「まあ、皆さん大変仲がよろしいのですね」
そんな言葉を発しながら現れたのは、今絶賛話題の人物であるラクス・クラインだった。
普通の場所であれば何気なくここに来たのだなぁと、そう思うだろうが、場所は軍艦。
そして彼女がいた場所は、外から鍵をかけられていた筈の士官室である。
そんな、牢獄の中からいったいどうやって抜け出したというのか?
「あら、驚かせてしまったのならすみません」
何に対して謝っているのか、脱獄か?いいや、突然現れたことに対してだろう。
彼女は自らが危険な行為をやっている事に、気がついているのか、はたまた知らないのか。
おそらくは後者であろう、完全なお嬢様である。
「実はわたくし、喉が渇いて……それに、はしたないことをいうようですけど、ずいぶんお腹もすいてしまいましたの。
あの、こちらは食堂ですか? なにかいただけると嬉しいのですけど……。」
沈黙は肯定と捉えたのか、ラクスは図々しくもそう言った。だが、そう言う自覚があるのなら救いようがあるというものだが、この時の少年たちの思考は止まっていた。
「……って、ちょっと待った!」
誰かがそう言うと、それに対して周囲が動き出す。
「鍵ってしてあったよね?」
「当然してあったと思うわ、けど……、この子もコーディネイターだから…。勝手に開けたんじゃないの?」
「あら、『勝手に』ではありませんわ。わたくしちゃんとお聞きしましたもの。出かけてもいいですかって……。」
声はかけたから別に良いか、等と思うまでいけない。ここは軍艦、目の前の人物は要人であろうとも、連合にとっての敵国の人間、何か間違いが起こるかもしれないのだ。
「それが、お返事はどなたもしてくださらなかったんですの。でも、三回もお聞きしたから、良いかと思いまして……」
「……それを『勝手に』出歩いてるって言うんじゃないのかなぁ」
カズィが、言うことがもっともである。
「ま、やっちゃった事はしょうがないんじゃない?」
珍しくコーディネイターの肩を持つのはフレイだ、自分と似たような境遇に至っているのだから、ある種のシンパシーを感じているのかもしれない。
「で、どうやって抜け出してきたの?」
そう聞くが、この状況で誰も艦長以下ブリッジの正規クルーに声をかけようと思うものが、誰もいないのである。
「この子が開けてくださったのです。ハロは部屋の鍵を開けてしまうようないたずらっ子ですの。」
自慢気にそう言いながらも、掌に乗せているピンク色のボールを差し出す。
可愛らしげに
「ハロ、ハロ、ラクス」
等と言いながら耳をパタパタとさせている、小型のロボット。
それを見て、フレイは違和感を覚えた。いや、フレイというよりかは、彼女の中にいる彼がこう言ったのだ。
『この時代にも、ハロはいるのか…。』と。
……
「しかしまー、補給の問題が解決したかと思ったら、今度はピンクのお姫さまか……」
現在士官の唯一の憩いの間と成りつつある、ブリッジに、フラガ、ナタル、ラミアス等幹部が集結し、近況報告をしながら休憩していた。尤も、艦橋であるがゆえにそれはあまり良い行為とは言えないが…。
民間人の中では気が休まるものもない。
他人事のように言うフラガに、いちいち苛立ちを覚えながらも、最近ではなんとなくこの人物の総評を打ち出したラミアスは、少しずつこの環境に慣れてきていた。
ギフテッドと呼ばれる人物に良くある、何処かしら抜けたような性格を持っている。
元々この言い草こそが、彼の素でありいざという時に非情になりきれる性格という、何処か軍人として必要なものを持っていた。
「あの子もこのまま、月本部へ連れて行くしかないでしょうね……」
「ほかにまだ寄港予定地があったっけ?」
「しかし、月本部まで連れて行けば、彼女は……」
「そりゃ、大歓迎されるだろ。」
それぞれがそれぞれの意見をいうが、尤もな答えを言ったのは他でもないフラガであった。
真面目に物事を考えている時の、彼の頼もしさはこう言う場面でも見られていた。
「でも……できればそんな目には遭わせたくないわ。民間人の、まだあんな子供を……。」
「彼等も民間人です。」
艦長の私情を挟んだ意見を、真っ向から否定するナタル。
二人の性格上、水と油のようなものだがここに界面活性剤となる者がいれば、簡単に乳化するだろう。
分野は違えど考える事は似ているのだから。
「そうおっしゃるなら、彼女らは?」
先程大慌てで戻って来て、席に着いたミリアリアに目を向けてそういう彼女のその感性は、正しい。
もはや、通常の論理ではこの艦は動くことは無い。
そんな例外の中にいるだけに、既にラクスは通常の通りに事が進むことは無かったのだ。
「こうして操艦し、戦場で戦ってきた彼らだって、まだ子供の民間人です」
「バジルール少尉、それは……」
「彼らを、やむを得ぬとはいえ戦闘に参加させて、あの少女だけ巻き込みたくないとでもおっしゃるんですか?
彼女はクラインの娘です。ということはその時点で既に、ただの民間人ではないということですよ。」
クラインの娘程、政治利用し易いものもない。プラントに対する偽旗作戦だって可能なのだから、そのクラインというネームバリューは、プラントにとって貴重なものなのだ。
ナタルの言うことは、この時に限って言えば正当な者となろう。手放しで称賛は出来ないが、既にその段階は超えてしまっているのだから。
……
「それで、艦長さんには報告したほうが良いのかな?」
士官室から無断で出て来たラクスの処遇について、出来うる限り自分達で何とかしようと、ヘリオポリス組は判らないなりに考えていた。
「報告するったって、別に私達に害を加える訳じゃないみたいだし、言うならとっくの昔に呼び出されているはずよ?」
フレイの言うことはつまり、ブリッジに呼び出されているミリアリアがそれを言おうとするなら既に言っているだろうから、別にこちらから言う必要は無いという事だ。
「それよりも、早くご飯食べましょうよ。ほら……、アンタも何か食べたいんじゃないの?」
「え……、よろしいのですか?私事でお願いしましたのに。」
フレイのその行動に一同呆気に取られていた。
父親が反コーディネイター組織ブルーコスモスに所属していると言われている、その娘が積極的にそのコーディネイターの親玉とも言える人物の娘と話をしているだけでも驚きなのだ。
「別に、何食べたって良いのよ。どうせアンタは民間人だし、ザフトとは無関係なんでしょ?なら、さっさと食べちゃってよ。」
「では!!お言葉に甘えさせて頂きますわ!」
嬉々としてプレートを手にとって、その上に盛られていく食料。お世辞にも色合いはよろしくはないが、それでもこの限られた資源の中で最もマシな食べ物であるには相違ない。
「なぁ……、フレイっていつもあんな感じなのか?」
カズィがサイに聞くが、そのサイは彼女に途轍もない違和感を覚えていた。
まず、話し方。元々高飛車なところがあったが、それが鳴りを潜めどちらかと言えば大雑把になっているように。
そして、髪型や化粧等そういうものに気を遣っていたはずなのに、最近ではMSに入り浸っているのだと言うことも。
「いや、だけど。俺達は彼女とキラに助けられているから、そう言ってやるなよ。」
その瞳の先に、ニコニコとラクスと食事をするフレイを見ながらそう言う。
「ほらっ!キラもこっち来なさいよ、アンタだってパイロットなんだから、お姫様が色々と聞きたいそうよ。」
「えっ!?僕っ!?」
フレイが彼女に説明したのだ、彼が貴女を救った人だと。
それを聞いた彼女が、一緒に食事をしたいなどと考えるのは難しくなかった。
「私は、胸のあたりが赤いMSのパイロットで、こっちのキラは色んなモードを使える機体のパイロット。」
「あの…軍人なのですか?」
「僕は!僕達は、軍人じゃないんですけど、成り行きと言うかそう言う理由でパイロットをやっていると言うか……。」
大変な目にあってきた中って、そうやって心配してくれる彼女に惹かれないと言えば嘘になる。
ただ、キラにはそんな度胸は無いのだが。
「それでは、大変だったのではないですか?慣れない戦争に等駆り出されて……。」
「私は別にっていうか、私はもう戻れないところまで来てるだろうから。」
「フレイっ!大丈夫だよ、きっと直ぐに戻れるようになるって。」
ラクスの目には、目の前のフレイ・アルスターと言う女の子が、不気味に写っていた。
正直な話、初め会話をして一緒に食事をしよう等と言われたときには、嬉しかった。
プラントでの彼女は、孤高の存在。高嶺の花とも言えるものであり、対等に話をしようとするものなどいなかった。
それ故に、歳の近いもの同士での食事中の会話に憧れていたのだ。
たが、このフレイという人はまるで誘導尋問でもしているかのように、会話を形成し色々と聞いてくる。
善意の押し売りのように。
「さてと…、私達これからMSの調整をしなくちゃならないから、格納庫にいるわ。皆も仕事頑張って…。」
そう言って消えていく彼女の言葉を聞きながら、キラ以外の男たちはブリッジへと、ラクスは来た道を戻りながら。
フレイとキラの事で頭がいっぱいになっていた。
……
「あれ?」
通信士のシートで、マニュアルを読みながら勉強をしていたミリアリアが声をあげる。
アルテミスを脱出して以降、状況の切迫によってやや本格的にMS・MAの管制としての勉強をする羽目になってしまったのだ。
そんな彼女が目の前のコンソールを操作していると何かを発見したのだ。
「何か問題でも?」
「えーと、これって何です? 知らない反応なんですけど」
それを目にした時、パルは声を上げた。
「これは……!艦長っ!」
慌てたような声でそれを言う。
その声に、マリューとナタルは振り返った。
「通信です! 地球軍第八艦隊の暗号パルスです!今から解析始めます!」
「追えるのか!?」
「やってます!」
ミリアリアをどかし、その慣れた手つきでキーボードを叩いていく姿は、妙に様になっており、本職の軍人の姿が垣間見えた。
程なくして、スピーカーからノイズに紛れて声が聞こえ始めた。
「ちら……第八艦隊先遣……モントゴメリ。アー……ェル、応答……」
その言葉に艦橋は騒然となった。
そして、直ぐにそれは喜びの声へと変化した。
「ハルバートン准将旗下の部隊だわ!」
「位置は!?」
「待ってください……まだかなりの距離があるものと……」
「だが、合流できれば」
各々が思い思いの言葉を話すが、それでもまだ解析は始まったばかりであり、ここでコレを逃せばそれは絶望へと変化する。
そうならない為にも、本職というものは必要なのだ。
そして、希望の光が艦内を駆け巡った。
先遣隊派遣のニュースを聞いてから、これまで張り詰めていたクルーの顔に笑顔が戻り、避難民達の間にもほっとした空気が生まれる。
そして、もう一つの情報がもたらされた。
「パパが?」
そう言う彼女の顔は、一瞬喜びを見せたかと思えば、直ぐに暗いものへと早変わりする。
この時の彼女の心境としては、
〘どうしてこんな所に来たんだろうか?死んじゃうかもしれないのに、そんな事して意味無いのに。〙と。
親として言えば一刻も早く、娘の安全を確認したいのだろうが、やり方は良くない。
一介の軍属であるが外務次官が、そんな事をして前線に出れば良い的の他ない。
「うん、先遣隊と一緒に来てるんだってさ。こっちの乗員名簿を送っておいたから、きっと気づいてくれるわ。」
「まあ、フレイ様のお父様っ。きっとお優しいかたなのでしょうね」
女子会に花が開く。一人だけ暗い顔をしながら。
「こんな所に来なくてもよかったのに……、パパが危険な目にあったらどうするつもりなのよ。」
率直な感想だった。
「そんだけアンタの事が大事なのよ。ほら、きちんと喜びなさいな。」
「そうですわ、家族というのは幸せの形と言うものです。」
ラクスはニコニコとしながらそう言うと、手元に転がっていたハロを手に持った。
彼女は、これまでの人生の中でナチュラルと接した事など殆ど無い。
井の中の蛙度でも言えるのか、今のプラントには都合の良い話しか入ってこないのだ。
やれ、ナチュラルは劣っているだとか、やれ野蛮なナチュラルだとか、そんな言葉だけの存在を身近に感じられるというこの機会を、彼女は大切にしなければと心に決めていた。
対立ばかりが誇張されてきた、現実ではナチュラルもコーディネイターもそんなもの関係ないような、そんな事も夢ではないと。
そう、ラクスは思っていた。
誤字、感想、評価等よろしくお願いします。