限戦力を活用しなければ、最悪の事態は免れない。艦隊防空戦闘のエキスパートとして、彼女は艦隊直掩を任されていた。

 

「私はそれ程までに彼女から信頼されているのかね?正直に言えば複雑な気分だよ。」

 

元はと言えばフレイの父親を殺したのはこの男である。そんな男に、代償行為とは言え身を許すところまで行った彼女の心境が分かっていても分かりかねた。

 

「そうでしょうね、便利そうな力を持っていても所詮は人間です。理解し合えるという事と許容できるということは違うものです。私はそんなものよりももっと、人との関わりを持って頂きたいのです。」

 

カタリナはフレイに助けられた。彼女は戦後廃棄処分が決定されていたところに、権力を乱用して懐刀として置いてもらっているのだから。

 

「だから帰ってきてください、悲しませないでください。」

 

「それはお互い様だろうに、まあ心配は無用だよ。

私はラウ・ル・クルーゼだ、不可能を可能とするあの男の好敵手であった男だぞ?」

 

そう言うと何処からか仮面を取り出すと、目元を覆うようにそれを着ける。素顔が隠されていたあの時のそれを彼は身につけ、己の機体へと向き直った。

 

 

 

他方、真実を知る一握りの人間たちとは対照的に、ミネルバのクルー達はそれまでの戦いと同様に比較的楽観的な考えを持っていた。

それはパイロットであるシンやルナマリアも同様に、この戦場を決して死地ではないと思っている。

 

次があるから、だから詰め込まなくても良いけれど完璧にこなしたいルナマリアは、その性格からシンのレクチャーをしっかりと聞き新しくなったインパルス、コアスプレンダーの癖を理解しようとする。

コレが恐怖に駆られていたら、何も手付かずのままに終わっていたかもしれない。

 

それぞれが、それぞれの仕事を全うすることが出来ていた。

彼等は遺書をしたためつつも、その内容はシンプルで形式的なものばかり。

下手に緊張するものもおらず、寧ろ慣れた艦内の雰囲気に彼等の士気は高かった。

 

二人を除いて。

 

一人はレイであった。

彼はラウと同様の人間であり、ラウの考えそのものを理解することは出来ないが、近接する彼の感情の起伏を僅かであるが感じ取っていた。

死を覚悟する者特有のそれを放つラウに、レイは無性に苛立ちを覚えていた。

 

「また貴方は、俺を置いて行ってしまうのですか?

 

やっと出会えた、探していた家族が消えてしまう。それだけにレイの感情は震えた。

外面上、取り繕ってはいるものの彼は恐れた。

だが、同時に今の己の力をもってすれば彼を護れるのではと、そう確信もない自信があった。

 

レイのように心配事に一喜一憂するものとは違い、もう一人の人物は体調面での不安を残していた。

 

タリアは己の不調の原因に悩んでいた。

胸焼けしたような感覚と、貧血。それに何より少し胸が張っているような、お腹が張っているようなそんな感覚であった。

そして体調不良を隠すように、医務室に入った彼女に待っていたのは重大な問題であった。

 

「3カ月です。」

 

「3カ月…?えっ、それは…妊娠しているということですか?」

 

彼女は子宮内で子供を育んでいたのだ。

最近続いていた不調も、寝不足や過度なストレスから来るものでもなく、寧ろもっと根本的な物に原因があったのだ。

 

「健康診断…受けてませんよね?忙しいと言いながら。」

 

「ええ、最近は仕事に忙殺されていたから。」

 

医官は淡々と仕事を続ける。相手が誰であるのかという、そんな詮索はしたくはないが身に覚えがあるのならその相手に報告をしなければならないと。

しかし、この有事である。そんな物を悠長に出来るものではない。

 

特に艦長としての役割がある彼女が離れれば、この艦の運用に関わる。しかもだ、戦闘前であるのだから尚更だ。

 

「実はですね…、副長には既に話しを通してあるのですが。もしもの場合は、全力を持ってサポートしますと言っていたよ。いやはや頼もしい限りで。」

 

「は…?誰かが私の妊娠を知っていたと?」

 

「連合のあのアルスターとか言う彼女がね、医務室に来て言ったんだよ。艦長が妊娠しているかも知れないから、早いところ艦を降ろしたほうが良いと。

与太話とは思っていましたが、まさか本当にそうなるとは…。副長はそれを真に受けていましたよ。」

 

他人の妊娠を敏感に感じ取るのは果たして人間業だろうか?特に出産経験のない小娘が、そんな物を知っているはずもない。

状況は良くはない、ただ今はアーサーを頼る他無い状況になったことは事実だった。

 

「どなたとの子であるかは、おいおいとしてとりあえずは医者としては安静を…と言いたいところですが無理でしょうね。

最悪、流産する可能性もあります。極力無理はなさらないように。」

 

医官の対応は、知っているものを見て見ぬ振りをしている人間に相違ない。

ただ、今のタリアにとってはそれはありがたい行為であった。

 




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